地域活動が忙しい。
毎週、何かある。
4月ごろから、予定が詰まりだし、
最近では、お盆までずーっと週末は
何か地域活動が入っている状況だ。
ここまで来ると異常としか思えない。
地域を盛り上げるってどういうことなんだ、いったい。
といった愚痴も
もう僕の口から出ることも珍しくない。

さて、
JA福井県中央会の理事を
青壮年部から出すときに
少しいざこざがあったが、
その議論の中で僕もとても腑に落ちる意見があった。
それは、僕ら農業者の本分とは何か?という話。
理事に出るのも良いが、
やはり僕ら40代の農業者は
農業産業の牽引役足らねばならない。
それぞれの経営がきちんと成り立つのが
その本分であり、そこに変革を生み出し
その産業を盛り上げることこそ
僕ら世代のできる一番の社会への貢献なんだと思う。
たしかに、そういう中堅どころが
社会のあらゆる場面で意見を言うのは大切だ。
その力を農業分野だけではなく
その関係のある産業や社会、組織に意見を反映してこそ
農業分野も農村も活性化される。
それは解る。
だから、それらをやらないとは言わないし、
うちの農園のスタッフにもそれはやるべしと
おしりをたたいてもいる。

だけどさ、
お盆まで休みなしの地域活動ってどう思う?
しかも平日は平日で会議・会議・会議の連続。
そんなんで消耗していると、それらの団体の変革にも
なんだか消極的になるし、
気が付くと周りもあんまりついてこなくなっていたり。
自分自身の経営にも
身が入らないというか
わくわくしなくなるというか。
ちょっと問題だな、と最近は思う。
若手や中堅どころの意見は大事だというのなら
年金暮らしのような人たちのライフサイクルではない
僕ら産業を支えている人間のスケジュールを優先するような
会議日程にしたり、
せっかくさ、こんだけ技術進歩したんだから
ネット会議とかして欲しいね。
ま、人と人とが顔を合わせて話をするのは
大事っても思うけど。

地域を元気にって言うけど
どういうことなんだろうね。
最近、良くわからない。
少なくともルーティンにイベントをこなすだけは
違うと思う。
それにしても毎週毎週、イベント多すぎ!
ま、1/3くらいは僕が自分で作ったのだから
シヨウガナイネ。。。



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研修卒業生のクスワントが
耕志の会にクレジットを申請したいと
申し入れがあった。
乾季でも水が使えるようにと
自分の農地に井戸を掘りたいらしい。

耕志の会は、
インドネシアの研修生と
農園のスタッフ有志とで
お金を出し合って運営している。
繰越金も増え、その分を
インドネシアに帰った卒業生を支援するお金として
マイクロファイナンスもしちゃおう、と
用意してきた。
だが、これまでは誰もそのお金を借りたいという
卒業生はいなかった。
というか、そこまでビジネスとして
卒業生が育っていなかった。
ここに来て
ようやくその成長の兆しが
見えてきたってわけ。

一応、マイクロファイナンスの
ルールらしきものは以前に考えたのだけど、
日本人側の基準で考えすぎていた部分もあったので
今回改めて作り直すことに。

まず今農園にいる研修生3名で
その素案を作ってもらった。
インドネシアでお金を借りる時の
彼らにとっての一般的なルールを反映させてもらう形で。
こちら側のルールだと
その内容を正確に想像できなくて
認識のずれが生まれてしまうので。

さて、彼らから出てきたルールは
返却のスピードと支払いの回数などに
少し違いはあったが、僕らの想像を超えるものはなかった。
これをたたき台に
皆で話し合いを開いた。
一番の議論は、
お金が返って来なかったらどうしようか?
ということだった。
ま、原資が減るから、
その心配はもっともだわな。
しかも貸し付ける相手は、遠く南の島の連中だものね。
まず、僕らがお金を回収することは不可能だろう。
幸か不幸か、
今年、インドネシア側にも卒業生の団体が立ち上がり
(Yayasan kuncup harapan tani:耕志の会のインドネシア版)
活動を少しずつだが始めている。
なので、資金回収はあちらの団体が行い
お金の管理はあちらの団体の口座で行えば良いだろうね。
で、会議での意見としては
返してもらえなかった時に担保を現金に換えて
損失に充てるってことだった。

