今年前半の死のロード終了。
農繁期で農作業が忙しいのは当たり前なのだが、
それ以上に、今年は農業以外のいろんな用事が
入りすぎていて、とにかく目が回る。

僕の死のロードは
5月18日から始まった。

○18日~19日東京出張。
TPPに関して
全青協主催の座り込みに県代表として参加。
議員会館前に二日間座り込み。
その間、生協の見学会があったが
スタッフが代わって対応。

○20日午前業者写真撮り&午後業者商談。
吉川ナスの写真撮りと
午後からは県外の卸がやってきて商談。
まぁ、これは仕事の範囲だから良いか。

○21日生協体験受け入れ&テレビ取材の打ち合わせ
&夜はJA福井市の北部ブロック役員懇親会。
午前に体験受け入れが1件。
午後からテレビ取材の打ち合わせがあり、
夜は北部ブロックの経営管理委員さんや
支店長さんや部長さんたちと懇親会。
合間におまかせ便も発送するという忙しさ。
妻は通常出張の曜日のため
早めに帰って娘の世話や家事もした。

○22日お昼に雑誌取材&夜はアンビシ勉強会。
フリーペーパーの取材を受け、
夜は大西の発表の勉強会に出席。
予定が遅れていた農作業のため
夕方7時まで仕事をしてから、
30分で娘に晩飯を食わせ(カレーライス)
勉強会の1品持ち寄りで
トリハムのレタスサラダを作る。
勉強会は19:30からだった。
目が回る。

○23日土曜日は休園日だったが
生協の農業体験の御一行様を受け入れる。
午前いっぱいを受け入れて
午後から家の掃除。
妻は出張中だったの家事全般を午後に。
合間にビデオ鑑賞と読書と料理。

○24日地区の運動会。
公民館の運営審議委員もしているので
大会委員に名前が入っていて
朝から運動会に出かける。
もちろん、農園とグランドを行ったり来たりして
農作業もしっかりやる。
夜は妻の誕生日パーティー。
前日に仕込んでおいた
サプライズプレゼントも渡せた。
ワインセラーでカロンセギュールを買っておいたので
それを飲む。
高級ワインってほとんど飲む機会がないけど
こういう日ならちょっと贅沢しても良いよね。

○25日午後、福井県農政連の総会出席。
福井県の県青協の会長は
福井県の農政連の役員に入っているので、
総会に出席する。
ちょっと面白いハプニングというか
質問があったので、出てよかったと思う。

○26日~28日東京出張。
26日はドローン開発の会社を訪問し、
農業利用について現場の状況をレクチャーする。
27日全青協の総会&会議。
午前から会議・会議・会議・会議の4連チャン会議。
夜は2連チャン懇親会で、ちょっと疲れた。

○29日午前いっぱいテレビ取材。
農園の新人すーちゃんのテレビ取材。
僕も少し出た。
放送予定は6月27日土曜日の午後3時ごろらしい。
この日はたまっていた農作業を一気にこなし
家に入ったのは夜8時ごろだった。
こうして
今年前半の死のロードは終わった。
なんか今年は1年が長いね。





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今週も東京だった。
用事は2件。
ドローンを農業用に開発している方々に
農業の現場の説明に行ったのと、
全国のJA青壮年部の会議に
県代表として参加したこと。

ドローンについてはまた
詳しく書いていこうと思うけど
それはまた今度。

全国青年部協議会(全青協)は
とにかく会議、会議、会議だった。
出てこなかった県もあったが、
全国の青年部の県代表が集まる会議は
やはり壮観。
会議は面倒で、そこでの議論が
僕らの青壮年部にどうかかわりがあるのか
ややイメージが付かない感じではあったが、
各県の代表として来られていた方々の中には
面白い人もいて
それはそれでいい出会いになった。
それぞれの活動の中身を聞いていると
河合地区の青壮年部や
JA福井市の青壮年部も
けっこう良い線の活動をやっているよな、
と思えたのも収穫だった。

ただ、全国の話って
自分が所属している単位組織(JA福井市青壮年部)や
単位農協(JA福井市)にとっては
ほとんど関係がないような話ばかり。
単位組織の意見集約って話も出ていたけど、
僕らの単位組織が抱えている問題点に
応えてくれるというよりかは
全国としてやろうとしている事柄に
意見を出せと言うイメージが大きい。
トップダウン的に組織が出来上がったわけじゃないのに
(少なくとも協同組合の原理から言えば)
全中や県中と同じで
ボトムアップ的になれないから、
これからの時代は厳しいんじゃないだろうか、
とまぁ、要らぬ心配も少しあった。

それと
これは個人的な状況なんだけど
妻が県外で仕事をしているため、
こういう出張がある度に
小学校中学年の娘が独りぼっちになる。
近くに住んでいる父母に預けはするが、
やはりさみしいようで
精神的な負担は大きい。
もちろん、営農にも大きな影響が出る。
大きな犠牲を覚悟しての出張なのだが、
「付き合いで」「役を受けたから」というだけの
モティベーションでは、やはり辛い部分もある。
だから、ブロックを抜けたいという
県の組織が今回あったが、
その言わんとしていることは
わからないでもない。

