まず、純粋にこの旅は楽しかった。
1期生のヘンドラから7期生のレンディまで
カリマンタンに行ってしまったカダルスマン以外の
7名全員がマラン・バトゥの街に揃った。
まるで夢みたい。

農業研修なんてしても
結局、それぞれ農業以外の儲かる仕事に
就くのかもしれない。
そんな想像は常にあった。
農業なんて儲からない、と出来る奴であればあるほど
離れていくのだからしょうがない。
それは彼らがそれだけ優秀だったんだと
まだ始まってもいない未来を
勝手に想像して自分に言い聞かせていたころもあった。
でもなんだかんだあっても
農業研修を受けた連中は
地域のリーダーになるために
一心に営農とその壁にぶつかっていった。
その深度は
彼らの目じりのしわや
ただでさえ黒い肌がより黒くなっていることで
容易に想像できた。

今回の旅は
大学院で同級生だった現在大学教員のアニに
コーディネートを頼んでいた。
彼女には1期生から現在まで
村落ポテンシャル調査を依頼している。
彼女にとっても
研修卒業生たちは自分の弟
もしくは息子のような存在らしい。

彼女の提案した訪問先は
大きく3つに分かれていた。
老舗の観光農園グループ、
野心的なブローカーを中心に集まった若手のリンゴ農家集団、
そしてカリスマ農業者を中心に
大規模化している農家グループ。

これらについてひとつひとつ僕の目線で書いても良いのだが
来週中にも彼らから報告書が上がってくる予定なので
それをもらってから彼らの肩越しに書くことにしようか。

今回の旅では、
卒業生たちは
とにかく質問はそのグループの成り立ち、
どうやって市場を見つけたのか、その出会い方、
グループの運営の仕方、
といったマネジメントの部分に特化していた。
リンゴやキノコといった品目が栽培したいわけじゃない。
だからその栽培技術云々は特に
彼らの関心ごとではなく、
そこに至るプロセスの分析に集中していた。
現状を分析し
歴史を知り
その成り立っている要因と生態を浮き彫りにして
未来を想像し、そしてそうなるように創造する。
これが僕の研修の肝だった。
だから、それが少々いびつで
少々出来が悪い感じもしないでもないが
彼らの質問と視点からその姿勢が
うかがえたことが
とても嬉しかった。
あとは運があれば、きっとうまくいくだろうな。
彼らの報告書が楽しみでならない。

次回に続く


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インドネシアの東ジャワに
リンゴで有名なバトゥという町がある。
今回はその町を訪ねた。
農園で研修を終えた卒業生たちが
今、集まって勉強会を開いているが
勉強会でスタディツアーに行こうと盛り上がり、
今回、バトゥへの旅行へと相成った。
ではなぜリンゴなのか?
卒業生の地域でリンゴ栽培に適しているからか?
そういうわけではない。
彼らは栽培技術的な面でリンゴを
捉えようとしているわけではない。
リンゴの生産組合はなぜグループ化に成功し
なぜリンゴは有用な品目として
バトゥの地を有名にせしめたのか、
そういうマネジメントの部分を勉強しようという旅だった。
卒業生たちは
それぞれに自分のビジネスをしている。
地理的には必ずしも近いと言えないこともあり、
それぞれの地域で自分のグループを作ったり
もしくは個人で営農やその周辺のサービスを行っている。
その一方で、個人の営農の限界、
特に輸送やマーケティングでの絶対量の少なさ、
個別対応によるコスト高の壁、
市場への安定供給の実現が個人の能力を超えている事、
情報収集の個人や小グループでの限界、
こういった壁を突き破れないでいた。
僕の農園であれこれと成功事例を分析し
彼らに成功のカギを伝授してきたつもりだが
これらの壁を打ち破っていくには
かなり投資をしていかなくてはならず
その投資のリスクを考えると
スケールアップできず、今日まで至っている。
小農は小農のままなのだろうか。
そんなあきらめも僕の中にはあった。
が、彼らは諦めていない。
耕志の会のインドネシア本部を作り、
月1回の勉強会を行い、
それぞれの課題に向けて少しずつだが
進み始めている。
その挑戦を大きく後押しするための
今回のバトゥへのスタディツアーである。

