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ハロウィンなんだって、今日は。
娘は友達と一緒に仮装して遊ぶんだとさ。
最近はハロウィンやるんだね~。
それをさ、宗教的にどうだとかいう人もいるけど、
イベントとして受け入れているのって
それでいいんじゃないのって思う。
だって、イスラム最大の国インドネシアでも
愛の聖なる日であるバレンタインディは
若者の間で贈り物をしたり
告白の日になっていたりと
盛り上がっているからね。

とやかく言わず
こういう現象とそれを喜ぶ人たちの
その現実を楽しもうと思う。
で、イベント好きの妻がいないので
ちょっと盛り上がりにかけるけど
これに合わせて、
農園のバターナッツかぼちゃのデザートでも作ろうか。
どうせならマルチカルチャー的に。
ということで、
バターナッツでKolakを作ってみた。
Kolakの作り方は、こちらのリンクをどうぞ
このかぼちゃは茹でたりしても
あんまり甘みが感じられず、なんだかウリみたいな味。
やっぱり、こういうのって
ホクホク系の栗味の南京の方がよく合うのかなぁ。
てんぷらやソテーならバターナッツかぼちゃが
結構うまいんだけどねぇ。
でも甘すぎるよりも
これくらいあっさりしていた方が
ま、僕らは好きだけどね。
と強がりも言いつつ、
今回のは
記憶とイメージとマルチカルチャーをイメージした
自分の感覚と、実際の味とで
新しい食べごととして経験に加わったのでした。


関連記事
ポリシーブックなるものを
県青協で作成をしている。
農業の現場で日々思うことを
自分たちの課題として整理することや
またJAや行政への要望として
まとめ上げたものを
ポリシーブックとして
毎年作成している。
今年は、その作業を
会長である僕が中心となってやることになっている。
ちょっと気が重い。

地面にへばりついて見えてくることは
ミクロなことが多く
マクロでどんなつながりや変化が起きていて
しかもそれに的確に「要望」しようというとなると
結構むずかしい作業になることは想定される。
だからそもそもその「要望」自体も
マクロばかりを見ている行政側からしてみれば
頓珍漢だったりもするのだろう。
この断絶自体が
まぁ、僕のテーマだったりもするのだけど、
それは僕個人の話であって
会長という役柄では、その断絶はない方が良い、
という思考は至極真っ当だ。
ただ、やっぱり頓珍漢に見えてしまうような
ミクロな意見は山盛りいっぱい汲み上げたい。
で、それを思いっきりマクロにぶつけてみたい。
これは性分だからしょうがない。
ということで、
僕の所属するJA福井市青壮年部の委員会の後、
有志で飲みながら話をした。

想定される答えとしては
米の買い取り価格が安い、とか、
野菜の値段が安定しない、とか、
JAで買う資材が高い、とかはよくあるが
ま、そういう単純な話は今回はなかった。
そういうのも大事かもしれないけど
問題ってそういうことじゃないんだよね。

まず出たのは
新規就農者に支払われる給付金。
ある一定の所得以下の場合、
最長で5年間150万が支給されるってやつ。
で、この辺でも居るんだけど、
生産を制限してその所得以下になるようにしている
新規就農者もいるって問題。
新規就農でいろいろと大変なんだから
ある一定の所得にこだわらず
給付するのなら給付するほうが
よほど健全だ。
あと儲かれば儲かるだけ得だと思えるような
仕組みを作らないとね。
たとえば5年間は
所得税や住民税や販売の消費税を還付するとかってどうだろう。
これだと販売したら販売しただけ得なので
がんばって作って売ろうってならないか?
だのに現行の制度だと
あまり売りすぎちゃうと給付金もらえないから
わざとコントロールする人も出てきていて
なんだかとても不健全。
競争主義をあちこちに盛り込んでいるんだから
もっと徹底したら?って僕が言うのも変だけどね。

あとこれは呑み会には来なかったけど
事前にもらっていた意見でこういうのもあった。
JAの共販で
野菜の秀品と優品という市場規格があるけど
それだけじゃなくて
もっと個人の頑張りが表に出るような
それがブランドになるような販売方法というか
規格わけがあってもいいんじゃないかって意見。
これは僕もそう思う。
秀品と優品での選別だと
みんな手を抜けるとこを抜いて
秀品の一番下を狙って栽培することになる。
秀品に入れば、一番いい秀品だろうが
一番下の秀品だろうが値段は一緒になるからね。
こういうのも不健全というか不毛だと思う。
そういうのって技術の使い方まちがっているよね。
ここでも健全な競争が生まれていないから
がんばった者が馬鹿を見ちゃうってことだね。

規格わけを細かくして
一番いい品質を高確率で出荷した人は
JAの総会とかで表彰すりゃ良いんだよ、賞金付きでさ。

ポストコシヒカリも良いけど、
食味値や整粒率や水分やたんぱく質含有量など
美味しさの基準も分かってきているんだから
それを行政とJAと農家が一体になって
各地区で実験的なモデルファームをやるっていうのも良いね。
この基準だったら高く買います、だけじゃ
何をどうしたらいいのか僕らは正直分からない。
傾向と対策とそして真っ当な競争。
これらが準備されてこそ
僕らの経営は、僕らの地区は、
そして僕らのJAは強くなる。
もうTPP始まっちゃうんだから
かつて
オレンジの自由化の中で美味しい蜜柑を追及したように
牛肉自由化で霜降りの和牛で対抗したように
その競争の中で
僕らの先輩たちは、
常に自分たちの消費者の味覚に寄り添って
よりよい物を提供してきたんだ。
だから今回も先輩たちのDNAを受け継いでいると
自負する僕らは、
きっと乗り越えられるはずだ。
それを思い起こさせるためにも
傾向と対策とまっとうな競争による
刺激が必要なんだ。
だからばらまき型の補助を
この際だから一切やめてしまえばいいとも思う。
すくなくとも面積に対して出すような
愚策はやめたほうがいい。
手厚くなればなるほど
イノベーションは起きないからね。

