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最近、娘の遊び方が面白い。
自由帳にゲームのような
ステージをいくつも書き、
手作りのゲームを楽しむ遊び方。
仲間選びルーレットや
敵を倒すための武器が売られているお店まである。

その中で、敵を倒す武器が面白い。
眠り薬や仲間になってしまう薬といった
まったく相手を傷つけないモノばかりなのだ。
それはおろか、『カラオケマイク』などは、
それを出すと敵がカラオケを始めてしまって、
その隙に逃げるのだとか。
さらには、『アイスクリーム』という武器もある。
これを出すと、敵と一緒にアイスを食べて、
敵がアイスに舌包みをうっている間に逃げるというもの。

そして最強の武器が『野球チームセット』。
これを出すと敵は野球に夢中になってしまって、
その隙に先に進むのだとか。

こういう発想はとってもいいな。
さっそく昨晩、このゲームで遊んだ。
最強の武器『野球チームセット』を手に入れた僕は、
ボスたちがいるステージで、
その武器を使って、敵と紅白試合をして
こちらのワンサイドゲームだったが、
お互いの健闘が友情に結びつき、
なんとかゲームをクリアしたのだった。


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11月は千客万来。
といっても、今回は農園に来て頂いたわけではない。
ある講演を担当したのだが、その講演に
60名くらいの方にお越しいただいた。

その講演とは、福井ライフアカデミー主催の
現代的課題講座「国際社会」のなかの
『世界を知る』という講座。
5回ある講座の内、第2回を僕が担当した。

さて、何を話したかと言えば、
農園で行っているインドネシア農業研修プログラムと
研修参加者の地域の風景や課題、そして
これらすべての展望について話をした。

これまでもインドネシアの農業研修について
いろいろと話をする機会を頂いてきたのだが、
今回は、少し違う話をしようと臨んだ。

これまでは、なぜ研修事業をしようと思い立ったのか、や、
どんな研修をおこなっているのか、という話が多かった。
協力隊参加から研修開始までの経緯の話や
研修の内容についての説明だった。
今回ももちろんそれも省略しながら話をしたのだが、
そこからもう一つ踏み込んで、
研修生の地域が抱える農業問題、
そして研修生の変化や帰国後の活動について、
まだまだ自分の中で消化されていないため、
かなり荒削りなプレゼンになってしまったが
話をさせていただいた。

今回はプレゼンを作っている作業から、
情報の足りない部分などが明確になり、
また実際に講演してみると、
話の構成や流れの中で不足箇所が見えてきて、
僕としても大変勉強になった講演となった。
その不足を補うためにも、
来年の1月に時間が合えば
インドネシアへ調査に行こうと思っている。

研修生のもつ個人的な課題と
その地域が抱える農業問題の構造的理解、
そして研修での彼らの変化、
さらには研修後に彼らはどう考えどのように行動し
今現在を生きているのか、それを僕なりに
もう一度掴みなおしてみたい。

がむしゃらにやってきた研修だったが、
なんとなく進むべき道筋のようなものが
少しずつだが見え始めてきた気がする。
そんな通過点となった講演だった。

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11月は千客万来。
記録し忘れていた「風」があったので、
慌てて記録しよう。
その風はインドネシアは
スラウェシ島のマカッサルから吹いてきた。

彼女の本名は至極難しくて
覚えられたことはないのだが、
みんなは彼女を、イブ・アグネスと呼んでいる。
マカッサル大学で教鞭をとりながら、
NGOを自ら組織し、地域住民の福祉を考える、
まさに学問と実践の両立を体現している方。

ちょうど京都大学との共同研究で来日されており、
日本の農村見学(水利組合・土地改良)ということで
僕らの地域に来てくれたのだが、そのついでに、
僕らが行っているインドネシア農業研修プログラムについても
いろいろと議論を重ねることが出来た。

