妻が熱を出した。
39度の高熱。
高熱を出すことが珍しい人なので
やや心配で、
医者に連れて行った。
じつは前日も妻は風邪だと思い
医者に行っていてた。
その時は熱が無かったので
新しい症状も出てるし
それが尋常じゃないくらい高熱で
1日寝ても下がる気配もないので
同じ医者に連れて行った。
その時の出来事。

医者は
「今使っている薬の効果は1日では出ません。薬の効果があるかどうかをみないといけないので、その薬を飲み続けてもらうしかない」という。
ま、それ自体はある程度正当だと思う。
ただ昨日診察した時には全くなかった症状の
高熱をどうにかしてほしいと思いやって来たので
熱を下げる薬が欲しいと希望をした。
この辺りから医者の態度が
あきらかにおかしくなる。
「いったいどんな薬が欲しいのですか」
と声を荒げるのだ。
それはこちらは素人なので解らない、
診察まで1時間半もまって疲れ果てているから
はやく楽にしてやってほしい、と伝えたが
それが完全に引き金を引いてしまった。
医者は小刻みに震えだし、
はた目から見ても怒り心頭という体なのだ。
たしかに1時間半という時間の長さを
言葉に入れたのは
客観的事実だとしても
この文脈ではイチャモンと取れないこともない。
僕としてはただ、
それだけ疲れていることを言いたかったのだけど。。。
どの薬が欲しいのか!と声を荒げる医者に
ちょっと不用意だけど点滴っていうのもありますよね
と言ったのがさらに火に油を注いだ。
「他の患者さんには点滴をして、彼女にはしないと思っているのですか!」
もう手が付けられない。
で、高熱の理由として
妻が先週までインドネシアに出張していたことも
関係するのかもしれないと話した。
昨日の時には熱が無かったので
そんな話は妻はしていないというので
付帯情報として
判断をより正確にできるように
と伝えたつもりだが
それが、もうこの医者には理解できないほど
怒りまくっていたのだろう。
「感染症の治療もしていたんです、僕は。旦那さん、つまりは、デング熱とでも言いたいんですか!もしデング熱だからって何ができますか?それはお気の毒で、頑張ってくださいしかないです」
いやぁ、もう我が耳を疑ったね。
デング熱かどうかは良いんです、そんなことじゃなくて
と言葉をつなげるのだけど
この医者はもう途中から
被害妄想に捉われてしまっている。
怒りで小刻みに震えているのは止まらないし。
こうなると、正直、怖い。
点滴をしろとも言わないし、
検査しろとも言っていないし、
熱を下げる薬だけ欲しい、
それだけを伝えるのだが、
「僕はもうこの患者を診ることはできない。紹介状が欲しいのなら書くから、他の病院に行ってくれ!」
だって。
え!?それって医療拒否!???
この病院ってそれだけはしないはずだよね。
組合員さんに寄り添っていく病院だよね。
僕知っているよ、この病院の理念。
それに賛同するから僕も出資してるんだよ。
忙しくて、昨日も来たのに薬効かないと文句を言いに来たやつだと
もしかして決めつけてない???
違うよ、症状が明らかに重症化しているから
心配でやってきただけだよ。
だのに、ろくにダイアログしないでさ、
一方的に捲し立てるのってどう?
医療現場で医者は絶対的権力を
持っている。
素人にいちいち説明できないかもしれないし
そんなことに時間を割かれることに
またそれをにわか仕込みの知識の反論に
自分を削られてしまっているのかもしれない。
そういう現場には同情はするが
39度の熱を出している人間を前に
批判でもない言葉に
いちいち突っかかって怒りをぶつけられても
診察室で権力の無い僕ら患者は
どうすればいいのさ、いったい。

医者は怒り狂ったまま
「僕は診ない!」と宣言して
処置室を
出て行ってしまった。

途中から医者の様子がおかしかったので
看護師を呼んだのだが
その方が他の医者へ連絡をしてくれて
しばらくおまちくださいだって。
その後、さらに1時間以上待って
妻はなんとか検査を受け
医師の判断で点滴を受けることなった。

