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先月のインドネシアでの総会後、
勉強会が復活した。
(その時のエントリーはこちら)

3月の勉強会はデデで
帰国したばかりという事もあり
日本での研究発表をそのまま行った。
4月は昨日29日に開かれ、
1期生のヘンドラが発表した。
本当の意味での勉強会復活第一回目と言っていいだろう。

再開するにあたって
会場は必ずしも彼らの母校
タンジュンサリ農業高校でなくても良いことにした。
発表者が発表したい場所にすることで
仕事の合間や
ちょっとした時間でも行えるように配慮。
参加者もグループチャットのテレビ会議で
参加する形式もOKとした。
とにかく続けられるように、との配慮だ。

ヘンドラの発表は
有機液肥の作り方だった。
バナナの木を利用して
米のとぎ汁と黒糖を使って発酵させた
有機液肥で、製造に2週間と時間もかからず
コストも安いことが魅力の方法だった。
質問では、製造についてや散布方法などに
集中していた。

こういう資材を検討する場合
まずヘンドラ自身がなぜこの資材を利用しようと
思い至ったか、そこが大事になる。
コーヒー栽培に利用するとのことだったが
収量増加か、品質向上か、
有利販売か、生産コスト削減か、
そのいずれに彼の期待値があるのかが
大事になってくる。
僕の質問で彼は、生産コスト削減の期待値が高い事と
有機コーヒーの場合、有利販売が出来ることへの
期待値が高い事を説明してくれた。
だとすると次は
実際に有利販売の価格差が、
生産コストの増減で、より利益が手元に残るかどうか、
そこを計算して判断する必要がある。
有利販売にどれくらい差があるのかという質問に
ヘンドラは高くるれるらしいという
噂の域を出ない答え方で終始した。
生産コストの計算は、その散布にかかる道具や
人件費まで含めなければいけない。
有機資材の利用の場合、散布量が多くなることや
散布の手間がかかることも多いので
人件費が慣行農業よりも高くなる傾向がある。
それについても今後の計算すると
ヘンドラは答えていた。

日本でもそうだが
農家の情報の多くは
どうしても「これだけ良いものが取れます!」だったり
「こんなにたくさん取れました!」に終始する。
だが、自分たちの市場は
その有利を指示するのかどうかと
その取扱いによるコスト高は
あまり喧伝されない。
有機農業ブームのインドネシアでは
特に冷静な経営判断と自分にとって無理のない
経営戦略にそった営農が求められる。
本当は
そこをしっかりと分かってほしかったのだけど
なんとなく僕がケチつけたような
終り方になったのは残念だった。
外国語で議論することのむずかしさもあるが
それよりも議論することで
相手も気持ちよくその指摘を受け入れられるような
話し方がより難しく思う。
勉強会は、僕にとって
その課題を乗り越えるための修業の場だと思っている。
もっとインドネシア語を磨くことと、
伝えるための単語選びを厳選しないといけないと
痛感した。
いい勉強会だった。



関連記事
先月の出張で
技能実習修了生たちと総会を開いた。
その中の議題の一つに
余剰金によるマイクロファイナンスの実施があった。
その詳しい過程は以前書いたエントリーに譲ろう。
耕志の会インドネシア総会

さて、
その後、3名からマイクロファイナンスに対して
プロポーザルを提出したいと申し入れがあった。
クスワント(4期生)、イラ(5期生)、レンディ(7期生)で
イラは他の資金の目途がついたので結局
プロポーザルの提出は無かったが
クスワントとレンディから提出があった。

クスワントの事業は
カフェ事業である。
インドネシア全土は知らないけど、
少なくとも今西ジャワ、
とくにバンドゥン近辺はカフェブーム。
コーヒーブームもあってか、
タンジュンサリの田舎町でもカフェが沢山出来ている。
そして実はクスワントは
日本にいる時から将来のビジネスとして
カフェを開きたいと言っていた。
丁度日本で実習している時に
今の奥さんであるハナちゃんが
料理学校のお菓子コースで勉強してたこともあり
「いつかは二人でカフェを開きたい」と言っていた。
その月間レポートは今も大事に保管してある。
だから彼から提出されたプロポーザルが
カフェ事業だったことに、僕は感慨一入だった。