これまでのお客さんと違って、
インドネシア人としての意見は、
主体がインドネシア国内にあるので
その視点で僕らのプログラムがどうみえるのか
そこに関心があった。

彼女と研修生の議論で面白かったのは、
やはり資金の話。
日本で研修生をしていれば、
ちょっとした新車一台は買えるだけの貯金が出来る。
それが帰国後のビジネスの原資となるのだが、
それに群がる人々が多いので困るという
話があった。
それまで家族・友達付き合いのなかった人たちが
急になれなれしく近寄ってくるのだとか。
最初は、
「日本のお土産をお願いね」
くらいらしいのだが、
だんだんエスカレートしていき、
最後は、
「困っているので金を貸してほしい」
となるとか。
彼女もそういう経験が多くあったという。
でもそのほとんどが返済されなかったらしい。
研修生たちもそれが悩みの種のようで、
貸さなかったら貸さなかったで、
偉そうになった!などと陰口をたたかれる。

イブ・アグネスはそんな研修生に
他人へのお金を貸す条件を教えてくれた。
原則としては、直接お金を渡さないことらしい。
必要なことに対してその人に代わって
支払うという。

ますひとつは病気。
これは急を要する場合には
出来る限り協力するとのこと。

そして、教育。
教育のためであるならばその費用を負担する。
教育であればその人のためにもなるので。

そして必需品は物品で。
決してお金を渡さない。
米が必要ならば、米を買って渡すとのことだった。
嗜好品や贅沢品はこの中に入らない。

そういうルールを作ってからは、
周りの人もあまりお金を貸してほしいと
言ってこなくなったとか。
その代り未来を拓く教育のために
お金を借りに来る人はいるとのことだった。

研修生たちはその余裕も当座はないだろうから、
やはりお金を他人に貸すのは、
自分たちがもっと成功した後だろうと
話は盛り上がった。

さて、農家の所得向上でも議論したのだが、
やはり流通システムに問題があることで
意見が一致した。
農家側は販売に対してイニシアティブを
ほとんど持てない。
その理由は、ちょっと乱暴にまとめると
資金と輸送手段と販売ネットワークからの除外に
収斂されるだろう。

営農資金を商人から前借するケースが
現在も少なくなく、これによって販路は
その商人への販売にほぼ固定されてしまう。
この場合、買取もその商人の言い値になる。

輸送手段も大きな障害だろう。
個別に車両を持たないため、
多量に取れた場合の輸送手段がない。
そのため買い取り商人が車でやってきて、
庭先集荷をするのが通例だ。
庭先集荷の場合、価格交渉もその場で行われる。
決裂すれば、次に商人がいつやって来るかはわからないので、
大抵はその場での商人の言い値で
決着がつく。

これはあるのかどうかは
まだ僕自身が実際に確認はしていないが
研修生たちは口をそろえて、こう言う。
「買い取り商人に売らずに直接市場に持っていくと、その商人から連絡が市場にも入っていて、農産物を買ってくれる他の商人がいない」
とのことだった。
つまり、商人間の販売ネットワークが出来上がっていて、
そこに無理やり入って行こうとしてもできない、
と言うわけだ。
実際にそういうことがあるかどうかは
必ず確認しなければいけないが、
それ以上に、そういう認識が農家子弟の中で
広がっていることも注目すべきだろう。
つまりそういう意識があるため、
新しい販路開拓の意欲が削がれているからだ。
どうせそのネットワークには参加できない、
という社会通念があれば、
農家の行動は制約されることにもなる。
もちろん、実際にネットワークがあった場合は、
かなり由々しき問題であり、
自由に交渉して売買する行為は、
かなり限定されるだろう。

これらの答えに、
イブ・アグネスは良いモノを作り続けていけば、
きっと市場も認めてくれるだろうという答えだったが、
僕はそうは思えない。
実際に、ほんとうに良いモノだけが
高い評価を受けているわけではないのだ。
良いモノを生産するだけでは、
やはり高く評価してくれることへの
必要条件にはならないだろう。
だから僕の答えは、
研修生たちが、自分たちで移動手段を持った、
そして農家を取りまとめて必要資材を共同購入できるような
農家寄りの買い取り商人を兼ねる営農スタイルだ。
だから僕の研修では、
技術うんぬんよりも、プレゼン練習や
市場や社会構造をよみとく講座ばかりをやっている。
特定の農法が、農業を発展させることはないからだ。

