前回の続き

では、次に販路はどうなのだろう。
販路は、ほぼ一つだけ。
それは買い取り商人への販売のみだとか。
彼の地域では、それぞれの果樹の季節になると、
買い取り商人が村にやってくる。
毎年くる商人もいるが、一見さんの商人もいる。
その商人は血縁者や同じ村の人だったりもするが、
多くは村外の赤の他人。

彼らは、ぶらりと村に立ち寄り、農家と軒先で交渉する。
値段のつけ方は、日本とはかなり異なる。
個数やキロ単位で交渉はしない(ヤシの実は個数単位)。
普通は、その果樹の木1本幾らで交渉になる。
ここからは買い取り商人の腕の見せ所だ。
ざっと見て、何本の果樹トータルで幾ら、とそろばんをはじく。
その木にどれくらい実がなっているのかは、
目視による見当となる。
見当を誤れば、損になるのだ。
だが、タタン曰く
「彼らが損をすることは絶対ないです」だそうだ。
実に虫が入り込んでいたり、
なかが腐っていたりというイレギュラーが
たとえあっても、一度交渉が成立してしまうと
その損は買い取り商人が負うことになる。
だとしたら、防除を怠っても
見えない虫食い程度であれば、良いというわけか?
でもそうでもないらしい。
一度そういう木をかまされると買い取り商人は
その家を敬遠するらしい。
買い取り商人のネットワークがあるのか、
その家には買い取り商人そのものが寄り付かなくなるか、
次年度は安く買いたたかれるもとになるらしい。

では、木の収穫物を木になっている状態で買った商人は、
その収穫物をどうするのか。
それは簡単。交渉が成立すれば、
一緒に連れてきた、もしくは後から収穫人と呼ばれる人たちが
やってきて、
その収穫物を収穫して持っていくのである。
木の持ち主である農家は、監督すらしなくても良い。
もし、持ち主も一緒に収穫したければしてもかまわないという。
その場合は、買い取り商人から収穫の手間賃金をもらえるという。

収穫人が収穫するのは楽だとは思うが、
問題もある。
当然、自分で収穫するよりも実1個の単価は、
安く買いたたかれることになる。
さらに、収穫人は、雇われなので、
その木を大切に思って
収穫することは稀で、
枝が折れたり、木が傷ついたりと大変らしい。
その場合の弁償はない。

では、そもそも買い取り商人と交渉が決裂してしまったら
どうなるのだろうか?
自分で収穫して、近くの市場に持っていくのだろうか?
答えは「否」だった。
「マンゴーのように鈴なりになる果物の場合、商人からの提示額があまりに安すぎて、交渉が決裂することがあります。その場合は、そのマンゴーは近所や親族に配られるだけで、それを市場には持っていきません」。
それはなかなか興味深い意識じゃないか。

市場になぜ持っていかないのか。
「収穫物を市場に持っていくなんて、したことが無いので、どの商人と話をしていいのかもわかりません。たぶんだけど、収穫して市場に持っていけば、売れなければ生モノですから、全部ゴミになってしまいます。市場の商人もそれを良く知っていると思うので、買いたたかれてしまうんじゃないかと思います」。
つまりは、市場で販売するという精神的習慣が無いという事か。
なるほど、それならば自分で収穫して持っていこうという気にはならない。
買い取り商人の提示額が安ければ、
自分たちで食べてしまおうってことになる。

研修生3年生のイルファンの地域もそれはない。
そもそも彼の村は山奥なので、市場までがとても遠い。
だから買い取り商人が幅を利かせている。
研修生1年生のワントの地域でも、
やはり買い取り商人に売るのがほとんどらしい。
ただ、ワントとタタンが言うには、
買い取り商人もまた農民だったりするので、
その場合、近隣の農家から買い取った収穫物に
自分の収穫物を合わせて市場に運ぶケースもあるのだとか。
つまりは、市場との関係性があるかないか、と、
運搬手段を持っているかどうか、が下支えになって、
それらが「市場で売る」という精神的習慣を育むのだろう。

うちの農園でも新規就農希望者を受け入れているが、
彼らのほとんどが市場との関係性が無い。
独立しても市場には売らない、と言うが、
それは市場価格が安いということもあるだろうけど、
そもそも関係性が無く、持って行ったところで二束三文で
買い叩かれるんじゃないかっていう思考もあるんだろう。
と言うのは余談。

かつて修士論文を書くために調査をした、
あるインドネシアの農村では、
ササゲをたくさん作っていた。
そのササゲがいつから作られたかを調べていると、
ある農家に行きついた。
その農家は、ちょっと変わった人で、
人とは違ったことばかりしていると、
その村では評判だった。

彼は若いころ、ふと思い立ち、
車で1時間ほどかかる市場へ、
自転車で収穫物を持っていくことにした。
朝の3時には家を出て、収穫物を市場にせっせと運んだらしい。
詳しい内容は割愛するが、
徐々にだが、市場の商人とも関係が出来たらしい。
その関係の中からササゲが派生し(商人からの依頼)、
彼が作るようになり、また周囲にも勧め、
そして彼がその周囲の収穫物を買い取り、
修論の調査時ではバイクで収穫物を運んでいた。
そして、売り先が出来たことで、
その村の他の農家もササゲを作るようになり、
外部からもそのササゲを買い取りに、商人が来るようになった。
彼は、他の買い取り商人と同じように、
農家に種子と肥料と農薬の補助をし、
その収穫物の囲い込み戦略も行っていた。
ここでは、
農家が買い取り商人化する事例と、
産地の形成のプロセスがそこには見て取れる。

当たり前と思っていることが、
実はとても不安定な精神的な習慣によって、
(またそれを担保する物的要因によって)
形成されているというのは、これまでもブログで随分と書いてきた。
たぶん、これからも書くんだろうと思うが、
タタンの果樹の販売意識もまた、
異国の僕の目から見れば、とても不安定な精神的習慣に見える。
だが、それが習慣である以上、
本人にはとても堅固で、そこから抜け出すことも難しいように
感じてしまうのだろう。

では、君が作ろうとしている果樹の販路は買い取り商人頼みなの?
と尋ねると、
彼は、やや恥ずかしそうに
「自分でレストランを開きたいので、そこでお土産用に販売したい」
と話してくれた。

ここにいる間に、君が思いもつかないような販路があることを、
一緒に見学しよう。
そして、それらを通して、
君のもつ精神的習慣を一緒に見つめ直してみようじゃないか。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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