と言いたいことを言った後、
昨年の農水省の奥原さんとの勉強会を思い出した。
僕は、どうもそういう思考に
染まりつつある。
違和を覚えた物事にも
TPPの大筋合意からはスイッチが切り替わった。
なぜならのんびりはしてられないからさ。
ここで生き残るには、
いや生き残るだけじゃ物足りない。
僕らの地域がより発展的な存在になるには、
それがどんなルールだったとしても、
その中でもしたたかに、
いやそれ以上に強く突き進まないといけないんだから。
そしてやはりここは変わらないけど、
そういうマクロの変化を
僕らにどこまで都合の良いものに翻訳して
地元に埋め込めるか。
ここだろうね、やっぱり。

ということで、ミクロに頓珍漢を生きる僕らは、
これらを精一杯マクロにぶつける作業を
これからやっていこうと思う。

あっ、労働力について書くの忘れた。
ポリシーブックには絶対盛り込むけど、
エントリーとして記録するのは、
それはまた今度。




関連記事
なんだか最近は多産だね。
忙しくなればなるほど、
他にやらなきゃいけないことが
増えれば増えるほど
僕は書く。

ということで、
今回もインドネシアの研修エントリー。
月間レポートの発表はレンディの番だった。
ここで特別に記録したことは二つ。
一つ目は
ジャガイモの普及種イモを使った
優良品種の栽培について。
二つ目は
男女の格差について。

まずは一つ目についてだ。
レンディの地方はお茶栽培が有名だが
ジャガイモの産地でもある。
ただ病気の発生が多くて
それが頭を悩ましている。
レンディはその発生は品質の良い種イモが
手に入らないからだと考えていて、
それで原種農場等が生産している普及種子(ラベルあり)を
購入して、それを生産しようという計画だった。
で、種子も自分で生産して
品質が落ちるまでは普及種子の子や孫で
栽培をしたいというのがレンディさんの考え。

ふむ。
一見真っ当に見えるけど
これってやってみると結構大変だぜ。
17年前、南スラウェシ州バルー県で
僕が右顔面の神経が止まるくらい
苦労した経験から言えば、
その計画だけだと穴だらけだね。
まず、種子と青果物の生産は、
その方法やポストハーベストで違いが大きすぎる。
だから生産した青果物がそのまま
種子にはならない。
そしてそれがたとえ区別できたとしても
次に次作までの間の管理でも問題が発生する。
大抵は季節の巡りもあって
すぐに次作に移らない。
その間の保存がいい加減であれば種子は
その品質を低下させてしまう。
それ専用の施設が必要になる。
さらにこれが一番の問題だが、
普及種子で栽培された優良品種が
他のジャガイモと差別化されて
販売する市場があるのか?ということ。
大抵は、ジャガイモはジャガイモとしか
売買されない。
市場には専門業者だけでなく一般消費者も混在する。
専門的な評価をしてくれる業者も市場もそこにはいない。
これらすべて
17年前に僕が行った活動である
『平成10年度ラッカセイ優良品種普及事業』の
報告書の結論に書いてあることさ。
レンディのレポートは
机上の空論さ。
もう一回良く考えるんだね。
って、偉そうに言う僕も
その机上の空論を壮大なプロジェクトに落とし込み
実際に300人近い農家を巻き込んで動かしてみるまでは
ぜんぜん分からなかったけどね。
ということで、
この件は来月までの宿題になった。

さて、二つ目。
レンディにもイマンと同じように
人件費を計算するように宿題を出していた。
そして彼が計算したモノは
イマンと同じように全然
地域最低賃金に達していなかった。
批判はイマンと同じになるので
ここには記録しないが、
それよりもこの時に気になったのは
男女の格差だった。
日給が男だと25,000ルピア。
でも女だと20,000ルピア。
なんで男女差があるんだ???

この反応に向きになって反論したのは
イマンだった。
イマンは
「男と女とでは能力に差があるから給与に差があるのは当然。女は能力的に劣るから給与は安い」
とノタマフ。
まさか!性別で能力差があるなんてことはないだろう。
個人での差はあるかもしれないけど。
イマン、それ差別だぜ。
ジェンダー的差別だ!
法律的にそういう差を
つけていけないことも確認した後で
論理的にジェンダー的な差別は良くないと説明したが、
イマンもレンディも今一つ納得は
していなかった。
ただジャジャンだけは
僕の批判は真っ当だと理解を示してくれた。
農業も他産業と同じように
男女隔てなく雇用を考えていかないといけない。
日本の農業が衰退した原因の一つが
僕は家族農業のまま突き進んでしまったことだと思う。
その形態が悪いわけじゃないけど、
なあなあになりやすい関係性のままの業種体が
関係性を変容させていくようなイノベーションを
受け入れたり、自ら生み出すことはできないだろうね。
農場主のお父ちゃんが自分の妻や
長男の嫁にきちんとした給与を
払ってきたのか?と言えば、かなり怪しいね。
自分の家族という殻にこもって経営をするから
それが許されたけど
それを許してきたのが敗因ともいえるだろうね。
女性は力がない、そう言い張るイマンを見ていると
力がないのに農機乗るのはいつも男性という
訳のわからん構図もその後ろに浮かんでくるようだ。
僕の先輩で偉い人がいて
その人はそれがきちんとわかっているようで
「機械は妻がいつも乗るよ。俺はその補助で力仕事。それが一番合理的だから」
といつも言っている。
偉いよなぁ~。イマン、その先輩の言葉を
お前は理解できるか?
こうならないと君らの農業も
日本と同じように沈没するぜ。
で、レンディには宿題を出した。
作業内容に賃金格差はあっても良いけど、
性別による格差は無しにして、
しかも地域最低賃金を守って
それでも農業で儲かるようなビジネスプランを
立てること。
イマンと同じで
プランと実際は違うさ。
でもプランでも儲からないことは
実際では実現不可能だ。
意識の変化も必要だね。
彼ら技能実習生たちの
ジェンダーバイアスをまずは
取り除く作業にかかろうかと思う。
まだまだ道は遠いなぁ~。






