こんな記事を発見。

農業は危険だった!?死亡事故割合、建設業の2倍…4割が80歳以上、目立つ高齢者

結構農作業の事故ってあるようで、
年間400人前後の方々が亡くなっているとか。
で、建設業の2倍っていう見出しがついて
農業って危険だって言いたいのだろうか。

高齢化が進めば、
現場の作業員の
判断の甘さや操作ミスが多くなるのは
当然だろうね。
また会社経営というよりも
個人経営の家族だけでの農業という形態なので
安全管理もとうぜんなあなあだね。
うちもそう偉そうなことは言えない状況で
安全管理のマニュアルはそういえばないな。
それほど機械作業はないし
ほとんどが手作業だけど
でもまぁ、こういうのも整備しないとね。
農業を他産業と同じような産業として
競争させたいのなら
このあたりはもっとしっかりとしないといけないかな。
現状を統計だけで見れば
その裏側には超高齢化の現状が
強調されてしまうけど、
問題の本質はそこにあるにしても
それをクリアーしていく中で
それぞれの経営体として
安全管理をどうするのかの話し合いを
進める必要はあるな。

そういえば、うちの新人・もっちゃんが
来月にGAP診断を農園でもやるって言っていたから
そういうのも診断の中に入ってきて
カイゼンの動きにつながるようにしたいね。


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インドネシアの技能実習生たちには
週に3回授業を用意している。
前期と後期に分けて、
3年間で6学期の座学。
その中心と言っても良いのが
この農業構造比較論。
なんて書くと、難しいことをやっているように
思えるかもしれないが
中身はいたって簡単。

どうしてその農業という表象が
僕らの目の前にあるのかを
いろんな要因によって絡み合っている現状(構造)を
理解するというもの。
自然・農地・人的資源・市場・資金・技術・インフラ・政策・グローバリゼーション。
これらの要因をバラバラに検証し、
比較することで、その差異に気が付く。
そうすれば
目の前にある農法を
そのままインドネシアに移設すればいい、という
愚かな考えに陥らなくて済む。
さらに、それを実現するには
どの要因を整えるべきかも
その整えたつもりの要因も
それがそれで確固たるものなのかどうかも
一気に分析でいるはず。
大学院で学んだことから
僕のオリジナルで作った座学。

さて、
この要因の中で
どれか一つでも変えると、生産様式が変わる。
あたりまえじゃん、って思うでしょ。
でもそれって結構見えにくいんだよね。
この要因をそれぞれの地域で整理して
意図的に変えれば、少なくとも現状は変わる。
つまり社会変容の力もこの座学にはあるはずで、
インドネシアの子たちにも
それは口を酸っぱくして言っている。

自然条件はなかなか変わらないけど
(温暖化でずいぶんと違う景色になりつつあるけど)
人的資源はどうか。
自分で勉強して、学位を取るや、資格を取れば
それだけでその個人の生産、
いや運命も変わる。
インフラもそう。
研修卒業生の村々では
今、田んぼの真ん中に道を作ろうという動きが活発だ。
政府の資金も入るが、
基本ゴトンロヨン(共同作業)で
住民たちの資金も使って
田んぼに車両が入るように整備しつつある。
この動きが進めば
トラクターなどの機械化の勢いは一気に加速するだろう。
何か一つの要因が変われば
それぞれの生産のカタチが変わる。
つまり決められていたかもしれない運命も
変わるってことだ。

そういう要因を俯瞰していると
自分で変えられそうなものは何かが
だんだんと見えてくる。
地位を得られれば、
政策は村レベルからであればある程度は
手を付けられる要因になるが
卒業生のほとんどはまだそのレベルにはなっていない。
人的資源と技術がまずは
比較的簡単に変化を付けられる、
つまり運命を変えることのできる要因ってとこだろうか。
だからといって安易に先進技術を
導入しても
悪い方にしか運命が変わらなかったりもする。
そのほかの要因が
その変化でどのように変わるかも
予測してこそなんだろうね。

しっかりと勉強すれば
やみくもな儲け話につられることもなく
君らは君らの運命と社会を変えていく力を
ここに来ることで得られるはずだ。
何も勉強しなくても
社会的には「日本に行った」というだけで
君らが思っている以上に
君らの社会はそれを評価していることにも
もっと自覚的になるべきだ
(それも人的資源に入るね)。
そこを起点にして勝負も打てるんだから。

今期の農業構造比較論は
終了した。
さ、君ならどこから自分の運命を変える?


