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次はカダルスマンの
卒業研究発表を記録しようか。
彼が取り組んだのは
コシヒカリの栽培方法だ。
インドネシアでは、
日本のお米を栽培する団体が増えている。
日本人も入り込んでいる場合もあるし
日本で研修を受けたインドネシア人が
挑戦しているケースもある。
それらのほとんどはアジアで需要が高まりつつある
日本の品種米へのニーズの高まりを意識してのことだ。
それらが品種という意味でもそうなんだろうけど、
高品質という意味では
それらを調整・乾燥する素晴らしい農機の技術力によって
支えられていることにはあまり目をむいていないようにも思う。
それは前回のエントリーで記したので、割愛する。

さて、
僕の周りの知り合いもインドネシアで
コシヒカリ栽培に挑戦しているが、
そのすべてが失敗に終わっている。
大体の理由は分かっているのだが、
今回はそれを一緒にカダルスマンの卒業研究に
寄り添うことで一緒に考えてみた。

まずカダルスマンは
コシヒカリとアキサカリのポット栽培を試みた。
それぞれ品種の特徴を掴むことと
そのポテンシャルを最大まで引き出して
性質をデフォルメ化することに
この試験の目的があった。
案の定、アキサカリは70以上の分げつを付け、
コシヒカリは草丈が旺盛に伸びた。
多収と倒伏しやすい、それぞれの品種が
これでデフォルメ化できた。

集落の作見会にも参加した。
そこで追肥のタイミングを
葉色スケールを使って診断すること、
幼穂形成の時期を診断して判断することを
彼は学んだ。
への字型作付の本も読み、
いつ追肥をするタイミングなのかも
イメージが付いた(はずだ)。

また卒業研究発表では
時間の都合上割愛したが、
米の品質について斑点米や胴割れ・未登熟米のそれぞれを
文献を読んで学び
それらの発生原因にも理解を深めた。

発表では
インドネシアでポピュラーな
SRIとLegowoの栽培の説明を行った。
それらは粗稙栽培かつ分げつを多くすることで
多収に持っていく栽培法であり、
コシヒカリの密植と粗稙の収量の違いを
データから比べ、
インドネシアのポピュラーな栽培法では
コシヒカリは分げつが多くなり
倒伏する危険性が高く
向いていないことを指摘した。
栽培技術にもよるが、コシヒカリは密植の方が
収量は上がるからだ。

肥料をどの時点で効かすかがカギになるのだろうが、
さてそこまで彼が理解できているかどうかは
やや怪しい。
ただ彼自体は、帰国したのちの進路がすでに決まっており
それは米栽培とは全く関係のない世界なので、
肥料についての議論をそこまで深まることは
この後もないだろう。
彼の帰国後の進路については、
また別のエントリーに任せよう。

発表態度はとても良かった。
彼の良いところは、
言葉がとてもはっきりしていて
聞きやすいということだ。
発音が良いんだろう。
インドネシアの農業高校弁論大会で優勝しただけはある。

研修期間中、
迷走を続けたカダルスマンだけに
彼の最後の発表では
僕は不覚にも目頭が熱くなった。



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本日、インドネシア研修3年生の
卒業研究プレゼンを
福井農林高校の
課題研究報告会で行った。
例年お世話になっているのだが、
今年も学生たちの貴重な報告会の時間を
お借りして、卒業研究発表をすることができた。
福農の関係者皆さま、
本当にありがとうございました。

さて、発表順で記録しよう。
まずはイラから。

イラの卒業研究はすでに前回のエントリーにある通りだ。
羊の飼料についていろいろと調べたのだが、
最終的には、
闘羊と肉羊が混ざり合った
近代化されていない
ローカル市場に阻まれることになる。

用途と評価が厳密に言えば一致しない
ローカル市場という
もっと近代的なビジネスにとってネックになる
そういう市場の価値観の前には
日本の畜産技術がそのままでは
その通りの意味をなさない、という
とても素敵な壁にぶつかった。
こういう壁は、
協力隊が良くぶつかる壁の一つで、
僕もあまりにも久しぶりにぶつかったので
不快というよりも
どこか心地よさすら感じたのは
ちょっと不謹慎な余談。

この壁をしっかりと意識できれば
それはそれでとても意味のある卒業研究であろう。
イラは、そのプロセスを
上手にまとめてプレゼンしてくれた。
乾季に草がなくなるから
何とか手作りの飼料を与えられないか、
から出発して、
いろいろと調べまわった話、
そしてそれらを試算したら、
肉質が良くなっても高く買ってくれるわけじゃない
ローカル市場の価値に阻まれて
結局儲けが少なくなってしまうことを
9分のプレゼンに込めて話してくれた。