その期待に反せず
一期生のヘンドラは、
帰国後集落の農家を取りまとめて
ABCケチャップ社とトウガラシの契約栽培に
奔走した。
結果は条件が合わなかったため、白紙状態だが、
そのプロセスのおかげで、
彼は20代にして集落の農家グループ長になった。
なかなかすぐには成功しないだろうが、
農家が自分で市場を見つける力と
交渉する力を得れば、
多様で活気ある農業が生まれると
僕は信じている。

あちらの視点に立った方(インドネシア人)と
研修生と一緒に議論をするのはとても楽しかった。
おかげで一方的な関係になってしまっている
僕と研修生の間で、伝えきれなかったことや
僕が聞き取れなかったことの多くを
相互に得ることのできた夜だった。

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11月は来客万来。
今回は、「坂ノ途中」という
京都の若い八百屋さんがご来園。
完全無農薬ばかり扱っている八百屋で
そういった野菜を作っている新規就農の方の
発掘もしているようだ。
もひとつ変わっているのは、
自らアフリカはウガンダまで出て行き、
有機ごまを栽培して日本に輸入しようと
計画もしているところだろう。

こちらとしても、
そのウガンダの話にはとても関心があった。
ウガンダでは、伝統的にごまを栽培しているらしい。
その八百屋さんは、大学院に所属しているスタッフが
アフリカ研究をしたいという想いから
ウガンダに繋がり、
そしてその現状で有機ごま栽培につながったという。
今年から本格栽培を現地で始めているようで、
日本で精油の会社ともつなげて準備をしている。
すでに流通の下流が出来上がっているから
上流の生産は、まさに栽培に専念して、
その規格に合えばいいというわけだ。
なるほどなぁ~、やっぱり流通のプロの八百屋らしいなぁ。
僕ら農家だと、どうしても主体を上流においてしまうので、
作った物をどう売るか、の視点になってしまう。
まぁ、どちらが良いのかは、評価対象外だけど。

いくつかの点で、質問が心に残った。
まず有機ごまの栽培を試みている地方は、
もともとごま生産をしていなかった地域らしい。
食文化にごまが多様に組み込まれている感じでもなかった。
つまり、そのごまは完全なる輸出用品目ということになる。
その八百屋は持続可能性をうたい文句にしているが、
それはそういう生産様式で担保されるのだろうか。
より効率的な、「有機」の規格に沿った
大量生産だってあり得るだろう。
自分たちの農業のサイクルに入っておらず、
しかもそれが食文化にも反映されていないモノは、
外貨獲得熱にさらされると、
見た目ばかり持続可能な形にしているのに、
中身はとても持続可能とは言い切れない形で
生産されるかもしれない。
インドネシアだとエビが好例だろうな。
まぁ、それだけ市場は大きくないと
言えるかもしれないので、
あくまでも程度と仮定の話だけどね。

次に、その生産現場への社会インパクト。
農地所有と資源へのアクセスに不平等が存在しないかどうか。
金持ちがそれまでは機会損失だったために、
手持ちの資源に他の住民のアクセスを
割と自由にしていた場合、
格差がなく暮らしていたかもしれないが、
新しい市場の登場で、そのアクセスを閉ざすかもしれない。
どんなリーダーがいて、
資源の分配とアクセスはどう行われてきたのか、
特に、牽引の強い日本の市場となると
すこしそのインパクトが気になるところだろう。
ソーシャルビジネスをしっかりと意識した
現地のリーダーがいることを期待したい。