だからこそ、全国の会議は
通り一遍の会議ではなく
実のある、勉強になったなぁ、
という実感のあるものになるといいな。
集落組織と地区の支部、
そして単位組織や県青協、
さらにその上にある全青協。
すべて農協青壮年部なのに
それがそれぞれに断絶しているという事実に
もう少し観察していこうと思う。



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有志による勉強会。
農業に携わっている、農業に興味がある、
地域おこしをしたい、地域と関わりたい、
そんな若者たちが集まる勉強会。
若者といっても、僕が最高齢で40歳だから
まぁ、もうそろそろ若者という言葉は
使わない方が良いかもね。

さて、
今回の発表は、農園のスタッフ大西。
題材は、この本。
竹内謙礼 著 『小さい会社こそ、高く売りなさい』。

ここで『小さい』というのは、
会社が大きくても赤字だったり、
市場への影響力が弱い会社のこと。
『高い』というのは、
安売りセールしていても利益が
多ければ『高い』ということらしい。
だから中小企業であっても
ある得意分野で
市場を独占しているのなら『大きい』会社になるし、
定価で販売しているのに薄利の場合は
『安い』になる。

小さい会社こそ高く売りなさい、というのは
市場への影響力のない会社ほど
利益が出るように売りなさい、ってことか。
それだけだと当たり前に聞こえるけど
中身はもう少し複雑だった。

大西のプレゼンでは、
売れない事態から解放されたいために
価格を下げることは
一時的な苦痛からの解放でしかない
と言う。
安く売れば
それだけモノが動くので、
充実し、
安心し、
忙しくなり、
楽しい感情が湧きあがり、
売れることで褒められ、
達成感もあるというが、
そういう感情と裏腹に
利益は下がり、
薄利と消耗戦の泥沼に長期的には
追い込まれてしまうのだろう。

小さい会社が大きい会社と
戦うためには
プレミアム商品戦略だという。
そのプレミアムとは
明確な違いを持った商品ということだけだそうだ。
安く売るのではなく、
違いを理解して買ってくれるお客さんを増やす。
それが小さい会社が取り組まないといけないこと。
自社商品の良さや意味をしっかり解って
選んでくれる顧客を得ることが
安売り合戦にならずに済むんだろうね。
全体の母数に訴えかけているような
価格だけのプレゼンでは、
生き残れないってことか。
だが、言うは易し、行うは難し、かな。

明確な違いを際立出せる作業は
なかなか一筋縄ではいかない。
他者との違いはいくらでもあるが
それのどれが僕らにとって
訴えたいものなのか、そこに信念がないと
上手くはいかないと思う。
お客さんが何を望んでいるのか?
なんて考えてそちらに合わせ始めると
それはそれで売れない時に
ブレてしまうからね。
あと、際立たせた『違い』は
際立った時からそのトレンドは
終わりを迎えているという事実には
しっかりと目を向けないとね。
だから信念というコンパスの針が指す先を
さらに掘り下げて、
次の変化が必要にもなるってことだと思うな。
それは転身ではなく、
独りよがりのこだわりでもなく、
価値を生み出す作用は
買い手と作り手の相互作用なので
その変化のための買い手との刺激が
僕ら作り手として受け止められるような
状況に身を置かなきゃいけないよね。

あと勉強会で思ったのは、
大きな会社と小さな会社は
地域の個人農業間でもいえることだろうが、
もう少しエリアを大きくとらえると、
今後農業参入が盛んになるだろう
農業外からの株式会社との戦いも言えることだろう。
また都市部の市場狙いの地域間競争も
それにあてはまる。
地域内部の個人農家の個別的な戦略と
地域外に対してのある程度のまとまりをもった
地域色を売りにするような戦略が重層的に
重なり合っているのが僕らの現状だ。
そしてTPPに見られるように
グローバルな中でも
僕らは『明確な違い』をプレゼンしないと生き残れない。
どの場面のどの市場で
どんな戦略をとるのか
僕らは信念のコンパスが指す先を見誤らず、
その場面に合わせて、より尖がっていかなきゃいけない。


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『TPP国会決議の実現を求める全国JA青年組織代表者総決起集会』
という、一見しただけでは
何のことか良くわからない集会に
東京まで出向いて参加した。

事実、友人との食事会で
この文言が書かれている鉢巻を見せたのだが、
「あれ?農協ってTPP賛成だったっけ?」と
反対の意味でとらえられてしまった。
『TPP国会決議の実現』って辺りが
どうしてもTPP早期妥結!って読めちゃうよね。
こういう文言って大事なんだよなぁ。
で、たぶんたくさんの人で考えたんだろうけど
その迷いぶりもやはりここでは見えちゃうね。
反対!反対!って言葉ばかりでは、
利権にしがみつく業界か!?って見えてしまって、
やはり世論的に賛同は得られないしね。
国会決議というのは、
TPPの交渉経過も中身も全く見えない中で
国会内の農林水産委員会での決議で、
『米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること』を骨子とした
決議のこと。
米と麦と牛肉、豚肉、乳製品、そして甘味資源は
関税撤廃から除外してね、という決議。
これを守ってね!という圧力行為が
今回の総決起集会というわけだった。
規模としては400人ほどの集会だった。

