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先週末、地元JA青壮年部の
4支部が集まって
合同でソフトバレーボールの
スポーツ大会を開いた。

僕らのJAがJA福井市に
合併する前からあったスポーツ大会で、
ソフトバレーボールが競技になってからは
僕が所属する河合支部が
優勝したことは一度もなかった。

そこで8年前から僕も参加しているのだけど
なんとか優勝したくて
これまで農園で研修を受けていた若者や
スタッフを誘っては
このスポーツ大会に出ていた。
研修生の中には
エビぞりアタッカーや
高校の時に県の選抜メンバーに
選ばれた子などもいたし、
セネガルのイブライは190㎝ほどの
身長を活かして活躍してくれた。
だが、優勝の二文字には
なかなか行きつかない。

そして今年、
インドネシアの研修生たちも参加し、
地区の若手部員もたくさん参加してくれて
得失点差という僅差だったが
優勝できた。
各集落でのスポーツ大会参加への声掛けが
良かったのだろう。
とにかく僕らの支部が断トツで若かった。

4支部合同での懇親会では、
「若手集めすぎで反則や」という声もあったが、
「来年はうちらも集めてこなあかんな」という意見もあって
こういうことでも地域の元気の一翼になるんだって
そんな風に感じられた。
もちろん、来年も優勝さ。
だから他の支部のみなさん、
気合入れて若手を集めて挑んできてください。
挑戦は受けて立ちますよ。



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お隣の集落に中橋農園という
大きな園芸の農園がある。
ここの社長は、僕の父の大親友で
良く二人で飲みに行っていた。
その中橋さんは
就農する前にはしばらくうちにも
研修に来ていたこともあった。

僕が中学生の時
福井県で受け入れたインドネシアの農家に
会いに行こうというツアーがあった。
それに僕はついていったのだが、
そこで中橋さんには良く遊んでもらった記憶がある。
その時から中橋さんは
僕がとても大好きな人の一人になった。
その中橋さんが、僕が高校生だったかの時に
結婚した。
僭越ではあったが、どうしてもお祝いを言いたくて
電報を送った記憶もある。

その中橋さんの長男が
今年大学を卒業し、実家の稼業を継ぐという。
で、うちで1か月ほど預かってほしいといわれ、
この6月、僕の農園で研修をしていた。
といっても、農園でみんなと一緒に働いただけだけどね。

とても大事に育てられたんだな、
というのが僕の彼への印象だ。
素直で、ちょっと珍しいくらい無垢。
いや1か月だから、葛藤は隠して
過ごしただけかもしれないけどね。
ただ本当に擦れていない感じで、
それが少し心配でもあった。
斜に構えるのが
僕ら世代が若いころからの習慣としてあり、
とくに順路にそって就職しない奴は、
たいてい、社会を斜交いに見る癖があった。
僕はそれがとても大好きで、
だから農園にやってくる奴のどこかそういうところを
僕は愛してやまない。
だのに、彼にはそれがあまりない。
というか、ほとんどない。
それがとても不思議だった。

ある意味ニュータイプなんだろう。
これからの農業を作り上げていく主体になるには
まだまだ修行が足りないが、
君が持っている感覚は
君だけのものだ。
それを自覚し、武器にできたら、
僕にはまねできない地域の主体に
君はなるだろう。
期待しているよ。






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商工会主催の
アグリビジネス勉強会の方々を
受け入れた。
農業に参入したいと思っている企業、
もしくはすでに参入している企業、
またまた農家とコラボしたい企業など
そういった方々が集まって
勉強会を開いている。
僕もその会に、冬に一度だけお邪魔したことがあったが、
今回はその皆さんが農園に見学に来た。

農園を形作っているのは
この3つだろう。
「堆肥場」「九頭竜川の沖積土」「インドネシア」だ。
もちろんハウス群や出荷品目の多さや
若手の力や多岐にわたる販売チャンネルなども
大事な要素だが、
土台は何か?と問われれば、
この3つだ。

堆肥場を用意したことで
農園は比較的有機物を
優位に投入できる状況を確保できている。
これがなければ、
僕らの個性ある野菜の価値は
半減だ。

そしてその畑は、
九頭竜川が運んできた肥沃な沖積土で
なければならない。
テロワールはとても大事な要素。
この土がなかったら、
僕らはこんなに野菜を作らなかっただろう。
その風土に合った野菜作りをするから
僕らは評価を受けているんだと
そう思っている。
だからもっと鋭く、もっと深く、
この要素を磨き、突き抜けていきたい。

