研修の卒業生たちの勉強会に
Skypeで参加。
今回は、Wifiのつながりが悪く
画面は緑で、途中から映像はなかった。

発表者は第3期生のタタン。
帰国後、果樹の苗販売をしながら
大学の森林科に通う彼。
発表は、森林保護と農業。
インドネシアのような
広大で多様な島嶼国を
そのテーマで話すのは不可能なので、
今回の発表はあくまでスメダン県の付近の話だと
思ってほしい。

バンドゥンに隣接するスメダン県の
開発は近年顕著である。
高速道路の建設が行われ
東南アジア最大のダム建設だったり
その隣の県も大きな国際空港が予定されていたり、
と何かとにぎやか。
高速道路と並行して
幹線道路の拡張工事も行われていて
もう建設業界はウハウハだ。
バンドゥンから近いこともあって
有名大学が集中するジャティナゴール付近は
もう渋滞やら家の建設ラッシュやら
大型モールの出店やらで
てんてこ舞いさ。
こんな勢いは、今の日本にはないね。
さて、そんな中、
いつもマージナルに置かれるのが農業ってわけ。
農地は宅地に。
余った農業労働人口は都市へ。
農業で食べていこうという人たちは
出来るだけ辺境に追いやられていく。
で、問題になっているのが
国定公園など環境が保護されるべき場所が
違法に耕作されていくという現実だ。
押し出された農民が
新天地を探しての結果なので
構造的には経済開発によるものなのだけど、
そこはあまり考慮されず
ここだけに焦点を当てて議論されることが多い問題でもあるね。
で、タタンのプレゼンは
PHBMという住民と一緒に森を耕作し守っていこうっていう
プログラムだった。
アグロフォレストリーの考えを使って
耕作を禁止するのではなくて
それを耕作しつつ森林を育もうってやつね。
ま、考えはいいよ。それで。

でもね。
僕は最近思うんだよ。
農業が環境保護するのは、
環境に手を加えながら
自分たちの都合の良い形に
自然を少し触るような業種だからけど、
決定的に破壊しない方法をとるのが
生存戦略的には正しいので
その場に地縁を持つ人間であれば
徹底した収奪はしないはず。
環境保護と農業の融合は
だから良いと思うんだけど、
良いと思うんだよ、
でもね、
どっか引っかかるんだよな。
経済成長によって押し出されて
森の際まで人口圧が迫っていって
そこで環境が破壊されているって
そこだけをフォーカスして見ることが。
農業は産業だ。
だからその業種で働いている人の
生活がそれなりにしっかりとしていないと
この産業は斜陽になる。
生きがいとかじゃ、ダメなんだよ。
それも良いけど、それが全体じゃダメだ。

斜面で農業をするって大変だ。
棚田にすれば面積はこなせない。
機械化も難しい。
農産物や資材の運搬も大変。
そんなのをすべて含んでいるのが
森林保護と農業ってことなんだよ。
森林保護は持続できても
それは農業っていう産業の持続じゃない。

経済の発展と人口増加の現状を
その逆の下り坂にしても
結局中山間地に農業の問題を置き去りにしている。
農業は常にマージナルに置かれるってわけだ。
こういう議論の構造自体を
僕は強く批判したい!

という勉強会でした。
ごめんね、みんな。
多分みんなが議論したかったこととは
ずれた意見を提供したかもね。




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デデの記念すべき第一回目の
月間レポートが提出され、
それについてディスカッションをした。
僕にとって10人目になる彼は
いろんな意味で特別だ。
だから、ちょっと気合も入る。

彼が帰国後に描いた夢は、
ありがちな夢だった。
お茶栽培をして、特産の伝統種のトウガラシを作って、
余裕があれば畜産もする。
そんな計画。
眠いね、それ。

彼は、レポートに課されている
僕への質問として、
日本の農業は若い世代や社会にとってどのように映っているのか?
という質問をしてきた。
なるほど。
その質問の意図と裏にある君の思考は
どんなんだろうね。
と問うと
「日本の農業は先進的なので社会的地位も高く、若い人も多いように思います。インドネシアもそんな風になったらいいと思っています。」
だってさ。
ははは、それはうちを見ているから
そう見えるんであって
農業界全体の話で行けば
インドネシアよりも沈没は進んでいるんだよね。

