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10月の出張は
自分たちの今後の営農や
その方向にとってとても大事なポイントとなるだろう。
そんな予感が強い。

生計調査は
それぞれ実習修了生のカテゴリ別に記録したが
改めてそのリンクをここに貼ろう。

ヘンドラの場合

レンディの場合

クスワントの場合

これらの調査を通じて
僕もそのインタラクションの影響を大きく受けた。
調査を通じて見えてきたのは
日本での資金では、その後何年もかけなければ
次の大きな投資ができなかったり、
その投資も数年以上は芽が出なかったり、
もしくはその業態でスケールアップするには
一から構築しなおすくらいの投資が必要だったりと
思った以上に苦労があるということだった。

これは僕自身も営農をしていて感じる点で
どうにかこうにか人をたくさん抱えるためには
売り上げをあげていこうとしているのだが
なかなかその部門を新設し育てきれない、という悩みがある。

彼らも現状で十分一般的な農家以上の販売力を
持っているとは思うが
まだまだ地域をけん引するような
そんな産業を生み出すまでは到底至っていない。
ま、僕もそんな感じだけどさ。

新しい投資が必要だと
本当に感じる。
それがインドネシアの金融機関がしてくれるのが
一番だが、そのチャンネルは
彼らの肩越しからは見えてこない。

あと
営農の変化や考え方の変化が
年に1回だけの調査ではもう追いつけないこともある。
卒業生も9名が活動しており
これからそれは増える一方になる。
時間的制約を受けながらの調査では
今回のように4人ほどが限界で
それを駆け足で行ったためか
今回初めて現地で医者にお世話になった。
そして
調査を受ける側も
僕のスケジュールに大きく左右されてしまうし。

マイクロクレジットを通じて
次のステージをと
実習生たちと一緒に作った耕志の会には
その資金が現在80万円ほどある。
だが、結成してから8年経つが
まだこの資金をマイクロクレジットとして
仕えていない。
仕組み作りはしているが、実際に運用に
誰がどうコミットするのかが決まらないからだ。
無給で借金の管理をする誰かが現地に必要で
不透明なお金の流れのままでは
あの不正や汚職大国のインドネシアでは
きっとあっという間に、
篤農家予備軍の彼らを汚職者にしてしまう。
それだけは避けなければ、と二の足を踏むあまり
お金が死に金になっていた。

もう待ったなしだ。
今回はそう強く思った。

で、だったら、
僕の代わりにインドネシアで
そんな業務をする人を雇っちゃおうか、
と思い至った。
それを農園たやの業務として
農園たやからの給与として、さ。

青年海外協力隊で農園のスタッフ立崎を
現地に派遣しているが
彼女は、学校の活動や今後農園が取り組むべき課題に向けて
別の大切な活動を任せている。
とてもそこまで手は回らない。

なので、
JICA基金で現地コーディネーターを務めてくれた
3期生のタタンをローカルスタッフとして契約をできないか
帰国後ずーっと交渉をしてきた。
そして先日、
ようやく業務内容や条件で合意に至り、
来年2019年の1月より
農園のローカルスタッフがインドネシアの農村で
活動を始める。

イメージとしては
生計調査と営農調査を毎月行い
投資に値する事業を実習修了生と作り、
実習修了生への農業技術の情報発信や
実習生の農産物を日本へ輸出するところまで見据えて
活動をする。
また農園たやでの技能実習生公募に対する
説明会を開き、より質の高い実習生を集めたり、
彼ら彼女らの
来日支援(借金なしで出発できるように)も行う。

これらが実現するかどうかは
とにかく来年ローカルスタッフと一緒に
汗をかきながら、インタラクションしながら、
考える場所に自分を置いて
過ごしてみることで
次も見えてくるんだと思っている。

さ、やることは多いぞ。
歩みは止めるなよ、おれ。


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ヘンドラやレンディと違って
政治的なアプローチを好まない男もいる。
それがクスワント。
彼は村内政治を利用するよりも
それに批判的な立場をとるような男だ。
だから、
「まちがっても集落長や村長にならないですね」と
と調査の時に言っていた。
ま、僕から見たら君は一番の野心家だから
たぶんその時が来るまではそんなそぶりは見せないだろうけどね。

彼は農薬や肥料・種などを販売する資材屋を経営しつつ
トウモロコシとトウガラシとサツマイモの輪作で
生計を立て、
そして丁子とコーヒー栽培にも乗り出している。
奥さんも働いていて
タンジュンサリ農業高校の校内に
軽食屋を経営している。
これが彼の世帯の生計戦略。

ヘンドラやレンディのような集落長としての
毎月の役職給は無いが
農業資材屋が毎月の収入に大きく貢献してくれるのだとか。

クスワントのように
果菜類や根菜類の場合、
投資してから収入を得るまでの期間が
やや長い。
毎月の生活費や必需品の購入で
キャッシュフローが良くない場合も多く、
農家にとって毎月の安定収入は
経営安定の鍵ともなる。
それをクスワントは
農業資材屋の商売で補っている。
年間で20万円程度の利益。

一方、トウモロコシとトウガラシとサツマイモは
トータルで8万円くらいの利益。
水田での野菜栽培のため
米はこれらの利益から買ってくるとのことで
米作はしていない。
この点も、僕らが良く議論していたことを
実践に移していると言えよう。

奥さんの軽食堂は毎日100,000ルピアの利益がある。
1年で18万円ほどの利益。
かなり大きい利益といえる。
ただこのお金は奥さんの口座に入ってしまうので
クスワントは手出しは出来ないという。
夫婦で財布が別なのがちょっと新鮮で
そういえばスンダ民族(彼らの民族)の
夫婦のスタンダードな生計的役割を
僕はそれほど詳しくないことを知った。
この件は、きっと現在派遣中の立崎が
僕の代わりに良く調べてくれるだろう。

安定的な収入として
レンディもヘンドラも
集落長としての役職給をあげていたが
クスワントはそれに対して
「僕はビジネスで行きます」
というだけあって、農業資材屋と軽食屋の運営で
安定収入を得ていた。