さて、八百屋さんが見学に来て
一緒に我が家で食事をしたのだが、
研修3年生のクスワントも同席した。
彼の開口一番は、
「ウガンダのその地域では、ごまは伝統的に栽培しているんですか?そしてそれを食べているんですか?」だった。
そうそう、その質問が一番目に来なきゃね。
僕らはその物語のカタチではなく、
その中で実際に暮らしている人々の生の息遣いに
もっとも関心があるんだから。
クスワントの質問が、
僕らの今を一番言い表していたように思う。
そんな議論から
いろいろと思いを馳せた夜だった。

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リーズナブルなモノばかりだけど、
いろんなワインを
これまで飲んできた。
いろんな風味や歴史、作り手の想いがあり、
ワインの世界の多様さに
ただただ驚き憧れてきた。

そんななか、今回出会ったのはこれ。
ギリシャのワイン。
「レチーナ」。
なんと松脂入りのワイン。
多様さもここまで来ると脱帽だ。

伝統的ワインで、
その昔、アンフォラ(壺)に
ワインを貯蔵していた時代(紀元前)、
壺の蓋を接着するために松脂が使われていたとか。
また
ワインの酸化を防ぐためにも松脂を混ぜていたようだ。
そんな歴史があって、
いまだにこうした松脂ワインがギリシャにはある。

で、飲んだ感想は、
「不味い」の一言。
松脂の香りが強すぎて、
何がなんだかさっぱりわからんワイン。
滋養強壮に良いと言われれば
納得してしまいそうな味。

歴史を実感として共有しない者にとっては、
ただ単に物珍しいワインでしかないのだろうな。
その地方の人には、
きっと大切な味なんだと思うけど。



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先週土曜日は、
JA青壮年部地域リーダー研修会に参加した。
ゲスト講師は『地上』編集長の神薗さんと
福井新聞の論説委員長である北島さんが務めた。

地上とは家の光協会が発行している雑誌で、
全国の青壮年部の活動や農業情勢の情報などが
紙面を飾っている。
農業分野での雑誌というと、
現代農業が有名だろうが、
現代農業が技術の雑誌だとすれば、
地上は農業政策や情勢を解説する雑誌といえよう。

さて、その雑誌の編集長の話。
地上が全国の青壮年部の情報共有の場になれば、
とのことで、
それでこの5月に紙面を新しくした時に、
実際の農業者がそれぞれの目線で綴るエッセイを
企画されたとか。
実は、その企画に僕も末席ながら
執筆させてもらっているのだが
経緯と編集長の想いが今回とても解り、
農業者の実践的目線で書き続けようと
モティベーションも上がった。

次に登壇されたのは
福井新聞の北島論説委員長。
政治と農業情勢の話で、
豊富な情報量とそれらが有機的につながっていて
なかなか盛り沢山な話題だった。
あまりにも膨大なデータだったので
中身については、ここでは割愛するが、
北島さんの話を聞いていて湧いた雑感を記録しようと思う。
安倍政権の成長戦略にある農業所得倍増についてだが、
以前からぼくは大きく2つの方法があると思っていた。
輸出量を増やすというのは、
ちょっと現実的ではないし、
僕らのような小さな農家では無理がある。
たぶん近未来において、
政策的にそれも選択肢に入るだろうけど、
生産構造を変える必要の方が
優先順位が先なんだろうと感じる。

統計的に考えれば、
平均所得を増やしたい場合、
上位を増やすか、下位を減らすか、だろう。
市場は国内の場合は、縮小傾向なので
膨らみつつある海外市場への輸出はある程度考えられるが、
製造業として日本で生産するメリットは
ほとんどないことも他産業の例でわかる。
しかもプレーヤーが小さすぎて、
世界では戦えない。
だとすると、国内市場で話を限定すれば、
所得の多い農家を増やすか、
所得の低い農家に退場してもらうか、
のどちらかではないだろうか。
今の農家を強くするのも一手だが、
もっとてっとり早いものとしては、
農地法を改正して、他産業の法人などが
農地を取得できるようにすることだろう。
そうすれば、その法人が“農家”になり、
農業所得の平均はその企業に押されて
黙っていても上がる。
だが、これは農地法改正の手続きが必要で、
今回は流れてしまっている
(その内、また改正案がでてくるだろうけどね)。
では、農業所得の低い農家に退場してもらおう、
というはどうだろうか?
それは、もう目の前にある。
生産調整(減反)政策の見直しだろう。
兼業農家を減らし、農地集積を推し進めるか
コメ以外の有用作物への転換(園芸など)をすすめ、
大規模もしくは付加価値のある農業に
構造転換を図るというものだろう。

