ちょっと長文です。
読む人の立ち位置によっては、誤解を生むような話題を提供しています。
なので、
読まれる方は、少し時間と気持ちに余裕があるときにお願いします。
では、お楽しみください。

5月の昼の勉強会は、
僕がプレゼンをした。
テーマは、「地方や農村での外国人受け入れ」について。
これは農村や農業分野に特化した考察なのであしからず。
読んだ本は、以下の通り。

毛受 俊浩 著 『人口激減』:移民は日本に必要である.2011.新潮社.
井口 泰 著 『外国人労働者新時代』.2001.筑摩書房.
「外国人実習生」編集委員会 編 『外国人実習生』:差別・抑圧・搾取のシステム.2013.学習の友社.

ちょっと前の新聞で、2040年の20‐30代の女性人口の
減少が話題になっていた。
子供を産む世代の減少により、
その自治体そのものが自然消滅するかも?
というショッキングな内容だった。
減少率も8割を超える自治体が全国でいくもあった。
福井でも池田町で7割、大野で6割と
驚くほどの減少予測であった。
堺屋太一が小渕内閣のときだったか、
経済企画庁長官を務めていた時に、
人口が減少しても栄えた国が歴史上に
存在したかどうかの勉強会を立ち上げていたが、
その報告書は閣議決定で非公開になった。
ということは、人口が減少して
栄えた国は歴史上1つもなかったということか。

かつて
外国人を受け入れてきた経緯で、
バブル期は労働需要バブルが起きて
労働者が足りていたにもかかわらず、
外国人技能実習生の規制緩和があったこと、
また堺屋太一元経済企画庁長官のアジェンダだった
少子化からくる労働人口減少への対応としての
外国人受け入れの2つの局面があった。
その中で外国人受け入れの議論を
ややこしくしているな、と感じるのは、
国や地域としての労働人口減少問題と
受け入れ側のチープレイバーへの需要と国外での出稼ぎ意欲、
そして国際協力という3つが
ごちゃまぜになっていることだろう。

個別の事例で外国人受け入れが国際協力に
なっていることは僕も認めるし
僕自身が現在受け入れを行っている中で
それを常に目指しているわけなのだが、
全体としてこれはやや誇張表現ではないかと
思う事例が多い。
隠れ蓑と表現するには、あまりにも露骨な
労働収奪が行われているケースがまかり通っている。

日本に短期滞在を含めた外国人で一番多いのは、
もちろん外国人旅行者だ。
だが、2番目に多いのは、
外国人技能実習生や外国人労働者だという。
日系や専門技術者を除いても
外国人技能実習生等で
2009年のデータで8万人以上いることになる。
その多くが第二次産業であるが、
5000人近くが第一次産業の農業セクターで働いている。

で、外国人受け入れの場合、
一番問題になるのが平行社会だ。
同国人同士が固まり、地域との関係が薄くなり、
同じエリアに住みながらも、
もう一つの社会を築き上げていってしまうこと、
これを平行社会と呼ぶ。
このような平行社会が出来上がってくると
その地域社会と軋轢も生じやすい。
また平行社会で生活する場合、
その国の言葉にあまり精通しなくても生活できるため、
2世3世がその国の言葉を使いこなせず、
その社会で周縁化してしまい、
就労や就学の機会が喪失してしまう場合がある。
こうして社会不安の要因になったりもする。
だから、外国人受け入れの場合、
一番肝心なのは、その社会との融和にある。
と、ここまではどの本も同じ論調だった。
で、しかも、その具体的な話はほとんどなかったのも
同じだった。

外国人の人口がその地域全体の1割を超えてくると
軋轢が生じやすいとOECDの報告書
Migration-the demographic aspects (1991)で論じられている。
だが、受け入れ地域の人口が自然増加状況にある場合、
外国人は拡散しやすく、
1割を超えても問題が起きにくいらしい(井口2001 pp88)。
それはその地域の市場規模も広がっているからかもしれない。
では、これらのことを合わせて
僕らの未来予想図を描いてみよう。

ちょっと前の新聞でも報じられていたが
安倍さんが農協と農業委員会の改革と
農業法人の条件を規制緩和することを指示していたが、
それによっておこることは、
大型資本による農業セクターへの参入を促進することと
農地を握って離さない
個人経営による米作モノカルチャー兼業農家の
農業セクターからの円満(?)退場(減反政策の廃止と共に)、
農地集積と法人化へその経営形態を
構造的に変化させたいのだろう。
それは今後の自由貿易圏(TPPなど)をにらんでの
ことであることは自明だ。
よりグローバルなルールに乗っ取って
たくさん儲けられる社会を作っちゃおうってことだろうな。
ちなみに、これは中山間地だと
また少し違ってくるので、
僕が住んでいるような平場の農村で
穀物(特に米)生産に向いた場所に限っての話ということで。

