8月も、もうすぐ終わる。
まだまだ暑い日が続いているが、
野菜農家の頭の中は、すでに冬の野菜で頭がいっぱいだ。

白菜の苗づくりや
キャベツ・ブロッコリなどの定植、
ニンジンの播種に、
大根の畑の準備などなど。

P1060134.jpg


巡っていく季節に合わせてと言うよりも
これから巡って来るだろう、
と期待する季節に合わせて、
僕らは作業する。

たぶん、この期待があんまり外れないのが
篤農の技なのかもしれない、と最近は良く思う。
自分の圃場の状況を考えれば、
冬に出すニンジンの播種適期は、
昔は何週間もあるように感じていたが、
最近は1週間ほどしか感じなく、
大根もたぶん思っている日にちの天気次第では、
5日間くらいが勝負なんだろうと思う。

これから9月中旬まで気忙しい毎日が続く。
農業をスローライフと言う人もいるが、
これのどこがスローなんだろうか。
期待する季節に合わせて、
お天気とにらめっこしながら、
数日勝負で種を播く。
期待が外れたり、播種後にゲリラ豪雨が来れば、
すべてがパー。
まさに農業は博打だ。
たぶん勝負師の人の方が
良くつとまるんだろうな。

日没に追われながら、
ブロッコリの定植をしながら
そんなことを考えていた。

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地域のJAの支店が、
少し離れた場所に移転して、新築オープンする。
それに合わせて何かできないか、と
青壮年部で話があり、
今ちょっとしたイベントを画策中。

「地域おこし」とかそんなんじゃなくて、
今回もある人がいたから僕もやろうと思っただけ。
前青壮年部の部長さんと今の部長さんが
とても面白い人で、
ああ、この人達と何か活動出来たら楽しいだろうなぁ、
と思っていたら、
ちょうどJA支店の新築があり、
JA福井市青壮年部の活動助成があり、
そしてそれらを機と捉えて
何かをしたいと思った部長さんがいて、
そこにたまたま前々から何かあったら
呼んでやろうと思っていた妻の教え子が
参加しているアカペラグループがあって、
そしてこうなった。

アカペラコンサート


集落ごとの青壮年部では、
それぞれ活動や繋がりがあるが、
地区単位でのつながりはとても薄い。
前部長も今の部長も
もう少し河合という地区で何かしたいね、
と話していたのが、僕には新鮮だった。
そう思う人がいるのなら、
僕も何か協力したい。
支部ごとの温度差はあるし、
全体を巻き込むまでの動きになるかどうかは
解らないけど、
こうしていくつかの想いが集まって動き出す
イベントはとても面白い。

アカペラグループはとても素敵な歌声で
主催者の想いも惰性ではなく、勢いがあるので、
自然、当日は楽しいステージになると思います。
チケットの予約は、僕までメッセージを頂ければ
対応します。



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昨晩、人形劇「ピノキオ」を家族で楽しむ。
名古屋のむすび座というこの世界では
かなり有名な劇団の人形劇。
子供だましと思ったら大間違いで、
人形の動きは人形浄瑠璃さながらの表現力があり
(実際にライブで人形浄瑠璃は見たことないが)、
演出も素晴らしかった。
とくに舞台上での布の使い方が良く、
時には壁、時には海、時には魚の群れ、と
場面の表現が素晴らしかった。
話の内容は子供向けだが、
大人が見ても全く飽きないクオリティーの高さだった。

数名で一つの人形を操作していたが、
動きに無理がなく、
人形の表情が変化しないのに、
悲しさや楽しさを動きだけで表現しきっていて、
変わらないはずの表情が楽しそうだったり
悲しんでいるように見えたのも凄かった。

ここまで動きを極めた
人形劇というスタイルは、
人形があたかも命を持っているかのように
動き回るためか、
すべての小道具・大道具に動的な存在感があり、
それが独特の世界観を創り上げていた。

