月に一回の順化句会。
5月はいよいよ夏の句。
先月までさんざん春の季語を勉強してきたけど
ここからは一転して夏の季語。
急な変化にやや戸惑いもあり、
また季語の勉強不足もあり、
さらには前回の俳句大会での良くないイメージもあって
今回はちょっと不安な気持ちで参加。
農園のメンバー、すーちゃんも今回は一緒に参加。

今回の句会は19名の出席で
1名が不在投句。
20名が5句ずつ出すので
選句は100句にのぼった。
時間は相変わらず限られており、
その中で次から次へと回ってくる俳句。
意味が良くわからない単語や古語、
さらに読めない漢字の応酬で、
相変わらず、選句で苦労した。
漢字力と単語力、
さらには文化や芸術、日々の暮らしの知恵と知識、
そんなものすべてが自分に足りないと知る。

僕が選句したものは次の5句

聖五月子犬塊となってくる
緑濃き路面電車の去りし後 田谷徹特選
能舞台次の手を待つ夏袴
夏めきて婦人画報のはやり色
日傘畳む日輪の息宥めつつ

特選は路面電車の句。
福井の路面電車はライトレールが導入されていて
眩いオレンジ色の車両も良く見かける。
そのオレンジ色と街路樹のコントラストが
とてもきれいだな~と思っていたら
この句が目に飛び込んできた。
僕は文句なしにこの句を特選とした。

しかし、路面電車の句は
霜子先生からは、
「去りし後という表現がイマイチ」
とのことだった。
この句はすーちゃんも特選にしていたが
僕ら素人二人が取ったのみで
あとは誰も取っていなかった・・・。
善し悪しが良くわからない。

婦人画報の句は、この句会に誘ってくれた木内さんの句。
とてもおしゃれな方で
今回もうすピンクのシャツに白の上着という出で立ち。
流行や美に鋭い感覚を持ったこの方らしい句で
僕はこの句がとても好きだ。
木内さんと知って、尚更良しだね。

選句は、100句の中から5句選ぶのだが
やはり漢字が読めて、
意味がすぐ分かるようなものを
選びがちである。
語彙力と知識が無ければ
名句の情景は僕らの頭には浮かばないってやつか。
それでも婦人画報の句と
日傘の句は、みんなも良い句だと言っていたので
とりあえず2句は、
自分のセンスが良かったと思おう。
初心者としてはまずまずと
自分に言い聞かせながらね。

さて、肝心の自分の投句。
前回の句会から立夏の間までは
ひたすら春の句を作り続けていたので
それらの句が今回投句できず
もう少し良い句もあったのだけど、
次の5句を投句した。
と、まずは言い訳も入れつつね。

畑人のテンガロン帽麦の秋
田を植える少年の眉泥白く
列をなしランドセルゆく植田かな
碧落のリレー競争麦の秋
幼苗も一息ついて植田村

今回は、誰の特選にも選ばれなかったが、
テンガロンの句が3人に選ばれ
少年の眉の句が2人に取ってもらった。

テンガロンの句は先生から〇をもらい、
テンガロン帽ではなく中8になっても
テンガロンハットにした方が良いと指導もいただいた。

「畑人のテンガロンハット麦の秋」

少年の眉の句は、
泥白くの辺りを先生はどうにか直せないかと
ひねっておられて(結局良い表現はなかったんだけど)、
もう少し深いところまで詠みこんでほしいと
注文をいただいた。

ランドセルの句は、先生からも〇をいただいた。
ただ「植田かな」ではなく
植田道と直された。
植田の中を歩くわけじゃないからね。

「列をなしランドセルゆく植田道」

後の2句は
誰も取ってもくれないし
先生の直しも講評もなし。

ちなみに一緒に参加した
すーちゃんの句も数名から取ってもらい
さらに先生からも〇をもらっていた。

いちまいのガラス戸惑ふ揚羽蝶 安寿香
手のひらにポンと乗せられ初茄子 安寿香

今回の句会では
電車がゆっくり進むのをカタコトと表現したものを
「幼稚」と言われていたが(「遅々として」と直されていた)
すーちゃんの「ポン」は、
これはこれで良いらしい。
初茄子がとても効いていて良い句だとのこと。
この2句はどちらも情景が浮かぶ
とても良い句だと思う。
特に初茄子は収穫の喜びや風景がポンとに良く出ているね。

さて、
気になる句が一つあった。

原爆者名簿清和の風通す

この句は先生は
清和と風通すで季語が二つになるからイマイチ、
と講評されていた。
なるほどと思ったのだけど
この句は僕は選句の中で
ちょっと気になる句としてしるしをつけてあった。
で、句会が終わってからこの句を眺めていると
もしかしてこれって
オバマ大統領の広島訪問のニュースが
清和の風となって
原爆の被害者に喜びというか心地よさというか
達成感のようなものがあったことを
詠みこんだものなんだろうか、
と思えて
だとしたらこの句は季重ねだろうが
僕は入選句にしたかった。
なんでそんなこともすぐにわからないんだろう。
わからない自分がもどかしい。

