公民館の運営審議委員をしているので
金曜日はその会議と懇親会に
出席していた。
なんだか毎日そんな感じ。

さて、その懇親会の席で
考えさせられることがあった。
それは地元のJA女性部のこと。
JA福井市には、青壮年部と女性部が
それぞれ自主的な組織として
活動している。
で、当然、僕らの地区(河合地区)には
青壮年部の支部があるように
女性部もその支部があり、
それらは各集落の女性部から
組織されている。

さて、その女性部だが
昨年の役員改正時に、
うちの集落(高屋)では、
河合のJA女性部から抜ける
という判断をした。
集落の女性部として祭りや
清掃活動には参加するが
農協女性部として大きなまとまりには
入らない、というのだ。
なかなか思い切った判断だな、
と青壮年部の立場からは
思うのだが、
内情を見てみると
その判断は分からないでもない。

JA福井市の青壮年部は、その部員は
農村にすむJA正組合員家族か
農業に専念をしている青壮年と
規定がある。
集落の青壮年部の規定では
農地を所有している家族の若者
というざっくりした規定で、
メンバーを勧誘してきた。
中央と集落とでその規定は
同じではないのだが、
どちらも農業を起点として
メンバーを勧誘してきた。

一方女性部は
福井市の組織の規約はわからないので
もうしわけないのだが、
集落の話を聞いていると
必ずしも農業という
キーワードではないメンバーも多い。
入ってくれる人が少ないからだ、
と説明してくれた人もいたが、
集落のことだからと言って入ったのに
河合地区や福井市で集まると
農協色が強くなって
正組合員でもない人には
やはり違和があるのだろう。
そもそも集落では
JA女性部と呼ばず
ただ女性部としか呼ばれていないし、
JAとのつながりへの意識は
ほとんどないように思われる。

で、勝手に脱退するという
うちの集落の決定に
河合の女性部部長さんは困惑の様子だった。
懇親会では席も隣だったこともあり
またそこに集落の女性部の方も来られたので
その話題で盛り上がった。
河合の部長さんは、
「高屋は年齢制限があって、55歳になるとみんなやめてしまうルールがあるけど、それだから女性部のことを分かっている上の人が辞めてしまって、そういう決定が行われちゃうんじゃないかしら」
みたいなことを言っていた。
ある程度年齢が上にならないと
こういう活動をする余裕は若い人にはないから
負担に感じて脱退するという話になったのかしら、
と部長さんは話していた。
たしかに、上の人がいないから
事情が分からず、
勝手な脱退をしたとみることはできるが
上の人がいなくならないと若い人が
入ってこないと僕がまだ若いころ
母世代やその下の方々が言っていたのも
僕は良く覚えている。
実は、
河合地区の組織とつながっているのなら
集落の組織から役員を出さないといけないので
それが負担増につながるのだ。
上の世代の方は、地域の組織としてのつながりを言うが
その面倒な役を引き受けてはくれない、
との声もある。
集落のお付き合いで入った会が
知らないところで農協とつながっていて、
そちらの役も活動への参加も増えれば、
やっぱりみんな面倒に思っちゃうよね。

組織図では中央(JA福井市)と周縁(高屋)は
つながっているんだろうけど、
個々の活動やそれぞれの構成員の意識は
中央と周縁とで断絶しているのだろう。
それは以前僕が青壮年部について
書いたエントリーでも同じで、
集落の青壮年部の活動とJA福井市の活動は
それぞれパラレルワールドで展開されているように
感じるのもそういうことなんだと理解している。

農村が農業で規定できるようなコミュニティで無くなり、
農協もまた営農事業を中心に運営しているわけでも
無くなってしまった現状では、
こういう断絶がここかしこに表れてきても
当然だと思う。
しかも、今ではネットでいつでもどこでもだれとでも
つながれる時代になり、
住んでいる場所がコミュニティの母体になることも
少なくなってきている。
『地縁』は失われたというよりも
より力を失った形で再構築されつつあると見た方が
良いのかもしれない。
つながりを持ちたいというニーズに対する
供給はすでに過多の状況だと言っていいだろう。
共感が生まれないコミュニティが徐々に力を失う
という意味では、まさに僕らはその『農村』に
自分たちのリアルを見ているのだと思う。
ちなみにJA福井市青壮年部と
県青協(特に中央会の事務局)とも
僕の目には断絶があるように思えるが
それはまたよくよく観察し考察したうえで
エントリーにしよう。

そんなこんなで
うちの集落の女性部は
JA女性部から抜けたのでした。


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今年で8期生を迎えた
僕らのインドネシア農業研修は、
じわじわと成果を上げている。
と思いたいのだが、
その実感はまるでない・・・。

今年1月に行われたスタディツアーでは
多くの方に参加いただき、
研修卒業生にも会い、
帰国後の彼らの話も見聞きしてもらった。
いろんな思いを抱いている卒業生たちが
頑張っている日常に感動してもらったのだが、
正直、それが結果につながっているのか?
と問われれば、僕には自信がない。
この農業研修の主目的は
地域を創る農民の創造だ。
自ら現場で考え、
自分の利益だけでなく、
その業が地域にとってどういうことなのかも
考えながら、その生産様式が
地域変容の一翼を担えるような
そんな人材の輩出を期待して
僕らの、そして彼らの貴重な時間を費やしてきた。