ちなみに
この旅の企画や実行、
質問の役割分担、またレポート作成は
そのすべての運営は、卒業生たちグループによる。
僕は、ただ「ついていった」に過ぎない。
僕からのアドバイスもほとんどなかったし
質問の中で僕が何かコメントを求められることもなかった。
考えなければいけないことは
もう彼らが分かっている感じだった。
あとありがちな観光地巡りすらもなかった。
全日程、農家や市場や有力者へのインタビューに費やされた。
僕が代表を務める
農協青壮年部の研修旅行の方が
ほとんど観光地めぐりなのに。

次回に続く







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レンディが帰国した。
来た当初、彼の営農規模に驚き、
その地域のポテンシャルの大きさにも
驚いた。
ジャワにもまだこんな地域があったのかって。

バンドゥンの南のパガレガン地区は
ジャワの水田文化によって
作られた村ではなかった。
調べていないからわからないが
おそらくオランダ植民地時代のエステート事業で
入植した場所なんだろう。
だから、この地区の彼らは米食ではあるが
水田を持たず、
エステートで得た所得で米を買う。
本当の意味でのプロレタリアートで
農民という言葉よりも
農業労働者もしくは農業経営者という方が
しっくりくるのかもしれない。
この生態的違いは、その思考も志向も
大きく変える。

レンディは3年間鍛えられるだけ鍛えたが
やはりバカだと思う。
でもたぶん彼は農業所得という意味では
成功するだろう。
個人的な資質ではなく
この地域の農業の生態と
それを相互補完し合う彼ら彼女らの
文化と思考がそれを可能にするだろう。

卒業研究での機械化への挑戦は
ジャガイモの土寄せだけという限定的な
視点で行われたが
それがすべての耕起に
トラクターを利用した場合
彼らの生産性は格段に向上するだろう。
その向上した成果は
より効率的な農業の志向に寄与するだろう。
1つの小さな成功と見えるものが
彼ら彼女らの運命を決定していくだろう。
その生態を下地にしながら。

ただ同時にその変化や変容にも
恐れる自分がいることに気が付いているのだろう。
科目の最終試験で
彼は機械化が進むことや新し技術によって
効率性は上がるが
それによって『本当の文化』が壊されると
プレゼンしてくれた。
なにをいまさらそこで立ち止まる?
本当の文化なんてものは
どこにもないのに。
変化への恐れは
僕にもある。
今やっていることは
僕の想像の範疇にあったこともあれば
全くなかった部分もある。
だから、時に立ち止まって後ろを向くと
とてつもない恐怖心に襲われる時もある。
でもそれが何を生むんだ?
ノスタルジックな感情は
他者と共有することで
その関係性を深めるかもしれないが、
変化と変容にブレーキをかけるような
ノスタルジーは百害あって一利なし。
本当の文化なんてものは
どこにもなく、
僕らはグローバルとローカルなさまざまな要因の変容に
つねにレスポンスを求められているんだ。
そのレスポンスを文化と呼べば
そうなんだろうと思う。

レンディさん。
君は良い意味でバカだと思う。
だからあまり考えず
目の前の小さな成功の続きを
追いかけなさい。
その先に何年も何十年も経ったら
君が今思うような、もしくは思ってもみなかった
答えのようなものが
たぶん後付けで
生まれているんだろうと思う。
それはポジティブなのかネガティブなのかは
僕には解らないけどね。
ただ、これだけは守れ。
立ち止まるな。
変化せよ。
つねに時代にレスポンスをせよ。
では、成功を祈る。


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俳句を本格的に始めて
ようやく1年が経とうとしている。
まだまだ自分のスタイルなんて見えなくて
とにかく詩が生まれた場面を
拙い表現で書きとめるが精いっぱい。

