今年の12月から地元JAの直売所の
値段ラベルが新しくなる。
今日は、その説明会があり参加した。

直売所の値段ラベルには、
生産者名と商品名と値段が記載されており、
それらはこれまで比較的自由に発行でき、
生産者がそれぞれの生産物に貼り付け、
直売所に商品を並べていた。

今回の大きな変更点は2点。
まず1点目は、生産者がいつでも勝手に
ラベルを作れなくなった、ということ。
こう書くと少し語弊があるかもしれないが、
生産者の立場としては、こう感じることが
多いだろう。
「勝手に」作れなくなったというのは、
生産者がラベルを発行するのに
ある条件が必要になったからだ。
それは栽培履歴書を事前に提出という条件。
栽培履歴書とは、野菜の品目&品種、播種日や圃場の広さ、
使用した農薬や肥料など栽培に関する情報が
書き込まれたモノを指す。

トレーサビリティが
うるさく言われたころ(2007年ごろだったか?)から、
直売所でも栽培履歴書の提出をするようにと
言われていたが、実際には年に数回程度提出すれば、
それで値段ラベルを作って直売所に出荷できた。

それが今回から、すべての野菜において、
毎回栽培履歴書の提出を事前に行わない限り、
値段ラベルの発行はできないように
なってしまった。

もう1点の大きな変化は、
消費者がその直売所内にある専用端末で
野菜についている値段ラベルを読み取ると、
専用モニターにその野菜の栽培履歴が映し出される
ようになった。
これまでは消費者がそんなに手軽に
栽培履歴を見ることはできなかった。
それは栽培履歴のデータベース化がされておらず、
栽培履歴自体も生産者側の管理下にあったためだ。
もちろん、消費者が見たい、と言えば、
提示する義務は生産者にあることは当然だが。

さて、この2つの変化は何を生み出すのか。
一つは、消費者が生産物の履歴を確認しながら
買い物が可能になったということだろう。
より多くの情報を自らで確かめながら
購入することが出来るようになったことだろう。
このことで消費者の購入するきっかけが
大きく変化することもあるだろう。
これまで何気なく買っていたモノや
生産者のイメージや商品の見た目で
安心を得て購入していたモノでも、
自分でその栽培履歴を確認しながら
購入するかどうかを判断できるようになったのだ。

もう一つは、そういった目にさらされているという
意識を生産者に植え付けるという変化。
商品の履歴は、どこかで誰かが見ているだろうという
まるでフーコーが指摘した
監視システムの内面化とでも言おうか、
直売所もよくもまぁ、現代にぴったりのシステムを
創り上げたものだ。
内面化された監視のもとで、
僕らは生産をし、
情報の食い違いやちょっとしたミスも
『偽装』と疑われないように
細心の注意を払う必要が出てきたということだ。
当然のことと言われればそれまでだが、
精神的な窮屈さと
アドミの煩雑さが増したことは確かだ。
しかもそれは値段に容易に転嫁できず
僕らの負担は増した形だろう。

さて、これらの変化なのだが、
果たして健全な生産と売買につながるのだろうか。
少し疑問に思う節もある。
まず、消費者が栽培履歴を
正確に理解できるかどうかだろう。
今回の説明会でも、
栽培履歴の書き方で重要視されたのは
使用農薬の欄だった。
栽培履歴の大半は、どういった農薬を使用しているかを
書き込む欄で埋められている。
つまり、情報開示は使用農薬だといっても過言じゃない。
その農薬情報を消費者は
正確に理解できるかどうかが気がかりだ。

うちの農園では、使用する農薬は厳選している。
害虫ではない他の虫がしなないように、
ピンポイントで効くような農薬を使用し、
食べる側にも散布する人にも安全なものを
出来る限り使用する努力をしている。
だから農薬登録されていても、
農園独自基準で使用できない農薬も多々ある。

農薬間で環境に対する影響度合いは
大きく違うのである
(人体の場合は農薬登録されているのであれば、
ほとんど問題ないように思われる)。
その違いをその履歴から
消費者は正しく読み解きながら、
購入することが出来るのだろうか?