現在、コーヒーと丁子の畑に
大金をつぎ込んでいるようだが
それが収穫が始まれば
彼の生計は飛躍的に伸びるだろう。
それこそレンディのように次のステージも
見えてくるんだと思う。

そして彼はこういう話もしてくれた。
コーヒーのブランドを持ちたい、と。
自分で加工して焙煎して
それを販売したいのだとか。
ゆくゆくはコーヒーカフェも経営したいという。
彼が実習を終え帰国前に語った夢に
カフェを開きたいというのがあった。
彼の卒業研究が丁子の流通で
その研究過程で出会ったインドのチャイに感銘を受け
「自分の丁子でチャイを提供したい」という夢があった。
丁子でチャイはやらないのかい?と聞くと
「あっ!覚えてくれていたのですね!それもやりますよ」と彼。
人懐っこい笑顔は昔のままだった。



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10月出張の成果の記録が終わってなかった。
レンディの生計調査の結果を残しておこうか。

レンディは帰国後2年で集落長になっていた。
彼が帰国前のプレゼンで
スマートリーダーになる、とノタマッテいた。
みんなはそれが冗談だと分かっていて
笑い飛ばしていたが
どうも本人は本気だったようだ。

彼は日本にいる間に
自分の住む村から車で40分ほど離れた
他の地域の土地を買い込み
日本にいる時から
父や雇人にお願いをして
その土地にお茶を定植し
そこでお茶栽培を始めていた。
だから帰国してからすぐに
そのお茶の収穫を始められ
すぐに安定した営農を開始できていた。
彼のようなケースは初めてだった。
日本にいる時から土地を買うことはあっても
人を雇って営農を始めてしまうのは
これまで例がなかった。

お茶は安定して毎月収穫できる。
しかも販売は政府の買い取りで
価格変動はない。
インドネシアではお茶農園の労働の
低所得者が問題だと指摘する論文があるが
大きなお茶工場を中心として
零細のお茶農園が点在する産業クラスターの地域は
その安定価格のおかけと
アグリフォレストリー政策のおかげで
経営が安定し、投資も利益を計算できる
とても優秀な農業形態を形成しているようにも見える。

レンディは家族経営だ。
父と叔父とレンディの3人がそれぞれ土地を所有しているが
労働は一緒に行っている。
母が労働者としてそれらの農場で働き
農場のある近隣集落からも午前中だけの
労働者3名もお願いしている。
レンディの主品目は
お茶と伝統種のトウガラシとお茶の苗木販売である。
コーヒー栽培も考えているが、
コーヒーは収量が安定せず投機的でもあるため
今はお茶の方が計算がしやすいということで
お茶で経営を安定させたいという考え方。
年間で15万円程度の販売高。

伝統種のトウガラシは
彼が購入した土地がとても良く
その恩恵を受け、帰国後から高収量を得ている。
価格変動はあるが
昨年は価格も良く大量に収穫もできたので
大きな収益になっていた。
こちらは年間で20万円ほどの売り上げ。

さらにお茶の苗木栽培もしている。
もともとは自分のお茶畑にするために
苗木を栽培すると言っていたのだが
周りの農家の需要も高く
販売用に5万本を生産していた。
原種種子農場から普及用にと
優良品種の苗木を分けてもらえることになり
それも彼の育苗所の人気にもなっていた。
ぜんぜん生産量が足りないとのことで
耕志の会からマイクロクレジットを得て
規模拡大をしたいと語っていた。
販売高は10万円。

たった2年で
彼は公務員給与の2倍の農業所得を得るようになっていた。
その成功が目に留まり
地域のリーダーたちから押されて
2018年3月に
集落長の選挙に立候補し
初当選を果たす。

まだまだ土地を買って
農場を広げていきます、と彼は野心的だった。
2年後には村長選もあるという。
それもでますよ、と屈託のない笑顔で答えてくれた。
君は馬鹿だと思っていたけど
とんでもない大馬鹿だったんだね。
もう僕の想像ではとらえきれなくなりつつある
彼の笑顔は、昔と何も変わらなかった。



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フィルマンはまだ20歳。
この前、高校を出たばかりで
意識としてはまだまだお子ちゃまだ。
でも運命はそのままでいることを許さない。

農園の技能実習生は
帰国後のビジョンを明確にする必要がある。
その明確になっていくビジョンに向けて
さまざまな学習と投資を行っていくことが
ここに来た者への課題だ。
だから、月間レポートの指導は
いつも以上に熱が入る。

フィルマンは、その家計調査を通じて
彼のおかれている立場を自分でも
理解した。
と思いたいが、課題として出された調査を行っても
それをどのように認識しているのかは
こちらからは見えにくい。
彼が話好きならば、それを通じてどう思ったのかを
自然と話してくれるのだろうけど
はにかみ屋の彼はいつも微笑むばかり。
いろいろ考えているのだろうけど
言語化してはくれない。
こういう子は、経験から言えば手がかかる。

さて、そのフィルマン。
来日して結核が発覚して少ししてから
こういうことを言うようになっていた。
「お父さんが家を新築していて、その2階部分を僕の家にしてくれるっていうんです。だからその建設費の50万円を送金するんです」と。
彼の父は、大工さんなので
材料費だけを出せば、その分を建ててくれるのだとか。
そしてその大好きな父は
新しいお父さん。
前のお父さんが不慮の事故(毒蛇にかまれて死亡)で亡くなり
兄弟を抱えて路頭に迷う一家は
母の遠方への出稼ぎで
何とか生計を立てていた。
そこで知り合った新しいお父さん。
その人と母が結婚することで
再び家族が一緒に暮らせるようになる。
だからなのか
フィルマンはそのお父さんがとても好きだ。
なんでもそのお父さんに相談をするし
とてもよく連絡を取り合っている感じ。

タンジュンサリ農業高校に派遣中の
立崎があちらの先生から聞いた話だが、
フィルマンが実習生として日本に行くのは
家族みんながすごく反対したのだとか。
多くを語らない彼は
どんな反対があったのかを教えてはくれないが
たぶんそんな事情が背景にあるのだろう。