実は彼はちょっと前まで
タンジュンサリ農業高校で軽食屋も経営していた。
そこそこ儲かる仕事だったのだが
家族の事情で続けられなくなり
現在はその分の収入がない状況だった。
軽食屋に比べて事前の準備が少ない点や
小さいスペースでも運営できることもあり
また彼の夢でもあったカフェということで
ゆくゆくは自分の栽培しているコーヒーを
独自ブランドとして売り出したいとも思っているようで
今回の申請となった。

もう1点はレンディ。
破竹の勢いとはまさに彼のことで、
帰国してまだ3年目なのに
選挙で勝って集落長になったり、
農業ビジネスで成功して乗用車を買ったり。
正直、彼にそんなに才能があるなんて
僕は見抜けなかった。
その彼の申請してきたビジネスは、
お茶の育苗所だった。
彼の住む場所は高地でお茶の産地。
お茶なんていくらでも育苗していそうなものだけど
どうも事情が違うらしい。
お茶の育苗はとても簡単。
お茶の枝を挿し木すれば
それで苗が作れるので、誰でもできると言えばできる。
しかしレンディが目を付けたのはそこじゃなかった。
政府から発行される普及種ラベルの付いた
お茶品種を育苗するというビジネスだった。
このラベルは原種を管理している政府機関から
原種を普及種に栽培を許されている農場だけが
栽培を許されており、さらにその普及種も
特定の農場だけがそこからさらに普及種を栽培できるという仕組み。
これは日本の種子法でも定められているものに近い制度。
ちなみに僕は青年海外協力隊の時に
落花生優良品種普及事業として
この仕組みに係わったこともある。
一般農家では
まず普及種生産圃場の許可は手に入りにくい。
だからこそ、そこには大きな利権があり
そこに参入さえできれば
大きな商売になる。
で、どうしてレンディがその商売の利権に
食い込んだのかはまだ詳しくは調べてないが
彼にはそういう才能があるらしい。
(詳しくはこちらのエントリーへ

とはいえ、
すでに飽和しているようなお茶ビジネス。
どこにそんな市場があるのだろうか。
そこはレンディの抜け目ないところだろう。
コーヒー栽培は雨に弱い。
大雨が来ると花芽が落ちて実の収穫量が極端に落ちる。
2016年と2017年は同地域の雨季は長く
2年連続でコーヒーの収穫は皆無だったらしい。
コーヒーは1年に1~2回収穫されるが
花芽が落ちれば、収量はゼロになるリスクも高い作物。
その点、お茶は毎月少しずつ収穫があり
天候に左右されても全体では大きく崩れない。
政府系の工場が買い取ることもあって
価格も年間通して安定してる。
レンディは日本で貯めた資金で
コーヒーばかり作っていた地区に農地を買って
その一部でお茶栽培を作り始めた。
そしてそのようにリスク回避をするレンディを見て
その地区の農家はお茶栽培に今
乗り出しているのだという。
そこへレンディは安い品種も分からないお茶苗より
政府が発行する普及ラベル付きの
お茶苗を生産してその地区等に供給するというのが
今回の彼のビジネスプランだった。
すでにトライアルを終えており(昨年の10月に僕も調査した)、
計画も綿密で
必要資材も細かく計算されていた。
経験上苗の2割が損失することも計算もされていたし
それでも十分すぎるくらいの利益をえる計算だった。
日本でのビジネスプラン作りが活きている。
と自画自賛しておこうか。

さて
これらプロポーザルは
今から1週間
実習修了生のFacebookのグループメッセージ欄に
アップされる。
それを読んで、1週間の間
ビジネスをそれぞれ行っている修了生たち猛者が
そのプランを徹底批判する。
それに耐えれれば
インドネシア側での審査は終了だ。
日本ではそのプロポーザルを僕が簡単に説明し
皆からも意見をもらって
問題なければGWごろに資金をインドネシアに送る。
いよいよだ。
もうすぐ、次のステージのあたらしい事業が始まる。
その資金管理は、ローカルスタッフのタタンが担う。
これで技能実習の最終形にようやく突入する。

