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今年一年を振り返ってみようか。
順番は適当なので、
書かれている順番に重要というわけでもない。
思い出した順番ってところ。

☆『雪でハウス潰れる』
もうこれにつきるね、今年は。
37年ぶりの2月の大豪雪で
42棟中13棟が倒壊。
泣きそうになりながら、スタッフみんなで雪掻きをしたね~。
雪掻きしても、すぐに積もってくるから
もう絶望のどん底に落とされたような気分だったけど
自分が弱音を吐くわけにはいかないので、
常にテンションをあげて
家に帰ったら酒をがぶ飲みしてました。
肝臓もずいぶんとつかれただろうなぁ、この1年は。
さらに雪で売り上げも大きく落ちたし、借金も増えたし。
とにかく会社を潰さないように
それだけを考えて1年を過ごしたなぁ。

☆『農園を会社にした』
これまで農園は父と僕とで二つの個人経営だった。
僕がインドネシアから帰国した時(2006年)
父からのれん分けをして
二つの経営にした。
それは、自分の裁量で
技能実習生の受け入れと
それにかかる借金をするためだったのだけど
これがお互い経営が大きくなってくると
二つに分けたデメリットも大きくなってきた。
そこで今年の2月1日に
株式会社農園たやとして
二つの個人経営を一つにまとめた。
一本化できたおかげで
スタッフや実習生たちの働き方も変わったし
僕も全体を見渡せるようになった。
おかげで非効率な部分も見えてきたので
来年はこれらを変えていこうと思う。
会社になって大変だったのは
やはり出ていくお金が増えたことだろうな。
会社化すると節税になるという人がいるが
ケースバイケースだろうね。
うちは間違いなく、出る方が増えた。
それも半端なく。
所属している社員はぐっと待遇も良くなり
その分ずっと働きやすくはなるはず。
家族経営をやめて
チームとして農業をするという目標に向けて
会社化はとても効果的だったと思う。
してよかった、本当に。

☆『雪で多くの方から温かいご支援を頂く』
雪でハウスが潰れた時
ツイッターやFacebookでは、
なぜだか非難されるような書き込みも散見されたが
同時に、それの何十倍ものたくさんの方から
温かなお声掛けをいただいた。
それだけでなく、いろんな形でのご支援もいただいてしまった。
その一つ一つが自分たちの背中を押し、奮い立たせ、
この困難に立ち向かうことができたのだと思う。
本当に、本当にありがとうございました

☆『娘、中学生になる』
中学生になったら一気に生活スタイルが変わった。
部活で帰宅が遅くなったし
勉強する時間も一気に増えた。
一緒にテレビを見る時間もないし
いっしょにゲームすることもなくなった。
土曜日の休みに一緒に出かけることもなくなった。
その代り、吹奏楽部のクラリネットに夢中になった。
こうやって少しずつ大人になるんだろう。

☆『妻、教授になる』
大学の教授になったらしい。
生活がそれで変わったかといえば
特に変化はなし。
すこし忙しくなったようで、出張でいないことが増えたかな。
好きなことを仕事にして
それが世に認められるのだから
とても幸せなことだ。羨ましいかぎり。
あと、ようやく妻が僕のやっている技能実習生関係のことを
研究の俎上に載せはじめた年でもあるね。

☆『コーヒー栽培始まる』
農園を卒業した技能実習修了生たちが
今年も集まって活動を共にしている。
JICA基金からの支援金もいただき
小規模の持続可能なコーヒー栽培に向けて
この1年は皆で研鑽して
先進地視察やセミナー開催など活動をしてきた。
すでにコーヒー栽培も始まっていて
かなりの人数と面積で動き始めている。
新しい収入として期待は高まるが
これからどういったマーケットへ
どのような品質の豆を供給していくかは
まだイメージは出来上がっていない。
そこがこれからの課題だね。
ただ、こうして一緒に修了生たちと
何か地域のことをやっていける
贅沢な1年でもあった。

