研修2年生の
技能実習生ジャジャンは最近悩んでいる。
まぁ、人生を変えようと
日本に技能実習生としてやってくる外国人のほとんどが
深い悩みを抱えているものだし、
そうじゃなくても
20代前半の若者というのは
特に悩みが多いころかと思う。
さて彼は今、何に悩むのか。
それは、3年生の課題である卒業研究について。

彼は帰国後Sosin(ソシン)という
葉菜を通年栽培する計画を立てている。
ソシンは、インドネシアでは、
チンゲン菜と並んでとても一般的なアブラナ科の野菜で
日本の小松菜やしろ菜のような野菜。
で、卒業研究は毎回
帰国後の自分が描くビジネスに合わせて
それぞれが研究内容を計画して
実際に圃場で実験したり、
先進農家にインタビューをしたりして
そのビジネスへの理解を深めていく作業となっている。

さて、そのソシンの通年栽培のビジネスで
来年から始まる卒業研究において
何を研究すれば
よりその課題を克服できるのか
この夏から悩み始めていた。
ソシンの栽培自体はそれほど難しくない。
いや地の問題もあるが、
輪作昆作を予定しているので
何とか解決できるだろう。
もちろんそれを課題にしていいのだが、
2~3回栽培したくらいではいや地なんて
出てこないので、対照実験にならない。

ソシンの栽培自体は難しくないが、
それを通年でやろうとなるとやや難しい。
通年栽培の技術が確立できれば
販売で有利に立てるというのがジャジャンの見立てだ。
一番のネックは、灌水用の水だろう。
インドネシアの乾季は
葉菜類にとても厳しい環境と言わざるを得ない。
とくにジャジャンは条件不利地の農家なので、
水確保が難しいという。
だから彼の地域は比較的に水が必要ない、
タバコ栽培が盛んで、
乾季真っ只中は、そのタバコを天日干しにして
加工で仕事を作っているのだという。
だったらそのままタバコを続ければいいのだが、
昨今、タバコは値下がり傾向で
昔に比べて割が合わない仕事になっているらしい。
それに代わる安定収入ということで
彼はソシンに目を付けている。
では、灌水の水確保の実験は
それ自体研究となりえるのだろうか?
ポンプ性能を調べたり
スプリンクラーでの灌漑実験も考えられるが
ジャジャンはそれだけではすぐに実験が
終わってしまうと考えている。
1回きりの卒業研究だから
もっと実のあるものにしたい。
それが彼の希望だった。
余談だが、
彼はすでに1年目にためたお金で
それほどの広さではないが
水源の近くの土地を手に入れた。
灌水用の水確保の問題点には
それなりにアプローチをとり
着々と帰国後に向けて準備はしている。

さて、
そんな中で、月間レポートのお悩み相談項目に、
どういう研究をすれば
実のある卒業研究になるのか?
と彼自身、僕や他の実習生に問いかけてきた。
なので、これは来月までの僕らの宿題にした。
これから来月の月間レポート作成時までに
ジャジャンが抱えている地域の農業の問題点を
俯瞰的に見て
その中でソシンを栽培するにあたって
何が障害となり、
どうしればその障害が取り除かれるのかを
みんなで考えながら、
彼の研究テーマに近づいていこうと思う。
こういうプロセスが
ジャジャンを含めた実習生の
力が飛躍的に伸びる瞬間だったりもするので、
僕自身、一番楽しい作業だったりもする。





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9月6日のエントリー
「週刊エコノミスト(9/2号)宮島喬先生のコラムへの反論」
いろんな方からご教授いただき、
やはり抗議はした方がいいということで、
先週末に書面にて抗議文を担当デスクの方に送った。

抗議文の詳細はここには載せないが、
エコノミストで無断使用された写真の
元記事のコピーと
9月6日のエントリーのコピーを添付し
自分たちの活動についても
すこし触れて、以下の2点を質問した。