肝心の結論ではやや飛躍してしまい、
自分で牧草地を確保します、
というこの研究を始める前にさんざん僕が批判し、
それにイラはちゃんと答えられなかったのだが、
またしてもそれを結論に持ってきてしまうという
失敗を犯していた。
だが、まぁ、行き詰ってしまって出口が
分からなくなってしまったのだろう。
ちなみに自分で牧草地を確保するという案は、
なぜ僕から批判されたのか。
それは
彼の計画にあった20頭の飼育の場合、
その頭数を十分食べさせるだけの草量をとれる土地は
面積が相当必要で、
高速道路などが出来て天井知らずに
値上がりを続ける彼の地元では、
日本でためたお金では賄えないくらいの試算だったからだ。
僕もだからと言って答えがあるわけじゃない。
だが強いて言うなら、
大量飼育をあきらめて
彼の地元の農家がやっているように数頭に絞って
少数精鋭の飼育をすべきだろう。
闘羊としての訓練の方がこの場合大事で、
大量に飼育するより
ブリーダーとして名を挙げる方が
成功への近道のようにも思う。

イラのプレゼンでよかったのは、
原稿を見ずに、聴者に向かってプレゼンしたことだろう。
これまでの卒業生でそれができた人はいない。
原稿を全部覚えたという意味では、
とてもしっかりとしたプレゼンだったと思う。
ただマイクの使い方に慣れておらず、
マイクに唇をしっかり当てて話していたので、
声がこもり、
とても聞きづらいプレゼンになってしまったのは
ちょっと残念だった。

とにもかくにも
イラのプレゼンは及第点で
終えることができた。

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売れない野菜がある。
これほど売れない野菜はない。
それはフェンネル。

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この野菜を売り込もうとして
あちこちに声をかけたこともあった。
その時、ある築地の業者は、
「バブルの時代は、ただ高いという理由だけでその野菜は売れたけどねぇ~。最近はさっぱりだねぇ~。」
とノタマッタ。
ということは、美味しくないから、
と言われているような気がして
なんだか自分の好きな
野球チームがけなされた時のような
あの何とも言えない怒りというか
悲しみというか
情けなさというか
そんな感情も吹き上げてきたこともある。
最近は、
もう売るために作るのもなんだか嫌になって
これを喜んでくれる人に
食べてもらおう、という理由だけで
栽培している。

では、我が家ではどうしているのか。
これまでもこのカテゴリに
散々書いてきたけど、
今回は違う食べ方を紹介しようと思う。

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まずは、フェンネルのポタージュ。
たぶん、大量に冷蔵庫にあるフェンネルを
どう消費しようかと妻が悩んだのだろう。
娘はこの香りのする野菜があまり得意じゃない。
だから、これだけを調理して一品を作ったとしても
娘は食べてくれないから、娘用にまた別の料理も
必要になる。
そんな手間を省きたい時に
妻がよく使う必殺技がポタージュ。

でもポタージュにしても作り方が良くないと
娘はその香りで食べてはくれない。
そこで、フェンネル1/4に
やや大きめのジャガイモ2個を足すことに。
もちろん生クリームも入れてだけど、
この組み合わせがとてもよく
舌触りがクリーミーで、
そして控えめな香りと甘み。
味付けはスープストックと塩コショウだけなのに
とても深い味わいだった。
これは娘も喜んで食べてくれて、
無事冷蔵庫も空けることができたというわけ。

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もう一品はパスタ。
フェンネルって少し硬いイメージだけど
それをスライスしてパスタを茹でるお湯で
少し湯煎して柔らかくして、
自家製の燻製カジキマグロと一緒に
軽く火を通して
パスタになった。
これも燻製の香りを
フェンネルの香りが受け止めて
素晴らしいマリアージュだった。

独特の香りは
それだけではとても独り立ちできないのだけど
何かと合わさった時に
それぞれの個を引き立てるとても素晴らしい食材になる。
それがフェンネル。
だからこれだけを齧って
美味しくないというのは、
この野菜の評価としては妥当ではないね。


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日曜日のことだが、
河合地区のJA青壮年部の部長になった。
だからと言って
偉くなったわけではない。
順番で今年、
農園のある在所の高屋集落から
部長を出す番になっていて、
前々から
「その時が来たら徹ちゃんやざ!」と
上の方々から声を掛けられていたので、
今回、その順番通り、
そして上の方々のお声通り、
僕がその部長になったというわけ。
ま、仕事も増える分、
楽しみも増える、と思ってやろうと思う。

さて、
その河合地区のJA青壮年部の総会で
部長に指名されたのだが、
その総会も今回で35回を迎えた。
35年前というと、僕の父たち世代だ。
その世代の方々が
河合地区のJA青壮年部を立ち上げて運営してきた。
そして僕の父も
その活動に参加し、また河合の部長も務めていたのは
僕の記憶にもある。
親子が同じ組織で
同じ立場が回ってくるという面白さは
田舎ならでは、かもしれないな。

