同じ映画を劇場で2回観た経験は
これまで全くなかった。
映画ファンの中で
同じ映画をなんども観に行く方がいるのは
聞き知っていたが、
それは
お金の無駄だと思っていた。
一度観れば、
話の筋は解っているし、
衝撃のラストで驚くこともない。
なのに、
この映画は先週も観たはずなのに
今週も映画館へ行って観てしまった。
それは
「思い出のマーニー」

先週、妻はインドネシアへ出張に行っていた。
その間、プチ父子家庭で、
娘のさみしさを紛らわせるため
土曜日は映画を観に行った。
娘の希望で
「思い出のマーニー」を観に行った。

まったく事前情報もなく
宮崎駿が全く関わらないという意味で
個人的な期待もしていなかった
ノーマークな映画だった。
妻がインドネシアに出張に行かなければ
たぶん観なかった映画だっただろう。
しかし、その分、
劇場では不意を突かれ
とても深い物語に
僕の涙腺は破壊されてしまった。
小学3年の娘も僕の隣で
僕以上に泣いていた。

で、絶対妻も観たい映画だろうと
娘とその後で盛り上がり、
その勢いで
来週ママが帰ってきたら親子3人でまた行こう!と決めた。
で、今週も観に行ったというわけ。

最後の顛末を知りながら
この映画を見ると
出だしから涙腺がやられるというのを
今回経験した。
何気ないセリフ一つ一つに
実は意味があり、
断片的なかかわりと
物語の飛躍すらも
それがとびとびの記憶のかけらで
そこにアンナの空想
(僕はマーニーの念と思いたい)
がくっつき
物語に構成されていくという
プロセスそのものの細部に
気を配りながら見ることができた。
1回目ではノーマークだったため
涙腺が決壊して隅々まで気が回らなかったが
今回は決壊しながらも他の登場人物にも
気を配ることができたように思う。
前回はあまり気にならなかった
久子さんという登場人物も
「あなたもマーニーに会ったのね」のセリフで
彼女も記憶の断片の中で
絵をかきながらそこでマーニーに会っていたのだろうか。

人物像がしっかりとしているので
その後の僕らの勝手なさまざまな解釈に
物語が耐えることができるという意味で
観終わった後の妻や娘との
映画談議が寝るまで続くことができてとても楽しかった。
上滑りしていく映像だけの物語では
そこに映っていた以上の解釈は存在しないから
深い考察には耐えられないからね。
とてもいい映画です。
ぜひ皆さんも劇場に足を運んでみてください。



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テレビに出る。
福井テレビの「おかえりなさ~い」という番組。
駅前の西武デパート前から
毎日放送されている情報番組。
そして生放送。

出演時間は10分足らずだったが、
やっぱり生放送は緊張した。
しゃべりすぎだけは厳禁!と
妻から指導が入っていただけに
テレビカメラの横でADさんが
残り時間を数えているのがやけに気になり
ややうつろな目での出演となった。
これはこれでとてもいい経験になった。

さて、なぜその情報番組に出たのか?
それは農園の旬の野菜を詰合せている
おまかせ便の紹介のためだった。
昨今、僕の周りでも野菜の詰め合わせを
販売する農家や業者が増えてきたように思う。
農家産直は以前からもあったのだが、
それがインターネット、とくにSNSの普及で
より気軽に、より簡単にできるようになったのは
それをやっている僕の実感だ。

そしてそれは、
まぁ、僕に限ってということではないが
みんながみんなそう考えているかどうかは
不明でもあるのだが、
つまりSNSのことなのだが、
あることをそれまでのインターネットの欠点を
補ったことが大きな要因だと思う。
それは、「双方向」ということ。