①エコノミストで写真を使用するときのルールについて。
②宮島喬さんはコラムでこの写真を使用することを許可したのか。もしくは、宮島さんの指示だったのか。

これについて、担当デスクの方から
直接お電話をいただき、とても丁寧な回答をいただいた。
まず①についてだが、
毎日新聞で使用された写真はデータベース化されており、
とくに使用を規制されない場合は
そこからイメージカットとして使用することが
日常化しているとのことだった。
つまり自分が新聞に載って、
そこで撮られた写真は、撮られた本人が転用を禁止しない限り
データベース化されてどこかで無断で使用される
可能性があるということか。
こういう風にちょっとずさんに使用されているとは
知らなかったので、少なからずショックな回答だった。
これからは取材を受けた際には
撮られた写真の転用を禁止するようにその旨を
記者さんにお伝えしよう。

次に②について。
掲載コラムのゲラができた段階で
写真が入っているケースは少なく、
宮島先生も写真の内容までは確認していない
とのことだった。
写真は編集の過程で、データベースから
元写真の記事などはあまり考えずに転用したらしい。

これらの回答を得たうえで
今回の宮島コラムに僕の写真が適当ではなかったことの
謝罪を受けた。
なので、この件は一件落着にしたい。

この件で、僕はまた新たな学びを得た。
それは撮られた写真が全く別の文脈で
しかも別の意味をもって転用される怖さだ。
そこには僕らの意図は一切存在しないのに
新たに付加された編集者の意図と共に
別の文脈で、僕の知らない写真の「僕」が
活き活きと雄弁に語りだすという事実だった。

今回の一件で
いろいろとアドバイスをいただいた皆さま
本当にありがとうございました。
これからは僕も気を付けて取材対応すると共に
僕自身も執筆者の一人として
元資料の意味や意図をしっかりと理解して
さらに出典を明記して
使用していきたいと思います。
今回は、皆さま、本当にお世話になり
ありがとうございました。


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毎月1回のペースになった勉強会。
9月の発表は
農業資材の販売も手掛ける会社で働く、白崎君。
本はこれ。

西辻一真 著 『マイファーム 荒地からの挑戦』:農と人をつなぐビジネスで社会を変える.2012.学芸出版社.

農業の分野では結構有名な著者なので
参加したみんなは、
ある程度はマイファームのやっていることは
理解しての参加だった。
マイファームとは何かをざっくりいえば、
全国の遊休地を体験農園に変えて、
それに付帯するサービスを売り出そうとしている会社。
耕作放棄地の拡大を懸念してきた著書が
見出した新しい農地活用の活路、という感じかな。
遊休地が市民農園になり、
その近隣の人たちの憩いの場になるのは
とても素敵なことだ。
また有機農業のプロを育成するような
教育事業にも積極的だ。
そしてそこで生み出されたプロの農家を
著者らは「畑師」と呼び、
生産だけでなく体験農園の運営や
教育事業の講師などを務める仕組みも作っている。

なるほど。
本当になるほど、と思う。
僕が師と仰ぎ、大学在学中にいろんな薫陶を受けた方の一人に
白石好孝氏がいる。
西辻さんもきっとこの名前はよく知っているだろう。
その白石氏が90年代半ばに練馬の農家仲間と一緒に
市民農園を立ち上げたのは、
僕にはまだまだ記憶に新しい。
あの時の僕は、農業は生産力をどう向上させるか、
しか頭になかった。
品種改良の育種だったり、土壌をどうやって肥えさせるのか、や
効率よく生産するための機械化だったり、
収穫後の保存法の確立など、そんなところに
農業の課題解決があるんだと思って大学で勉強していた。
だから、白石氏たちの農地を一般市民に貸し出して
そこでのサービスを収益にするという発想に
ずいぶんと衝撃を受けた。
ああ、もうモノを売るのが農家じゃないんだって
初めて気が付かせてくれた方だった。

あれから10数年が経ち、
この本の著者の取り組みが農業界をにぎわせ始めた頃、
僕は師匠とこの取り組みについて意見交換をしたことがあった。
その時師匠は、
「いやいや、やられたね。今の子たちの感覚にはついていけないかもな。これからの時代はサービス自体を売るんじゃなくて、その仕組みで商売するんだね」
といっていたのが記憶に残っている。
もちろん、農業は今でも生産がメインではあるが、
しかしもはやそれだけが農業ではなく、
師匠の市民農園のようにサービスを売るのもあれば、
その仕組み自体を武器に商売する時代なんだろう。
ま、それは農業だけに限ったことではなく、
他の業種はとっくの昔から、
モノなんて売らずに仕組みで商売しているんだけどね。
今の世の中はモノにあふれ、
自給率が40%切っていても、食糧廃棄が毎年2000万トンもあり、
海外への食糧援助以上に食べ物を捨てるこの国では、
もはや農業生産物を販売しても
価格低迷に悩まされるだけなのだろうか。
何か「ヨイモノ」をたくさん作れば、
たくさん買ってもらえる、という
僕らには真っ当に想うビジネススタイルは
たぶんもう古臭い感覚なんだろうな。
とてもいい勉強になった。