関連記事
イマン君のその後。
結構将来の夢で悩んでいる。
それは月間レポートでの話。
タバコ生産を中心に
米と野菜の複合経営という
とりあえず無難な路線を維持しているが
それぞれそれをする理由が弱い。

前回の僕らの指摘を受けて
経営の計算もやり直してきた。
人件費もかなりねん出し
1人当たり1日の給与で
男性35,000ルピア
女性25,000ルピアで計算してきた。
だが、スメダンの最低賃金は
男女隔てなく1日48,000ルピア程度(月額を日割りて四捨五入した金額)。
全然足りないじゃないか。
君らというわけじゃないが、実習生の多くが
給与を低いことを問題視する。
それはそれでまっとうな権利だと思う。
だから毎年僕の農園では
実習生との賃金の交渉テーブルを用意し
ここ数年、毎年賃金の上昇を合意してきた。
たぶん来年もベアに合意することになるだろう。
だのに、君らが地元で搾取するような
労働構図を受け入れちゃいけないじゃないか!

イマンは
「その賃金だと、人件費が高すぎて儲からない」という。
そう、儲からないさ。
それはそのビジネスプランがダメだからだ。
プランと実際は違うという人も多いだろう。
僕もそう思う。
でもプランからして、儲からない計算では
到底実際で儲けることはできないし
そういう方向にも考えが向いていないことを証明している。
タバコと野菜とコメの複合栽培を観ていて思ったが、
一層、コメやめれば、と本気でアドバイスしたが、
彼らはそれが冗談のように聞こえたようで
笑って流された。

米食べなきゃ飯食った気がしない、
というインドネシア人は多い。
副食少しでご飯いっぱい。
だから何はともあれ、お米を作らないと
というのがインドネシア農民。
ま、日本の兼業の方々もそれに近い人もいるね。
でも計算すれば経費ばかり食って
ぜんぜん儲けが見えない米作。
これやめて、もっと儲かる品目で勝負して
しっかりと家族やスタッフに給与払う方が
よほどまっとうだと僕は最近強く思う。

来月までに
もう少し詳しいビジネスプランを作るのが
彼への宿題。
お父さんの土地じゃなくて
自分で購入するであろう土地で
どんな経営をするのかを計算してくるはずだ。
人件費の計算、搾取なしでお願いしますね、イマン君。


関連記事
東京出張のおかげで
2冊読了。
その中でも、これは記録しようと思う。

中野円佳 著 『「育休世代」のジレンマ』:女性活用はなぜ失敗するのか? 2014. 光文社.