だから、彼の肩越しに見える彼の家族は
とても結束力がある。

それはいいことなのだが。
だが、弊害もある。
それはフィルマンがお父さんの言うすべてを
丸呑みしてしまうことである。

家は、お金を生み出さない。
家へ投資は、住む場所としての拠点づくりにはなるし
時として重要でもあるが
すでにその場所に家を構え、
新しくしたいという欲求と
日本に行っただけで成功と思われる文脈で
建ちあがる新築の家は
僕はほとんどその意味がないと思っている。
だからこれまでも実習生には、
土地や生産体制にお金をかけろ、新築の家は最後に、
と口を酸っぱくして言い続けている。
それでも帰国してすぐに家を建てる人は
いるんだけどね。

フィルマンのお父さんの計画はこうだ。
フィルマンが日本に行くので、家を新しくして
1階を自分たちの家、で2階部分をフィルマンの家にして
2階部分の材料費はフィルマンの日本での
稼ぎを当てればいい、で、
帰国までの間は空き家にしておくのはもったいないので
賃貸で他人に貸せば、一石二鳥だ、というもの。
家を建てて賃貸に充てることは
投資としてはありだとは思う。
人口が増加していて、フィルマンの故郷は
どんどん町が広がっているというし
ちかくに大きな工場地帯もあり
そこへ通う労働者家族も多く住む地域らしく
その情報が本当なら
賃貸は悪くはない。

だとしたら、賃貸がビジネスとして成り立っているのかどうか
これを計算しないといけない。
だからフィルマンは
ここ数カ月は、月間レポートでは
この計算に時間を費やした。

家を今から建てるとして
早くても来年に完成し、来年中に借り手が見つかれば
早い方だろう。
お父さんの設計構想では、部屋は多くても3つ取れるかどうか。
他の実習生たちはその広さだと2つが限界という声もあったが
おまけで3つ取れることにして計算。
帰国まで1年くらい残して
その部屋を借りる人が現れたとして
1部屋1カ月の家賃が、350,000~400,000ルピア。
その地域の賃貸データからその線が妥当となった。
1年で得る収入は、14,400,000ルピア。
50万円はルピアに換算すると6800万ルピア。
4年と9カ月貸し続けてようやく元が取れる計算だ。
帰国して3年9カ月は彼は別の場所に住まないといけないし
リフォームも必要になってくるだろうから
普通住宅の広さの2階部分だけを貸すというのでは
部屋数が少なすぎてまったく投資に見合わないことが
よく解った。
また
実習生として貯金できる金額の1/3ほどの
お金を投資してしまえば、他の事業の投資額が小さくなり
分散する分、効率は悪くなることも予想される。

これらの計算を
フィルマンはお父さんにも伝え
かなり話し合ったようだ。
結論として
彼は新築計画を一旦白紙に戻すことに決めた。
日本に行けば、大金が手にできる。
たぶんそれはそうだろう。

今3年生のデデが日本での貯金を
インドネシアに居ながらして貯めようと思うと
どれくらいかかるかを
かつて試算したことがあった。
彼のように農業資源の豊かな地域の場合だが
少なくとも8年間贅沢を避け貯金し続ければ
可能だろうという試算だった。

それが3年の間に親に仕送りもしつつ
贅沢はしないものの自分たちの
欲しいスマホやパソコンなどの電化製品も買いつつ
尚且つ、8年分の貯金も出来てしまう。
となれば、大金というイメージもあるだろう。
だが、事業投資としてはとても小さく
それだけ貯めても全く大きな事業を営めないのが
実習生たちがずーっとぶつかっている現実なのだ。
インドネシアの銀行がもっと農業分野にも
資金を貸し付けてくれれば(低金利でね)、
良いんだろうけど
そういう貸し付けはあまり見当たらない。
だから自己資金になるのだけど
それだけだとどうしても資金が小さい。

フィルマンはその資金の小ささを
どこまで理解したのかは不明だが、
自ら父を説得し
新築への投資分散を回避した。
ただ、その発表をする彼は
とてもさみしそうだったし、
小さなフィルマンが
もっと小さく見えた。



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1年生のアンギの心は揺れ動く。
月間レポートでは
帰国後のビジネスプランを作り上げていく作業をしているが
先月からアンギは
父のお粥屋台を引き継ぎたいと
言いだしている。

彼は自身の生活世界を把握するために
行ってきたプロフィールづくりのなかで
実際の営農に必要な資源の無さや
生活圏での土地購入のむずかしさに直面していた。
それでも何とか
夏が終わるころには親戚から土地を購入する約束も取り付け
ある一定の農地を確保していた。
しかし、その農地での営農計画も
先輩たちから計算式が間違っていることを指摘され
収益も大幅に下降修正させられていた。

農地を購入して
そこでの葉菜類栽培したいとの夢とが、
投資と収益の差が現実的な数字で表れたことに
愕然となり
彼はなかなか次の方向性が定まらないままだった。

1年生なのでそんなに慌てることはないのだが
毎月やってくる月間レポートの検討会が
彼の背中を押すのかもしれない。

そこで彼が行きついたのは
父親の生業である屋台によるお粥販売であった。
この生業を受け継ぎたいと言いだしたのである。

父親のお粥屋台販売は
僕としてはまったく知らなかったのだが
やり方次第ではかなりの売り上げがあることが分かった。
父親が息子に話す内容なので
やや話し盛り気味だとは思うが
それでも月に4,000,000ルピアの売り上げがあるというので
思っていた以上の金額に驚いた。
で、あまりにも良い稼ぎなので
良い仕事だねぇ~と褒めていたら
本人はどうもその気になったようで
急に先月からお粥屋をやりたいと言いだしている。

お父さんの仕事はお父さんの仕事。
それを取っちゃダメでしょ、
と諭すと、先月から今月の間に
お父さんと話を付けてきて
お父さんは足が悪いから、そろそろ引退したかったらしいとか
自分が出資して作るレストランの店番を父にさせるだとか
そんで代わりに自分がお粥屋をやって売り歩くとか
ノタマフ。