娘のために行ったはずだったが、
僕が完全にはまってしまったようだ。


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娘の夏休みも、もうすぐ終わる。
ちょっと早い?と思うかもしれないが、
2学期制なので、通常よりも1週間早く、
夏休みが終わるようだ。
そして、夏休みが終わるに合わせて、
児童クラブに通う娘の弁当作りも終わる。

大抵、妻が作っていたが、
彼女がフィリピン出張中の7月下旬は、
毎日、僕も弁当作りに励んでいた。
僕は到底かわいい弁当なんてできないが、
妻はウインナーがウサギや亀になる型などを
買ってきて、弁当をデコレイトしていた。
僕が作る弁当はどうしても無骨だったからか、
妻が作る弁当を作るようになってから、
娘も嬉しそうだった。

そこで娘に、
やっぱりキャラ弁とかが良いの?と
聞いてみると、
それは恥ずかしい、と意外な答え。
児童クラブに通っている子で、
キャラ弁の子もいるらしいが、
みんなに見えないように隠して食べているとのこと。
そうか、
小学生にもなると、
キャラ弁は「恥ずかしい」になっちゃうのね。
弁当と自分だけの関係にとどまらず、
周りの感情をちゃんと受け止めて、
社会性を獲得している娘の姿は、
確かに「成長」なんだろうが、
ちょっと急ぎすぎじゃないか、と
少しさみしくなる時もある。


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近くの農業法人が今年、
国産小麦を栽培していた。
福井では大麦の栽培が盛んだが
(日本一の生産量らしい)、
これまであまり小麦は栽培されてこなかった。
福井の気候に合う小麦が無かったから、らしいが、
最近は県大3号のように
福井でも作りやすい小麦が登場してきた。

それもあってか、
その法人では今年小麦を作っていた。
小麦栽培に少し興味があったので、
収穫後にいろいろと聞いてみた。

価格面ではやはり高級小麦になるらしい。
製粉まで自分で出来て
かつ、売り先も見つけられれば、
それなりに儲けがありそうな話だった。
ただ、国産小麦のハードルは
品種や製粉・販売ルート以外にも
もう一つ大きなハードルがあった。
それは、他の作物の混入問題。
とくにソバが混入するのは致命的らしい。
昨今、アレルギーが増えている日本社会で、
国産小麦粉に、ソバがちょっとでも混入すれば、
とんでもないことになるからだ。

その法人では、米と麦とソバを
ローテーションを組んで栽培している。
米の後にソバを播いたり、麦の後にソバを播いたりと
同じ圃場で輪作を組んで栽培している。
減反政策とそれぞれの作物につく補助金とが
そういう作付けを生み出している。
さて、
ソバはどうしても実(種)が落ちやすいので、
雑草化しやすく、
麦の畑でも絶対ソバが生えてこないとは
言い切れない。
だから小麦を栽培した田んぼでも
以前にソバを作っていれば、
全く混入しないとは言い切れないのだ。
そういう小麦は、普通の小麦粉としては販売できないため
なかなか良い価格がつかないらしい。
その法人ではそば粉を販売しているので、
そのソバのつなぎ用として小麦を売るとのこと。
それならソバアレルギーとは関係がなくなるわけだが、
販路が限られてくるので、当然うまみも少ないらしい。

国産の小麦粉を実現させようと思うのなら、
小麦用の圃場を用意し、
小麦専用の機械と乾燥機を用意し、
製粉も、小麦専用を用意しないといけないらしい。
投資額も大きく、
機械の使用効率も悪くなるため、
なかなかビジネスにはなりにくいかもしれないな。
アレルギーが蔓延する社会と
減反による転作政策が
国産小麦粉を阻むハードルになっているなんて
なんとも皮肉だ。