今回の句会で
主観と客観が少し先生からお話があった。
虚子の客観写生を秋桜子が文学なのだから
解釈としての主観を盛り込んだ
表現をするようになったという話だったが、
この主観と客観の議論は
僕が学んだ開発社会学でもよくある論点の一つで
すこしその辺りと合わせて
僕なりの表現がこの俳句の場でも
出来そうだということが分かったことは
大きな収穫だった。

さて
句会が終わって帰ろうとすると
句会のメンバーである瓜生さんから声かけられた。
「鯖江の俳句大会、田谷さんの句をとったのは私ですよ」
って。

地に眠るマグマ含みて赤躑躅

この句を取っていただいたとのことで、
「私も西山公園の赤つつじにマグマ見ました!マグマありましたよ!」
と言っていただいた。
誰にも通じなかったように思えた
鯖江の俳句大会は
ちゃんと僕の想いが届いた方が居たんだ。
それを教えてくれたその瓜生さんの優しさが
とても嬉しかった。

込めた想いが
誰かに届く
それはその方の解釈として。
意味のズレと浮遊もあるけど
それがまた面白い。
言い切らないこの表現法の宇宙に
僕はもう夢中である。




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強い農業ってどんな農業なのだろうか?
いろいろと読み散らしてみると
それはやはり経済的にという意味で
使われているが
本当にそれが強い農業ってやつなんだろうか?

僕らの生業として
農業を営んでいるので
経済的に潤うのはもちろん、
生活していく上で必要不可欠なことだ。
お金がなくちゃ、理想も何もあったもんじゃない。
清貧なんてナンチャッテ文化人の理想で、
やはり衣食足りて礼節を知る
ってもんだろうからね。

そしてもう一つ。
これがたぶん生活の意味では一番重要。
それは所属しているコミュニティの福祉力。
介護とか医療とかそういう意味じゃなくて、
相互扶助や協同性であって
自分たちで自分たちの問題を解決できる力のこと。
人口減少の少子高齢化の中で
ただでさえ高齢化を先進的に突き進む農業の
主戦場である農村は
今後行政サービスが辺境に届きにくくなる時代にあっては
とても重要な要素になってくる。

さて
これら強い農業とこのコミュニティの福祉力が
同一の方向性を向いているのであれば
僕は何も悩まず
ひたすら農業生産に励むんだろうけど
(いや、それでも励まないか、グータラなので)
ひたすらその地平を眺めても
それがとても同一のものとして
語られていないことが
僕にいろんなブレーキというか、
すっきりとした物言いにならないというか、
何かが違うって心の声が常にあった。

農業だって産業なので
他者との競争に勝ち残ることも
生業としての命題でもある。
ここをゆるく語り
如何にもコミュニティの優等生としての
振る舞いを押し付けられたかのような
言説はこれまでもいくらでも見せつけられてきた。
それが素晴らしいとも思った時期も長かったのも
事実だし
今も僕は時々それを夢想したりもする。
変な言い方かもしれないけど
そう農業を閉じ込めてしまう方が
楽だと思うこともある。
その一方で
自由と権利と国家と個人を考えれば
1人で大きな権力に立ち向かったり
個人の自由が自在に得ることの難しさも
それはそこに「社会」を作ってきたという
僕らの生活の特徴に見て取れる。
何かに帰属し
その帰属した組織や社会やネットワークの
安定が僕らの幸せにつながっていることが多い。
これらは相反するわけではない。
たぶん方向性の違いなんだろうけど
それを同時に内包しようとするから
いろいろと無理が出るんだろう。
一面だけを切り取って
その方向性だけを議論するのは楽だし
楽しいし、なんだか深く思考できたように思えるけど
結局現実は違うので
その狭間でがっかりしたり失望したり、
ま、絶望まではいかないのでお気楽だけど。

で、このエントリーで何が言いたいのか、というのは
農業の競争力を生産力のみで見てしまうのは
やはり僕としてはその未来は辛いな、ってこと。
つまらないって思えてしまうって事だな。
農産物を生産してこその農業なので
もちろん生産が命ではあるんだけどね。
その出口らしきものが実は6次化にあったようにも思えるけど
その議論は生産に付帯する交換価値を高める
加工やサービスに矮小化されてしまって
せっかく新しい言葉の持つ力をすでに失ってしまった。
本当はそういうことじゃないと僕は思っていたんだけど。
農業の価値をどうひろげていくか。
そういう議論の分枝の一つが6次化であり
そのまた分枝が加工やサービスだったように僕には思える。