さて、その上で、少し批判もしたい。
この仕組みは耕作放棄地を解消できるのかどうか、だ。
今や日本全国の耕作放棄地を集めると
滋賀県ほどの面積になる。
そしてそのほとんどが、中山間地。
とてもアクセスが不便で、農地も狭く、
鳥獣害もひどい場所がおおい。
ある中山間地で農業をしている知り合いは、
草や竹に浸食され、
どんなに対策をしても鳥獣害に悩まされている
その現状を「山が迫ってくる」と表現していた。
そんな全国の中山間地の耕作放棄地に
この仕組みは解決策になるのだろうか?
まず無理だろう。
この仕組みのサービスを受ける市民が
多く住む都市部に近く、
もちろんアクセスもよく、危険も少ない場所でなければ
この仕組みは展開できない。
つまり、都市部の遊休地が対象であり、
中山間地の耕作放棄地ではない。
白崎君のプレゼンだったので
僕自身が本書を詳しく精査していないが
そのあたりの単語の使い分けが
どう意図的に行われているかに注目してみても
面白いかもしれない。

ちょっと前に新聞をにぎわし
このブログでも取り上げた
2040年の20-30代の女性人口の変化は
とても過激な内容で、
福井でも池田や大野なので現状の7割の人口が減る
という予測だった(福井市でも半減)。
つまりどんどん人が地方から減っていくのだ。
そんな中で、農と人をつなぐ著者のアイディアは
どこまで勝負できるのだろうか。
それは都市近辺に住む人間だけへのサービスなのか
本当に地方再生の起爆剤の一つになるのか、
今後も注視していきたい。

と同時に、
僕自身もその問題の渦中にいるので
なんとか農業の持つ力で、その問題の解決にも
取り組んでいきたいと思うのだが、
なかなか今のセンスについていけないのが
現状だな。
もっと勉強しなくては。




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かなり前にあったことだけど、
忘れてしまわないうちに記録しようか。

農園にはインドネシアの実習生がいる。
その彼らは、
皆20代前半で、普通の成人男性であるので、
異国の地にいてもやっぱり恋はしたい。
いいな、と思う日本人女性に出会ったりもするだろう。
でも、
休日でも普段はインドネシアの友達と一緒に
過ごすことが多く、
なかなか若い子との出会いは少ない。
そんな中、近くのドラックストアーのレジにいる
大学生アルバイトの女の子が可愛いと
彼らインドネシア実習生の中でブームになった事があった。

しかも時間帯によっては、
集落の近くにあったファミリーマートでも
その子がアルバイトしていることが分かった。
(注意:集落の近くにコンビニがあった時の話で、
そのコンビニは今は無くなってしまった)。

そこでその子の気を引こうと
彼らは何度もそのドラックストアーやコンビニに
買い物の用事がなくても通った。
用事がないので、店内では手持無沙汰だ。
雑誌コーナーに行っては読めないマガジンを手に取り、
レジをチラッと見る。
お菓子を物色しているように見せかけて
レジをチラッと見る。
菓子パンを選ぶふりをしながら
レジをチラッと見る。
そんな繰り返しだったとか。
そのチラッと見る所作の中に
愛の眼差しを送っていたのだろう。
まぁ、そんな求愛行動は通じるはずもないのだが、
それが、チラ見をするたびに、
こともあろうか、そのレジの女の子と
目線が合うというのである。
しかもしっかりとこちらを見ていたらしい。
それが「あの子も僕に気がある」彼らの勘違いを生み出して、
行動が暴走した。

