今年も暮れようとしている。
名残の空を眺めつつ
今年一年の自分の周りでおきた事象も
眺めてみようか。

10位『娘、スイミングでブルーキャップ』
まずは家族ネタで。
子供が生まれたら水泳に通わせようと思っていた。
自分もそうだったから。
何をするにもイマイチ自信が持てなかった少年時代に
この水泳というものがどれだけ自分に
自信を与えてくれたか。
娘も同じように小さい時
水に顔を付けられないほどの金槌。
その彼女も、一番上のクラスの
ブルーキャップを身につけるようになった。
少しずつだけど
自分に欲を持つようになっている。
欲が出れば、君はとても素晴らしい活動を
将来するとパパは信じているよ。

9位『妻、研究科長に内定』
家族ネタもうひとつ。
妻は日本福祉大学で働いている。
その妻が、その大学の大学院の研究科長になる。
それはとてもすごいこと。
大学院を出ても
研究職で飯を食っていくのは難しい。
僕も一時期はそんな未来を想像することもあったが
狭き門で、早々に諦めた。
妻は、出会ったころは大学院生だった。
大学の研究職に就きたいという考えはあったが
やはり狭き門で苦労をしていたのを思い出す。
その重ねに重ねた苦労が実をつけ、
来年、研究科長になる。
重責と仕事が増えることに妻は
やや乗り気ではないようだが、
一体、どれだけの大学院生が
その職に就けるというのだろうか、
ということを考えれば、贅沢な悩みだと僕は思う。
国際開発学会の理事も務め
どんどん偉くなる妻。
置いていかれないようにしないとな。

8位『新人採用』
今年も新人を採用した。
日立化学をやめて、農業の勉強を1年した男性。
あだ名はもっちゃん。
筑波の大学院を出ていて
真面目で勤勉。
僕にない物をたくさん持っている。
生真面目すぎて、やや融通に欠けるかな、と
思わないでもないが
その点が僕はとくに気に入っている。
どんどん優秀な人材が集まってくるので、
何かビッグバン的に面白いことが
ここから弾けて始まる、そんな予感が
彼が来てからは感じるようになった。

7位『レンディ、イマン、そしてデデ』
1年生の時にずいぶんと手を焼いたジャジャンが帰り、
その代わりにデデがやって来た。
インドネシア技能実習生の話。
デデは、エントリーにもある通り
この実習プログラムで来たイルファン(2期生)と同郷だ。
イルファンが来たのを見て、ここに来たくて
進学も就職もそれに向けて準備して、
そしてここにやって来た。
10年近くも農業プログラムをやると
そんな人材もでてくるってことか。
レンディはレンディでそれなりだけど
面白い卒業研究をしている。
インドネシア農業の機械化を実際にコスト計算するというもので
これからの農業の変化に
インパクトになると思っている。
イマンは、中だるみをして
ややモティベーションを欠いたけど
なんとか今は持ち直して
誰よりも勉強をし始めた。
これまで見てきた実習生の中で
一番優秀と僕は思っているので
その彼が努力を始めると面白いことが起きると信じている。
すでに移動販売という帰国後の
夢が形になりつつある。
今年一番ダメになって一番伸びた子かもね。

6位『うちの二枚看板』
農業を始めた頃
いろんな方から「パートナーを見つけなさい」と
助言を受けた。
その時はイメージがつかなかったけど
今なら、うちのやっちゃんとたかちゃんがそうだと
強く言える。
それくらいにこの二人は成長した。
対外的にも
やっちゃんは4Hの発表で北陸大会まで行き、
たかちゃんは野菜ソムリエで名をあげてきている。
どこに出しても恥ずかしくない二人。
栽培や管理やマネジメントにも
手を抜かず
僕らのチーム力は今年格段に上がったと思う。
優秀な人材に負けないように
僕も一所懸命ここでがんばろう。
そう思える仲間に出会えたなぁ、と思う名残の空。

5位『JA福井市青壮年部の活動』
試運転だった1年目を切り抜け
2年目に入った青壮年部の部長の役。
地域の変革の主体は、そこに根差す組織であるという
持論を実践すべく、
不活性化しつつあるこの組織を動かしてみようと
気張った1年だった。
25支部883名の盟友が所属する組織で
その図体の大きさからか、動きは鈍い。
支部長合同会議では、ほとんどが欠席するという有様なので
今年は本体の役員を引き連れて
地区ブロックを回りながら会議もした。
みんなが参加できる活動を増やし
資金も潤沢に投入した。
その結果、見えてきたモノは、
やる気のあるコアメンバーの消耗だった。
出てこない人は、何をしても出てこない。
この組織に僕は一体何ができるんだろう?
そんなことに頭を悩ました。
地域を創る。そんなことを命題にして
これまで突っ走ってきた。
その主体は、既存の組織だ、と自分の学問は言う。
だから、新しい組織を作って活気ある形で
活動するのもありなんだろうが
それをせず、あえて火中の栗を拾いに行った。
ただ結果は出ない。
来年で部長職は最後。
どうすっかなぁ。