さて、こうして
家族経営の米作モノカルチャー兼業農家は
集落営農か近くの規模の大きな法人(もしくは個人)へと
統合されていく。
再度、土地改良によって一枚の田んぼが
個人経営のときにふさわしかった大きさから、
より効率的な広さへ整備しなおされたりもする。
ただ農業員会が首長による任命制になったとしても
神門氏が指摘するような農地転用期待がなくなるわけじゃないので、
他のセクターへの農地転用によって効率的な農業は
阻まれ続けていくことになると思うのは、
また別の機会に議論したい。
さて、そうなってくると100haくらいだったら
穀類(特に米)であれば、
数人で、いや1人で可能になるんじゃないだろうか。
僕が住む河合地区で500haの農地があるので
5人とは言わないが、10名程度のオペレーターが
いたら、それでOKになる。
で、このオペレーターが外国人になるかといえば、
たぶんそれはなかなかないかも。
定年した方々が帰農するケースは
たぶん今後も増えると思われるし、
その職への欲求も根強く残るだろう。
しかも大型へと機械化が進めば、体力的にも可能になるし。
じゃ、外国人は農村で増えないじゃん、という結論になるか、
といえば、そうじゃない。
一般企業で農業セクターに参入してくるほとんどが、
園芸の分野なのだ。
施設園芸か露地園芸かによって
規模の違いはあるが、穀物系の資本集約型とは違って、
労働集約型の経営形態が多くなるってことだ。
この形態であれば、労働者として
外国人が増えていく可能性はある。
つまり野菜の産地であればあるほど
その可能性は高くなるってことだろう。

農村において、
少子化だからその埋め合わせに外国人って
いうロジックは、そこに雇用がない限りは
やっぱり生まれない気がする。
それも農業形態は資本集約型ではなく、
労働集約型でないとね。
2040年にいくつかの地域が自然消滅の危機に
陥るという報道で、
その解決策として移民という言説は、
そのままストレートなロジックとしては
無理があるだろうな。
中山間地で産業をどのような形態に依存し
それがどれくらい足腰が強いかなどが変数となって
その農村が移民受け入れの最前線に
なるかどうか、未知数なところは多い。

地域差はあろうが、TPPなどの影響により米作から脱却して、
水田露地園芸をある程度の規模で行えた地域では、
労働力確保の欲求から外国人が増えることは予想される。
僕のいる地域でもコメの価格や補助の状況にもよるが
単純に米価が国際標準まで落ち込んだ時、
水田露地もしくは施設園芸にシフトすることもありうる。
多くが園芸分野に入ってくれば、
供給過多になるのは目に見えている。
需要の2割を超してしまえば、
市場価格は半額以下になる。
それでも乗り切れるのは、
ブランド力か低コスト生産ってことになる。
チープレイバーへの期待は、ここでも生まれることになろう。
移民を受け入れるかどうかの政策はよくわからないが、
現状では、そうなった未来予想図の中で
チープレイバー欲求にこたえうる制度の一つが
外国人実習制度といえるだろう。

で、そういう中で外国人が増える場合、
自然人口増加のない、しかも人の少ない農村なので、
その地域の人口の1割を外国人だなんて状況は
簡単に生まれてくる。
OECDのレポートを信じるならば
そこには必ず軋轢が生じる。

外国人実習制度は、その背景で
一度も研修だったことはない。
チープレイバーへの欲求にこたえるだけの制度だと
批判されても、当然だと思し
実際に、そういう運営されている感じることも多い。

で、この制度を利用している僕としては、
これが本当に研修に昇華させていけるのかどうか、という
問いに腐心すること自体も、
なんだか道化師のように思えてならないのだが、
僕の経験から外国人が増えていく農村地域に
何が言えるのかを考えてみた。

まず、研修という場を作ることに
もっとこの制度を利用している人間は自覚すべきだ。
OJTというなんだか研修なんだか労働なんだかわからない
言葉を使わず
それなりに研修をコーディネートできる人材が必要だろう。
高度に研修を完成させることができれば、
それぞれの学習意欲と労働意欲も高まるため、
より質の高い労働環境を作ることができる。
この時に必要なことが、
相手の地域ぐるみに研修を組み立てることだ。
受け入れ団体が如何に研修を作ろうとしても、
やってくる人間にその意思や認識が不十分の場合、
研修は成立しない。
個々の業種や経営体によっては
たとえ同じ受け入れ団体であっても、
実際の研修はブラックボックス化してしまうので、
地域ぐるみにかかわること考えれば
(平行社会を作らないためにも)
そこに根差した組織の活用もありえよう。
JAなどが第一次受け入れ団体として
機能しても面白いかもしれない
(この場合、能力の高いコーディネーターの登用が必要・青年海外協力隊OV等の人材をもっと地域で活用してほしいな)。