2003年の新年に僕は以前書いていたブログで
こんなエントリーを残している(再アップは2008年)。

『愛しのアレジャン集落 不完全な取引』

いろんな情報をネット上に載せて
顔の見える生産者を目指していたのだけど
そこでは僕の顔は見えても
僕は僕が栽培した野菜を食べてくれる人が見えなかった。
スーパーや市場やレストランへの販売の場合は
そもそも僕の顔も見えなかった。
野菜はただ利益を得るためだけの
「商品」であり、
それ以上の何でもなかった。
でもその「商品」は、
自分の家で調理して大好きなワインと一緒に食べる
というとても単純な個人的な食卓ではあったが、
それがとても素敵な風景でとても大切な場だと思えてきた。
でも、
それは各家庭で
それぞれのレストランの風景の中に
閉じ込められていて、
当然共有されるものではない。
その「商品」を一緒に消費しているにも関わらず
一緒に語り合うこともできず、
それを介してつながることもできなかった。
必要ない!と言われれば
身も蓋もないが、
少なくとも販売の範囲が
狭かった以前は、
少なくとも僕の祖父や祖母には
その楽しさが農業の醍醐味の一つだったように見えた。
だから2003年のエントリーで
その風景を見せつけられた僕は
利益のとれる新野菜を栽培して得意になっていた僕は
愕然とした。

あれから10年近くの時が流れ、
SNSが登場し、使い方に慣れ、
そして大震災があった。
あの時の双方向のやり取りから
僕はある知り合いに野菜を送り始めた。
それがおまかせ便になった。
メールとSNSでどんなふうに食べたのか、
どんな食卓だったのか、
そんな話が僕の手元に集まりだした。
それをまたお品書きに記載して
おまかせ便に同封して送る。
手間ばかりかかる
おまかせ便の労力とその会計を見れば
たぶん2003年の僕には
儲からないね、と切り捨てられそうな
野菜セットの販売だが、
たぶんその頃の僕は
今のこの僕らの農業のカタチを
うらやましがるだろう、という自信はある。

農家からの産直は
いろんなインセンティブがあるだろう。
流通を短くすることで
値段が高く売れるや大きな市場ではないので
必要以上の競争が生まれにくいなど。
でも僕にとっては、
「双方向」の
とてもプライベートなやり取りが
気に入ってこのサービスを続けている。
たぶんそれが僕らの農業を
機械的ではない
マニュアル化されない
無味乾燥な作業の連続にならない
エッセンスになっているんだと思う。

10分の生番組では
とても伝えきれなかったのだが、
本番前の1時間の待ち時間で
そんなことを考えていた。
福井テレビさん、とても貴重な時間
ありがとうございました。






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小学校の凧作りに
PTA役員として参加した。
凧作りは5,6年生の親子が参加するイベントで
地域の凧作りの会の方から、
作り方を教わりながら凧を作るというもの。
もともと僕らの小学校では、
凧作りの伝統があり、僕が小学生の頃も
毎年凧作りをしていた。

久しぶりに凧作りに参加して想った事は、
それは凧作りそのものの変化への驚きだった。
僕らが凧作りをしていたころは、
小学1年生から参加していたイベントだったが、
今では5,6年生のみ。
さらに、そもそも夏休みに親子で参加することはなく、
2学期の放課後や図工の授業中に
子供たちだけで作っていた。
たまに先生の裁量で、体育までも
その時間に割り当ててくれたこともあったっけ。
いまだったら、問題になるかもね。
そして、もっとも驚いたのは凧そのものの形だった。
5年生が平面の凧で、6年生は行灯凧(立体凧の基本)という
低レベルさ&基本の形を手順通り作るということだった。
凧の会の方々がよく飛ぶ基本の凧を用意してあり、
その手順に沿って親子で凧を作る。
そこからの逸脱は、ありえない感じだった。
ちなみに僕もPTA役員として
凧を一緒に作った。
そして竹ひごの結束にミスがあり、
「それだと和紙貼りが大変だね」
と凧の会の方が先回りして
失敗も丁寧に教えてくれた。