本書の主題は、「高学歴でバリバリと仕事をしようと意欲的だった女性が、ずっと仕事をしていくつもりでやりがいを感じる仕事に就いたにも関わらず、結婚や出産を契機になぜ辞めていくのか」だ。題の育休世代とは、改正均等法の施行(1999年)や育児介護休業法の改正(2001年)を経て、女性の就労継続可能性が拡大してから入社した世代のことで、本書では1987年生まれ以降を指す。制度的にも女性の就労を支える仕組みが出来上がっていったにも関わらず、どうしてこの世代の女性は辞めていくのか、そこにもは育休世代への二つのプレッシャーがある。1つ目は、「男なみ」に仕事で自己実現をすることをたきつけられる「自己実現プレッシャー」2つ目は、できれば早めに母になり、母として役割を果たすことを求められる「生め働け育てろプレッシャー」である(p51)。教育制度の変化や法整備などによって、高校まで男女の性を意識もさせられることも少なく、男女へだたりなく自己実現することをたきつけられる。しかし、本書のインフォーマントの多くが、大学や就職をした後に(とくに会社で)、女性を強く意識させられるようになったという。性としての女性と性別的役割や分業意識に戸惑うシーンもつづられている。また、政府が少子化対策に躍起になる中で、子供を産みながら働き続けるだけでなく、様々な能力を家庭で育てるべきという「生め働け育てろ」プレッシャーが育休世代にはのしかかる(p59)。その社会的意識の狭間で、男性の育児や家事への参加意識は向上されず、女性の自己実現へのたきつけの梯子は外され、強い不平等を感じながら仕事を辞めていく。もしくは、マミートラックといった会社へのぶら下がりだと非難されるような仕事形態に好まざるとも甘んじていく。
本書のインフォーマントは、恣意的に選ばれた人たちだと見ていいだろう。でもまたそれが興味深い。社会の中に埋め込まれていて僕らが意識的ではない仕組みをより際立たせてくれるからだ。インフォーマントは皆、勉強もできて高学歴で一流企業の総合職に就職し、そして結婚もしたいわゆる「勝ち組」と呼ばれる人たちだ。だが、そういう彼女だからこその葛藤が社会的なプレッシャーから生じるジレンマの中にある。自己実現への意識の高さによって、「お手軽な」会社を選ばず、やりがい重視で男性と一緒に、いやそれ以上の仕事を担おうとした結果、それまで感じることが少なかった「女性」に阻まれる。それを突き抜けてしまった男なみに活躍する「名誉男性」として生きる女性が、女性活用の成功事例として語られることもあるが、果たしてそれは真っ当な評価なのだろうか。本書を読み進めていくうちに、実は男性社会の中で「名誉男性」として生きることを突き抜けていった女性だけが活躍できるような、社会に隠された仕組みになっているのではないかと、読者はだんだんと気が付いていく。男女の育休といった制度だけは整備されていても、子育ては育休期間で終了するわけではない。復帰後から襲い掛かる長時間労働の男なみの仕事か、それを過剰に配慮してもらうことで陥るマミートラック(子供を持つ女性が、仕事と子育ての両立を可能にしてくれるが、出世からは縁遠いキャリアコース)かに阻まれる。その狭間で徐々に冷却されていく就業意欲。それによって生まれる子供を長時間預けてまでする仕事かという仕事へのやりがいと育児との間でのジレンマ。育児や家事を手助けしてほしいのに期待できない夫の「おれの方が稼いでいる」という決めゼリフ。これらはすべて、男性中心主義的な就労システムにある。そしてそのシステムを含む社会での公的領域での形式的な平等が推し進められ、その一方で育児や家事を含むケアといった私的領域においては圧倒的に不平等のままの社会なのだ。その評価を真っ当にしたとしても、女性をその関係性の中で私的領域に固定化してしまう可能性もあると論じている。非公式なケアワークを支援することによる「ケア提供者対等モデル」もまた、男女の平等な収入には結びつかず、雇用においては女性を周辺化するという問題が残る(p290)、というくだりには強い共感を覚えた。職場の在り方がそういう意識ではなかった夫婦の関係性も作ってしまうのは、流動性に欠ける日本の労働市場も問題だろう。私的領域の調整のために公的領域を調整することは、今の日本の社会では想像しにくいからだ。そこで著者が示す展望は、企業や社会に対しては、男なみ以外のキャリア展望を描けるようにすること、育休復帰後の女性を正当に評価すること、そして働く仕組みを変えるもしくは整えることだとしている。女性に対しては、女性同士で対立せず、共有する問題と捉え、企業に対しても声を上げること、そして男性には、育休復帰後にケア責任を抱えながら働くことへの理解が大切だとしている。最後の展望はすこしトーンダウン気味だが、現実的にはそういうことから始めていくのが良いんだろう。こうした社会意識が、僕の周りにもいる女性たちのサブ的な仕事の仕方を志向してしまっているようにも見える。それは意識してか無意識かは量りかねるがだ。
農業という生業の中でも、僕らはついついこういう視点で労働を捉えていないだろうか。自分に説教されているようなそんな本だった。すべての男性がこれを読んで、本当に理解することを強く強く勧めたい。良書。




関連記事
海外技能実習生のレンディは
来年が最後の年。
ということで、農園たやの特別プログラムとして
この研修の卒業研究が待ち構えている。
いわば、大学の卒論みたいなものだ。

帰国後の夢が
ずいぶんと固まってきているこの時期から、
最後の年の卒業研究のプロポーザル作りが始まる。
昨日は、そのレンディの1回目のゼミだった。
彼の夢はシンプルだ。
広い農地と高地気候を武器に
鉄板価格のお茶を中心とした
高原野菜との複合経営だ。
もうこれだけで、
ほかに何の説明も要らない。
僕にも彼の成功は見えているくらいだ。
では、何を卒業研究にするのか?

彼は、彼の地域では手に入りにくいとしている
有機肥料について研究したいと発表した。
畜産が近隣にない地域であることと
彼の地域の農家は常に農地を広げている現状から
有機肥料の獲得は年々難しくなっているという。
また化学肥料も価格が上昇していて
経営を圧迫する場面もあるという。
そこで彼は、
どうしても栽培上で余ってしまう野菜や
その残渣を利用して有機肥料を作って
それで経費を浮かしたいと言い、
研究では自分で野菜残渣の肥料を作り
それを実際に使って野菜の比較栽培を行いたい
と発表してくれた。

なるほどね。
なんとなく、研究ぽくしてきたね。
レンディらしいと言えばレンディらしいかな。
では、ここから滅多切り開始だね。

まずは3年生のジャジャンがその批判の口火を切った。
「レンディが自分で肥料を作るっていうけど、そんな時間あるの?」
とジャジャン。
レンディは比較的規模の大きい経営を目指している。
そんな彼が肥料作りまでやっていられるのか?
というのがジャジャンの批判だ。
その批判にレンディは、
「労働者を雇うので大丈夫」との答え。
日雇いの労働者の賃金はずいぶんと安いらしい。
1年生のイマンは
まだまだ全体を見る力は出来ていないので、
彼のちょっと頓珍漢な質問を間に挟んだが、
僕も批判を緩めない。