2日間の座り込みで、
地元選出の議員さんにも連絡を入れたが、
来てくれたのは助田議員・山本議員・滝波議員の3名で、
(滝波さんは早朝来られたようで、会えずに名刺だけ置いていった)
他に山崎議員の秘書が代理で応援に来てくれた。
が、他の議員さんからはなしのつぶて。
稲に田んぼと書いて、と農業とのかかわりをあいさつの冒頭で強調する
稲田議員にはぜひ来てもらいたかったが
農協改革の件で(稲田議員は農協改革の急先鋒というイメージ)
他県の青年部から反発の声が高いので
血気さかんの青年部の若者の群れの中には
まぁ、来ない方が身のためだったのかもしれない。
来たら来たで総決起集会自体はヒートアップして
ちょっと面白いアクシデントもあったかもしれないけど。

さて、参加しての雑感。
集会での東大の鈴木宣弘教授の話は面白かった。
交渉自体が茶番劇だと批判する教授は、
すでに着地点も決まった出来レースを見せられていると
その経緯を話してくれた。
昨年、安倍さんとオバマさんと寿司屋で
会食した時にすでにTPPはどのあたりでの決着するかも
取り決められていたという。
TPPと並行して日豪のEPAが交渉されていたが
そこで現行の牛肉の関税を
19.5%まで引き下げる取り決めがあったが、
ここでの言い訳としては
この関税率を持ってTPP交渉の要としたいということで
これ以上の引き下げはなく、オーストラリアも含めての
TPPなので、交渉の中で19.5%で押し通すような論調だった。

だが、ふたを開けてみると(まだ完全に蓋はあいていないけど)
漏れ聞こえてくる数字は9%といったような具合で
なんだか何が本当かわからないまま
国民がその数字と意味を忘れてしまう頃合いを見て
徐々に寄り切られているような
そんな状況だそうだ。
特にミニマムアクセス米として
さらに追加で20万トンほど別枠を設けようという辺りも茶番だ。
だから先生曰く、
「国会決議は意味がない。それはどんな風にも読めるんです!それぞれの品目で再生産できるぎりぎりのラインまで関税は引き下げられるし、別枠でミニマムアクセスとして買わせられてしまう」
ということだった。
国会決議の順守を声高に叫んでも
無駄というわけだ。
ある国会議員さんは、雑談の中で、
「再生産できるように無関税になってもなにかしらの補償で支払われるんだから、そこの予算取りが肝心になるよ」と話していた。
TPPの議論の中身も知らないはずなのに
国会議員がそういうことを言い出しているってことは
やはりその路線ですでに政府も国会も動いているってことだ。
補助ばかりの農業。
攻めの農業・強い農業ってこういうこと?
ソンナンナニガオモシロイノ?

でも、鈴木教授はそれも論破する。
「関税収入が減ってしまうのに、いったいどこからその補償分の予算を確保するというのでしょうか?財務省はすでにこれに対してかなり消極的態度ですよ」。
つまり補償はあっても、かなり限定的なものに
もしくは期間が内々に短く見積もられている可能性も高い。
なにせ農業人口の平均年齢は66.7歳。
人口ピラミッドだと60代から上ばかりが多い
いびつなカタチ。
だまってやり過ごせば、
時が立てた経つほど力のない業界になるのは
目に見えている。
だから少し先の未来を語るだけで
そこを満足させられさえすれば
すべて収まるように思われている。
それが情けない。


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福井に若者の就労への自立支援をする
「サポステふくい」という団体がある。
知り合いの方が務めていて、
その方からお願いされて
その利用者さんの中で
農業に興味のある方を見学で受け入れた。

諸事情合って就職に消極になっていたりする
若者を支援しようというのがこの団体の趣旨。

さて、そういう若者は
やはりあまり会話などが得意じゃないのじゃないか
と少し見学もためらったが
とてもお世話になった方&とても信頼している人からの
依頼だったので、受けることに。
しかし、その考えは偏見だった。
見学に来た若者たちは、
確かに会話が得意ではないかもしれない方もいたが、
それぞれしっかりと考えていて
話も弾んだ。
というよりも、こういう風にしてサポート支援を受けて
がんばっている人たちは
就職に対して他の人よりも
人一倍考えているような感じで
その中でも「労働」に対する視点はやや鋭く、
職場の雰囲気や上司の人柄にも
よく観察しているようだった。

農業の労働サイクルは
やはり正直言って休みがない。
朝も早い。
深夜の残業が無いだけが救いかな。
といっても、近くの農家では
スタッフとパートも
苗の接ぎ木を夜なべでやるって聞いたけどね。

見学の方からは、
僕の農園が土曜日しか休みがないことが
やはり驚きだったみたいだし、
僕が朝4時半ごろから仕事をしているのも
驚きだったようだ。
そうだよねぇ~、やっぱり「普通」じゃないよね。
土曜日休みだけ、まだましさ。
祖父や父の代では、土曜日が半ドン(午後休み)だけで、
丸1日の休みの日なんて盆と正月くらいだったからね。
生き物相手の仕事はどうしてもそうなるね。
生産様式が文化と民族的な意識を創るというのなら、
僕らはやっぱり「農民」というエスニシティになるね。

