研修生のイマンについて記録しようか。
今月の月間レポートでは、
彼の帰国後のビジネスを中心に議論した。
来日して約半年。
彼のビジネスプランはこれまでほとんど
議論してこなかったが、
前期の授業(農業構造論・地域開発論)を
終了した今、
その視点を活かして彼自身のビジネスプランを
みんなで考えてみることにした。

彼のプランは
帰国前に出してもらっていたプロポーサルトは
全く違うモノになっていた。
来日前は
淡水魚の養殖用エサの栽培といった
事業を目指していた彼だったが、
それはどこかへ消え失せていた。
彼の持っている土地は3か所に集約されている。
水が良く入る土地では
水田での水稲とタバコの二毛作をめざし、
川沿いの2つの畑では
空心菜とソシン(しろ菜みたいな野菜)の
輪作を考えている。

なぜこうなったのか。
まず農業構造論で農業が存在しえる構造を
彼の社会の文脈で考えた時に
彼がポテンシャルとして挙げたのは
野菜栽培だった。
彼の住む場所は
それなりに人口がいる地域であるが
大きな市場に囲まれたいわゆる空白地で
どこの市場にもアクセスが若干悪い。
以前はそれを逆手にとって
市場で買ってきた野菜を近隣の村々で移動販売する
といったビジネスも考えていたようだが
多分その視点はそのままで
自分で栽培した野菜を
近隣の村々で直接販売しようというのが
このアイディアの骨子なんだろう。
村で野菜が売れるのか?
という素朴な疑問が無いわけでもないが
彼の地区は稲作が盛んで、野菜がほとんどない。
換金作物はタバコで、
毎日食べるような野菜は
ちょっと離れた市場で購入するか、
村までやってくる野菜売りから買うのが通常らしい。
なので、野菜を栽培して
それを村で売ることは可能だと彼はいう。

ただ市場規模については疑問も残る。
彼の計画だと合計70aの畑で野菜栽培とあったが、
それだけ空心菜とソシンを栽培すると
たとえ一気に栽培しないとしても
時期をずらして栽培したとしても
とんでもない量の野菜が出来上がるぞ。
いくら村で食べる口があったとしても
それを個別に販売することはかなりの手間だし
現実的じゃない。
やはり市場に運ぶ必要は出てくるね。
で、そうなるとどうやって運送するか。
そしてこれがインドネシアで
結構問題になるのだけど、
どうやって畑から車両が通れるくらいの大きい道まで
運び出すか?が問題だ。
農地に農道が通っている日本では
何のこと?と思うことも多いだろうけど、
インドネシアでは、畑や田んぼに車両が入れる道が
皆無なのさ。
だから農作物を運び出す作業が
いつもボトルネックになったりする。
イマンは
「村の中に土地なし農民がたくさんいるので、その人たちに頼みます」
とその解決策を話してくれた。
土地なし農民。
そう、田んぼを遺産で平等に分け与えてしまう
ジャワのスンダ民族には
代を隔てるごとに
生計に十分な田んぼの面積がなくなっていくという
ジレンマがある。
そういう人たちは、Gadaikanといった質などを
利用して農地の担保に借金をしたりして
最終的には土地なしになってしまうことも多い。
ちなみにスラウェシの僕が協力隊でいた村は
Gadaikanは村人同士で行われるため、
金額によって数年から十数年ほど
自分の土地で耕作しながら、農業労働者扱いとして
借金をした相手の経営の中で働くシステムで
土地なしに陥ることはない。
ま、かなり生活は苦しくなるけどね。

で、彼の話だと
その土地なし農民の労働力は
非正規雇用で、つまりは短期アルバイト。
あるミッションのために集められ、
それが終われば雇用は打ち切られる。
たとえば田んぼから収穫したコメを出すためだと
道まで運ぶのに1袋50キロの米袋を1回運べば
5000ルピア(日本円で50円)ほどだという。
道までの距離にもよるが、
道らしい道のない通路を
50キロの米俵を持って
1日に10回も往復すると
体力的にはかなりきついね。
そういうある意味雇用主にとっては
都合のいい労働者が結構農村には
居たりもする。