彼女がアルバイトで入っている日は
ほぼ毎日お店に行くようになり、
気を引こうとして店を出たり入ったりもしたらしい。
最後には彼女がアルバイトあがりまで
外の駐車場で出待ちまでしていたらしい。
ここまで来ると、ちょっと常識を逸している。
少なくとも日本では。
営業妨害だったり、ストーカーだと思われても仕方ないかも。

しかし、この恋は長くは続かなかった。
彼女がまもなく大学を卒業して
そこのアルバイトをやめたからだ。

このままで終わっていれば、
あるいは彼らにとっても恋の想い出だったかもしれないが
いろんなご縁の巡り会わせで
僕はその彼女とあるイベントで話をする機会があった。
で、自然、インドネシアの子たちの話で盛り上がった。
彼女から見えていた真実とはこうだ。

ドラックストアーでレジのアルバイトをしていた彼女。
ある日突然買い物客のインドネシア人から
話しかけられたとか。
それから買い物に来るたびに他愛もない会話を
していたらしい。
そのうち、もう一つのアルバイト先である
農園の近くのコンビニにもその子たちが来るようになった。
ただその時、一緒にいた店長から
彼らの行動がおかしいと言われたとか。
何も買い物しないのに、店内を物色してはこちらのレジを
確認していると言われ、
確かに行動が変だと気が付いた。
しかも外国人。
どうも万引きをする気なんじゃないか?と
店内のスタッフで話が出た。
その日から彼女は彼らが来るたびに
その行動を監視するようになった。
だから、
彼らが店内のどこから視線を向けても
彼女と目が合うわけだ。
それはお互いに恋心を抱いていたわけでもなく、
ただ万引きの疑いをかけられて
監視されていただけだった。

その後、そのインドネシアの子たちが
近く農園の従業員だとわかり、
その監視も以前ほどではなくなったらしいが、
それでも行動が変だったので
監視人物にはなっていたとのことだった。

こうしてインドネシアチックな恋のアプローチは、
恋愛に発展することなく、
異文化の文脈の中で
アジア系外国人に対するステレオタイプに当てはめられ
万引き犯としての監視される立場に
落とし込められてしまったのだった。

異文化は辛いねぇ~。




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今年2回目の農園開放BBQイベントが
この前の土曜日にあった。
その日はいろいろとイベントが目白押しの一日だった。
まず
僕らが主催する「耕志の会」という団体で
インドネシアへ
農村スタディツアーを行こうと企画していて、
その募集説明会を13時から開いた。
説明会の参加人数は10数名。
参加してくれた人の反応もまずまず。
ただ1週間も仕事を休めないなどの理由で
なかなか踏ん切りがつかない人も多かったかな。

14時からはBBQ前の農園見学会。
20名近くの方が参加してくれた。
みんなで食べようと用意した野菜の圃場と
こだわりの土づくりの基本である堆肥場を見てもらった。
ぐっと野菜へのモティベーションを高めてから
15時、いよいよ農園のBBQ食べよう会に突入した。

今回も40名以上のお客さんが来園してくれて、
みんなで野菜をたらふく食べた。
ちなみに用意した野菜は次の通り。

ベビーリーフ(サラダ)
金糸ウリ(ナムル)
乾燥カラフル大根(ナムル)
ジャガイモ・インカのめざめ(おにぎり)
トウモロコシ(茹でて)
バターナッツ(BBQ)
金時草(BBQ)
イタリアンナス(BBQ)
ツルムラサキ(BBQ)
オクラ(BBQ)

なかでもインカのめざめを入れて作った
おにぎりが栗ごはんみたいな食感で
大好評だった。
それとオクラとバターナッツ。
野菜嫌いの子供もたくさん食べてくれた。

作る側も食べてくれる側も
みんなで一緒に食べるのは本当に楽しい。
うちの野菜を買ってくれているという人がほとんどで、
それぞれの方がそれぞれ方たちに
うちの野菜について講釈をたれている場面が
僕にはたまらなく贅沢な時間だった。

