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先週のことだが
これはとても大切なので記録しよう。
JA福井市の青壮年部では
毎年食農活動として
一般消費者の方と一緒に農業体験を行ってきた。
今年は、枝豆体験。
で、先週のイベントが3回目の収穫&試食だった。

参加してくれた家族は8家族27名で
植え付けから参加してくれた方々全員。
未就学児も多く、とても賑やかに
みんなで枝豆を収穫した。

収穫して大なべで茹でて、
それを試食する。
とてもシンプルな体験で、
参加者からも好評だった。
お土産の枝豆も大量にあり、
参加費がちょっと安すぎるんじゃないか?と
思うくらいだった。
だが、こうした体験を通じて
1つ難しさを感じた。
それは体験のための作物の栽培について。
今回の枝豆体験では、
肝心の枝豆の生育が良くなかった。
植え付けた後の乾燥で
苗の活着が悪く、
また7月の高温&乾燥で背丈も伸びず
鞘数も少なめ。
そうなった理由は、高温と乾燥だが、
もう一つはイベントの曜日に
作業が固定されたことだ。
定植を行った日は、週間天気予報で
かなりの乾燥にあうことは当初からわかっていたが、
雨前の日にイベント日を移動することはできず、
結果、乾燥で活着が悪くなるという予想通りの
展開になった。
消費者との交流というと、
どうしても土曜日&日曜日に限定される。
その日がその作業に適している日だといいのだが、
天候に曜日は関係ない。
収穫もそうだった。
もう5日ほど後に収穫すれば、
たぶん実の入りもよく、美味しい枝豆になっただろう。
でも、次の週の木曜日や金曜日に
イベントをするわけにもいかず、
結果、日曜日に実の入りの弱い枝豆を収穫した。

管理者だった盟友の方は
とても気を使ったに違いない。
普段の栽培とは違うカレンダーで
動く作物なので
もうそれだけで僕らにとっては未知の世界なんだ。
こういう裏側での努力&苦労って
あまり表に出ないよね。

僕らにとってもいろんな学びのある体験だったように思う。
参加者の方々がとても喜んでくれていたので
僕らの苦労(とくに管理者の苦労)は
それなりに報われたように思えた。


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腸内フローラを観た数日後、
こんな電話をいただいた。

「いつもスーパーでベビーリーフを買っています。ラベルに軽く水洗いしてくださいって書いてありますが、それだけで本当に生で食べて大丈夫なんでしょうか?」

この方は以前にも
ベビーリーフに土がついていた、と
ご連絡をいただいた方だ。
連絡をくれるのはとても良いお客さん。
大抵の方は、そこで気分を害せば
もう買ってもらえないだけだからね。
で、その時は、
土耕で作っているので、
葉っぱに土が着くことはあります、や
きれいに洗っていただければ問題ありません、
と答えた。
それが気になるのなら、
生での食べ方をやめるか、
無菌の植物工場で育てられた野菜を食べるしかない。
こちらで過剰な洗浄をしたり
食の安全という意味で必要以上の
手を加えることは極力しない。
農園たやは、そういう方針だ。

さてお電話いただいた方は
食中毒や残留農薬を気にしておられるようで、
とにかく軽く洗っただけでも
汚れや農薬がとれるのか、と気にされていた。
正直に言えば、
水で洗ってもたぶん、
それらは取れないだろうと思う。
ただそれが本当に健康にとって
脅威なのかどうか、は別問題だろう。
農園で使用している農薬は、
細菌では微生物農薬が増えており、
人体に対しても影響の少ない農薬に切り替わっている。
有機リン系・カーバメイト系・合成ピレスロイド系の
いわゆる皆殺し剤の使用は控えている。
それらにしても
それらが人体に危ないと言いたいわけではなく
農園では必要以上に天敵やただの虫を傷つけない、
というそういう方針からでもある。
農薬は
厚生労働省と農水省のガイドラインに沿って
必要回数と日数と希釈率と量を散布している。
基準が安全じゃない!と言う方もいるだろうね。
そういう方面もできる限り勉強し、
最新情報を集めている。
ネオニコチノイド系のヨーロッパでの使用禁止についても
それを禁止してもミツバチの状況が
変わらないという現実も
僕らは情報として集めていて、
日本のガイドラインでは禁止になっていないような
事例もできるだけ追うようにしている。
その学問と知識と現場での判断で
僕らは農薬散布を行っている。
で、それら農薬が完全に分解されているかどうかも
確かに問題かもしれないが、
それ以上に洗って落ちずに経口摂取された場合の
影響についても僕らは、
急性毒性や慢性毒性
そして一日摂取許容量がどのようなものであるかも
それぞれの農薬について確認もしている。
だから安全とは言い切らないが、
安全を求める姿勢はこれからも続けていく。