さて、このブログでも何度も紹介しているが、
うちの農園の自己学習システムのように
周囲の人を巻き込んだ形に、研修を意識的に持っていく必要がある。
出稼ぎ&チープレイバーという呪縛から抜け出すには、
給与や制度の問題以上に、こうした機会の創出や
そこに意識を向ける努力がより効果的ではないだろうか。
できればその先にある地域間交流にまで発展できれば、
研修を軸に地方と中央という閉塞的なモデルを抜け出し、
地方と地方がグローバルにつながるという
現象も待っているように思う。
行政がどのように移民受け入れの制度設計をしようと、
これらの研修制度等で経験を豊富に積み、
これから来るであろう移民受け入れ社会の中で、
もっと能動的に社会変容に関わっていける
人材の育成と場の創出が、僕には急務に思える。
それは、ここまでの人口情報の出し方、
安倍首相の指示、
そしてTPPといった議論の行く末を考えると、
単に米価を守ればそれでOKとは言えない言説が
着々と築き上げられているからだ。

だからうちの農園では、
村の行事に研修生が関わったり、
この地域の人たちを集めて研修卒業生の地域へ
スタディーツアーを企画したり、
研修3年生は卒業研究として地域の方々にインタビューをしたり、
その成果は地元農林高校で日本語で発表をしたり、
農園のBBQイベントではスタッフと研修生とのバンドで
盛り上がったり、
そんな小さなことだけど、経験を積み上げてきている。
近い将来、
できれば研修を送り出している地域で
行政・大学関係者・研修卒業生・地元農業者・地元農業高校生・流通関係者・その他有識者などを集めて、
今僕が関わっている外国人技能実習制度について
議論を交わせるシンポジウムを開きたいと思っている。
送り出し側の地域の
研修=単なる出稼ぎという意識に
少しでもくさびを打ち込みたい。
建設的な意見から
その地域の発展に必要なことを議論することで、
そこに関わりあうことで
僕らの地域が持つリソースを再認識できる場が
あってもいいと思っている。
ほとんど夢想に近いが、
今の研修のカタチも、
始める前は単なる夢物語に思えていたことだったのだから
ここから先も夢物語を
夢想し続けてもいいんじゃないかと
思っている。

そんな考えを勉強会では
プレゼンをした。




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地区の体育祭。
今年は、PTAの三役をしているので、
PTAバザーの副部長も兼ねているため、
集落のテントに行けず終い。
たぶん、お酒を飲まなかった地区体育祭は、
高校以来じゃないだろうか。

ま、このエントリーの本題はそれじゃない。
小さな小学校なので、
親たちもあちこちと役員が重なっている。
PTAバザーのテントにいても
みんなそれぞれあちこちの団体と重なっている様子が
よくわかった。
で、ここぞとばかりに、
JAの青壮年部に入らないか勧誘していったのだが、
そこで気が付いたことが一つ。
そもそもそういう団体があるという認識がない。
つぎにたとえあったとしても
酒飲みの団体というレッテルが張られている感じだった。
まともな活動ってあるんですか?って言われてしまうほどだった。
そもそも僕らの活動自体も
その出発点は、そこにあったわけなので、
今更、崇高な目的なんて立てても意味がないのは
百も承知なんだけど
こうも甘くみられるとなんだか
ちょっと悔しいね。

ただ楽しそうだとか、面白そうというだけではもう、
入りたいってことは少ないんだと思う。
この地区でとても大切な活動の一つである体育祭で
実質的に動いていたのは、
各集落の自治会・青年会・JA女性部、PTA、体育振興会、防犯隊、育成会等々
の組織の方々だった。
そこから見れば、僕らJA青壮年部は、
この地域では曖昧な組織。
地域の農地と農業のつながりを緩やかではあるけれども
地域社会に落とし込める組織だと
僕は今でも思っているが、
その具体的な事例は、
目を皿にして探さないといけないのは事実。
それを過剰評価しても実情に合わないことも
わかっている。
僕らの現状では、地域の構成員として
非農家も多く、地権者と農業者だけの組織自体が
そういった人々も含めて
何か大きなインパクトを与えられるような組織か?と
言われれば、まったくそんなことはない。
今回、いろんな方から話を聞いて
僕自身もそれは良く理解できた。

部員を勧誘しよう!増やそう!と
JA福井市の青壮年部の音頭と
各地区の現状との温度差は
思ったよりもあるように思う。
さて、ここからどうしていこうか。
すこし思案が必要だろうな。