でもさ、お金を貸す相手は、
ここで3年研修を受けた仲間たちなんだよ。
しかも耕志の会の余剰金は彼らの会費からも
出ているわけだしね。
あと、僕らはお金を運用したいわけじゃなくて
お金を貸して彼らの資金を活かしたいんだよね。
取り立てを厳しくすると
貧困に逆戻りになるんじゃないのかなぁ。
そりゃ、条件を厳しくしないと
お金をもらえるものだと勘違いされても困るんだけどね。
でも、もう、僕らはそんな関係じゃないと思う。
僕は、基本的にだけど人は皆、
良い人なんだと思っている。
つまりは性善説の立場。
それがどうしてもご縁で自分の不利益になるような
振る舞いになったりすることもあるのが
人との関係なんだろうってね。
お金を騙しとろうと思っているのだったら、
それを見抜けずに貸した側にも
問題があったんだと思う。
マイクロファイナンスの利用に
ビジネスプランを出してもらって
それを僕たちが精査して
これなら儲けられるでしょう、というものに
お金を貸すのだから、帰って来なかったら
そりゃ、貸した側の目が節穴だった、
ということなんだとも思う。

現地の卒業生たちにも審査に入ってもらって
最終的に日本ともSkypeでつないで話をして
そんで貸せば僕は良いと思う。
こんな笊みたいなお金の貸し方は、
笑われるかもしれないけど、
僕は制度じゃなくて関係性の中で
地域づくりをするというスタンスを
これからも貫きたい。



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月一回の楽しみ、
それは順化句会。
もうこれが最近の最大の
楽しみといっても過言じゃない。
句会が終わると
次の句会に向けて
毎日少しずつ俳句作りをしていて、
ひと月分の作句の中から
自選してこの句会に持っていく。
そして句会で
1人でも自分の句を取ってくれる方が居れば
ちょっとズレたイメージと
それぞれの勝手な想いの中で
つながるという面白い現象を体験できる。
異文化の中で
生活世界が全く違う人たちと
言葉もままならないのに
どこかでつながる瞬間がある。
そんなものが好きだった人には
句会は、絶対おすすめ。
それがその場にはふんだんにあるから。

さて長い前置きになったが
6月の句会について記録しようか。
前回の失敗から
今回の課題は選句をしっかりとしよう、だった。
100句近い俳句の中から自分の選で5句選び
1句を特選とするのだが、
この選び方をできるだけ
みんなが良い句だという句を
選び出したい。
もちろん、それぞれの感性や
それぞれの持つ詩想によって
選ばれる句に違いはあっても構わない。
でも、自分が取った句が
俳句としての表現がいまいちだったり
または素晴らしい句なのに
文語の言い回しや古語の単語、
漢字が理解できず選びきれなかったり、と
自分の実力不足からくる
その俳句を深くまで読み込めないことが多い。
知識と経験不足からくる問題なので
すぐに選句のレベルが上がるわけじゃないけど
そこを意識して句会に臨んだ。

さて今回も19人が5句ずつ投句したので
100句近く集まっての句会だった。
これを1時間程度で書き写せるだけ写して選ぶので
かなりハードな時間となる。
90代の方もこの作業をこなすのだから
大したもんだね。
俳句やっている人はボケないわけだ。

さて、今回僕の選は以下の通り。

直線に直線にはねあめんぼう
ジャム少し緩く仕上がる梅雨の月
鹿毛栗毛厩舎を抜くる青田風
山女釣岩から岩へ影消して
屑金魚隅に置けない面構へ 特選

「直線に直線に」と続くリフレインがきれい。
ジャムが少し緩く仕上がるのと梅雨のイメージが
良く合っていて美しい。
鹿毛栗毛と青の3色のコントラストが
風景を際立たせる。きれいだなぁ。
山女は人の影が見えると釣れないから
それを隠しながら移動していくさまが
躍動的で良いね~。
そして特選句。
屑だと振り分けられたとしても
その中にだって「おっ!」と思うやつもいる。
凡夫な自分もそうありたいと思っているので
この屑金魚にシンパシィを感じ、特選句に。

今回の選句は、先生の特選句や入選句と
すべて重なっていて、
自分としてはまずまずの成績だった。
ただそれでも読めない漢字や
意味の解らない単語がおおくて
深く理解できない句もたくさんあった。
何事も勉強だね。