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技能実習生を受け入れしていて思う事。
TPOに合わせた服装ができるように
なってこそ一人前だということ。
特にインドネシアでは、このTPOが実はうるさい。
だのに、日本はどこかそういう部分がなあなあで
その空気感が、本来きちんとした服装をしているはずの
インドネシアの実習生にも悪影響があるのかもしれない。

それは、正装を持っているかどうかの話。

日本に働きに来るので
実習生の中には、作業服や私服しか持っていない子も
入るかもしれない。
でも、社会の中で暮らすという事は
冠婚葬祭の場面にも出くわすこともあるということなので
その場面での服装が出来ないといけない。

僕が大学院に通ってた頃は
ジーンズ、サンダル、Tシャツは授業に来ていく服装としては
完全にNGだった。
会議は襟付き長袖のシャツが最低条件。
スニーカーはNG。
冠婚葬祭になると、もっと厳しい。
そのシーンに合わせていろんな格好をしないといけない。
ただ外国人の旅行者だとそこが少しゆるく
あまり言われないのだろうけど
そこに住んでいると、同級生や先生や
ホームステイ先の家族からチクリと指摘を受けたこともあった。

事実、僕もインドネシアへの出張中は、
ややいい加減な格好をしている。
本当はNGなんだけどね。
服と靴で荷物が多くなりすぎるので
ごまかしているけど。

さて
11期生のフィルマン。
彼はインドネシアの正装であるバティックを
持って来日したのだが、
それが半袖というところに問題があった。
それだと冬の冠婚葬祭に着ることが出来ない。
日本に四季があることはぼんやりと分かっているのだけど
でも癖で半袖のバティックを持参してしまったというわけ。

そこで長袖のバティックを手に入れるように勧めたのだけど
なかなか聞き訳がなく
最近それで少し揉めている。
あまり言うとパワハラになるのかもしれないが
一般的な常識として
服装を準備するのは大人のエチケットだろう。
事実、僕がインドネシアに留学していた時や
協力隊で派遣されていた時は
周りの大人から服装についてたしなめられたことは多々あった。
だから
僕もその時の恩返しをする意味で
ここは曲げずに
大人のエチケットとして
彼に正装を準備しておくことを
勧めていこうと思う。



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出張の記録をもう少ししたい。
今回の出張のミッションの一つが
耕志の会の総会である。

かなり長文になってしまったので
時間のある時に読んでもらえたら嬉しい。

耕志の会とは、もともとは
農園たやで勉強をする実習生を支える会だった。
農園たやの実習生とスタッフ有志とで組織し
もちろん僕も入っている。
卒業研究や本の購入、
生活に必要な物資(最近では耐震グッズ)の購入、
勉強に必要な物資(紙・インク・プリンター等)の購入、
さらに
見聞を広めるための国内スタディツアーの実施や
懇親会等を行ってきた。
授業にかかる素材(教科書やDVD等)は
農園たやが準備するが
いわゆる生徒がそれに参加するために必要な物資等は
耕志の会が支援をする。
日本に来る場合の支援も耕志の会が行う。
日本語学校での経費やパスポート、ビザ等の取得は
実習生本人負担であるが
この費用がかなり高い。
しかも日本語学校に通っている間は無収入になるので
生活費も必要になる。
ヘタな金融に手を出すと利子が大きすぎるので
耕志の会がこの費用を無利子で貸している。
まぁ、いわゆる会社や本人では負担が出来ない項目を
援助しあう互助会的な存在だ。

その互助会が、実習修了生が増えてくると少し発展をした。
実習修了生たちは、農園たやでやっていたように
インドネシアに戻っても勉強会をしたいという事で
耕志の会のインドネシア支部を立ち上げ
月一でビジネスの勉強会も始めた。
そこに日本の耕志の会から金銭的支援も行っているし
僕もその勉強会にはかならずネットで参加している。

で、2016年と2018年に耕志の会では
JICA基金から援助を受けて
地域住民を巻き込んだ開発プログラムを実行した。
特に2018年は持続可能な小規模コーヒー栽培の研修事業ということで
90名近い住民が参加してのセミナーを開催し
実際に3か所の対象地域でコーヒーの栽培を始めている。