4位『インドネシアの研修卒業生たちの勉強会始まる』
正月にインドネシアを訪れた時、
卒業生たちと
農業支援事業を前提として
その勉強会をしようと話し合った。
その勉強会が今年の1月からスタートし
1年間やり続けた。
内容はまだまだ充実しないし
方向性も見えていないけど
農業の情報を共有する場がない現状を
少しでも変えてくれたのではないかと思う。
僕らには4Hクラブや農協の青壮年部があるが
彼らにはそういう農業の若手の組織が無い。
この勉強会が、そういう組織として動き出すといいなと思う。
どういう変化が起きるかは
過度な期待は禁物だし
焦りも禁物だが
ここを起点に
インドネシアの農村開発に僕は動き出そうと
思っている。
10年前に思い描いた空想のお話が
今年、実際に動き出したというお話。

3位『青年海外協力隊に応募』
技能実習生の派遣で一緒に地域づくりの主体として
活動してきたタンジュンサリ農業高校に
青年海外協力隊の案件が、今年立ち上がった。
そこに農園のスタッフ、すーちゃんが挑んでいる。
なんとか1次試験をパスし、来年早々に2次試験に臨む。
農園に関係した子が
これまで何人か協力隊に参加した。
今年帰ってきた北野は、そういう意味では
僕の弟子としては協力隊第一号というのは余談。
今回は、インドネシアのこれまで関係を強めてきた
職場への派遣で、
この経験がその後の農園とインドネシア農業を
大きく変える転機になると僕は思っている。
卒業生たちの勉強会も始まりつつあるこの時期に
彼女を協力隊員として派遣できれば
きっとあっちでもビッグバンが起きるに違いない。

2位『JICA基金の採択事業に!』
こういう風にたたみかけるのは
僕の特徴かもしれない。
勉強会が立ち上がって、
協力隊案件が出て、
そしてそこへ実習卒業生たちの団体を支援するために
JICA基金へ助成を申請し
その採択事業になった。
これで現地でスタディーツアーや農業セミナーを開ける。
事務所機能も強化したので
スカイプでの会議もスムーズになった。
こっちでやっている講義を
向こうとつないでやることも予定している。
この活動がどう結実をするのかは
まったく見えていないけど
僕だけでなく係る卒業生たちも
もうわくわくが止まらない、そんな1年だった。

1位『俳句はじめました』
今年はたぶん
自分の趣味という意味でも
大きな転機だったように思う。
これまで趣味らしい趣味は無かった。
読書だったり料理だったりと言ってきたけど
なんだかそんなの趣味じゃないなとも思っていた。
そんな中で
17音の文学に魅せられた。
正直、自分でもへたくそだと思うけど
福井県の俳人協会の会長さんが主催する句会に
なんとか入れてもらい
この1年間、がんばってみた。
俳句に自分の思考の半分以上を
注ぎ込んだと思う。
句会以外に大会や投句機会も増え、
毎月100句ほど練り上げている。
まだまだ上手くはないが
なんとか賞もいただいたし
ラジオやネットの句会でも
上位に入ったりもしている。
インドネシアの事とは
全く関係しないこの趣味は、
僕に余白の時間を与えてくれた。
自然をどう眺めればいいのか
そんな視点と余裕を農作業の中に
生み出してくれた。
大きな目標や夢があっても
日々の忙しさに追われるように
人は暮らしてしまうものだ。
それにまったをかけてくれるのが
ぼくにとっては俳句だった。
この余裕と視点が
今年はとても心地よかった。