協力隊の時から僕は
ここをどうにかしたいと思っていた。
農村の中の格差を。
雇用に対する意識を。
べらぼうに高い小作料や
非人道的なローカルな質システムや
簡単に打ち切られる雇用の在り方や
あこぎな高利貸しや
貧困の環から抜け出せないシステムと
それを補完し合う村の中の習慣。
村の中にあるそんなもろもろの
手を出すと一発で火傷するような
システムと習慣の改善を
どうにかしたいと思ってきた。
僕が声を上げてどうにかなるものでもない。
そうあきらめもあったが、
村のリーダーになる連中が
ここにやってきてからは
こういう話も徐々にだがしている。
そして家族経営から組織としての経営に
(完全に移行できてはいないけど)
変化してから僕自身も8年が過ぎ、
インドネシアの研修生も8期生が来た今、
もう少し踏み込んで議論しようかと思っている。
もちろんジェンダーも含めて。

だからイマンには
正規雇用のスタッフを
君の農場に雇い入れることを前提に
君の農業ビジネスを描いてほしいと
僕から宿題を出した。
すぐに答えは出ないかもしれない。
それに
スタッフはただの小間使いじゃないという意識も
経営者として必要な意識も
シミュレーションで生まれるわけではないからね。

少しずつ。
一歩ずつ。
焦らないでいこう。




関連記事
あまり政治的なことは
書きたくない。
でもこれは記録しよう。
平和国家日本の大きな転換となった日を。

この日、安保法案の強行採決がされた。
僕は「国家」は嫌いだ。
僕らの生活とは全く違った論理をかざすし、
国家と民衆と価値の断絶があるのに、
「日本」という言葉の下、
いつも一緒くたにされる。
今の憲法も押し付けられた憲法だという人がいる。
それは国家としてであって、
あの時の国家、つまり既得権益者(権力を握るもの)を守る国家が
別の憲法草案を作ってGHQの草案と
民衆に選択の余地があれば、
どちらを選んだだろうか。
民衆の自由を謳う憲法か
戦前の既得権益を守る憲法か。
ちなみに農地解放のプロセスは
まさにGHQの外圧があって
ソ連のよりリベラルな案を回避するために
当時の日本政府が妥協点を探って
農地解放したという経緯は
それぞれが学ぶべきだろう。

そういう経緯や経験から言えるのは
民衆と国家とは価値観が違うということ。
それは守っている物が、
そして感じる価値観が違うからだ。
僕らは愛する人・家族・友人、そして愛着のあるモノや場所、
それを守りきるだけの財と環境と関係性を
大切にしている。
でも国家は間接的にそれを守ることもあるが
優先順位が違う。
そこに断絶があり、
その断絶が価値観の違いを生み出す。

日本人がアメリカの軍艦に救出されても
それを援護できない、と安保法案を提出した。
ホルムズ海峡が閉鎖されたらどうするのか!と
安保法案が提出された。
でも国会の審議が進む中で
そのどちらも「ありえない」と分かった。
だのに、安保法案は成立した。
前提が覆ったのに、成立した。
つまりは別の隠された
何かとても明かせないような
理由がそこにあるってことだ。
国家は何かに怯えている。
僕らと違う価値観の中で。
可愛そうな国家。
でもその可愛そうな国家の決まりに
縛られる僕らはもっと悲劇だ。
いや喜劇か?
マルクスの言葉が蘇る。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。」

今年青年海外協力隊は50周年を迎えた。
僕は小学校の卒業文集で
将来の夢に
青年海外協力隊と書いた。
そんな空気があの時は世の中を包んでいた。
人道支援、環境保護、農村開発etc.
軍事なんて古くてダサい、
そんな軽いポップかつロックな青春の空気だった。
だからかはわからないけど
これまで4万人もの人が
協力隊として海外で活動した。
他の団体を入れると、もっともっと数は多い。
交流と友好が僕らの世界を良くする。
それは今も思っている。
これが僕らの価値観だが、
可愛そうな国家はそれが見えない。
そして安保法案を無理やり通してしまった。
論理展開も前提が崩壊するという滅茶苦茶のままに。

だから
僕はこの日を忘れない。
そしてこの日、僕ら民衆から離れ、
国家側についた人たちも忘れない。
僕らと国家はつねに断絶しているが、
選挙という方法で国家をいつかは
僕ら側に引き寄せてやる。
そう誓ったこの日を僕は忘れない。