農業が農業生産だけに力を入れても
それが魅力的にはならない。
魅力のない産業は、やはり斜陽さ。
農業の魅力はどう醸成し、
それを社会にどうプレゼンしていくか、
は、それぞれ問題があるところでもあるけど
僕が思うに、
マニュアル化された生産だけを
がむしゃらにやっていても
多分、どんどん沈没が進むんだと思う。
今の若い人みんなが一定以上の稼ぎを求めているのであれば
たぶん給与をあげていけばいいのだけど
そっちの道だとしても
やはり低コスト化のぎりぎりを狙った生産体制を
創り上げても維持は難しいよね。
価値創出の一つに
僕はそのビジネスが社会問題の一つでも
解決するような提案のできるものであれば
そこに魅力が派生すると思っている。
そういう魅力を携えているから
若い世代の人がそこに夢を見ることができるってわけだ。
僕もずいぶん
そういう風に若いころは思ったもの。

だから、デデ。
君がどうにかしたいと思っている
社会問題としての農業のあり方は
間違いじゃないけど、
その解が君の農業ビジネスだとは
僕は思えないな。
大規模プランテーションの一部として
お茶を栽培して
空いた土地でトウガラシを栽培して、
畜産もする。
それって若い人が夢を見るような
ビジネスだと君は思うか?
僕に答えはないけど、
僕はそれがそう見えないとだけは解る。
ま、これが僕らのスタートラインってわけだ。

クスワント以来になるけど
社会的起業の要素を含んだ
農業のビジネスプランについて
一緒に頭を悩まそうじゃないか。
なぁ、デデよ。




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今月の句会は
娘のピアノの発表会と重なり参加できなかった。
が、投句だけはした。
句会でお世話になっている方が
とても親切で
翌日には句会の結果を届けてくださった。

今回の投句は4句

畑人を出迎えてをり黄水仙
更紗裂くように行く舟春の沖
花とってとってとのばす小さき手
花篝心の鬼を呼び起こし

今月は、インドネシア出張もあり
少しバタバタと過ごしていただけに
作句の数はいまいちで
さらに推敲も集中できなかった。
そんな中で
絞り出すように作ったのがこの4句。

畑人を出迎えてをり黄水仙

この句は二人の方にとっていただいたらしい。
堤外地の畑をと向かう昇降路の降りた場所に
ワイワイと咲いている黄水仙を詠んだもので、
温かくなり農作業でもするかという
畑人を出迎えるような
そのままの様子を詠んだ。
黄水仙はとても好きな花で
どうしてもこれを俳句にしたかったので
自分としてはとても満足。
ただ、この視点ってどこにでもあるよね。
平凡なのは良くわかっているさ。

更紗裂くように行く舟春の沖

これはインドネシアの出張から戻ってきたときの
関空に着陸する時に見た風景。
朝日でキラキラと輝く海面が
更紗のように綺麗で、
小さな波が幾何学模様を作っているようで、
そこを走り去る船が
その更紗を裂くように行く。
そんな風景。
二人にとっていただいた。
スピード感がある句なので
舟ではなく船が妥当と先生談。
うむ、まさにその通りです。
一字も気が抜けないね。

花とってとってとのばす小さき手

これは講評も選も何にもなし。
ま、だろうな。
今回はあまり作句出来ていなかったので
正直、これは数合わせで出した句。
やっぱりこういう手を抜いたような句は
誰も取らないね。
いいね、そういうの。

花篝心の鬼を呼び起こし

なんとこの句は先生の入選句に!
3回目にして霜子先生の入選句に選ばれるとは!
とにかくうれしい。
ただ先生の講評では
主観を詠んだ句でしかないとのことで、
俳句は多くの読者が共感し、感動を共有できなければいけない
とのことだった。
正岡子規の客観写生の文学論からは
外れているといったコメントをいただいた。
これは自分への叱咤激励だと思いたい。
先生の言う客観写生でも
心情に近いものを詠みこみたい。

ちなみに
この句にはいろんな意味を込めている。
桜と闇と鬼の取り合わせでもあり、
火によって浮かび上がる桜は
擬人化として捉えることのできるスペースを
意図的に残した。
情景の美しさに対する邪念という
対比も含んでみた。
17音しかない文芸だが
表現できるものは、本当に奥深い。
いろんな心情と情景と隠喩と対比といった
コントラストも入れることができる。
うん、やっぱり宇宙だね。
俳句は。



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これなら記録できるか。
先月末に、中二日でインドネシアに出張した。
ま、その目的は置いといて。
その時に
ついでなので2月に帰ったジャジャンの畑を
見学してきた。

話には聞いていたが、ジャジャンの村は、
街から近い割に山に分け入っていくところにあり
それより先に人の住む場所がないだけあって
急激に街から田舎へとグラデーションしていく、
そんな風景だった。