話がすこしそれるが
昨日、娘の学校の課題で
心のノートなるものがあって、
そこに故郷の自慢というのがあった。
食べ物がおいしいや野菜が新鮮なんてことを
言いながら娘と一緒に課題をしていたのだが、
そこに妻が言うのだ。
「ここの一番羨ましいのは、世代間の交流かな」と。
親や祖父母の世代から続く人間関係だという。
僕ら個人を知らなくても、父や祖父母、
もしかしたらそれよりも上の代との信頼関係で
僕らとの人間関係が出来上がっている点が
とても良いと妻が言うのだ。
たしかに、それだけで
信頼してもらえることも多いな。

青壮年部の部長に指名されるのも
たぶんそんな流れの中で、
うちの父や祖父母からの信頼によるところが
大きいんじゃないかって思う。
だから職責以上に
僕は、その信頼に応えようって背筋が伸びるんだと思う。
その感覚が、たぶん田舎ならでは、なんだろうな。
だからといってそれが重くは感じない。
だって
それはとても居心地のいい
信頼関係なんだ。
たぶん、それが故郷の自慢かもしれないな。




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1月16日金曜日のお昼12:45から
Yayasan kuncup Harapan Tani(耕志の会)の
総会を開いた。

活動報告を並べてみると
結構活動回数があったことがわかる。
大学生のゼミの受け入れや
JICA北陸との大学生セミナー、
村の秋祭りのステージといった
大きな活動や
インドネシアのタンジュンサリ農業高校からの
一団の受け入れや食事交流会など
結構忙しい1年だったようだ。

その一方で予算の消化は鈍い。
3年生の卒業研究でもあまりお金を使っておらず
(というか僕が結構個人的に負担してしまったのだけど)
繰越金ばかりが増えている。

そこで2015年度から
新たに報告会を開こうかと企画している。
ちょうど耕志の会のインドネシア農村スタディツアーが
1月23日から行われるため
それの報告会を行う形で
同時に耕志の会の卒業生の報告会も
行おうと考えている。
これまで自分たちの活動にお金をつけるために
こうした会の運営を行ってきたが
これからは外部の人たちと接する機会を
できるだけ多く持つために
会の予算を使っていきたい。

そんな思いを込めて
2015年度の活動予定と予算を組んだ。
そういう機会が増えるといいな。



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家庭科の授業で
地産地消に絡めた授業があり
地元で農業をしている僕に
話をしてほしいと
母校の小学校の先生から依頼があった。

協力隊から帰国してすぐのころは、
小学校で年に10回以上講演してまわっていたが、
ここ最近は小学生対象はなかった。
なので、何をどう話そうか
直前まで悩んだ。

ごぼうの話ということで、
妻のアドバイス通り
クイズ形式で話を組み立ててみた。
「ごんぼの風景」と題を付け
ごんぼ(ごぼうの方言)の植物としての生態や
どの国で食べられているのかという文化などを盛り込み
なぜ昔、河合のごんぼは美味しい、と
言われてきたのかを
地理学的にも話をした。
九頭竜川という暴れ川が
大野や勝山の山を削り
それが大安寺の山にぶつかり
大きくカーブをする場所が河合地区だ。
削った山砂を
河合の川辺に落としながら
数万年かけてここにとても肥沃な沖積土の
きれいな砂地の畑を形成した。
その偉大な自然を
僕らはごんぼ栽培に利用しているという話。

スーパーに行けば
いつでも売っているごぼう。
でもそれは貨幣とはまた別の価値と視点で見れば、
交換できないほどのとてもかけがえのない
生産様式が足元の河合にあると
小学5年生たちに知ってほしかった。
それは味や見た目や収穫量といった
スケールで評価できるものでもなく、
今ここの地にある、
僕らの住むこの場所のかけがえのない価値という
そういうものに気が付いてほしかった。

最近、河川工事で
洪水防止のために
数万年かけて自然が生み出した
僕らのかけがえのない畑が
撤去されている。
それを守れと言いたいわけじゃないが
その価値もわからないまま
知らないまま
気が付かないまま
消えていくことが
とても口惜しいだけだ。

だから、僕最後のメッセージは
「河川敷の畑は耕作放棄地が多いので、みんなも興味があればぜひごんぼ作ってみてくださいね」
だった。
伝わったかなぁ???