何かビジネスプランが無ければ落ち着かないのかもしれない。
で、それに向かっての行動力は大したものだけど
本当にそれがいいのかどうかは
僕には判断付かない。
ただこれまでの子たちを見ていると
最初の思いつきでそのままビジネスプランとして
実行した子はいないので
とりあえず、お粥屋はお粥屋でいいとすることに。

さらに前回注文を付けた
お粥屋さんの生活サイクルも今回しっかりと調べてあって
やはり昼夜逆転の生活になる事が解った。
朝食向けにお粥を販売するのだから
準備は夜中の1時からで
午前中の10時頃までが販売時間。
昼からは事前に準備できるものや買い出しに追われる。
思ったよりもハードな仕事で
これをやり出すとこれ以外は出来なくなりそうなことは
容易に想像できた。

ただ彼は
これと同時に農業もするというのである。
なので、ひとつ彼に宿題を出す。
お粥屋と農業を合わせて生業とする利点は
なんなのかを説明すること。
ただ単にくっつけただけなら
やらない方が良い。
疲れるだけだし、きっと体を壊すから。
でも利点があるなら、人を雇ってでもやるべきで
そうなると上手く儲けを出るような
それらの接点を見出さないといけない。

一か月で彼が何に気が付くか。
それは僕も解らない。
これまでもそうだけど
これからもこの手の指導はライブ感にまかせて
進んでいくことになるだろう。

しんどいけど、
ま、頭がフル回転するので
楽しいね。



関連記事
今年度卒業予定のデデ(9期生)。
帰国後のビジネスビジョンも固まり
それに向けて今年度は施肥方法の研究も行った。
その成果を
出来るだけ多くの方に知ってほしくて
こういう会を開こうと準備している。

2018年度-インドネシア技能実習生修了報告会-(1)-1

2018年度-インドネシア技能実習生修了報告会-(1)-2


2017年から技能実習制度が2年延長になり
5年の期間で実習をする外国人が今日本に
増えつつある。
さらにここ最近では特定技能として
外国人就労を部分的に認める議論も
国会で活発になっている。
そんなときに
良く感じるのが
労働力を必要としている人たちだけで議論し
制度を作り変えているという事だ。
受け入れる社会との対話の機会が
まるでない。

だから
昨年からこうした技能実習生の発表会を
おおくの市民の方と共有できないかと
考えてきた。

蓋を開けてみたら
そんなに関心が無くて
参加者は少ないのかもしれないけど
こういう機会を作っていくことも
外国人を受け入れている側の責任だと思う。

興味のある方はぜひぜひ
お越しくださいませ。
生の実習生たちの夢や考えを共有して
一緒によいよい社会の実現を
考えましょう。



関連記事
マスメディアやSNSで
最近技能実習制度がにぎやかだ。
そんな中、こんな記事が。

外国人実習生が涙の訴え “失踪”に走らせる地獄の労働環境

まだ、こういうことが行われていることに怒りを覚える。
制度改善が行われ
巡回も強化され
罰則も厳しくなったのだが
結局、訴えにくい状況が
温床となっているのかもしれない。

技能実習の在留資格は
実習先の実習計画にそって認可されるので
実習生が職場を移動することは自由にできない。
罰則が厳しくなったので
不正で実習先が処罰を受けると
5年間の実習受け入れ停止になり
そこに所属する実習生は
在留資格を失うことになる。
なので、実習生が訴えれば
自分も含めてそこに所属する実習生の後輩も
帰国を余儀なくされる。
大抵の実習生たちは
それぞれの本国での日本語教育の場で
紹介料や授業料として
40万円の借金がすでにある状態で
日本行きを決めているので
実習先が訴えられて
在留資格を彼ら彼女らが失うことを
もっとも恐れている。
その構造が、実習生をして
声を上げにくくしている実態でもある。

移動の自由を許しているのが
今の国会で議論されている特定技能1号2号だろう。
だが、この特定技能の在留資格を得るには
それ相応の技術と日本語が求められ
実質それを担保する資格は
技能実習生で1年以上いた場合に受けられる資格試験の
技能実習2号という資格である。
つまり技能実習制度での資格が
次の新しい就労の資格になるわけで
技能実習制度は
その意味でも今後も補完的というより
より位置づけを明確にしたなくてはならない制度に
なっていく可能性はある。

法律でどのような規制をつけようが
やはり声が上がらないのでは
意味がなさい。

そこでこんなのはどうだろうか。
卒業生たちのネットワーク化をして
それぞれの国で
「受け入れ企業評価団体」を立ち上げるというのは。
項目として
「賃金の支払状況(月額・残業等)」
「休日の回数」
「パワハラ・セクハラの有無」
「学習の場の有無」
「社内の雰囲気」
「企業のある地域の住みやすさ(アクセス・生活費等)」
などが考えられるか。
これらを☆5つで評価して
その企業が魅力的な実習先かどうかを
これから借金していく実習生たちに判断してもらう
というもの。

そうすれば、悪い事をしている企業は
いくら募集をしても人が集まらないってことにならないかなぁ。
ちょっとでも良い人に来てほしいと思う企業さんは
この評価を気にするようになるだろうし
それが求人の大きな力にもなるはずだと思うんだけど。
市場原理で
悪い事をしている人たちは評価を下げて、
人は来なくなり
良いことをしている企業はどんどん伸びていく。
制度に網をかけるんじゃなくて
こういうやり方があっているようにも思う。
それぞれの国での日本語学校での紹介や面接が
ブラックボックス化しているので
そこに制度的にメスを入れるのは
日本からでは無理だし
インドネシアで運動をしたとしても
もっとひどい海外労働(TKI)が問題視されていて
ルピア換算でとても待遇の良い日本企業への実習制度は
改善はほとんどインドネシア政府も乗り気じゃないと想像できる。
だとしたら、実習候補生たちが
自分たちの将来を見据えて
実習先の評価(先輩たちの経験)を基準に
実習先を選ぶことができれば
すこしは改善されるに違いない。
当然この運営は民間でやる方が良いね。