本業の農業とは関係のない事ばかりのような
そんな1年だったかもしれないが
もともとこういう活動をしたくて
農業という仕事を選んだ。
何かを生産する仕事は
それだけでとてもクリエイティブだが
その過程で自分の生活や周りの出来事や
そんなざったなものを巻き込んで
地域を創り上げていく。
その地域はグローバルなこの時代では
係わる人々の意識次第で
国境を越え
影響を与え合う存在になる。
僕は協力隊の後のインドネシアの大学院で
あの小さく暗いアパートの自室で
そんな夢想を抱いていた。
それが10年の時を経て
今年、その片鱗がようやく現実として
見えてきたように思う。
ただストレスフルな活動も多く
日々の仕事がモノクロになりつつあった。
それに色を添えてくれたのが俳句だった。
そうなるべくして
いまそうしている。
今年はそんな1年の過ごし方だった。
こんな幸せな1年は、もうそうはないかもな。
と、暮れゆく名残の空を眺めオモフ。



関連記事
参加している順化句会の記録忘れていた!
ということで、11月と12月の両方を記録しようか。

11月ごろから句会のメンバーはぐっと減った。
というのも風邪や病気などで
休みメンバーが増えたからだ。
しかも、90歳を超えていた
かつてはこの句会の幹事までされていた方が
認知症を患ったということで
脱会したいとお知らせに来ていた。
のっけからなんだかさみしい句会となった。
高齢者が多いので、
冬の気配は、いつも以上に冷たく、そしてさみしい。

さて
11月の句会の席題は「冬紅葉」。
けっこう詠みやすいはずだったのだが
その冒頭のさみしさから抜け出せず
それなりに簡単に読めるはずのこの季語で
投句できなかった。

結果から言えば、
メンバーの特選をそれぞれにいただいた句が二つあった。
ベテランの方の選句だったので、かなり嬉しかったが
先生の特選や入選にはほとんど入らなかった。
特選を取った句も他のメンバーの入選には入らず
ちょっとさみしい結果となった。

11月から冬の句を詠みはじめているが、
まだ季語が良くわからず苦労している。
俳句を本格的に始めて1年も経っていないので
季語が自分の中に入って来ておらず
目に見えている物事が
言葉として認識されるまでは
やはり相当な訓練が必要なんだろう。

12月の句会は、
これまでとは違って
終始和やかな雰囲気だった。
1年の〆である最後の句会だったので
これまでよくやってきましたね、といった雰囲気で
和気あいあいとしていた。
冬の厳しさは、先月の句会の言葉の端々にバリバリに感じたが、
年末の雰囲気にそれは和らぎ
人の暮らしはこうしたリズムの中に
あることを知った。

席題は「数へ日」「年忘」。
今回も全然だめで
名乗りは1回という、ほぼ零点の句会だった。
でもなぜかとても清々しかった。
僕は最近、良い句を作ろうと
どこか背伸びしていたし
みんなに取ってもらえるような句をと
考えすぎていた。
そりゃぁ、取ってもらえたら嬉しいし
詠み手の解釈が入って初めて一つの文学になるのだから
意味不明な句は、まったくもって良くない。
ただ、点が入らなくても
それが意味不明とは限らない。
今回も先生の直しでは
僕の作った句はすべて取り上げてもらい
僕の作意を理解していただいている感じでの
直しがとても勉強になった。

「俳句は人に考えさせる余韻が無いとダメ」
先生からいただいた言葉だ。
17音に縛られて無理は言葉を詰め込んだりしてもダメだ。
もっと自由に、それでいて
もっと余韻と余白のある句を。
これが来年の目標である。





関連記事
気がつけば師走。
なのに、ブログは全く更新されず。
こんなこと今まであったかいな。

さて気を取り直して、記録しようか。
12月はビッグイベントがあった。
インドネシア在大阪領事館の
総領事御一行様が中旬ごろ
農園を訪問してくれたのだ。
国際交流協会のインドネシアセミナーに先立って
来福した御一行様の
見学先として農園が選ばれたためだった。
もともと技能実習生の現場を見たいというのが
あちらの意図であり
その優良事例として紹介されていたようだ。
で、翌日のインドネシアセミナーでも
総領事のインドネシア投資の話と
インドネシア進出をしている企業の社長の間に挟まって
僕も技能実習制度について話をしてきたってわけだ。
ま、なんとも場違いな感ではあったけど。

なぜ場違いだったかというと、
総領事は投資を呼び込むためのプレゼンで、
また進出している企業は、
インドネシア進出の難しさをある意味国民性に
置き換えて面白おかしく話していたからだ。
たぶん僕の役回りとしては
「技能実習生を活用して中小の地場産業を盛り上げています」と
いった感じだったのだろう。
そうすれば、
全体としては違和感はなかったのかな、とも思う。

ただ、僕の主張は
それとは違っていた。
技能実習生を受け入れる時に
実習生の帰国後の事まで視野に入れて、
いやそれどころか
インドネシアのその受け入れ地域のソリューションに
なるような実習にしていますか?
というのが
僕の主張だった。