しかし、
医者はそんなに大変なのか。
十分休めているのだろうか?
僕の現場でも
この夏、ずいぶんと疲弊して
普段は気のいい連中だったスタッフも
ずいぶんとぎすぎすしていたのを思い出す。
心に余裕って大事だ。
で、医者は10分程度の診察に
知らない人と対話をして
出来る限り正解に近いものを
導き出さないといけない。
だから、怒り狂った医者は
「感染症の疑いって言って、あとでそれが分かれば僕らを訴えるんでしょう!」と
考えもしなかったことを口走っていた。
僕は医療の専門家でもないし
あなたの権威を傷つけたいわけでもない。
ましてや訴えたいわけでもない。
目の前の39度の妻を
どうにか楽にしてあげたい、
ただそれだけだ。
でもたぶん心の余裕のない人間には
その10分のダイアログは
苦痛でしかないのだろう。

人に向き不向きはあると思うが
それは努力次第だと思う。
心の余裕は自分では作れない時もあろう。
だからといって
怒りは自己防衛でしかなく
この場合、妻の高熱はとまらない。
あまつさえ、医療拒否なんて。
医者として、それはありなのだろうか?
こういうケースは体験したことが無いので
もし読者でこういうケースに詳しい方が居れば
ご教授いただきたい。


これは問題だと思う。
最近、歴史にその後に生まれた視点と価値で
新しい意味を付加させて
当時のその歴史を捻じ曲げたりするのが
多くなってきてた。
国家の宰相がそれをするもんだから
いろんな人が真似をする。
で、農業のオピニオンリーダーまでが
ちょっと受け入れがたい持論を
歴史に持ち込んで発信するもんだから
本当に困ったもんだ。
その記事がこれ。
農地解放が地域から経営を消滅させた

読めばわかるが、
農業の企業経営と家族経営の
違いを話していた沢浦さんが
なぜかそのロジックを歴史の地主制に
結びつけるという異次元の持論を
展開する流れになっている。
戦前は地主が地域経済を回していたという。
でその地主制を再評価して
昔の地主を新たなスタイルで企業家として
甦らせるんだって。
地主は資本家&経営者で
小作は農作業員っていう構図か。

地主制は、封建制で
血による支配っていうのが一番の問題。
世襲制でその誰かが馬鹿でも
そいつが当主となって再配する。
階級間の流動性も少なく
小作は金銭的な理由などで
経営をするチャンスもその経験も
またその勉強もできないように
固定化され
権力構造も固定化する。
それがいろんな問題を生み出す。

経営と言うことだけを話していれば
良かったのにそれが地主制に
すり替わったあたりから変。
自分たちの権力構造が
特権的でそれは固定化することで生まれていることを
知っていたその階級は
新しいイノベーションを
起こす力になるのだろうか?

記事にもあるが
家族経営でも企業的経営があるというように
個人の力によって
資本を集中させて育っていく起業家もいるだろう。
農地解放で
小規模の家族経営が増えたのは
農業におけるマイナス要因というのは
誰にとってなのか。
僕らは誰のための幸せを追及するために
生きているだろうか。
まさか国家なんていうんじゃないだろうな。
自分の歩んできた道は
地主制がなくなった
民主的な世の中だから生まれたことを
わすれちゃいけない。
ま、沢浦さんがかつての地主の家系なら
恨み辛みもあるだろうけど。





関連記事
今月の月間レポートは
ある意味バラエティに富んでいた。
3年生のイマンは
それにもっとも貢献したいと言えよう。

彼は帰国間近になり
自分のビジネスプランに不安を覚え始めている。
多額の投資が必要になるからだ。
彼は近隣の公務員事務所を回り
野菜の振り売りをする予定だが、
それには公務員事務所への輸送と
終業時間まで野菜を保存できる冷蔵庫と
自分が振り売りをするとなれば、
畑を管理する農場長の雇用など
今まででは考えられないほどの投資が必要だ。
しかも、日本でためたお金は
すでに農地購入で大半を使っているので、
車と冷蔵庫の投資資金が無い。
そこで以前から銀行融資の種類や
借りた場合のシュミレーションをしてきたのだが、
初めに買わないとそもそもこのビジネスが
始められない車の段階で
そのシュミレーションが上手くいかず
困っていた。
振り売りの儲けと経費を計算すると
インドネシアの銀行融資の金利が高すぎて(約7%)
上手く資金繰りが出来ない計算になっていた。
そこでイマンは
別の投資を考えてその儲けで車の損失を
埋めようという発想に出て、
その発表が今回の月間レポートになったわけ。
ふー、長い説明だ。