次に食中毒。
農園では堆肥で土づくりをする。
化学肥料を使用しないし、土壌消毒も行わない。
だから土壌中の微生物量はたぶん多い。
以前、カット野菜の業者とコラボして
農園の野菜をカット野菜に混ぜて販売したことがあった。
その時、その業者が自社基準で
農園の野菜を検査したところ、
基準以上の微生物が検出されて
何度か再検査になった。
その原因の一つは、
その業者の自社基準の基準だろう。
監督官庁の基準の2倍の厳しさで
より安全性をアピールしていたのだが、
その基準で測ると農園の野菜は
たまに再検査になってしまうのだ。
必要以上に厳しい基準だっていうが、
他の業者から納入された野菜は
厳しい基準でもまったく引っかからないという。
なぜ農園の野菜はたまに再検査になったのか?
それは土づくりにある。
土壌中の微生物群を増やすような取り組みを
長年行っているので、
農園の土にはたくさんの生き物が住んでいると思われる。
その土に育まれて個性あふれる(と自分で言うのもなんだけどね)
野菜が育つのだが、
当然、その野菜にも微生物がたくさん住みつくのだ。
植物たちも自分たちだけで
栄養を土から摂取しているわけではなく
多くの寄生微生物との共生の中で
自分たちに必要な物質を分け与えながら
お互いに生きていると言うが
本当の自然の描写だろう。
だから微生物群の多い環境で育てば
野菜にも多くの微生物や菌が寄生していても
おかしくない。

そして、腸内フローラ。
滅菌抗菌思想とは逆の真実。
エコシステムの中で生産を続ける意義と意味が
そこにあるように感じる。
有用で植物と共生している菌と微生物群。
lgA抗体は30とも100とも言われている
世界中にある微生物群の中で
4つの群を選んで腸内に住まわせている。
僕らがこれからも付き合っていくべき
パートナーは、こういう身近なところの
昔からの取り組みの中にあったかもしれない。
と結論付けるのは、性急なのだろうか。

軽く水洗いだけで大丈夫ですか?
その方の問いへの答えは単純で明快だ。
それで大丈夫です。
これまでの方向性が
間違っていなかった、そんな風に思える。
もちろん批判的な視点で
僕もまだまだ研究を続けていこうと思う。
でも現時点でも、僕は自信を持ってこう答えよう。

それで大丈夫です、と。



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以前に撮ってあった番組を見る。
NHKスペシャルの「腸内フローラ」だ。
今年の2月22日放送分で
ちょっと前だけどようやく時間ができたので観た。
自分の研究テーマの一つが微生物との共生だが、
その一つとして人と微生物の関係で
腸内環境についていろいろと文献を読んできたが、
この番組は、
それを簡単にまとめていて、とてもいい番組だった。

フローラとはお花畑のこと。
腸内に多様な細菌が住みついていて
その多種多様さと100兆以上という量の豊かさを
フローラ(お花畑)という言葉で表現している。
そんなに細菌が住んでいて大丈夫?って
思われる方もいるかもしれないが、
これが住んでいないと人は人らしく生きていくことさえ
ままならないのさ。
毎日の排便の1/3はその細菌群の塊だとも言われている。
腸内に共生している細菌は
僕らが食べたものを一緒に消化する。
その過程で彼ら彼女らもいろんな物質を発する。
その発した物質が
僕らにとって抗がんに必要な物質だったり
過剰な肥満を抑制したり、成人病予防につながったり、
老化を防いでくれたり、と、
僕らには無くてはならない物質を多く作り上げてくれる。
さらに、腸は第2の脳と言われており
脳の次に神経細胞が集中している場所でもある。
番組でも取り上げられていたが
細菌たちが僕たちの食べたものを分解する過程で
発せられる物質が電気信号化されて
その神経を伝って脳に刺激を送っているという
研究もずいぶんと進んでいた。
僕らの腸内の環境は、
つまりはそこにどういう細菌が住んでいるかで
僕らの思考や性格に大きく影響を与えているという
事実はとても衝撃だった。
僕らの思考は、僕ら自身の中にあるのではなく、
僕らの腸の細菌たちとの共生の産物とも
いえるものなのだ。
我思うゆえに我ありといったデカルトも
この事実を知ったらびっくりだろう。