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そう思ったのは、
疫学という学問に出会ってから。
リスクの物差しとして、
安全を統計的に測ることができないか、
というのが僕のテーマだったのだが、
それに近い学問に昨年の暮れ、
出会うことができた。
その学問について詳しいことは、
今読んでいる最中なので
またまとめたら書こうと思うので
お楽しみに。

さて、その疫学の本で
加工肉と健康についてのデータがあり
赤肉の摂取量が増えても健康に影響がないが、
加工肉は顕著に表れるというのがあって、
なるほど、ハムやウインナーやベーコンは
やめようということになった。
というか、僕が勝手にそうすると宣言し
妻と娘はあきれ顔だった。

でも、ハムもウインナーもベーコンも
大好物な僕らは
それがなくなると食卓がかなりさみしくなる。
娘は肉はあまり好きじゃないが
ハムならばいくらでも食べてしまうほど好物で、
やめる宣言に一番反対していた。
加工肉で問題になるのは塩漬の過程。
インジェクションという工程が問題で、
それと健康とが統計的に有意な関係があるとのことなので、
インジェクションがなければいい。
ただ、その過程がないハムやベーコンは
びっくりするほど高いので
買って食べることは、我が家では不可能。
ならば、自分で作っちゃおう!
ということになって、
自分でハムやベーコンを作り出した。

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鶏肉の胸肉やささみ、
豚のもも肉などを
塩と香辛料に付け込んで
一緒にセロリやフェンネルなどの香味野菜も入れて
しばらく寝かす。
そして軽く塩抜きをして、
すこし乾かして熟成させ、
それをストウブ鍋でチップを燻して
燻製にすれば、
なんと簡単にハムやベーコンができた。
時間は少しかかるが
思ったよりも手間じゃなく、
また買ってくるものよりも味のいいものが
できるのでとても満足。

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で、あまりにも燻製が面白いので、
海産物にも手を出している。
タコやサーモンやカキなど。
少し燻すだけでも
風味が増してとても美味しい!

こんな世界があったなんて。
なんで今までこの世界を知らなかったのだろう。
疫学から始まった燻製の世界は
僕に新しい刺激を与えてくれた。
今年は、この調理法をもっと極めてみようと思う。
皆さんもぜひぜひ
自家燻製お試しくださいませ。
きっとはまりますよ。


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1月になったので、
そろそろ今学期も終わりに近づいている。
それはインドネシア実習生の研修座学。
今回は、こん学期に行った座学の一つ、
『グローバリゼーションと農業』について記録しようか。

農業がグローバリゼーションの影響を大きく受けて
その生産様式を大きく変化させることは、
すでに周知のこと。
TPPの議論を眺めていれば
だいたいどんなことが
この世界に起きているのか、
ぼんやりだけど解ってくると思う。

毎回、この授業ではテーマを決めて行っていた。
2013年度は、資源と原子力で
グローバリゼーションの中で
農業の受ける影響をフクシマの事例を紹介して
世界に広めようとしている原子力発電所と
エネルギー問題と環境問題を取り上げた。

今回は、もうちょっとオーソドックスに
僕の大好きな従属論的にグローバリゼーションの状況下での
農業について捉えてみた。
ちなみに従属論はよく新興経済発展国によって
影響力を無くしたと言われているが、
その理論的な構造は様々な場面のその瞬間をとらえるには
まだまだ有効で、僕らの考え方の習慣にもあっているのか
理解しやすいと思う。
マクロな純粋な理論的なことは分からないけど、
その視点は僕はまだこの世界中を映しだすと思っている。
さて、
授業の形態は、宿題で渡したDVDを観て、
そのレポートを元に60分間ほど議論する形式。

「Salud(サルー)!ハバナ ~キューバ都市農業リポート~」
キューバの有機農業を紹介するDVD。
従属論的に説明するには、
一本目にはふさわしくなかったな、と反省はあるが、
ここで言いたかったのは、
従属のみを批判し続けるのではなく、
その従属的な関係が壊れれば、いったいどうなるのか、
という意味での事例のつもり。
有機農業は素晴らしいという
構造的には何の意味もない評価はここでは棚上げしての議論。
ここまで大きな生産様式の変容が起きるんだ、
という理解があればOK。

「キングコーン」
なんどかブログのエントリーでも取り上げたDVD。
アメリカのトウモロコシで
いろんな食料が作られているというお話がメイン。
でもここではその生産様式に目を向けるのが授業の目的。
小さな農場では補助が出ても
たいして儲けが出ない。
規模拡大の路線と
それを支える補助と技術(遺伝子組み換えなど)の
構造をとらえるのが目的。
アメリカという世界の頂点に君臨する
その国の農家が取れる営農の行動戦略は、
大きなカントリーと政府と技術の間で
意外にも従属的に置かれていて、
それはただ
規模拡大と補助継続のロビー活動だけというのが
少しは垣間見られるか。