その投資先が
フットサル場。
インドネシアではサッカーが大人気。
もちろんフットサルも。
大きな町には全天候型のフットサル場が
レンタルできる施設があり
みんなそこを借りて楽しんでいる。
だが、イマンのいる田舎には無い。
で、イマンは銀行から融資を受け
全天候型のフットサル場を建設し
その売り上げで、車の損失を補おうって
計画を出してきた。
車の投資は約100万円。
で、フットサル場は安く見積もっても
500万円くらい。
これっておかしくない???

100万円の投資で焦げ付くのに
それを補うためにさらに大きな投資って。。。
基本のきの字はそれぞれの投資部門で
それぞれに黒字になるように計算することだ。
だから、農業の振り売りを最大限にするのか
他に農産物を運搬して儲けるのか
はたまた買い物代行などをして儲けるなど
いろんなサイドビジネスや付帯する価値を増すことで
その車の儲けを最大にする方に
考えないといけない。
車がダメならフットサル場っていうのは
うーんいかがなものなのだろうか。
ま、その発想は僕にはおバカにしか見えないけど
もしかしたら彼は天才かもしれないし
それだけフットサル場のニーズが
高いのかもしれないので
あまりコメントはしないでおいた。
もしフットサル場を経営するにしても
車ごとき小規模投資でも焦げ付いちゃうんじゃ
その経営能力の低さじゃ
ぜったい焦げ付くね、フットサル場も。

というわけで、
フットサル場は横に置いておいて
車でまずどうやって売り上げを最大化するかを
考えてもらうことにした。
ま、それはまた来月だね。
けっこう突拍子もないことを
みんな考えるんだなぁ。
その突拍子の無さが
最近の僕には無いので、
そこがなんだかやけに羨ましかった。
やっぱりそれが「若さ」ってやつなんだろうか。
なんかいいな、それ。


関連記事
研修2年目のデデの
今月のレポートについても書いておこうか。

彼は化学肥料による土壌汚染について
これまでいろいろと調べてきた。
なぜならそれが彼らの土地を
荒らしているんだと思っていたからだ。
しかし、化学肥料を長年使ってきた畑と
新しく切り開いた畑をいろいろと
しらべてインタビューしてみると
彼らが荒れたと思っている畑と
化学肥料との間に相関が無いことが
徐々に分かり始めた。
この視点を獲得するのに
ずいぶんと時間かかったけど
今はそんな偏見を彼は
払しょくすることができた。
さて、ではなぜ土地がやせるのか?
仮説としては、やはり表土流出なんだろう。
ということで、
今月のデデのレポートは
土壌保全の技術について
主に土木工事の方法を調べてきた。

土嚢から始まり
蛇籠による護岸など
公共事業なみの技術も多く紹介されていた。
インドネシアの土木技術のジャーナルからの
引用で、
どうしても住民レベルでは
難しんじゃない?ってものが多かった。
ま、それが出来るかできないかの議論は
あまり意味がないのだけど
僕が彼を強く批判したのは、
それらの技術を紹介しただけでは
意味がないってこと。
それは活用できそうなのか
個人なのかそれとも村行政や郡行政なのか
どのレベルなら可能なのか
その試算や自分たちの地域の資源と絡めての
考察がまるでなかった。
もちろん、そんな試算は間違いだらけかもしれないが
その絵に書いた餅がなけりゃ
何の意味もないのだ。
報告書と言えば
情報を羅列する輩がたくさんいるが
そんなことしてなにがどうなるっていうんだ?