関連記事
さ、今回もやるよ。
今年新人で入ったすーちゃん。
青年海外協力隊でインドネシアへの派遣を目指して
これからいよいよ僕も彼女のために
研修を作っていこうと思う。
今日そんな話し合いをした。
ま、気が変わらない限りのことだけどね。

彼女は
正社員で採用したのだけど、
それとは違う方向になっていく。
とは言いながらも、
採用の段階で、ここまでは僕も想定内。
というか、まだ明かせないけど
僕はもう少し先も見据えているけどね。

さて
ここ半年で彼女からも
いろいろと話を聞いて、
その後どうしたいかも考えて、
彼女が嫌でなければ、
そして彼女にその能力があれば、
協力隊の隊員として
そしてここがちょっと難しいのだけど、
任国インドネシアを狙ってみようか、
って話になっている。

僕個人が任国を決めることはできないし、
要請をそのためにあれこれと手を尽くして
挙げることもできないけど
(全く出来ないわけじゃないけどね)、
彼女の実力と運とがうまく重なれば、
というか運命がそこに向けば、
ま、それもあるだろう。
ただ運を呼び込むのも実力さ。
まずは今年中に読み込もうという文献を
今日確認した。
インドネシア語も勉強もしつつ、
インドネシアの農業研修でも勉強しつつ、
それとは別に新たに
僕の開発社会学と農学を
個別に彼女に教えようと思う。

なんだろうね。
この人材育成好きは。
農園の経営に全く関係のないことに
全力投球してしまう自分を
我ながらあきれてしまうのだけど、
人も野菜も育てるのが、農園たやだからしょうがないね。
というか、これが農園の経営だと
僕は最近、本気で思っているけどね。
セネガルに旅立った北野のように
素晴らしく出来の良い弟子になるかどうかは
わからないけど、
彼女にはその資質も根性もあると
僕は見ている。

とにもかくにも、
僕の道楽は今年もまた始まる。
どんな風になるのか、
どう転がっていくのか、
いろんなことが楽しみだ。



関連記事
週末は日本福祉大学の学生を受け入れた。
妻の小國のゼミの学生で、
国際協力と技能実習制度について
関心があるとのことで受け入れをした。
なので、そういう関心のある農園のスタッフと
インドネシアの研修生で対応した。

2日間の日程で、
1日目は以下の通り。
農園やここの集落の見学を軽く行い、
研修棟でインドネシア研修生や
僕を含めたスタッフがそれぞれ
簡単なプレゼンを行い、
国際協力と技能実習制度の2班に分かれて
ディスカッションを行った。
BBQをして、農園のバンド演奏もあって、
楽しく過ごした。

2日目は、午前中に学生たちは
ここの集落をそれぞれ歩いて回った。
気になったものを写真に撮ったり、
集落の人にインタビューをして回った。
それをお昼休みの時間に
フォトセッションとして発表。
意見交換をしてゼミ合宿の全日程を終了した。

全体を通じて考えさせられたのは、
インタビューという作業について。
それは学生にはまず
アンテナを作る作業が必要だということ。
これは別に学生に限ったことじゃない。
うちのスタッフにも言えることだし、
インドネシア研修生にも言えることだろう。
もちろん、僕も含まれる。
その強弱はあるにせよ、
何かをインタビューで聞き出す作業には、
感度の高いアンテナを準備すること
なんじゃないかな、というのが
インタビューが上手くできない学生を見ていて
良く感じた。
きっとこれを聞きたいのだろうな、
とこちらからは見えていても、
彼女ら彼らの質問と
インドネシアの子を含めた僕らの答えと時にかみ合わず、
学生の頭の中のイメージが空中分解し
もがき苦しんでいるその姿が
なんとももどかしく
ついつい厳しいことも言ってしまったのは反省。
学生の立ち位置も明確にはされず、
分断された質問の連続に
ライブ感は全くなく、
対象者であった僕らは消耗した。

インタビューってライブだと思う。
打てば響く。
小さくたたけば小さく響き、
大きくたたけば大きく響く。
お互いの反応が相乗効果を生み、
インタビュアーが相手の視点に寄り添う
姿勢を保ちつつ
合いの手を上手に入れて
対象者が悦に語る。
そんな風にできたらいいんだけど、
これを聞こうと決めてきたことばかり捉われて、
話の中で出てくるキーワードに反応しないのは
ちょっと辛いかな。
余裕もなかったのかもしれないけど、
そういう言葉に反応できるような
アンテナをきちっと作り上げる必要もあるんだろうね。
それにはそれまでに勉強してきたことや
自分がそれにどういう意見を持っているかも
含めたインタビュアー自身の立ち位置も入れながら
その場を作り上げていくことも必要じゃないかと思う。
これはうちの新人のすーちゃんにも
よくよく理解してほしいことだと思っている。