ではその細菌はどのようにして
僕らの体の中で住むようになったのだろうか。
それは日々の食事の中で
取り込まれた細菌群を
腸管免疫を司るlgA抗体が
有益な細菌群を選んで
小腸の粘膜の中に引き入れ
そこに細菌のフローラを形成してきた。
世界には細菌の分類群(門)は30とも100とも
言われているが
腸内に住むことを許された細菌群は
(つまりはlgA抗体に小腸の粘膜内に引き込まれた細菌たち)
4つの群しかないという。
つまり長年の進化の歴史の中で
僕たち人類は多くの細菌の中から
4つの有益な細菌群と共存することを選んだということだ。
腸内フローラは
多様かつボリュームがあればあるほど
それは優れているという。
抗菌や滅菌が流行る時勢が
何かとんでもなく方向違いをしていると指摘する
研究内容がとても小気味よい。

その細菌群を育むために必要なことは、
まずは僕らの食事の質だ。
細菌群の栄養となるが食物繊維。
腸に良いってこれまで聞いてきた食物繊維も
便通が良くなるってだけだと思っていたが
いやいや、その細菌群のエサになると分かれば
これは積極的にとらないわけにはいかない。
そして過剰な抗菌滅菌思想を避けること。
ある分子生物学者は
週に2回は手を洗わないで食事した方が良い、と
言い切るほど
今は抗菌滅菌思想がはびこっていて
それが腸内環境を悪くしている。
ある程度菌を摂取することが
僕らの健康を支えることになる。
ただここで大事になるのが胃の調子。
胃では胃酸を出して多くの細菌が死滅してしまう。
それは人が食中毒にならないためでもある。
多量の菌を摂取し、その結果食中毒になっては
健康とはあべこべの結果になる。
暴飲暴食をさけ、快眠とストレス減で胃の調子を
整えたうえで、
僕らは適度に菌と共生する道を選ぶべきだ。
あとこれはまだ答えが出ていないが
僕は水道水の塩素が腸内フローラに
大きく影響しているとも考えている。
水道水の滅菌が腸内も滅菌してしまうのではと
思って、もう5年以上水道水を直接飲むことを避けている。
だけど、まだそれを明記している文献には出会っていない。

農園でバイトしている学生が
卒論のテーマとして
朝食と躁鬱関係を調べている。
朝食をとることと躁鬱との関係だが、
これはすでに答えが見えている。
腸内環境が人の思考や性格に大きく影響するのだから、
これは朝食と躁鬱は大きく関係しているだろう。
しかも大事なのはその内容、つまりは質かもしれない。
朝からしっかりと食物繊維をとり
しかも自炊しないとダメだ。
過剰な食品添加物によって滅菌された食べ物だと
(たとえばコンビニの弁当などなど)
やはり腸内環境には良くないだろう。
添加物がどう悪いのかはこれまでわからない部分も多かったが
細菌の繁殖を防ぐような添加物と
腸内環境との関係から研究しても
面白いだろうね。
そういう文献もまた探して読みたい。

腸内フローラ、新しいテーマが
また一つ僕の中に増えた。
そんな良質の番組だった。




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以前録画していた番組を見る。
ナビゲーションという名古屋のNHKが
やっている番組で、
地域おこし協力隊を題材にしたもの。

詳細には触れないが、
違和を感じた点を一つ。
地域おこし協力隊って
定住が目的なの?ってこと。
もしそうなら、
それって
まずもってありえない設定です。

僕が参加した青年海外協力隊っていうのと
同じ協力隊って名前だし、
これが自治省で行われる前の
国際開発学会のセミナーで
登壇してしゃべった一人として、
もし、定住がさまざまな目的の一つだとしても
それが入っているとしたら、
ナンセンス!