これでプレーヤーも規模が大きくなるので、
海外市場を見据えて、ある程度の競争も可能になるわけだ。

これらは僕のチープな未来予想図。
そしてそれについて僕は賛成でも反対でもない。
これまで小さなプレーヤーが沢山いても、
それは多様な農業ではなかったし、
多様でないことが農業の活力を奪っていたのも事実だ。
でもプレーヤーが大きくなれば、
多様であることにはならず、
物量と資金の競争になるのは明白で、
やはり農業の活力には、あまりつながらないんじゃないだろうか。
そして心配することの一つとして、
コミュニティといった意識に支えられた
共同体ではなかった「ムラ」が、
そこに参加する人々が農地からかけ離れることで
一層弱体化するんじゃないかってこと。
意識に支えられるような活動と経験の沈殿が必要なのに、
過疎化と高齢化がそれを阻む。
農地から離れていく僕ら「ムラ」の行く先は、
一体どんな未来になるのだろうか?



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先週水曜日に、
福井農林高校で出前講座を開いた。
今年の12月に、
福井農林高校の学生さんたちが、
友好提携を結んでいる
インドネシアタンジュンサリ農業高校へ
訪問する予定でいる。
それに合わせて、
インドネシア事情の講座の講師を依頼された。

インドネシアの写真をたくさん使って
現地の様子や文化・農業について説明をしたが、
参加する学生さんの意識も知りたくて、
ちょっとだけワークショップ形式で
話をすすめた。

やはり関心が高かったのは、
インドネシアの農業についてだった。
さすがは農業高校。
どんな農業なのかを知りたい、
日本との違いは何かを知りたい、といった
意見が多かった。

そしてそれ以上に多かったのが、
あちらの友達を作りたい、という意識だった。
ちょっと意外だった。
今の学生はそうなのか、
それとも僕がそういう意識が無かっただけなのか、
まぁ、いずれにせよ、交流事業なので、
あちらの学生と友達になりたいと強く思ってくれるのは
とても嬉しい。

ただ、やはり言葉の壁はある。
簡単な自己紹介などを覚えていく予定ではあるが、
言葉を介してのコミュニケーションは難しい。
でも、それもいつも杞憂なのだ。
純粋な子たちは、なんだか言葉が分からなくても
お互いに気が合う同士をかぎ分け、
そしていつしか仲良くじゃれ合っていたりもする。

こちらが出来るとしたら、
友達になれるようなイベントを
出来るだけ作って行くことだろうか。
さて、どんなイベントがいいのかな。
これから向こうの学校とも相談していこうっと。



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農業やってみませんかセミナーが
週末にあった。
市役所の主催で、3回のリレーセミナー。
その3回目に、僕が講師として呼ばれた。
お題は、
「農業経営と農園の就職」。
いやいや、この僕が農業経営について
話をすることがあるなんてねぇ。

参加者は10数名。
若い方から年配の方まで幅広くいた。
1時間の講義と
1時間の現地見学の二本立てのセミナーだった。

さて、そのセミナー、
経営の妙なんて良く解らない僕が
またそんな学問を学んだことの無い僕が
それを話す資質があるのかどうか不安だったが、
ここは自分の視点で話そうと思い、
そのためかややこれまでの経営セミナーとは
ちょっと毛色の違う感じなったと思う。