しかし、実際に地域でリーダーシップを発揮して
農業に打ち込んでいるのは
現状では一期生のヘンドラだけという
その結果が、僕を批判する。
ここに来る人材は
申し分なく優秀だ。
僕らのメソッドに問題があるのは分かっているが、
それ以上に
ここに来る子たちの貧困度が半端ないから、
そこから這い上がるだけでも
なかなか大変だと思う。
現状では、その貧困からあがいて這い上がろうとしている
まさにそのプロセスの最中だというのが
卒業生の現状なんだろう。
あと、やっぱりかなり賢い連中は
農業そのものに焦点を当てないね。
最初から農業をやって地域づくりをするんだ、
と意欲的だったのは一期生と二期生だけだったしね。
たぶん、その時は僕もそういうことを
熱く語っていたんだと思う。
どこかで修正が入り、
その分より現実的になったんだろうけど、
その分突出はなくなったのかもしれないと
自分を反省したい。

さて、こんな話をしたのは、
その反対の人材が今ここにいるからだ。
六期生のジャジャンと並んで
七期生のレンディはしばらくぶりに
農業に主眼を置いた研修生なのだ。
しかも、レンディは
地元の彼の農業基盤は
貧困層ではなく、やや上流に所属している
のではないか、と思われるような規模と
その生産様式には十分未来を感じることができる
農業形態を有していた。
この農業研修始まって
初めての農業で十分やっていけるような
そんな規模と資金を持った農業子弟が
やってきたことになる。

彼の地元は以前のエントリーでも書いた通り
バンドゥンから3時間ほど離れた高原地帯で
野菜やお茶栽培が盛んな農業地帯だ。
一般のインドネシア農民が持ち合わせている
米への情念なんて全くなくて、
儲からない米なんて作らず、
野菜とお茶とコーヒーで儲けて、
そのお金でお米を買えばいいと
言い放てる感覚も持ち合わせている
ニュータイプだ。

その彼はここに来てから
(厳密に言えばここに来ることが決まってから)
農地を買い足した。
自分の父とは別に
自分のお茶畑を作るために。
広さは父の茶畑の1.4倍。
農地はインドネシアで営農していたたくわえと
ここでの収入で支払った。
そして先日、そこに植えるお茶の苗
日本円にして30万円分の苗を
購入して、現地の雇人に植えてもらったという。
お茶は2年間は収穫ができないそうだが、
彼が帰国するころには、お茶の収穫が始まるという。
その売り上げは荒い計算だが毎月5万円以上になる。
経費等も差し引いても、
公務員よりも高い収入になることは想像できる。
帰国してすぐに彼は
農業でランディングができる
その条件と環境をすでに揃えてしまったのだ。
このスタートを切るために
他の卒業生は何年も
農業と他の産業との間で行ったり来たりと
右往左往するのにね。

彼の条件が良いということもあるが
彼はここに来る前から
帰国後の自分をしっかりと持っていた。
だから、ここでの収入もどこに使うかは決まっているし
ここでの自己学習の方向性も決まっていた。

僕はレンディの話を聞いて
思い出した。
そう、協力隊の時に自分が言っていたじゃないか。
研修はそれを行う前が8割だと。
方向性と未来像がその本人にモティベーションを与え、
研修はただ儀式的だったり、
実際に勉強をするにしても
それは決まっていることを学習する
いわゆる作業にすぎない。
研修もツールだとすると、
それを始める前に
どれだけ自分の地域を見られるのか
掘り下げられるのか
そこからどういう未来を見ることができるのか
それにかかっているんだ。
僕はそれをアカワケギの研修で
南スラウェシでそのダイナミズムを
感じたじゃないか!

でもそこに答えがあるとなると、
僕がここで研修前の作業を
研修中のここでしようという修正をしても
やはり結果が出ていないのだから
そのやり方じゃ、ダメだってことになるね。
分かっていたことだけど
やっぱりそういう風にはならないのか。

できることなら向こうに駐在して
その村のポテンシャルと
地域農業の未来像を一緒に描くところから
始めたい。
一人一人の未来と地域への考えとまなざしを
僕もその肩越しに眺めながら
議論をしたい。
そこから始められたら。
そこから始められたら。

でも、それは現実的じゃない。
そう思うのは、僕が弱いからかな。
五期生の帰った二人の考えに
ここ最近触れることが多く、
ちょっと気弱になっているんだろう。
なぜ、僕らの思ったような成果がでないのか。
だから他に間違いがあるように思ってしまう。

今年はジャジャンとレンディという
農業志向の強い2人がそろっている。
ジャジャンは、ほかの実習生と一緒で
なかなか帰国後のスタートを切れなさそうだが、
レンディにはその期待が高い。
もはや運だな、と思ってはいけないのだが
そういう風に考えてしまうようなのが
現状なんだろう。

すぐに現地へ行くというような修正は出来ないが
ここでできることをもう少し考えよう。
少なくともレンディの事例は
他の実習生とは違うところからスタートしているので
これを丁寧に事例化してみたい。






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暇というわけじゃないけど、
読みだすとあれこれと一気に読んでしまう
時期がある。
たぶん、いまそれ。

ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会 編著 『NOヘイト!』:出版の製造者責任を考える.2014.ころから.

