P1010924.jpg


「座・タイムリーふくい」に出演する。
“若手農業者が大いに語る!:農村のこれからのために・・”
というお題だった。
出演したのは、サツマイモ農家の吉村夫妻と、
大野を中心に県内の農産物流通に携わる
笑人堂農業部門代表の中川氏。

若手農業者が大いに語る、と題されているが、
もう37歳になる僕は果たして若手に入るのだろうか?と
見ておられた方々は、疑問に思ったのではないか。
だが、この業界では、
80歳代のJA青年部部員もいるという噂(四国の話)なので、
気持ちさえ若ければ、若手ということで勘弁していただきたい。

テレビでは、議論はまとまりを見せず、
最後には、なんだかやる気のある若手と流通がしっかり手を結んで、
儲かる形での農業を作って行こう!という落としどころに
落ち着いてしまったが、
出演した各々は、たぶん消化不良ではなかったのだろうかと思う。

番組の流れとしては、
TPPへの参入で、農業者人口がさらに減り、
それがひいては限界集落を増やし、
国土保全すらむずかしくなるんじゃないか、という
方向の議論だったのかもしれない。
打ち合わせの段階で、僕は、
日本の人口が減少に向かっている今、
日本と言うマーケットを維持させていくには、
TPPのようなフリートレード(2国間じゃなく域内の)が
必要になってくるんだと思う、と話した。
ただ僕は、何もフリートレード推進者というわけではないので、
それだけはきちんと断っておきたい。

戦後、村から街へと人の流れを構造的に作り上げていったように、
今度は途上国から先進国へ人と財の流れを作る必要があるんだろう。
大きなマーケットを維持するには、
そこには、循環するべき大量の資源が必要になる。
人もお金も自然資源も技術も知的財産も、すべてが、
滞りなく流れる必要がある。
その流れの中で、サービスとチャンスを準備できた地域が、
大きなマーケットとして成長する。
なので、人口の減少で内需の拡大ではやっていけないし、
金融(つまりお金がお金を生み出す方法)で増えたお金は
そもそもバブルでしかないとなると、
この自然資源の乏しい日本の場合、
実質的に流れる資源が今後減っていく中で、
単純な富を求めるのではなく、生活の質を高めるための、
(本当の豊かさという意味での)
経済の停滞もしくは後退の哲学を練り上げていけばいいのだが、
そうはならないだろう。
たぶん、次の新ステージとして(もしくは最後のあがきとして)、
域内のフリートレードに目を向けているんだろうと思う。

フリートレードはフェアであるという側面もある。
だが、どの国も同じスタートラインに立っているわけじゃないので、
その意味で、すでにアンフェアとしか言いようがない。
基盤整備や法整備&人材に多額の資金と時間がかかる国も多いのだ。
100m走でいえば、アメリカや日本といった先進国は、
すでに60mくらいまで走っている状態で、
他はスタートするようなものでもある。
グローバルスタンダードは、画一的な正義と物の見方で
迫ってくるので、対応できない地域や国は、
やはり食い物にされてしまう可能性もある。

そういう意味では、TPP自体も別として、
またTPPで農業がどうのこうのは別にして、
またまた、今日本に住んでいる人たちがどうなるかも別にして、
日本に出来上がっている
巨大なマーケット(そんなもんに意志なんてないだろうけど)には、
フリートレードは、
ある意味それなりに旨みがある話なんだろうとは思う。
人と金と自然資源を吸い上げるシステムが
不平等な状況でさらに加速する可能性を含んでいるのだから。

今回の議論は、僕にとっては、
その中での農村問題でもあった。
減りゆく人々を、株式会社や外国人でまかなえるのか、というのが、
実は吉村氏&中川氏との論点でもあったんだと思う。
中川氏が、
「個人的な興味で農業をしてみたいという人が、地域に群がってきても、それはコミュニティと呼べるのか」と言う発言や、
「関わってくれる人たちが、僕らのように地域に愛着を持ってくれるのかどうか」
という吉村氏の発言は、
これから農村コミュニティをどう維持していくか、について、
とても重要な指摘をしてくれていた。
これを受けて、僕なりに意見を話したつもりだが、
それらは一つの議論として収斂されず、
テレビでは散発的でもあった。

僕は、農村コミュニティに外部の人間(肌の色・国籍を問わず)が
大いにかかわってもらうことは別段、悪い事とは思わない。
確かに中川氏が言うように、個人的な興味で、
市民農園のように週末に少しだけ土いじりをしたいという人が、
野菜作りの土地目的に近郊もしくは山間地の集落に
群がるように来たとしても、
たぶん、その人たちは別に集落コミュニティに
興味があってくるわけでもないので、
それで集落が維持できるのかどうかの疑問はある。
それどころか、たぶん中川氏が言いたかったのは、
それで外部の人間に乗っ取られるとは言わないまでも、
イニシアティブが内部ではなく外部になってしまうんじゃないか、
という危惧も、その言葉の中にはあったんじゃないだろうか。
そこに住む人よりも、外部からの利用者が増えれば、
外部の人の便宜が優先してしまうことは火を見るよりも明らかである。
さらには、我が師匠が常々懸念していることとして、
農家主体(つまりその集落の居住者)の市民農園ではなく、
外部からマッチング会社による市民農園が増えることで、
業主としての主体性を失われるという問題と、
生産の現場と居住空間も同時に包含する農村において、
ビジネスしての外部利用者のサービス優先が、
居住者へのサービスの低下を招きかねないのである。
もちろん、居住者が業主であっても、
農村にはいろんな人々が住んでいるので、
業主が自分のビジネス優先になれば、
当然、他の人が不利益を被ることにもなるだろうけど。