僕らが小学生の時は、
それぞれが好きな凧を作っていた。
3年生ですでに立体凧を作る連中もいたし、
たいてい4年生で行灯凧を作っていた。
6年生にもなると幾何学的な凧を作るやつもいたし、
大凧や連凧に挑む友人もいた。
凧作りの指導は、
一応先生たちもしてくれたが、
それぞれが個性むき出しに
自分のアイディアで
凧作りをしていた。
それが飛ぶかどうかは、常に二の次だったような記憶だ。
いや、作っている本人は、その凧は大空を舞うイメージで
一杯だっただろう。
でも、その形では飛ばない、と言われても
作り変える奴なんかいなかった。
そんな凧作りは、
もちろん、学校の授業中や放課後では
完成しなかったので、家でも作っていた。

親子で参加するのは、
それはそれで子供のころを思い出すようで
楽しい時間のようにも思えたが、
そこにはあのころにあった
自分たちの個性むき出しの
飛ばないかもしれない凧を一所懸命作る場では
なくなっていた。
もちろん、その反対であの頃にはなかったモノもあった。
凧作りの会という地域の人たちや先生や親を巻き込んだ
より地域的な関係はあった。
それはそれで評価したい。
でも、
僕が凧作りに感じていたあの感覚は、
そういう場じゃ生まれにくい。
なんだかそれがとても残念だった。
今の子供を取り巻く社会の文脈の中で、
凧作りは、地域とのかかわりの中で、
「よく飛ぶ凧」を作る場になっていた。
凧作りそのものが伝統化され、固定化されていた。
僕が思い出したかつての凧作りの場にあった醍醐味は
すっかり削り落とされているように感じた。
ちょっと残念だった。



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今年2月に来日したレンディ、
それなりに高校時は成績優秀者だったことと、
卒業してからそれなりの規模の経営をしている
父の農園で手伝っていたことで、
僕の中で彼への期待値は
いままでの誰よりも高かった。
だからだろうけど、
そのあとは肩透かしの半年だった。

とにかく彼はイレギュラーに弱い。
想定外を平然とこなせない。
21歳ということを考慮に入れれば、
たぶん普通の青年なんだろうけど、
僕の勝手な期待値が高かった分、
彼には申し訳ない半年だったかもしれない。
僕もここ最近は
務めて彼に期待をしないようにしてきた。

で、今月、提出してもらった月刊レポートに
ようやく彼らしさが顔を出し始めた。
毎回自分で学習目標を立てて
それに向かって自分で勉強を進めていくのだけど、
これまで彼の月間レポートは
自分が学習をしたことというより
自分が知っていることを書き並べたような感じで
しかも方向性もバラバラで
報告書を書くために、
その項目を埋める作業といった感じだった。
だが、今月は違っていた。
明らかに自分の地域の農業の問題点を
荒いけど掴もうとしていたし、
それに対してのアクションも正しかった。

彼の地域では野菜栽培が盛んだ。
で、自然、関心はその値段と収量に向く。
病害虫を減らし、肥料の効果を高め、
品質よくして高価格を狙う。
そんな方向性がある程度見えてきた。
今回のレポートでは、
病気と土。
これは農業をやっている者の
永遠のテーマだろうな。
土壌分析をしてphを調えて
主要素だけでなく微量要素なども
バランスよく含んだ土づくりに
彼も目がいっているようだ。
そこで彼が今回勉強をしたのは石灰資材。
安くてどこでも手に入って
使い方によっては病気の防除にもつながる
万能資材。
石灰をきちんと使用できるようになるだけで
それだけでもう別次元の野菜作りができるようになる。
彼のレポートの内容はまだまだ
深くなかったので
農業系雑誌の石灰特集記事を
来月までの宿題として彼に渡した。
これまでの彼だと
嫌がって受け取らなかったのだけど、
今回は自分の興味がきちんとその方向に
向いていたようで、
とてもうれしそうにその雑誌を受け取ってくれたのが
印象的だった。
少しずつだが、
彼が変わろうとしているのが見えてくる。
僕もこのポイントを逃さないようにしよう。





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また一つ山を越えた。
それはお盆需要の発注分を
なんとか納品できた、ということだ。