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こんな記事が出てた。

外国人看護師・介護士、難しい定着「もう疲れ果てた」 朝日新聞 2016.09.18

技能実習生とはちょっと違うけど
問題の構造は良く似ている。
しかもこっちの方は
試験が通れば、日本での就職が見えてくるだけ
僕の思っている未来に近い気もしていた。
外国人をきちんと労働者として受け入れる。
もちろんいろんな権利もつけて。
いや労働者じゃなく
この地域やエリアを支える
いち市民として、だ。
それが必要だと思っていたけど
その条件を揃えれば、
今僕らが直面している問題に
彼女ら彼らも一緒になってぶつかるというのが
この記事からもわかる。
ただ受け入れるのではだめだ。
やはり僕らの働き方や
社会の構造の変革がなければ。
では、その変革を生み出す
僕らの自己改革は、どの視点や力点から
わき出てくるのだろうか。
たぶん、停滞感は
その力点のなさ、
もしくは分断された力点による
虚無感なんだろうと思うな。
よくわからない成功者の事例だけが
SNSに流れるような
そんな切り取られた時代感が
僕らを余計に疲弊させる。
モデルにモデル以上の意味はないのにね。
連帯という言葉も
協同という言葉も
もうその主体になれない。そんな風潮だね。

外国人技能実習生と地域は
本気で連帯したら
もう少し明るい未来があるかと思うけど
それもまだまだ道の途中。
ふむ。


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9月の句会を記録しよう。
今月は俳句の多産の月だった。
これまでは月一の句会に向けて
100句ほど俳句を作り、その中から
5句を選び句会に持って行ったのだが、
今月は句会までに3つの
コンクールとNHK俳句への投句を行ったので
句会に持っていく俳句を準備するのが
いつもよりも大変だった。
いろいろと情景や心情を読み込むようになり
少し欲が出てきて発表したいという欲が
出てきたのだろうか。
ま、駄句は駄句だけどね。

さて、今回句会に持っていった句は次の通り。

秋濤や轍の一つ消し去りぬ
新藁の干せし道駆け行く球児
抜穂女の初心な鼻緒の赤きこと
稲刈りを終へて孤独な野道かな
小鳥来る朽ちゆく家に色添えて

今回の席題は「小鳥来る」。
席題の予想が外れ、
小鳥来るで一句も作ってなかったので
かなり焦った。
なんとか投句締め切りの数分前に
この句が浮かんで投句。
間に合ってよかった。

さて講評。
苦し紛れに絞り出した小鳥来るの句は
メンバーの方に特選に選ばれた。
また稲刈りの句は2点。
あとは取り上げられず終了。

さて、一句ずついくか。
まずは
新藁の干せし道駆け行く球児
からだ。
先生からは、
球児である意味がよくわからない
とのことだった。
僕としては秋の新人戦を
新藁に託して
そのフレッシュさを詠みこんだつもりだけど
秋にフレッシュさを出そうというのが
そもそも無理があったか。
直しが入り
「新藁の干せる野道の登校児」
となった。

次は
稲刈りを終へて孤独な野道かな

この句は稲刈りの時は
とても賑やかになる農道も
それが終わった途端に
急にさみしくなるという情景を詠んだ。
2点入ったが、先生からは
孤独が気にかかるとのこと。
孤独という言葉を使わずに
なにか他の言葉で
孤独を表現しろということだろう。

稲刈りを終へて福井の平野透く

でどうかな。大きすぎ?
孤独感がないね。

次は抜穂女の句。
先生からは意味がよくわからないとのこと。
献穀田の事とはわかってもらえたが
その刈女の姿が初心だったことと
鼻緒が赤かったこと
だからどうした?という感じだった。
こちらの意図としては
高校生くらいの刈女が
とても初々しくて
その素足の白さが際立っていたのを
鼻緒の赤さで言ったつもりだけど
ま、無理があるね。
また考えよう。