李信恵さんの本を読んで
無関心は排外主義に加担していると
自分も思うので、
無関心の姿勢をやめるため
この本も手にとって読んでみた。

書店に平積みされ、あふれかえる嫌韓嫌中本。
それがそのまま世相を肯定しているように
書店の売り場がメディアとして
発信をしているような状況に
陥っていることに対して
危惧を感じている出版関係者が
まとめた本。
ネットでばかり本を買うようになってしまっていて
ほとんど書店に行かない僕には
書店でそんなことが起きているとは
夢にも思わなかった。
最近のネット書店は便利で、
自分が購入した本の傾向を調べて
それの類似したジャンルを薦めてくれる。
だから、そのお薦めに従って
本を買っている僕には
嫌韓嫌中なんて本がそんなにたくさんあること自体
まったく知らなかった。
やはり無関心は
無言の賛同と同一視されてしまうことを考えると
声を上げて『変だ!』と言う必要はあるようだ。

書店の本がそんな本であふれかえれば
みんなそれが今の社会の世相だと思ってしまうし
それが正しい考え方だって思ってしまうだろう。
書店もそんな本を置かなければいい、とはなかなかならない。
それは売れるからだそうだ。
経営のことを考えれば、ある程度売れる本を置くのも
しょうがないのだろう。
ただ書店さんの意見も本書にはあり、
できるだけ反対の意見の本も一緒に紹介するなど
偏りのないようなレイアウトを
心掛けているところもあるらしい。
排外主義の本を低俗だと
間違った記述ばかりだと
上から目線で批判をしても
たぶんこの問題の解決にはならない。
同じように反排外主義的な本を出版する、
という考え方もあるだろうけど、
リベラルの本は売れない、という。
ただ本書でも、
売れる本が正しいのではなく、
思想の世界に市場原理を持ち出しても通用しないという
批判はあった。
しかし、売れる本が嫌韓嫌中本だとすると
やはり書店でそれなりにスペースを独占してしまうので
それがある程度の流れを作っていってしまうという
事実になんの対抗策にもなっていない。
では、どうしてこういう本が
世間で居場所を得たのだろうか。
それはインターネットというツールだという。
しっかりとした情報と確度の低い噂話が
混在するインターネットは
その発信者は市民の手にある以上
情報ソースはどこまでもあいまいで
しかも拡散しやすい。
この世界の中で、歴史を修正する人たちが
コツコツと活動を広げていったのだろう。
その中で右派左派の両方の情報に
自動的にさらされるのならいいのだが
FacebookなどのSNSなどでは、
自分の偏った仲間からシャワーのように
同じような偏った情報を浴びることになる。
僕のアマゾンから紹介される本のリストは
たぶん右派の人は吐き気がするような本ばかりが
並んでいたりもするのも
インターネットの力なんだろうね。

本はそれ自体が広告であり、
書店は公共空間だという本書のあとがきは
もろ手を挙げて賛同したい。
過激なタイトルをつけ
新聞や電車の広告、
そして誰もが自由に知識を得るために
訪れることができる書店で、
僕らに恐怖を与えるような
そんな節度のないタイトルを許してはいけない。

この本を読んで、僕もそう強く思った。



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最近、ブログでの農協ネタが多くなった。
ま、それもそういう立場にいるからなので、
その時々の自分の立場と興味に反映されるので
ご了承ください。
ということで、今回も農協ネタ。

昨日は、JA福井市の総代会に出席。
もちろん若輩者の僕は、
地域の総代というわけでもない。
青壮年部の河合支部長として案内が来ていたので、
ということもあるが、
この総代会で僕は青壮年部の組織代表として
28名いる経営管理委員の
1人に承認される予定だったからだ。
で、今回の総代会では
いろいろと問題点もあったようで
例年よりも少し長めの会になったが
無事に承認された。

冒頭の来賓のあいさつの中で、
決まり文句ばかりが並ぶあいさつの中で、
お隣のJA花咲福井の方のあいさつが面白かった。
覚えている程度で
要旨のみを紹介しようか。
『自民党の農協改革は単協が自由になるためのものなんです、と稲田先生あたりが言っておられるが、そんなことはない!今、資料を拝見したのですが、JA福井市は部門別損益計算書では、農業関連事業も生活事業も赤字ですね。共済事業と信用事業を中央でまとめて代理店方式にしたら、それだけで単協はつぶれてしまう。それはうち(JA花咲)も一緒だ』
という話だった。
当たり前の話で、
農業が全体的には斜陽産業なのだから
(個別ではそうとも言えないのだけど)
しょうがない。
10年以上前くらいから
農地の多面的機能なんて議論を始めたあたりで
農業の経済的意義だけでは
やっていけないと自己申告していたようなものだし。
どうして斜陽なのかは、
また別の稿でじっくりと考察してみたい。

さて、そうやって始まった総代会は
やはり農業部門をどう伸ばすべきかの質問が
相次いだ。
特に26年度の米価は暴落したこともあって
なぜここまでJAの買い取り価格が安いんだ!
という怒りの声もあった。