農業にはいろんな営農サイクルがあり、
それによって農繁期の時期が変わる。
「夏=忙しい」「冬=ひま」という
既存の農繁期の概念自体
そもそも最近の農業では当てはまらない。

うちの農園の生産様式でいえば、
GW、お盆、クリスマス、年末&年始
この4つのイベントの前が
最も忙しくなる。
こういうイベントの場合、
瞬間的に忙しくなるわけだが、
3月や4月のように人が移動する時期は
その月を通して、全体的に忙しかったりもする。

さて、イベントの一つ、「お盆」を
今回無事納品することができたというわけだが、
お盆前にやってきた台風の影響もあって
今年は特に野菜が不足していて、
駆け込みの注文も多かった。
一部の品目では
想定以上の発注があったため
お盆明けに収穫する予定だった
畑まで収穫してしまい、
お盆明けからはそれらの品目は
欠品になってしまうほどの注文量だった。

さて
機械力に頼らない
多品目の野菜栽培の僕らは、
人手をどれだけ揃えられるかが
この時期のカギになる。
好都合なことに、
この時期学生が夏休みになるので、
その大学生をどれだけ揃えられるかが
ポイントにもなる。
今年もイレギュラー的に、
とてもいい学生たちと巡り合えて、
臨時のアルバイトに手伝ってもらいながら
なんとか大量発注をこなすことができた。

「イレギュラー的に」と書いたが、
昨年も今年も、ある大学をターゲットにおいて
募集しているのだが、
どういうわけか、その募集が独り歩きして
その大学ではない学生がやってくるのだ。
そしてイレギュラー的な縁が
とてもいい出会いばかりで、
今年のお盆イベントも助かったというわけ。

いろんな人とのご縁で、
なんとか今年のお盆も乗り越えられた。
これから3日ほど農園はお盆休暇になるので、
骨休めするとしよう。

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P1090591.jpg

先週の農園のおまかせ便は
旬の果菜類でいっぱいだった。
夏野菜もいよいよ最盛期。

毎日40度以上のハウスや
炎天下で仕事をする僕らは、
食欲を維持することが健康に暮らすことの秘訣になる。
それにはやっぱり
旬の野菜をたっぷりと取るのが一番!

収穫作業しながら、
自分たちが栽培した野菜を
「どう食べようか?」とあれこれ料理を思いめぐらしている。
どの野菜とどの野菜を合わせるか、
旬の中でどう調和を生み出すか、
そんなパズルを想像するのは
とても楽しい作業。
だからいつもお腹がすいているんだけど、
2週間ほど前から、
待ちに待ったパプリカの収穫が始まった!
これが始まると、あるパズルが完成する。
それは
5月から収穫が始まっているバジルと
7月の頭に収穫した玉ねぎと
7月から最盛期に入った西洋茄子と一緒に
ガパオライスというパズルだ。

P1090563.jpg

玉ねぎとひき肉とパプリカと西洋茄子を炒め、
そこにみじん切りにしたバジルをたっぷり入れて、
ナンプラー(ニュクマム)で濃いめに味付けをする。
味のアクセントは強めの胡椒。
それを白ごはんと一緒にお皿に乗せ、
そこに
自家用の鶏が産んだ卵を
半熟目玉焼きにして添える。
これで出来上がり。

また一つ旬のパズルが出来上がり。
これをキンキンに冷やした辛口白ワインで
流し込むってわけ。
こんな生活繰り返していれば、
夏バテなんてないね。


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気が付けば、8月も10日を過ぎていた。
この間のことを少し書こうか。

昨年は受け入れなかった早稲田の大学生を
今年は受け入れた。
早稲田大学の授業で、
いろんな地域の農村を体験する講座があり、
2007年から1人~2人、
数日間ではあるが受け入れしてきた。
うちみたいな農家は珍しいためか、
最近は結構希望者が多いのだとか。