「農薬=危険」という構図は今も健在だ。
農薬を一滴でも使えば危ない、
と思っている人が多い一方で、
天敵昆虫も農薬資材に登録されている事や
微生物を利用した農薬があることも
あまり知られていないようにも思う。
しかもそういった資材も
一般の消費者では商品名だけで他の農薬と
判別することは難しいだろう。

すこし農薬名を書いてみよう。

アディオン乳剤
アドマイヤー乳剤
バイオキーパー水和剤
コルト顆粒水和剤
ゼンターリ顆粒水和剤
エルサン乳剤
ガンバ水和剤
ハチハチ乳剤
ジュリボフロアブル
アフィパール

と、ある野菜に使用した農薬情報が
並んでいても、
どれが天敵昆虫の農薬で
どれが微生物農薬か皆さん解りますか?

しかも、環境配慮型の農薬は
そうでないものに比べて散布回数が増える傾向がある。
だから、
栽培履歴の農薬散布回数だけを見ると、
たぶん環境に配慮しながら
農薬を使用している農家の方が使用回数は多くなり、
履歴の見た消費者の感覚では、
そちらの方がなんだか「危ない野菜」に
見えてしまうようなミスリードも起きかねない。

もう一つの懸念は、すべての生産者が
果たしてそれを正確に記述することが
出来るのだろうかと言うこと。
いい加減に書いても、
それをチェックすることはないので
とりあえず形ばかり提出をすることもあり得る。

いい加減に書いて、使用農薬を記載しない方が、
真面目に書いている生産者より
栽培履歴上の情報では、なんだかより「安全」に
見えてしまうだろう。
そういったシステムへのただ乗りを
どうチェックするかは、
今回の説明会ではなかったし、
たぶん、そんな機会はないのかもしれない。
抜き打ちで農薬検査でもすれば
良いのだろうが、
それも実はシステム上の別の問題が
発生してしまうので、現実的ではない。
さらにこれは、その次の問題にもつながる。

今回説明を受けたシステムでは、
栽培履歴を提出して生産者が値段ラベルを
発行できるまでの間は、約2週間とのことだった。
職員がシステムに慣れてくれば、
1週間ほどのタイムラグで値段ラベルは
発行できるらしい。
しかし、圃場では毎日変化する。
農薬でも収穫前日まで使用できるものが
増えており、その場合、
直売所に出荷する前日に農薬を使用した場合、
たとえ出荷と同時に申請したとしても
1週間のタイムラグがあるため、
その情報は消費者がいくら端末機に野菜をかけようと、
それが表示されることはなく、
その日の売買は成立してしまう。
もちろん、その農薬で健康被害が出ることはなく、
ほとんど無視できるレベルのはずなのだが、
それとこれとは問題がまた別なのだ。
少なくとも消費者が農薬を確認して
買うことが出来るというシステムが目的だった
はずなのに、申請してシステムに反映されるまでの
タイムラグがあること自体、
その目的が達成できていないのだ。
システムへのただ乗りをする生産者のために
抜き打ち検査をすれば、
タイムラグ間で生じる情報の違いも出てくるので、
やはりそこが逃げ道にもなる。
つまり、このシステムでは、
農薬の使用履歴を適当に書いた方が
得になってしまいかねない。

専門家と一般人の専門知識の差の問題と
市民感覚を科学へ反映させることは、とても重要なので、
情報開示と倫理観の共有は重要かもしれない。
だが、
今回のシステムが
消費者と生産者のコミュニケーションの向上に
つながるとも思えないし、
タイムラグなどのシステム自体の問題もあり
ただ乗りを防げないだろう。
多額のお金をかけて値段ラベル発行機を導入するのなら、
その辺りにも、もっと配慮すべきだったように思うが、
たぶんこの辺りが現実的に限界なんだと思う。

結局は、これまで通りに消費者は
生産者に託した「安全」でモノを選ばないといけないだろうか。
ブラックボックス化した「安全」が
本当に安全か、それともただの神話かどうかを
3.11以降、僕らは自覚して考え始めているのだが、
その対話の場は少ない。

さて、12月から導入される値段ラベル発行機は
実際にどんな「対話の場」になるのだろうか。
これからも注目していきたい。



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月曜日の空気が、
この1週間、しかも四六時中、
僕の周りに漂っている。
それはアカペラコンサートの感動の空気。

JA河合支店が移転新築オープンするにあたり、
僕が所属するJA青壮年部河合支部で
何かできないか、と話が出てきたのは
今年の5月のことだった。

その話が出てきたのはもちろん支店の移転が
あったのだが、もう一つきっかけがあった。
それは「特別活動費」というもの。
JA福井市青壮年部では、
これまで各支部に一律で分けていた予算があったのだが、
それを止めて各支部とも
新しく部員を勧誘するなどの活動計画書を出してもらって、
それに予算をつける方式に変えた。
それが特別活動費だ。
マンネリ化する青年部活動になにか新しい風を
起こそうという意図を僕は感じている。