☆『農園スタッフのインドネシア派遣』
今年は農園のスタッフ立崎を
インドネシアに派遣した初年度だった。
インドネシアのタンジュンサリ農業高校の
教員として派遣した。
立崎は思った以上に
あちらの社会に溶け込み
友人や親身に相談に乗ってくれる人たちとの
関係をローカルに作り上げてくれた。
おかげであちらの農業教育の中身が
これまで以上によく解るようになったし
ここに実習生として来る子たちのレベルもよく解るようになった。
逐一受ける報告であちらの価値観も、
世界観も、農業の置かれている状況も、
社会の動きもずっと身近に感じられるようになった。
おかげで僕のインドネシアのスンダ民族の農業観が
今まで以上に深まり
彼らのアグリビジネスへの僕らの参加も
ずいぶんと深まったように思う。
来年は立崎を通じて
もっともっと彼ら彼女らの社会に
係わっていきたい。

☆『営農』
ハウスが倒壊した事で
今年の営農は通常ではなかった。
減った面積で
なんとかこれまでのお客さんに野菜を提供するという
難しいミッションに頭を悩ます1年だった。
さらに強力な台風の直撃や記録的な猛暑で
とてもまともな営農とはならなかった。
ただそんな中でも
農園のスタッフや実習生やパートさん達やアルバイトの子たちはみんな
良く頑張ってくれたと思う。
いろいろと制限のある中
さらに悪化する環境の中
みんながベストを尽くしてくれたから
それでもなんとかやって来れたんだと思う。
家族でやるのも農業の良さかもしれないけど
僕はそれぞれが力を発揮する
チーム力の農業を目指している。
それにふさわしいメンバーが本当に揃ったと思う。
みんな、本当にありがとう。

ただそうはいっても、やはり今年は減収となった。
就農して10年、これまで毎年つねに増収だったが
今年、初めて減収となった。
ハウス施設倒壊や猛暑による生育障害、
台風による被害、そして野菜の価格大暴落。
これだけ重なれば、誰だって減収さ。
とはいえ減収というプレッシャーも相当で、
これまで
減るなんて全く想定していなかった自分の思考が
なんておめでたいんだろう、と思う1年だった。
ただ、僕らにとっては予定通りの減収で
それ以上でもなければそれ以下でもない。
実際には11月からの価格暴落が無ければ
言うほど減収でも無かったところまで
追い上げていたんだしね。
ここがまたスタートラインだと思って
これからの10年はまた増収の毎年にしてやる。
とおめでたい思考はまだまだ健在。

☆『技能実習生受け入れ10年目』
2008年に第一期生であるヘンドラを受け入れしてから
今年が10年目だった。
技能実習制度は
相変わらず問題ばかりを生み出しているような
そんな印象を社会に与えているが
数少ない外国人との交流のツールでもある。
農業を通じて相手の地域の農業にまで関わろうとしたとき
小さな経営体が持続的に関わることのできる
数少ないツールでもある。
移民問題でこの制度自体が岐路に立たされている感はあるが
僕はこれからも
あらゆる手段を用いて、彼ら彼女らの住む
地域にインパクトを植え付けていこうと思う。
それが同時に僕らの地域のインパクトにつながっていくまでは。
ただそれがどんな形をした未来なのかは
正直分からないが、
行動の変化が生み出されるようなものだと
僕は思っている。
今年も実習生や実習修了生と
たくさんの勉強をし
そしてたくさん行動に移したと思う。
来年は、修了生の営農活動をフォローアップするために
もう少しお金をかけた支援とシステムを
作る予定をしている。
ますます忙しくなるけど、こういうのは超楽しいよね。

☆『俳句』
こちらは相変わらず趣味の世界。
俳句を始めて3年目の今年は
もう少し大きな賞に挑戦したいと言っていたが
それはほとんどできなかった。
自由に詠む力もないし
兼題で出された季語を深く理解することも
まだまだ足りないことに
この1年嫌になるくらい思い知らされた。
同時に自分の作った俳句が
どうしてこんなにつまらないのかを思う1年だった。
一句一遊では昨年よりも1回多く金曜日に読まれ、
ラジオと投句サイトで天を2回取ったので、
たぶん、それなりには力を付けているのだろうけど、
それが実感できない1年だった。

その反面、
福井での俳句仲間はどんどん増えた1年だった。
いつき組の句会も福井で月一で行うようになり
人数は少ないがかけがえのない句友ができた。
句作1年目からお世話になっている順化句会だけでなく
結社雪解の若手勉強会として
悠の会が立ち上がり、そこにも参加するようになった。
俳人協会の会員にもなった。