ジャジャンと同じ方向で
やはり規模の大きい経営ですべてを有機肥料は無理だ。
あとその有機肥料にしたとしても
それを市場は評価してくれるのか?って辺りも疑問だ。
そもそも有機肥料をそんなに使っているの?
多くが化学肥料じゃないの?
で、化学肥料は高くなっているかもしれないけど
農産物の価格って昔のままか?
という前提から批判した。
レンディの答えでは、
農道がほとんど整備されていないので
鶏糞などの有機肥料では運ぶ量が多くなり
人力ではかなり無理があるという。
だから化学肥料の使用の方が多いらしい。

だとしたら、残渣を集めるのも難しいんじゃないの?
ってことも言えるね。
それに残渣は一定にならないので
肥料として必要量を確保しようと思ったら
そのために栽培しないといけなくなるよね。
そういう手もあるし
僕の農園ではある程度の堆肥を確保するために
そういう施設も仲間と一緒に持っているのは事実だ。
でもそこで作る有機肥料の資材は
畜産農家から買ったり
カントリーや米農家で出るもみ殻を買い取って
いわば自給というよりも資材を買って作っているのが現状だ。
自分で何から何まで準備することはない。
なんだかレンディのプランは
研究をするためのプランじゃないか?
それっぽく見せかけているだけで
現状を全く反映しない研究。
小手先だけの研究をする意味なんてないよな。
で、もう一つ注文を付けるなら
安い労働力って辺りも気になる。
規模を大きく経営するのなら
そこで働く人たちのことにも
もっともっと意識的になるべきだ。
高い賃金をしっかり払えるような経営のプランを
立ててこそ経営者なんだ。
辛い農作業を
安く請け負ってくれる人をこき使って、
その上に胡坐をかく。
そんなことをやっていちゃ
農業という産業が
インドネシアで他の産業から置いていかれちゃう。
家族の労働力を経営に反映させず、
満足に賃金も払ってこなかった日本のように。
もちろん僕も無批判ではいられない。
インドネシアの君らを受け入れている現状で
「安い海外の労働力を使っているじゃないか!」
という批判は甘んじて受けよう。
もっともっと賃金を払えるような
日本人のスタッフと同等くらいを払えるように
僕ももっともっと精進しないといけない。
そしてこの感覚が
僕の経営をここまで伸ばしてくれたのも事実だ。
売れないモノは売れる工夫をする。
でも売れなきゃやめる。
手を抜かず、でも質を落とさない方法も探す。
優秀なスタッフには全権委任する。
ま、自分の経営についてはまた今度書こうか。
閑話休題。

ということで、
レンディの1回目の発表は
サンドバッグのようになって潰れ去った。
研究をするようにみせるための研究なんて
時間の無駄をやっている暇はないのだ。
彼がどんな経営をやりたいのか、
その方向に寄り添っていく研究を
やるべきだ。
少し落ち込み気味だったが、
きっとこういう時間が
彼の意識を鍛えてくれると信じている。
次の発表が楽しみだね。
でも予告しておくけど、
次もきっとサンドバッグだよ、うん。
この作業は手を抜けないからね。
覚悟していてね。




関連記事
JA全国大会に出席する。
天気続きでサツマイモを掘らないといけないのだけど
県の青年組織協議会の会長なので、東京へ。

今回は農協改革法案が国会を通過し、
しかもTPPが大筋合意した後とあっただけに
通り一遍の大会ではなく、
それなりに面白いこともありそうだと
ちょっと期待しての参加。
そしてその期待通り、
いろんな勉強ができたので
僕としては満足している。

その中でも
安倍首相の話は良かった。
もちろん内容が、というわけではなく、
その姿勢が、だ。
これまで国家は
強い農業を実現すると言い、
農業者の所得倍増なんてことも言い放ったこともあった。
だが、今回のJA全国大会では、
安倍さんはただただ「守る」という単語を連発した。
地元の棚田の話を引き合いに
美しい農村を守るというのだ。
一体どうしたんだろう???

僕はこれまで安倍さんの論理を批判してきた。
個人的な好き嫌いもあるかもしれないが、
批判の対象はその徹底した経済に対する座視へだ。
農水官僚や林大臣の言葉にはその思想が
しっかりと浸透していて、
そしてその方向に力強く持っていく。
僕はその座視が
僕らの見ている未来と一致しない部分があることと
安保改正のように自分の思っていること以外を
認めようとしないその姿勢が嫌いだから
支持はしないが、
ある意味ブレない(ように見せているだけかもしれないが)
その論理は
それがあるがために高支持率になるんだろうと
理解もしていた。
だが、今回は一転、「守る」ときたもんだ。

TPPという自由経済圏を作り上げるのは、
それが総体的に経済の成長につながるからだ。
非効率な部分を貿易で補い合う。
自国の保護貿易が経済の成長を遮り、
2度の大戦を生んだことは誰もが知っている。
そのつながりが大きくなればなるほど
僕らは平和に発展を享受できる。
ただすべての部門が伸びるわけじゃない。
得手不得手があり、
その不得手が僕らの場合
不幸にも今の構造で成り立っている農業ということになる。
前回のエントリーでも書いたが
だからTPPが僕らの墓標となると
僕は思う。

自由貿易の論理で
不得手になってしまった分野は
その衝撃をできるだけ緩やかにして、
その分野から他の分野への移動も含めて
速やかに構造を変化しなければいけない。
うかうかしていれば
農業界は沈没する。
そこまでやったんだから
僕らの船の底をあなたは割ったんだから、
だったらはっきりと言えばいい。
守るんじゃなくて、
今からが攻めの農業だって。
今さら守るだなんて、ふざけるな!
守るんだったら、徹底して守れ!
そういう態度もやはり好きになれない。
もしかしたら、TPPも農協改革も
そこに攻めの農業なんてビジョンは
最初からなかったんじゃないの?
って思われてもしょうがない挨拶だった。