「スーパーには100円の野菜があふれていますが、そんな安い生産物ばかりで、儲けって出るんですか?」
という質問もあった。
農業に就職しようと思えば、
その経営や未来も気になるよね。
確かに農産物は安い。
家電くらいの値段がするといいんだけどね~。
携帯事業なんてすごいよね。
何万円もするスマホが
モデルチェンジするごとに良く売れて、
しかも月々自動的に何千円も引き落とされるような
ややあこぎな商売がまかり通る中で、
農業はなんとも純粋でかわいらしい業種じゃないか。
農業だから給与は低いよ、
なんて言いたくない。
現実的にはそうだとしても、
僕らはそれを「仕方がない」ものとして
受け入れちゃいけない。
100円でも他産業以上の利益が出るほど
スケールアップをするか、
200円で販売できるほど
僕らの強みがより鋭利に尖がれるか、だな。

その一方で
水と酸素と二酸化炭素と土と少しの肥料と
そしてたっぷりの日光、
僕らにとっては当たり前にあるような
エネルギーとも感じない
これらの力を農産物という形に変える作物は
本当に見事だと思う。
僕らは植物がそのエネルギーを固定していく
そのお手伝いをしているにすぎない。
金銭的豊かさを犠牲にして
心の豊かさを、なんて言わないよ。
儲かって、さらに心も感受性も豊かになる。
そんな仕事にしたいよね。

って、ぜんぜん職場見学ぽくないね。
ま、機会があれば
農業界で君たちもぜひ活躍してほしいと思う。


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まだ考えがこなれていないし
勉強不足なのだが、
こういうのもメモしようか。
地域を考える上で、その言葉と
そこへの係り方を2回に分けて書いたが、
その個人の行為能力の中身は
あまりちゃんと書いていなかったね。
それ自体が必要かどうかは良くわからないけど
このことはインドネシアの研修事業の
農業構造論の人的資源の中でも話しているので
僕は地域おこしには欠かせない要素だと思っている。

さて、個人の行為能力が発揮されるのは
その個人の事象に対する(自分自身も含めて)
認知が大きく関係している。
直感と情動のキーワードを認知心理学のそれと同じように
僕が使い分けるのはかなり無理があるので、
その辺りはまだ勉強不足でもあるので
意味が行ったり来たりするのは我慢してもらいたい。

自分を見つめる目が論理的であるかどうかは
たぶんそうじゃないんだろうと
最近
ジョナサン・ハイト著『社会はなぜ左と右にわかれるのか』を
読んでいてよく思う。
僕らの事象の認知が直感やその感情に左右され
後付けで自分の行動に対する理由づけとして
論理的思考がやってくる。
そしてその行動や視点は、他者に大きな影響を与え
またその他者の眼差しや意見や行動といった
相互作用の中で自己を見つめなおしたりもする。

となると、
先日もJA福井市の青壮年部の委員会に出席していたのだが、
農業の先輩もある年長の方から
『部長が一番偉いんだからね』との発言も
僕の行為能力をそれだけ伸ばしていく
事象となる。
その役職が持つ力というものがあって、
それが「一時的に」付帯する。
その役が終わってもその力が
自分にあるように思ってしまうような
その一時的を誤解するケースも多く、
その社会の中で悲劇的もしくは喜劇的な事象を
作り出したりもするのだろう。

行為能力が生まれるその場所には、
物事を動かす力が当然ある。
係り合いを持つことが大切だと
僕が言うのはその力が
その社会を小さくても動かしている事実が
散見されるからだ。
朝日新聞のPTAは必要か不要か?の質問が
その視点から立って眺めてみると
なんともチープな話に見えてくるのは
そのダイナミズムを感じられないのが、
そこの社会なのか、個人なのか、その辺りの雰囲気なのか、
そういうもうどうしようもない状況に
なっているということなんだろうって思う。
そのどうしようもない状況は
ここ地域でもあちこちに見られる。
だから僕らはその行為能力を
もう一度大きく起こすために
係り合いを避けてはいけない。
ただそれぞれの生活の中での係り合いなので、
「それぞれが出来る範囲で」という部分で
すでに僕らの行動力が飽和しているのかもしれない
とたまに思う(というか良く思う)。

その個人の判断同士のインターフェースは
感情と直感が飛びあっている。
いろんな役員会での決定プロセスに
毎週のように係り合っていると
本当にそう思う。
論理的な説明で物事が進むというよりも
その場の雰囲気が左右することの方が多く感じる。
場の雰囲気を作り出す力も
ミクロな話かもしれないが、とても重要に感じるな。
誰がその役をするのかも
とても大きな意味をもっているんだろう。

つらつらとメモ程度のエントリーで
まとまりがない。
だけど、こういう場で地域を彩る
いろんなことが決まっているのも事実。
無視はできない。


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地域がそれに係わった人々が
勝手な認識によって重層的に捉えられた総体であると
前回書いたが、
それらがまとまった形であるわけではなく
そこに重なったままに放置された場でもある。