「ダーウィンの悪夢」
これが今回のメインのDVD。
ビクトリア湖のナイルパーチという
魚をめぐるドキュメンタリー。
まさにこれこそ従属論の視点だね。
安い労働力と劣悪な労働環境で加工された魚は
その復路に武器を運んでくる飛行機に載せられて
ヨーロッパや日本などの先進国に販売される。
加工所や空港施設・道路などはODAなどの有償資金で作られ、
その借金もその国が背負う。
犯罪と売春と麻薬(と呼べるほど質が高くないモノ)が
蔓延し、子供も労働者として働く。
スーパーで安く売っている白身魚という表記の
魚のフライのお惣菜は、
そのナイルパーチという衝撃な事実で、
インドネシアの実習生が大好物の食べ物の一つだったりする。
安い労働力としてこれまた従属的な関係の中で
やってくる外国人技能実習生が
好んで食べる魚のフライのお惣菜が、
それを食べることで、ビクトリア湖付近の貧困の構造を
補完するという、更なる悪夢をみんなで共有した。

『パームオイル 近くて遠い油のはなし』
今、実習生の一人が
パームオイルの会社から声をかけられている。
帰国後に、そこに就職をしたいと相談を受けていたので、
しっかりした視点と考察の出発点を
持ってもらって、その上で仕事をしてもらいたいという
僕の希望でこのDVDをみんなで観ることにした。
ダーウィンの悪夢がマクロなら、
これはもう少し近距離での従属論のフレームワーク。
どうしても日本的な視点で眺めると
環境破壊に目が行ってしまうし、
そこに暮らす伝統的生活の破壊に行きがちだが、
僕らの議論はそれを批判するところから出発した。
今の水田や畑や茶畑などの耕作地は
もともと大々的な環境破壊から成り立っている。
CO2排出問題も、パームオイル農園は大都市より
排出しているとでもいうのか。
伝統的生活ももちろん大切だが、
そこに暮らす人のリアリティなのかどうか
そこにも目を向ける必要がある。
パームオイルは一大産業だ。
それを取り巻く周りの住民の多くは
その産業で食べている。
ちなみにこの視点は前回は(2013年度)
原発と同じ産業構造と
同じような正義論が成り立つという意味で
それを批判的に考察したのは余談。
さて、その産業構造の中で
従属的な関係が生まれている点をフォーカスした。
パームオイルの実を圧搾して油をとることが可能なのは
大きな農園が所有している圧搾工場だ。
そこを中心に零細な農園が点在する。
油の実は収穫後に劣化が早い。
収穫適期も短い。
そんな構造下では、輸送手段と圧搾機と市場という
そのあたりでパワーの差が生まれ、
零細農家は従属的に置かれる。
マクロのダーウィンの悪夢でも
空港などの施設を作る資金と市場と加工技術と設備の
構造的なパワーの差で従属関係が結ばれていた。
キングコーンでも
世界一の国に住む農家だって
構造的な従属関係の中で
行動戦略はとても限られていた。
その産業の構造はどうで、
どこでそのパワーの差が生まれるのか。
そしてその産業の中で
このまま突き進むべきなのか
それともブルーオーシャンを探すのか。
それを自ら考えて進んでいける農家に
実習生たちがなることが僕の願いだ。
できることなら、そのパワーを持つ側になり、
分配と平等を意識した、従属ではない、
一方が総取りをするのではなく、
お互いに発展できるような
互酬的なネットワーク関係を
彼らが社会と結んでくれれば、
それがその地域の発展のカギになると
僕は思っている。
それが自ら考える農民だと思っている。

そのメッセージを最後に
今年のグローバリゼーションと農業の授業を終えた。



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一見すると
こういう論調はとても真っ当のように思える。
だが、本当にそうなのだろうか。

日本の“真の食料自給率”は1.5%?――【農家の窓から】

日本の自給率を
国家別にして比較するその意味は
何を指すのだろうか?
自給率が低くて大変だよって、
農業の再興が必要だよって、
そういう意味だろうか?

僕も一時期、
自給率にかこつけて農業への関心を高める
ツールとして喧伝したこともあった。
驚くほど低い自給率を示すことで
一時的にせよ、みんな危機感を持ってくれた。
で、次に出てくるのが、
自分たちで何とかしないと、という自給の意識。
これはこれでごく自然な反応なんだろう。
自給率が低いから、世界から輸入ができなくなったらお終いだ、
だから、自給率を上げないとダメだって。
じゃ、なんでこんなに低くなったの?
それは、資源の少ない国が
今よりも富める社会を作りそうとして
国家と産業界の呼びかけに応えるように
農業の産業構造の変化を受け入れた結果だ。
とデフォルメ化してしまうと嘘に近くなってしまうので
この流れは
暉峻 衆三 編集
『日本の農業150年―1850~2000年』 (有斐閣ブックス)
を参照されたい。とても良い本です。
というのは、余談。