で、そのNHKの番組でも
定住率が48%なんて数字まで出て
定住した人としない人を比較して
番組にしている有様。
おいおいおいおいおいおいおい。
正気ですか?
(今晩はとてもいい気分で酔っ払って書いているので、多少の文章の乱れはお許しください。この雰囲気の中で、これは記録したいと思っているので、このまま続けます。)

確かに、地域おこし協力隊を
受け入れている地方自治体は
2040年に消滅する可能性のある自治体として
896自治体が挙げられていて
そこが中心となって受け入れをしている点で、
ま、定住は必須なんだろう。
その態度も、消滅する原因の一因かもしれない
ことに気が付いていない点が
悲壮感が漂うのは、あとで書こう。

まずこうして消滅するかもしれない
という自治体を平成の大合併で
クッツケチャッタのかってこと。
経費削減?&予算獲得?
だとしたら、まさに2040年に消え去る運命の
自治体が合併したってことだね。
攻めのカタチで合併したところって
皆無だろうからね。

地域おこし協力隊って
そういう空気感のところに
都会というかその地域の人間じゃない人が
赴任するってことだろ。
前提の条件は別にどんなんでも
良いんだけど、
そういう空気っていうのは大事かな。
いろんな条件が出されているだろうけど、
番組の取り上げ方通り
優先順位は、
「定住」なんだろうね。
ま、当然、地域のよるのだろうけど
NHK名古屋のナビゲーションの取り上げ方
まさにそういう感じだったから、
こうして反発してエントリーとしているわけなので
重箱の隅を突っつくように、
この点に反論されても困るかな。
(あっでも反論された方が、議論は面白くなるので、そうじゃないよ!っていう地域おこし協力隊の方、何か書いてください。最後まできちんと読んでからね。)

定住が違和に思う理由は、
自分が協力隊に参加してた時の議論からさ。
あっ、協力隊と言っても
青年海外協力隊のほうね。

あの頃、野田直人や白鳥清志さん達が中心になって
開発メーリングリストってやつをやっていて
僕が赴任したインドネシア南スラウェシ州バルー県の
総合地域開発プログラムのチームメンバーは
それに参加して盛んに議論をしていた。
僕はその時若干23歳で
しかも農業のペーペー隊員だったので
社会的な視点を全く持たない状態で
そういうメーリングリストに参加していた
村落開発隊員にずいぶんと壁を感じながら
そのやり取りを斜交いに見ていた。

で、いろいろと議論されていたけど
斜交いに見ていた僕も、
これはまさにそうだな!って賛同したのが
野田さんの書き込みだった。
途上国の村に入り込んで頑張って、
そこに住む人たちと同じ視点を持とうと努力して
そこに住む人たちからいろいろと学んで
で、結果、日本から来た青年が
その村人のように暮らし始めたら、
受け入れ先の省庁から文句がきたそうな。
「われわれは村人を一人増やすために受け入れたのではない!」
ってね。
村の人と違う視点だから
村の人に刺激になるのだから
風土の風だから価値があるのに。

僕らは定住は目的化されていない。
2年、場合によってはもう少し延長した期間だけ
その地域に係わる。
とうぜん、中途半端だとは思う。
でも、いつかは帰る身だという前提が
僕らの行動を変える。
僕自身がそれを成功できても意味がない、
そんな風に思うようになる。
自分が成功してそれを示すんじゃなくて、
そこにいる人と、その視点に寄り添いつつ
でもどこかでさみしいヨソモノを演じながら
定住して残らない道だからこそ
めちゃくちゃもするけど
イノベーションも生み出す。
そんな前提での係り方をしている。

ある地域おこし協力隊の女の子が言っていた。
その場所に行ったら、
そこの誰かと結婚することが命題だったって。
それじゃ、身動き取れないじゃん。
ヨソモノのいい加減な、
ここのこと全然わかってないんじゃない!
っていう、とても貴重な視点を
落とし込むことなく、
前提条件ではじかれちゃう。

地域を変えるのは
若者
ヨソモノ
馬鹿者
の3つ。
ヨソモノはその地域の価値なんて
わかんないから、それだけで
馬鹿者にもなるという優れもの。
だのに、統計学的に1名として
そこに定住させることに固執するから
ヨソモノは発揮されず
馬鹿者でなく分かったような人として
そこに居ついちゃう。
そんな人、必要ですか?
それじゃないんじゃないの?