まとまりがないのなら
まとまりを付けることが地域づくりかというと
そうでもない。
まとまりはつかない、という現実が
地域を考える味噌になると思う。

そのエリアをどうとらえるかは
そこにある組織やグループや仲間への
帰属意識がその根本にある。
つまり何かに参加した形で
そのエリアをとらえ、
そしてそのエリアにアクションをかけるというわけだ。
で、こうした集まりには、
それぞれ形は違えども、
個人のお金や町内会費やPTA会費などの会費や
行政や財団・企業その他関連団体による活動助成金や
イベントやバザーの売上金、
募金、賞金、寄付金etc.によって
その集まりは運営されていることも多い。
だからその捉えられたエリアでは
その集まり特有のイベントや祭りもあるだろう。
それが活発に行われることを
地域づくりだという人もいるかもしれない。
だが、
もうその活動も飽和していると思われる。
個人的な経験で申し訳ないが、
今年いくつかの団体・集まりの
役員や委員を兼務している僕は
真冬と真夏を除いた春と秋は、
各種団体のイベントやその準備の会議などで
ほとんどの週末はつぶれ、
しかもそれぞれの会議やイベントが
同じ日にぶつかってしまうほど調整が困難なほど
それぞれのその活動は多い。
これ以上増やすことなど、
そもそも1年が365日しかないのなら無理さ。
地域づくり・地域おこしの過労死が
出ないのかと不思議に思う時もある。
あっそういえば僕の前任の方は
その役職中に脳梗塞で倒れたか。
ま、この議論の方向は
また別のエントリーでその深度を深めよう。

さて、それぞれの集まりがまとまりつかないのは、
それぞれに方向性を持ち
その方向性に合わせて予算を持ち
そして行動しているからでもある。
その方向性は組織に対して
行為能力を付帯させるパワーがあり、
その行為能力の強さがイベントの動員力と規模にもつながる。
各人の帰属意識の強さもその行為能力に付加されるが
その反対もあって
組織が持つ行為能力の強さが
個人の帰属意識を強めることもよくある。
「場」が作られるとそこにパワーが生まれるのは
それが所以だ。

行為能力の違いが
まとまりを生み出さないというのは当然で
それはそれ独自の行為能力を持つから
人々をひきつける力にもなるのだから。
どこかとどこかがまとまって
一つになっても足し算的に力が増えないという事例も
良く聞くが、それはそういうことだろう。
その反対である集まりから分離独立した方が
その組織の方向性が鋭利になって
より力を得ることもある。

これは何も僕らが捉えている「地域」だけでなく
組織そのものにも言い当てはまることだろうが
それが「地域」となると
一つ別の要素が加わって、それが特徴付けになっている。
それはそれに参加している人々が
物理的にそのエリアに住居環境をそこに持っていることだろう。
その物理的制約から生まれる地縁が
すこしこの「地域」を考えるうえで重要になってくる。

僕らは「地域」の中で、何もそれぞれの組織に必ずしも
共感と同調を得て参加しているわけではないという事実がある。
その場に住んでいる中で生まれる人間関係によって
帰属意識への欲求や、外圧的だったり強制的だったり、
お付き合いだったり、で加わることが多い。
もちろん、それに参加することで
お付き合いの関係はよくなり
その物理的な住居を含めた場の環境は
その個人にとって住みやすい方向に働く場合もある。
だが、その反対の悲劇的な結果もあったりもするけど。

それぞれのそういう集まりは、
そのエリアの小さな問題を解決している場合が多い。
行政や企業では解決できないそのエリアの小さな、
でもそこに人たちにとってはとても大切な
自分たちの生活の質が向上するような問題に対処できる。
PTAの交差点での見守り活動や
町内の清掃活動、用水の江掘り、物品の共同購入、
仲間が意識する公共の場の修繕と整備、
旅行やレジャー、そして祭り。
こうした活動によって、帰属している人たちの
関係性が強化されることで、さらに組織の行為能力が高まる。
その集まりが捉えたエリア「地域」の自治能力が
同時に高まる結果にもなる。

地縁を含むという点で、
それは守田志郎がかつて表現したように、
何代にもわたっての付き合いの中で
良い代もいれば、そうではない代もいて、
それでも村八分といった言葉に代表されるような
閉鎖的な締め出しをするというよりも
少しお付き合いを控えつつ、波風をことさら立てずに
その次の代になれば、またその仲間として受け入れていくような
風土は実際にあるように感じる。
田畑がなくとも、宅地と家を建てないかぎり
アパートや借地が無いので
この場に住むことすらできないような
僕らのような農村部では、その宅地や家もまた
地縁を生み出すもとになったりもするが
生業と分離されている分、
代を経ての付き合いにはならず、
帰属意識も限定的になるのが
たぶん「地域」の衰退を生み出してもいるのだろう。

そういったそれこそ多様な感情と環境で
仕事と生活をやりくりしながら
係り合いを持つのがそれらの集まりということになる。
地域づくりをしようという意志で、というよりも、
その場に住む者が、それぞれのできる範囲で参加し、
係り合いと方向性の双方向によって生まれる
行為能力を発揮する場が「地域」なんだ。
だから構成員の参加は、必ずしも一律ではなく、
深度もまちまちのなかで、
その個人は役職や予算・人間関係によって巻き込まれて
その中心でその個人とその団体の行為能力の発揮に
尽力するのだろう。