小鳥の句はメンバーの特選を得たが
先生の講評は無し。
朽ちゆく家に色を添える小鳥が良いと
メンバーの方に言ってもらえたので
良かった。
詠みこんだ想いがつながるのはとても楽しいね。

秋濤は触れられることもなく終了。
秋の波は少し強くなり
千里浜の轍を消し去るという意味なんだけど
ダメだったね。
あまり深くないと言えば深くないし
面白味もないか。

選句では、
先生の不幸の話もあって
僕はこの句を先生の句だと思い選んだ。

衰ふる葛に加ふる潮痛み

なんとも奥深く
そして悲しみ深い句だろうか。
はたして先生の句だった。
今回はこの名句に出会えた
とても貴重な句会になった。
また先生からも
「雪解に入りなさい」と
俳句結社へのお誘いも受けた。
俳句ともう少し真剣に向き合うのなら
参加すべきだろうけど
時間がなかなか無いので
それで結社の方々に
ご迷惑をかけるのではないかと心配で
即答は避けた。

そんな9月の句会だった。



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今年もこの時期がやってきた。
来年の研修候補生の
募集を始める時期だ。
募集を始めるにあたって
研修候補生の条件等を
みんなで話し合う。
これは毎回やっている作業で
条件は、今、研修している
インドネシア技能実習生が
そのたたき台を作るのが
毎回の恒例。

こちらの条件で言えば
ついつい
「よく働く子」と
なりがちの技能実習制度だが
それじゃ搾取だ。
研修制度というのだから
ちゃんと帰ってからのビジョンがある
また地域の農業へ貢献できるような
リーダーシップを持った人間で
あることがその最低条件になる。
実習生が持ってきたたたき台は
概ね昨年同様であったが
毎年、その内容を再考することに
その意味のある作業だと思っている。

選考も
僕らはかかわらない。
現地の農業高校が
そのイニシアティブをもち
中間マージンなしに
本当に未来の地域農業のリーダーだと
思う人材が送られてくる。
だからここ2年は
高校時代に生徒会長だった
人材が送られてきている。
それが本来の姿だ。
お金がほしいから
興味の薄い農業でも良いから
日本に行けるのなら
と、そんな理由でやってくる子も多いのが
技能実習制度。
来てからどんだけ動機づけしても
僕の経験からいえば
あまり意味がない。
研修の成功は、
研修派遣前の動機づけが
その8割だ!
(詳しくは1999年にJICAに提出した「アカワケギ栽培普及事業」を参照されたい)

だから
そのための仕掛けに
僕らは一所懸命になる。

候補者が決まれば
次は外部の大学教員による
ポテンシャル調査が待っている。
その人の判断も仰ぎながら
最終的に候補者が決まり
その候補者や
その候補者が住む地域に必要な技術やスキルを
僕らがどう提供していくかを
考えていく作業に入る。

地味な作業だが
来年で10年になる。
いろんな意味で
10年目の幕が今上がっている感じだ。




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農園の看板娘、すーちゃんが
こんな記事を持ってきてくれた。

大統領候補者がまくし立てる「アメリカ」

福井新聞のコラムなのだが、
最近、彼女とのインドネシア事情の
勉強の中で(今はイスラームについて読んでいる)
ナショナリズムがキーワードになっていて
たぶんそれでこの記事に目がいったのだろう。

なるほど、
グローバリゼーションの中で
それぞれの価値観は衝突し
排他的な空気が極右の考えを育てる、
というがその論調か。
途中までは、ま、異論はあるが
それほど受け入れられない話でもなかった。
だが、終わりがいけない。
エコロジカルニッチという言葉を
もってきて
すみわけっぽい話でまとめようとしている。
奪い合いじゃなく、
仲良く共存しようってやつか。
これだと、交わらないじゃないか。
そもそもエコロジカルニッチは
種が違う中で
進化の過程で
それに合った種が残ってきた過程であり
当然生存競争はそれ以前にも
そして今もそのプロセスの中だ。
同じ種の中で話せば
縄張り争いに見られるような
食糧争奪戦は、生態系の中でも
容易に発見できるじゃないか。

それに、
人は人だ。
肌の色や文化的差異や
価値観の違いで、種がわかれるわけじゃないぞ!
僕はパラレルワールドができてしまうことに
反対する。
文化や価値観は
常に変容をしていく動的なプロセスの中に在る。
だからどこか一過程をとってみて
その正統性を叫ぶその姿を批判したい。