とまで書いたところで
ビールが切れたので、寝る。
なんか反論あると面白いな。




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今年も早稲田の学生を受け入れた。
早稲田大学の農村体験の授業で
年に数回、日本の各地に赴き
いろんな活動をする授業だ。
毎年、その一部が福井にやってきて
農村体験をするのだが、
そのうちの一つが、ここの農園というわけ。
お盆前の忙しい時期だけど
毎年面白い子がやってきて
受け入れる側もいい刺激になるので
続けている。
昨年農園で研修して
セネガルに協力隊に行くことになった
北野君も、
この授業で農園にやってきたのが
そのご縁の始まりだったしね。

さて、今回の子も
おもしろかった。
農村での情報共有やネットワークの強弱を
ソーシャルキャピタルという概念で
調べようという
僕から見れば
ちょっと身の丈知らずの子がやってきた。
いろいろとその子の質問に答えていたのだけど
その質問票が意図している
「農村」のイメージと僕らの現実との乖離に
的確な答えをできないまま
ややフラストレーションのたまる作業だった。
毎年のことだから慣れたけどね。

で、お酒も入っていい気分になっていたので
その大学生君に、すこし説教。
もう40歳だし、
少しくらいは偉そうなことを言ってもいいよね。
というか、これは僕らの特権だよね。
で、その説教は、
コミュニティと地縁の違いについて。
大学生君がイメージしている農村は
コミュニティなんだよな。
みんなが参加できる場があって、
そこに参加した人たちで情報が共有されたり
活動を共にしたり、
そんなイメージ。
そこが違うんだよね~。
僕らは地縁なんだよな。
地縁って人の集まりの場ではなくて、
農業生産という生産様式から生まれる
主に農地を介して出来上がる関係性のこと。
面白そうだから参加しようって
いうこともなければ、
この集落の農家組合を農地を持っているけど
面白くないのでやめたいと言っても
脱退できない、そんな関係性。
だけど最近は
『コミュニティ』の方が市民権得ちゃって
この集落で学校の校長もやって
公民館館長までしているような人でも
「もう係りたくないので、農家組合を辞めたい」なんて
頓珍漢なことを言い出したりもして
周りの失笑の元になったりしているけど
当の本人は何が間違っているのか気が付かないところに
このコミュニティと地縁の意味の違いがあるというのは
余談だけどね。
農業という生産様式は、
もともと個人の自由で
また個人が個人として国に立ち向かって
維持できるものではなかった。
少ない資源の水をどうみんなで回すか。
給水路や排水路の清掃も誰かが怠れば
そこで流れが悪くなる。
畦畔の除草を怠れば、自分の家だけでなく
他の田んぼにまでカメムシで迷惑をかける。
田んぼ一枚が、その田んぼ一枚だけでは存在できない。
そんな条件下が社会化され地縁が生まれ、
その地縁の下
農村にはいろんな組織が存在しているんだよ。
農業という生産様式に頼って生きていた時代は、
その関係や雰囲気や他人が気に食わないからと言って
そこを引き払って引っ越す、というわけにはいかなかった。
街の人がアパートを引き払って
どこかに移動するなんて、その土地が生活の糧となる
生産様式じゃ、無理な話なのさ。
だとすると、別に気も合わない人たち同士が
何代にもわたって顔を突き合わせているのが
地縁の関係で出来た場、つまり農村ってことになる。
だから、そこでは村八分なんて
マイナスなイメージあるけど、
その個人が変な人でも二分は関係性を保ち、
次の代が良い人だったらまた普通の関係になったりもする。
そんな話は、この集落でもそこかしこに落ちている。
そんな場は、
その維持のために課せられる義務が多い。
当然コミュニティにも参加する人たちには、
その場のルールやその場を
維持発展させる義務も生じているだろうよ。
でもね、地縁って
逃げられない分、それが厄介だったりもする。
だからこそ、追いつめもしないし、
やらないと言い張る人にもある線まで来たら、
仕方ないってあきらめたりするし。
この辺りじゃ、最近は多数決を取ろうって
話もよくあるけど
昔はそうじゃなかった。
話し合いをして反対派の人も
納得できるまで、
各論では反対が残っていても
全員総論賛成になるまで
やったという。
これインドネシアで見てきた農村も一緒だった。
文化は違えども
農業という生産様式、特に米という生産様式では
人間という生き物は同じような社会を
作り上げたりもするんだね~。
という話も興味深いけど、ここでは余談だ。