SNSなどを使ってさ、
誰でも簡単に投稿できるシステムを作ったら
面白いと思うんだけど。
どう?だれかやらない?
やらないのなら、やろうかなぁ。
うーん、でもそんなに暇じゃないか。
ちょっと、現地の友人に投げかけてみるかなぁ。



関連記事
さて、今回の10月出張の生計調査の成果を
記録していこうか。

まずはヘンドラ。
前回の調査が2014年とずいぶんと日が経ってしまった。
この間もヘンドラとは何度も面談して
営農状況は確認していたが
詳しい調査は2014年以来になる。
少なくとも毎年は行いたいが
とても今の短期出張の現状と
1人での調査では無理があるなぁ。

さて、
まず一点だけ修正をしておこう。
2014年時にヘンドラは集落長になっていたと記したが
それは把握違いで、
実際にはその時はRW長だった。
RWとは町内会のようなもので、ヘンドラの住むコミュニティの長といった感じ。
では集落長とは何か。
そのRWが複数集まった単位で、人口は多いと2000人規模になる。
ヘンドラは、現在その集落長に就任していた。
2016年12月に選挙に立候補し、当選して集落長を務めている。

さて彼の営農は2014年から大きく様変わりしていた。
トウガラシがメインの営農から
キュウリの周年栽培に切り替わっていた。
理由は安くても価格が安定していることと
毎日収穫できて、日銭が稼げること
取引している中間商人のキュウリ取扱量が多い事、
などが挙げられる。
そのためヘンドラは3か所の畑で
途切れなく収穫できるように
キュウリのローテーション栽培を作り上げ
実践していた。
それを毎日出荷し、毎日売り上げを現金で貰っている。
これらの畑は2014年時は無く
2015年と2017年にそれぞれ購入している。
日本からの資金が2014年で尽きたと話していたが
その後の営農で稼いだお金で、次の投資を実現させてもいた。

さらにトウガラシなどを作っていた畑
(ほとんどが日本にいる時や帰国後数年で購入した畑)では
現在コーヒー栽培と丁子を実践している。
こちらの収穫はまだ先になる見込み。
ただコーヒーは集落のメンバーを募って
来年中に20,000本を定植する予定で
それらが収穫できるようになると
かなり大きな収入源になるだろう。
コーヒーの選別や一次加工に機械が必要で
それをおこなえば価格は5倍にあがるのだが、
機械の投資額が大きいため、
行政の援助があれば導入したいと考えている。

彼の考えとして面白いのは
毎日の収入をキュウリで、そして
月収を集落長の給与で、
さらに1年に1回の収入としてコーヒーや丁子という具合に
収入の頻度やそのボリュームを分けて考えている事だった。
集落長の給与とキュウリの収入だけで
十分暮らしていけるそうなのだが
ここにコーヒーが加われば
その収入はさらなる投資にまわせるのだろう。
コーヒーは雨が多いと収穫ゼロの年も
めずらしくないらしいが
生計はすでにキュウリと集落長の給与で
成り立っているので
リスク回避も十分しているといえる。

彼が素晴らしいのは
その他の集落のメンバーに対してのインパクトだろう。
コーヒー栽培のグループも彼のリーダーシップのもとに
結成され
活動も活発に行っているように見えた。
少なくとも今回のJICA基金から資金を得て
行われたセミナーでは
出席者も多く、かなり熱い議論が交わされていた。
農業普及員との繋がりも強く
これからも地域をけん引していく
大事な人材といえよう。
そんな地域を引っ張る若きリーダーの姿は
とても眩しかった。

彼の年収は現時点で
日本円で25万円程度。
今後コーヒーでどこまで収入を伸ばせるかが鍵だろう。
また2014年のインタビューでは
丁子の収穫が2019年より始まる言っていたが
その収穫による収入もどれくらい増えるのか
今後が楽しみである。
かなりの条件不利地(幹線道路から取り残されて、開発も遅れた地域)
であるヘンドラが年間50万円への道は
まだまだであろうが
少なくとも彼は
出稼ぎによる日本での労働には
全く関心が無い様子だった。

ちなみに年収25万円は
公務員初任給程度で、
当初の農園での目標額はクリアーしている。
条件不利地の彼としては
かなりの大健闘といえるだろう。

関連記事
10月の出張の生計調査の一部を
記録しておこうか。

今回の出張では、
実習修了生たちの生計調査を
本格的に行った。
対象者は、ヘンドラ(第1期生2010年帰国)
タタン(第3期生2012年帰国)
クスワント(第4期生2013年帰国)
レンディ(第7期生2016年帰国)の4名。
他業務が多く、今回はこの人数のみ。
次回3月出張を予定しており、
残りのメンバーと、今回の対象者で聞き漏れがある場合の
追加調査を行う。

さて前回の本格的な調査は2014年。
少し時間が経ってしまったことは反省したい。
毎年インドネシアの実習生たちの地域へ
巡回は行っているものの
毎回、3日程度の滞在時間しかなく
ほとんど他の活動業務に追われ
実習生の詳しい生計調査はこれまで
おざなりだった。
しかし、昨今の技能実習制度の延長(技能実習3号)や
特定技能(特定技能1号、2号)による
外国人就労への門戸が開かれようとしている。
制度の目的は違えども
それらが日本の就労人口の減少に対応していることは
誰の眼にも明らかだろう。
外国人にも就労機会や選択肢が増えるのは
良いことだが
長く居る方が良いというわけは、必ずしもない。
出稼ぎで遠く故郷を離れて暮らす人たちは
色んな意味で大変だ。
文化・言葉・慣習から生まれる事象認識の違いから
小さなトラブルを抱えたり
対人関係で悩んだり
つまるところ、僕らの日常の悩みと同じだが
その頻度が多くなりがちだったり
その悩みの深さが相対的に深かったりというのも
異国もしくは異郷で暮らすものの悩みだろうか。