だから、それぞれの集まりを
上部組織的に組織しなおした連合会や連絡協議会等々が
作られたりもするが、
それ自体が地域づくりに大きく力を発揮できないまま
政治的に力をつけてしまうのは、
そういう仕組みになっているからだと思う。
行為能力的には、個別案件を扱えず、
抽象的な大きな議論に対して意見と圧力を伝えるだけの
団体になってしまっている事例は、
掃いて捨てるほどあるからね。
ただそれによって得られた予算が
その下部(本当は下部ではない場合も多いが)組織の
予算という形で力づけになっている場合もあるので
一概に否定もできないのだけどね。



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スタッフと飲む。
これまでスタッフとの飲み会では
それぞれの目標なんかを話し合ってきた。
昨年はやらなかったのだが、
今年は新人も入ったことだし、
また以前みたいに、
みんなの目標なんかも書いてみようか。

新人のすーちゃんは、
・1年の農業のサイクルを知る
・社会の動きを知る
・時間外の時間を有効に使う(自己学習の時間)
だってさ。
いい子だねぇ~。
真面目だねぇ~。
農業のサイクルをまずは知ろうね。
旬が巡っていくそのダイナミズムを
ぜひここで感じてほしい。
そしてここに来て思ったのが
自分が社会について何も知らなかったということも
いいじゃないか。
知らないを知る。
だから学ぶ。
農園たやは野菜も人も育てる農園さ。
だから君が持っている花を
ここで咲かせようという努力をするなら
僕らは協力を惜しまない。
その花が咲くころに、きっと次のステップが
見えてくると思うよ。

で、仕事外の時間を勉強に費やしたい、だって。
そうさ、20代は勉強だ!
たくさん本を読んで、
たくさん集まりに参加して、
悩んだり困ったり汗かきベソかき。
青春だね。
こういう感覚が
今の農業界には少なすぎるんだ。
君を採用して本当に良かった。

4年目になるたかちゃんは、
もうちょっと具体的だ。
っていうか、彼はもう4年目になるんだねぇ。
・身体を壊さない
・人に野菜の魅力、農園の魅力を伝えていくために学ぶ実践する
・生産管理を頑張る
が目標とのこと。
彼はどうしても体が弱い。
風邪をひく回数も多いようにも思う。
だが、病気を理由でなかなか休まないので
無理をしているような気がして
ちょっと気が気じゃない時もある。
体を大事に、農作業に打ち込むのは賛成だ。
僕らは体が資本だからね。
それと彼のもっとも大きな特徴は
野菜ソムリエだってこと。
そのコミュニティにも所属していて
そこの自主的な勉強会を通じて
農業の魅力を伝えるスキルを高めようってことらしい。
いいねぇ~。
どんどんやっちゃってください。
そういうのって楽しいし、
モティベーションも高まるよな。
そして何よりも
外に向かって発信しようという
彼の意思がとても素晴らしい。
農業の素晴らしさをどんどん伝えていこう!
ってことで、農園のブログも書いてね~。

生産管理を頑張るとあるが
それは今年から農園の主力葉菜類の栽培管理を
彼が担うことになったことによるものだろう。
ベビーリーフは大西。
主力葉菜類は佐藤。
肝心要の作物の管理は
どんどんスタッフに任せようっていうのが
僕の方針。
彼のアイディアや考えが
その栽培の幅を広げてくれると期待している。
けど、体は大事にね。

さて、農園のエースになってきている大西は
こんな目標だった。
・体調管理(肉体改造含む)
・ベビーリーフ11時切り終り
・虫との戦い
5年目にもなると、
その目標はディテールにこだわりが出る。
僕が足底腱膜炎に悩むようになって久しいが
それを見ていてか
体調管理+筋肉をつけるというのが彼の目標らしい。
何十年も酷使しても大丈夫のような
体を作りたいとのこと。
そうだね、無事是名馬だよな。
ベビーリーフ11時切り終りというのは
タイムマネジメントと栽培管理のことだ。
その時間までに収穫を終えるためには
いつも切りやすいベビーリーフを用意することと
注文に合わせたタイムマネジメントが必要になる。
マネジメントを意識したスタッフが
増えれば増えるだけ僕らは次のステージの農業が
できるようになる。
そこに目が行く彼は、やはり農園のエースだろう。
そしてその品質管理を徹底するために
虫との戦いが
これから待っているというわけだ。
頼もしいね。

僕の目標は単純。
健康・体験・チーム力の3つ。
無事是名馬で
今年もたくさんのお客さんを受け入れて
いろんな体験を通じて
開発教育や食育に係わろうと思う。
で、こういう次元の農業を実現させるには
僕らのチーム力が大切になる。
農業は生産だ。
だけどその生産の中に、
ただモノを作るだけでなく
地域も人も
ローカルにそしてグローバルに
育てることができる
農業であってほしいと僕は願う。
個人じゃ決して到達できない高みに
僕らはチームで挑みたい。

さぁ、気合も入った。
これから農繁期の真っただ中に突入するが
今年もその状況をみんなで楽しもうじゃないか!