前日にも林前農水大臣が講演された。
彼ははっきりしていた。
その職から退いたからかもしれないが、
TPPの衝撃をどう緩めていけるかを
これから検討するのは当然とし、
輸入で苦しむばかりではなく
これからは輸出だという前も批判したが
その話を繰り返していた。
また担い手という言葉を使って
農地集積と大規模化によるコスト削減、
そしてエサ米へと続く補助による競争力強化の話だった。
もうその路線なんだろうなって思う。
だから安倍さん、
守るって言葉使わないでください。
守るって言葉を使うのなら、
聖域をしっかり守ってから言ってください。
守らなかったのには理由があるんでしょ。
しっかりと説明したらいいんだよ。
その座視を僕なりに展開すれば、
それは
不在地主と小規模兼業農家の速やかな退場と
農地集積によるコスト削減と
アメリカばりの補助政策による
競争力強化じゃないですか、あなた達の見ている世界は。
僕にもそれくらいは見えますよ。
でも、それだと僕らは困るんです。
それが僕らの幸せとは違っているんです。
でももう始まってしまうのだから
僕も競争に勝つために
事前から準備していたことを
始めないといけない。

JA全国大会では
TPPに対する特別決議を採択したが、
これらのセレモニーは
それが意図したこととは反対に
これから構造が変化することへの
狼煙となるだろう。
全部が残るわけじゃない。
僕らは探さないといけないんだ。
農協改革とTPPの中にある強い農業を。
首相は持っていないビジョンを。
だから首相の「守る」なんて言葉を鵜呑みにして
胡坐をかけば、地域ごと吹っ飛びかねない。
僕らはそういう競争に
好まざるとも飛び込んだのだから。




関連記事
TPPが大筋で合意した。
これからこれが本当に批准されれば、
その日が歴史の大きな転換点になるだろう。

そういうことがあって
ここ最近、ずいぶんと気力が薄れていた。
だからエントリーもかけなかった。
でもそれも国家の狙いだとすれば
僕は書き続けないといけない。
ということで、
分からないことだらけだけど
記録しよう。

さてTPPは
経済だけでなく
社会の仕組みやルールを国という枠組みを超えて
決められていく自由貿易圏。
交渉のプロセスを観ていると
ほぼ先進国の中でも力を持っている国が
そのルールを自分に有利に展開しているのが現状で
ここにおいても従属論的な世界システムが
再生産されているようにも見える。
それが希望なのか
茶番なのかは
僕には良く見えない。
ただ大戦後にWTOで議論されてきた自由貿易とは違って
この仕掛けは安保改正法案と一緒で
世界の平和に貢献はしないだろう
というのだけは確信している。

今回の大筋合意を受けて
日本農業新聞と福井新聞の取材を受けた。
僕自身は米農家でもなく、
TPPの直接的影響を受けにくい
中規模多品種栽培でほぼすべての農産物を
独自ルートで販売する独立系専業中農なので、
直接の影響を意見する立場ではないのかもしれない。
ただ今年は県青協の会長を務めているので
その立場で、
自分から見える福井の農業の変化
(特に稲作を兼業で行っている構造)
について意見をした。

聖域と言われたコメでも
今回は大きく譲歩したと報道されていた。
たしかに8万トンの米が
人口減少や高齢化や米食離れによって
余っている現在において、
7万トンをさらに輸入する枠を設けるという意味は
大きいだろう。
飼料米によって需要を他に分散させるような策を
当面とってはいるが
誰の目から見てもそれが永続的じゃないというのは
良くわかっている。
2500億の競技場で右往左往する社会なのだ。
毎年飼料米の助成金にいくら払われているかを
報道キャンペーンでも行われたら
とてもそんな方面に税金を投入することなんて
国民からコンセンサスを得られない。

生産調整の廃止も予定されている中、
今回のTPPでのコメの譲歩は
ある意味、国家からのあるメッセージだと
僕は捉えたい。
それは、国家の想像する『強い農業』に
乗っかれと言うメッセージだ。
では、その強い農業ってどんな農業なんだ?
今回のTPPでその答えはある程度指し示されている。
それはたとえばアメリカの農業だろう。
面積的にそれはないだろうと思うだろう。
それは表面的なことで
構造的に言えばそれが強い農業ってことになる。
ちょっと前に勉強会でこれについては
やっているので、
詳しい中身はそのエントリーを参照してもらいたい。
アメリカの農業を読むby田谷プレゼン

そして飼料米のスタート。
生産調整を無くしてTPPへの合意。
それらの指し示す未来は、
まさに自由のない大規模化とコスト削減の競争の農業だ。

小耳にはさんだ話だが
福井のJAのカントリーは昭和50年代くらいに建てられていて
その施設の老朽化は甚だしい。
今年となりのJAでは自分たちのカントリーが
上手く稼働せず、
こちらのJAのカントリーを借りに来るくらいだった。
当然建て替えないといけないが、
今あるのをそのまま建て替えはできないような雲域で、
ここらの地区だけでもいくつかに統合しないと
行政の援助を得られないような雰囲気だという。
そこに持ってきて農協改革だ。
農協が良くなるのならそれはそれでいいのだが、
さっそくJAで話されているのは『削減』話。
そう行政の指導する改革はいつも削減だ。
で効率を良くする話だ。
そして歩みを同じして
メガファームという言葉が踊りだしている。
小さい非効率の兼業農家には退場してもらおうって腹だ。
そこにある適応能力を持つ組織を
それを支えていた兼業農家と一緒に
減らしてしまおうっていう腹だ。
これらは偶然か?
そんなことはない。
これはそういう方向だ!と
少しずつ見えない大きな力で
農業の構造的な変化への圧力なんだ。