また実習生には
在留許可の実習が前提であるので
実習先を変えることが、難しい。
監理団体による調整によってそれは制度上は可能ではあるが
なかなか現実的には難しい。
だので、実習生たちは実習先とのトラブル
もしくはその環境下での生活のトラブルがあった場合で
そのトラブルを解決できない場合は
帰国を選ぶか、失踪するかしか選択肢がないのが実情でもある。
借金をして日本に来ている場合が多く
帰国は選びにくく、失踪するケースが増加するという
仕組みなのだろうか。
そういう意味では特定技能の在留許可は
外国人は労働者になり、
自分で職場の選択が可能になる。
ある程度は失踪には対応しているのだろう。
ま、期間があったり、呼び寄せる親族(扶養家族)が
違法就労したり失踪することは
十分考えられるけどね。

でも、それらの議論だけじゃ、やっぱり何かが足りない。
どんな制度だろうが、人と人との係り合いなのだ。
帰っていく人たちがどんな風な生活をしていくのか
それに向けてどんな支援をしたら、その子たちは
またその子たちの地域は良くなっていくのか
その視点って要らないのだろうか?
そんなことまで面倒見きれんよって言えるのだろうか?
それともそれはただのお節介なのか?

僕の農園では
実習生で年間に蓄えられるのは、多くて60万円~70万円程度。
法律順守で、
残業代も1.25倍で払って、でそのくらいが
これまでの子たちからの聞き取りから得た預金額。
帰国までの3年で200万貯められたら良い方だろう。
他も農業であればそんなに違わないはずだ。
かりにあと2年延長(実習3号)しても、
預金額が100万~150万くらいが増える程度。

で、僕は思う。
200万くらいあれば、それを元手に
それぞれの地域でアグリビジネスを起こし、数年で
年間で50万円くらいのビジネスに成長できれば
長く日本で働く意味なんてなくなるんじゃないかって。
ここの実習3年で得た資金と技術と知識と視点で
帰国後数年でランディングできるという選択肢が
彼ら彼女らにあってもいいんじゃないかって。
その事例がある上で
日本が好きなら、
ビジネスの才能は無いと思うなら、
就労機会に恵まれないのなら、
日本に来て働くという選択肢もある。
が、いくら長く居ても
上記の「日本が好きだから」以外の理由だと
帰国後のシナリオはあまり変わらない気もするけどね。

だから僕は
生計調査をして
本当はどうだったのかを検証したいと思っている。
その上で、僕にできる次なる支援の在り方を
さぐっていきたい。
「帰国して故郷に錦を飾る」ということが
外国人労働者のひとつの選択肢として
存在させるために。

生計調査の結果は
次回へつづく


関連記事
技能実習制度が大きく変わりつつある中で
いろんな意見がSNSで散見される。

言ってしまえば、
そんな議論の多くは
外国人へのアレルギーだったり
外国人への偏見だったり
外国人への過度な保護だったり。

日本の若者にとって
魅力のない職場は、
その多くが自己の成長やキャリアアップのイメージが無く
労働に対するやりがいがぼやけていたり
労働環境の改善に前向きじゃなかったり
人間関係が固定的だったり
そんな問題が外から見てもよく解る
もしくはそんなイメージがついてしまっている業種なんだろう。

それは経済格差を理由に
現地通貨で考えれば高い給与になるからというだけの
モティベーションで求人するから
たぶん経済成長していくそれらの人材派遣国は
経済格差が乏しくなるにつれ
同じ文脈の理由で人はやって来ないし、
その仕事を選んでもらえなくなる。

だから
就労ビザが出て、期限付きだとしても移民の
受け入れをしたとしても
その文脈にある問題は解決されない。

もはやそれは外国人かどうかの
問題じゃないのに
どうしてか
問題は「外国人」に焦点が当てられ
移民なのか、期限付きなのか、人道的なのか、など
そんな付帯した事だけが議論されている。

本質は
魅力をプレゼン出来ない業態にあるのに。

自分たちにとっての労働とは何か。
ここを掘り下げ
労働として係る人たちみんなが
自己を発展していける業種や社内の仕組みを
作り上げてプレゼンしていくことが
まず大事なように思う。
それと同時にその業態の構造的問題を
きちんと分析し
その業種の中でしっかりと認識を持ち
どうすればそれから脱却し
次のステージへ行けるのか、の話し合いも必要だろうね。
これは追々深めていきたいな。

その上で
増える外国人たちと
社会的にどう生きたらストレスが少ないのか、
どうすればよりよい社会になるのか
パラレルワールドを作らないための
僕たちの取り組みは
これはまた業種体の魅力とは
また別の問題として
社会で取り組むべき事案だろう。

だから農園の技能実習生たちに
ボランティアで
日本語を教えてくださっている日本語教師の方々には
感謝してやまない。
そういう姿勢こそが社会を
より良い方向に作り上げていくのだから。

外国人だろうが日本人だろうが
労働を通じて
キャリアアップし自己が成長する
そんなイメージが無い職場は
やはり選ばれなくなるのは当然だね。
とはいえ、うちの農園は、うーん、
まだまだそこが足りないけどね。
ただ技能実習生たちには
そのキャリアアップはかなり明確になっていて
自己成長を実現できる場にはなっていると思う。


関連記事
技能実習制度が、変わろうとしている。
実習2号を取得した実習修了生たちが
今国会で議論されている5年への就労制度に
参加することが可能な議論が進められている。
期限付きではあるが
就労というこれまでの実習制度とは根幹から
違う制度に生まれ変わろうとしている。

さて
本日
技能実習制度の実習責任者講習を受けた。
9時から18時20分まで6講座の座学をみっちりと受け
さらに最後にはテストまであるという講習。
2017年から法律で講習が義務付けられ、
すべての受け入れ企業の実習責任者は
3年以内にこの講習を受けなければならなくなった。
しかも3年ごとに1回の割合で、これからも受けないといけないらしい。