何かまとまった作品のような
そんな感じで俳句が詠みたい。
来年はもうすこしそういう風に俳句を作ろうと思う。


と、こんな1年でした。
皆さま、くだらないブログにお付き合いいただきましてありがとうございました。
良いお年をお迎えくださいませ。


関連記事
彼の月間レポートはこれまで
あまり記録してこなかった。
その理由は
まぁ、良くできているからといえば、
そうなんだろうけど
優等生で、内容にそつがなく
ブログに記録するほど変化がないというのも
そうなんだろう。
でも1年前と比べると
劇的に変化している。
だからたまには記録しないとなぁ。
ということで、3年生のデデの
しかももうすぐ帰国する子は
どんな月間レポートを作り上げてくるのかも含めて
記録しようか。

記録をさかのぼると、1年前の10月の
彼の月間レポートの記事があった。

http://tayatoru.blog62.fc2.com/blog-entry-1846.html

この時期に書かれていた
お茶とトウガラシの栽培は
そのまま今も受け継がれている。
この1年でずいぶんと彼も投資をしており
しかも2年生の時からすでに
お茶畑を購入して
現地で姉の旦那さん(義兄)に管理をお願いして
すでに農業経営を始めている。

彼はこの2年間で
貯めたお金の140万円ほど投資して
2.9haの農地を購入し
お茶栽培に乗り出している。
しかもその農場では
すでに利益がかなり出ているという。
昨年から今年にかけて、35万円の利益があったらしい。
いやはや大したものだ。
信頼のおける親族が居て、
収益確保が明らかなすでにできあがっているビジネス、
この場合はお茶栽培だが、
それへの投資なのでリスクも小さい。
いうのは簡単だが
遠隔でこういう経営をしようと思っても
なかなかなせるもんじゃない。
デデのマネジメント力がすばらしいということだろう。

さらに3年生の今年は
トウガラシの施肥方法の実験をしており
これがかなり面白い結果が出ている。
有機肥料と化成肥料とを上手く組み合わせることで
従来の倍ちかく収量を得ることが実験では分かったのだ。
もしこの栽培法が彼の地域の
トウガラシの伝統品種でも可能であれば
間違いなく彼は、初年度から成功するだろう。
ま、それが当てはまらなくても
どうすれば正解に行きつくかのプロセスは
たたき込んであるので、数年後の成功は間違いないと思う。

その上で
デデは最近、ハウス施設を地元でも建てて
葉菜類を栽培したいとノタマッテいる。
攻めるねぇ~、デデ君。

ただこのハウスがなかなかインドネシアでは存在しない。
彼の地元では竹資材のハウスが主流で
竹素材だと5年くらいしかもたないのが難点。
投資額は結構おおきく、400㎡で40万円ほど。
5年償却なら、8万円は次の建て替え費として
積立しないといけない。
露地で作る場合とハウスの場合とで
作付け回数がかなり増えない限り
品質での勝負というのは難しいだろう。
あと売り先も大事だ。
ハウス栽培の利点は、環境をコントロールしている分
安定的に出荷できるというのが魅力だ。
その魅力を感じてくれる市場があるかどうかだ。
彼は、近くのバックソー屋(地元の軽食)に販売したり
ローカル市場に持っていきたいという。

なるほどね。
その場合は問題点が3つ存在する。
まず、1点目。
野菜を供給するための配送のための人員はどうするのか?だ。
大抵、新規就農時代は、労力は自分ひとりだったりもする。
彼の場合はすでにお茶農園で雇用しておりパートが数名と
スタッフとして義兄がいるらしい。
インドネシアでは集金は月末締めでもなければ
銀行振り込みでもない。
大抵は現金主義で、その場で現金で支払われる。
となると配送はかなり信頼置ける人物でない限りは
任せることはできない。
パート労働者では無理だし、義兄を配送に回せるほど
労力が豊富でもあるまい。
自分が配送に回れば、全体が見えなくなるしね。