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今度は、研修2年生のジャジャンの月間レポート。
彼は今、病害虫の個人学習を進めている。
ちょうど前年度の後期授業で
総合防除の理論を説明したので、
それに沿って彼なりに知識をためようとしている模様。
加速する自己学習は
この月間レポートの本来の意味なので、
こういう光景にはとても満足。

さて、ここに記録しようと思ったのは
それとはまた違う。
月間レポートには、
それぞれの研修生の悩みや疑問を書く項目があるのだが、
そこに珍しく彼の最近の悩みが書かれていた。
それは彼の実家の農業の行き詰まりについてだった。

彼の実家ではタバコの栽培が盛んだ。
その地域の換金作物のエースで、
この価格の上下が彼らの生活の質に直結する。
で、行き詰まったのは、たばこの価格が
彼が日本に来る前に比べて、半額に
なってしまっているからだ。
大抵、農産物の価格は乱高下するもので、
そうさせない努力が経営のカギになるのだが、
彼の話ではそういうのとはまた違った問題だという。
そもそも乱高下している中での半額ではなく、
徐々に下がり始めての半額だという。
その理由が、あるイスラム教団体(現在確認中)が
たばこはharam(イスラムの戒律に違反している)だと
喧伝したことに由来していると
彼やここに来ている農家子弟は認識していた。

彼が日本にやってくるちょっと前に(2013年)
たばこがharamだと決めつけられて、
そこから値段が徐々にだが下落し、
今では半額になっていると彼は言う。
本当かなぁ~?と思わないでもないが
実際にそういう言説はインドネシア語のWebでも
かんたんに検索して見つけることができる。

大抵の場合、
僕ら農家は価格の上昇や下落について
その理由がほとんど見えない。
値段のつかないたばこの理由がイスラム教と
関連があるのかどうかはよくわからないが、
この事例でもやはり個人の農家レベルでは
なかなか見えてこない事情がその裏にはあるように思う。

とりあえず、
彼と一緒にたばこの下落について
いろいろと調べてみることにした。
月間レポートの指導は、
タフな作業がどんどん増えていくけど
それはそれだけ研修生の意欲が高いってことなんだろうな。
僕も置いて行かれないように、勉強しようっと。





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今年来たレンディの月間報告書が
興味深い。
内容が深いというわけではなく、
彼の「常識」というその意識が
僕には面白い。

レンディの地域は、2期生のイルファンと同じ地域。
ジャワのスンダ民族の地域にしては、
ちょっと趣の違う場所。
米作りもしていないし(自然条件的にできない)、
土地もふんだんにある。

そのコミュニティーの行動規範や経済的倫理感を
見ていく場合、
同じスンダ人でもちょっと自然環境の違うところを
比較してみるとその意識がわかって面白いこともある。

レンディの地域では、
土地はたくさんあり、平均的な土地所有も1haもあり
イラやジャジャン・ダルスの地域の3倍も所有している。
しかも、まだまだ土地は余っていて
さらに大規模な開発もない(ダムや道路など)ため、
土地の価格も破格だ。
こういう土地の場合、
最適を目指す行動規範は、どうして最大を目指さないのか、
それが僕には不思議に思うことがある。
レンディの例もそうだった。

彼の地域では国も専売特許であるお茶栽培が盛んだ。
これはある程度の高地でなければ栽培できないため、
値段が高いからと言って誰でもどこでも始められるわけでもない。
また乾燥などのお茶工場といった大規模な施設がなければ、
そもそも無限にお茶は作れない。
そういった施設もレンディの地域にはそろっていた。
だから彼の月間レポートで
帰国後の農業ビジネスプランでも
お茶畑を買い足して、お茶栽培をすると書かれていた。
だが、しかし、
それにもう一つくわえられていた。
それとは別に土地を買い、野菜栽培もしたいとのことだった。
野菜の方が単価が高いかというと、そうではないらしい。
お茶がやはり断トツに高単価だという。
では、その土地はお茶栽培に向かないのか、訪ねると、
それも違うらしい。
野菜栽培に向く土地は限られているが、
お茶栽培はその地域ならば、どこでも可能だという。
森林公社から借り受けられる土地も
栽培条件には野菜と一緒にお茶も入っているので、
国の政策的にも制限はない。
では、なぜ野菜を栽培するんだろう?