2日間の日程で
学生さん達はとても礼儀正しく、
また初めての農村にもかかわらず
ちょっと話しにくそうな住民の人にも
話を聞けていたのが
素晴らしかった。
またディスカッションを常にどうまとめるかも
頭の隅に置きつつ
最後にまとめ上げる作業には
かなり訓練もされているんだな、と関心もした。

思ったよりも「聞けない」っていうのが
分かれば、
3年生のゼミとしては十分だと思う。
ここで凹んだことを忘れないで、
これからの糧にしてほしい。




関連記事
とある団体が今年節目の年を迎える。
それに合わせて記念誌を作るらしい。
それはいい。
それどころか、その冊子に出てほしいと
まさかの依頼があり、
インタビューも受けた。
とても光栄なことだった。

さてそのインタビューで
これまでの活動についていろいろと質問を受けた。
その中で農園での取り組み聞かれたので
今年2月に
インドネシアへのスタディーツアーを行ったと答えた。

それは
農園のインドネシア研修卒業生に会いに行く旅だった。
それぞれが僕らの農園での経験を
どう現地で活かしているのか、
それを見に行こうというツアーだった。
それを話すと、
インタビュアーは
「2人が参加したのですね」とノタマフ。
いえいえ10数名参加しましたよ。

「でも二人ツアーなんでしょ。『フタリーツアー』なんですよね」。

電話でのインタビューってこともあったんだと思う。
きっと直接会ってインタビューを受けていれば
そんなことはなかったんだろうと
僕は思いたい。
スタディーツアーという
英語が苦手の僕の発音が
たぶんそうさせたのだろう。
しかし、しかしだ。
会話の文脈を読んで行けば、
二人ツアーじゃないよね。きっと。

ちょっと変だな、と思いながらも
インタビューは続く。
インドネシアへ留学に行って
そこで思うこともあり、
地元に戻って農業をすることに決めたくだりだった。
僕としては、ここは積極的かつポジティブに
地元に戻って農業をすることを選んだつもりだし、
この時にはすでにインドネシア農業研修事業の
構想もそしてその下準備を出来上がっていて、
まさにそれを実行するために
僕は地元に戻ったと言って良いだろう。
だのに、インタビュアーは、
「国際協力の現場を諦め、実家に戻っての農業っていことは、やはり心残りはあるんでしょうね」とノタマフ。
この辺りで、昔の僕だったら
インタビューはもう崩壊していただろう。
でも僕はよく踏ん張ったと思う。
根気よくそうじゃないことを説明するが、
「地元の戻る=負けて逃げ戻る」といった構図の
ステレオタイプが頭を占拠している
インタビュアーは、
僕の言葉が理解できない様子だった。
「でも心残りがあるんですよね」と続ける。

この辺りでちょっと気が付いた。
たしかインタビュー前にこの人、
僕の資料はたくさんあるらしく、
「インタビューをしなくてもほとんど大丈夫なくらいなんですよ、ハハハ」
と言っていた。
つまりいろんな記事から
すでに僕の情報は持っていて、
で、そこからすでに記事のストーリーは決まっていて
それを確認するだけに電話しているんじゃないかってことに。
インタビュアーがその手の意図を
対象者に悟られることほど
やってはいけないミスはない。
というか、そういう意図を持っていること自体
すでに失格だ。
でも僕は耐えた。
ここでもインタビューは崩壊せず、
最後まで根気よく答えた。
なぜなら僕はその意図を知った瞬間、
このインタビュー中にそれを修正することを
諦めたからだ。
というのは、記事の出来上がりを必ず確認してくるはずで、
あとはその確認作業の時に
たくさんの赤(修正)を入れて、
こちらの意図に沿った文章にしてしまおう、
と決めたからだった。

最近では珍しいくらい
面白いインタビューだったので
記録した。
たくさんの方をインタビューしているようなので
たぶん僕のような小さな事例は
どうでもいいと思っているんだろうね。
それで良いんだ。
身の丈も知っているし。
でもそうまでして
その記念誌に載せてもらう意味って
あるんだろうか?
断っちゃおうかな・・・。