で、受けた感想だが
大抵の事はすでに手続きしている上で
知っている事ばかりだった。
が、いくつかの点で勉強になったことと
JITCOを含めて技能実習生を受け入れている企業が
どんな空気感を持っているのかを
講習を通じて垣間見ることができた。

自分でも意外だったことに
技能実習制度の目的がある。
大前提が実習なので
技能習得がその最大の目的かと思いきや
それにはもう一つ重要なことがあった。
それは、習得した技能を母国で移転に務める事、だそうだ。
僕らから技能実習生の彼ら彼女らへの
技術移転だけでなく
実習修了生から母国の住民たちへの移転もまた
その目的に入っていたというから
いまさらながら驚きだった。

そういう制度設計になってないじゃんって突っ込むのは簡単だが、
では逆に技術移転が母国でも広がっていくには
どうしたらいいのかを考えてみたら良いだろう。
自分たちの日常業務の技術をOJTという
都合の良い言葉の学習プログラムに乗せ
それで移転したとする考えでは
やはり母国での技術移転は実現しようもない。

しかも
普通は技能実習生を受け入れる団体や個人は
海外での技術移転へのモティベーションで
外国人を受け入れているケースはほとんどないんじゃないかな。
というか、そんなところがあるのなら
ぜひ知りたいね。
大抵は
人手不足や安い労働者が魅力で
受け入れているだけに過ぎない。

事実
今回の講習会でも冒頭で
JITCOの富山所長が
「これまで実習生は、日本というだけでたくさん良い人材が来てくれましたが、今では他の外国の方が魅力的になっていて、そこそこの人材しか集まらなくなっています」
なんて言っていた。
これはインドネシアでも聞いた話と同じだ。
その所長の話ではベトナムでは
日本よりも台湾の方が人気があるのだとか。
本当に良い人材は近隣の国と競争で取られ
日本に来るのは、そのレベルに達していない人材になりつつあるという。

それでも
若者の多くが、
今外国人に頼っている業種で働きたいと
思わなくなっているのだから
今後も外国人への依存度は高まっていくんだろう。

講習会の会場は150人ほどはいっていたであろうか。
それが皆、各事業所や工場の実習責任者で
しかもこの講習会は、昨年から福井での開催は3回目なのに
募集から参加が殺到し、今回でも講習会には入れなかった
事業所も多いらしい。
統計的に実習生の人数の推移は見てきたけど
実際にこうして集まってみると有名な会社や大手から
ちいさな個人経営の工場まで
やはりもう外国人無しでは、どの会社も立ち行かないという
空気を強く感じた。

講習会の最後に
技能実習制度の今後と今後の新制度について
すこし説明があった。
国会審議中ということもあり
情報は新聞報道程度だったが
所長が強調していたのは、
新制度で就労許可を得た外国人は
業種はある程度固定されるが
自分で会社を変える権利があることが大きいと言っていた。
技能実習制度の最大の魅力は
実習生は実習に来ているわけなので
自らの意志だけで会社を変えることができないこと
と所長から言われて僕もはっとした。
期間は定められているが離職しないことが
経営者側には大きな魅力になっている、ということを知った。
新制度では、労働者として受け入れるので
決められた業種の中でも外国人労働者が
職場を自ら決めることもできるのだろう。
その上で
JITCOは
職場環境をよくし、外国人だけで孤立しないように
地域住民ともトラブルを起こさないように
と話していた。
それが離職を防ぐ、外国人と共生していくことの重要ポイントだとしていた。

受け入れ国の理解をしようという姿勢もなく
人手不足で雇い入れている方々は
そういう程度の覚悟で
国際交流をしていくってわけか。
そりゃ、問題も噴出するはずだ。

以前に、JITCOの現場視察があった時
その職員の方がこんなことを言っていた。
「技能実習制度は本音と建て前って言われますが、僕はそう思いません。理想と現実が違うだけなんです。」と。
制度は海外での技術移転まで目指しているのに
そこに入ってくる人たち(労働者も経営者も)はそんなことは全く考えていない。
で、そこに入っている人たちの現実が
正当化されて政策化されているのが現実なんだろう。
それはそれでいいのだが
だとしたら、実習っていったいなんだろう。
インドネシアでも
Magangという実習という名でよばれるこの制度。
でも誰もこれを実習だと思っていない。
みんな出稼ぎだって言っている。
そんな文脈での実習責任者講習だった。

ちなみにテストは95点で合格。
3年後この制度がまだ続いているようなら
また受けることになるだろうな。
せめて僕らだけでも
実習をして、卒業生が地域リーダーとしてけん引していく
そういう事例を作っていきたい。




関連記事
最近Facebookでつながっている人が
こんな記事を書いたのが紹介されていた。

どうすれば日本の農業は再生できるのか?~問題なのは現場と農業政策のズレ

なかなか面白い話ではあるが
いくつかの点でおかしな箇所がある。
論者は食糧問題から入り、
国連がこれまで大規模農業形態を推進してきたとし、
資源の半分を利用しているにもかかわらず
十分な食料生産ができていないことや
災害リスクが高まる中で
小規模農業や家族農業を再評価されたとある。
ま、この流れは特に変でもない。
ただ
そこから日本の小農へと話が飛ぶ辺りからおかしい。

限られた資源へのアクセスが
小規模農家が排除されているのが
これまで国連の立場の転換だったのが
世界の流れであるなら
資源を放置し、有効に活用できなくなって衰退しているのが
日本の農村の現状だ。
教育や他産業の発展や、
個人の権利や自由が認識され
さまざまなチャンスの中で選択肢が増えたために
農業を職業として選択しない人が増えた。
個人事業では
その事業承継に30年周期くらいの時間で
経営者が変わるが、
家族農業ではその後継者が家族に限定されていることから
承継のチャンスも乏しいのが現状で
その経営体から抜け出せない
戦後の農政や社会認識が
現在の日本の農村の衰退につながっている。
資源から排除されているのではなく、
資源が資源として認識されなくなっているところに
問題点が起きている。

