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「責任ある外国人労働者受け入れプラットフォーム」
なるものが立ち上がるらしい。
その説明会にZoomで参加した。

詳しい内容は、
ウェブサイトでそれぞれが確認してほしいが
印象としては
マージナルに置かれている外国人労働者、
とりわけ技能実習生に向けての受け入れ態勢の改善を
国内外問わず行っていく、といった感じ。
それはそれで良い趣旨なんだろう。

ただ、同日
僕らは農園で受け入れている技能実習生たちと
スタッフが一緒になって、
実習生たちの母校であるタンジュンサリ農業高校への
日本語&農業の授業をYouTubeで配信を開始した。
新しく4月から加わった新人スタッフも
インドネシア語を一所懸命勉強して
YouTube授業の役割を担っている。
日本語を学ぶ実習生だけでなく
受け入れた僕らも実習生の彼ら彼女らの語学を学ぶ。
コロナでリモートになったインドネシアの高校の授業だからこそ
僕らでもできる国際協力の新しい地平が
見えてきている。

プラットフォームの説明会では
受け入れている現場の厳しい現状や
実習生の借金、情報から取り残されている現状等々
が話し合われた。
それらはとても必要なことだと思う。
こういうプラットフォームができて議論出来ることは大事だ。
でもその多くが、どこか遠い昔のような議論に感じる自分もいる。
対処療法では、きっとよくならない。
僕らはもう少し先に進んで考えていこうと思う。



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ブログに問い合わせとしてコメントする方が
ここ最近すこしだけど増えている。
ブログ内容と関係のある場合は
承認しやすいのだが
全く関係のないコメントとなると
すこし難しい。
ホームページ上にメールアドレスを掲載しているので
問い合わせに関することは
メールにてお願いしたい。

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そういえば
今年来た子たちを紹介していなかった。

年々優秀な子たちが来るが
今年も素晴らしい子たちが来た。
シティは、昨年高校卒業したばかりで
農園では初の女性実習生。
立崎がインドネシアに協力隊として赴任中、
タンジュンサリ農業高校に在籍していて
立崎の直接の教え子でもある。
経歴も立派で
中学校から成績トップで
地域の若手リーダーの一人として行政からも表彰されている。
高校では生徒会長を務めている。

女性の受け入れは
立崎たってのお願いだった。
僕が女の子の相談に乗れないということと
寮が確保できないということで
女性受け入れをしてこれなかったのだが
以前からタンジュンサリ農業高校からは
男女平等の採用してほしいと
希望が出ていた。
そこへタンジュンサリ高校で教員をしてた立崎が
「女の子でも能力的に問題ありません」と進言があり
さらにかつての教え子と
住居を共にして世話をするというので
その熱意に押され
女性を受け入れることとなった。

さて、そのシティさん。
高校を出たばかりで
正直これといった将来のビジョンは具体的ではない。
もともと大学進学を目指していて
実際、地元の国立大学にも合格していた彼女は
それを蹴って日本に来たのだが
これがしたいという希望よりも
農園たやに来た方が、自分の能力や
将来が膨らむと漠然とした期待感で
やってきた。

なので、来日して8カ月ほどになるが
将来の夢はころころと変わっている。
日本料理屋をやりたいと言ってたが、
それは最初だけで今では
八百屋経営と写真プリント事業の
ビジネスプランを考えている。
これはまた別のエントリーで紹介しよう。

で、今月のレポートでは、また一つ将来の夢が増えていた。
それは大学進学。
しかも、日本の大学への留学だった。
どうも立崎あたりがそんな話を焚きつけているようで
日本でビジネスの勉強をしたいと
今月のレポートのプレゼンで話してくれた。

こういう子が出てくるのは楽しい。
ただの出稼ぎ意識ではなく
自分の可能性がのびるんだという希望。
僕の協力隊参加にも、そんな希望があった。
技能実習制度は、
その運用のうんぬんをわきに
そこにくる子たちの意識はずいぶんと
変わってきている気がする。

問われているのは
僕ら側だと思う。
どこまで受け止めていけるか、と。

とりあえず
シティには、留学にかかる費用や
入学の条件等々を調べるように指示した。
それと何を勉強したいのか、も。
夢は具体的にしていかないとね。



僕がJA生青壮年部の青年の主張で
全国で発表したのは、2011年。
ちょうどその予選で地区大会や東海北陸大会を
闘っている最中、
その原稿を加筆修正して
毎日農業記録賞に出せと言ってきたのは
当時の毎日新聞福井支局長の戸田さんだった。

あまりの熱い熱いアプローチに
その気になって
発表大会よりももっともっと深く深く自分に潜り込んで
原稿を書いた。
そのリンクは以下の通り。

http://tayatoru.blog62.fc2.com/blog-category-41.html


何か賞が欲しかったわけでもないけど
戸田さんという一人の意味なく熱い大人に感化され
(僕もその時はもう随分大人でおっさんだったけど)
こういう風に書いたのが楽しかった。
戸田さんは、
「これ全国のおっきな賞にはいるかも」というので
阿呆な僕はそういわれるのが嬉しかった。
結局は地域の賞で終わったのだが
その表彰式で支局長である戸田さんから表彰されたのだけど
「田谷君は農業界にドラフトがあれば間違いなくドラフト1位の若手」と
言ってもらったのが本当にうれしかった。
熱い人に熱いことを書いて
それが響く。
それだけで十分だった。