ただ、このコーヒー栽培の事業が
すこし耕志の会のインドネシア支部に亀裂を入れた。

農園たやの実習修了生たちは
皆、比較的同じような地域に住んではいるが
その実際は、高地から低地、平場から山間地まで
農業という自然状況からかなり制限を受ける生業としては
修了生たちは同一の農業形態ではない。
とくにコーヒー栽培は低地では難しく、
高地の方がより品質も良く高い豆が作れることもあって
地域をかなり限定されてしまう。
コーヒーの研修をしたいと言い出したのは
もっとも高地にすむメンバーの提案だった。
当初、耕志の会のインドネシア支部では
みんなでは出来ないコーヒー栽培に
消極的だった。
ただ、僕はこのアイディアを高く評価した。
耕志の会は、勉強会のための会ではあるが
それぞれのビジネスを育てていく会でもある。
みんなで出来ないことは挑戦しないというのであれば
この会は懇親が目的になり身動きが取れなくなってしまう、
そんな風に僕自身が行く末を案じていたのもあろう。
実は農協青壮年部がまさにそのような体であり
常に多様な農業者の集団が潜在力を持ちながらも
その解を見出せないまま
自然消滅的に力を失っていくのをたびたび経験したこともあり
耕志の会には同じ轍を踏ませないと思っていたからかもしれない。

そこで2018年は品目をコーヒーに絞り
耕志の会は活動をしていた。
修了生メンバー9名中、コーヒー栽培が可能な4名が
この活動の中心となった。
とはいえ、定期勉強会は続けていく方向だった。
だからみんなが参加しての耕志の会は続けていく。
その予定だった。
しかし事情は違った。

2018年当初は
まだみんなが参加して勉強会を開いていたが
コーヒー栽培の研修が進むにつれ
コーヒー栽培の4名のみしか参加しなくなり
次第に活動が緩慢になった。
それぞれのコーヒー栽培はそれなりに面積を広げ
行政との繋がりも深くなり
これからの展望もずいぶんと見えるようになったのだが
勉強会はいつしか行われなくなった。

今回の出張では
この耕志の会の継続について話し合いを持った。
コーヒー栽培以外のメンバーは集まらないのかと思ったが
なんとかみんな集まり会議を開いた。
2019年はどんな活動にしていくのか
それの話し合いだった。

開口一番はイラだった。
イラは第5期生で、農業ではなく
水ビジネスを展開している。
彼はコーヒー事業を始める時も難色を示していた。
「コーヒーに活動を決めてから、耕志の会は分断されたと思う。コーヒーに参加していない人も参加できる活動がなかった。代表の責任だと思う」とノタマッタ。
実習修了生たちはスンダ民族で
腹の内をあまり表に出さないと言われているのだが
最近は事情が違う。
こうやって思っていることもズバズバという。
イラの指摘はごもっともで
4期生のクスワントが
2018年の耕志の会インドネシア支部長だったのだが、
勉強会は途中から自然消滅する形になっていた。
当然、それはイラのように
勉強会を開いても来なくなったことが理由なんだけどね。

イラは最低限の活動として、
勉強会の継続を提案した。
また同時に、コーヒーに焦点を絞ることを
止めたほうが良いとも提案があった。
どうしても焦点を絞るのなら
コーヒー栽培できない人もその活動に参加できるようにすべき
とのことだった。
みんなが参加できる活動にすべしとの提案だった。
これに反発したのは僕。
JICA基金のように公的な助成金をもらった場合は
やはりコーヒーを栽培できない、もしくは栽培する意思のない人にまで
その公的な助成金を使うことはできない。
僕は耕志の会は仲良しクラブにはしたくなかった。
それぞれのビジネスの相談に乗れる
有機的なネットワークにしたかった。
だから、コーヒーだけがフォーカスされたことは反省するとして
それぞれのビジネスで扱っている品目ごとに
耕志の会でプロジェクトを作っていくことを提案した。
その一つが
やるやるといってやってこなかった
マイクロクレジットの実施だった。