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インドネシア農業研修の
前期試験結果を記録しよう。
前期(4月~9月)の授業は
農業構造論と地域開発論の2講座。
どういう講座かは、
なんども説明しているので
以前のエントリーに譲るとして、
その二つを合わせて試験を行った。
他者の地域ポテンシャルレポートを読んで
新しい農業ビジネスのプレゼンをするという試験。
3年生のジャジャンは前回記録済み。

2年生のレンディはジャジャンの地域のプレゼンだった。
キャッサバが多く育てられているというデータを元に
それを使った6次産業化の提案。
野菜や果物でスナックを作って販売するというものだった。
家内工業化する場合には
その方向性も考えないといけないね。
価値を高めるためにやるのか
それとも量が取れて暴落するリスクを回避するためなのか。
小規模家内工業化は別に反対はしないけど
お小遣い稼ぎ程度でも労力をかなりとられることも
覚悟が必要だ。
インドネシアでも日本でも、
農家の加工がなかなか主の稼ぎにはならない
という現実は僕もたくさん見てきた。
そして、僕もその一人だったりするしね。
必然性の説明ができなかったので評価はC。

1年生のイマンはレンディの地域のプレゼン。
レンディの地域にある伝統的なトウガラシ栽培を
グループ化して販売するというプランだった。
小農のトウガラシ栽培は
市場にアクセスできないため中間搾取に合いやすい。
それをレンディが中心になってグループ化して
ある程度のボリュームで卸売市場まで持って行って販売する
という提案だった。
これ、行政や協同組合の企画ならそれで良いんだろうけど、
レンディ個人として
なんでそんな公共事業ぽいことに
私財を投入しないといけないのか、
そこが不明だった。
それに「農家グループ」は、
すでに言説的に助成金を受け取るために結成するものという
認識がインドネシアの農村にははびこっていて
その言葉の下に、まともなグループ化は
あまり期待できない。
なぜレンディが良いブローカーとなり
その事業を通じて小農の農産物販売を
卸売市場で販売する、ではだめなのだろうか?
なぜグループ化なのか?
どうして平等でなければならないのか?
イマンの正論は僕も良くわかるが、
この意地悪かもしれないが、
現実的な意見に答えが全く見いだせなかったのが
ちょっと残念かな。
今回は評価なし。
来年もっと頑張ろうね。というか
僕の教え方が悪かったんだろう。
グループ化という呪縛から自分を解放しような。

さて今回は農園のすーちゃんも
この試験にトライしている。
彼女はジャジャンの地域のプレゼンをした。
しかもインドネシア語で。
外国語でのプレゼンは、なかなか大変だ。
準備にもずいぶんと時間を使ったらしい。
この経験は大きいね。
さて内容は、たばこ産業について。
ジャジャンの地域はタバコ栽培と
乾燥加工が盛んだ。
製品化されたタバコではなく
自分で巻いて楽しむタバコの販売が主だ。
それを新たにタバコの工場を作って
製品タバコ販売に力を入れてはどうか、
というのが内容だった。
東ジャワに集中する製品タバコは
そのブランド力が強く
その間に割って入るのはかなり難しい。
規模もブランド力も対等になろうと思うと
投資金額はもはや農家レベルでは無理だろう。
ただこの先を考えると
タバコ産業は斜陽だ。
とくに巻きたばこは厳しさを増す。
経済が成熟し、健康志向が高くなれば、
低タールたばこやいろんなアロマタバコが流行る。
値段が安い、や、タバコ本来の味、で
売り出している巻きたばこは
根強いファンはいるだろうが
減少傾向は避けられない。
タバコを極めないのなら、
またコストダウンを規模で乗り越えないのなら、
労働力の安売りになる巻きたばこ小規模生産の道は
徐々にだが縮小した方がいいだろうね。
その準備と次に策は考えないとね。
さて、すーちゃんは、
もう少し起業例を勉強しようね。
事例をたくさん頭に入れる作業をしよう。