だから、一概に
世界の潮流が日本の小農(定義がかなりあいまいな言葉)と
リンクすることは、やはり論としては乱暴ではないかと思う。

資源や食糧にアクセスできず
飢餓に陥る人たちが世界の2割いる半面
食糧を大量に捨て、肥満化していく人たちも2割いる。
この問題へのアンチテーゼとしての
小規模農業ってことなんだろうって理解している。

だからこそ
その資源に自国でアクセスできないで
技能実習生として農園に来る子たちには
ここで得た資金を元手に
資源へのアクセス枠を広げて
さらに能力のある子には
地元の雇用や産地化による農村振興という
事例を含めて勉強をすすめている。
ただそれにしても
その子たちが大規模化していけば
資源の独占はある程度あるだろうし
新しい支配層になることだってあるだろう。
共産的な社会があるのかどうかはわからんけど
少なくとも今のシステムの中では
それは真っ当には働かないことも知っている。
というのは論の飛躍か。
ま、新支配層になるほどの力を持っている子が
そうそういるとは思わないけど。

だから
どうなればいいのかという理想を
僕の行っている技能実習生のプログラムの中で
僕らが不見識にかざすのは
僕にはやはりできない。
というか正直僕には分からない。
※注意:紹介した論文がそうだとは言っていません。あくまでも僕個人のプログラムの話で。

できることは
コミットメントする機会を自分やこのプログラムに
埋め込むことくらいだろうか。
あとは一緒に考え足掻くことができれば
当事者として空中戦のような論を展開しなくても済む。

世界の中で
日本は大量に食糧を買い
大量に無駄にする国である。
しかも国内の農の資源は放置されつつある。
現在の世界の文脈で
資源の独占を許さないという方向での
家族農業と
自爆のごとく衰退していく日本の小農とは
どこで相見えるのか、僕には見えない。
農業の形態が固定化していくことこそ
農の衰退の始まりだと僕は認識している。
かつての日本農業の歴史の中で、
家族農業に隠れて、不当な手当しかもらわなかった女性や若者、
職業選択権が無かった時代、
その家庭内・地域内ヒエラルキーが戦前の社会構造を作ったこと、
それらを忘れてはいけないだろう。

インドネシアの技能実習生もまた
経済格差の中で、日本に出稼ぎに来ている。
とても真っ当ではないかもしれない
この付き合い方に
僕はもうどっぷりと浸かりながら
最後までコミットメントする覚悟で関わりを持っているが
そのどぶ底だからこそ見える風景もある。

社会的空気感でなんとなくカテゴリー化した何かが
その社会の変革に歴史的に正義を持つことはない。
認識されたその力が、時代によっては暴力になることを忘れず
我々農業に携わる者にとって
何がベターなのか
文化的・社会的に最後まで対話する責任が
大事なんだと強く思う。
作り上げたものも
時と場所を隔てることで、その価値も意味もないばかりか
何かを傷つけていく暴力となることの自覚も忘れちゃいけない。
だが、
最近では、こういった自分の言葉も
チープにしか思えないジレンマに捉われている。
この対話が、実際に何を生み出すのか、何を作り上げているのか、
または何を壊しているのか、
僕はその成果と闇をもっと真摯に見つめていきたい。





関連記事
本日の毎日新聞にこんな社説が。

就労外国人 日本の転機 ごまかしから卒業しよう

技能実習生と言っても
実習なんてしていなくて
単純労働者の場合が多い。
期間延長などの措置ではなく
移民として受け入れをすべきだ
とある。

たしかに、ここまでやるなら
もう移民でいった方が、と思わないでもない。
ただ以前書いたエントリーで
日本に住む外国人が日本人化して
結局同じ問題(少子高齢化・貧困世帯等)に陥るという
事実は付いて回る。
根本的な解決は
移民でも図ることはできない。
この議論は大事で
今後も続けていく必要はあるし
外国人かそうじゃないかは問題じゃないという点で
こういう構図の中に問題があるというのは大事なんだけど
これも厳密に言えば
僕の言いたい事とは結構ずれている。

なぜか。
それには技能実習生の息遣いが無いからだ。
実際にここに来る人たちの気持ちが
入っていないからだ。
ま、そらそーだと言われれば、そうなんだろうけど、
当然この制度は日本の立ち行かなくなった制度を
なんとかしようという方策なのであって
80年代や90年代にあった
世界を救え!といった空気の下で
生れている制度じゃないからね。
だから僕は、この制度に反吐を吐きそうに
毎回毎回なるんだと思う。

だからといって
世界を救え!的な
「先進国」のような空気感は
僕はもう持っていないけど。

実習生たちは
何者にかになりたいかつての自分なんだと思う。
それがどこであろうと
認めてくれる場所なら
そこにいついてもいいかな、程度の。
でも正直を言えば
きっと故郷にも未練もありありで
しばらくなら我慢できるという子たちも
たくさんこの制度で来ているんだと思う。
毎回、僕の指導が熱を帯びすぎると
帰りたい、と言いだす子がいるのは
そういう帰りたい場所があるからなんだろうし。

帰って活躍できる場所、自分が必要とされる場所、
自分なんてわからないけど
自分らしく居られる場所があるなら
きっと帰りたいんだよ、みんな。
それは青年海外協力隊で赴任していた時も
周りのやつらもそうだったし、当然僕もだけど。

ま、これは愚痴だな。
制度は制度だ。
制度の議論はロジカルに制度的設計につきるんだろう。
ただ、その制度に乗っかってくる子たちと
向き合っていると、
その子たちの生きざまを
僕は文学的に捉えたくてしょうがなくなる。
ナニナニ人ではなく、それは
固有名詞の友人として3年、
いや帰国後も考えれば
生涯の友人として付き合うのだから。
こんな想いは
きっと制度の側からしてみれば
ゴミみたいなのだろうって、
思えば思うほど
僕の中に沈殿しているその文学的な何かは
とても愛おしく大事なものに見えてくる。
これをどう表現していいのか
僕はそれに途方に暮れているだけかもしれない。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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