また中川氏は、震災や災害後に、
その外から群がってきていた人たちは、また本当に戻ってきて
復興に力を注いでくれるんだろうか、とも言っていた。

テレビでの議論では、
僕は「そうなってみないとわからない」とあやふやに答えるのみだった。
ここではもう少し落ち着いて書いてみよう。
災害に直面した場合、たとえ内部の人間であっても、
離農したり、他の地域に移っていく人は少なくない。
だから、内部なのか外部なのかの議論はいまいち当てはまらない。
たぶん僕も家族の事情などがあれば、
この地で被災した場合、離農もありうるだろうと思っている。
個人的な理由も多く、出て行ったとしても、
それは誰も咎められないし、
それで愛着が無かったかどうかなどとは考えられないはずだ。

株式会社が農業に参入してきた場合も言えるだろう。
農地の資源を食い尽くすだけ食い尽くし、消耗したら別へ、
という意見だったが、
株式会社すべてがそうではないことは事例をあげたらきりがない。
これは会社かどうかに限らずだが、
その生業が儲からない時は、たぶん撤退もあるんだろう。
以前、石川の六星について書いたエントリーで、
株式会社が村になれるのかについて記録したが、
たぶん、それは今でもなれないと思っている。
農業の利益を追求することと、
村の構成員が、そこに住む人々の全体の福祉向上を目指す事は、
そもそもベクトルが違うのだから。
ただそこに居住しない人々が、
農村という場で、農業という業を行う場合、
農村と切り離して、農業だけの付き合いになるのか、
それとも、なんらかの相互作用が生まれるのか、
僕の関心はそこにある。

コミュニティを考える時に、僕はひとつ気を付けたいことがある。
それは、どの時点でそのコミュニティを評価するのか、と言う事。
コミュニティは、そこに集う人たちで作られ、そして変化していく。
ドラスティスな変化だけを注目して話をしても、
全体像はわからない。
僕の農園には、集落外の人間がたくさん関わっている。
肌の色も国籍も違う。
それでも村の行事には積極的にかかわってくれている。
JA青年部がやっている集落の江堀(用水掃除)には、
セネガル人のイブライが参加し盛り上げてくれる。
今年の村の祭りには、
インドネシアの研修生が、
フィナーレを飾るの民謡(踊り)に参加して、
場を沸かしてくれた(僕は酔いつぶれていたけど)。
今年から農園にかかわってくれている大西君は、
農業外の業種から飛び込んできた珍しい若者で、
集落内の土地を買い、家を建てる計画中だ。
農業というベースも無く、国籍も違い、肌の色も違う。
でも、それでもみんなここでの農業仕事に精を出し、
そしてここにそれぞれの愛着を感じながら、関わってくれている。
そして災害が起きたり、それぞれの事情が変われば、
たぶん、僕も含めてだが、ここに留まれないかもしれない。
その留まれなかった時点を評価するのではなく、
今関わっているプロセスを僕は注目したいと思っている。
終わりなく変化続けるものを、
結果に答えを求めるのではなく、そのプロセスに。

もちろん、そのプロセスは良い事ばかりじゃない。
集落の田圃を作りにやってくる他所の法人は、
集落の農家組合からお願いしている草刈りや泥揚げをしなかったりするが、
それはそれで組合の中で問題にしながら、
口うるさく通達をしていくことになる。
それも含めてのプロセスなのだ。

吉村君が言った「愛着」は、
テレビでも言ったが、僕らの愛着と外から来た人の愛着は、
たぶん違う。
僕らが良いと思うことを、良いとは思わないかもしれない。
そしてその反対も然り。
僕らが変化できるのは、その違いが混在するからなのだ。
スタッフブログで、大西君が高屋町の良い所を写真に撮っていたが、
僕はそのどれもが当たり前の風景過ぎて、
ぜんぜん良いとは思えなかった。
彼のブログを見て、
あんなにつまらないモノが、そんな風にも見えるんだなぁ、
と感心したくらいだ。
その想いの違いが、僕らに新しい気付きを与えてくれ、
そして、僕らが変わっていく萌芽があるように思える。
だとすると、フリートレードで世界がどんなふうに変わっていくとしても、
その中で、関わり続けるプレイヤー(アクター)の参加機会が、
増大するのであれば、その増大する機会は、
僕は積極的に取り込んでいきたいと思っている。
廉価な労働という安易な考えではなく。
そして、もっとフェアな関係を含み、かつ構築しながら。
これは何かのモデルになるわけでもないが、
こうした事例を積み上げていく作業の中で、
僕らは何に関心を向けなければいけないのかが
少しでも見えてくることを願っている。

もう一度書こう。
終わりなく変わり続けるものに、
どの時点かを区切って結果と見るのは正しくない。
コミュニティの在り方は、
結果ではなく、受動と能動・内と外のはざまから、
生み出される変化のプロセスなんだと僕は思う。




関連記事
Comment
Trackback













管理者にだけ表示を許可する

Comment form

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
06 ≪│2017/07│≫ 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