さて
その特別活動費。
昨年、河合支部は申請しなかった。
というか、出来なかった。
執行部では何かやろうと話には出たが、
そのまま時は過ぎ、活動が具体化しないまま、
流れてしまった。

河合地区として何かやりたい。
それが前執行部役員から引き継いだ空気感だった。
特別活動費によってより強化された
その空気感と、
河合支部の部長の「絶対何かやろう」という強い気持ちと
支店移転のタイミングが揃い、
支店の新築を祝うコンサートを開こうと盛り上がった。
ちなみに
特別活動費は上限2万円で、
運営費ウン十万の予算には
ほとんど金額的には貢献していないのは余談。

何度も話が前後して申し訳ないが、
なぜ何かやろうがコンサートにつながったかを
書いておこう。
僕がまだ協力隊に行く前の頃、
父たちJA青年部でどう盛り上がったのかは
経緯は良く解らないが、
さつきあげコンサートと題して、
ジャズコンサートを主催していた。
情熱的なジャズピアニストを呼んで、
JAの施設を利用して、手作り感満載の
ジャズコンサートがあった。
情熱的な演奏とアルコールで
会場は異様な興奮に包まれていたのを
僕は覚えている。
たぶん、その時はあまり肯定的に
その姿は見てなかったと思う。
飲んだくれの田舎臭いコンサートだと
思っていたのかもしれない。
だが、月日が流れ、
僕はどこかであのエネルギッシュな催しが
羨ましくなっていた。

ちなみに「さつきあげ」とは
田植えが終わったことを意味する。


だから、今回、
特別活動費と河合支店移転と河合の部長さんの気持ちが
表面に出てきたとき、
ならばコンサートが絶対いい!
と自然に話の流れが出来上がっていった。
その当時を知る青年部メンバーはだれ一人といなかったが、
その記憶と逸話は、僕らのどこかに沈殿していて、
コンサートをやろうとなったのだと思う。

このブログのエントリーでも書いた通り、
その後、女性部も巻き込んで話は盛り上がった。
当初心配していたチケットも
思ったよりも速いスピードで売れ、
ほぼ完売でコンサート当日を迎えた。

当日は、青壮年部が会場設営に当たり、
女性部が軽食や飲み物を準備した。
女性部がジンジャーガールズとして
栽培に取り組んでいる生姜から
生ジンジャーエールが提供されたが
それも好評だった。
思ったよりもたくさんの部員のお手伝いがあり、
会場運営はスムーズだった。

そうそう、会場について書いてなかった。
会場は、当初から支店の移転先にある
米の低温倉庫でやろう、と決まっていた。
JAの蔵前検査を行うとても大きな下屋があり、
そこを会場にしようとなった。
田んぼのど真ん中にある
蔵前検査用の下屋なんて、
とても僕らにぴったりの会場だった。
プロの音響さんも下見に来て、
音楽用の施設ではないため音の跳ね返りを
心配していたが、
当日は、早めに現場入りしてくださった音響さんが
ばっちり音響設定してくださり、
大音量でも音の跳ね返りもない素晴らしい
会場を作ってくれた。

コンサートには
地区内外から250名を超える方に来てもらえた。
年齢層も様々で、
40代50代を中心に
未就学児からお年寄りまで幅広くいた。

コンサートはQueen’s Tears Honey(以下QTハニー)という
女性だけのアカペラグループ。
神戸を中心に年間200本のステージをこなす。
当日の曲目は
ザ・ピーナッツから荒井由美、そしてティナ・ターナーまで
世代幅が広くてもみんな楽しめる曲ばかりだった。
アカペラ独特の雰囲気や歌のレベルも素晴らしく、
50代や60代の方が最後までノリノリで手拍子していたのが
僕には印象的だった。

コンサートの成功に不可欠だったのは、
やはり「人」だろう。

まずは、女性部。
吉村部長を中心に結束した組織で、
会合の参加率もほぼ100%。
行動力と実行力があり、とても素晴らしかった。
さらに女性部の吉村部長は、
実は前回のさつきあげコンサート(3年前か?)で
中核的に活躍してくれた方の一人だった。
そんな経験も大きく今回の成功につながっている。

そして、もう一つの組織、青壮年部。
役員会の参加率はあまり芳しくなかったが、
それでも加藤部長の人柄が良く出ていて
部長の出身町内の部員の参加がダントツに良かった。
僕も加藤部長さんのような人が部長だったから、
今まで以上に積極的に協力したという面もあった。