で、今回は僕もこのプレゼン大会に参戦。
忙しいのにわざわざこんなプレゼンまで
参戦しなくても良いんだけど、
やはりプレゼン好きにとっては
こういう機会は逃したくない。
で僕もジャジャンにプランをプレゼンした。
ま、内容は簡単。
それぞれの地域のポテンシャルなんて
なんとも後付け感満載のもので
どこにでもあるものばかりって見えちゃうよね。
でもそれってあることを忘れているからさ。
それがポテンシャルとして見えてきて
力を発揮するのは、
その文脈に落とし入れるからであって、
またはその文脈でそれを観るからであって、
もともとそれがポテンシャルとして
そこに存在していることはないって
事実は、結構みんな忘れがち。

じゃ、どんな文脈で見るか。
これ以上ないポテンシャルは
ジャジャンが日本の園芸農家で
日本全国にしかも築地の業者や
日本の名工とよばれるシェフの店にも
野菜を出荷している園芸農家で
3年研修をしたってこと。
これを僕に置き換えて
他の国にすると理解しやすい。
たとえば僕がフランスの園芸農家で
その農家がミシュラン3星レストランに
野菜を出荷していて
そこで3年間農業の修業をしたとしたら、
僕はみんなからどう見える?
僕に実際にその技術が無くても
ものすごく専門家に見えたりしない?
つまりジャジャンは
インドネシアの農村社会の中では
特異な経験と技術を持った人に見えちゃうわけだ。
ジャジャン本人にその技術が備わってなくてもさ。
で、その正統性に乗っかって
日本の伝統野菜を栽培したら
どう見えるかな?
あとはそれを担保するのに必要な条件を
整えていく作業。
インドネシア人の訪日旅行者は
ここ4年増加している。
タイのように爆発的に増加しないのは
1つにはイスラムのハラルがあるからだろうけど
日本への関心は常に高い社会だ。
インドネシアでの病気による死因のトップは
心筋梗塞と脳梗塞。
食事による高血圧や高血糖が問題視されている。
そういう社会文脈で
2013年に世界無形文化財になった和食への
関心は潜在的に高いと言えるだろうね。
そういう条件を揃えていけば、
ジャジャンの日本野菜の栽培は
どうだろう、注目浴びるように仕立て上げられないかな?
で、日本野菜が上手くいかなくてもいいのさ。
注目浴びてみんなに認知してもらえさえすればね。
そこが僕のビジネスプラン。
ビジネスプランというには
ちょっとお粗末だとは分かっているけど
現場感覚で考えれば
これで十分さ。
僕がジャジャンなら、これをやるね。
農業資源へのアクセスが限られている
ジャジャンのような小農が
頭一つ地域の中で出すには
こういう仕掛けも必要だと思う。
ポテンシャルはそこにあるわけじゃない。
仕掛けを作ってそこから見るから
ポテンシャルに見えるだけ。
で本当にそれが力を発揮するのは
その視点がその社会の中で多くなったときさ。
その潮流を生み出す力とまでは言わないが、
潜在的にあるであろう社会の文脈や言説を
捉えきることも大切だ。
これが僕からのメッセージだ。



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福井県のサラリーマンは超幸せらしい

正社員比率や失業率、貯蓄率や持ち家の広さ
そんなことが計算されてのことらしい。

ただこの記事
かなり違和を感じる。
それは
女性の社会進出。

3世代同居が多く
女性の就業率が高く、
待機児童ゼロ。
そして特殊出生率の高さ。
それらがベースになって
女性の社会進出の高さや
働き者の福井の女性だったり
貯蓄率の高さにつながっていると言った
書きぶりになっている。
なるほどね。
3世代同居だと
子供は舅や姑に見てもらえる
ってロジックなんだろうね。
同居でなくとも
近くに自分や妻の両親がいてくれれば、
子供のちょっとした面倒や
急な出張にも対応できる場合もあり
事実、僕もその恩恵にあずかっている。
だが、同居率の高さは
住みやすさにはつながらないじゃないだろうか。
この場合、
子供のいる世帯の夫婦の両親どちらか近くにいる方の
距離を統計上算出することができれば
証明できるかもしれない。

さて、女性の社会進出だが、
こんなデータもある。
http://www.gender.go.jp/policy/mieruka/government.htmlこれの「都道府県別全国女性の参画マップ」を
参照してもらいたい。
福井県は、管理職の女性割合や
議会での女性議員の多さで言えば、
突出しているわけでもなく、
条件によっては下位であることも結構ある。
つまり、女性の就業率は高くても
女性がその仕事場で出世することはあまりない。
ということだ。
男性が主で女性はその補助。
そんな保守的な考えに
どっぷりと浸かっているのも福井だ。
それを補完するこんなデータもある。
http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/jss/pdf/jss6501_051070.pdf
男性の家事分担のデータで、
仕事や子育て・家事で
女性の自由な時間奪われている一方で
ほとんど家事をしない福井の男性像が
ここでは明らかになっているじゃないか。

