今回は、僕の番。
なんだか、まわってくるのが早い気がする・・・。
ゼミの準備って、結構時間がかかるんだよなぁ。
と、ぼやきつつも、

今回、僕が題材にした本はこれ。

池上甲一、岩崎正弥、原山浩介、藤原辰史 著 『食の共同体』:動員から連帯へ 2008年 ナカニシヤ出版。

ちょっと頭の体操ということで、
今までとは違った視点で考えてみようと思い
この本を紹介。

この本は4人の著者が執筆しているが
その中でも
原山浩介氏が書いた
『喪失の歴史としての有機農業』の章を取り上げて
ゼミとした。

有機農業は、その出発点から農業の本道ではなく
周縁として存在し、
農業のスタイルのみならず、
さまざまな社会の仕組みや制度に対して
オルタナティブな視点と手法を
発信し続けてきた。
しかし、有機農産物が制度化し(JAS法等)、
商品化され、通常の市場流通の仕組みと
社会認識に取り込まれた時、
周縁性を失い、
それが持っていた運動性も失ってしまった。
有機農業の持っていた力学は、
オルタナティブな社会の変容を促す方向性から
諸制度の中で、如何に有機農産物を生産するかに
換えられていってしまった。
ということを指摘している論文。

著者は、思考を逡巡させる必要性を説き
合理的な選択肢だけがあふれている世の中を
大胆にはみ出すことが、
「正しい」と思う事への挑戦だと
やや高揚感を持って記していた。

たしかにマクドナルド化する社会の中で
僕らには、すでに正当であることが自明となったものばかりを
選択する「自由」はあるが、
「自在」ではない。

制度化され、商品化され、
既存の流通と社会のシステムに組み込まれることで
それは合理性を発揮し、
煩わしく、そして解りにくく、伝わりにくい部分が
そぎ落とされ、
僕らの消費しやすいものへと変換され、
そして、僕らはそれを喜んで、
あたかも「自由」な気分で、自分の意思を持って選択し
それを消費する。
そんな世の中を
原山氏は、有機農業の運動性を失う過程に
目を向けながら指摘している。

食べることから、2つの思考のフレームワークが得られるが、
一つは、調理であり、創意工夫と文化で食べることを表現するのだが、
もう一つは、食を通した共同体であろう。
この場合、原山氏の論文は
有機農業を通した共同体構築の歴史であり、
そして喪失の歴史だったといえよう。

前々回の太田君が発表してくれたJAS法の表示の
差別化の問題と相まって、
やはり、僕らが問われているのは
有機農業の科学的な判断や手法の瑣末な問題ではなく、
それを食べる側と交換している、その関係なんだと思う。

喪失した有機農業を眺めながら
僕らは再び、その関係を
自分たちの手の中に取り戻せるのだろうか、
という問いが、僕の中ではこだましている。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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メールは
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