農業を志向しその道を選んだときを
みんなは覚えているだろうか。
僕は一度目は仕方なく、
農家の長男という役割を演じようとした。
あれはあれで良かったんだけど、
結果的に続かなかった。
二度目は、
もしどこかで革命を経験したことがあるなら
きっとその前夜のこみあげてきて抑えきれない想いとは
こんなことなんだろうというほど
そういう期待と不安とが混ぜ合わさって
まさにこのブログを書き始めた頃はその頃なんだけど、
そういう想いで始めた。
それは農業という生業の中に
農業研修を組み込んで
インドネシアの農村とのかかわりを
僕が生業を続けられる限り
死ぬまでかかわってやろうという決意というか
楽天的な喜びに満ち溢れていた。
たぶん、それが
農業の魅力なんじゃないかって
僕は思う。
だから、そんなものを
僕の農業、いや今はこれに賛同する仲間が増えて
「僕ら」の農業には付帯させるべきだ。
だから、寝に帰るだけの土地が同一的であるというだけの
偽物のコミュニティじゃなく
僕らの営農の仲間というコミュニティのなかで
僕はその両方を目指せばいい。
最近は
そういう風に考え始めている。


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第75回鯖江市俳句大会に
参加した。
俳句大会は今回がデビュー戦になる。

僕が参加している順化句会と違って
俳句大会は会場で時間内に投句し
審査員の点数をもって賞を得るという
俳句の競技会のようなものである。

つつじまつり協賛ということだったので
俳句大会の当日は
やや早めに西山公園に行き
つつじや公園の雰囲気をメモ取って回った。
あとは辞書とメモと歳時記とを
にらめっこして
投句締め切り時間まで句を練りに練った、
のだが、
これが上手くいかない。
時間制限という緊張感と
ネットにつながらないことで
必要な情報が手に入らないこと、
それと会場の雰囲気かな、
そんなものに呑み込まれたまま
投句締め切り時間ぎりぎりに投句した。

参加者の選句もあり、
164句を40分ほどで自分の入選句を選び提出し
その披講もあって
それなりに緊張感があった。
なんとか自分の句は2点取れたが
やはりダメ句はダメで
審査員の先生からは
誰一人も取ってもらえず惨敗。
苦いデビュー戦となった。

それ以上に失望したのは
自分の選句のダメさ加減。
みんなが良いと思う句が
どうしても良いと思えない。
なんでその句がいいんだろう?
と考えれば考えるほど
自分のダメさ加減が強調されるようで
俳句大会は
ちょっと辛い場だった。

順化句会のメンバーの方は
兼題の部(事前投句)でも入賞し、
席題の部(当日投句)でも入賞し、
先生特選もいくつも取って
大暴れしていた。
ああなると俳句大会は楽しいだろうなぁ。

ま、本格的に始めてまだ4か月程度。
これからもっと精進して
1人でも多く共感を得られるような
イメージ豊かな写生句を詠んでいきたい。



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今さらなんだけど
こんな本を読んでいる。
それも結構深く。
倉沢愛子 著 『日本占領下のジャワ農村の変容』 
1992年の本で
僕がIPB留学中に取り寄せて
一度は読んだ本。
ちなみに
この本はインドネシア語になっていて
インドネシア社会学の社会変容論では
必読書でもある、というのは余談。

さてさてこの本だけど、
今、農園のスタッフ向け(ま、対象は1人だけど)に
読書会をしていて
この本を読んでいるところ。
その中で要約作りも一緒に指導していて
そのお手本として
自分も各章ごとに要約を作っている。
きっちりとした要約を書くのは
大学院以来の作業で
正直、ちょっと大変だったけど
やってみると結構面白く
それに頭の回転が良くなる感じ。
物事を掴み取る力が
最近衰えたかなぁ~と思うこともあったけど
この作業に取り組んでからは
結構、思考も明確な感じがする。
趣味として「専門書の要約書き」というのはありかもね。
というのもこのエントリーでは余談か。

憲法記念日で9条がクローズアップもされているので
この戦争下の社会変容の話は
ある意味僕にとってもホットトピックだった。
戦争の犠牲というかそのおかしいくらいの社会に対する圧力は
さまざまな変容を生み出す。
その一部を抜き出して、後世になって
だから意味があった
と声高に主張しても
全体のその暴力的な変容に
何一つ良い評価を付け加えることはない。
倉沢さんの本は
静かに、でも、
占領下でのインドネシア農村が
リアルにどんなふうに変容してきたかを
詳細に記述することで
その膨大な全体をもって
メッセージとして迫ってくる。

奇しくもそれは
西川先生がFBであげていた
1991年のサンダース氏の演説が
倉沢さんの本とシンクロして
僕の中に飛び込んできた。

http://www.dailymotion.com/video/x48atb6

駅前で
安全保障法案の正当性を叫ぶ
若者たちが居たが、
やはりロジックがおかしい。
海外の情勢にどういう態度が正当なのかなんて
そんな話は
この本の前には上滑りで耳に入ってこない。
想像力の欠如が
今、社会に蔓延しているのかもしれないね。
倉沢さんの本の要約も
ここでアップしようかと思ったのだけど
それを学生が引用するからやめてくれと
妻が言うので
ここではあげない。
なんとも窮屈な世の中だね。
そんなGW。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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