TPPで何かが守れたとか
この点は利点だとか
そんな議論じゃないんだ。
僕らの幸せはどんなことで、
そのことと今の流れが
どうリンクしているのかに
もっと意識して考えたらいい。
そうしたら飼料米と安保法案は
あながち関係ないとは言い切れない。

僕は自由な営農がしたい。
僕の住むここの地域で
自治力を高めて
自分たちである程度の問題を解決できるようにしたい。
いろんな人が入り込んできて、
にぎやかな農村であってほしい。
国家に適応できるだけの組織が
集落や地区や地域にあって、
個人が個人として国家と対抗する必要のない
社会であってほしい。
だが、TPPの大筋合意が
その夢を大きく打ち砕く。
その未来はどこなのかを
嫌というほど見せつけられる。
僕の力は小さい。
でも、それに屈してしまえば
僕らの幸せのカタチは大きく変容していってしまう。
ここが僕らの踏ん張りどころだ。
そう思ったTPP大筋合意だった。




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青年会議所が主催する秋の収穫祭に
JA福井市青壮年部で参加してみた。
今年から新しく参加を決めたイベントで、
何もかもが手探り状態だった。
大変だったのは事務局で、
JA福井市の指導販売部の職員さんには
本当に頭が下がる思いだ。

元をただせば、
僕が所属するJA福井市青壮年部の河合支部の
盟友の1人が今回の秋の収穫祭の
実行委員になっていたのがことの始まり。
「収穫祭」という名前があるにもかかわらず、
これまで農産物を販売する団体の参加はなく、
どちらかと言えば飲食ブースがメインのイベントだった。
で、お客さんからよく
「収穫祭という名前なのに野菜の販売はないの?」
と言われていたらしい。
そういうことならば
JA青壮年部の出番じゃないか!
というわけで、忙しい土日を全部つぶして
秋の収穫祭に参戦したというわけ。
盟友のお願いも断れないしね。
ただこれをやろうと思った理由の一つに
青壮年部として
新しく何か収入源を得たいという想いもあった。
中央会が一般社団法人化される話が
出回っていたころから
青壮年部への助成金が減らされるという話は聞いていた。
厳しい予算の中で切れるところを切るという
判断なのだろうと理解はしたが、
これまでそういう予算を当てにして
活動してきただけに
予算がなくなれば活動も幅がなくなり、
組織衰退にもつながりかねない。
福井市だけでも1000名ほどの盟友を誇る
青壮年部は、次世代の地域を支える
担い手の集団だ。
ここの風通しを良くしておくことと
協力体制を作り上げておくこと、
そして互いに研鑽をはかること、
それが次の福井市の農業を支える基盤だと
僕は思っている。
だから、予算がカットされたからと言って
このまま衰退をさせてしまってはいけないのさ。
という話をし出すと
3日分くらい書き続けてしまうので、
ここで話題を戻そう。

で、その収穫祭。
青壮年部の盟友の野菜の販売と
米の販売を中心に、
JA福井市の加工品も一部販売をした。
また体験として1時間おきに
餅つきの体験もして
白餅も販売をした。
なんともありきたりな感は否めない。
ただ、いくつか特筆しておきたいことがある。
まずコメ販売。
これは結果から言えば、失敗だった。
こういう食のイベントでは、
お客さんは外食しに来ているわけで、
何か美味しい物を買って帰ろうという
感じではなかったことと、
あとやはり田舎で米は売れないね。
2合ずつを小袋に入れて、
盟友の米とJAの米の5種類食べ比べセットを
販売していたのだが、
思っていた数の1/4も売れなかった。
重くならない程度で
食べ比べという遊びの要素も入れて
袋も可愛い彩の紙袋にしたのだが、
売れなかった。
PR不足というのもあったとは思うけど
お客の食いつきも悪かった。
と反省はこれくらいにして
これのどこが特筆なのかといえば、
JAなのにそれぞれの農家の保有米を
一緒に販売したことかな。
この提案を指導販売部にした時に
もっと抵抗感があるかと思っていたが
そこはすんなりと話が付いたのが意外だった。
これがいけるのなら、
次のステップに進めるな、と
ある程度の感触を手に入れたのが
僕にとっては収穫だった。

もう一つは嬉しい誤算。
それは餅つき。
「何か体験できるようなことをお願いします」と
青年会議所の方から言われていたので、
僕らで出来ると言えば
ありきたりかもしれないが餅つきだろう。
杵と臼でつく餅は
さんざんこれまでJAのイベントでも見てきた。
だから僕らにとってはちょっと古臭い体験で
こんなことはお客に受けないんじゃないか、
という意見もあった。
が、そんなことは杞憂というか
こちらの認識違いだった。
餅つき体験が始まると毎回、
人だかりになり、
40食分の餅も販売だったのだが
一瞬で完売してしまい、
並んだお客さんで買えない方もいるくらいだった。

全体的には大きな赤字になったが、
JAの青壮年部の存在感だけは
示せたかなと思う。
そしてこうした活動の場が
僕らの組織の活性には
絶対的に必要なのだ。
特にTPPが大筋合意して
これから地域を支えてきた兼業農家が
どんどん離農していくことを考えると
農業という枠組みで
地域を支えてきた場所は
これから大変なことが起き始める。
自治力を高めていく
その受け皿の一つとして
こうした農協を中心とした
青年組織の活動も
今以上にその真価を問われてくるはずだ。
ということを本気で書き始めると
3日間ほど連続で書くことになるので
今回はこれでエントリーを終えようか。