今回やってきた学生さんは、
二十歳になったばかりの2年生。
まじめに実習にも取り組む好青年だった。
ちょっとイレギュラーがあって、
二日目に宿泊を予定していたスタッフが
風邪のため早退したので、
急きょ、インドネシア実習生と同室で寝てもらうことに。
インドネシアの子たちの話によると
彼はすぐにインドネシアの子たちに打ち解けて
その晩は、夜2時ごろまで騒いでいたそうだ。
どの道にどう進もうか、そんな悩みを抱えている彼には
帰国した後にどんな営農を行おうか
模索し続けているインドネシアの子とは
とても共感する部分があったのだろう。

さて、その一方で
農林中金に今年入った新人二人が
JA福井市で研修を行っていて、
そのプログラムの一環で、僕の農園に
二日間の農業体験にやってきた。
ちょうど早稲田の学生が来ている時に
重なったので、とても賑やかな職場になった。
農作業自体を体験するのは初めてだったようで
僕らのルーティンな作業も楽しそうに取り組んでくれて
それだけで僕らも楽しい気分になった。

やはりこうやって若い子が来ると
ちょっと悪い癖が出てしまう。
それは、「海外に行かないの?」とそそのかすこと。
20台の半分を海外で過ごした僕は、
彼らの年の時に、自分の将来へもやもやしながら
海外を貧乏旅行したものだった。
観光なんてせずに、ただただ田舎の町を渡り歩き、
気に入った場所には数日滞在して、
ぼーっとする。
ただそれだけの旅だったが、
それが僕の今の原点でもある。
だから、「海外に行かないの?」と
ここに来た若い人をそそのかしたくなる。
そのそそのかしに乗っかって、
今年7月から青年海外協力隊としてセネガル行ってしまった
北野君も、もとをただせば、
早稲田の学生として農業体験に来たのが始まりだったな。

すでに就職をしてしまった農林中金の二人は
僕のそそのかしに、ただただ苦笑いを繰り返すばかりだったが、
早稲田の子はまんざらでもなさそうだった。
ま、意外にこういう体験は
ボディーブローのように効いてきて
仕事辞めて海外に行っちゃったりしてね。
そういう意味では
新人研修の場所としては至極
適さない農園かもしれないね。

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先週の土曜日は、
福井県のJA青年部協議会(県青協)のイベントがあった。
その中で、ちょっと面白い研修会があったので
それを記録しておこうと思う。

「農業政策を考える」というお題を付けた
農政研修会があり、
県青協の役員が農水省から来ていただいた方々に
農業政策のあれこれをぶつけていくという研修会。
農水省からは
国会で総理大臣や農水大臣の農業関連答弁を
すべてチェックする立場の経済局長・奥原さんの
ご出席をいただけた。
国の農業政策のトップともいえる人が
参加してくれたことで、
研修会もちょっと特異な熱を帯びていたようにも思う。

さて、研修会では
8つのお題が事前に県青協の事務の方で用意されていて、
それを役員で順番に質問していき、
その質問に奥原さんが答えていくという形式だった。
奥原さんの説明はどれも明瞭で
とても平易な言葉を選んで使っていただき
僕ら農家でも農政の方向性を知ることができた。
そのロジックは、端的な言葉で言ってしまえば
「市場原理主義」ということになるだろう。

さて一つ目の農政のあり方に対する
猫の目農政という批判に対しての奥原さんの答えは、
大きな転換期にきちんと対応できる農政ということだった。
その中で、本当に大切な部分は変化させないという
態度で臨んでいるようで、
戸別所得補償は今後廃止されるが、
認定農業者などには別対応を用意しているとのことだった。
その中で、
納税者が納得できなければ、コスト割れしていることに対して
お金を投入することはできない、
というお話をされていた。