レンディは答えに窮していた。
「だって、他の農家もみんなそうしているんです」
と答えていた。
お茶の方が儲かるのに、
なぜわざと損をする野菜栽培をするんだろう?
実はここに彼らの価値と常識が埋め込まれている。
レンディはその地区の規範と常識に沿って、
ある程度のお茶畑を持ったのなら
野菜栽培も始めようと思ったらしい。
だとしたら、その見えない規範と常識には
なにがあるんだろうか。
月間レポートのディスカッションでは答えられなかったので、
これは宿題となった。
来月の月間レポートまでに
彼なりに分析して答えてくれるようにお願いをした。

最適と最大の狭間がすでに壊れてしまった
僕ら日本人からしてみれば、
その行動規範と常識はとても奇異な行動に見えるが
そこにあるかもしれない、
血の通った価値を
僕もどこかで求めているのかもしれないな。
というのは、余談。
来月に続く。

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あまりにもズッキーニがたくさん取れるので、
土曜の夕方から
妻とズッキーニばかりを料理してみた。

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まずは、ズッキーニのカルパッチョ。
スライスして水にさらしてあく抜きをして
オリーブオイルとレモン汁をかけて、
チーズとナッツをトッピングして出来上がり。
ズッキーニをサラダで食べる一品。


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前菜のもう一品はこれかな。
花ズッキーニ。
中にチーズとハムを詰め込んで
小麦粉をつけてソテーしたもの。
食感が楽しい。


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お肉料理も欲しいので、
ズッキーニをくりぬいて
牛ひき肉を詰めた(味付け済み)。
片面に焦げができるまで焼いて、
裏返したらワインを入れて蒸す。
仕上げはバルサミコ酢。
どばどば入れて、水分を飛ばしたら
できあがり。

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ご飯ものもいるよね。
なので、ズッキーニと新玉ねぎのリゾット。
ズッキーニの緑色がきれい。

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赤ワインと一緒にしっかりと旬をいただいた。
やっぱり旬に旬のものを食べるのは、
楽しいし美味しいね。

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立夏を過ぎ、
暑さを感じる日が多くなってきた。
いよいよ農繁期。
この時期になると、一つ作業が増える。
それは農薬散布。

農薬散布というと、もうそれだけで「悪」というイメージで
語られてしまうのが、僕ら農業者としても
とても残念でならない。
減農薬なんて言葉も、
その農薬を減らした方が良いという
とても安易な発想からきた言葉で
それは僕らの実情とまったく合わない。

農園では、できる限り微生物を主体とした農薬、
もしくは天敵、だけでなく、名前も知らないただの虫にも
影響の少ない農薬を利用している。
話題のネオニコチノイド系薬剤も
使っているが、ミツバチの問題で
一括にくくられて悪者にされているが
農園で使っている薬剤はアセタミプリドやチアクロプリドなど
問題視されているイミダクプリドといった
原体から比べたら数百倍ミツバチに影響がないものを
使用している。ということはまた別の機会で
説明しようか。
さて、この写真の農薬も微生物農薬で
僕の主力農薬の一つ。
アブラムシに効く農薬で、
アブラムシの体に菌糸がまとわりつき
白っぽいカビになって殺すというもの。
冬虫夏草みたいなものと言ったら
ちょっと飛躍しすぎるだろうか。
もちろん僕らの体には侵入しないので
ご安心ください。

さて、この農薬は
アブラムシの体に菌が寄生しなければ
効かない。
だから、これを散布するときは、
ハウス内の湿度や温度なんかも気を付けないといけない。
一回では寄生しにくいので、
3週連続で使ったりもするため
回数も当然増える。
減農薬とは言えない状況だね。
何をどう減らすなんて、
僕ら農家の現場で
農薬の中身を議論すれば
そもそも多いか少ないかなんて
意味がないのだ。

しかし、
誰がこの名前を付けたんだろう。
「ゴッツA」。
JAに電話で注文するたびに
真面目に
「ごっつえーください」というと
受け付けた女性が必ず
クスッと笑うこの名前。
言い難いったら、ありゃしない。
もしかしたらこれを名づけた人は
今の農薬の議論そのものを
バカにしているのかもしれない。
だとしたら僕も同感だな。
でも、ちょっと他では言い難い名前、
何とかならないだろうか?


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前回の夜の勉強会(エントリーのリンクはこちら)に
参加していたインドネシアの研修生イラから
内容がいまいちわからなかったと質問を受けた。

イラの故郷の地域は(スンダ民族)、
山間の人口密集地で、
一人あたりの農地所有も平均して30aほど。
また独特の遺産相続の習慣があり、
兄弟ですべて均等に分け合う
いわゆる「田分け」の風習があり、
自然と農業経営規模は代を重ねるごとに小さくなっていく。
そういう状況下では、
前回の勉強会の内容は、
日本語の壁もあろうが、
それ以上に持っている視点の違いから
理解できない部分も多いだろう。

まず彼の地域では、
農業と関係ない人による新規就農者が存在しない。
すでに人口密集地ということもあり農地に拡大の余地がなく、
農民子弟の多くは他のセクターへ吸収されるしかない。