ま、何をどう加工して
レポートに仕立てようとしても、
まったくの知識なしで土壌保全の土木系技術を
レポートで紹介しようと思った
彼のセンスの敗北だな。

こういう月間レポートは
指導が難しい。



関連記事
たまには研修生のネタでも。
今月の月間レポートの指導を今週、
集中して行った。

まずはダニ君。
彼はまだ、
なんだか地に足がついていない感じ。
将来のビジネスプランは
ありきたりな野菜栽培とお茶と
伝統品種のトウガラシ栽培。
で、今月の勉強は
キャベツの病害虫について。
月間レポートを書くための学習って
まさにこんな風だよね。

何でキャベツなのか?との問いに
「キャベツ作ったことあるから」だって。
答えになってない!
何かその野菜を栽培したいというモティベーションは
いったい何から生まれたのか、
それは誰にもわからない。
なんとなく思いついたといった答えだった。
こういうなんとなくこんな感じで書けば
月間レポートもやり過ごせるだろう的なものは
僕は断固許さない。
来月までに
その理由を理路整然と説明することを
指導した。
ただそのままだと
キャベツについてだけ延々と
てきとーに理由づけをするだろうから、
自分の畑で作付け可能な作物(市場から見てね)の
栽培費の計算をして
利益が一番高くなるような
もしくは回転で勝負するような
もしくは出荷量を稼げるような
そんな理由で答えるようにと指導。

1年目なんてこんなもんだ。
毎年の事だからか、ちょっと疲れるね。



関連記事
前回のエントリー
1日に185の家族経営が消えている」の続き。

県の青壮年部協議会主催の
青年の主張発表大会での勉強会で
全農の方が、事業承継について講演をされた。
講演前にテーマを聞いた時、
農業の事業をどのように承継していくか
つまりは父(もしくは母・祖父母など)から受け継いで
滞りなく農業を続けていきましょう、というような
内容を考えていた。
どうぜ財務や関係先や
技術や預金通帳や借金について把握しましょう、
程度な話なんだろうと期待していなかった。

が、話者の若さもあるんだろう。
とても刺激的なプレゼンで、その意味では良かった。
だからここでは
それを思いっきり批判してみようと思う。

事業承継のメインは誰か。
それはプレゼンの中でも
またそれが衝撃的だったので
エントリーのタイトルにもなっているが
1日に185経営体も消えていく家族経営だ。

家族経営と言っても
もちろん雇用人のいる規模のやや大きめのモノもあれば
じーちゃんばーちゃんだけの世帯的には
兼業農家というのもあるだろう。
その内容によっては
事業の承継のカタチが変わってくるはず。
だけどね、このプレゼンター。
致命的なミスを犯していて
それはどのスケールの農業を継承するのか
という根本を説明しないでプレゼンを始めてしまったということ。
ショッキングな数字で
「1日に185経営体が消えています」と
言われれば
僕は普通に兼業農家がその大半だと思ってしまう。
この経営体は販売農家というカテゴリーで
それの定義は経営耕地面積が30a以上
または年間に農産物を50万円以上販売した農家
と言うことになっている。
年間に50万しか売っていない農家だと
こりゃ、年金だよりのじーさんばーさん農家か
他にメインの仕事を持つ第2種兼業農家も
これに多く含まれることになる。
だから185経営体は
農業の専業・第一種兼業・第二種兼業の
割合から考えれば、
185の多くに兼業農家の方が含まれるのだろう。
事実農業センサスと農業構造動態調査を見れば
平成12年度に156.1万戸いた第2種兼業農家は
平成28年度は63.8万戸まで減少している。
ちなみに専業農家の減少はこの間
42.6万戸から38.1万戸となり減少数は4.5万戸のみ。
なので185経営体のほとんどは第2種兼業なんだろう。
ただこの説明はなかったので、
この後兼業と専業とでやや話に無理が出てくる。