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『地域』って言葉が
その字面以上の意味を感じるようになった。
輝かしいフロンティア精神とでもいうのか
革新的な保守思想を併せ持つような言葉として
僕には感じられるようになった。
「地域創生」なんて
それだけを聞いていると(それを言っている人を見ないで)、
なんだかとびっきり力のある
呪文にも聞こえたりするもんね。

この言葉自体に何か革命的な力を
感じるようになってしまったら
ちょっと病んでいるのかもしれないけど、
僕は時々そんな風に思うこともある。

でも、これほどわからない言葉はない。
いったいエリアとしてはどこまでを言うんだろうか?
どこのだれまでがその住民なのか?
まったく定義なんてない。
ふんわりした、思想先行の言葉で、
中身や定義は等閑で、
それを連呼すれば、何か素晴らしい活動を
しているようにも聞こえるような言葉になっている。
だから、政治家が良く使いのかもしれない。
その意味は、全くといっていいほど
僕らには伝わらないし、
そもそもそれを指し示す場や人々は
そこには存在しないのではないかと思うくらいだ。
ま、それはこの本題ではない。

地域という言葉がぼやけている以上に
地域づくりという言葉は、
意味が良くわからない。
その言葉の発する力は
地域以上にパワフルなのに。

たぶん、僕も含めて、
それに係わっている「つもり」の人々が
勝手に考えているエリアというものがあり、
それがその人にとっての地域であり、
そこの発展を願っての行動が
地域づくりってことになるんだろう。
だから行政区域で見る方もいる。
それは公務員や行政と仕事をする人が多いかな。
小学校区で観る人も多いね。
地元の人はその傾向があるね。
組織単体のエリアで観る人もいるね。
農協なんかもこれに入るかもね。
PTAだったり育成会だったり
公民館だったり自治会だったり
自主的な任意団体だったり
大学生のサークルだったり
そんなそれぞれの「地域」の意識が
重層的なカタチを創っているのが
その地域ってことなんだろう。
どの意識が正しくて
どの意識が素晴らしいなんていう気はさらさらなくて
ただどれも勝手な思い込みに過ぎないと言うだけ。
僕のポリシーから言えば、
そこに既にある組織に参加し、
そこを盛り上げることが
風土の風の人と土の人とが結果的に乖離しにくい
ダイナミズムを生み出すと思ってはいるけどね。
そんな勝手な重層的な想いは、
ちぐはぐにそれぞれが尊く存在するよりも
一つの入れ物の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜた方が、
より芸術的に美しい結果を
もたらすと思うから。
ま、自分が勝手に意識している「地域」は
その過程でいったん粉々に破壊されるのだけど、
そういうプロセス(自己否定を含むような学習プロセス)を
恐怖と思うような天才肌の方には
とてつもなく辛いかもしれないが、
それが面白いと思える志向の人には、
たまらないよね。

だから、みんな、
地域を語るなら、そこにある何かに
参加してみないかい?
地域という言葉が力を持つのは
そこに「参加」というアクションがあるからで、
そのアクションがどの「場」で生まれるのかも
そこのプロセスがどんなものなのかも
そのすべてが、地域の一部となって
埋め込まれていくのだから。




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P5020832.jpg

お気に入りの観光地がある。
それは犬山にある
リトルワールド。

P5020843.jpg

野菜の苗の販売をしなくなったので、
ゴールデンウィークは
そんなに忙しくなくなった。
で、そんなに忙しくないのなら
農園を連休で休園日にして、
家族で出かけることに。
人生初めての
ゴールデンウィークの旅行の行先は、
もちろん、お気に入りの
リトルワールドさ。

何がそんなにおもしろいのかって?
そりゃぁ、世界の文化を
丸ごと体験できちゃうってことでしょう!
ということで、近くの宿に車を預けて、
完全に世界の文化を丸ごと飲んじゃおうツアー開始♪

P5020834.jpg

まずは山形。
米沢牛の串焼きを頬張りつつ、
月山の地ビールを胃に流し込む。
天気快晴。
外気はすでに28度オーバー。
ビール指数はもう100%さ!
山形バンザイ!

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サワディーカ!って言いながら
二本目は、タイのシンハービアー。
僕が東南アジアのビールの中で一番のお気に入り。
これをタイの北部のテラス近くで
スペアリブの揚げ物と一緒に流し込む。
あああ、幸せ~♪
えっ?ビール飲んじゃダメって医者が言っていた?
ああ、それはこんな天気と場所には適用されません。

P5020887.jpg

インドのビールも飲んだのだけど
それはちょっと酔いが回りすぎて
写真を忘れてしまいました(-_-;)。
でもでも気を取り直して、
アフリカ館でケニアのビールに舌鼓を打つ。
3種の串盛りは、
ワニ・ダチョウ・ラクダの肉さ!
人類の母なる大地アフリカの
懐の深さにひとしきり感心した。

IMGP2662.jpg

ずいぶん調子が良くなってきて、
ヨーロッパエリアに突入。
アルザスのワインを軽く飲み干して歩いていると、
オージーワインフェアなんて、
とても素敵な垂れ幕を発見!
さっそく白ワインを注文!
ニューワールドなんていうけど
病気や寄生虫にやられてしまう以前の
140年のワインの木があるのが
オーストラリア。
古くて新しいそのワインは、
もう芸術品だね。
この晴天にそのまま体ごと
吸い込まれていきそうになるくらい
美味かった!
って、酔っぱらいすぎているからか?