27年からの3か年計画を眺めていて
どの立場でもなく、
まったく個人の農家としての感想だが、
共済や信用は全く専門外なので
わからないけど、
農業部門の青果物で
ここ3年の内に2億5千万円の
売り上げを伸ばす計画になっていたが
どうやって伸ばしていくんだろうか?
という疑問がわいた。
米は右肩下がりの数字だったので、
まぁ、そうなっていくことは誰の目にも
明瞭なので、まずは妥当だとしても
9割以上がコメの兼業農家である
福井の農業構造で、
青果物をそんなに伸ばせるのか?
個人的にニッチを探して、
フルタイムで野菜作りに取り組めば、
そんな農家が多ければ、まぁ、実現可能だろうけど、
そういう構造じゃないよな。
さらに農協が共販で扱っている
農産物(ネギやホウレンソウ)の大半が
福井市場を睨んでのことなので
26年度でさえ飽和してるんじゃないか、
と意見も聞いたし、僕の市場で見ている実感としても
そんな感じを正直持っている。
またそれ以上に
飽和状態になってしまっている
JAの直売所はさらなる売り上げ確保ができるのだろうか?
と素朴な疑問だった。
先日読んだ
増田寛也氏の『地方消滅』でも
福井市はちゃんと消滅する側に
名前を連ねていた。
だから、今後人口が伸びていくことを
期待することはできない。
そして現状においても市場では飽和に近い
のだとしたら
(この肌感覚が間違っているのであれば、それに越したことはない)、
どう伸ばすのかなぁ~?と素朴に思った。
どの市場にもニッチはあるので
2億5千万くらいなら、とも思わないでもないけど、
それはそのニッチに対して
小回りの利く変化ができる団体の話なんだけどね。

そんな疑問に比例してか、
やはりそういう質問も総代からはあった。
ただ具体的な数字は出てこないので
良くわからない、というのが正直な感想かな。

もう一点、
総代会で違和を感じたのは
その会場の画一観だ。
参加者がほとんど
壮年層と老年層の男性しかいない。
もちろん、女性部や青年部の席もあったが
そこは傍聴席で、議決権もないし、
質疑もできない。
それらの権利を有した総代の方々は皆、
ある一定の年齢以上の男性だということ。
もちろん、それが多様な判断ができない理由には
必ずしもならないが、
老若男女の組合員で構成されている
農村の多様性が
反映されない仕組みになっていることは確かかも。
ま、その中でも『老』が多くなるだろうけど。
地方行政の議員構成や選挙人の構成なんかとも
こういう問題は共通しているんだろう。
そういう意味では、農協だから特別こういう問題が
あるというわけでもないだろうけど、
すくない多様性を確保できる方策は
やはり必要だろうな、と思う。

これが今年の総代会に参加してみての雑感。
経営管理委員として何ができるのかは
分からないことばかりだが、
自分なりに感じたことを
少しずつだが掘り下げて考えて
行動に移していこうと思う。



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えっと、これも終了。

増田寛也 編著 『地方消滅』:東京一極集中が招く人口急減.2014.中公新書.

ベストセラーだということと、
新聞にそのデータが載った時に
かなりショックを受けたので、
とりあえず手に取った。

東京は若者を消費しているだけで、
その生産には全く寄与しない環境だというのは
その通りなんだろう。
だから、自前で若者を供給できないため
地方からどんどん若者を吸い上げるように
東京の一極集中が続いている。
その処方箋として挙げられているのは、
田舎から街への流れを
地方の中核都市で食い止めるという考え方。
ではその中核都市で食い止めるというには、
それだけそこが東京と同等の
もしくはそれ以上の魅力を感じる都市で
なければならない。
だとしたら、なぜ、
東京に一極集中するのか、
なぜ東京ばかりに企業の本社があるのか、
その理由を考察せずしては
議論は上滑りしていくんだろうと思う。
だから、この本を読んだとき
その上滑りを感じるのも
そういうことなんだろう。

データとしては面白いし
中核都市に人口流出のダム機能を持たせるのも
分かる。
だからこそ、なぜ東京なのか?に
答えないと議論は空転するだけ。
まぁ、それはこれからなのかな?




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昨日の午後、
会議を3つ、はしごする。

一つ目は、
JICA北陸の支部長代理の方が
農園にご来園。
農園で行っているインドネシア農業研修について
説明し意見交換をする。
技能実習制度の制度的な問題点もあるが、
それを乗り越えて、
それぞれ実習生の成長を促す仕組みと
研修自体が何かの交渉と化してしまわないような、
みんなでそれぞれの成長を切磋琢磨するんだという
そういう空気感を演出できるかどうかが
ソフトとして重要だということが
確認できた。
グローバルな文脈での『農村』とダイレクトにつながることで
政府vs政府では生まれないかもしれない
ダイナミズムがあると
最近になって僕は感じることが多くなった。
8年もやってくれば
それなりに見えてくるものもあるってことか。
取り組みの規模は限りなく小さいけれどね。

あと、僕はここを『社会の最果て』と
ローカル・グローバルあらゆる意味を込めて話をしたが、
支部長代理の方が『最先端ですよ』と言っていただいたのが
印象に残った。
そうだよな、高齢化社会も衰退産業も
その最先端の最前線だものな。
という意味で、言ったのではないのだろうけど、
そんな気分。
ま、最もの果てならば、その先には常識の道がないので、
僕らがそのフロンティアを開拓してやろうという
気概は失っていないけどね。