さて投句ではどうだったか。
今回の投句は次の5句。

誘われる口実となれ夕立よ
鴉めに雛奪われて五月果つ
薄暑光絵馬の願いは淡くなり
星雲は地上に降りて花菖蒲
自転車に乗れた雄叫び青田風

鴉の句以外は、それぞれ皆さんに
そして先生に取っていただいた。
夕立の句はメンバーの方の特選に取っていただいたし、
花菖蒲はメンバーの入選に入り、
薄暑光は先生の入選、
そして自転車の句は先生の特選に輝いた!
これで先生特選は2回目で、
100句近くある中からのことなので
とても栄誉のあることだと思う。
ちなみに最初の原句は

自転車に乗れた雄叫び青田波

だったのだけど、これを句会に一緒に参加している
すーちゃんが
「青田風はどうでしょうか?」というので
それを当てはめてみると
まぁ、これがかなりしっくりくる句となり
手直しをして当日投句したというわけ。
自分の俳句を自分で直すのって
その時の情景や心情が強すぎて
なかなかさわれないのだけど
こうやって直されてみると
この方が良いよなって思うことも多々ある。
手直しがあったからこその特選だね。
先生も
「雄叫びという表現と青田風が活きているね」
という講評だったので
これはすーちゃんに感謝だな。

夕立の句は
メンバーの特選になったのだけど、
「これは俳句かどうかは解らないですけど」という
コメントをしつつの特選だったので
なんだかもろ手を揚げては喜べなかった。
俳句っていうカテゴリというか
その周りを固める壁が
僕はまだまだ良く見えない。
夕立の句だって俳句だと思うんだけどなぁ。

あとちょっと残念だったのは
星雲の句。
これはかなり自分ではいい出来だと思っていたのだけど
メンバーの一人の方の入選のみで
先生の講評にも引っかからない句だった。
大きいことを言いすぎたかな、とも思うけど
こういう風に美しく詠みたいという想いもあるので
これがどうダメなんだか、ちょっと解らなかった。

さて、一緒に参加したすーちゃんの句で
先生の入選をもらった句も
ここに記録しようか。

父の日や悩み悩みて大吟醸
水色のシャツ水玉に喜雨の中

父の日の句は、メンバーの方の特選にもなっていて
先生の入選も入っていて素晴らしい!
悩み悩みて、という表現を直せないか、と
先生から注文もあった。
喜雨の句は、水色と水玉が重なっているので
雫に直して、〇をもらっていた。
俳句がなかなか作れないと言っていたけど
出せば結構好評価されるので、
23歳にしては、これはとても素晴らしいと思う。

俳句の量も
議論の質も
どちらも十分に刺激的で
脳みその芯が熱くなる、そんな句会だった。
生活世界の微妙なズレを
俳句というインターフェイスを通じて
楽しむ文学。
視点が面白ければ
主題が美しければ
込めた感性が豊かであれば
その分だけその句に深度が生まれ、
味わいのその様が多様になる
それぞれの中でイメージと価値が再構築される過程が
俳句の最もの楽しみなんだと思う。
こんなゲーム性の高い
文学は、僕は他に知らない。
もっと俳句にどっぷりと浸かりたい。
そんな気持ちになった
6月の順化句会だった。



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ちょっと今、いろいろと取り組みを
水面下で行っている。
インドネシア農業研修事業が
このまま研修を永遠と続けるのが
僕の本意ではなく、
もちろんその先には、
もっと違った目的があり
その目的に向かっての行動になる。

とはいっても、
僕一人がそれを夢想していて
それをやりたいから
それをやるというものでもない。
ま、当然と言えば当然だけど
その目的を共有する仲間が居ての話だよね。
この目的を共有する仲間作りが
僕のインドネシア農業研修事業の
そもそもの目的だったともいえるかな。
ここにくるのに10年かかった。
ちょっと長かったなぁ。

今、ちょっとした事業を起こすにあたって
ある団体にあることをアプライしようと
みんなで画策していて
そのプロポーザルが
インドネシアの研修卒業生たちから送られてきた。
中身に対しては
僕は一切の指導は行っていない。
彼らには研修で指導した以外は
後は僕は彼らとは同志であり
指導する立場ではない。