そして「インドネシア」。
農園を支える研修生たちは
僕らの独自研修プログラムで
やってきている。
そして僕らも彼らの地域開発に
まだまだ深度は浅いにせよ
係わりを深めていっている。
労力・視点と思想・そして僕らと彼らの未来への夢想と
そこから派生するやりがい。
そんなものすべてを
僕らはインドネシアの人と地域と
一緒に共有していきたい。
だから、それをやってみたいという人たちが
ここに集い、
僕らはそれぞれの花を
相乗的に咲かせていく。
これが僕らの農園だ。

だから経営の数字の事や
どうやって規模拡大の経営計画を立てていますか?
を聞かれてもあまりよくわかっていない。
もともとそういうのは不向きだしね。

といった見学会でした。


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こういうこともやっている。
から時間がないんだって言われるけど
インドネシアのことなら
どんなことでも後回しにして
やりたいのだからしょうがないね。

土曜日に金沢のJICA北陸事務所まで行く。
JICA北陸とJICA四国共同で
今年、学校の先生たちを海外に研修に送り出す事業で
インドネシアに行くことになった。
で、事前の訪問国研修を頼まれた。
僕は教育関係にそれほど詳しいわけではないが、
あっちの大学院で学生もしていたし、
インドネシアの農業高校とも
かなり密にお付き合いしているので
その範囲で、インドネシアの全般+αで
教育や学生事情について話してきた。
アシスタントとして
研修3年生のジャジャンくんも同行。

2時間の研修だったが
面白かったのはジャジャンくんの
普通の高校生の日常ってプレゼン。
朝5時に起きて、学校行って、クラブ活動して、
夜寝るまでの生活のプレゼンは
日本の高校生との違いも多く
面白かったな。

日本とのつながりも大きいインドネシアで
先生たちもこの派遣を通じて
子供たちに何か伝えられるような
グローバルで実践的なネタを
うまく拾ってこられるといいな。



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先週の金曜日の夜は
勉強会。
月1回になってから、
みんなの出席率悪くなったよなぁ~。
ま、僕も出られない時が
多くなったけどね。
それでも
今回は7名の出席。
新卒で実家の農業を継ぎにもどってきた
23歳の若者も参加。
どんどん若い人を呼んできたいね。

さて、今回の発表は小西君。
最近FBを積極的に使って
情報発信しようと頑張っている。
その彼が選んだ本はこれ。

連見よしあき 著 「SNSで農業革命」 

一つ一つのつぶやきやエントリーは
細切れだが、
1年を通じて発信することで
それがストーリーとなり、
さらに積みあがればクロニクルになる、
それがSNS。
で、人との交流なので、商品紹介よりも
その商品にまつわる人と人との交流というほうが
より自然だそうだ。
ま、同感かな。

とはいっても、やはり大事なのは
更新し続けることと
「交流」を生み出す場になっているかということだろうね。
うちの農園の場合は、
スタッフの更新も偏ってきたし、
アップされたエントリーが交流を生み出しているか
と言われると、ちょっと苦しいね。

書けないスタッフに意見を聞くと
「書くことが見つからない」
「何を書いていいのかわからない」
そんな答えが返ってくる。

なんでも書き続けてみなければ
そこに個性も生まれないし
自分というのも見えてこないような気もする。
こう見せたいからこういう風に書く、
というのは違うような気がするな。
それだと演技が続くから
本当の意味で続かないしね。
あと、農園という意味での縛りが
書きにくいという場合もあるよね。
もうこの際だし、そんなのとっぱらってしまう方が
面白いかもなって思わないでもないけどね。

ま、どんな分野にせよ、
何をするにせよ、
継続は力なりってやつか。
凡事徹底が成功のカギってことかな。


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ラジオに生出演する。
アナウンサーと1対1はこれまでもあったが、
今回は対談形式。
時間配分や相手の話とどこまでシンクロ出来て
さらにテーマとしてどこまで潜れるか、
調整が全く未知なまま出演。
だから珍しく緊張していたし、
その日の朝は、目覚ましよりも1時間早く起きてしまった。

