週末は国際開発学会に参加していた。
学会の内容はまた次回に譲るが、
毎年、学会に合わせて、開催地の農家訪問を
今年も行ったので、記録したい。

今回の開催地は名古屋。
愛知県は農業も盛んで、見学対象の農園も多い。
僕の関心がある先進的な経営の農家も何件もあったのだが、
今回は、知り合いの農園を訪問。
彼らは、自然農法を目指して無肥料・無農薬を目指して
農業をしている。

農業にはいろんな形がある。
慣行的農業でも売り方に工夫をし、
農業を一つの産業として成長させたいという方々もいれば、
農業そのものを人と自然の共同の営みと見立て、
哲学的に思想的に深く掘り下げていく生き方もある。

そんな中で最もラディカルなのが
自然農法だろう。

友人のHさんの農園は、豊田市にある。
数名のメンバーで農業法人を構成しているようで、
米が2ha、イチゴが16a、野菜が少々という内容。

もともとこの地のスーパーマーケットの社長が
発起人となって、立てた農業法人。
なので、自然と販売はそのスーパーも含まれる。

見学をさせてもらったのは、イチゴ。
昨年から、無肥料でやっているというハウス。
僕ら農業者から見れば、
無肥料はとても勇気がいることでもある。
というか、こういう畑に立つと、
なぜ肥料を入れないのか、
それを感覚的に理解できない自分の壁に気が付く。
それほどまでに、“肥料”は農業者にとって
当たり前の大前提のものなのだ。
それを投入しない農場、僕には戦慄でしかない。

無肥料のロジックをHさんのパートナーの方が、
丁寧に解説してくれた。
このパートナーさんは(仮にTさんとしよう)、もともと
秋田の自然農法をしている農家で稲作を研修していたのだとか。
なので、愛知と秋田の違いはあったものの、
少しの技術的な手直しだけで、愛知でも自然農法の稲作が可能だったとか。
実際、農園の主は稲作のようでもあった。
イチゴは、昨年から無農薬・無肥料で、
ハウス栽培で行っているという。
当初は有機農業で堆肥を中心にした土づくりをしていたのだが、
病害虫が蔓延するので、どうにもならず、
思い切って自然農法に切り替えたという。
イチゴの自然農法は独学だとか。

Tさんの病害虫の発生ロジックを、
簡単に要約するとこうだった。
土壌中に窒素(N)が多くなってくると、
植物体内も窒素過多になる。
そのため、
窒素を体内に取り入れて体を創る虫(害虫)が、
どうしても多くなる。
だから、土壌中の窒素を減らしていけば、
害虫そのものが発生しない。
なので、無肥料。

Tさんは、そのロジックを解りやすくアブラムシで教えてくれた。
有機農業でイチゴをやっていた時は、
アブラムシが大量に発生して困ったらしい。
アブラムシは、窒素過多になっている植物が好きだ。
なぜなら、アブラムシは窒素を吸うことで、
自分の体を作り、
さらに自分の子孫も作り出していくからである。
しかし、面白いことに窒素過多になっている植物から
アブラムシがある程度窒素を吸いだしてしまうと
その後、自然に消えてしまうのだとか。
『吸いたい窒素を吸いきってしまって、アブラムシは自然に居なくなってしまうのです』
とTさんは言う。
その言葉が正しいかどうかは、反論の余地もあり
なかなか鵜呑みできない僕なりの意識の壁もあるのだが、
彼の主観に寄り添えば、そういうことになる。

彼は、アブラムシを『自然界のドクター』と表現していた。
窒素過多になって、光合成の炭水化物代謝が上手くいかず
悲鳴を上げている植物を、
アブラムシがそれを吸い取ることで治療しているというのだ。
だから、アブラムシは害虫ではないのかもしれない、という。