さて本来ならその活動内容は
まだまだ中身を皆さんにお知らせするわけには
いかないのだが、
そのプロポーザルの序文が
僕の胸を強く打ち、
これまでの苦労とかもう全部飛んで行ってしまうような
そんな感動があったので、
序文だけでも日本語訳して
ここに記録しようと思う。
インドネシア語を直訳に近い形で訳してあるので
意味がおかしいところもあるが
それは僕の能力のなさなので
許してほしい。
ただ、インドネシアの農家が
こういう視点に立って
行動を起こそうというそういう姿勢が
僕を強く揺さぶる。
そういう意味を持つ文章。

以下、あるプロポーザルの序文

我々農園たやで研修をした卒業生にも言えることだが、インドネシアでは、農業は多くの民衆の生活の場である。そこには、神の恵みからいただいた豊かな自然が存在している。しかし、我々はその恵みを最適に扱うことがまだ出来ていない。そして同時に、先端技術の活用も出来ていない。それは、それを実践するために必要な知識やファシリティが足りないからでもある。

進んだ技術というのは、学校や講座で使われるのみで、実践レベルではまだ活用が進んでいない。それは農家に対してのインフォメーションや関心を引くような学習会が足りないということと、今の若い世代が農業でビジネスをしようという関心を持ち合わせていないことから生まれている。

今の農家は皆、高齢者である。本来であれば、グローバルな状況と近代的な農業への転換に向け、若返りは必至だ。我々は日本への研修という機会を得て、技術的に、農業インフラ的に、市場システム的に、自分たちの農業がどれほど取り残されてしまったものなのかを十分思い知らされた。だからこそ、農業の発展のために情熱を持った若い農家がこれから必要だということを知った。

民衆のライフスタイルはすでに向上し、求める野菜も多種類になり質的にも高い物を求めている。しかし、我々の農業の状況はいまだに世襲の惰性で行われており、こうした要求に応えられていない。それどころか、アセアンの域内自由貿易により地元の農家は他国から入ってくる農産物との競争にさらされていて、厳しい状況に置かれている。

ビジネスの決定的要因である市場は、長く伸びきったサプライチェーンによって農家の利益に味方していない。農家の販売価格と最終消費者の購入価格の価格差は広がる一方で、これは古典的な農業問題であるからなのか、農家もこの状況にすでに慣れてしまっている。このサプライチェーンをもしショートカットできれば、農家にとっても最終消費者にとっても大きな良いインパクトになるだろう。

サプライチェーン以外の問題としては、IZONシステムが挙げられる。これは、農家が栽培原資を持ち合わせていないことから、野菜の集荷商人からお金を借りて栽培し、その収穫物をその商人に売り渡す義務があるというシステムである。このシステムは農家にとってフェアではない。なぜなら買い取り価格はその商人が一方的に決めることができ、常に低価格だからである。交渉をするという選択肢が農家にはないのだ。

我々の願いは、こうした古典的な農業問題を解決する団体を組織することにある。我々の活動によって農家たちの精神と姿勢に変化を生み出し、グローバルな問題に対する認識を広め、新しい技術を学び取り、農業問題を一緒に解決するために行動し、そして持続可能な環境に適応した新しい農業を実現させたい。

我々の夢は、農業ビジネス支援事業である。正しい市場の情報を農家に伝え、新しい資材と農機具を提供し、農業の技術的訓練が出来る場所と機会を提供する。そして生産物のマーケティングも行う。そんな事業である。

この夢を実現させるために、我々農園たやで研修を受けた卒業生たちは、いくつかの活動(定例勉強会と先進地視察)を行っていきたい。定例勉強会は、公開で行い、農業の科学的知識を身につけていく。研修卒業生を中心に、農業高校や大学の学生、先生、また農家などが参加する予定でいる。

以上 序文終わり



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五月果つ。
ブログのエントリーが極端に減っているのは
いろいろと理由があるが
ちょっと書かなさすぎか。
本当は5月中に書こうと思っていたことが
いくつかあるので
その想いが薄ぼけてしまう前に
記録しようか。

5月中旬は東京にいた。
県青協の会長の任を終えてからは
東京に出ることは滅多にないと思っていたけど
どうもそうはならないようで
その任で取られていた時間を
やりたい方向に振り分けて
今は動き続けている。
2月に師匠と話をする機会を得て
もうその方向ではブレない。
といっても今回の上京は
ずいぶん迷ったけど。