こういう状態だったが、
対談相手がとても面白い方で
進行表なんてそっちのけで
彼女の話に聞き入ってしまった。
その対談相手は、三木あいさん。
ニューヨークでデザインの勉強をして、
あちらの会社でデザインの仕事をしていた方。
今は福井に戻ってネットを使って
NYと仕事をしている強者。
故郷には必ず帰ってくると決めていたので、
逆に一番遠くに行ってやろうと決めて
NYに行ったんだとか。
もう聞く話聞く話驚きの連続で、
あまり動じないはずの僕も
かなりの男前度に舌を巻いた。

1時間の対談だったが
書いたらきりがないほどの逸話ばかり。
でもその中で気に入ったフレーズを
記録しようか。
制作に時間をかけて普遍的な価値を閉じ込めるという
話題があったのだが、
彼女は
「制作には時間をかけません。飽きちゃうし。作るのはすぐに作る方。でもコンセプトは長く寝かしたりもします。長く寝かした分だけ、コンセプトには人生が乗りますから」と言った。
これにはやられた。
コンセプトには人生が乗る。
体験したこと、見たこと、聞いたこと、食べたこと
そんなすべての経験は
そのコンセプトに反映され
そして深みが増していく。

実践から生み出された言葉は
僕の心に刺さりやすい。
久しぶりに本物に出会った。


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そろそろ今年もズッキーニの
収穫が終わりを迎える。

それを察してか妻が
ズッキーニのケークサレを作ってくれた。
フェンネルとは違って
これはこれで美味しい!
ケークサレはズッキーニの方が
ポピュラーなんだってね。

「フランスのお好み焼きね」
とケークサレを表現する妻。
たくさん採れてしょうがない野菜を
どう食べようかってことで
生まれてきた料理法かもね。

旬を食べまわすのは本当に楽しいな。



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06 18
2015

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「だが断る」に続いて
こういうTシャツも気に入って着ている。
それは、
「他力本願」。

ネガティブな意味が先行していて
ひと任せや他人依存などという意味で
使われることが多い。
が、本来はそうじゃない。
仏教用語としての
他力本願の他力とは阿弥陀如来の力。
阿弥陀如来から差し伸べられている力を
感じて本願に達するという意味だろうと理解している。

が、現代風に考えると
これは相互作用(インタラクション)ってことになる。
他者との相互作用があって
僕らの願いがかなう。
他人とのご縁があって
その協力と協同で
そこに成果が生まれる。
自分が我を張っても
独りよがりじゃなにも生み出さない。

農業も一緒。
どんなに技があっても
天候ひとつでだめになる。
僕らが作物を育てるわけじゃない。
育つ作物の能力を引き出すお手伝いをする。
それが農業。
だから自然という他力との関係で
本願に達する。

食べてくれる人たちが居なければ
育てた作物も本願を全うできない。
美味しいといってくれる人たち。
僕らを信頼してくれる人たち。
そういう人たちとのご縁で
僕らは農家として生活を成り立たせることができる。

また農地やそれに付帯する設備、
そして生活の場としての農村も
そこに住む人たちとの協力があって
初めて自分にとって心地よい場となる。

写真はこの前の消費者交流の活動。
これもJAの指導員さんたちの理解と協力、
青壮年部の部員さんたちのそれぞれの想い、
そしてその場を楽しみたいという参加者の方々の
インタラクションによって生み出された。
だからこのTシャツを着ていった。

すべてはインタラクション。
それが他力本願。
僕らの能力がいかに発揮されるかは、
個人に秘めている力なんかじゃなくて、
他者との関係によって解放される。
それが、他力本願。


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昨日は
JA福井市青壮年部の
農業体験イベントだった。
今年は枝豆の栽培。
24名の消費者の方々が参加しての
農業体験イベントで
今年はこれを入れて3回の予定で行う。