彼の畑は
まさに山の頂上にあった。
その場所に行くにしても
ちょっとした登山さながら。
随行したメンバーでも
タンジュンサリ農業高校の先生たちは
途中で脱落するほどである。
研修卒業生たちは
まったく苦にもしない感じだったので
僕も「農民」を冠にいただいている人間として
意地でついていった次第である。

さて、その畑。
トウガラシが2000本ほど植わっていた。
収穫はまだだが、順調な生育で
良く手が入っている畑だけあって
とてもきれいだった。
人の所作が素晴らしい風景を生む。
そんな代表的な畑だった。

そのトウガラシだが
車両で運び出せるわけではなく
僕らが登ってきた登山道を担いで降りるという
偉業ぶり。
もうそれだけで脱帽だし
僕は絶対インドネシアで農民としては
生きていけないな、なんて思ったりもした。

ジャジャンと言えば
過去のエントリーを見てもらえればわかると思うが
帰国後はソシンというアブラナ科の葉菜を
周年出荷することに情熱を燃やしていた。
だが帰ってみれば、
誰もが作るトウガラシ栽培をしていた。
これはジャジャンの父親の意向である。
ジャジャンの計画は
父親には「危うい」と見えているらしく
賛同が得られないとジャジャンは言う。
そこで相場が上下して
結局この栽培だけで頭を抜け出せない
農家ばかりの仲間入りをしているってわけだ。

ジャジャンの父はまだ若い。
だからまだやりたいこともあるのだろう。
あと自分の知らないことを判断する力も
それに任せてみる勇気もないのだろう。
と書くと、やや自分に投影しすぎて
感情移入が強すぎて判断が鈍っているかな。

まぁ、そんなこんなで
ジャジャンは自分の思い描いたようには
進めていない。
また周りの親戚の声も
ジャジャンに追い風でもない。
農業は日本でもインドネシアでも逆風だ。
「日本まで行って、出稼ぎで成功して、土地を買ったのに、なぜ農業をやるというのかわからない。」
とジャジャンの叔母や祖母から聞いた。
この言葉が横にいたジャジャンの顔を固くする。
ジャジャンは確認するように
僕を意識しながら叔母と祖母に
「僕らがやろうと話していた農業は今までのような農業じゃないんです」
と語っていた。
その言葉はたぶん彼女たちには届かないよ。

技術移転や経営手法
マーケティングなんて言葉がいくら飛び交っても
やはり社会認識だな、って僕は思うよ。
これを変えるのが
僕の次の10年だと思っている。
ジャジャンの悔しさは、僕らの推進力に。
そう思って、ここからスタートを切りたい。




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ブログ更新がままならない。
なぜか?
それは書けないことばかりだからである。
2月から今に至るまでに
かなりの変化があった。
そりゃもう、人生が変わってしまうくらいのいろんなことが。
天の声というのは、あるんだな、と
最近は、それらのことを眺めながら思うことが多い。

今はまだそのプロセスの中に在って
明記できることが何一つないので
こうして何も更新できない日々を過ごしている。
何かが成就して
何かが完成されるようであれば
それもここに記録しようと思うが
今は、その気分もなければ
それをすることも許されない。

ということで
そのプロセス以外のことを
書こうかとも思うだけど
そのプロセスがあまりにも僕にとっては
インパクトが大きすぎて
筆が進まないのが現状といったところだろうか。

ま、言えることは、
元気で生きています、ということであります。
ご心配いただいた方、ありがとうございます。

心配をかけない程度に
書こうかと思うので
これからもお付き合いください。



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春愁ってやつだろうか。
ここまで更新をさぼったのは
多分初めて。

いろいろありすぎて、
ほんと、いろいろありすぎて、
何から記録しようかと
思ううちに、時が過ぎる。

ま、まずは3/20の屈辱的な県庁訪問の後の
夜の勉強会を記録するか。

今回は僕の番。
月1回になってからは
一冊の本をプレゼンすることは辞めた。
年に1回くらいしか回ってこないから
どうせならテーマで発表すべきだと思う。
な、アンビシ勉強会のみんな、そう思うだろ?

今回のテーマは
「輸出について考えてみる」
にした。

参考文献:
古谷 千絵 著 『いちご、空を飛ぶ』:輸出でよみがえるニッポンの農.2009.ぎょうせい.
山下 一仁 著 『日本農業は世界に勝てる』.2015.日本経済新聞出版社.