事業継承のタイミングはいつか。
その話では、自分の地元が天災を受け
農業経営が再投資を求められ
高齢化した父だけでは難しくなったタイミングや
経営者の死亡が考えられる。
ただその場合は、当然、
継承していく側の準備ができていないから
やはり廃業ということになることも多いのだろう。
プレゼンでも事業の承継(経営と技術)は
5年~10年はかかると言っていたが
それは実際に農業をしていて
僕もそう思う。
だから経営者の死亡や
天災などのイベント発生的なことで
実家の農業を継ごうと考えても
ま、時すで遅し、ってやつなんだろう。
それを見越して、185経営体が消えて
農業の環境維持が出来なくなる前に
すこしでも実家の農業を承継しようっていう話は
なんだか新しい切り口にも見えた。
でもね、
継ぐ理由のプレゼンのくだりがよくない。
金銭的な理由と精神的な理由を上げていて
儲かるや発展性があるの金銭的な理由がはっきりしている場合は
事業承継は放っておいても続いていく。
そりゃ、おっしゃる通り。
でもね、プレゼンターのお兄ちゃんは、
プレゼンのシートが56枚目にして
ようやく、
「事業承継のターゲットは精神的な理由を喚起して、承継する経営体を増やす」
とノタマッタわけ。

いやいや、そりゃないでしょ。
僕らの上の世代、つまり団塊の世代は
その戦後世代がGHQから農地解放を受けて
農地が平均化した後、
もし農業が儲かるのであれば、
離れていない世代だ。
なぜなら僕ら以上に上の世代は
まだまだ農業や農村に対する
つよい情念を持っていたからだ。
その当時の青壮年部活動の記録を見ても
その当時の文学作品を詠むにしても
その息吹は十分感じられる。
ガットウルグアイラウンドの交渉時の
青壮年部の猛反発と
僕が県の会長を務めていた時の
TPP反対運動とでは
記録でしか比べられないが動員した人数も
反対運動の盛り上がりも
まったくちがうじゃないか。

十分すぎるほど農業と農村と家族と村とに
情念を持った世代が、
金銭的な理由で離農していったことを
忘れちゃいけない。
それを今さら、精神的な理由を前面に出す辺りが
なんとも今の世相を反映しているというか
しかも農産物販売を手掛ける全農のエリート職員が
それをノタマウあたり
すでに敗戦の色濃い太平洋戦争末期の
大本営みたいな感じがして、とても嫌だ。
精神論ありきは絶対ダメ。
気持ちのある人が、金銭的理由で
それが行えないのであれば残念だと思うが
金銭的に苦しくても気持ちがあれば乗り越えられる
みたいな説明は、ぜったいにしちゃいかん。
それが全農のエリート職員がするというのが
もはや農業を馬鹿にしているとしか思えない。
それかあんたが馬鹿だ。

農地や農業環境を保全するのに
その構造として多くの地主の強力が必要だ。
国の指針でも、
農業の中心は担い手に移っていっても
その担い手を支える存在として農村の構成員だったり
地主だったリが畦畔除草や用水掃除といった
農地の保全活動が大事だと言っている。
でもね、本来ならばそれは
生産費に組み込まれて価格に反映させるものだったのを
農地解放後の小作的思考のまま
農産物価格に反映されずに
それらの労働がボランティア化や義務化して
村的思考の中に封じ込めてしまったから
米作の時給179円(2010年ごろに踊りまくった数字)と
言われるような状況を生み出してしまったのだ。
それを精神的に乗り越えろって言うのか?あんたは!

そう遠くない未来に
日本も広域貿易圏に入り
米価は国際価格の1俵5000円がスタンダードになるかもと
ささやかれている。
現在の1/2の価格に怯える農家に
気持ちで承継とは片腹痛いし
そんな状況下では
農地保全は価格にますます転化できなくなっているだろう。
185経営体が消えるのは
そういうわけがあるからであり
それを金銭的にもどう成り立つように考えるか、
どう労働を価格に転嫁し、もしくはその労働を無力化するような
新しいスケールや価値、
もしくは技術革新が待たれるのが今の状況だ。

ドローンが静かに飛べて
数センチほどの誤差で除草剤を
自動的に撒けたらいいなぁって思うけど
ま、これはまた余談。

プレゼンターも富山の兼業農家の息子らしい。
君は勉強もしてエリートとして全農に務めているのだから
農業への奉仕者として
もっとまじめに考えてほしいと
切に願う。



関連記事

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