そういえば何年も前の話だが、
オーストラリアで大規模に
日本向けのソバを栽培する話があったが、
その後どうなったのだろうか?
そのソバを栽培した畑で、
よもや小麦を栽培していないだろうな。
そんなことを
ソバ混入の話を聞いて思い出した。
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ひさしぶりに映画館へ。
2009年に、娘のリクエストでプリキュアを
家族で見に行って以来の映画館。
大型テレビとレンタルビデオの低価格もあってか、
最近はめっきり映画館に足が遠のいていた。

久しぶりに言った映画は、
娘と楽しめるために、
「モンズターズユニバーシティー」だった。
映画館でしか楽しめない楽しみ方をしようと、
3D上映を選び、
ポップコーンとジュースをしこたま買い込んで、
わいわいと映画を見た。
こんな風に映画を楽しんだのは、
そういえば自分が子供の頃に
親に連れて行ってもらった映画以来だった。

余談だが、
娘が生まれる前は、
妻と二人でナイトショーの映画を
ワインを持ち込んでへべれけになりながら見てたし。

映画そのものの面白い・面白くないはあるだろうが、
こうして一つの映像を
それぞれのシーンで楽しめる娯楽が
映画館の映画といえるかもしれないな。

今のスタイルで楽しめる映画館の楽しみ方は、
やはり今この瞬間だけなんだろう。
もう少し、映画館に足を運んで、
このスタイルを楽しむのもいいな、と思った。


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神門善久 著 『日本農業への正しい絶望法』.2012年.新潮新書.

本書は、神門氏の著作。氏の著作はこれまで2冊ほど読んだ。氏の論理展開はとても簡単明瞭で、平易な文章が特徴だろう。本書もこれまで2冊と同様、平易な文章だったが、論理展開には、残念だがかなり無理を感じた。『日本の食と農』で展開された視点をどう収めていくか、また新たに展開するか、という点で、かなり苦悩されているようだ。

氏の農業分析の特徴は、視点を農地利用に設定されている事である。これは僕が読んだ前著2冊も同様である。農地を農業を行う生産現場と捉えず、財産化し、転用機会に対する期待が大きくなっていることで、生産性を損ない農業政策の矛盾をついている。この農地という場所に対する意識の差異に視点を置くことで、農業界が抱えている問題をすっぱりと切り取った辺りは、氏の素晴らしい分析力と洞察によるものだろう。この考えのおかげで、僕もコミュニティにおける農業の意識の差を自分なりに消化することが出来たのは事実だ。

さて本書では、氏はその先を見据えようと試みたのだろう。農地に対する意識の差異を明確にすることで、農業の現状に潜在的に潜んでいる問題をある程度は解りやすく僕らの前に示してくれたのだが、ではそこから先に進もうとした時に、ややこしい農地利用問題に足を突っ込むことになる。農地利用を国が強力に制度化すれば、すでに歴史が示した通り、70年~80年代に破綻をきたしてしまった(もしくはみんなで抹殺してしまった)共産主義の焼き増しになるだろう。論理展開も規制緩和か規制強化かの二分化論に陥りやすくなり、あまり農業と農村の現状を反映しなくなる恐れもある。そこで氏が持ち出してきたのが、『技能』論であった。農業における技術を、マニュアル化(一般化&普遍化)できる技術と名人の技としての技能の2つに分け、技能の復権が大切だというのが氏の主張だ。こうすれば転用機会を待つフリーライダーのなんちゃって兼業農家と専業農家を分類して考察できる。しかも、農業ブームにつけ込んで参入をうかがっている他産業の法人も、同じ刀で一刀両断できるってわけだ。技能の話が出てきた辺りで、氏の苦悩とその成果を見た感じがした。しかし、その刀はそもそももろ刃の刃だ。氏が進もうとしている方向に論理展開することには無理がある。どういう経緯で「技能」論が顔をもたげてきたのかはわからないが、導きたい結論に導くための突貫工事的に作り上げた理論にも見えるのは、僕の意地が悪いからだろうか。現場で農業をしている人間として、「技能」の話は他と差別を図る方便として、とても魅力的な言葉だ。だが、氏の技能についての説明や議論が浅すぎる。「日本の食と農」の書評では、原洋之介先生にご登場願ったが、今回は渡植彦太郎先生に出てきてもらうとしよう。渡植の著作「技術が労働を壊す」では、氏の論理と同じようにマニュアル化された、科学に裏打ちされた技術が、現場で創意工夫された技能を否定し、労働と生活において主権を失うと指摘している。しかし、渡植の場合、それは生活と労働の現場で得られた知識を技術が否定し、人々は自分たちの時間を切り売りする生活になると指摘しているに過ぎない。渡植の批判が色あせているわけではないが、それらの状況下でも我々が技能を発揮していることに、渡植の時代ではまだまだ事例や考察が少なかったといえよう。さてその上で、技能と技術の議論では、名人が観察する農業の労働、つまり氏の言う土づくりなどが素晴らしくて、マニュアル化しやすい機械化された農業や水耕栽培などが技能を否定するわけではないはずだ。事実、それらの現場でも、たとえ労働や栽培管理がマニュアル化されていても、それぞれに創意工夫が活かされ、現場なりの「技能」が存在するからだ。名人芸の「技能」のみに技能を見出し、その他ほとんどの凡庸な普通人が日々に創意工夫する技を「技能」と見なさないのは、別項で氏の言うノスタルジーの罠ではないだろうか?事実、水耕栽培ではその販売されているシステムのままでは、ほとんど儲けが出ないため、それぞれの農家で微調整とたえず改善を行い、自分の営農にあったシステムを作り上げている。