昨年まではそばの体験だったが、
今年は大豆。
転作作物への理解促進と言えば
なんだかお役所的だが、
実はこの大豆、
何年も前に
企画してつぶれてしまった企画だった。
今の青壮年部の委員さんの数名が
僕らが4Hクラブに所属していた時の
当時のコアメンバーで、
その時いろいろと保育園と一緒に
年間通した活動を行っていた。
体験田んぼや夏野菜など
いろいろとやった中で、
自分たちの最後の年に当たるころに
ある保育園と一緒に大豆の栽培に挑戦しようと
計画を立てていた。
豆をまくところから始まり
夏には枝豆を楽しみ、
収穫したらそれで豆餅を作ったり
(その保育園は餅つきが大好きだったので)、
味噌教室を開いてみんなで味噌を仕込んだり、
そして2月の節分には
4Hメンバーが鬼に扮して
みんなで栽培した大豆で豆まきをする。
そんな年間を通じた活動計画だった。

だが、その計画は
園側の「忙しいので」という言葉に粉砕されてしまった。
そして、僕らは4Hを卒業し、
あれから何年も経ってから
あの時のコアメンバーがまた
何かの偶然で青壮年部の委員として集まり、
そして今年、
この活動が一部だが動き出した。
味噌作りや豆まきまでやらないが、
枝豆をみんなで楽しむところまでを
今年はやろうと考えている。

炎天下の中での
枝豆の苗の定植は
けっこうしんどい作業だったが
参加してくれた方々は
夏の枝豆の豊作をイメージしながら
「こんなに食べきれるかしら」
と笑いながらの作業で
僕らも楽しかった。

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良かったですね、先輩。
僕らのあの頃のアイディアが
またここで花咲くことができて。
今年はこれで楽しみましょうね。




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いろんなことを断ろうと決意して
「だが断る」のTシャツを着た日。
うちの新人すーちゃんから
「そういえばその逆のイエスマンって映画ありましたよね」
と言われる。
なんでも、すべてにイエスと答える男の話だそうで
まさに今の僕の逆の話。

ま、彼女が何か深い考えがあって
この話を僕にしたわけではないのだろうが、
そのイエスマンがどうしても気になり
DVDで観ることに。

ジムキャリー主演の映画で
結構話題にもなった映画らしい。
ネガティブに生きていた男が
すべてをイエスと答えるという
ちょっと無茶な啓発セミナーに参加し
そこからすべてをイエスと答え
ポジティブな人生を歩みだす。
そんなお話。

ま、ハリウッドが考えそうな楽天的な映画で
どうせハッピーエンドが待っているのだから
その過程のドタバタを楽しむという映画だったが
それなりに感じるものはあった。

ただ、映画の中で出てこなかったが
予定の殺到で
スケジュールの調整がつかない
ダブルブッキング等は
このイエスマンならどうするのだろうか?
それに家庭持ちだったら、
絶対崩壊するね。
だって夜毎に
飲み会の誘いがはいるんだもんね、この映画。

さて、
何かを断るというのは
自分にとってもそれに対してネガティブな思考を
植え付ける。
その連鎖が消耗の素になるのだが、
すべてをイエスに変えるというのも
やはり無理か。
スケジュールが詰まれば詰まるほど
それもまた消耗する素になるのは
5月の死のロードでよくわかった。

ポジティブな思考を維持しつつも
適度に断り、自分と自分の家族の時間を作る。
そんな調整が
今年は自分の課題なんだと
この映画を見ながらなんとなく思った。


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たまには書評でも。
積読が増えた理由に
この本があげられる。
というのも途中で何度も
読むのをやめようと思った本だから。

松尾雅彦 著 『スマートテロワール』:農村消滅論からの大転換.2014.学芸出版社.