ここで記録することは
レジュメと同じ内容なので
レジュメ持っている人は、
ま、このエントリーは読み飛ばしてもらって
構わない。

さて、内容に移ろうか。
TPPで見られるように
今後グローバリゼーションは加速していくだろう。
その中で、日本の農業の生き残り策のように
降って沸いてきたのが「輸出」。
はぁ?という感じで、
突然のメインストリーム化に違和を感じ、
農業構造の内外から「輸出」について考えてみようと思う。

これまで農業は弱者の立場に
政策の中でも産業構造の中でも置かれてきた。
これは選挙での票田と農地を商品化する形での
兼業維持の利点が合わさった結果でもあり、
それが農業の悲劇の始まりと言って良い。
(ここをこの日の昼に県庁で突っつかれたから、悔しさも100倍だった)

こうして農業は、協同組合の政治運動化に伴って
米価運動など、その価格維持と補助獲得に
主眼が置かれるようになる。
補助率がどうのこうのという他国とを比べているけど、
そういう問題じゃないんだよね。
しかもあげ足を取るように見えるかもしれないけど
なぜそれが世界中で比べないのだろうね。
比べる国は必ず欧米だしね。
貿易の不平等さが先進国とそうじゃない国との間に
どんな歴史を作って来たかも無視したアジェンダだね~。
というのは余談。
また今度、面倒じゃなければ、
ここで書こうかな。

その潮流の中で生産調整などの政策も受け入れられてきた。
しかし、この構造は農業を産業として
成長を止めることになり、
極度の高齢化を生み出した。
この状況に国民的コンセンサスを得られなくなったこと、
また金融投資先の行き詰まり感による
農業開発への圧力が強まったことなどから、
2015年の農業改革、TPP大筋合意、
2018年の生産調整廃止と構造的改革を断行中である。
輸出では、安倍政権は2020年までに
農産物輸出額を1兆円にするという目標を立ててきた。
2015年の輸出額は前年の21.8%増の7452億円となり
3年連続で増加。
TPPが批准されれば参加国で
今後関税が引き下げられるため、
予想よりも前倒しで目標実現となる見込みも出されている。
輸出は、古谷によれば国内需要の調整的役割が大きく、
価格安定を図る手段としている(p156)。
またTPPによる関税引き下げ以外の外部要因としては、
アジア経済の成長による富裕層の購買力向上と
インバウンド効果が挙げられる。
古谷の著書では、
安全性と高品質により日本産のインセンティブがあるとしている。
こうした取り組みが若者を惹きつけ、
農業の高齢化と耕作放棄地の解決になると古谷は論じている。
流通の中でのグローバルチェーンの面でも有利な点がある。
福岡のあまおうの事例では、
東京出荷よりも香港出荷の方が早いケースが報告されている。
知人の愛知の農家の事例でも
セントレア空港を利用した航空便では、
香港まで最短24時間ほどで消費者の口に入る例もあった。
古谷のあまおうの事例では、
内外の市場でパッケージを変えることはなく、
生産者段階でどちらに出荷するかはわからない。
これはあくまでも海外の市場を価格維持のための
緩衝市場と捉えていることによる。
高品質だったあまおうが
そのまま海外の市場に合致したケースと言えよう。
リンゴの輸出では、
生産体制の違いから青森産が輸出のほとんどであり、
長野県産の輸出は乏しい。
収穫期の一時期を高品質(蜜入り)で
販売して乗り切る長野の栽培法(袋なし)と
品質よりも通年を出荷する市場狙いの
栽培形態(袋がけ)であるがために、
長期保存に適したリンゴが
輸出による緩衝市場に安定供給できる能力を
備えることになり、それが有利に働いたケースと言えよう。
その中で今後重要視されるのが知的財産権で、
中国の「青森」や「コシヒカリ」の商標登録問題で
原産地の表示や地域ブランドによる
販売推進における問題が存在していることが説明されている。
ただ広域の貿易圏に参加する場合は、
こうした各国ごとに対応が異なることはなくなるため、
広域貿易圏のイニシアティブ争いが、
この問題では今後重要になると言えよう。

さて、
山下氏はその著書で、
減反を廃止して米価を下げ、
兼業農家の撤退を生み出し、
専業農家に農地を集中させることで
国際競争力が増すと述べている。
またJAは農業部門を切り離し、
地域協同組合として再出発し、
農業部門は子会社化すべきとしている。
さらにはドイツやフランスのようにゾーニング制度を確立し
農地法は廃止すべしとしている。
こうすることで面積的に不利な日本農業も
その肥沃度と技術力で乗り切ろうというのであろう
(オランダモデルに近い生産体制の採用)。