恒例の農園バンド「農園たや~ず」の演奏もあって
とても盛り上がった会になったかな、
と自己満足。
P1090876.jpg


準備はとても大変だけど、
余計な仕事ばかりが増えてしまうのだけど、
会計は赤字ぽいのだけど、
僕らにはこんな時間も必要なんだと思う。
だから、またやろう。

皆さん、また一緒に楽しく食べましょうね。
ご参加いただきありがとうございました。


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ちょっと腹が立つことがあったので、
書かずにはいられない。
それは苗泥棒。

この時期、農園では白菜やキャベツの苗を
販売している。
セミプロの方が多く、
買っていく量もそれなりに多い。
今年は白菜の苗は天候で遅れたが、
キャベツの苗は早くに仕上がり、
白菜の苗を買いに来たお客さんの中には
キャベツの苗は売り切れて買えなかった人もいた。

その中の一部のお客さんは、
農園で栽培するために準備していたキャベツの苗、
つまり販売用ではなく、栽培用の苗を
少しでいいから分けてほしい、と言われる方もいた。
できればお分けしたいのだが
こちらも農園のキャベツを待っているお客さんもいるので
苗を必要以上にお分けすることはできなかった。
大抵の方は、説明するとご了承いただけるのだが、
なかにはとても卑怯な方もいる。
そう、分けてもらえないからといって、
盗んでいく輩だ。
今年の春も苗泥棒の被害を受けたので
警察にも被害届を出している。
パトカーの巡回ルートにも入れてもらった。

だが、今日、
またしてもキャベツの苗を分けてもらえないと分かった
お客さんの中で、
こっそりうちの苗を持ち帰った人がいた。
しかし、その苗はキャベツではなく、
僕が栽培しようと準備していたロマネスコだった。

ちなみにロマネスコとはこういう野菜。
IMGP0984.jpg


1枚のシートに128本の苗があったのだが、
それをそのシートごと持ち去っていた。
うちに来るセミプロの方はほとんどが露地栽培だし
キャベツということだと確実に露地の畑に
定植するだろう。
今からそれを定植すると
1月中旬ごろに収穫ができる。
そのころに大量にロマネスコを出荷する人がいれば
その人が苗泥棒だ!
うちの苗のお客さんは
多くが福井市内と坂井市からやってくる。

そこで皆さんにお願いがあります。
福井市や坂井市にお住まいの方で、
近くの直売所で普段はそんな変わった野菜を作らない農家が
大量にロマネスコを出荷しているのを見かけたら
ご連絡くださいませ。
こちらも日々市場や直売所でチェックはいたしますが
よろしくお願いします。

もしくは、その盗人が128本も定植しない場合、
盗んだ苗は転売するかもしれません。
キャベツだと言われて譲り受けたのにロマネスコだった、
という噂を聞いたりしたら
ぜひご連絡くださいませ。


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農園たやのインドネシア技能実習生の
募集が今年も始まった。
2015年2月来日予定の8期生だ。
募集人数は1名。
さて来年はどんな子が来るのだろうか。

募集に先立って選考条件を
先日農園の実習生たちと話し合いで決めた。
毎年、この作業を実習生としていて、
選考条件の原案は、ほとんどは実習生が考えたものだ。
どういう人間が帰国後に地域のリーダーになりえるのか
そういうことは当事者に考えてもらうのが
一番だと思っている。
だから僕は選考にも関わらない。
この募集はタンジュンサリ農業高校の
卒業生に向けて行われ、
面接と書類選考は農業高校の先生たちが行う
というのは余談。

さて選考内容だが、
今年も若干の変更が付け加えられた。
検討したのは
女性の参加は可能か、
未婚か既婚かの2点。

うちの実習生はすべて男性。
選考基準が男性のみになっているためだが、
性別で区切るのはいかがなものかと
今回議論の対象になった。
女性を受け入れるとなると
一番の問題は作業ではなく
生活面だろう。
実習生の寮は13畳の部屋が2つ用意されていて
そこに2名ずつ生活しているのだが、
お風呂とトイレは共同で
なによりそれぞれの部屋には
鍵もない。
一つ屋根の下に若い男女が一緒に住むのは
やはり抵抗もある。
農園の集落にはアパートもないが
自転車で10分ほど走れば、賃貸もあるのはある。
ただ一人でそこで生活ができるかどうかは
不明で、農園の実習生たちも
言葉や習慣になれない1年目は
男だろうが女だろうが
1人で暮らすのは
厳しいかもしれないという判断になった。
これで決定ではなく今後も
女性実習生の受け入れは
これからも考えていくことになった。
実習生曰く
女性用の寮を作ればいい、
というのだが
そんなお金はどこにもない。
だが、まぁ、それも含めて継続的に検討することにした。