さて、何から書こうか。
著書は地域内自給圏の構築を提唱している。その自給圏自体のゾーニングの記述はやや曖昧で、自然環境や歴史的なつながり、郷土愛、現在の経済圏など地域住民から見て一体感のある地域としているが、このゾーニングが著者のスマートテロワールを支える論理の骨子であるのだから、ここは丁寧な説明が必要だろう。もしや思いつきか?と思えてしまったことで、僕の読書はここで1回躓いた。
さて気を取り直して、スマートテロワールだが、無駄のないスマートな、特徴ある地域という意味で、ゾーニングした地域内で食料やエネルギー、経済の自給圏を作りましょう、というのが著者の論点。瑞穂の国という幻想を捨て、米作だけを行うのではなく、地域内自給を考えて、他の品目を多く取り入れていこうというのが著者の意見。ちなみに著者はこれらの自給圏ではエネルギーや経済など多岐にわたる分野も含めての自給圏を提唱しているが、本書では農業に重点を置いて記述している。
さて、その他の品目であるが、著者は加工可能な穀類・エステート作物と、飼料用作物そしてそれに伴う畜産の振興を提唱している。著者はカルビーの元社長であるためか、契約栽培による加工可能な作物にかなり主眼を置いている。減反した水田100万ヘクタールをカルビーの契約している面積とスナック製品の売り上げから試算して、減反分で15兆円分にあたると試算している。しかし、この論理はあまりにも雑だ。日本の食品市場は24兆円程度で、これに15兆円も上乗せができるだけの『人』がいない。海外からの輸入を国産に切り替えるナショナルブランドの形成が大切だと著者はいうが、価格的には疑問符が取れない。飼料用の作物も、資料用米などの取り組みが昨今うるさく言われているが、あれも補助金が無ければ成立せず、その税収をどう賄っていくかの議論はうやむやのままだ。TPPが成立すれば関税収入が激減することが予想され、一部では税収が減になるので、関税撤廃で価格が低下した農産物に対する補助を財務省がしぶっているとも聞いている。しかも飼料用米は食料・農業・農村基本計画の中で平成37年まで生産拡大するように明確に位置づけされているから大丈夫という行政側の説明もあるが、集団的自衛権の議論を見ていると過去に閣議決定されたことなど簡単に撤廃して新しく自分たちの都合よく作り変えていくプロセスを同時進行的見せられると、その法律で明確に位置づけされてもそれが実行される保証は全くない。あまつさえ、憲法違反であってもそれをまかり通そうという、もはや法治国家の体をなしていない現状では、まったく信頼に値しない。とちょっと議論がずれたか。
つまりは、飼料用の作物は低価格の海外産に助成金なしでは太刀打ちできないということ。そしてその助成金は国民の理解を得つづけることができるものなのかどうか、その見通しないこと、その点で論理が崩壊してしまうと言いたい。
さらに、人こそ農村の最大の特徴だと著者は論理展開しているが、飼料用作物や加工工場向けのエステート作物の場合、海外からの輸入に替わっていくには、大規模で機械化を推し進め、低コスト生産が必須になる。つまり、農地にへばりついていた兼業農家をひっぺがし、農業界からの退場を促さないといけない。これはこの前の東海北陸ブロックでの県青協委員長会議で議論したこともあって、この方向への要求は農業の現場でも強い(この内容はまた後日記述しよう)。だが、農村としてのコミュニティはそのことでどのような変容を起こすのだろうか。地域に対する愛着は、農地という縛りがなくなった状況で、世代間でも受け継がれていくのだろうか。農村は寝に帰るだけに場所になりはてやしないだろうか。もっと若い世代はよりよい教育と職を求めて、今以上に農村を出ていってしまわないだろうか。エステート作物の加工場を作って女性の活用を、と記述する著者が見る未来を僕は同じように見ることは不可能だ。ヨーロッパの先進中山間地の事例を並べ立て、日本の農村の現状分析には全くといっていいほど記述がない。それがこの著者の視点だ。
夢を語るのは良いだろう。ちょっと奇抜なアイディアで人を引き付けるのも良いだろう。だが、それがまったく現状からスタートしていないことに、僕はこの本度読んでいる間中、いらだちを感じた。読みやすい平易な文章だが、どこか上滑りしていく論理展開、そしてカール・ポランニーを多く引用しながらも社会に埋め込まれた経済そのものに焦点を当てないその視点にいちいち腹が立ってしまって、読了までにずいぶんと時間がかかってしまった本。批判することで自分を再確認する作業が必要ならば、読んでも良いが、時間のない人はスルーで問題ない。


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農家に学ぶという題ではあるが、
この方はべつに『農家』を
意識しているわけじゃないだろう。
こちらのカテゴリ別の事情で
こういう題になっているのであしからず。