面白かったのは規制制度改革と中山間地域の維持だった。
規制制度改革ではJA改革の議論だったのだが
戦後農地改革後の1ha専業農家時代から
第2種兼業農家が大半を占める農業構造の変化に
現在のJA組織がうまく対応できていない
といい、
食の市場は90兆円もあるにもかかわらず
農業生産の販売額は8兆円にとどまっている現状で
1円でも農家・農村にお金が回るような仕組みを
作っていくために必要な改革らしい。
そういう意味では、解らないでもない。
そのような議論は僕が大学生のころに(20年くらい前)
周りのリーダー的存在の農家たちは
よく議論していたのを覚えている。
だが、なんで今なんだろう?という疑問はある。
あのころには僕には見えていなかった
農地を通じてつながっている地縁を
JAの組織の性質がうまく重なり合って
地域内では主要な活動組織になっているという意味では
市場原理主義の立場から眺めれば、
それは意図せず派生した効果に過ぎないかもしれないが、
僕らにとっては
大切な地域福祉向上の結び付きでもある。
そのことを質問したが、
奥原さんからは、JAの総合的な地域へのサービス自体が
今後独禁法に触れると判断されれば
これまでのサービスが行えなくなる可能性もあるので、
農業分野や信用・共済、共同購入はそれぞれに分かれて
地域の結びつきでいうのならば、共同購入を
生協のような形で維持すればいいというお答えをいただいた。
でもそれって、農地によってつながっていた
イエやムラという地縁なんてどっかへ吹っ飛ばした
なんだか別次元のお答えだった。
機能的な共同購入というサービスの維持が
問題じゃなくて、
そこにある絆のカタチをどう維持していくか、が
僕らの関心ごとなんだけど。
たしかに、僕らにはもう
そのお答えに噛みついていけるだけの地縁が
自分たちの手元に残っていないことも自覚している。
だから、やっぱりJA改革は周回遅れだと思っていたけど、
それは
僕ら農村や農家にそんな力がなくなってしまったところを
見計らって、
おえらさん方のやりたいような改革をしようと
しているんじゃないかって思えてならなかった。
回りくどい地域の関係が薄れた今だからこその、
そしてTPPをはじめとするグローバルな社会で
もっと「儲けられる」社会システムを構築するためなんだろうな。

中山間地域では、
実際にそこで営農している役員から質問があった。
鳥獣害がひどく、地域の田んぼを電気柵で覆うとすれば
4000万円以上かかってしまうのに、
作業効率は悪いし、米価も下がり続けているのが現状だ。
中山間地域等直接支払制度もあるが、
超がつくほどの高齢化している現状で、
なかなか制度に手を挙げられる人がいない。
どうしたらいいのか?という
悲鳴にも聞こえる役員の質問に、奥原さんは
そのブレない視点で答えてくれた。

「中山間地だからこそ有利な面もある。」

だそうだ。
観光や魚沼産コシヒカリのようなテロワール、
森林放牧のようなやり方などなど、
中山間地でなければできないような営農をすればいい、
とのことだった。
その上で、
「展望のないところに大事な税金を投入し続けることは、すべての地域で、という意味ではできない。すべての地域が残れるということではないと思います。」
とノタマッタ。
いや参った。はっきり言いすぎで参った。
市場原理主義から全くブレない。
「弱者救済」や「環境保全」の思想は薄く、
儲けられないところに投資はできない、
という考え方。
儲からない山に人は住むな、ってことか。
ま、これがなんだかスッと頭に入り込んできてしまうのだから、
時代の力は侮れないな。

鳥獣害や4000万円の電気柵については、
産業政策の問題で、
今後ITなどの新しい技術が導入されれば
低コストかつ効果のある鳥獣害回避の技術が
生み出されるんじゃないか、と
とても楽観的なお答えだった。
奥原さん、あなたの視点であなたのお答えを眺めると、
そこに投資しても十分儲けがある場合だけ、
そうした技術革新があるように見えるんですけど。