次に既婚者についてだ。
今回の募集を出す前に
実習生の知り合いつながりで
何人かすでに問い合わせが来ていた。
その中に既婚者も多いという。
実際、1期生を受け入れたときは
未婚者のみとしたのだが、
数年前から既婚者にも枠を広げて
募集していた。
だが今回は、今いる実習生たちの意見で
未婚者のみということになった。
経済的に家族を連れての来日が難しいことや
単身赴任の場合家族のことが気になって
研修に身が入らないのでは、というのが
彼らの意見だった。
数年前に既婚者にも枠を広げたときは、
未婚既婚に関係なく研修にとりくめるはずだ、
という意見だったのだけどね。
まぁ、今の子たちがそう思うのなら
今回は未婚者のみにしようか。
彼らは、既婚とか未婚とかではなく
すでに問い合わせが来ているその人物が
ふさわしいかどうかで決めているんじゃないか
っても思わないでもないが
今回は未婚者のみということになった。

作成した募集要項は
Facebook上で公開し
原本はタンジュンサリ農業高校に送った。
すでに2名の応募があったそうだ。
1人は
7期生の同級生で
生徒会副会長を務めた子らしい。
もう一人は、その子の2学年下で
その学年の生徒会長を務めた子だとか。
例年20名ほどの応募があり
その中から1名選考される。
だんだんと狭き門になりつつある
僕らの研修だが
その分、高いクオリティも求められている
と感じる。
さらに前進できるよう努力しよう。


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沈黙は肯定につながるので、
ここではっきりと否定しよう。

まずは顛末。
9/2発売の週刊エコノミストの
宮島喬お茶の水女子大学名誉教授の書いたコラム(p34)で
僕とカダルスマンが移っている写真が
無断で使用された。
宮島先生は、移民研究の大家だ。
人口減少の日本において、移民受け入れの議論が出ているが、
宮島先生は安直な受け入れとして
外国人技能実習制度を強く批判する立場にいる方だ。
奇しくも、現在、僕が読んでいる本も
宮島先生の共著だったりするのは余談。
エコノミストのコラムの中でも
外国人技能実習制度が国際貢献を隠れ蓑として
裏口的受け入れを開始し、
現在でもきちんとした労働者として扱われていない
という批判を展開していた。

で、僕がはっきりとここで否定したいことは、
その国際貢献の下りの合わせて
僕とカダルスマンの写真が使われていたに対してだ。
その写真は、2012年に僕らの活動が認められて
JICA理事長賞を受賞した際に
毎日新聞の記者に記事にしてもらったのだが
その時にとられたものだった。
どのような経緯と活動による受賞なのかは、このリンクへ

僕は技能実習制度を利用して、
インドネシアの農民子弟を自身の農園に受け入れている。
そしてそれは
僕がもう海外に出ていくことができないから
ここに居ながらにして
国際協力できないか、という想いと
その時まで10年近く協力してきた
インドネシアのタンジュンサリ農業高校と
地元の福井農林高校との友好交流事業の中から
タンジュンサリ農業高校の校長先生の
「もっと日本の農業について勉強できる場を提供してほしい」
という想いが重なり合って実現させたことでもある。
そして今年で7期生受け入れまでやってきたが、
その想いは変わらず、
いろんな教材と講座を用意して
みんなで考えながら、実習生それぞれの夢の実現と
人が集まることで地域の活力になるよう
努力してきたつもりだ。

もちろん僕は、
外国人技能実習生の建前としての
安直な「国際貢献」を強く批判する。
僕らは単線的な近代化論の中にいるわけではない。
日本=すべてに優れた国ではないのだ。
僕は青年海外協力隊とインドネシアでの大学院を通じて
援助の場とは異文化同士がクロスオーバーする場で
出会うタイミングとその文化同士の力学、
そしてそこにいる個人同士の関係性によって
そこで生まれてくる新しい何かは
大きく変わってくることを学んだ。
相手文化を壊してしまうこともあれば、
無視されてしまうものもあるし、
意図せず意義あるものになる場合もある。
そんなダイナミックな場なのだ。
それは優れたものが劣るものを指導するという
単線的で一方通行の場では
生まれないダイナミズムなのさ。
相手の価値観に肉薄し、寄り添いながら、
相手の肩越しに、相手が見ている地平を
一緒に眺めながら考える。
それがその場で起きていることなのだ。