だから、
大学生君。
君がスタートしているその地点にあるはずの
コミュニティって概念というか認識が
もうすでに僕らとずれているんだよ。
もちろん、農家組合は別にしても
農協青壮年部は地域を盛り上げるという命題の下
さまざまな活動を作って
メンバーの参加を募っている。
だからその活動の内容自体は
すでにコミュニティ化しているのは
僕も認めるよ。
でも誰でもそのメンバーになれないという足かせもある。
農地を持った家の子弟でなければ
メンバーにはなれないんだよ。
だからこの集落でも
150戸のうち70戸の家の人しか
その資格はない。
地縁からスタートしたけど
活動を取り巻く社会的認識の変化からか
その活動の継続の意味が
掴み辛くなっているのは、僕もよくわかっている。
スポーツ少年団なんてまさにコミュニティだ。
あれは村のカレンダーとは別のカレンダーで
動くので
あれに入っている子たちは
村の活動には一切でてこなくなって
まさにムラは寝に帰るだけの場所になっていく。
その反面、そのメンバー間では強い関係性を築き
とてもいい友人関係を作ったりしているけどね。
でも、だからこそそれ自体も、僕の
地縁からの視点で見た場合、
最大の批判の対象だったりもするのさ。
だからさ、大学生君。
そこを一緒に混ぜ合わせて
質問しちゃ、いけないね。
って、酔っ払って捲し立てたけど、
分かっただろうかね?

え!?酔っぱらいはいやだって?
ま、それは同感です。




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インドネシアの伝統的な服として
サルンという巻きスカートがある。
男性も女性もよく使う服で、
イスラムのお祈りのときや
水浴びの時によく使用する。

僕がかつて協力隊隊員として
滞在していた村では
普段着としても使用されており
自分もよくこれを着ていた。

ただ、留学で
比較的町だったボゴールに住んでいた時は
これを普段着に来ようとしたら
ホームステイしていたホストファミリーから
「田舎者みたい」
と言われ、
それからこのサルンを
着用しなくなっていた。

さて、この夏。
尋常じゃないくらい暑い。
こういう暑い日は、
少しでも涼しくしたい。
ということで10年ぶりくらいに髭も剃った。
それでもまだまだ暑いので、
15年ぶりくらいに
サルンをはくことにした。
やはり股あたりがすーすーして
涼しいね。

だが、この姿を見て娘が
「おかまだ!」
と言う。
スカート姿は女性だという固定観念からだろう。
でもね。
世界中の文化の中では、
これが男女を分けるものでもない文化もあるんだよ。
君の固定観念で、世界は出来ていない。
それに気が付いてほしいね。

なんてやり取りをしながら
今年は涼しいサルンを
ご機嫌ではいている。





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政談会の次の日は、
河合のJA青壮年部で
ドラゴンボート大会に出場した。
河合を流れる母なる川
九頭竜川に
10人乗りのボートを浮かべて
速さを競う大会。
ドラゴンボートの大会は
国際大会まで開催されるようで
日本でも各地で行われているようだね。

九頭竜川で行われるようになって8年目。
いつもは農作業に追われて
参加する気も全く起きなかったけど
青壮年部のメンバーから「出てみよう!」と
言われて
今年初めてエントリーしてみた。

エントリーはしたけど、
心配だったのはメンバー集め。
河合のJA青壮年部は73名と県下最大の規模だけど、
各集落での結束は高くても
地区での結束はそうでもないのが現実だ。
地区の部長として声をかけても
誰も参加してくれないのじゃないか、
なんていう人もいた。

しかし、案ずるより産むがやすし。
主だったメンバーに声をかけてくれた事務局や
役員の方々のおかげで15名のメンバーが当日
駆けつけてくれた。

結果は準決勝で敗退。
18チーム中で6位の成績だった。
初出場としてはまずまずだった。
こういう活動は思った以上に
青壮年部内の結束を強くするらしい。
今年限りかな、とも思っていたが
メンバーの強い希望もあって
来年もリベンジで出場しようと
反省会で盛り上がった。

一つ一つの活動が
積みあがって、地域を動かす力になる。
と、偉そうに話すこともある。
具体的にはどんなことですか?と
聞かれることも多いが、
たぶんこういうことなんだと今は強く思う。

来年は必ず決勝にでて
優勝をねらいたい。

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ちょっと目が回るくらい忙しい。
それに猛暑が加わって、
最近は、麦酒が晩飯のメインになるほど
疲れている。
という言い訳をして
ブログを書かなかった現状を報告。