さらには、
青壮年部の事務局の玉川さんもキーマンだった。
コンサートの提案が固まりきる前の
役員での飲み会で、玉川さんは
「実は青年海外協力隊に参加したかったんです」
と話してくれたのが印象的だった。
そういう志を持った方であったからこそ、
本業に+αで忙しくなるこうした活動にも
積極的にサポートしてくれたのだと思う。

そして、河合支店の西村支店長。
父が青壮年部に所属していた時、
河合支店に西村さんは居た。
それがまわり回って、今回のこのタイミングで
また西村さんは河合の支店に戻ってきた。
西村さんが支店長だったからこそ、
僕らの活動にも積極的に協力してくれたのだと思う。

QTハニーのバーリーさんも外せない。
僕らがQTハニーのような素敵なグループを
呼んで来られたのも、バーリーさんが妻の教え子だった
というご縁があったからだろう。

他にもたくさんの方々にお手伝い・ご協力・ご支援を頂き、
それらがたて糸・よこ糸となり紡がれて、
素敵なコンサートとなって実現したように思う。

だからなのか、
コンサートの最後の曲は、
中島みゆきの「糸」だった。

ご参加いただいた皆様
本当にありがとうございました。
主催者の一人として、お礼申し上げます。



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電気自動車が今、農園のスタッフの間で話題だ。
車に関して言えば、特に関心はなく、
どんな車でもかまわないのだが、
農園のスタッフたちはそれなりにこだわりがある模様。
電気自動車そのものは、ほとんど関心もなく
これまでやり過ごしてきたが、
こうも職場で話題になると
それなりに個人的に考察しておこうかな。

電気自動車は、化石燃料に頼らない新しいカタチだ。
どうかんがえたって化石燃料に未来はない。
だから、電気自動車はある意味新しい未来の乗り物だった。
「だった」と答えたのは、3.11以前の論理だったからだ。
本当は、それ以前も原子力のいろんな問題があったために、
「だった」と答えるのは不適切なのかもしれないが、
少なくとも庶民の感覚では、それらの問題は
枝葉にすぎず、いずれ解決するような問題に感じられた。

しかし、3.11以降は少しばかり、いやある意味ターニングポイントと
なるような変化があり、その変化の中で電気自動車の意味は
確実に変わっていった。

論点を少し絞った方が良いのだろうが、
その前に、僕の立場を明らかにしておこう。
僕は原発反対だ。
それは循環を大切に思う農民だから。
農業はあらゆる天候や自然から切り離して、
自分たちでコントロールできるまで技術を進めてきた。
それが人工光によるレタスなどのプラントが当てはまる。
パソナの地下で栽培されている稲もそれにあたるだろう。

だが、このブログで何度も書いているが
それらが僕の目指すべき理想の農業のカタチでない。
僕が目指している農業は、
自然のエコシステムの中で、
それから大きく離れない形で、
循環と平衡を大切にする農業なのだ。
その中身の詳しいことは、この場では割愛するが、
循環と平衡の農業は、3.11で僕らが経験した
福島第一発電所の事故にはめっぽう弱い。
放出された放射能物質は、自然界の循環に乗っかって、
それ以外の場所や地域を
何十年にわたって汚染してしまうのである。
循環していくエコシステムを無視した
農業以外は、その地域では成り立たなくなってしまう。
福井は、原発立地県だ。
ひとたびその原発が事故を起こせば、
30キロ圏内ではないにしても、その近隣に存在する
うちの農園には大きなダメージを受けることになる。
僕らは、地域に根差した産業だ。
だから、ここは汚染されてダメなので、よそに行ってやろう、
なんて考えにはならない。
この「場」と一蓮托生なのである。
その覚悟の中で農業をしている僕らにとって、
原子力発電は、そもそもそのロジックからして相容れないのだ。

では、電気自動車の文脈はどうだろうか。
もともと原子力と密接につながって登場したのは
否定できないだろう。
原子力発電所は、ひとたび臨界に達すると
出力調整は容易ではなく、
ほぼフルパワーで発電を続けることになる。
だから昼夜の電力需要という短期的な需要差を
コントロールするために
比較的コントロールがきく火力発電で
その調整は行われてきた。
電気は貯めておけないという性質により
深夜電力の有効活用、いわゆる原発の深夜電力の
有効活用の一つとして電気自動車が生まれてきたのは
言うまでもない。