だから新規就農のほとんどは親元就農となる。
この親元就農の状況が勉強会で僕らが共有した
問題点に近いとはいえるが、
置かれた農業・社会環境の違いで
さらにそれをドラスティックにした感がある。

親子の関係でいけば、傾向として(もちろん例外もあるが)
その宗教上・民族の慣習上、
僕らの現実よりも親は敬われている(特に父親)。
なので、親の権限はとても強い。
この強い権限を持った親元での就農は
僕ら以上に自由がないとイラはいう。
もちろん親の資質にもよるし
イラは子供の時から養子として養父に育てられたという
事情もあるため
普通の親子関係以上に親の権限も強いかもしれないが、
他の同じ地域の農民子弟(スンダ人)に聞いても、
状況に濃淡はあるが、よく似てはいた。

それは、親がこの世を去るまでは農地の相続がなく、
母方からの相続があった場合でも
父親がそれを管理していること、
そして自分の農地がないということで、
毎日の農作業や営農計画はすべて父親に従わないといけない、
ということだった。
なかなかタフな状況と言えよう。

そこには自由はほとんど存在しない、という。
自分で販売先を探したり、
栽培品目を決める力はない。
親元就農の多くは
中学や高校を出てすぐなので、
親も若く(だいたい30代~40代)
当然、子供は経験からも知識からも
親に太刀打ちはできない。
だから、多くの若者が就農を嫌うとイラは言う。

そこで彼の地域では、
若者の一部は地区外へ出稼ぎに出かけることがある。
それは都市部というよりも
ジャワ島以外の外島だったり、マレーシアや韓国・台湾、
そして日本といった国外だったり。
そこで一儲けした後、
故郷へ戻って農地を買い、自分で営農を始めるという。

社会的慣習と人口圧と農業環境が違うことで、
親元就農の苦労がこうも違った形を持つのは
とても興味深い。

さて、そんな話をイラとしていたら、
それに今年来たばかりのレンディが反論した。
自分の地域は違うという。

レンディの地域は、
かつて2期生で来ていたイルファンと同じ地域で、
大規模なお茶栽培の土地柄。
アジア一帯にみられる田園風景はなく、
山の斜面にただただお茶畑が続く地域。
住民たちは、国有や私有の大規模お茶農園で働き、
そこの作業が終われば、自分の小規模の農園を切り盛りするのが
この地域の特徴的な営農だ。
また、水田はほとんどないが、畑は豊富にある。
国有の森林企業が大規模に土地を所有しているが、
一定の植林を行うことを条件に
ある定められた作物を植えるためならば
農地を安く、しかも長期に借り受けることができる。
だから、そこの地域の農家は、
レンディの話では平均して1haほどの農地を
所有しているとか。
また新規就農として、地区外からやってきて
個人で農業を始める人もそれなりにいるという。

さて、そんな場所での親元就農はどういう苦労があろうか。
レンディ曰く、それはそれぞれの親子関係によって
違うという。
もちろんイラの地域のように
親の権限は強いので、親の言いなりに農業をすることもあるが、
農地を安く借り受けたり、買ったりできるためか
親の営農にも余裕があり、
親元就農の多くは、親から口約束で農地を借りて
自分の畑も持ちつつ営農を始めるという。
より自由度が高いと言えよう。

だからなのか、
レンディがいうには、
それほど出稼ぎに行く若者は居ないそうだ。
就農したければ、いちいちお金を工面しなくても
親や親せきから安く貸してもらえるし(ただの場合も多い)、
その土地で収益が上がれば、
数年で自分の土地を持つことだって夢じゃない。
なぜなら、お茶などの価格が優秀な作物があり、
市場も大規模お茶工場へ
販売するルートが確立されているからだ
(というかそこへしか販売できない。お茶は専売特許)。
結構恵まれているような気もするが、
作ることが可能な作物が決められているという点では、
また別の営農的問題があるような気はするが。

僕ら勉強会で話をした福井の就農と
インドネシアの2か所を比べることで、
就農における問題点が、よりはっきりしたように思う。
それは、
ある作物の産地で営農システムが確立されていることだったり、
農地の分布やその自由度だったり、
そして社会的慣習の違いと
そこから生まれる社会的認識と常識で、
こうも就農のカタチが変わることが面白い。
「新規就農が定着しない」という紋切型の言葉が飛び交い
それが一つの言説となってしまうことで、
そこから先になかなか思考が進まないが、
その背景に目をしっかりと向けてみると、
それはその地域が持つ営農の特色と
とても密接だったりもするんだと思う。
別の機会にもう少し、深く考察してみたいな。