さて、この自給率のお話、
それはそういう構造的な変化によって生まれた事実。
で、その先の議論を
どのように持っていくかによって、
ずいぶんと見えてくるものが違うというのが
最近とても気になるようになった。
ここでリンクした上記の記事の場合、
肥料やエネルギーが輸入できなくなった
『有事』の場合に備えて、という論調、
これはとても気になる。
そう、こんなところにも
こういう思想が入り込んできてしまうという点だ。

エネルギーも食料も自給率を高めて
一人で立てる強い国家を打ち立てよう!みたいな
プロパガンダを意識しているわけじゃないのに
それが入り込んでくるこの文脈は何?
意図して書いているのなら、もっと罪深いけど。

自給率が低いのは
それだけ資源のない国としての生き方・歩み方の
あらわれであって
それだけほかの国と一緒に歩むんだという覚悟が
その数字だと僕は思う。
国際分業論を意識して書いているわけじゃないので
あしからず。
あと国家としての自給率の表し方も
僕には違和を感じる。
僕らのつながりは、国家が規定するリージョンで
行われるわけじゃないことに
もういい加減、意識的になってもいいんじゃないかって
思うのだけど、
そんな流れは最近では『国家』に収斂されてしまい、
その国家の危機たる『有事』に備えだしてしまう始末。

有機農業も
食料自給率も
自然農法も
最近ではオルタナティブを生み出す力よりも
『国家』意識を補完する道具のように
僕には感じる。
危険だなぁ、この文脈は。








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さて、そろそろ
今年の目標でも記そうか。

まずは健康。
無事是名馬の故事の通り、
体調に不安があれば、何事も成し難い。
理想体重に近づけて、疫学的な予防と
飲酒を控え、
軽度~中程度のストレスを受ける環境に身を置き、
それに対してやる気が出るような毎日にしたい。

今年は、大きな役が回ってくる年。
まだ総会を乗り越えていないので
本当に僕がその役をやるのかどうか
全く実感はないし確証もないのだが、
ほぼ僕がやることで決まっている。
その役をやることで
今までは見えなかったものが見えてくると期待したい。
ちょっと変化もつけられたら、とも思う。

仕事は、昨年は細かい点で
僕はずいぶんと消耗した感があった。
発展的なクリエイティブな仕事になるよう
気持ちの切り替えも大切だ。
新しい作物や品目にもまた挑戦したいし、
昨年の失敗からもっと品質の高い野菜を栽培したい。
いろんなチャンネルで販売しているが、
直接つながってくれているチャンネルを
もっと伸ばしていきたいね。
さらに今年は、スタッフの新人も入るので、
それによって生まれる営農の変化も楽しみ。

インドネシア研修事業は
ややマンネリ化しつつある。
が、新人も含めて人が少し変わるので、
その変化を大事にしたい。
今年は2名が帰国するが、
新たに来日を予定しているのは1名だ。
4名体制の研修は、当初の3名体制に戻す。
その分、彼らとのコミュニケーションが多くなるし、
手もかけられる。
今年採用のスタッフ新人の子は、
インドネシア語ができる子なので、
そこでどんな変化があるのか、それを楽しもうと思う。
8年目の研修事業は、
何も考えずに継続すると決めた10年にあと2年と迫る。
何かそろそろ次の展開がほしい年でもある。

勉強だが、自分のテーマが増えてきてしまい、
有効な読書ができないまま
昨年は終わってしまった。
人口と移民の問題を主テーマとして、
グローバル化する中での僕らとインドネシアの
農村社会の変容や環境問題・気候変動も考えていきたい。
どこかで発表できるような
そんなイメージで勉強を続けられれば、と
思いながらやっていこう。

これまで研修優先で
あまり情報をオープンにしてこなかった
技能実習生の制度についても
少しずつだが、記録をしていこうと思う。
こうした制度下で
僕ら日本とインドネシアの農家同士が
どうやってつながって
どういう未来を開拓しようとしているのかも
これからは情報発信の対象としたい。

勉強会は、
僕が決めることじゃないのでわからないが、
昨年は毎週から月2回(実際には月1回)に変更した。
1回の内容が濃くなったが
その分の労力は大きくなった。
みんなが集まって議論する場をこれからも続けたいが
メンバーの意識にも任せたい。

料理では、
最近、燻製の技を身に着けたので、
それをもっと発展できるように研究しよう。
新しい野菜と燻製のマリアージュも考えたい。
凝った料理も良いが、
簡単に家庭でも楽しめる料理も増やそう。

家族では、
家でのパソコンの時間を減らそう。
と言いながら、朝からこんな文章を書いているけどね。
その意味で、FBとブログのリンクも切り離したのだけど。
少なくとも夜は、パソコンを開かないようしたい。
あと、僕も娘もボードゲームが好きなので、
休日は娘と一緒にもっとボードゲームができるように
したいね。