僕は、アブラムシをかわいそうな害虫として
認識をしている。
吸い続けることでしか生きていけず、
あまり移動も出来ず、
甘い蜜と丸々太った体のため、
多くの天敵がアブラムシを好む。
そんな悲劇の虫だと僕は思っていた。
だから、僕はアブラムシの防除は、それを好む天敵を
増やす工夫でクリアーしてきた。
でも、それを自然界のドクターだとTさんはいう。
同じ農業者でも、
この世界観の違いはなんだろうか。

アブラムシは、窒素の少ない植物体には魅力を感じないので、
そもそも付きません、とTさん。
土壌中の窒素分を減らせば、植物体内の窒素も過多にならない。
植物体の窒素が減れば、光合成代謝の炭水化物比があがり、
それで植物が元気になると、Tさんは言う。
確かに、窒素と光合成による炭水化物の比率は
先行研究の中ですでに相関があると証明されている。

Tさんの土壌中の窒素を減らす(増やさない?)営農は、
徹底していた。
イチゴを生産しない夏場はハウス内に雑草が生える。
その草の地上部はすべて刈り取って、
ハウス外へ持ち出す。
決して土壌に鋤き込んだりしない。
鋤き込んでしまえば、土壌中に窒素がたまります、とTさんは言う。
残渣も決して鋤き込まない。
そして堆肥の投入もやめた。
Tさんは、
「それでも、土壌中には“根”が残ります。根を大きく育てるような栽培をしているので、根量もずいぶんあると思います。土壌の物理性を保つのは、この根だけで十分だと思います」と話してくれた。
根だけが唯一の有機物。
その根が土壌を作るという。
根量を多くし、その有機物の有効活用は、僕も同意見だが、
それでもそれ以外に一切堆肥や有機物を投入しないスタイルには
驚かされた。
はたして、それで何十年も何百年も土を維持できるのだろうか、と。

彼らは、とてもよく研究をしていた。
その話しぶりからは、経営者というよりも研究者に近い。
販路は、さまざまあるとのことだが、
法人の出資が地元のスーパーマーケットということもあり、
そのスーパーのイチゴ売り場で、
そのこだわりのイチゴは売られている。
安い慣行農法のイチゴが並ぶスーパーで、
一般の日々の買い物を行うお客さん相手に、
何も投入しないそのこだわりのイチゴは、
一体、いくらで売られるのだろうか?
そして、その値段で果たして経営的にやっていけるのだろうか。
そこに一抹の不安を感じた。

こだわりのある農法であるならば、
それが科学的にどう評価されるかは別として、
そのこだわりに共感してくれるお客さんを見つけないと
コストばかりがかかってしまい、
経営的には上手くいかなくなる可能性がある。
「なにも投入しないと、ゆっくり育つので、味だけは絶対おいしくなります!」
と自信満々に語っていただいたTさん。
その美味しさは、値段に跳ね返ってこなければ、
僕ら農業者はやっていけない。

真摯に自然に向き合うTさんの姿は、
僕の目には清々しく映ったが、
同時にその経営に一抹の不安も感じた。

今回の訪問で、僕らの立ち位置の違いから、
把握される世界の在り様が大きく変わることが
改めて意識させられた。
農業に対する世界観の違いは、
どちらが正しいわけでもないが、
少なくとも僕らがつつましく幸せに暮らしていくには、
その世界観を共有できるお客さんが
ある程度居なければ始まらないことだけは
解っている。
どう発信し、どう共感し合うか。
もはや農法うんぬんの問題じゃないのかもしれない。


追記:
忘備として少し書き加える。
植物体内の窒素が低下すれば光合成による炭水化物が多くなる、
というのは事実だが、それで植物体が元気になるのかどうかは、
疑問が残る。
過度な炭水化物の生産は、植物の老化を進め、
結果として植物体の健康を損なう。
植物内窒素量と炭水化物のバランスが
炭水化物に偏った場合、老化が発現するという研究結果もある。
極端な低窒素状況で植物の健康を保てるわけではないので、
Tさんが言うように植物の葉色を見ながら、
判断しないといけないのだろう(土壌分析をしても解りにくい)。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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