河合のJA青壮年部で
今年初めて泊りがけの研修会に出かけた。
行った先は、奥能登。
泊まったのは農家民宿。
農家が農家民宿に泊まって何が面白いんだ?
と言う人は多かった。
夜、宴会もないし、
コンパニオンもつかないし、
繁華街へ2次会で流れることもできない。
そんな研修会には参加しないよ、という人も
多かったが、
1回目の研修会にはこの春蘭の里を選んだ。
辺鄙な中山間地で
田舎をサービス化して1軒40万円を売り上げる
農家民宿の団体が能登にあるという
情報は僕には衝撃だった。
米価は落ち、転作もパッとしない。
飼料米なんてとても未来があるような品目でもなく、
徐々に田舎の稲作経営は
身動きが取れなくなりつつある。
メガファーム化しても
地域・農村を考えるに
生産効率とコスト削減が
それらの活気につながっているようにも見えない状況で
僕らはもう待ったなしの状態なのだ。
だから、
まるで僕らとは対極にある
中山間地で生産効率も上げられない地域で
農家民宿として1軒が40万の売り上げを実現している
その場を見るべきだと思った。
参加人数は
青壮年部の事務局である営農指導員を含めて
12名。
それでも結構集まったと思う。

さて、
この12名で訪れた春蘭の里を
牛耳っていたのは、
春蘭の里実行委員会の多田氏という
能登が生んだ怪物だった。
平成8年ごろから
10年後の未来が見通せないとして
自分たちの集落を何とかしようと
有志7名で会を作って議論を始めた。
当初は山菜などの農産物販売で
1億円を目指したが、
JAの手数料や運送料などで4割以上経費が
かさむことが重荷になり頓挫。
5年間の議論を重ねて
農家民宿をやろうということで
多田氏の家を第1号に春蘭の里の
農家民宿をスタートさせた。
地域のモノだけで食事を出し
砂糖は使わず、塩も地元産の高い物を使用。
食器も輪島塗のものを使った。
そんな特色を前面に打ち出したが成功し
じゃらんや楽天のネット予約も
入るようになった。
現在までに延べ11,000人を受け入れ
外国人も1,700人を受け入れている。
イスラエルから10団体がやってきており
修学旅行も5団体受け入れた。
僕らが来たその2日前にも
千葉の船橋の中学校が、
大型バス7台を連ねて210名の学生を連れて
春蘭の里に泊まったという。
40件の登録された民宿で中学生を受け入れ、
それはそれはにぎやかだったと話してくれた。
そしてその帰り際には、
来年の予約もしていったそうだ。

1軒からスタートした農家民宿は、
現在では50件近く登録を行っていて
予約が入ればそれぞれの民宿へと
振り分けて調整を行っている。
料金は一律1万円程度。
民宿にしては高いと思われる料金だが、
安いサービスを提供するのではなく、
地域の特色を徹底して押し出して
高単価のサービスを提供するのが大切だと
多田氏は力説していた。
地域で採れたものを
地域の塗り物で、
その特色を演出するような食べ物と
暮らしと風景を提供するということだろう。
こういう取り組みが成功してか
リピーターも絶えないという。

その話の中で地域の創生を目指すにあたって
多田氏なりの3つのポイントがあった。
まず地域を考えるに
全体を捉えるよりも
仲間同士でとにかく先発して始めた方が
良いということ。
全体をどうするかの議論よりも
まずは気心が知れている仲間同士で
何かアクションを起こすことが大事だという。
全体をどうするかを
考えてばかりいればちっとも前に進まない。
それよりもできる人間が先発して始めれば、
その取り組みが成功すれば
皆ついてくるという話は、
春蘭の里の成功があるだけに
迫力があった。

次に、行政に頼るのではなく、
行政が応援してくれるような
団体(もしくは個人)にならないとダメだという点。
行政からの支援を期待するのではなく
すこし成功してくれば、
行政が応援してくれることも多いので、
そういう風に考えて
行動することが大切だとか。
「行政は権限があって、責任がない」
という名言も多田氏から飛び出し、
責任がないところに頼っても
結局そこの風向きが変われば立ち行かなくなるだけなので、
頼るよりも応援してもらえるような
ビジネスにならなければならない、
というのはとても勉強になった。