さて、
上京した理由は
国際開発学会の農業と開発研究部会の
研究会に参加するためだった。
今年から新しく立ち上がった研究部会で
知り合いの先生からお誘いを受けて
僕も研究部会の発起人の1人として賛同していた。
その研究部会の第一回目の研究会を
東京で開かれると言うので
とりあえず参加しようと上京したわけ。
あっちなみに僕はこれでも
国際開発学会の会員なんです。はい。

さてさて
予想した通り
研究会での議論は、
土地にへばりついて
汗と泥まみれになっている農民が
ついていけるような議論じゃなかった。
まず一回目ということで
SDGsについてJICAの農村開発部の次長さんから
レクチャーを受けた。
SDGsって何?ってそこからもう躓いていたんだけど、
僕のざっくりした理解でいえば、
国連のミレニアム宣言でMDGsが採択され
この2015年まで貧困削減などのゴールに向かって
国際協力が行われてきたんだけど、
多分、このブログの多くの読者は
そんなことは興味の範疇外だと思う。というのも
僕もそんなこともあるな~という程度の理解と知識であって
それがどうなろうとも、自分の生活世界には
あまり関係が無かったもんで。
で、その2015年が来たからなのか
どうなのかはわからんけど、
2016年から2030年までに次の
持続可能な開発目標(SDGs)が国連で作られて
僕らのあまり知らないところで
(その業界では大きなニュースなんだろうけどね)
決まっていたというわけ。
開発や援助の次のメインストリームとなるわけなので
国際援助機関だけでなくコンサルやNGOも
これを勉強しないといけない。
で、このSDGsに持続可能な農業が盛り込まれていて
なので、この研究会で取り上げたってわけ。
農村開発部の次長さんの説明は、
SDGsそのものの中身の話というよりも
SDGsとJICAの農業開発の整合性につい手の話に終始しており
うーん、この業界から長く遠ざかっていた者には
ややとっつきにくい話だったかな。

結局、持続可能な農業ってなんだろうって
もやもやが残った。
ま、よくあるのが環境問題の視点だね。
あと人口問題か。
貧困問題としても捉えられるよね。
インフラ整備や高収量品種、有機農業、
なんてキーワードはすぐに出てくる。
でもさ、現場でやっている人間としては
それもインドネシアの農村の最前線とも係っている人間として
思うことはだけど、
「若者が農業に向かわない」
これが一番持続可能な農業をつぶしているように
みえるんだよね。
農業を取り巻く産業や仕事は、
開発が進めば進むほど栄えるんだよ。
行政や農協や資材屋や大学や試験場や
そんなお仕事は栄える。
でも、先日も地域の先輩とも話していたけど
ホウレンソウとかの菜っ葉の値段って
30年も前からずーっと100円前後から変わらんねって。
どんなに経済大国になろうとも
値段が一緒。
物価上昇率を30年前から考えれば
その分、野菜の値段も上がっているはずなんだろうけど
それが上がらない。
なのに農業を取り巻いている産業の人たちの
給料は確実に30年前より上がっているんだよね。
なんだろう、これって。
持続可能な農業って
農業を取り巻く産業も入れてって事なら
SDGsの議論は合っているね。
たしかに技術力が上がって
大量生産が可能になっているんだから
農業者がそんなにいなくても良いだろうって
言うのは議論に値するけど
だからといってポピュレーションのグラデーションが
おかしすぎないか?
インドネシアの農業高校だって
卒業生のほとんどは農業外の仕事に就いている現実の中、
農業の外側から農業を眺めているだけの人たちには
なにが持続可能に見えているのか。
僕にはそのギャップがあまりにもありすぎているのに
持続可能の議論としては
整然と進んでいくことに
恐怖を感じることもある。

いいよ。
だから僕はここに戻ってきたんだし、
IPBで学んだこと、悔しかったことを
証明したくて
10年もかけてインドネシアの農民子弟を受け入れてきたし、
JA青壮年部という
もうここが最後になって絶滅するんじゃないかって
思われる農業の担い手と地域と農村のつながりを
もう崩壊しているに等しいそれらの活動を
腰を壊しながらも続けている。
僕の思い違いで
僕の勘違いで
僕の妄想で
そうじゃない未来が待っているのなら
それなら僕も気が楽だけど
どうもそうじゃない。
この研究部会を通じて
ギャップをもう少し眺めてみようと思う。
僕の妄想が妄想で終わるといいな、と正直思う。



田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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です。
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