次の問題点は、供給量だ。
ローカル市場は個人商店がひしめき合っている感じの市場だ。
1つ1つはとても小さな商店。
その一軒一軒から注文を取って
それを納品するのはかなり手間だろう。
もちろん供給量も、需要と生産力のすり合わせが
難しくなる。
ブローカーは、大きな規模で買い付けて、
需要とのすり合わせをし、その手間で儲けるのだけど
農家がそれをするにはやはり人手がたりないし
小規模だと生産力が安定しないので、難しいと
言わざるを得ない。
特に葉菜類は、だ。
それなら作った分全部を買ってくれる
ブローカーに販売した方が
断然いいだろう。
第一期生で今は集落長として地域のリーダーになっている
ヘンドラは、その答えに行きつくまでに
5年以上かかった。
彼もローカル市場へ細かく販売してくビジネスプランを
立てていたが、結局は生産に力を入れて
販売はブローカーに任せてしまったのも
その規模やスタッフなどの信頼おける人材の確保のむずかしさにある。
ちなみに僕の農園はそれをするから
すこし高い単価を獲得できているので
生産力と分配とがうまくマネジメントできれば
当然、みんなが難しい分
ビジネスチャンスになるということでもある。
ヘンドラに経験談を聞いて
君なりに考えることだね。

3つ目はもっと根本的なことだ。
それはハウス栽培の葉菜類の品質を
市場は評価してくれるかどうかってことだ。
雨よけで作った葉菜類はとても葉がきれいだ。
泥はねもなく、すくすく育った葉菜類は美味しそうに見える。
露地と比べてハウス栽培の葉菜類は
とうぜん日本では品質も高い分
需要もある。
だが、君の地域はどうだろうか?
バックソー屋で出すというが
昔、僕がスラウェシで仕事をしていた時
料理屋の主人はこういってたよ。
「虫食いや痛みはあまり関係ないよ。きざんじゃうし味付けしちゃうし。大事なのは安いって事かな」
ってね。
これは20年前の話だから
今は違う、と言えるのなら良いんだけど。
つまり回転数が上がる以外に
値段もある程度ついてこないと
5年償却の施設を葉菜類で稼ごうというのは
かなりきびしいんじゃないかな。
日本の一般的な農家も償却期間の倍の期間は
やはり使って資金を回収している農家が
多いように思うしね。
金属パイプのハウスが7年~10年で朽ちることないしね。
でも竹は、白アリにやられるから
確実に朽ちるので
5年で利益回収できなければ
その投資で君は潰れることになるぜ。

ま、
こういうことを議論できるまで
君の経営感覚が伸びてきたってことなんだろう。
その成長ぶりは本当に頼もしいよ。
あと2か月、僕も全力で君と議論をすることにしよう。


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12月に提出されたフィルマンの月間レポート。
彼のビジネスプランは
ずいぶんと様変わりしてきた。
採卵の養鶏をしたいというのが
彼のプラン。
ちなみに
このアイディアはフィルマン本人ではなく
彼の継父からである。

フィルマンはスカブミの地方に住んでいるが
周りは工場労働者の住宅街で
農地は工場やその労働者への転用期待も高く
かなり高額になってきている地域。
さらにもともと農家ではない家なので
農地を持っておらず
その彼がアグロビジネスを展開しようとすると
どうしても農地購入の段階で
かなり小さな面積でのスタートしか切れない。
そこで農産物を生産しても
生産量が少なく、彼自身の生活もかなり危ういのが
プロフィール作りの中で見えてきた現実だった。

では、
その限りある土地面積で利益をどう最大化するか。
それを考えていく中で
彼と継父は、採卵の養鶏のアイディアに行きついたらしい。
いまいちどうして採卵の養鶏なのかは分からない。
インドネシアでは、食肉用の養鶏が盛んで
こちらはすでにある程度マニュアル化され
ある程度の施設を用意すれば
利益の計算も簡単な産業になりつつある。
ただブームになってから久しく
もしかしたらすでにビジネスモデルとしては
もう魅力が無いのかもしれないけど。

とにかくこれから
採卵の養鶏がどのようなコスト計算で
ビジネスをするのか
またどういった基準値があり変数は何かを
フィルマンと一緒に探っていくことになった。
とりあえず、
タンジュンサリ農業高校の卒業生で
採卵事業をしている、もしくはしていたけどやめた、
といった事例を一緒に考察してみようかと思う。


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日大の水野先生とその学生さんが
農園見学にやってきてくれた。
農園が出している求人に興味を示していただいたようで
師弟共々での来福。

農園を案内したり、
自分たちのやっているインドネシアの事業の
説明をしたが、
せっかくなので
インドネシアの子たちの授業も
見学してもらった。
その時はダニ君の月間レポートの指導だったのだが
彼の質問の中に
日本の農家の行動原理には何がありますか?というものがあり
せっかくなので、水野先生にお答えいただいた。
ちょっと無茶ぶりだったかな、と思わなくもなかったけど、
その水野先生の答えがとても素晴らしかった。

