僕が大学生の時に、お世話になった農家が来福。
体と夢ばかりが大きくなり
自分のポテンシャルだけを過信し
やみくもな「行動」を実行力と信じ、
それらが連続していないこと、
それらが関連していないことに
そして、それらがまとまった成果でも経験でもないことに
鬱屈していた大学時代。
何から始めても、何にもつながっていないような
喪失感があった僕に、
チャレンジ精神と、これからの農業の新しいスタイルを
その姿で示してくれたのは、練馬の農家・白石好孝さんだった。
いわば、僕の師匠。
その方が、僕の農園まで足を運んでくれた。

来てくれたことだけに
感激してしまい、伝えたいことや話したいことは
ほとんど話せないままだった。
こちらの携帯電話が、何度も鳴り、
スタッフからも作業指示が何度かはいり、
それに気を遣ったのか、白石さんは小1時間ほどで
農園を後にされた。

彼は、都市農業の中で市民農園の分野を開拓した農家で、
その道の第一人者でもある。
僕が彼と出会ったころは、まだ、
その市民農園自体もアイディアでしかなく、
僕はよく、そんなことが上手くいくのかな、と懐疑的だった。
しかし、将来を見渡せる人は
良く見えているようで、その後の市民農園のブームは
まさに彼に先見の明があったことを示していた。

僕は、市民農園という分野ではないが、
彼や、その仲間たちと一緒に参加した
アジアの農業スタディーツアーで、
特にベトナムのバーで、語り明かしたあの夢を
いまだに抱えて走り続けている。
その一部が、ようやく具体的なものとなって
僕の目の前にあるようになったが、
それらが師匠にはどう映ったのか、どう見えるのか、
それがとても気になったが、
今回の来福は、とてもそこまでを話す余裕はなかった。

とりあえず、見てもらえてよかった。
今度は僕が東京に行こう。
今、迷っている多くのことを師匠に話してみたい、と
今回の来福で、師匠に再開し、その気持ちがさらに強まった。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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