週末は、国際開発学会に参加したことは
もう書いた。
ただ、そこで僕が得た雑感を
忘れないうちに、ここに記録しよう。

僕が参加したセッションは2つ。
「開発とビジネス」
そして、「地域開発」。

娘の託児に時間がかかり、開発とビジネスの
一番聞きたかった発表者は聞けなかったのだが、
このセッションの視点が面白かった。

電通の平野氏の発表は
「日本企業が再び世界をリードするために」という題で
大量生産大量消費の20世紀ビジネスモデルの限界を提示し
それに代わって、新たなビジネスモデルを創出するべきという
意欲的な内容だった。
最後のプレゼンシートで、
カーボンフリーを掲げた企業を中心としたスマートシティ構想と
有機的につながるエコビレッジ構想が一つのモデルとして
紹介されており、生ごみたい肥を実践している僕としては
とても興味深い内容だった。
BOPビジネスやCRM(コーズリレーテッドマーケティング)に
見られるように、新しいビジネスモデルは
ただ単に何かを大量に生産して、
それを大量に消費するというモデルではない。
購買そのものが社会への貢献につながっていたり、
品物を購入する満足度にさらにプラスワンつけられる
ビジネスが新たに台頭してきている。
セッションの中では、BOPについて
技術優位型(イノベーション)と市場獲得型に
わかれていると議論もあり、
ある種の優位な技術が貧困層の福祉向上に
つながるイノベーション型もあるが、
ネクストマーケットでも紹介されているような
ただ単に消費する存在としての貧困層をターゲットにおいて、
包装や分量など工夫することで、
新たな市場獲得をするモデルがあることが議論された。
この場合、大量生産大量消費のビジネスモデルを
少々手直ししただけで、根本的なことに変化はない。

このセッションで僕自身が確認したことは、
日本のものづくりを活かした
新たなイノベーション型ビジネスの展開と
都市と農村との有機的な関連付けによる
CRM型のビジネスモデルの構築である。

開発とビジネスのセッション内では
フェアートレード認証が、大規模農園内では
雇用主と労働者の間の
パトロン=クライアント関係を強化する方向に働く発表や
大規模企業によるグローバルギャップやCSRが
企業内のジェンダー格差を是正していないという問題点、
などがあった。
先進国の店舗で販売されている商品が
途上国の原産地まで長いバリューチェーンで
結ばれていること考えれば、
そこで起きている労働や資源の搾取に加担するような
ビジネスのモデルには、倫理的な消費者が今後増えていく中
発展的な未来はない。
しかし、それらを克服するはずの諸制度も
貧困の構造を根本的に作り変える力に
なっていないのかもしれない。
とても考えさせられるセッションだった。

さて、もう一つの地域開発セッション。
妻が発表することもあって参加した。
人類学的見地からの発表が妻を含めて2例あり、
フィールドワークでの今を問う姿勢から
長期的なフィールドワークの意味や
何かのプロジェクトモデルと地域を摺合せするために
人類学的視点を補完的なものとして
捉えることに意味があまりないことが確認できた。
それは人類学を貶めることでしかなく、
何か主たる学問の補助的役割として考えるなら
大間違いだと言いたい。
人類学が持つ地域開発への長期的フィールドワークの視点。
これが答えであり、
これから積み上げていく必要のある研究なんだろうと思う。

そのセッションで、面白い発表があった。
インドのPURA農村計画の事例発表だったのだが
その内容自体は、システムダイナミクスを応用した
農村計画の発展モデルの検証だったように思えたが
専門外なため、ほとんど理解はできなかった。
ただ、この「農村計画」という発想がとても面白かった。
都市計画は、都市化していくことであり
それらインフラの整備から、生業が農業から
工業・サービス業へと変化していく過程を計画したものであり、
それに対して、農村に対してよく使う言葉として
農村開発とあるが、それは農村住民の
教育・福祉・医療などに焦点が当てられ、
その分野の充実が目的化されている。
一方で、農業開発という言葉もあり、
これは農業インフラの整備をおこない生産性向上を
目的としている。
では、農村計画とは何か。
それは、農村住民が生業を農業におきながら
都市アメニティを享受できるようなインフラの整備なのである。
この考えの根底には、
コミュニティ開発として、生業の農業が生み出す地縁や関係を
重視する姿勢であり、都市化することで増え続ける
スラムや貧困の解消にもつながるだろう。

今回発表された内容では、
村と村を環状道路とバスでつなぎ、
地域全体で、都市アメニティを分散させて
整備するというものだった。
どこか宮本常一が提案した
田中角栄の日本改造論に対する反対案と似ている気がする。
都市と都市を大きな幹線道路でつなぎ
村からその都市への道路を整備する日本改造論に対し
宮本常一は、村と村と有機的につなげてきた生活道路の
整備こそが大切、と言っていた。
過疎化や農村空洞化、地域格差の根本的問題は
そこにあることを思えば、
この農村計画の思想は、今でもその力を失っていない、
古くて新しい考えと言えよう。

都市化はしない。
でも都市のアメニティは享受する。
生業である農業が作り出すコミュニティを活かし続けながら
そこから生み出される文化をも
僕らは享受できる世界があるのではないか、と
久しぶりに高揚をもって、僕は夢想した。

そして実は、これらのセッションには
通底したものがあり、それが学会参加前に
訪問した東京の農家Sさんの話と
とてもかぶることが多かった。
地域開発を見ていくうえで、現在
農業に新たに参入していくる若者や
農外起業家、団体が増えた。
ある種のブームなんだろうと思う。
そしてそれらの成功が、多く語られるようになった。
僕ら農民が考えもしなかった手法で
経営学的にビジネスとしての農業を展開している事例も多い。
僕は、それらを否定的には見ておらず
むしろ、好意的な立場でありたいと思っている。
それらとの相互作用は
今後、僕ら農民に大きな示唆を与えてくれるだろうから。
ただ、これらの事例やSさん、そして開発学会のセッションを
通して、少し見えてきたことがある。
それは、農業発展の農民の中抜きモデルである。
農業が都市の消費に合わせて
テーマパーク化したり、CRMに基づいたCSRのような
古くて新しいビジネスモデルが、その意味合いを変えて
登場しつつある。
そこにはコミュニティを支えていた農民が居なくても
ビジネスとして成り立つビジネスモデルなのだ。
ここだけははっきりさせなきゃいけない。
経営学的に見れば、農民のような存在自体は余計なのかもしれない。
でも、農村が都市化するわけでもなく、
そこでコミュニティとして、住民が福祉を得続けるためには
農業ビジネスモデルの農民の中抜きは、
僕のように地域開発や農村社会学の立場からは
ありえないのだ。
それが、今、ごっちゃになりながら
農業というあいまいなカテゴリーで
成功事例だけをちやほやしすぎている。
開発学会でも、
今僕らが直面している農業・農村の構造的な問題を
取り上げて研究していくべきだろう。

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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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