我が家も3.11以前の全く無関心時代に
新築をしてしまったため、深夜電力利用型の
オール電化住宅にしてしまったが、
今からやり直せるのならば、その選択はしなかっただろう。

あるレポートによると
電気自動車の間接的なCO2排出量は
原子力に頼らない場合、
ガソリン車やハイブリッド車よりも多いとある。
温暖化の影響は僕ら農家にも深刻だ。
温暖化の影響を受け、
ゲリラ豪雨が増え、春や秋に高温が続き、
冬は豪雪になりやすい。
自然と密接に歩む僕ら農家にはたまったものじゃない。
原子力も反対だし、地球温暖化も反対なのだ。

ただ勘違いしてほしくないのが、
電気自動車が元凶ではないということ。
化石燃料からの脱却という意味で、
電気駆動による自動車には未来があると思う。
ただ、その電気は何から発電されているのか、
そこに関心を向けたい。
地球温暖化を隠れ蓑にして、
電気自動車が普及する必要があるので(もしくは兆し)、
原発の稼働は必然だ!なんて論調がでてくることを
僕は恐れている。

社会が電気自動車を支持すればするほど
その論調はたやすく生まれることになる。
そんなことはないだろうという人もいるかもしれないが、
歴史がそれを証明しているではないか。

電気自動車の電気が原発でもなく化石燃料でもない
モノでない限りは、僕は批判をし続けるだろう。
ただ電気自動車が大きな流れになった時、
僕のような論調は瑣末としてその波間に消え失せ、
大きな勢力によって
原子力の正当化につながるのを恐れている。

この原子力エネルギーへの批判は、
現状を否定するわけではない。
よりよい明日を願ってのことなのだ。
事実、農薬の分野はレイチェルカーソンの批判を受け、
有機リン剤の農薬はほとんど姿を消し、
人間にほぼ無害なネオニコチノイド系の薬剤が生まれた。
それすらもミツバチなどに影響が出るとして
近年批判が強まっており、
それを受けてマクロライド系の新薬も生まれ、
ただの虫にもあまり影響の出ない薬剤が
少しずつだが出てくるようになっている。

だから、僕らは全体の空気を読んで、
「あまり批判しても現状が立ち行かないから」などと
解ったような顔をしないで、
しっかりと批判すべきことは批判しないといけない。
原子力発電所から出る廃棄物に
10万年の時間を有するという事実も
僕らは合わせて考えてつつ、その発電システムが
本当に未来永劫妥当なのかどうか、
批判的に検証しないといけない。

リーフなどの電気自動車を支持する人が増えれば増える程、
政権はハリボテの正義を振りかざしやすくなる。
僕らはもっと各論でしっかりと批判を繰り広げないと
全体的に社会が思いもよらないところに流されて
いってしまうように思う。
とくに3.11以降は本当にそう思う。



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ひさしぶりに、これも記録しなくては。
それは、僕らの勉強会の記録。
7月に暑さと仕事の忙しさから、
約2か月ほどお休みしていた勉強会だが、
9月から再開をしている。
メンバーそれぞれが持ち回りでプレゼンするゼミ形式。
学者みたいと思われるかもしれないが、
参加者は実践者ばかりなので、
突っ込みや批判&議論の展開は学術的ではなく、
実感のこもった肉体的で直観的なのが特徴。
そんなタフな勉強会に
夏休みの間バイトとして参加してくれた
深沢君も、バイト期間の最後に
勇気を出して発表してくれた。
その本は、これ。

吉田太郎 著 「有機農業が国を変えた」:小さなキューバの大きな実験


さて、キューバの有機農業は
これまでも勉強会で何度か取り上げている。
吉田太郎氏の本も、これで2度目だ。
前情報の無い方に簡単に説明しよう。
キューバは、社会主義圏内での分業を推し進めてきた結果、
食糧やエネルギーを自給できない国になっていた。
そんな小さな国が、ソ連崩壊後、孤立してしまう。
輸出用の砂糖生産や工業分野で外貨を得て、
それで国内需給分を輸入する。
自給率は40パーセントだったいうから、
どこかのヒノイズルクニと一緒だ。
欧米諸国の経済封鎖もあり、完全に立ち行かなくなっていた。
そんな中、輸出中心の近代化された農業から
地産地消的な有機農業に切り替え、
不死鳥のようによみがえったという
奇跡の有機大国キューバの話を書いたのが、
この本というわけ。