気を取り直して、エントリーを一つ。
土曜日は農政連主催の
福井県農業推進政談会があった。
TPPの閣僚会議最終日で、
すわ、一気に大筋合意か!?と
思われたが、結局流れて、
午後からの政談会はすこし和やかなムードの中で
行われた。
もし午前に大筋合意されていれば、
その政談会に出た政治家は無事には帰れなかっただろう。
と思いたいけど、そんな気迫も魂胆ないので
たぶん普通に終わっただろうね。

さて政談会では
福井県選出の国会議員さんと
林農水大臣が登壇し、これからの農業について
いくつかの提案があった。
ちなみにこの政談会は質問時間を全く用意されておらず、
農家はただバカな顔して
国会議員の話を聞くだけという
なんとも馬鹿げた企画だった。

福井選出の国会議員さんの話は、
稲田さんと高木さん以外は
話の中身がなく、
上記の2名にしても飼料米や
土地改良・中間管理機構に予算等、
農産物輸出に活路と、
耳にタコができるくらい聞いた話以外の話はなかった。
貴重な休みである土曜日に
こんな会に付き合わされている事が
なんとも腹立たしい。

林農水大臣の講演も基本的には
稲田さんや高木さんと同じで
輸出・エサ米・インバウンドなどが中心の話で
これからの農業政策は、
しばらくこの路線で決まりなんだろう。
ま、中身はどうであれ、
とりあえず話が上手で1時間の講演で
その長さを感じさせない話術は
素晴らしかった。
それだけを見ているだけでも
ま、それはそれで価値があったかもね。

で、ここからそれらへの反論をしようか。
質問の時間がなかったから
ここに書くしかできないからね。
まずエサ米(飼料用米)。
でもその前に、
エサ米を取り巻く現状を整理しようか。
戦前の日本人は1年間に2俵の米を食ってきたが、
今じゃ、1人1俵と半減している。
それだけ食が細くなったわけじゃなく、
経済的に余裕が出てくることで
副菜をたくさん食べるようになった。
この間に食用油の接種は3倍になったんだからね。
で、この食生活は、もうコメ消費増加には
ふれないだろうというのが林大臣の意見。
これは僕もそうだと思う。
豊かさとは選択肢の多さであり、
いろんなものを楽しむということだ。
量より質に向かうのは必定で、
なので、
米をいろんな資材として加工して
いろんな製品&食品を生み出したとしても
米の消費量への影響は
全体的には焼け石に水程度だろう。

さらに、緩やかに人口が減少する時代に入った。
コメ消費量から言えば毎年1%ずつ減少するらしい。
約8万トンずつ人口減少のため
毎年コメ消費量が減る。
MA米でアメリカの要求量なんて
僕ら2年か3年も経てば
自然に人口減少で達成してしまうほど
人口減少のインパクトは大きいのさ。
で、MA米は別にしても毎年8万トンの
お米が行き場を失うってわけ。
これをどうにかしないといけない。
そこで出てきたのがエサ米。
人様が食べないのなら、
家畜に食ってもらおうって発想だ。
でも飼料価格はとてつもなく安い。
エサ米1俵(60キロ)で2000円しないかそれくらい。
JAの買い取り価格の1/5だ。
生産コストはエサ米の販売価格では
到底賄えないので、
そこは補助金目当てでの生産になる。
10aで8万円++の補助金がでるので、
規模的には10haほどの規模の米農家であれば
黒字で生産できるってわけ。
集約がある程度進んでいる個人や法人には
有利なので、
そういう意味でも国策との整合性も良い。
しかも、余った米を家畜に食ってもらうのだから、
米の在庫も計算では減り、
米価も上がるって算段なのだ。
ミクロでもマクロでも
上手くいくような感じのエサ米。
今年は18万トンがエサ米として栽培される。
この程度の規模なら財源は
気にならないのだろうけど、
林大臣は将来的には110万トンの目標を
閣議決定として数字をあげている。
というのが取り巻く状況だろう。