こう書いても氏の反論はあり得るだろう。農転期待の兼業農家と法人には、それほど努力をして農業の技能を磨かないのではないか、といえるかもしれないが、それはカテゴライズされた「兼業農家」と「法人」が絶対条件にはならないはずだ。それにそれぞれが目指す市場の違いから、それぞれが農業技術に求める価値が違いすぎる。小規模で土づくりを考えている農家が必ずしも正統ではないだろう。それはただ単にそういう市場を志向しているだけで、氏はそれに共感するからそこに正統性を見出すのかもしれないが、全世界的に目を向けてみれば、他国の自給自足で循環的に行っている農業スタイルに必ずしも素晴らしい「技能」があるわけではない。もしそう見えるのであれば、やはりノスタルジーの罠でしかない。

農地利用の視点に「技能」論をプラスして考察した点は、大変刺激的だったが、そこに結論ありきの論理展開に見えてしまう点が残念だった。事例として出ていた名人篤農のK氏だけを優良事例とせず、様々なシーンでの普通の人々に創意工夫があることを考察に盛り込めば、農業の現場がもっと色鮮やかに浮かび上がると思う。氏の次作に期待したい。



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ずいぶんと遅れたが、
第5号を発行。

ニューズレター第5号


少しずつだが、
スタディーツアーなども
企画中。

いろんな人と研修卒業生の現場で、
一緒に考えて、
一緒に感じられたら、
最高だと思う。

まぁ、まだちょっと先だけどね。

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お盆の大量発注を
無事納品し、ようやく一段落。
今日と明日は、完全に野止め。

お盆需要の納品で先週から
大変だった。
連日の猛暑の中、
スタッフと研修生とアルバイトとパートさん
総動員でフル回転しながらの
農作業だった。

さて、そんな時に
「農園が見たいです」といって
県外から訪ねてきたお客がいた。
普通だったら断ったのだけど
(事実、早稲田からの体験で毎年きていた学生はお断りをした)、
丁寧な手紙と、
その行間から溢れる想いに押し切られ、
仕事するつもりでなら良いよ、と
思わず返答してしまった。
そうしたらその彼、それで構わないといって
本当にやってきたので、
ベビーリーフを切る鋏を手渡し、
体験の3日間は、
早朝から日没まで終日作業につき合わせた。