で、そのご縁があって
2010年10月から
毎日新聞の福井欄で
戸田さんの作った福井の人たちのエッセイ欄の
リレー連載のメンバーに入れていただき
月イチで書くことになった。

そして今、あれから10年経ち
メンバーは皆代わってしまったが
僕はまだその連載を続けていた。
そこに戸田さんが福井支局長として
また戻ってきた。

戻ってきて先日
1回目の原稿を戸田さんに提出した。
その感想が
「前はもう少し柔らかい文章だったと思いますが、田谷君も10年たって少し年
をとり、農家のリーダー的立場にもたって、こういう感じの文章になったのかな
などと想像します。それはそれとして、文章は読みやすい方がいいですね。なる
べく多くの人に読んでもらい、共感してもらうことで、世の中に一石を投じてい
くという考え方で。」
ですね、戸田さん。
僕、文章随分下手になりました。
勢いで書いていたものが
なんだか小手先になって
会議やいろんな集まりでの冒頭の挨拶も適当に
その場でこなせるようになりました。
でもそれがこの文章になってしまっていました。
ただただ反省。

何を伝えたいのか
何を伝えるべきなのか
何がこの世界に対して、僕が足せるものなのか
もう一度考えて
文章を書こう。
ブログも含めて、本当そう思う。

戸田さん、お帰りなさい。



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これも記録しておかないといけないこと。
マイクロファイナンスのその後と
中間地点での問題点。

前回のエントリーの後(イラのプロポーサル)、
ヘンドラとデデが新しくマイクロファイナンスを申請してきた。
2019年の11月のことである。
ヘンドラは乾季でも潅水できるようにと
スプリンクラーの設置にかかる費用の申請。
額は800万ルピア程度。
彼の収入を考えれば、返済も難しくなく
また実際にすでに一部でスプリンクラーを運用していて
そこでの実績も十分あるように見えたので
この投資は問題ないと判断。
12月には貸し付けに至った。

デデは、質草として受けた農地の買い入れ資金で
マイクロファイナンスを申請してきた。
デデたちの地域では「Gadaikan」という借金の方法がある。
農地を他の農家に質草にしてお金を借りるという方法。
農地の価値の半分を現金を借りることができる。
お金を返せばその農地は戻るが
返さないとなった場合は、もう残り半分を
貸し手が払って買い取らないといけないという
伝統的な金融方法。
質草の農地で借り手が分益小作をしたり、
農地そのものを貸し手が自由に利用したりと
地域によってや貸し借りの条件によって違うようだが
デデの場合は、質草の農地の生産物を彼が
すべて手に入れるという条件だった。
なので、農地価格半分でその農地の収穫物を得ることができた。
ただ決めた期間で返せない、となったときは
貸し手が買い取るという決まりなので
その支払いにデデはマイクロファイナンスを利用した。
これもデデの生業の利益を考えると
返済に滞ることはないと考え、12月に貸し付けをした。

これでマイクロファイナンスを借りているメンバーは、
レンディ、クスワント、イラ、ヘンドラ、デデの5人になった。

返済はイラ以外はスムーズだった。
イラはお金はあるが支払いをする時間がないという。
なんどもタタンと僕とでせっついたところ
10月から一度も返していなかった総額600万ルピアを
1月に一気に1,000万ルピアを返済してきた。

マイクロファイナンスの目的の一つは
キャッシュフローの負担を軽減するためでもあるので
一気に返済してもらう必要はなく、
むしろ毎月無理なく返済をするのが目的だ。
そういう意味では、イラのような返済方法は
やはりその意図も目的も伝わっていないし
経営者としての成長も
このクレジットを通して得られていない。
借りる側にもう少し詳細な説明をしたり
経理や財務の授業をしてから行う必要を感じる。
動けば、やはり必要なことが見えてくるのだが
なかなかその時間(授業や説明会の準備等)を捻出するのが難しい。

そこにコロナが影響した。

農産物の流通は鈍り
価格は相対的に落ちた。
レンディやデデなどの主力作物だった
お茶は、輸出が滞り、また流通も不安定になり
価格が15%ほど下落。
スプリンクラーを導入したヘンドラは
その灌漑で栽培を強化したキュウリが暴落。
半値ほどに落ち込んだとき、
キュウリを出荷せず栽培を停止した。
イラも飲食業への水販売が落ち込み
儲けの6割を失った。
クスワントのカフェも
収入が激減し、通常の半分になっている。

このような状況下で
返済は当然上手くいかなくなっている。
ただヘンドラとクスワントは計画通り返済している。
ヘンドラは集落長としての収入があり
それを返済に充てている。
キュウリはだめだったが現在は茄子の販売で
少し盛り返しを見せてもいる。