水野先生曰く、二つの行動原理があるという。
ひとつは先祖から受け継いできた生活を続け
それを子々孫々に残していきたいという想い。
便宜上これを①としようか。
そしてもう一つが、儲けを重視した生産をしていこうという原理。
こちらは②としよう。
これはどちらかだけというわけではなく
この二つが1人の人間の中に存在し
そしてそのどちらが強いかは
それぞれの人によって違うという。
とてもシンプルだが
とても考えさせられる行動原理だった。

意外だったのは
3年生のデデ君がこの意見をうけて、言った意見だった。
「僕は農園たやに来るまでは、①の行動原理が強かったです。でもここで勉強するようになって②が強くなりました」
あれ?そうだっけ?
僕は君たちインドネシア技能実習生を受け入れるまでは
どちらかといえば①の考えが強かった。
けどね、卒業生がアグリビジネスで四苦八苦していたり
都市部への流出が止まらないインドネシア農村の現状を
目の当たりにするようになってから
②が強くなった。

とくに僕自身の転機だったのは
広島の中川さんの事例を見学した時だった。
その当時に書いたエントリーはこちら。
http://tayatoru.blog62.fc2.com/blog-entry-646.html

小規模でやっていこうという想いが強かった当時の自分を
規模拡大へと舵をきることになったのは
中川さんの経営思想に触れてからだった。
きれいごとだけでは食ってはいけないし
きれいごとだけでは人は生活できない。
地方に農業者が残っていけるためには
農業で食べて行けるような工夫が必要なのだ。
9割が兼業農家で
しかもそのほとんどが第2種兼業農家で
農業分野は他の収入で
その赤字を埋めるだけの存在となっている状況では
とても農業の分野での発展は見込めない。
そう強く感じるようになって
僕はだんだんと②の想いを強くするようになった。

②がしっかりとした上で
僕は①を経営の中に埋め込みたいと思っている。
農地を永続させ、土づくりを大切にし
出来るだけ近い距離の人たち、
顔が見える距離の人たちの需要を満たすための
まっとうな生産をするという部分は
②よりも①の思想に根差したものも無ければ
成立しないと思うからだ。

それぞれの農家の
バランスの問題なんだろうな、とは思う。
それにしても僕は
なんてバランスが悪いのだろう。


水野先生の答えには
心がやたらとざわついた。
僕は、自分をもどこかでだましているのかもしれないと
それを自覚させられる言葉だったからかもしれない。
いい勉強になりました。
ありがとうございました。



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今月も、もう月間レポートの指導の時期。
アンギは先月に続き
お粥屋になるというプレゼンをしてくれた。
前回で問題点だった
屋台などの設置許可や
インフォーマルな縄張りなども
アンギは父(お粥屋台経営)にインタビューをして
明らかにしてくれた。
設置許可は近隣の区や村行政からの許可が必要だし
インフォーマルな縄張りもあることが判明。
ただそこはすでに15年以上その業界で
仕事をしてきたアンギの父が
縄張りは心配いらないと請け合ってくれたらしい。

アンギの野望は広がる。
屋台での販売は父と共同して行うが
それ以外にも、お店を構えたいという。
前回はその辺りの家賃等があいまいだったが
今回は3か所のリサーチを済ませ
その発表もあった。

タンジュンサリの街中では3×4mで月916,000ルピア。
ただ街道沿いで、バスやトラックなどの交通量は多いが
朝ご飯にお粥を食べるような客層(主に住宅地のお客さん)が
多いかどうかは疑問。
もう一つは、ショッピングモールや大学が集中する
ジャティナゴールという地域。
広さは同じで、大通り沿いが月2,000,000ルピア。
大通りから一本裏通りが月1,500,000ルピア。
どちらも大学生寮が立ち並ぶ住宅街で、
お客は多いことが見込める場所だとアンギは言う。
どれくらい売ればいいのかは
まだ計算していない感じだったが
まぁ、良く調べたとは思う。