P5020889.jpg

ワインも良いけど、
今日はやっぱりビールだね。
どんどん気温が上がるから、いくらでも入る。
アルザスのレモン味のビール。
軽い感じが水みたいで
ぜんぜん酔わない。
と思っているのは僕だけで
娘曰く、「ただの酔っ払い」だってさ。
いいもん!気にしないもん!

ただ、このあたりで閉館時間間近。
ってことで焦って残りの展示品を
駆け足で巡る。
あああ、トルコのビールも
イタリアのビールも
ペルーのビール
インドネシアのビンタンビール
チンタオもオリオンも飲んでない!
ドイツのビールなんて
その売り場だけで10種類近くあったぞ!
それ一つも飲んでない!!
だけどタイムオーバー。
世界の文化を飲み干すのは
なかなか一筋縄ではいかないようだ。

P5020977.jpg

仕方ないので、宿に戻って
犬山の地ビールでご機嫌直し。
リトルワールドは、
世界の文化を見て感じて
そして飲み干す。
そんな世界最強の観光地だった。
次回こそ、すべてを飲み干してやるぞ!



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PTAの庶務が終わったと思ったら、
今年は育成会だった。
皆さんの地区はどうかはわからないが
この辺りは、PTAの会長と庶務は
次年度の地区の育成会の会長と庶務を
務めるルールになっている。

ということで、
昨晩、地区の育成会の庶務として会議に参加。
正直、育成会という名前はこれまでもよく聞いていたが
何をするのか、さっぱりわからないでいた。
その目的も、会の起りも、背景も、文脈も。
だから去年からいろんな方から
「来年は育成会だね」とお声掛けいただくたびに
やや斜交いに構える僕は、
そんな会は要らないんじゃね?
と正直思っていた。
と過去形に書くとすでにカイシンしたのかと
思われるかもしれないけど、
やるのなら、ちゃんと中身を見ようとは思っている。
ただ、今、ものすごく多くの役を抱えていて、
それぞれの会のスケジュールをすり合わせるのが大変。
1年が3650日ならなんとかこなせるのだけどな。
今年の7月は土日すべてで、複数のイベントが
重なり合っているという事実は、
その手帳を見ているだけで、なんだか笑えてくる。

さて、会議に出ての雑感。
各集落の子供会の代表さんたちが
今年度の育成会の「常任理事」
(この言葉は適当かどうかは別として)。
つまりかなりざっくりとした理解だけど、
育成会は
子供会の地区の連絡協議会というか
その地区での大きな子供会とでもいうべきか、
なんかそんな感じ。
PTAが学校を中心にした教育の場を作っていく組織なら、
育成会は地域を場にして子供たちを育む組織かな。
理念と構想というか着想はいいね。

そこでジュニアリーダーという組織の説明もあった。
前々から聞いていたけど
それなに?って思っていた組織で、
みんなあまりにも普通に話すので聞けなかったが
昨日の会議で説明を受けた。

子供会は小学校を卒業すると抜けてしまう。
で、中学に通うといろんな地区の子供たちが集まり、
その場は、当然、その地区の子たちや大人たちによって
新たに形成され、
中学生は、やはりその場を中心に動き出す。
高校も然り。
そうなると地区(小学校区)のイベントや
集落のお祭りなんかに中学生や高校生が
参加しなくなる。
参加する場の変化と地区への想いへの希薄から生まれる
当然の結果なんだろうけど、
その縦割り的な考え方に
くさびを打ち込もうというのが
ジュニアリーダーだ。
地区の中学から高校までの子供たちを組織して
いわゆる子供会の次にステップの会として
運営することで
子供たちが中学・高校という場のみに捉われず
地域や集落へのつながりも維持していこうという
そんな思想を含んだ組織みたい。
これもまた僕のざっくりとした理解なので
あしからず。

以前、ずーっと前に
このブログでも書いたと思うけど、
子供会を抜けて、再びその個人が
集落や地区に係わりを持つまでの間が空きすぎている
(大抵、結婚して子供ができるまで地区や集落とはかかわりを持たない)
のが問題だというエントリーを書いたが、
すでに、そんな風に考えて
一所懸命動いている人たちがいたのね。
そんな人たちに出会えて、
なんだかうれしかった。
意識が希薄になりすぎると
再び集落や地区とのかかわりを持とうと
気にはなかなかならないし、
係りも面倒くさいものと思って
消極的&限定的になってしまうからね。

で、ジュニアリーダーとも係りを持ちながら
今年は育成会の庶務をすることになった。
僕の持論だが、
こうした既存の組織に参加することが
地域や地区や集落を盛り上げることだと思っている。
そして、そういう立場に身を置くことが
その組織の場を「地域」として自分が捉えなおし、
その立場でそこに係わることが
本当の「地域づくり」だと思っている。
その場は、組織ごとにもそして個人の中でも重層的で
どこが自分の「地域」なのかなんて
この不完全な認知能力しか持たない人間には
「場」をエリア的に定義づけても意味のないことで
自分がその人生を過ごす
その場の福祉(幸福)の向上を目指して
自分にやれる形で参加すること、
それこそがすなわち「地域づくり」だと思っている。
僕の殺人的なスケジュールをできるだけ調整して、
今年は、この育成会でも楽しみたいと思う。
そう思える会だった。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
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