化石燃料に頼らず、トラクターから牛耕への転換や
自然農薬・天敵防除・堆肥などの技術を深め、
小規模のコミュニティ菜園などを行い、
完全に自給できるレベルまで農業を昇華させた。

キューバの成功の裏側には、社会主義国だったという
要因もある。
農産物などの生産物はすべて国へ販売しなければいけなかったが、
インセンティブとして20%は市場流通を許可された。
つまり、頑張った分だけ少しは得をするシステムになった。
また国有地ばかりだったのが、自分で耕作するのであれば、
私有地として認めたことも耕作意欲を高めた。
なんだか墾田永年私財法みたいだ。
まさにこれらは社会主義国だったから
インセンティブになったのであって、
今の日本にはまったく当てはまらない。
と深沢君もプレゼンで指摘してくれた。

この本の事例はどう捉えたら良いのだろうか?
エネルギーの次の新しい地平なのだろうか?
まさに原子力の未来に僕らは絶望しか見えない現状では、
こうしたエネルギーを使わない古くて新しい農業は
あるいは僕らのモデルになるのかもしれない。
だが、そのインセンティブはキューバのようには
得られないのも事実。
ではこれは、有機農業の優位性を語るものなのだろうか?
深沢君は、TPPといった広域経済圏に参加する流れの中で、
日本の農家が生き残る一つの方法だという。
だが、広域経済圏で「有機農業」がJAS法のように
国境を越えて新しく規定された場合、
途上国の廉価な労働力を使って生産された
廉価で高性能な有機野菜が
雪崩を打って日本のマーケットを席巻するのは
火を見るよりも明らかだ。
それもたぶん、「メイド・バイ・ジャパニーズ」だったりも
するんだろうな(僕もその一人になってしまうかもしれない)。
だから、これらの話は、そのままでは、
僕らにはあまり役に立たない。
賛美はすれども、ある特定の条件で生まれた
奇跡の物語でしかないのだ。

でも、僕はこのキューバの物語に触れれば触れる程、
その人々の豊かな暮らしとその未来の素晴らしさを
条件が違うと言うだけであきらめてしまう気になれない。

条件や刺激が揃えば、
人の行動はこうも変化できると言う
ある種の希望にも見える。
原発は無理だ。
大量生産大量消費も行き詰っている。
アベノミクスだって経済のパイを無限に拡大させることは、
実質的に無理だ。
僕らはどうしても今を頂点にゆっくりと下っていく社会にいる。
つまりそれは、熟成した社会。
その中で、本当の熟成した社会の在り方と
キューバの有機農業&予防医学に僕は未来を感じる。

ただキューバのような条件と刺激は無い。
その代り、僕らには資本主義の次のステージとして、
ソーシャルビジネスがある。
係り合いと金銭に限定されない価値が入り込んだ
まさに市場経済を凌駕して社会的価値を生み出すビジネス。
有機農業というキャッチーなテーマ自体には、
僕なりに反論と反感と批判があるが、
それはそれで修正を加える余地があるという意味で
別の議論に過ぎない。
地産地消的(コミュニティ主体的)な有機農業の価値は、
その条件と刺激になるんじゃないかと期待する。

少なくとも僕らが出来ることは、
無機的に流れゆく巨大流通に乗っかるのではなく、
有機的なつながりを個のレベルでたくさん作って行くことだろう。
それが場として力を持つ未来は、
まだ僕には描けないが、
すでに日本各地でその狼煙はあがっているように思える。

深沢君、大学1年生にしては、
とても素晴らしいプレゼンをありがとう。
面白い発表であればあるほど、
僕らの肉体的な直観は刺激され、
その先の未来をより明確に夢想することが出来るのだ。

僕らにとって刺激的なプレゼンだったように、
君にとって、この夏のバイトは
素晴らしい時間だったのであれば、とてもうれしいのだが、
どうだっただろうか?
また時間があったら遊びにおいで。
議論の続きをやろうじゃないか。


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今回の台風は、
少なくとも僕らの農園には大過なく、
過ぎ去ってくれた。

18号の時は大雨で、
特別警報がでるほど降ったため、
雨水がハウス内に侵入し厄介だった。
露地野菜も種まきを済ませた畑では、
多くが表土ごと流され、発芽率が下がってしまった。

では今回の台風はどうだったか?
今回は晴天と高温と強風の台風で
ほとんど雨が降らなかった。
そういうわけで大過なかったのだが、
実はこういう台風でも、僕らのような葉菜類を
主体にしている農家には結構つらい。