そんな中
お世話になっている順化句会の先生と重鎮の方から
「雪解に入りなさい」とお誘いを受けていた。
俳句はいろいろな結社があるが
順化句会のメンバーは雪解に所属しているため
その結社への参加のお誘いを受けた。
NHK俳句の佳作2作掲載が
その引き金であったようで、
雪解に投句しても十分実力があります、と
褒められてその気になってしまった。

ということで俳句結社の雪解に属することになった。
これもご縁だろう。
本格的な俳句の勉強がこれから始まることになる。
ここで句作し精進しよう。



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書くのも億劫だが
こういうのをこれまでスルーしてきたのも
良くない。
記録として
こういう視点があったということと
こういう風に考える風潮や時代があったことを
合わせて記録しようか。

2/1の日本農業新聞に
農業競争力強化支援法案という記事がでた。
農業資材の調達や農産物の出荷・販売に対して
農業団体や農家は努力しなさいと義務付ける法案。
資材購入や農産物出荷を受け身でJAに任せているだけの
農業者をイメージしているのだろう。
農業を産業化させるために
競争を生み出させようという意図。
条文には
「農業者は、その農業経営の改善のため、農業資材の調達や農産物の出荷、販売に関して、必要な情報を収集し、主体的かつ合理的に行動するよう努めるものとする」
とある。
新聞の解説によれば、
なんでも農業者は経営者としての意識が低く
慣習的にJAを利用しがちなため、
自ら組織するJAや全農の改革が進まない
という認識があるらしい。

すごいね。これ。
この法案を作った人間の視点を
僕は疑ってしまう。
いくつかというか全部にケンカを吹っかけたいが
ここでは3つだけに絞ろうか(というかそれが全部か)。
まずはこれ。
慣習的にJAを使う?
ふーん。
選果場やライスセンター、低温貯蔵庫、蔬菜予冷庫、甘藷キュアリング施設、
その他例を上げたらきりがないが
日本の需要に対してリレー栽培をしつつ
季節感なく供給できているのは
こういった近代的な施設の恩恵だ。
そしてこれらはとてもじゃないが
個人では所有できない。
JAもしくはそれに準ずる団体として
個々がまとまることで投資が可能になる。
1経営体でも5000万も販売すればエースの
農業界の零細企業集団では
個々人での大型投資は到底無理だ。
これを慣習的にJAに出荷というのは、
これを従属論的には読み解けても、
慣習的で非合理的な選択だと決めつけて
努力していないなんて言うあんたらは学問が無さすぎる。
精神論だけでクリアー出来ない構造が
そこにあることに目を向けるべきだ。
ついでにいえば
そういう施設等があることで
衛星的にその産業が発展していく場面は多数ある。
産地形成の流れをみれば
経済学の素人の僕が言うまでもないね。

その上で、
ニッチを見つけて
独自取り組む農家はたくさんいるさ。
でもそれは義務付けられることじゃない。
まちがえるな!僕らは公務員じゃない!

で、つぎ。
経営者としての意識が低い?
この一文は笑える。
そういう事例はいくらでもあるだろう。
でもさ、それって農業者だけなの?
他の産業でもさ、そういう義務付けしてる?
経営センスや能力に欠けた人間がいたとして
それを国家が努力することを義務付けたりできるの?
努力する者は発展し、怠るものは没落する。
それだけだ。
それが出来ていないのだとしたら
フリーライダーを許しいるってことだよね。
それは制度設計の失敗である!
精神論ではなく、政治を真面目にやれ!