耕志の会では
有志の献金や会費の繰越金からの積み立てで
約70万円ほど自由になるお金がある。
これをマイクロクレジットとして
実習修了生のビジネスに貸し付けるという
活動をしようと当初から計画があったが
貸し付けから返済までのお金の流れや
インドネシア国内でのそのお金の管理、
果てには提出されたプロポーサルのチェックと
事業開始後の資金活用のチェックなど
日本国内では出来なことずくめ。
だから、マイクロファイナンスは
絵に描いた餅だった。
それが今年の1月から3期生のタタンを
ローカルスタッフとして雇うことで
それらすべてが可能になった。

マイクロクレジットといっても
まだまだ制度的には整ってはいない。
ただお金を貸して彼らのビジネスが
どんな風に変化するのか、
そのインパクトを大事にしたいということもあり
利子なしで、返済計画もそれぞれのビジネスの事情に合わせて
柔軟にすることになった。
たとえばコーヒー栽培で苗木購入の補助であれば
収穫が本格的になる3年後に一括返済とか。
その一方でジャガイモの植え付けの資金であれば
収穫が4か月後に一気に迎えるので
収穫後にすべて一括返済とか。
さらにお茶栽培の事業であれば、
収穫が出来る1年後から分割返済にするとか。
それぞれの栽培やビジネスのキャッシュフローに合わせて
返済計画を自由にするということにした。
資金の受け渡しやプロポーザルの価格チェックや
返済の管理や借り入れて行っている事業のチェックは
全て農園のローカルスタッフがすることになった。

これに対して
その場に同席してくれたメラニー先生は
僕のやり方に否定的だった。
その場では観察だけの務め
会議後に彼女から
「田谷のやり方は持続的じゃない」と指摘を受けた。
利子なしにすれば発展的にならないし
お金を管理している人は
それなりにその資金の運用益から
いくばくかのお金をもらってやるべきだと。
マイクロクレジットの運用という意味では
僕のやり方は落第点だろう。

先生の指摘に対して僕の意見はこうだ。
利子はいくらかは取っても良いが
人件費はこのクレジットから取ろうとすると
かなり利子が高くなる。
その経費を抑えるには
画一的な返済のカタチにすることになるが
事業によってはキャッシュフローが違いすぎる。
短期的な事業だけに絞れば
受益者を限定してしまうし。

とはいえ、メラニー先生の指摘は真っ当で
今後、もう少し遠い将来に向けて
マイクロクレジットを
事業として独り立ちさせるのなら
考えないといけないことが沢山あるというわけだ。
ま、例のごとく
走りながら考えようか。

さて、
会議に視点を戻せば、
資金を借りたいというのは4人いた。
レンディとクスワント、イラとタタンだった。
タタンは資金管理者なので、
かなり微妙な立場。
もし可能なら農園たやから貸付を行うなど
違う方法を考えないと
ローカルスタッフになった方が損することにもなりかねない。
課題はいくらでも湧いてくるな、こりゃ。
で、プロポーザルは3月末日までという事になり
この件は解決した。

また2019年度の役員も改正し
1期生のヘンドラが支部長
事務局が2期生のイルファン、
そして会計がイラの三役が決まった。
当面の活動は
勉強会の実施と
亀裂修復のためのレクレーションを実施することで
総会は閉会した。


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本日から2020年の新採用の募集を
正式に開始する。
この人材は、2022年にインドネシアに
青年海外協力隊としてタンジュンサリ農業高校へ
派遣することが前提で、
農園から派遣する3代目の隊員となる予定。

農業と国際協力を
現実として力強く推し進める意思のある人を
採用しようと思っている。
将来は自分が農園たやの社長をするんだという
気概がある人を望む。

エントリーしたい方は、
農園のメール宛にその意志を伝えてほしい。
こちらから2020年採用専用の
エントリーシートを別途送る予定。

エントリーシートを返信してもらったら
そこから試験開始。
小論文による試験で
決まった字数で論理展開が出来ているかどうかを見る。
農業の経験や知識のあるなしは
そりゃ、あればプラスだけど
無くても特に問題ない。
あとインドネシア語も出来るに越したことはないけど
出来なくても全然大丈夫。
コミュニケーション能力高くて、
自分の伝えたい事を
しっかりと持っている、
そんな人を採用したいと思ってる。

気になる方は、ぜひぜひ問い合わせてほしい。







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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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