3点目が特にすばらしい視点だった。
「農業再生と農村の再生は別だ」
というこれも名言だろう。
農村は農業が主産業と思われているが
もはやそんなことはない。
地域にもよるが北陸はほとんどが水田地帯で
しかも兼業農家が9割の地域だ。
農業外収入の方が断然多く、
他産業の仕事+αで農業をしている人たちばかりだ。
そんな人たちが暮らしているのが
農村だ。
だとしたら、農業の再生を目指しても
農村の再生とは必ずしも一致しないのは
当たり前のことだ。
集落営農化や地域を越えてのメガファーム化が
進んでいる現状では、
100haあっても数名のオペレーターがいれば
それで農作業自体はできてしまうような時代だ。
それだけ技術も施設も進んだということ。
だが農村は数名では再生したとは言えない。
農村に蟄居する家族が
毎月40万の収入を得られるような
そんな地域づくりの仕組みが必要だと
多田氏は語ってくれた。

それらがすべて具現化されていたのが
春蘭の里だった。
で、1日だけの滞在という限定的な時間で
見えてくることとして、
修学旅行生たちの受け入れは
集落にもインパクトがあったが
かなり無理も出ているということ。
調整は今後の課題なんだろうけど
それぞれの民宿でのサービスの差は
どう埋めていけるのだろうか。
また一般的な家庭に民宿させるのか
それとも民宿としてのサービスを全うして
田舎を演出するべきなのか。
どの家でも出来るわけではないだろうが
田舎をもっと演出する何かは必要かもしれない。
宿泊費を1万円も取るのなら。

あと、地域で採れたものでの調理は
すこし無理があるようにも思う。
前段の家庭なのか民宿なのかの
議論にもつながるが
一般の家庭料理だと別に地域県内のモノに
こだわって食べているわけじゃない。
だのに泊まる場所のサービスと
食事とのこだわりの間にかい離があった。

もう一つは、それぞれの後継者。
この取り組みで若者が増えたのかという質問に
多田氏は正直に
それは特段増えていないと話してくれた。
この取り組みが
そこに住む次の世代から
どのように映っているのか、
どのように捉えられているのか、
そこに意識しなければ
世代交代は生まれないかもしれない。

というのは、
瑣末な批判かもしれない。
そう思わせるだけ
迫力のある民宿団だった。
一度、皆さんも泊まってみることを
おススメします。


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06 05
2015

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6月。
衣替えの季節。
作業服も一気に夏服へ。

今年、夏の作業服をどうしようか迷っていた。
昨年まで気に入って着ていた夏服は
6年前に購入したもので
さすがに傷みも目立ってきたので、
今年は新しくしようと考えていた。
機能性の高いウエアを買ったのだが、
ちょっと薄手だったので
真夏になるまでは
その上からTシャツを羽織ろうと
考えた。
でも適当なTシャツを持ち合わせていない。
そこでネットで調べていると
こんなTシャツが。
「だが断る」。

漫画が元ネタの言葉らしいのだが
この言葉が自分の心に響いた。

今年はいろんな役を引き受け
とにかくスケジュールを調整するのに
困難をきたしている。
さらに取材や執筆依頼もあり
本業の農業がかなりおろそかになっている。
事実、全量出荷を目指していたレタスは
すでに1/3を出荷したのみで
あとは腐るに任せるといった具合だ。
優秀なスタッフたちが
それぞれの受け持ちの野菜の生産を
しっかりやってくれているだけに
自分が担当の野菜との差が激しく
農家としても精神的によろしくない。

で、決めた。
みんなのお願いは理解しよう。
その役やその会議が大事なのも分かる。
その行事に参加することの意義も分かる。
それは理解する。
だが、断る。

これから夏野菜最盛期。
この夏服を着ている間は、
僕は農民に戻りたい。


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地域を考えるにあたって、
エリアや組織、そして係る人たちの
それぞれの認知と発揮される行為能力を
つらつらと書いたが、
どういう状況になれば地域は再生・発展したと言えるのか
その議論はしていなかった。

まったく個人的な意見だが
経済的な発展というよりも
最終的にはその地域が人で
あふれかえっているような状況ではないかと思う。
それらの人は歳月と共に高齢化するが
若い世代が次々に生まれ、そして地域に残り
もしくは入り込んできて
その活気や自治力は再生産される。
そんな状況が維持、それどころか発展していくような
状況がやはり理想だ。
だから特定の年代がたくさんいるような
そんなイメージではなく、
すべての年代が集う場所でなければならない。