企業の社会貢献はもはや当たり前。
このいびつな資本主義の少しましな未来形として
ソーシャルビジネスが喧伝され
お金の使い方も自分の欲求を満たすだけためではなく、
何かこの社会(想像の共同体)に対して支援するといった
意味合いで使われることも多くなった。
クラウドファンディングやふるさと納税&ふるさと投資なんかも
そんなシステムの仲間なんだろう。
そして時代のもう一つのベクトルが
グローバリゼーション。
負のイメージも多いが
この現象が僕らを地球市民に昇華させる時が来るかもしれない。
もちろん、それぞれのエリアの共同体を引きずりながらだけど。
で、僕らの問題である人口減少。
もっと真剣に取り組んだ方が良いと思うのだけど
どこか牧歌的に
移民も議論せず、EPAなどで介護士と看護師に
一部を開放しつつ、その先にあったのは日本人化して
僕らと一緒に少子化の問題にぶち当たる姿だったのに
政府の対応は、もはや絶望的に鈍く、
技能実習制度の延長や
その焼き増し的な外国人労働特区に終始する有様。
その特区も年数が制限されていて意味がないのは余談。

こういう文脈だからこそ
僕らは、グローバルに受け入れている
その社会にも想像された共同体を一緒に作り上げる日が
くるんじゃないかって僕は呑気に思っている。
そしてそのための行動として
受け入れている実習生の地域の問題解決も
僕らの取り組みやビジネスが真っ当な姿であればこそ
なにか与えられるインパクト、
もしくはそれを創り上げられるようマネジメント
出来るのではないかと、これまた呑気に思っている。
だから、「数年でどうせ帰るどこか知らない地域の人たち」の
カッコ付きの言葉にしてしまって、
受け入れる実習生を使い捨ての人材にしてはいけない。
このグローバルな世界に僕らはお互いに共同体を築き上げられる
主体なのだよ!というのが僕の主張だ。

はっきり言って僕らの凸凹の世の中は
技能実習生も投資も進出も
どれも南北問題に乗っかっている。
ピケティよろしく
投資側の金持ちが特権階級化し
その維持にこれらのシステムが利用されている。
援助ってなんだったっけ?と
自分の学問と信念と経験からそれらを思い出すのに
少し時間がかかるくらい
最近は、資本の増大がそれほど正当化されてしまっていて、
僕らが勉強したような学問の影響力は薄くなってしまっている。
ような気がする。
さらに、この南北問題は
当然、国家間だけではなく国内での格差も
目に余るようになってきている。
日本国内もそうだし、
それ以上にインドネシアではひどいものになっている。

今回の訪問とセミナーで
僕の主張を伝える時間と場を得たことは
素晴らしい成果だったと思う。
プレゼンは、自分ではやや不発だった。
その言い訳をするとすれば
同時通訳の方が僕のプレゼンを総領事の耳元で
訳していたのだが、
その訳が僕の耳まで届き、
あああ、この単語はそんな風に訳すのね、と
インドネシア語のテクニックが気になってしまったのが
敗因だと思っている。
乗りに乗ってくると、思ってもいないような
そんなプレゼンになるのだが
今回は乗れなかった。とほほ。
さて、そのプレゼンの出来がどうだろうが
多分、今回はこれまで書いてきた文脈の中で
やはりメッセージが伝わらなかったのではないかと思っている。
総領事たちインドネシアのエリートにとって
地方の農民たちのソリューションがどうなっていようが
たぶんそれほど関心があるとは思えないし
実際に農園やセミナー、そしてその後の懇親会で
僕の話した内容に刺さった言葉があれば
あんな社交辞令的に終わるわけはないだろう。

進出をした方の話は
やはりそれは経済格差の中での儲け話なので
僕の話とは水と油。
インドネシアへの投資や進出を促すセミナーに
僕が登壇すること自体、
やっぱり無理があったのだろうな。
そんな場でも、空気を読まず、
カラオケのマイク独占のごと
しゃべくりまくったのもダメだったんだろう。
でも、
とりあえず、僕の主張は伝えた。
福井の田舎で
このアジェンダはどこまで響くのだろうか。
と、やたらと疲れた二日間だった。

でも、またこういう機会があれば
またこの主張を展開したいね。

そういえば今年は中央会や
農協の役員と語る会でも
同じ話をしたような気がする。
あんまり刺さらないな。なんでかな。



関連記事

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
11 ≪│2016/12│≫ 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