二つ目は商工会で行われた
アグリビジネス研究会の会議に参加。
1年前からやっている研究会らしく、
いろんな企業の方々がアグリビジネスに参加するべく
勉強会を開いていて
今回は県内の農家や農業法人が参加しての
意見交換会だった。
僕のイメージでは
企業側が農業資材などの販売をしたいのかな?
と思っていたのだが、
もちろんそういうのもあったのだけど、
実際に農業分野に参入したいという企業も多く、
ちょっと驚いた。
どこにそんな採算性を見出しているのか
正直聞きたかったけど、
人見知りする僕は、こういう会議で発言するのは苦手で
ただただにこにこ笑って人物観察をしていた。

僕らはこの分野で食べている。
それはそういう生産様式の文化の中に生まれ、
前々回のエントリーで書いたが、
たとえムラと農業が意識的にも生産的にも切り離されて
生産様式から生まれる関係性という意味で
ムラは死んだと思うことも多いが
そのムラの一員として生まれ、
それに価値を感じてしまう性格が祟って
僕らはここで農業をすることを選んでいる。
これが儲かるから、やるわけじゃない。
これが好きだから、やっているんだろう、
と今は理解している。
アグリビジネス研修会に参加する企業は
もちろん株式会社だ。
出資頂いた株主を設けさせるのがその主題の活動体だ。
それがなぜ、お金にならない農業に参入するのか?
いろんな雑誌をにぎわせている
新しい農業のカタチや企業体は、
それ自体がモデルじゃなくて、
それはその企業だけの成功のストーリーに過ぎない。
数百の事例の中から成功事例を探しただけで、
残りの数百という失敗にはスポットライトが当たらない。
つねに勝者のみが語り継がれる『歴史』と同じさ。
いろいろと話を聞いていると
最後になって補助金の話が出ていた。
やっぱりそれが欲しいんだな。
でもある企業から農業に参入された方が、
『補助金を計算して、それをもらうことを前提に儲けを計算している企業は、僕の知っている限りほとんどつぶれていますよ』
と話していたことが心に残った。
それが無くても儲かるような経営体を構築できなければ
どんな仕事もうまくいくはずがない。
そしてそれは僕ら農家も一緒だ。
ある企業から農業に入った別の方は、
『農業企業体を本体事業から切り離していたら、僕らはとても資金が続かなかったですね。農業は儲けが出るまでにとても驚くほど長い時間が必要です。本体事業がある程度そこに資金を援助する形で、長い目で見て投資を続けないと儲けなんて出てきません』
だってさ。
ははは、やっぱり儲からない産業なんだね、僕らは。
やっぱり『最果て』だ。
でもその最果てに、僕は希望を持っているけど。
そんなことは株式会社の立場から考えたんじゃ、
わかんないだろうな。
だから懇親会では、
『企業人としてじゃなくて、個人的に田谷さんのところに遊びに行きたいですね』
と言ってもらったのは、
うーん、喜んでいいのか、
落ち込んでいいのか、
良くわからないけど、
その言葉が、今の僕の経営体の位置づけなんだろうね。

三つ目は、JAの経営管理委員の地区の会合。
この日は本当に分刻みの日程だった・・・。
僕が農協の青壮年部の部長になったのは
以前書いた通りだが、
JA福井市では、組織部長は経営管理委員になる仕組みになっていて、
僕は今度の総代会で承認されれば
農協の経営を判断する経営管理委員の立場になる。
なんだか降ってわいたような責任で、
僕のような若輩者がこういう場に居ていいのだろうかと
疑問もあるが、
諸先輩方が
『将来のための勉強だ』というので
そういうつもりでやっていこうと思う。
さて地区の会合では、
総代会の流れやその後の流れについて
新人の経営管理委員もいるので(僕もその一人)
説明を受けた。
その流れの説明を受けて、
こりゃ政治の世界だな、というのが僕の感想。
ま、これも勉強だ。

さてこの会合では
やはり地域がどうあるべきかを
それぞれの方が哲学を持っておられるようで
その話が面白かった。
だが、その視点は、
その前に参加したアグリビジネス研究会のそれとは
まったく別のベクトルに向いていた。
たぶんそれが
僕ら農業者がアグリビジネスで感じた
ズレのようにも思う。
同じ農業という括りで考えてみても
協同組合では、やはりそこに農村(ムラ)が
見え隠れしていて、
その分、経済的には
すっきりとした議論にならない。
今の僕らのムラのカタチに少し変化をつけて
集落営農などの少し大規模にした
いわゆる僕らにとってまだ受け入れやすい形で
変化を受け入れたものの、
その出口であった米価がここまで下落してしまうと
それだけで議論が手詰まりになってしまう。
それを打破しようとして
ここかしこで米の輸出なんてみんなが口にするが
僕には『?』しか出てこない。
議論も飛躍しすぎだし、
現実味もない。
そんなに国際的な感覚や
グローバルなスキルを身につけていないのに
どうやってそれを判断する気なんだろう、って
『?』マークがいっぱい浮かぶような
話もあった。
それは議論が手詰まりになっているからなんだよな。
僕らの価値に沿った生産様式を維持しながら、
尚且つ、米でみんながやっていけるには、
外への展開ってなる。
あまりほめられた論理展開じゃない。
だが、たぶんその辺りが
僕らの現状での限界なのかもしれない。
突破する場所はまだほかにもあるのだが、
この生産様式では、無理なんだろう。
そしてそれは全体を拾い上げる協同組合では
無理なのかもしれない。

3つの会合を半日でこなすと
頭はずいぶんと混乱する。
グローバルとアグリビジネスとムラ。
どれも農業の文脈なのに
そのどれもが、まったく価値と視点を別にしている。
その差異を楽しんだのだが、
この差異から何かが生まれるまで
僕らがそれを加工するには
まだまだ勉強と経験が必要のようだ。




関連記事
読書の記録。
といっても、
これからはよほどのことがない限り、
本への雑感のみにしようかな。

今回読んだのはこれ。

李 信恵 著 『♯鶴橋安寧』:アンチ・ヘイト・クロニクル.2015.影書房.