この場合、古谷の言う
国内市場のはけ口としての輸出ではない。
広域貿易圏の潮流や人口問題を鑑みるに、
古谷の論点よりも今後山下の方向で
農業再編が起こるように思われる。
さらには、全農や商社と国家が主導して
グローバルチェーンの輸送インフラの整備も
今後顕著に起こるであろう。
輸出は入口的には古谷の国内需要のだぶつきを海外へ、
というハードルを下げた形で、
高品質と安全性を謳いながら限定的な取引が続く。
事実、JA福井市も高食味値米を
数トンレベルで台湾へ輸出する実績を作りつつある。
国内空港から沖縄空港をハブとした
東南アジアへの空輸体制も徐々にだが整いつつある感がある。
セントレアの事例ではすでにそれが見られるが、
福井の県議員からの情報によれば、
小松からJALカーゴがその路線をつなぐという動きがみられる。
北陸のJAや大型の生産法人の今後の動き次第では、
それなりの流通になるであろう。
また全農がシンガポールを
輸出拠点として整備を始めている(日本農業新聞2016.3.3)。
ちなみに付属情報として
今回3月27日インドネシアの大規模農家を調査したのだが
日本への輸出を行っているケースがあり
シンガポールで荷を作り変えて原産地を変えて
輸出しているケースもあった。
シンガポールはいろんな意味でハブ化していて
結構面白そうだね~。っていうのは余談。

さて大型ロットを日本からシンガポールに運び、
そこを東南アジアの拠点とする計画だ。
加工や原材料の手配、また日本への逆輸入まで見通している。
こうした大型の輸出戦略は、
日本の工業がプラダ合意後に
国際競争力を維持するために海外に進出していった経緯と
良く似ている。
農業にテコ入れして貿易高を稼いでいくのであれば、
円安・低金利の資金で補強したグローバルチェーンの構築
ということになるであろう(実際に現在はその流れの中にある)。
高品質を謳ったあまおうなどは今後、
ブランドとして確立していければ、
安定して販路形成は可能だが、
すべてのイチゴがその恩恵にあずかれるわけではない。
ましてや米はやはり高品質米だとしても、
もはやその違いをアピールすることの難しさから、
今後は低コストの勝負に陥っていくであろう。
輸出を取り巻く情勢から見えてくるものは、
生産調整の廃止とセットに
TPPの中で農政の舵取りは180度転換される
様相になってきている。
個人農家や大型法人であっても、
商社や大規模合併したJAもしくは、
そこが出資して出来上がるであろう株式会社によって、
この分野は牛耳られていく。
また広域貿易圏というのもポイントになる。
第3国で日本の技術を集めた農場を形成し、
そこから成長する東・東南アジア等に輸出する計画がある。
すでに農水省などでは、
日本の商社・銀行・生産者をつれて
海外視察を繰り返していて、
かつての電機メーカーがこぞって海外に進出したような
形と同じように、海外にその生産拠点を移す計画もあるようだ。
その意味でも全農の株式会社化と
その流通網を利用できるという諸条件は、
このことを後押しする大きな力になるであろう。
農協改革(中央会の指導力低下&全農の株式会社化など)と
生産調整の廃止(2018年)、
そしてTPP、農地法の改正と農業委員制度にもメスを入れた。
「輸出は国内需要を助ける」
という古谷の牧歌的な旗振りの下、
その見た目とは別に、
これまで農業構造を作ってきた
諸条件の外堀は埋められつつある。
それはある意味僕ら専業で食っていくことを覚悟した者にとっては、
好条件と見えるか
それとも恐怖と見えるかは、
僕らの経営思想によって見方が分かれるところだろうね。

で、僕らはどうかというと、
ニッチで生きる農園たやは、
大手が大きく展開すればするほど、
その隙間を埋める作業になることは、
今後も変わりないね。
輸出自体に乗り出すことは、
可能性としては少ないが、
研修生を主体として、グローバルチェーンの逆側から、
その国でのニッチを奪うことに主力を注ぐ可能性はある。
生産拠点の移動はないが(たぶんね)、
小規模農園や個人農家の技能集団による、
もう一つのグローバルニッチで戦う可能性は、
これで広がったようにも思える。
とりあえずは、
海外ではタンジュンサリを拠点とした関係強化と
卒業生のビジネス支援、
国内ではそれを見越しての研修受け入れと
質の高い生産の実現だろう。
生産そのもので稼ぐよりも、
その周辺の活動を巻き込みながら、
その部分で特化できる農業を目指す。
誰もまねできないレベルでの思想を含んだ
農業へと昇華させたい。

これが今年の僕の発表でした。
じゃ、また来年。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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