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これまで毎週水曜日のお昼に行われてきた勉強会。
それを月2回の昼1回・夜1回に切り替えた。
その記念すべき第一回目の夜の勉強会が
先日行われた。

発表者は尾崎君。
県が主催する
25年度のアグリスクールプロコースに参加して
その中で面白かった講義を取り上げて
プレゼンをしてもらった。

やはり金沢大地の講座は面白かったようで、
「講師の言葉が難しくて理解できない箇所が多いですが」
と前置きをしながらも、
その内容に深く共感している様子だった。
経営理念や未来予想図なんて
自分で作って営農を始めたわけじゃないので
なんだか新鮮だった。

さて、議論はお酒を飲みながら・食べながらで行った。
こういう場合、通常議論にならず
ぐだぐだになるのだが、結構まとまった議論ができたと思う。
アグリスクールの内容についての議論も面白かったのだが
個人的には就農の苦労について
みんなの意見が聞けたのが面白かった。
普段はあまりこういう話にはならないのだけど、
お酒も入る分、本音トークにもなるしね。

さて、
新規就農のメンバーの場合、
とにかくナイナイ尽くしから始まる。
資金も土地も施設もない。
土地を借りようにも
地主の信頼がなくて難しかったりするようだ。
借りれても条件不利地だったりする。

労働力確保も課題だろうな。
一時に仕事が集中する農業は
労働力をどう確保するかが難しい。
新規就農の場合、自分以外に労働力はなかったりもする。
あるメンバーは、妻に手伝ってくれと言っていないのに
勝手に手伝いに来て、
ルーティンでつらい作業に耐えられなくなり
そのあと機嫌が悪くなるので勘弁してほしいと言っていた。

また技術もないし、市場の信頼もないから
販売も苦労すると漏らしていた。

では親から継承する農家の息子は楽か?といえば
そうでもない。
というのも、自分が就農しても
親の手足となって働くだけで
自分の意見なんてほとんど通らないからだ。
あるメンバーは就農してから2年くらいは我慢したらしい。
で、やっぱり親と衝突して
それから自分の畑をもらって
親の仕事が始まる前や終わった後に
自分の畑で好きな野菜などを作ったとか。
これは僕も同じだった。
親との方向性の違いなんて格好良いことも
言っていたこともあったが、
方向性がわかるほど人生経験がない。
でも自在に何かを作るという
農業のクリエイティブな部分に憧れて
始めた仕事だったのに、
毎日言われるままのルーティンな作業と
細かく決められた手順に追い回されて、
考えなくなっていく自分が嫌だったことを思い出した。

これは事業継承型の農家に
あてはまることでもないようだ。
メンバーの一人は長年勤めた農業法人を辞め、
新規就農するのだが、
その理由が
やや事業継承型の僕らの悩みと似ていた。
自分の意見が上部に採用されないことや、
機械的でルーティンな仕事をこなすだけで
自分の農業へのこだわりを作っていくこともなければ
それを発信していく場もなかったことが
不満だったとか。

どういう形態にせよ、
それぞれ大小と濃淡はあるにせよ、
僕らは農業というスタイルに対して、
その自在にモノを栽培するというその職場に
身を置くことで、
自分も自在な存在になれるんじゃないかという
幻想を抱いてその職に就こうとする。
だから、そうじゃない現実とのギャップに
苦しむことになるんだろう。
でもそれが苦しみだと感じている内は、
まだその理想に対してあきらめたわけではなく、
その自在な存在になれる過程だと
言ってもいいだろう。
もがき苦しんだ分だけ、
その存在に近づくと信じたい。

夜の勉強会は、
時間もたっぷりあり、
食事をしながらということもあってか
リラックスしてのディスカッションで
いろんな話が聞けて良かった。
想いや悩みや問題をシェアすることの
大切さも再認識できた
記念すべき第1回目の勉強会だった。




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GWの宿題として
娘が「そうごう」という授業の宿題を
持ち帰った。
班ごとに調べものをする授業のようで、
娘の班は「そば」がテーマだった。

そばの種類(品種)や
そばの太さ、
美味しさのコツを調べるらしいのだが、
今どきの子供のようで、
調べ方は、
「親に聞く」と
「インターネットで調べる」だった。

種類や太さはよくわからないけど、
美味しさのコツは、やっぱりそばの3たてと言われる
取りたて(収穫したて)
打ちたて(そば打ちしてすぐ)
ゆでたて(茹でてすぐ)
が美味しさのコツだとは聞いたこともある。
あとそば100%だとそばをこねすぎないこと
そばの水分バラスンが程よいこしを生み出す
みたいなことは、そば打ちの名人だった大叔父から
何度も聞かされていた。