舅と姑が溺愛して育てた息子が
三世代同居の中で見てきた嫁の役割を信じて疑わず、
亭主関白化し、
家事育児を全くせず
それらをすべて妻に押し付ける。
まさにモンスター化した福井の男性。
そして、その妻は、
その時間を工面するために
仕事場では出世を諦める、もしくは、
そんな社会認識だから彼女たちの活躍の場は
どんどん狭まれていく。
それが福井の社会の本当の姿じゃないかな。

福井を誉めたたえる記事では、
移住先として人気も出そうとあったが、
今後、近未来では
絶滅危惧種な保守的な亭主関白志向の男性が
行き場を失って集まる場としてなら
それはあるかもしれないが
意識の高い女性は
福井には近づかないことだね。
少なくとも今の社会的認識のままの
福井にはね。
福井の男性諸君、もっと頑張りたまえ!



関連記事
夏も終わりに近づいている。
例年よりも早めの秋の長雨のせいか、
朝晩もやたらと涼しい。
作物の生育は気になるところだが、
夏バテが解消されるので
こういう気候は、本能的には受け入れやすい。
さて、涼しくなったということで、
8月の間は休みにしていた
インドネシア農業研修の授業は再開しようじゃないか。

まずは、前期の締めくくりということで
UAS(期末試験)をやろう。
前回のエントリーでも書いたが(リンクはこちら)、
前期の2つの授業をまとめて試験する。
研修生たちはここにやってくる前に
農村ポテンシャル調査を受けている。
そのレポートを
自分の地域ではないものを読み込んで、
学友の地域にどんなアグロビジネスを展開できるかを
プレゼンする試験。
農業構造論で、ポテンシャルを浮き彫りにし、
地域開発論で学んだ事例のように
社会的起業をして地域活性化につなげるような
新しいアイディアを生み出せれば
評価はAだ。

まずは3年生のジャジャンが発表だ。
対象は1年生のイマンの地域。
自然的資源・人的資源・社会的要因などをひも解き、
ジャジャンの提案は、
「巨大ダム観光地にアンテナショップを作る」だった。
イマンの地域からそれほど離れていないところに
今、巨大なダムが建設されている。
環境破壊や住民移転などでかなりもめた案件だが、
完成すれば大きな湖ができ、
一大観光地になるのではないかと
期待も地元では大きい。
その湖の湖畔に
PUAPなどの資金を活用して
イマンの村の資源でもある地鶏と農産物の
レストラン&特産品直売所を開くことが
ジャジャンの提案だった。
湖の湖畔にはいろんなレストランや土産物屋が
出来ることは創造し易いが、
地域を丸ごとプロデュースして販売するような
そんな形態のお店はたぶんほとんどないと思う。
そういう意味では、
ジャジャンの話は面白けど、
資金的にはかなり無理があるようにも思えるね。
あと湖の湖畔なのに
地鶏を食べるっていうのがイメージとしては
どうだろうか。

ま、でもプレゼンは上手になったね。
日本で見た資源を
(今回は富山で見た道の駅がそのイメージらしい)
インドネシアに落とし込む作業が
自然とできているのが面白い。
その深度はもうちょっと浅いような気がするけどね。
3年生らしい発表でとても良かった。
ということで、評価Bだね。


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日大のゼミ合宿を受け入れる。
平日希望だったので
当初は断ろうかとも思っていたが、
農園の新人すーちゃんの母校ということもあり、
受け入れることに。

もともとすーちゃんの新聞記事を
彼女の母校の先生に送ったことがご縁で
そこのゼミの学生が農園を観てみたいとなり
この夏にゼミ合宿としてやってきたというわけ。

ゼミのメンバーは大学3年生が5名。
来年から始まる就活を前に、
彼女彼らの関心は「自分が何に向いているか」だった。
最近分かってきたが、
大学生の思考の半分以上は、
このことで占められているね。
で、それは今の時代だからでもなく
それは僕らも、そして多分
僕らよりもずっと前の先輩から続く
悩みなんだろうね。
二十歳を過ぎたころからやってくる
あの漠然とした将来への不安ってやつだ。
あの時期は本当に気が滅入った記憶がある。
よく学生時代に戻りたいっていう人がいるけど
僕はごめんだね。
もう二度とあんな想いはしたくない。