で、先月からの課題だったが
農業とお粥屋ってどう両立するのかってこと。
その答えは、アンギ自身が答えたのではなく
父に聞いての回答だった。
アンギの父曰く、
お粥屋だけでは10時に商売が終わってしまうので、
空いた時間がもったいないということで
もともと持っていた農地を
耕作して野菜の販売をしていたということらしい。
だから、主はお粥屋で、野菜栽培はついでになる。
アンギもこの父の教えを受け
「お粥屋が忙しいなら、僕はお粥屋でいきます」
と力強く答えていた。

まぁ、彼がお粥屋になろうがどうだろうが
僕個人は一向に構わないし
そもそも僕は飲食業界のノウハウを知らないから
的確なノウハウという意味でのアドバイスじゃ出来ない。
でもね、だからといってそのままには出来ない。

お粥というのは
お父さんがやっていたという理由だけで
もちろん、そのノウハウを勉強して事業を承継することで
スムーズにビジネスが展開されるというメリットがある。

その一方で、
そのお粥のビジネスモデルは、
これからの時代に合っているのかどうかは
まったく無批判なのである。

僕が野菜栽培とお粥販売の接点は何か?という問いは
ただ単にタイムスケジュール的な問題ではなくて
彼がそれをやりたいと望んだからなんだけど
それが組み合わさることで
君にしかないお粥屋になるのかならないのか、
その一点だった。
つまりはブランディングである。

お粥はインドネシアの特にジャワでは
一般的な朝食で、
朝が早いインドネシア社会では朝を外食で済ませる人も多く
その人たちからも人気の食べ物だ。
だから、朝は街の至る所にお粥屋が出現する。
移動屋台販売はもっと上りが少ないと思っていたが
アンギのお父さんは月に4,000,000ルピアの収入を得ていて
公務員初任給よりずっと多い。
だったらそれで良いかもと思わないでもないが
30年40年先もそのビジネスモデルが
そのままのような気がしないし
休みが少なく昼夜逆転の生活は体力的にもキツイはずだ。
彼がお店を構えるというのであれば
ただのお粥屋では
きっと他の食べ物屋との競争もきつくなる気がする。
それらも踏まえて
アンギだからこそ
アンギにしかできないお粥屋を
探す努力をしてほしいと思う。

お粥で結論付けて
議論を受け入れようとしない彼の姿勢もやや心配だ。
成功は、考え続け挑戦し続けるそのプロセスに宿る。
彼も自分のセールスポイントを
考え続ける姿勢を忘れないでほしいと思う。

関連記事
グローバリゼーションを理解する授業を
後期は入れている。
毎年同じビデオでは飽きるので
ローテーションを組んで見せているが
今回は久しぶりにこのDVDとなった。
「おいしいコーヒーの真実」

あらすじは、前回前々回のブログに譲ろう。

このDVDで問題なのは
グローバルサプライチェーンが
長く伸びきっていて、最終消費者と生産者が
互いに情報を共有できないところにある。
おかげで生産者として
どういう品質であれば高価買取になるのかという
インセンティブも無ければ
中抜けして販売するようなアイディアも生まれにくい。
そうした構造がブローカーの利権を強くし
生産コストを下げるための大規模化にも進み、
零細農家の資源アクセスも制限を受けたりする。
コーヒーに限ったことではなく
それはいわゆる途上国でエステートと呼ばれる
作物のほとんどがこの構造になっていると言っていいだろう。

もし、構造を読み解く力を持った農家が
最終消費を目の当りにしたらどうなるのか。
それが僕の協力隊時代からのテーマでもあった。
実際にはインドネシアの農家も
スタバでコーヒーを飲む機会がごくたまにだが
あることはあるし
アクセスできないわけでもない。
だが、ただ高いコーヒーとしてしか思わないのであれば
変化は生まれない。
そこに何が付帯しているのかを読み解き、
その一部がもしかしたら自分でも
創造できる部分じゃないのだろうか
という想像が生まれなければ
それに向かって行為能力が発揮されることはないからだ。
授業では
スタバのコーヒー330円の内、
生産者は3円しか手に入らないことに怒ることよりも、
3円は4円に、4円は5円にならないのかを
想像することを大事にしている。

で、こういう授業をしたら
さっそく1年生の二人が近くのショッピングモールにある
スタバへ行ったらしい。
何が良かった?と聞くと
店員が笑って話しかけてくれたこと、とのこと。
それってインドネシアでも普通やん!

違いを意識して見つけるのは
まぁ、これから訓練だね。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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