文化はすみ分けるんじゃない。
交わるのだ。
そして誰もわからない次へと
変化をしつづけることなんだ。
エコロジカルニッチではなく、
カオスとダイバーシティーなんだ。
忌み嫌わないといけないのは
正統性を主張する姿と
静的な価値観論だ。

いろんな文化が
混ざり合って混沌となり
そこから次の価値が生まれる。
止まらない、止まらない、止まらない。
方向は分からず、ただカオスに。
それが文化と価値と
この世界を理解する
まだ少しましな方法だとオモフ。


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この案件を眺めている。
ちょっと複雑だが、
このページに
これが上がっているその事実に
涙がこみ上げてくれる。

その案件はこちらのホームページに。
http://www.jocv-info.jica.go.jp/jv/index.php?m=Info&yID=JL00616B11

こういう案件をいつかはと思い
この10年を過ごした。
自分だったらこういう活動をと
思って温めてきた10年だった。

青年海外協力隊の時、
当時の調整員と一緒に2つほど
案件の調査をしたことがあった。
あの当時は
その時の自分の能力的に
こういうことなら可能だろう、と思い
案件について隊員として意見を言った。
結果として
それはあまり良い案件にならず
派遣された隊員からは
なぜこんな案件なんですか?と
その後詰め寄られることもあった。
ちょっと苦い思い出。
こうやって案件は作られるんだって
勉強にもなった。

あれから留学もし
ある日本の高校と
インドネシアの高校とを
橋渡しをして15年の月日を費やした。
そのインドネシアの高校から
農業の研修生を受け入れて
関係を深め
相手の地域開発に深くかかわるようになるまでに
僕は10年を費やした。

今回のこれは
僕個人的にだが、
僕の10年だと思っている。
これに行く人間が誰かは
僕にはわからない。
そのことがちょっと複雑。
これに行く人は
それがわかっている人なのか
それがわかっていない人なのか
そのどちらかは僕にはまったくわからないが、
僕は言いたい。
これは僕のこれまでの10年の
涙と汗なんだって。

もう僕の手から離れていくかもしれない
これは、
僕の10年だったって
僕は言いたい。

その10年が
このページにアップされている。
その事実に今は
流れる涙はそのままにしよう。



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P9061092.jpg


妻が海外出張中は
娘とボードゲームやカードゲームを
新たに買い足して遊ぶのが
もう定番となった。

娘の要望と
妻が
「友達から仲間外れにされる」
という心配に負けて
ゲーム機が昨年から
娘の手元にやってきている。
だけど、やっぱりゲームは
盤ゲームやカードゲームが
一番だ。
どこかの誰かがプログラムして
その枠から出られない
決められたレール探し、か、
人間の反射だけを高めるだけの
ゲーム機なんてつまんない。
という僕も
大学から20代の前半までは
その決められたレール探しに
没頭した時期もあったのだが。

もともと
高校時代や大学入りたての頃は
カードゲームやテーブルトークRPGという
ゲームスタイルにずいぶんとのめりこんだ。
モノポリーやホテル王などの盤ゲームも
このころにさんざんやった。
夜な夜な4~5人の男子が集まって
一晩中ちょっと変わったゲームをする。
いわゆる「オタク」だった。

もちろんどのゲームもルールがあり
決められたレールのようなものがあるが
人が集まって
その場のやり取りで
ゲームの内容はいくらでも変わっていく。
そのライブ感と
ルールが進化していく様や
本筋が決まっているようで決まっていない
そのスタイルがたまらなく好きだった。
テーブルトークRPGなんて
ゲームマスターでも
最終のエンディングが
どうなるかなんてわからない。
その場にいるみんなで作っていく
物語を構築していくそのプロセスが
楽しかった。

だから
娘にも
そういうダイナミズムを味わってもらいたい。
単純なカードゲームだけど
勝負所を見抜き
相手の所作でカードを切る。
その場の会話も重要だ。
相手をじりじりと追い詰める
カードの出し方もある。

さぁ、今夜も
宿題をさっさと片付けて
カードゲームしようぜ!


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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