書くことでは、
今年も雑誌や新聞の連載は続けたい。
もう少し内容のあること、テーマを絞って書ければと思う。
ブログはこれまでSNSの『いいね』の意識があって
なかなか書ききれない部分もあったが、
その呪縛を年末に解き放ったので、
以前のように書きたいことを書こうと思う。

あと、
できないことは『できない』とはっきり言うようにする。
昨年は、これができなかったから
いろんな人に迷惑をかけた。
それと、ディテールは大事だけど、
細かいことに気をかける癖も
やめたいね。
妻が言う
『選択的集中』を
僕も今年の目標としたい。

と、まぁ、こんな1年になれるように
目標として精進していきたいと思います。
今年もよろしくお願いします。





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1月1日は家族で映画鑑賞。
昨年も映画館へ出かけたので、
今年も正月から映画館へ。

思えば、僕が小学校の時は
必ずお盆と正月は映画館に行ったのを思い出す。
あの頃は、席の予約なんてなくて、
立ち見で見ていた。
毎年恒例、
というのがなんとも家族の響きらしいので、
僕らも映画館へ行くのを
毎年恒例にしようと思っている。

さて見たのはベイマックス。
ディズニーの映画は良くできていて
山場や笑うツボがバランスよく配置されていた。

ただ観終わって、僕はある違和感が残った。
それは種明かしになるので、
ここから先は、見た人のみ読んでほしい。


ベイマックスが
空間の異次元へ取り残されてしまい、
その身を犠牲にして
主人公と教授の娘を助けるのだが、
その助けた後に、残されたデータを元に
主人公が
ベイマックスを復活させるシーンがある。
まさにそれに違和を感じた。
えっ?それでいいの?って感じ。

肌感覚からいえば
あれほど親しみ合った
ベイマックスは、まだ異次元をさまよっているのであり
データから再現されたものは、
ベイマックスと全く同じ機能であったとしても
また全く同じ記憶だったとしても、
やはり別物だ。
そう感じる自分がいた。

これは僕らの持つ生死観と西洋のそれとが
違うことによる違和なのかもしれない。
脳が死ねば、体の臓器は
ただのパーツにしか過ぎないかもしれない。
それは論理的に僕も理解している。
だから脳をつかさどるデータが
手元にあれば、
それで新たにベイマックスを復活させることができた。

でも抱きしめたあのベイマックスは
それじゃない。
思考だけじゃなく、その総体が
その対象者なのだ。
だから脳死を巡る議論では
理解はできても感情的に整理されないのかもしれない。

さらりと映画終盤で
ベイマックスが復活するシーンを盛り込めてしまう
その思考に、
僕は違和というよりも
怒りに近い感情が湧いてきたのが
自分でも理解できた。

とてもいい映画だったが
こういう点で僕とこの映画製作者との間に
大きな差異が存在することが
分かった。

子供映画といえども
なかなかその背景に隠された意識は、
考察に値する。

皆さんもベイマックスを観たら
その感情がどんなものだったかを
一度考えてみてください。


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新年を読書録で迎えるのも一興だろう。
えっ?酔狂?
まぁまぁ、今日は元旦ということで。

リンダ・グラットン 著 池村千秋 訳 『ワークシフト』.2012.プレジデント社.

ちょっと前の本だが、とても評判になった本。2025年の孤独と貧困から自由になる働き方の未来図という帯がついていた。2025年には今とは違う働き方への変容が生まれるというのが本書の趣旨。今の職業生活を見直し、変容の生まれる要因を理解し、それに合わせたよりよい働き方へのシフトを提案している。では、シフトすべき働き方はどのようなものなのだろうか。

それは、ピラミッド型の組織と交換可能なゼネラリスト的技能よりも水平型のコラボレーションと磨き上げられたスペシャリスト的技能へのシフトと筆者は言う。その変化をおこす3つのシフトを著者は説明する。第1にゼネラリスト的な技能を尊ぶ常識を問い直すべきだとする。インターネットにより何十億もの人がつながり合う世界では、ゼネラリストは必要なくなり、それぞれ個人の技能を高めセルフマーケティングが重要になってくる。第2に個人主義と競争原理の常識を問い直し、人間同士のコラボレーションと人的ネットワークがタスク成功のために重大性を増してくる。第3にこれまでの常識どおり、貧欲に大量のモノを消費し続けることが幸せなのか問い直すべきだ、としている。質の高い経験と人生のバランスを重んじる姿勢に転換するほうが幸せだ、と説いている。