これまで僕の農村を見て回った経験値は少ないのだが、
日本を含め東南アジアの農村を僕なりに見てきた。
その中で、東南アジアの
いわゆる貧しいとされる農村部は
どこもお金はなく、貧しく、生活に困っている方も多かったが
日々の暮らしやその場には
僕らの農村には無い活気があったことが
僕には衝撃的だった。

青年海外協力隊の時に過ごした
南スラウェシのバルー県の山村では、
若手の働き手も多く、村の人口も高齢者に偏っていなかった。
山村で経済的には街よりも確実に厳しい状況で、
さらに行政からもあまり重要視されず、
行政サービスが
行き届かないのが常態化していた。
しかし、それと反比例するように
村の日々の暮しには活気があった。
村人たちが必要最低限の自治力を維持し、
用水や農地維持や道の修復なども担っていた。
個人の家に洗濯機なんて無いから
川の洗濯場はいつも女性たちのおしゃべりであふれていた。
農業機械は無いから、
作業はいつも助け合い。
結なんて言葉は、日本では死語だが
その村では空気よりも存在があたりまえだった。
家の建前も村人総出で、
結婚式は村人みんなが参加して、
3日3晩つづくのが当たり前。
近くの小学校が終わると
棚田を赤い制服を着た子供たちが
クモの子を散らすように広がり
道草をしながら泥んこになって家に帰っていく。
夕方には、テラスや道のわきにある竹のベンチに
みんなが集い
若者はギターを弾き謳う。
甘いコーヒーとそれに集るハエと
賭けドミノに奇声を上げる親父たち。
常に人の話し声や笑い声が絶えない場だった。

なんて書くと
近代化と幸福感が反比例するような
ミスリードがあるようにも思えるが、
幸福感(充足感)は、
近代化された生活とは関係ないというのは
事実だろうと思う。
ただ、近代化する生活が充足感を失わせているというのは
僕に言わせれば行き過ぎの結論だろう。
何かが欠けているから
それに行きつかないだけだ。
それは近代化された生活という
ことではないことを明記したい。

ただ僕が居た村が桃源郷ではなかったことも
同時に書かないと誤解があるだろう。
家事を担ってくれる機械が無いため
女性は家事に多くの時間を奪われ
やや家庭に縛られているようにも見えた。
医療が充実しておらず、
ホストファミリーの赤ちゃんが高熱で
泡を吹いた時も
隣近所の人が集まってイスラムのお経を
永遠と繰り返し祈りで対処していた。
近所に住んでいた少女は
小学校で1番の成績だったが
親は教育に理解を示さず、
比較的裕福だったにもかかわらず、
また少女も進学の望んだにもかかわらず、
小学校卒業と共に家事や農作業のために働き始め、
若くして結婚した。
結婚の結納金(男性から女性へ)が
伝統的に高い地域だったので、
若者は金銭的に余裕のある仕事がほとんどない
村に居ては自由に結婚ができず、
国外へ従属的な労働(森林伐採・プランテーション等)に
出稼ぎに行かなければならなかった。
彼ら彼女らの明るさは
現実の辛さを紛らわすための
明るさではないかと思えることもあった。

だが、その場で僕が見た
あのにぎやかしさと
人の集まる場の輝きは
とても強い印象として僕の中に残っている。
ネガティブな部分が多いとしても、
そこに人が集えば
そのコミュニティがどんなふうに機能するのかを
間近で3年間、僕は眺めることができた。

では、僕らの社会とは
その文脈の違いに目を向けずに、
短絡的に
近代化したものを取り除いて
そこに戻れば良いというのは近代化論よりも
訳の悪い結論でしかない。
原点回帰なんて幻想でしかない。
原点とする時からの状況の変容や
そこから出発してその間に獲得された社会全体の経験や
そんなものすべてをすっ飛ばして
無理やり結論付けているに過ぎない。
原点とは、似て非なるそれっぽいものに
ベクトルを向けようという
新しい試みでしかない。
人が出ていってしまった
近代化した、そして近代性により自分たちを
慣らしてしまった僕らの生活の中で
(自由な個人が確立されて感情よりも理性が正しいと思い違いしている合理主義)
今一度、人が集う地域を創るには
どうしたらいいのか。
文脈が全く違う僕らのこの場所で
どんなことができるのか
現実的に考えてみたい。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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