クスワントはこのままではじり貧になるので
さっさと返済をして、
新しい事業のために再度マイクロファイナンスを
借りたいと思って返済を計画通り行っている。
新しい事業で収入を増やして
この苦難を乗り越えようという戦略のようだ。

レンディはお茶の苗販売が終わった一括返済の予定だったが
それでは返済額が大きくなるので
こちらから提案をして毎月返済に今月から変更した。
お茶の苗はコロナ禍で農家が買い渋りを見せており
販売のめどは立っていない。
とにかく他の事業の収入から
少額でもいいので返していくことになった。

イラとデデは事業規模も大きく
儲けも十分あるのだが
コロナ禍の不安から返済せず
貯蓄に向いているとタタンから報告があった。
デデとは直接会議をし
少額でもいいので自分で返済計画を立て直すことを
提案すると
その翌月である今月にこれまで滞っていた分の返済を
一気に返済してきた。
これもやはりキャッシュフローという意味では
どうかと思う。
説明会や授業は急務となりそうだ。

ちなみにイラはこちらの呼びかけに無視をし続けており
いまのところレスポンスはない。
こうなるんではないかと危惧していたのが
貸すときには、君の性格が信用できないとは言えず
こういう状況になってしまった。
どの子にも平等にチャンスがあればと
思っているのだが、なかなか難しい。

出来ることを一つずつやっていこう。
まずとにかく財務の授業を作成しなくては、だな。
ちょうど夜長なので、こういう作業に少し時間を割こうか。




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コロナ過だが、ローカルスタッフからの報告は
なんとか毎月受けている。
卒業生たちの生計戦略も
ローカルスタッフの報告書から
何とか読み解きながら
彼らが課題を現在の実習生にも反映させている。

その中でも
特に注目しているのが6期生のジャジャン。
彼が日本にいる間に立てたビジネスプランは
ソシンという葉菜類の通年栽培だった。
その儲けは年間で6000万ルピア(日本円で45万円)に
なる計画だった。
月平均500万ルピアの儲けになる予定で
これは国家公務員の月給並になるはずだった。
だが、ここ数年の報告書では
彼の儲けは年間2800万ルピア程度で、
計画の半分にも満たない。

ビジネスプランを今になって見返せば
その理由はもう満載としか言いようがない。
僕はそれに気が付かなかった、と言えば、
ある意味嘘になる。
彼のソシンの通年栽培の場合
ネックになるのは土地の回転数。
持っている土地を12に分割して、
毎月収穫を得られるように栽培するというものだったが
灌漑がない土地で、乾季にその栽培が成り立つわけがないことは
ある程度していた。
が、彼と僕とのインタラクションは
常に順調ではなかった。
彼は、僕との関係において
怒りやすかったし、すねやすかった。
僕のファシリテートがまずいのだろうとは思うけど
関係性はそのままズルズルと行き
彼の揚水ポンプ購入というプランを
丸のみにする形で
僕からの批判は無くなった。
当時のビジネスプランの報告書を見返せば
全く僕の書き込みのない彼の報告書が
その時の僕らの関係を言い表しているような気がする。

結果、やはり水なく
ソシンの周年栽培ができていない。
さらに回転数を上げるために
導入すると言っていたハンドトラクターは
ロータリー式が手に入らず
結局購入に至らなかった。

そして彼は
唐辛子とキャベツ栽培の二期作というか
2か所の畑で1年に一作物を1回栽培するという
営農をしている。
当然儲からない。
土地の1か所は完全に水が手に入らず
乾季は全く使えないので
こういう栽培になるのはしょうがないか。

それでも効率化を高めるために
昨年の暮に、潅水用のチューブと揚水ポンプを購入し
乾季に栽培できる畑の収量を増大させようと試みる。
その甲斐があってか、今年の栽培は成功したように
報告書の数字からは読み取れる。
だが、コロナ過で流通が機能せず
買取価格は昨年に比べて半分以下となり
収入は、昨年比で6割減となってしまった。

インドネシアで移動制限がかかっていた
5月ごろは、自ら農産物を買い集めて
小規模の販売商人の活動もしていたが
昼夜が逆転してしまう販売活動を続けるよりも
生産に集中した方が良いと考え
販売活動はやめてしまった。
迷走とは言わないが
なかなかブレイクスルー出来ない状況にいる。
来年の乾季に、投資した潅水設備が
どれくらい効果があるのかが
今後のカギになるのだろうと予想しているが
ローカルスタッフの報告書と会議だけでは
その文脈を必死に読み解くだけで
彼のリアリティにはとても近づけていないのが
もどかしい。

ビジネスプランを
もっと精査していたら、と後悔が募るばかりだが
これからの投資も含めて
まだまだ僕らがやれることは多いと思う。
とにかく早く渡航して
現状を確かめたい。が、それは来年まで無理か。
しばらくはローカルスタッフの足りない視点の
文脈を必死に読み解きながら
彼の足取りを追うことになるだろう。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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