福井の農業は米が占める割合が
富山に次いで全国2位の県だ。
だから米価の関心が高い農家も多い。
で、規制制度改革や直接支払制度の質問の中で、
米価の話題もあった。
米価が下がり続けている原因は、
やはり需要が鈍いせいだ。
でもそれ以上に今の米市場が過剰競争だとも
奥原さんは言う。
米市場で売買している会社は100社以上あり、
それが互いに競争し合って安い米を生み出しているという。
現状の中央会や農協の制度維持に力を入れるよりも
全農や中央会がリーダーシップを発揮して、
農林中金の資金70兆円を有効に使って、
米市場の業界再編に乗り出せばいい、と言う。
100社を2~3社に再編してしまえば
過当な価格競争はなくなって、安定して米を販売できる、
とのことだった。
そんな大物、というか化け物、今の中央会にいるの?
というか経済界全体を見渡してもいないんじゃない。
そういう意味で、中央会の株式会社かと
農林中金に信用事業を一本化させるってことなんだろうか。
でも国際的な米価とのギャップや
これからのグローバルな仕組みに変えようという
やり取りを見ていると、
そんなことしても価格維持は一時のことのように思える。

「農家の皆さんが、JAや中央会の方々と良く話し合ってもらうことが大事です」

それが米価を、
そして川下の利益を、
1円でも川上、つまり農家や農村に引き寄せる方策だという。
それは農業者として僕も賛成だ。
僕らの生産業界は、
とにかくびっくりするほど儲からない。
だからその分野を支える人も減っていく。

奥原さんは、だから、

兼業農家の方も居てもいいですが、基本的には認定農業者をどう守っていくか、どう支援していくかが産業政策として肝心です。

とお答えいただいた。
その研修会の場で、
役員と称される人たちの多くは専業農家で
もちろん認定農業者で、
そして最前列に座って奥原さんに質問をする立場にいる。
その後ろにずらっと座っている参加者には、
兼業農家も多い。
僕らは、農業政策を、
そして農協改革の政策を質していくという
農水省の方との対立軸をイメージして研修会を
進めていたつもりが、
なんだか会が進行すればするほど、
「専業農家 対 儲けられない農協」
「1円でも儲けを生み出した専業農家 対 それに乗っかれない兼業農家」
みたいな対立軸になっていっているような気がした。

この研修会が終わって兼業農家の方が、
こういっていたのが印象的だった。
「私らは、農水省の方がいうような経営や営農するほどの時間がないですよねぇ。販路や加工だなんて兼業だから時間ないし。田んぼだから兼業でできるからやっているだけで。」

これまでは、
地域の大切な構成員で組合員である
こういう方々がこれからも営農を継続していけるための
農協のシステムだった。
そのシステムに強化されて地域のつながりが
あった部分もかなりある。
それが今、揺らいでいる。
農水省の経済局長からは、
もっと効率よい営農とそれを支えるシステムを、
とみているのだろう。
僕らが主張していたようなことは、
たぶん総務省の管轄なのかもしれない。
それぞれの立場で縦割りに判断することは
ある意味でロジカルで効率的だろうが、
僕らはそうはいかない。
生産分野で食べていこうという僕らは、
グローバルな競争にさらされる危機感の中で、
1円でも利益を確保することが求められる。
その競争に勝つには、
地域のつながりや文化も縦割り的に判断を
下さないといけないのかもしれない。
むしろそうすることができた方が
ずいぶんと気が楽かもしれない。

でも、僕らの生活や文化は縦割りにはできない。
いつの時代もそうだが、
お上から降ってわいた縦割り政策を
僕らはいつも
それを自分たちの地域のカタチに
翻訳させながら(歪曲させながら)
自分たちも変化をしながら
受け止めていった。
もちろんそれらは、
すべてが自分たちに有利にできたというわけではなく
それによって無くしてしまったものもたくさんある。
翻訳失敗だって
僕らの生活の歴史の中にたくさん埋もれている。
今回のこうした変化は
僕らの農業や農村をどう変えようという力が働くのか
僕らはしっかりと見据えて、
自分たちが本当に守っていかないといけないものを
自覚しないといけないんだと思う。

奥原さん、とても面白い研修会、ありがとうございました。
農水省が、時代の変化に対応しながら、大きな変更を行う中でも、本当に大切な部分は変化させないという姿勢、共感しました。
なぜなら、それは僕らも一緒だからです。
あなた達から与えられる大きな変化も
僕らはなんとか大切な部分においては
骨抜きにできるよう頑張ります。






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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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