そしてこのようなシフトが起こる要因として5つの要因を解説する。テクノロジーの進化・グローバル化の進展・人口構成の変化と長寿化・社会の変化・エネルギー環境問題の深刻化を挙げている。グローバル化の進展と人口構成の変化がその時代時代の常識を変えていき、それを支えるテクノロジーが進化することで、人々は瞬時に世界とつながることが可能になる。だがその一方で深刻なエネルギー不足により、実体的な移動が困難になり、人々の仕事はバーチャルな世界へと切り替わる。著者はそんな予想をたて、3つのシフトが起きた世界とそうでない場合とをいくつかの物語を作ってケーススタディしている。

そのケーススタディで何度も出てくる考察として、第2のシフトと関係するが、3種類の人的ネットワークだ。まずは、ポッセと称されるネットワーク。ポッセは、比較的少人数のグループで、同じような専門分野の集まりだ。職場の同僚の場合もあるし、友人だったり、異国の知り合いという場合もある。目の前の課題を解決する場合に必要な力を貸してくれる仲間たちだ。声をかければいつでも集まれる(バーチャルも含めて)、そんな仲間たち。次はビッグアイディア・クラウドだ。自分の人的ネットワークの外縁部にいる人たちで構成されており、自分とは違うタイプの人間とのつながり。友達の友達がそれに該当する場合が多い。ある専門的問題をまったく自分とは異なる視点から物事を見られる人たちの集まりで、メンバーの数は多い方が良い。ポッセは問題を素早く解決する力になってくれるかもしれないが、本当の意味でのイノベーションを生み出す源泉にはならない。ビッグアイディア・クラウドは、ポッセで出来ないイノベーションを生み出してくれる。そして3つ目は、自己再生のコミュニティ。テクノロジーの進化でバーチャル空間の魅力は広がり、ビッグアイディア・クラウドの人間関係の中で多くの仕事をこなすようになるだろうが、それとは異なり自己再生のコミュニティはバーチャルではない関係性。専門技能の持ち主の集まりでもないため、ポッセでもない。コミュニティのメンバーと現実的にかかわり合うことで、プライベートな時間をくつろいで過ごし、生活の質を高め、心の幸福を感じるような人間関係のことを言う。テクノロジーに頼れないのも特徴的だ。

こうしたシフトとそれを生み出す要因によって、僕らの仕事や生活への価値観が大きく変化するという未来予想図だった。3種類の人との関わり合いが、そのシフトを大きく支えてくれるというのも著者の主張だった。著者の主張では各論ではいくつも反論できるが、直感的にそのシフトが向かう方向にあながち間違っているようにも思えないのが本書の魅力だろう。モノを大量に消費することを目的とするよりも何かを創造することが目的となる仕事。金銭的な評価よりもやりがいと充実感を得られる仕事。まさに、僕らが直面している価値観にこの本は、ある程度の答えを僕らに示してくれている。

これを僕らの仕事に当てはめてみようか。
僕らは農業というスペシャリストの集まりだ。ここに入ってくる若者も初めはゼネラリスト的な役割を夢見ていたかもしれないが、業務内容は自然のダイナミックな変化に生産技術で対応するという専門技術とさらにその成果物と市場とのバランスを読みぬいてすり合わせていくというこれもまた専門技術による仕事だ。ネットの進展で、僕らの市場も地元の市場のシェア率を徐々に減らしながら、日本中に野菜を送り届けるようになっている。インドネシア農業研修では、金銭的な儲けは全く見込めないという意味では産業としてなりえるのかどうか不安はあるが、人口の変化に今後不足するであろう労働人口への補完的な一種の事業となりえるだろう。ただ単に安い労働力を確保するという意味ではなく、僕らの場合はその意味ですでに本書のようなシフトを遂げているが、ここに集まって労働することで僕らはインドネシアの彼らの地域の問題も解決するタスクを負っている。近くを単焦点に見れば、僕らの関わり合いは、農園ビジネスを発展的にさせるポッセということになるが、望遠的に眺めてみれば、それはグローバルな問題解決の糸口だったりもする。ビッグアイディア・クラウドがもっとバーチャルな世界で進めば、これから先は、ここに居ながら彼らとのつながりをより発展的にし、それを通じて今よりも広範囲の農村問題や環境問題にも僕らは関わるつもりだし、その用意もしている。自己再生のコミュニティという意味では、まさにこれは僕の主題でもある地域を創る活動に入っているだろう。既存の組織の盛り上がりを含めて、仕事とはちょっと離れた社会的な活動への参加とそこでの人との関わり合いが、まさにそのグループとも言えよう。生産と生活とが相まって、現実的なフィールドでの労働と生活、そしてバーチャルな空間での僕らのつながりがいろんな問題を解決する、もしくはそれに立ち向かうためのツールになることを、僕はこの本を読んで夢想した。

2015年の最初の読書としては、とても良い本に出会った。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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