ヘイトスピーチにさらされる人々の心情や、
それに対抗するカウンターの行動と考え、
在日、そしてその個人の想い。
そんなことが時間を行ったり来たりしながら
綴られている本。
正直、ここまでひどい現状だとは
知らなかった自分を反省した。
愛の反対は憎しみではなく、
無関心だとすれば、
自分の無関心と無知識は
そのヘイトという人間の最も醜い部分を
増長されるのに十分なだけの加担をしてきたのだと
理解できた。
僕はもう、差別に無関心ではいない。

もともとこの本を読もうと思ったのは、
在日外国人のそれぞれの立場などを知りたいと思ったからだ。
海外技能実習生の期間延長など
その労働力に期待が高まる一方で
社会的に受け入れる土壌は全くと言っていいほど
出来上がっていない。
外国人を受け入れる場合、
平行社会を作ってしまっては
その社会の発展につながらないと思うだけに、
このヘイトスピーチをめぐる事件と事象をまとめた
本書はとても興味深かった。
事例や時系列に歴史的事実の説明よりも
そこに当事者として主体的にかかわった人の
心情の起伏の記述が僕らの心に突き刺さる。
一緒に歩もう。
一緒に考えよう。
同じ目線にはどう頑張っても無理かもしれないが、
それを認め合えるだけの優しさを持とう。
その姿勢こそが、
外国人との付き合いの中で、こういう問題を減らしていく
回りくどく見えるかもしれないが
もっと着実な道なんだと実感できた。

こういった本が増えていくことを望みたい。




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むらの江掘りに出る。
生活排水の泥揚げ作業で、
普段から体を使う仕事をしている、とはいっても
何時間も重い泥をすくい上げつづけるのは
さすがに体にこたえた。
ちなみに、言い訳みたいだが、
写真は最も楽な溝の掃除のときに撮ったもの。
この時くらいしか、
気軽に写真が取れない。
なぜなら泥の深い側溝だと
みんな殺気立ってくるので、
のんびり写真なんてとっていられないというのは
言い訳の余談。

さて、この作業、
うちの集落の農協青壮年部の恒例活動。
30代~40代が中心になって
1日かけて村の生活排水路をきれいにして回る。
昼はホルモンを焼いて、
夜は村の仕出し屋の座敷でどんちゃん騒ぎの宴会。
普段、村に住んでいても
職場は街で、平日は残業も多く
村には寝に帰るだけの同級生や幼馴染たちも、
この日は久しぶりに
顔を合わせる大事な日にもなっている。

この集まりは、農協青壮年部というのは
もう書いた通りだが、
こういった個々の集落の農協青壮年部が
それぞれの地区単位で支部を形成していて、
(青壮年部河合支部は6集落の青壮年部から成っている)
その支部の集まりが
(JA福井市の場合は25地区)、
JA福井市青壮年部として組織されている。
さらに福井県内にそれぞれのJAで組織されている
青壮年部が集まって、
県の農協青壮年部連絡協議会となっている。
もちろん、その上の全国組織までつながっているわけだが、
集落の農協青壮年部では
そこまでつながっている意識はほとんどない。
僕は27年度の県青協の会長になったのだが、
それを知る集落の部員はほとんどいないというのが現状さ。
それを知ってほしいと思っているのではないが、
その断絶ってどこから生まれてくるのだろうか、
と素朴に思うからだ。

集落での農協青壮年部の役割は、
懇親の場というのが一番大きい。
うちの集落では農協青壮年部以外に
任意の青年会が組織されていて、
農地や農業と関係のない人も入れる会がある。
なので、うちの集落では祭りの主催は
その青年会が担っているが、
集落によっては農協青壮年部が
祭りの主体だったりもする。
うちの集落の青壮年部では、
かつてはいろいろな活動があった。
各農家が農協に注文した肥料を
それぞれの農舎まで運んで(一万体近く運んだらしい)、
その手間賃を活動費にしたり、
農協の米蔵倉庫で行われる検査で、
それぞれの家から倉庫まで米を運ぶ役を担ったり、
若者でなければできない役割を担っていた。
今では、青壮年部の活動は、
側溝の掃除くらいで、
呑み会も側溝掃除の後の宴会と新年会の2回のみだ。
それでも、
爺さん婆さん世代から兼業化してしまったような
兼業2世3世(という言葉が適切かどうかは分からないが)にとって
この呑み会が村と農業を意識する数少ない
機会になっているのは確かだ。
兼業3世にもなると、自分の家の田んぼが
どこにあるのかもわからない奴もいるほど
彼ら彼女らは農業から縁遠くなっている。