が、この調べ方に
いち早く反対をしたのは、
文化人類学の学者である妻。
やっぱり蕎麦屋に聞きに行く方がいい、
と言う。
僕もその意見には賛成だったので、
さっそく行きつけの蕎麦屋へ。

しかし、連休中の蕎麦屋は
戦場のごとく忙しさで、
いつも愛想をふってくれる女将も
どことなく冷たい雰囲気。
とても質問できる感じではなかった。
そしてここでも人類学の妻の提案で
プチ参与観察をすることに。
店員の動きや厨房の様子、
出されたそばを
しばらく観察していた。
しかし、そこで分かったことは
そばの太さはまちまちだということと
今日は忙しい、というくらいで
ほとんどデータらしきものが集まらなかった。

しかし会計の時になると
他のお客さんも随分とはけたようで、
女将も大将もちょっと余裕のある雰囲気に。
そこでさっそく娘のインタビューが始まった。
そばは勝山産と大野産のもののブレンドを使用し
100%県内産のそばを使用しているという。
美味しさのコツは、
とにかくいい素材をそろえて使うことらしい。
出汁には力を入れているようで、
天ぷらそばの出汁を基本に作って
そこから他のそば用の出汁を作るという。
基本の出汁も醤油3種類と高級カツオで作るとか。
僕らが想像していた美味しさのコツとは
まったく違った答えが大将から聞けて、
なんだかとっても得した気分だった。

やっぱり自分が思っていた以上の
話が聞けたときのインタビューは面白いな。
娘にもその楽しさがわかるといいのだが、
さてどうだっただろうか?



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インドネシアの農業研修も新学期を迎えた。
今学期は、地域開発論という授業をする予定で、
そのイントロダクションを行った。

これまでこの授業では
日本の地域開発の事例をケーススタディして
成功の鍵やそこに潜む問題点などを
みんなでディスカッションしてきた。
ここ数年はBOPビジネスなどもここで議論してきた。

で、今年も日本の事例をと
思って教材を用意したのだが、
研修生たちから、
「日本語は漢字が難しくて読めません」
と文句を言われてしまった。
僕が持っている教材のほとんどが日本語であるため
ケーススタディをするにしても
まずその事例を日本語で書かれた文献で
読み込まないといけない。
その作業がつらいというのだ。

でも日本語以外の言語で
こうした教科書になるような本といえば、
英語しかない。
僕がかつて通っていた
インドネシアの大学院でも
インドネシア語の書籍を使うことはほとんど皆無で、
ほとんどが英語文献だった。
だから社会開発系の英語文献は
それなりに持っている。
だからそれを読んでもいいのだが、
大学院レベルのかなり難解な文献も多く、
ホイホイ読めるもんじゃない。

と、僕は説明したのだが、
彼らは自信たっぷりに
「英語なら読めます!」という。
ほとんど英語がわからない彼らが、だ。
でも自信たっぷりに言うので
とりあえず英語文献でやることに。

で、あとで研修生一人を捕まえて
聞いたら、
「ネットの翻訳ソフトを使うんです」とノタマフ。
ああ、それだとたぶん
簡単な英語文章しかまともに訳せないよ。
専門用語が羅列されている文章は、
たぶん無理。

彼らの目算が外れ、
自分で選んでしまったがために
読む羽目になるであろう人類学の開発批判本を
彼らはいったいどれくらいの時間をかけて
読むつもりだろうか?
まぁ、あいつらが選択したんだから、
時間かかってもやってもらうけどね。



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5月に入った。
5月と言えばGW。
GWといえば、農作業。

農作業のスタイルをここ数年で
大きく変化させてきているのだが、
その変化のおかげで、
このGWは、以前よりも忙しくなくなった。

20年前くらいは、父が中心となって
野菜苗の生産に力を入れていた。
その頃は、GWは朝3時や4時起きで、
仕事が終わるのも夜9時近かった。
毎日配達に追われ、昼休みは配達の車の中だったりもした。

あれから農園は随分と様変わりした。
この時期の主力は野菜苗から野菜そのものへと
完全に移行した。
だから今は、あのころに比べたら、
あまり忙しくない。
ただ、その日の朝にならないと
その日の仕事が組み立てられなくなった。
野菜注文のメールと市場と業者からの電話が
深夜から早朝にかけて入る。
それをチェックし集計するまでは
その日の出荷量が決まらなくなってしまった。

そして今日がGW用の野菜の出荷の
最終山場。
ここを終われば、野菜出荷は一息つける。
野菜の苗を販売していたころは、
ここからもう二つほど山場があったのだから、
それに比べたら大したことはないよな。

この時期に、こんな時間から
豆をひいて入れたコーヒーを飲みながら
ブログを書いている自分に
なんだかしみじみしたGW野菜出荷の
決戦当日の朝だった。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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