そんで、最後。
コストダウンや販売強化の努力を義務付ける?
あのさ、僕らの労働をどう規定しようとしてるのかなぁ。
働くってことは、
自己表現でもあるはずだ。
豊かさは、金銭的なことと必ずしも一致しない。
価値も金銭的なことに必ずしも一致しない。
名誉・自己実現・社会的関係性などを大切に生きることは
コミュニティの活性化と維持持続には欠かせない場合もある。
それにどのような農業を志すかは
それぞれの志向によるはずだ。
それらすべてに国家は介入できない。

農水省や政治家の皆さん。
僕らはあなた方からお給料をもらっているわけでも
投資をいただいているわけでもありません。
そんな努力義務を押し付けられる義理もありません。
補助金のことを言うのであれば
そういう対象にださなきゃいい。
産業に対して努力義務っていうのは、
やっぱり変だ。
競争力強化と謳いながら
そもそも僕らの産業を産業として見ていないでしょ。
だからこんな幼児に諭すような
文言を入れて努力しなさいだなんて、あきれてしまう。

自分たちの制度設計に悪さを棚に上げて
出来そうな、弱そうな、部分に攻撃をかける。
今の首相のあの雰囲気なら
その下にいるブレインが
こう考えても不思議ではないが
これが一国の政策かと思うと
情けない。
もっと尊敬できる
すばらしい政策を作ってください。
僕らの血税を使っているのだから。



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農園のインドネシア実習生たちの
将来の夢に少し変化が生まれ始めたので
記録しようかな。

まずはイマン。
今年が3年生になる年。
これまでの紆余曲折は
また記録するとして、
今回は彼の計画に面白い変化があった。

彼との帰国後のビジネスプラン作りは
雇用を考える農業から始まり、
野菜栽培を中心の置く農業のカタチ、
そして販路として上中間層にターゲットを置いた
公務員の事務所での移動販売と
いろいろと議論を重ねてきた。

彼とはちょっとしたことでの関係悪化から
こちらのアドバイスに耳を貸さない時期も
けっこう長かったのだが、
最近、それも氷解し
勉学も意欲もいよいよ進む時期に入ってきた。

さて、今回の大きな変化は
彼が「米作をやめる」と言い出したことだ。
彼が1年の時に
僕は「米作をやめれば」とアドバイスをしたことがあった。
エントリー:それじゃ、搾取だぜ、イマンよ

その時は冗談だと思われて
流されてしまったが
それが1年くらいかかって
ようやく彼の中に浸透したように思う。
彼の計画では
上中間層への販売として公務員事務所への
野菜の移動販売を考えており
通年で安定した供給を目指すために
地域で野菜作りのグループ化を進める。
その核として仲間を引っ張っていくためにも
自分は米作を捨て、野菜専一の農家になるのだという。
この計画に当然
3年のレンディや1年のデデは噛みついた。
米作を捨てるのはリスクが大きいのじゃないかって。
野菜作りのメンバーは米作をしながらの野菜作りで
かまわないが
自分は野菜だけにして特化することで
儲けを大きくさせたいと答えてくれた。

米作をやめるというのは
米食のスンダ人農家にとっては
かなり勇気のいることで
その生態的また文化的に
また農業経営思想的に米作は重要かつ
中心的な存在だ。
それを全部やめてしまおうっていうのだから
この変化は大きい。
ギアツのいう「文化コア」をその生産様式をもってして
大きく変容させようというのだからね。
たぶん、彼がこの場に来なければ
きっとこんな視点は持ちえなかっただろう。
またそれをして食糧自給の観点よりも
資本の蓄積と再投資のより
資本主義的な視点を得るだけの
時代にインドネシアがあるということでもあるのだろう。

他産業が伸びていく中で
近隣の都市を市場として
上中間層の健康志向や
多様になる食文化の変化を受けて
彼らの農業は
自給的なリスク回避の農業から
より冒険的な換金作物中心の
農業へと変化していこうとしている。

これらのどちらがいいのかは
その技術をその時代の文脈から切り離して語ることは出来ず、
それは社会や文化と切り離して
純粋に技術進歩をもってして
その社会の問題を解決できると思っていることと同じくらい
近視眼的な思考と言えるだろう。
ただ時代の変化に合わせて
自らを変化させていけることができることが
この場合は重要なのである。

僕が彼らの教育の目標としている
「考える農民」とは
まさに今回のイマンのような
その姿勢をいうのだ。

イマンよ、米作なんて捨てちまおうぜ!


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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