みんなと参加した収穫祭、楽しかったなぁ。





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久しぶりに更新するか。
ここのところ忙しすぎて、
少しエネルギーを他に取られてしまっていて
ブログを更新する気が起きなかった。
こういうのも珍しいね。

シルバーウィークは
農園を二日間休園日にして
それぞれ骨休めにした。
秋の豪雨で、とにかく野菜が高騰し、
農園は大忙しだった。
普段なら高値安定で販売している農園の野菜は
そんなに売れないのだが、
相対的に安くなったせいで
ずいぶんと出荷量が増えた。
納品へのプレッシャーも大きく
スタッフも含めてずいぶんと消耗した
9月だったように思う。

で、その中休みとして
二日間の骨休み。
さてどこへいこうか。

今回は、愛知方面に遊びに行った。
それに合わせて知り合いや
これから先の活動を考えていく上で
会っておきたい人もいたので
この方向はすぐに決まった。
そしてお気に入りのリトルワールドへも
行くことにした。
今年3回目だね~♪

前回はヨーロッパと南米エリアに心残りがあったので
今回はそこを重点的に攻めよう!と決めていた。
ただバスで向かったのだが、
まさかの高速が渋滞で
到着時間が1時間以上遅れてしまった。
帰りは電車を予定していたため
遊ぶ時間がそのまま1時間以上減ってしまったことで
入園時の機嫌は最悪だった。
嫌なムードでのスタートだったが
それはすぐに上機嫌へと変わった。
青い空と異国のムード、そして食と酒。
これが揃っているここは、
世界最強のテーマパーク「リトルワールド」なのだから。

まずはペルーの大農場主の家へ。
ここでは前回飲めなかったペルーのビールと
メキシコのビールをまずは軽く飲み干した。
もうこの2本で渋滞での期限の悪さはどこかへ
飛んで行ってしまい、
テンションも一気にマックスへ。
入園が1時間遅れたので
ここでゆっくりしていられない。
そのままインドネシア館を飛ばし、
一気にドイツ・フランス・イタリアの
ヨーロッパエリアへ。
ここは、やはりメジャーなためか
とても人も多くて人気のスポットだった。

ここでは、あのビール大国ベルギーの
ビールフェアを開催していたのだった!
7種類の生ビールのサーバーが並び、
それぞれ個性豊かな味わいを楽しめるようになっている。
あああ、なんて素晴らしい企画。
愛知の知り合いにリトルワールドの話をすると、
「小学校の遠足で行ったよ。子供のテーマパークだね」
なんて反応が返ってくることがあるけど、
まさか!これは大人の遊び場だよ!
世界屋台村じゃないか!
しかも今回は世界各国のBBQが楽しめるとあって
各国ブースではそれぞれの串焼きが楽しめるのだ。
世界中のビールに世界中の串焼き!
これのどこが子供のテーマパークなんだ???
さて僕は、
チリで買った串焼きを肴に
さっそくベルギー制覇に乗り出した。

7種類全部飲むのは可能かもしれないが
それだと帰りの電車でホームから
転落してしまうのは確実になるので、
ここは厳選して3種類に決めた。

その中でも抜群にうまかったのが
グーテン・カロルス・クラシカル。
神聖ローマ帝国のカール5世が愛した
伝説のビールで、
その名前に負けない
いやその名の通りの味で
僕は一気に中世ヨーロッパへと連れて行かれた。
甘味のある黒ビールだが
コクと香りがハンパない。
あああ、こんなビールに出会えるなんて。
まだまだ知らないことばかりだ。

あまりのベルギービールの美味しさに
今回もドイツビールを飲み忘れて、
それに気が付いたのは
帰りの電車の中だったことは余談。

ほろ酔い気分でベルギーを離れ、
やってきたのはアルザス。
アルザスの7種類のブドウが揃うのは
かなり珍しい。
ここのワインは、アルザスに限って言えば
日本でも珍しいのではないだろうか。
今回は、リトルワールド限定のワインがあったので
それを試飲する。
すっきりとした白で
アルザスらしいドイツの雰囲気を持つ
フランスワインだった。
その白ののど越しに、
青く抜けそうな空に吸い込まれるような
そんなワイン。
きっとアルザスの空も高く青いに違いない。

気が付けば、
アルベロベッロの佇まいがあるイタリアエリア。
ここではスパークリングワインと
イタリアのビールを飲んだのだが
もはやどんな味だったか覚えていない。
とにかく飲んだ。
それだけだ。
で、ここでタイムアップ。
急いで出口に向かい、
タクシーで犬山駅へ。
タクシーの運転手が
昔一緒に仕事をしたことのある方の元同僚で
福井にも長くいた方だった。
前回も運転手の息子さんが福井の大学に入ったという
ご縁もあったので、
どうも犬山付近の運転手さんとはご縁があるようだ。

帰りの電車の中で
〆の名古屋地ビールを飲む。
赤みそはビールに合わないね。
今まで飲んだビールの味をすべて消し去るような
破壊力だけは認めるけど、
これを〆には選んではいけないな。

こうして楽しい大人のテーマパーク
リトルワールドの旅は終わった。
半年に3回も行くことになるのなら
年パス買えばよかったなぁ・・・。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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