葉っぱ野菜はどうしても風に弱い。
熱風が吹きつけ、さらにそこに強い日差しが
降り注げば、葉っぱの蒸散量を超えてしまい、
葉っぱが焼ける現象が出る。
そうなってしまえば商品価値はなく、
損害も大きい。

ハウスのような施設であれば、吹き込む風をコントロールして
遮光ネットで強い日差しをカットできれば、
高温による障害が出ない限りはなんとか
やり過ごせるのだが、
露地の野菜はそうもいかない。
風はコントロールできないし、
日差しをカットするネットも張れない。
そんなわけで、露地野菜の一部にはそれなりに障害が出た。

そんな畑を見て、ふと思ったことがある。
以前、知人のFBの書き込みで、
農家は災害に弱く、努力が足りないんじゃないか、
というのを目にした。
自らを弱く示すことで、同情や援助を引き出そうとしている、
との論調だった。
はたしてそうなんだろうか?
たしかに前回や今回の台風で、被害を受けた。
準備していてもどうにもならない。
というか、もっと出来ることはあった。
排水ポンプをもっと大量につけるとか、
露地野菜じゃなくて、大根も施設で作るとか。
でもそれだと、それらすべて投資は、
価格に反映してしまう。
そしてそれは市場競争に耐えうるものではなくなってしまう。
1本100円を下回る大根の値段に合わせて、
僕らはまるで博打のような農業を
しているに過ぎない。
もちろん、生活が懸かっているわけなので
勝ちにはこだわる。
だから、
その条件下(価格内)で負けない準備は
出来る限りする。
ただそれだけのことだ。

売り方も努力はしている。
少なくとも僕の農園では総太りの一般的な大根は
作らなくなった。
高く売れる大根を、それを評価してくれる市場に出している。
それも当たり前といえば
当たり前のことだな。

災害に弱く見えるのは、
その努力を怠っているわけではなく、
災害と密接した自然を相手の現場で
作業をしているからだ。
自然を断ち切って植物工場にしてしまえば、
それですべてが済むわけじゃない。
レタスなどのほんの限られた一部の品目だけは、
その考え方で通用するが、
米なんてとても高コストになりすぎて、
とてもエネルギー的にも倫理的にも
許せる範囲で生産できないのが現状さ。
まぁ、根菜もマーケット的に無理だね。

同情を買おうとしてるように見えるのであれば、
それはその方の視点が、
すでに自然の営みから
遠く離れた場所に行ってしまっていて、
想像力が無くなっているからだろう。
僕ら農家は、同情はしてもらう必要はない。
というか、こちらからお断りしたい。

ただ僕らの眼差しとして、
マーケット的にも環境倫理的にも
技術的にもコスト的にも
見合う範疇で、
こういう生き様が好きで
自然相手に博打を打っているに過ぎない。

今年の大根は2つの台風で
ずいぶんと傷みが出て苦労をしているが、
ここからの盛り返しが、
僕らの本領発揮なのだ。
すでに台風を見据えて、
手作業の中打ち・除草を済ませ、施肥はした。
計算通り明日雨が来れば、
出荷は遅れるだろうが、
素晴らしい大根になってくれると
僕は期待している。

関連記事
JA河合支店の新築オープンに合わせて、
青壮年部と女性部とで企画している
アカペラコンサートの最終打ち合わせがあった。

いよいよあと1週間で、
アカペラのコンサートになる。
この日は、チケット販売の集計と
当日の準備役割分担&作業スケジュール、
そしてステージ周りの配置確認、
それと販売予定の食べ物飲み物の確認など
なかなか議題がいっぱいの会議だった。

まずはチケット集計。
チケットはほぼ完売だった。
当日券を20枚ほど用意しようと思うが、
それもちょっとどうなるかは不透明なほど
良く売れた。

当日の役割分担もスムーズに終え、
ステージ周りについても確認できた。
ステージを10tトラックで作ろうという案も
新しく出たが、荷台の高さが高く、
その分、お客さんの席がステージより離れることになるため、
この案は採用されなかった。
出来るだけステージに寄って
アカペラを楽しんでもらいたいので、
予定通り公民館所有のステージとした。

飲み物では、女性部が栽培している生姜を使って、
生ジンジャーエールを試飲。
これがなかなか美味しくて、ノンアルコールの方には
人気になるかも。
ちなみに、女性部の生姜栽培活動は、
「ジンジャーガールズ」というグループ名で展開中。