で、その二度とごめんだと思う想いの真只中にいる
学生たちは、やはり見ていても
その迷いのオーラをもわもわと発揮させていた。

「国際協力の、しかも農業分野の最前線で仕事がしたいんです」
そうはっきりという女子学生がいた。
ただそれがどういう仕事なのかは
彼女にもわかっていない。
もちろん、僕にも良くわからないんだけどね。
だから、そう思うのなら
現場で考えるしかないね。
青年海外協力隊やNGOなど現場で期限付きで
活動させてくれる(考えさせてくれる)団体は、
それほど多くはないが
それなりにはある。
それに参加して、そこでいろんな人に会って、
頭で考えるよりも
肌感覚で考えた方が良いかもね。
とだけ、僕は言った。

大学生のレベルでは
農業の実際や
僕らのやっている農業研修といった事には
やはりそれほど深い関心があるわけではない。
ただ人生に四苦八苦して
ここにたどり着いて
そしてここでも汗かきベソかきしている
先輩だけは多い。
そこから将来の漠然とした不安を
行動することで軽減させようとしていることが
読み取れれば
きっとここに来た意味もあったんじゃないかって思う。

大学生のゼミ合宿、面白いので
これからも受け入れします。
あんまり相手できないけど
来たい方は、ご連絡くださいね。



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金曜日の夜は
久しぶりの勉強会。
12名の参加で場所はAOSSAの会議室。
発表者は新規就農の尾崎君。
彼は長い間、米作の農業法人に勤めていたが
今年から野菜農家として就農した。
そんな彼が選んだテーマは
「有機農業」についてだった。

で、選んだ本が2冊。

齋藤訓之 著 『有機農業はウソをつく』
松下一郎 著 『本当は危ない有機野菜』

ま、本のタイトルからも分かるけど
有機農業をどう実践するか、ではなく、
批判的に検証しようというのが今回。たぶん。
実際にも尾崎君のレジュメには、
お客さんが有機栽培や無農薬を
気にしているように思われるが
「コスト面や労力を費やしてまでJAS有機の認証を取得する意味があるのか」
と書かれている。

これらの本での議論は
ここでその内容を細かく
検証するつもりはないが
内容としては有機農業というものの正当性について
瑣末な議論のようにも見えるし、
本来あるべき姿の有機農業と
かけ離れてしまったJAS有機への批判とも見える。
ただその議論をすることが
僕ら農業者にとって
最優先事項となるのかどうかは
かなり疑問もある。
もちろん、科学的に検証されたものを
常にチェックし自分の営農の判断に
取り入れる姿勢は必要だけどね。


尾崎君の発表が彼の意図がどこにあったのかは、
多岐にわたる議論の中で見えにくくはあったが、
僕が彼のプレゼンから感じたことは、
自分なりの農業の正当性というか、
自分なりの納得を届けたいというか、
独自のブランドといえば、
「そんな大層なことじゃないんです」と
彼なら言いそうだが、
それこそが
尾崎君の野菜づくりへの姿勢であり
僕が共感する部分でもあった。
「有機農業か慣行栽培かどうかを説明するよりも、いっそのことJAS有機認証を受けてしまえばいいのかもしれないけど、それだとなんだか負けになるような気がする」
とぽつりぽつりと語るその口調にも
それは良く表れているとおもう。
だからと言って
「慣行栽培」と言い切ってしまうには
こだわりを自分なりに持つ彼には
たぶん辛いのだろう。
栽培の中身は有機か慣行か、
そんな単純化されることでもないのにね。
情報の受け手はいつもこうさ。
僕らのこだわりは
伝わらない。
だから伝わらないこだわりじゃなく、
わかりやすいこだわりにした方が良い
ということも言えるが
たぶんそれはそれで尾崎君に言わせれば
「負けた気がする」になるんだろうね。
コミュニケーションをとれるような
場づくり売り場づくり商品づくりをするしかないと
僕は思っている。
会話ができる商品を
僕らは意識的に用意しているだろうか。
それが僕から言えるアドバイスだ。





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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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