農業は自然を技術で僕らの都合の良いカタチにて生産し、
それが市場で評価を受けるモノでなければならない。
まったくの自己完結型の自給的農業などは
この場合に当てはまらないのだが、
たとえ物々交換だとしても
その交換自体が「市場」なので
やはり交換の価値に相応しい生産物でなければならない点で、
まぁ、この原則はそう的外れでもないだろう。

で、その原則の中で多品目の園芸農家では、
個々の作物の持つサイクルと
(畑づくり→播種→栽培管理→収穫→製品化・販売)
春夏秋冬の1年の大きなサイクルとが
絡まり合いながらも、淀みなく流れることが
大切になってくる。
自然は、春夏秋冬で変化し、
その変化に合わせて技術も変化し、
そして市場の要求に合わせて、
通年出荷野菜と季節野菜を幾何学的に
組み合わせていく。
簡単に言えば、それが僕の経営論。
野菜の単価やコストなどの計算も
もちろん大切だが、
それ以上に
農業と言う自然と市場と生活のリズムの中で
正しく呼吸ができるかどうか、なのじゃないか、
と僕には思えてならない。

ちょっと抽象的だったが、
こんなことを話したセミナーだった。

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中学生の職場体験を受け入れた。
女の子3人で、箸が転んでもおかしい年頃とは
まさにこの年頃なんだろう。
ルーティンでややつらい仕事でも、
笑いが湧き上がる。
受け入れをした2日間は、
仕事場に花が咲いたように明るかった。

さて、その学生さんたちから、
いろいろと仕事について質問を受けた。
職業体験インタビュー用紙というのを準備していて、
職業に対する想いやその職業に就いたプロセス
なんかを聞こうというものらしい。
その質問の中で、
いくつか興味深いものがあった。

それはこんな質問だった。
「どうしてこの仕事をやろうと思ったのですか?」
「自分のやりたい仕事につくには、どうすればいいのですか?」

あああ、なんだか思い出すな、
僕が何かになりたかった日々を。
当初から「やりたいこと=農業」ではなかった。
でも、なんとなく『農家の長男』という、
前世紀の名残的な意識はあった。
小学校の卒業文集で、将来の夢は青年海外協力隊だった。
その内容がどういうものかもよくわからないまま、
青春時代は、とにかく農学部のある大学に
進学することがある意味目標だったかも。

やりたい仕事に就くといわれても、
それが当初から本当にやりたい仕事だったのかどうかなんて
その当初からわかるわけもなく、
また、当初にやりたいと思った仕事が
その想像の通りの仕事だったなんてことは
ないだろうな、たぶんだけど。

幼稚と言われようがなんだろうが、
強烈な印象だろうと、なんとなくのイメージだろうと、
自分の中に浮かびあってくる未来予想図に
僕らは不安定な気持ちのまま
走り向かっていくんだと思う。
そのプロセスの中で、
僕らはいろんなことに気が付き、
いろんな発見とご縁と学習とあきらめと希望を経て、
今の僕が、いま、こうしてここにある。

その仕事が自分に向いているかどうか、も
中学生たちは気にしていた。
向いているかどうかなんて、誰にもわからない。
それを目指して打ち込んだ日々が、
自分をそれに向かわしていくんだと
ぼくは思う。

やりたい、やってみたい、と若い感性で
感じ取ったのなら、それが今の君の進む道なんだろうな。
僕はそう思う。

それがわかるのなら、まだ苦悩は少ないのかもしれない。
ぼやけた蜃気楼のようなのが、たぶん君の未来予想図。
そんなものを引きずりながら思春期は過ぎていく。
のだと思う。

進んでいくべき道は、常に見えないが、
進んできた後には、道ができる。
それを後付で「やりたかった仕事」になるのかどうか
わからないけど、
まぁ、そんなもんなんだろうな。
それがどれだけ中学生に伝わったかはわからない。
僕もいろいろと思い出した、職場体験だった。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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