エサ米への反論としては3つ。
ちなみに
人様が食べる米を家畜へなんてけしからん!
という論調もあるけど、
それは僕としてはどうでもいい反論なので
ここでは取り上げない。
まず1点目。
TPP妥結の文脈で
考えられていないのじゃないかってこと。
MA米や関税引き下げになった時に
市場に出回るコメの量と在庫で価格が下がることが
予想されるので、
エサ米を増やして市場に出回る量を減らせば
価格が少しは安定できるような論調もあるが、
米はTPP交渉でかなり守られた立場にあるので
そこが論点じゃない。
エサ米の出口である畜産の話が抜けているというのが
僕の反論。
ちょっと前に全青協の勉強会で、
TPPの話をしてくれたある識者と懇親会の場で
雑談的にTPPの影響について話をした。
その中で、今回のTPPの条件では、
米よりも
養豚や食肉用の養鶏への打撃こそが
大きいと話してくれた。
ただ、それらの産業は集約化が進んでいて、
豚は5000戸、鳥は2000戸しか農家戸数がない、
と話していたのが印象的だった。
つまりそこには集約化が進んだということで
この後も企業努力をして戦ってもらい、
また戸数も少ないので文句も圧力も
米に比べたら弱いっていう算段だったのだろうか?
もしそうだとすると
養豚養鶏には泣いてもらって
米を残すっていう交渉なのか?と
思わないでもない。
もしそうだとした場合(そうでないとしてもだけど)
TPPで打撃を受ける養豚と養鶏は
危機的な状況になる。

ではエサ米との関係は何か?
それはエサ米がエサ米と言っても
トウモロコシの配合飼料と
すべてをとってかわるわけじゃないということだ。
どこまでその配合を増やしても
影響がないかを試算した場合
鶏は90%、豚は50%、
牛はあまり食べてくれなくて10~30%とのことだ。
だからエサ米のもっとも食べてくれるのは
鶏と豚ということになる。
でもそれがTPPで打撃を受けると
そもそもエサ米を食べてくれる家畜が減るので
やはり行き場を失うことになりかねない。
林大臣は
「現状で畜産の配合飼料にエサ米を最大に混ぜたとしたら、450万トンは家畜が消費できるのですが、それだと財源確保が大変になるので、目標は110万トンです」
と話していた。
これまでの話を整理すると
その目標の数字ってやつは
どこから出てきたのだろうか?
財源的な面でこれくらいかなってことなのか、
それともTPPで畜産が打撃を受けて
産業自体が縮小した中でも
これくらいは生き残るからっていう計算なのか。
この数字を出したプロセスを
農家としてはぜひ見たいね。
そこに農政の思想が潜んでいるのだから。

林大臣は
「国内需要は減っていくが、気候変動や情勢不安で今後食糧不足が起こらないとは言えない。コメの生産力を確保しつつ、通常は家畜に食べてもらって、緊急事態にある程度供えられるようエサ米を推進したい」
といった趣旨を話していた。
大義名分はしっかりあるってわけだ。
でも110万トンの財源は
どこにあるんだろうね。
それが反論2点目。
TPP妥結の場合、農産物の関税収入が減るので
財務省としては補助金の増加は
歓迎しないだろう。
あとその大義名分を
国民が納得するのかどうか。
右寄りに傾いている現状だとそれもあるかもしれないけど
将来にわたって安定的に支持が確保できるんだろうか。
戸別補償の二の舞は嫌だね。

で、エサ米に反論3点目。
それは輸送。
畜産が近くにある地域なら
エサ米を運ぶ手間はほとんどない。
でも北陸のように米どころだけど、
畜産のない地域はどうしたらいいのだろうか。
1キロ30円もしないエサ米を
さらに輸送コストをかけてどっかに運ばないといけない。
畜産県ならばエサ米にも取り組んでも
良いかもしれないが、
もっぱらコメが余るであろう北陸は
畜産が脆弱なので輸送を考えると
余っている分をすべてエサ米に切り替えるのは
現実的じゃない。
僕らはそれだけで他よりも損をしろ、ってことか?
あっでもTPPでその畜産県も
危機的状況だから
考えなくてもいいのかな。

政談会で話されたエサ米は
まさにギアーツのインボリューションのように
産業として外に広がりを得ず
その枠内で内に向かって細部に細部に発展していく
そんな未来図を見せつけられていた。
僕らはそんな産業を夢見ているわけじゃない。
だのに、農政はいつもこうだ。
攻めの農業だなんて、良く言ったものだ。

こんな話ばかり聞かされて
なんだかむなしい。
だから僕は米作りはしない。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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