一方で
技能実習制度の技術的に優れた国日本が
発展途上国の人々を連れてきて
研修させるという建前は、
相手を労働者と見立てることがないので
労働基準法を順守する義務があやふやになり
それぞれいろんなところで批判されている
問題が生み出されている。

その批判は批判として当然で
人権無視は許されない。
ただ近代化論的視点の国際貢献を
僕は同時に強く批判したい。
そして、それを乗り越えた地平で
僕はこの異文化がクロスオーバーする場、
つまり技能実習生を受け入れている場で
本当の意味で国際協力を
そしてそれぞれの地域づくりをしようと汗かきべそかきやっている。

宮島先生は大学の先生だ。
僕は学部時代も大学院時代も
それぞれ素晴らしい先生に巡り合い、
何かを論ずるときに用いる資料は、
かならず出典元を確認することを
厳しく指導された。
当然、宮島先生も素晴らしい移民研究の大家の方なので
そのような指導を学生にも行ってきただろうし、
自身でもそのような作業をされたと思う。
その上で、
あえて僕ら取り組みの写真を
先生のコラムで意図的に使用したのであれば、
僕はそれに対して反論したい!
僕らは建前の国際貢献をしているわけではない。
そんな周回遅れの外国人実習制度の批判の中に
僕らは居るわけじゃない。
それを強く主張したい。



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もともと歴史小説が好きだったので、
たまにはこういう本も読む。
でもこういう本の読書記録を
普段は残さないのだが、
これはほんの少しだが残そうという
思いにさせるだけの本だったので記録したい。

明智憲三郎 著 『本能寺の変 431年目の真実』 2014.文芸社.

明智光秀の子孫でシステムエンジニアである著者が、さまざまな文献をあたり、これまで僕らの脳裏に焼き付けられていた物語とは別の本能寺の変の真実をあぶりだす意欲作。理系の人間らしいアプローチで、時の権力者が残した文献を事実が捻じ曲げられているとして、それに拠らない文献や日記を丹念に調べ上げ、そこで起きたであろう事実らしきものを蓋然性をもって説明している。光秀の謀反の動機として、土岐一族の盛衰に苦心する姿を本書では書き上げているが、その時代の精神的習慣を持ち合わせていない読者には、その妥当性は不明のままである。できればここの箇所でその時代の精神的習慣について詳しく解説がほしかったが、それ以外の光秀と家康の同盟や藤孝の裏切りなどは、その後の豊臣政権と徳川幕府の流れの中で、もっとも腑に落ちる説明だった。まさに時代は本能寺の変を起点に大きく回転し、そのそれぞれに内面化された経験によって時の権力者たちも翻弄されていく(利休切腹・秀次切腹・春日局の取り立て)筋立てはただの歴史ミステリーとしてしまうことのできない説得力があった。
本能寺では、本当は何が行われていようとしていたのか。明智光秀が詠んだ句とその時の天気。歴史のどの箇所に手が加えられて、どこがねじ曲がったのか。それらすべて著者のいう「蓋然性」をもって明らかにされ、一つの筋道がつながっていく。
論理的な文章と軽妙なリズムで読者を飽きさせないのもよかった。ただ贅沢をいえば、なぜ信長は家康を謀反に見せかけて討とうとしたのか、その動機と背景も著者ならではの解説がもっとほしかった。
エピローグであげたビスマルクの言葉もいい。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」。自分とは異なる価値観や経験・思考を認め、それにいかに肉薄できるか、ということであり、自分の経験を先人に当てはめ自己を正当化させるために歴史を用いるべからず、ということらしいが、まさに本書はその一部であるその時代の価値観に寄り添っていたと思う。僕も自分のテーマをこのように科学したい、とそんな風に思わせてくれた本だった。良書。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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