しかし、女性部は元気だ。
会議の出席率はほぼ100%。
意見も良く出るし、実行力もある。

その反対に、
青壮年部は出席率がいつも悪かった。
飲み会ばかりの活動だったので
仕方ないかもしれないが、
女性部との合同会議だと
その差に改めて驚く。
準備会議への出席率を高めることが
全体活動への関心の高さにもつながるのだろうが、
平日の夜の会議はなかなか仕事が忙しい人には
参加が難しいのだろうなぁ。

当日出来るだけ良い形で
活動の記憶を共有できれば、
次につながるのだと期待したい。

ちなみに
当日はちょこっとだけ司会として壇上に登るので、
緊張しまくっている僕を茶化しに来たい人は、
チケットも残り少ないので
早めに購入してください。


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今年中に準備しなければいけない
マルチを張り終える。
うちでは、それ用の機械として
畝立て成形マルチのアタッチメントを
トラクターに取り付けて行っている。
これが来るまでは、
むらの蔬菜組合共有の
ハンドトラクター型専用機を使うか、
ガテン系で手作業でマルチがけを行っていた。
このアタッチメントを利用するようになってからは、
速度も効率も倍以上になった。
なかなか便利で、
自分でも良い買い物をしたと思っている。

しかし、
最近、その機械の調子が悪い。
事の発端は、とても小さなことだった。
春のマルチがけの時に、
右側のマルチを抑えるアームのネジが
折れてしまった。
そのため、業者に来てもらって
そのネジ割って新しいものと交換してもらったのだが、
その時に一度取り外したアームの位置が
今までとはちょっと違っていて、
微妙にマルチの掛りが悪くなってしまった。

この機械は、マルチ資材にあれこれテンションをかけて、
成形した畝にマルチをかけていく機械なのだが、
そのあれこれテンションをかけている
ローラー等の調整がやや僕には難しく感じる。
ローラーの高さや角度のちょっとが
マルチがきれいにかかるかどうかを左右するからだ。
両側のローラーのテンションも同じでなければ、
テンションの強い方にマルチがよれていくことも
よくあるのである。

買ったばかりの頃は、
スイスイときれいにマルチがかかったのだが、
ネジ一本折れてから、すこーしずつ何かが
狂ってしまった。
まったくマルチがけが
出来なくなってしまうような故障ではないのだが。

だから、
今回のマルチがけは、1本1本終えるごとに
少しずつ調整を繰り返しながら作業を終えた。

そんなストレスな作業の繰り返しだったからか、
この作業が、自分の身の回りの物事の流れに見えてきた。

何かをやり始めたころは、
あまり考えていないせいか、
意外にスイスイいったりもするが、
どこか一本のねじのように
ちょっとしたことが起きてから、
物事の流れが少しずつ狂い始めていく。
大過があるほどの狂いにはなっていないが、
微調整を繰り返さないと上手くまわらない。
それも微調整をしていていも、
以前のように上手くいかないことも多くなってくる。

40歳前なんてそんなもんなんだろうな。
思っていた以上に単純じゃない物事に
狂い始めてから人は初めて気がつく。
そういうことなんだろう。

畝立て成形マルチも、僕が思っていたような
単純ではない、微妙なテンションのバランスの上に
成り立っていたんだろうな。

そんなことを考えながらの
秋のマルチがけの作業だった。


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たべごとのエントリーが
最近滞ってしまっている。
前回書いたのは、なんと夏前のズッキーニ。
この間、別に食に興味なく過ごしたわけでもなく、
料理を楽しまなかったわけでもない。

その間も、妻はあれこれと試行錯誤して
季節の素材を使って、素晴らしい料理をしてくれ、
僕もまたそれを一緒に楽しんで過ごした。

食にまつわる物語や風景を記述し、
それを記憶ごと貯めていこうという試みだった
このカテゴリーは、
他のカテゴリーが増えたことと日常業務の忙しさの間に
埋もれる形になってしまっていた。
あとなんと言っても
我が家の美味しい食卓に付きもののワインに
毎晩酔いしれてしまい、
そのたべごとの記憶ごと吹き飛ばしてしまうという
副作用に、この夏は苦しんだ。

この体たらくを見かねた妻から、
「たべごとのエントリーを私にも書かせてほしい」
と申し出があり、了承した。

今後、僕のブログ内で、
やや文体の違ったエントリーが登場するだろうが、
最後の文責が「小國和子」とあった場合、
それは妻が書いたものなので、
ご了承ください。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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