さて、
その一方で県青協の集まりになると
TPP・農協改革・米価下落などの問題を
良く議論されている。
農協青壮年部なんだから
農業と密接につながっていて当然なんだろうけど
一番小さな組織体(村の農協青壮年部)から
その全体像を眺めると
それに違和を覚えることもある。
兼業2世3世にとっても
米価は関係するのでは?と思うかもしれないが、
彼らの家計収入に
すでに米は射程に無いように思われる時が多い。
親や祖父母の趣味的な位置づけだったり、
すでに他人や集落営農・法人などに預けてしまっていて
その配当にもそれほど気を留めない。
それどころか、
人足として作業に半強制的に参加させられることに
嫌気がさしているのが現状とも言えよう。
ここら辺の話ではないが、
県青協で一緒になった方の地域では、
集落営農の共同作業を罰金制にしたところ
多くの世帯がその罰金を支払う方を選んで、
作業に参加しなかったそうだ。

2006年に国際開発学会の全体シンポジウムで
日本の農村についての話し合いがあった時、
最初のスライド映像で、
「ムラは死んだ」とセンセーショナルな言葉が
大きくスクリーンに映し出された。
そんなことはないだろうと
当時の僕は思っていた。
が、あれから僕なりにここで10年近くやってきたが、
その僕は今、
あの時、ムラは死んでいたのかもしれない、
と思うようになっている。
ただそれは農村として、農業を生産様式として
その中でつながっている地縁として総体が
すでに死に体になっているという意味だ。
コミュニティが、その自治力がそれで低下したとは
思えない部分も多く、
その意味ではムラは農村からコミュニティに
変化したとみることができるが
その議論は、また別の稿に譲りたい。

いずれにせよ、
組織図の中では県青協を支える
それぞれの集落の青壮年部は、
その組織図とは全く違った言説をそれぞれに抱え、
そして全く違った価値と意味の文脈で
存在しているように見える。
だから一つに集まった県青協の力が
思ったよりも影響力が無かったり、
その論点がどこか上滑りしていくように感じるんだと思う。
なぜならそれは実体としてその最前線の
下から積み上げられたものじゃないからかもしれない。

それぞれの農村の抱える問題が
コミュニティとしての問題として
農業だけじゃなくそれ以外にも含みつつある
現状を反映するには
いろんなものがその変化についてきていないのかもしれない。
僕がそう思ったところで
何か変化が生まれるわけではないが、
今年はちょっと面白い立場にいるので
その意識と価値と意味の断絶を
たくさん発見していこうと思っている。






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今日、福井県農協青壮年部連絡協議会の
総会が行われた。
予定通り、無事
総会にて平成27年度の会長に選出され、
承認された。
大役を仰せつかり、
本当に身のしまる思いだった。

県青協との付き合いは、
さかのぼること4年前のJA全国青年大会に始まる。
福井県大会・東海北陸大会と
青年の主張の部門で勝ち上がり
全国の舞台で発表する栄誉を頂いたのが
この県青協との係わりの始まりだった。
その時の発表の中で
僕は地域を創る主体は
まさに農耕青壮年部だと話をした。
多様な地域のあり方を的確に表す言葉として
「風土」という言葉がある。
風と土からなるこの言葉には
いろいろな哲学が込められていると
僕は国内外で地域を創ってきた
いろんな方から教わった。
風は、よそ者や外の考え方。
土はそれを受け止めて、
その土地に根付かせる地元の人間。
その二つが合わさって風土となる。
地元の慣習や常識だけでは
その地域を彩る言葉には
発展しないというのが味噌だ。
そんな話を青年の主張では訴えた。

そして、今日。
その団体の会長として就任した。
外から吹く風は4年前の牧歌的なものから一変し、
TPP・農協改革・米価下落などの
危機的な暴風が吹き荒れている。
それを受け止める土は、
とてもじゃないが個では対抗できない。
だが僕ら農民は知っている。
良い土とは何か、を。
そう、団粒構造がしっかりしている土こそ
肥沃で、しかも安定性がしっかりとしてる。
それをホメオスタシス(恒常性)とも呼ぶが、
環境がドラスティスに変化しても
その内部である一定を保つ力をそう呼ぶ。
それは、一人一人の農民の有機的なつながりが
その組織のホメオスタシスを作り上げるのだと思う。
有機的につながった地元の組織が
外から吹いてくる暴風も受け止めて
それを翻訳し、解釈し、
もちろんそれに合わせて自分たちも形も変え、
そして最終的には外部が意図しなかった形で
僕らの中に埋め込んでいく。
それが、僕ら土の人間の仕事だ。
その主体的、また最前線に立つべき団体が
僕は農協青壮年部だと感じている。
僕はとても未熟で微力しか持ち合わせていない
一介のしがない農民だ。
でも僕らが力を合わせて
その土をより肥沃にしていければ、
今の危機的な外からの暴風は
いつか僕たちの営農のカタチに
なるんじゃないかと、夢想している。

1年の任期でどこまで出来るのかはわからないが、
僕なりに精一杯、
この組織の発展に力を注ぎたい。


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僕が最も苦手とする作業、
それは経理。
で、それがてんこ盛りでやってくるのが
確定申告の時期。
ここ数年は、経理担当の方を雇用しているので
ずいぶんと楽にはなったが、
最後の仕上げはどうしても自分がしないといけない。

領収書と細かい売り上げの数字の
洪水を泳ぎ切り、
今年も税金の金額が決まった。
自分で払う税金を
かなりの時間を費やして
自分で計算するなんて
我ながら偉いな、と素朴に思う。

さてその税金、
何に使われるのだろうか?
3/11の毎日新聞で
勝間和代さんのクロストークで
こんな記事があった。

勝間和代のクロストーク:feat.瀧波ユカリ/153 富裕層への課税強化

税金を納めるにあたって
「払いがい」がほしいという
しめくくりだった。
そういう感情はわかる。
でも、そういう感情が独り歩きすると
特別な権利としてある特別の層の方だけの
ものになってしまうこともある。
富裕層の特別な権利。
たとえばアメリカの寄付の制度みたいに。
金持ちは、払いたいところに払う権利がある、
ってことになるのは、どうも納得はいかない。

政治に対する文句は
選挙で言わないといけないんだろうけど、
政治そのものへの関心度は
それほど低いとは感じないのに
投票率は低い。
市民のホットトピックを
選挙の争点にしないとか
小選挙区になって死票が増えたとか
かもしれない。
応援しても実を結ばなければ
なかなか応援していても行動が起こせないもんな。
阪神が優勝するときだけ
ファンが急増するのとなんだか似ている現象かな。
勝ち馬に乗りたいという心理もあるかもね。

なんて、慣れない経理で
数字ばかりを見ていて
取り留めもないことを考えてみた。
とりあえず確定申告終了。
少ないですが、
今年も税金をしっかり納めます。

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先日、地元の雑誌社から電話をいただき
結婚のいろんな形を特集するとのことで
取材の依頼があった。

実は、結婚した当初から
ちょっとした夢が僕らにはあった。
それは、
その雑誌にあった夫婦のコーナーにでたい
というものだった。
いつしかそれ自体を忘れ去ってしまっていたけど
依頼の電話で思い出した。
14年の時を経て、
こうして取材の依頼があったことが
なんだかとてもうれしかった。

夫婦って、一番小さなチームの単位だと
僕らは思っている。
それはもちろん好きで結婚したのだけど、
これからの人生の大波小波を
協力して乗り越えていく
もっとも小さくて、
そしてもっとも大切なチーム。
1人で乗り越える強さのある方もいるとは思うが
協力することで思いもよらない方向へ
そして思いもしなかった力が
生まれることがある。
それは結婚でなくても
チームが出来上がるここかしこで
見られる現象なんだけどね。

取材では
普段は言葉にして言わないことばかりを話した。
職場が県外の妻は、週3日家にいない。
農家の長男で
農業専業で働いている僕と結婚したけど
全く農業の手伝いなんてしないし、
させたくもない。
それぞれの仕事を持っているけど、
小さな僕らのチームのテーマはいつも同じで、
「農村」「地域」「発展」「開発」などが
そのキーワードだったりする。
文化人類学の妻に
農学と農村社会学の僕。
そういえば以前来た
アメリカ人のダニエルさん(人類学)は、
「人類学と社会学の夫婦なんてありえない!」
て驚いてたっけ。
僕らのバックグランドが違えば違うほど
僕らの視点が大きく異なることになる。
一緒が楽しいこともあるけど、
僕らが学んだノーマンロングは
そのインターフェイスの中の差異を
大事にする。
だからそこに差異があればあるほど
僕らの興味は加速する。

取材でも
妻の夫婦感や結婚の話が
僕とは結構かけ離れていて
とても面白かった。
2時間近く話した内容は
とても紙面には収まっていないが、
今月発売のULARAに掲載される予定。
興味のある方はどうぞ。


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娘の小学校で、
調べ物をして報告書を書くという
授業があった。
小学校3年生でも
なかなか難しいことをやるようだ。
で、その課題を終えたということで
報告書を持って帰ってきた。
B4の紙に、テーマや
なぜそれを調べようと思ったのか、
何で調べたのか、
調べた内容と結果などが
項目立てになっていて、
それを埋めていくといった作業だった。

で、娘は、
太陽よりも熱い星はあるのか?
を調べたらしい。
星にあまり興味がないかな?と
思っていたが、
最近、ガリレオガリレイの伝記を読んで
少し星にも興味を持ったらしい。
ちょっと意外だったので
そんな話をしていたら、
「もう一つテーマがあったんだよ」と言う。
それは
「政治家は本当のことを言っているのか?」
だったらしい。
先生に見せたら、
「それは調べようがないですね」と言われ、
星を調べることにしたのだとか。

そういうことに
意識がいくのは良い。
でもちょっと小3で、というのは
この先が怖い気もする。
親の言動が
そういう影響をあたえているんだろうな。
だからといって
僕らの態度が変わるわけじゃないけどね。
親として心配だけど
その視点は褒めたい。
そういう考えを放棄してしまえば
政治はやりたい放題になる。
「ブレない・TPP絶対反対」と言って
右往左往する民主党から
政権交代を果たした自民党は、
その時言っていたことと
違うことに力を入れてしまっている。
こんな時だからこそ
そういう視点はみんなが持ち得たいな。

娘の成長は怖いけど楽しみ。
彼女から教わることも多くなるんだろうな。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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