さて、見学に来た彼。
医薬品の会社に就職が決まった後に
学生ボランティアで体験した
農業の楽しさが忘れられなくて、
仕事をしながら農業を志している。
就職して1年半になるが、
その想いは大きくなるばかりだという。
またその過程で、出会いがあり、
青年海外協力隊にも憧れているらしい。
人と会うことで
何か自分が大きく成長する、そんな時期ってある。
まさに彼はそんな時期なんだろう。

協力隊参加には迷いがあるという。
だから、行ったほうがいいですかね?
と何度も尋ねられたが、
それに関しては答えは一つだ。
行くか行かないかと迷うのなら、
行った方が良い。
どう変化するかはわからないが、
それに参加することで、
確実に自分の未来は変わるだろうね。

奇しくも
数日前にセネガル行を決めた北野君もいて、
その影響も大いに受けたようだ。
協力隊に行くなら、田谷さんのところで研修できますか?
と彼。
そうだね、それもありだね。
どうなるかわからないだろうけど、
農園の作業で
一人分くらい空きを作っておく必要があるようだ。

こういう若者に押し切られるように
受け入れをするから
経営に計画性が無く、
作業や投資に無理が出るのだろうが、
まぁ、いいさ、一人や二人増えたり減ったりしても
大丈夫なような規模にしてしまえば
良いんだからね。

そんなややこしい大人の事情は別にして、
こうやって新しく吹いてきた若い風は
やはり心地よい。
もし彼が研修に来るのであれば、
また僕らの農業が変化し、
そして相互作用的な楽しみが
また一つ増えるような気がしている。

彼以上に、
どうやら僕がわくわくしているようだ。

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08 13
2013

JA福井市の組合員向けの広報誌「あいあい」に
出ることになった。
ので、先日その取材を受けた。
なんだか今更な感じだったし、
もっと新規就農者で頑張っている人が
いるんだからそっちにすればいいのに、
とも思っていたが、
どうしてもということだったので、
引き受けた。

受けた質問は大体こんな感じ。
農業を志した理由や
これまでの経緯、そして
今後やってみたいことetc.

答えていて自分でも可笑しかったのだが、
それの答えどれ一つとっても
農業とは関係ないものばかりだったということ。

農家の長男なんて嫌で、
国際協力の現場で世界を股にかけて
活躍する人材になりたかったことや、
そこで見たものは、
外から吹いてきた風を
地元に埋め込んで新しい変化を生み出す
途上国の力強い農家たちで、
そんな彼ら彼女らにあこがれて、
風土の土の人になりたかったことや、
今後やりたいことは
僕はもう外に出てはいけないだろうから、
代わりにどんどん人を送り出してやろうということと、
それを具体化にするための方策として
スタディーツアーとシンポジウムの主催を画策中である。

こうして
農業と関係のないことばかり答えて、
取材は終わった。
やっぱり僕じゃないほうが
よかったんじゃないか、と軽く後悔がある。
8月26日に組合員宅に配達されるらしい。
A5のスペースくらいしかないらしいが、
どうまとまっているのか、
ちょっとたのしみでもある。

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今日で立秋。
秋の気配はどこだ?なんていわれるかもしれないが、
日の出とともに仕事を始め、
日の入りとともに家に入る生活をしていると、
最近はやはり日が短くなったと良く感じる。
今日で立秋だと言われれば、
さもありなん。

さて、その立秋に
青年海外協力隊2次試験の合格発表があった。
農園で研修を受けていた北野君は、
見事合格した。
今年の1月に研修に来て、
たった7カ月での合格。
まだまだ研修しなければいけない事ばかりと
思うことも多いが、
自分が協力隊に参加した時に、
彼ほど知識と視点を持って
参加できていたかといわれれば、
決してそんなことは無いわけで。

だので、ここで彼が合格というのであれば、
その資質をすでに十分備えたということであろう。
とにかく、農園から協力隊合格者が出たのは喜ばしい。
農園から協力隊参加者第一号だ!と思ったけど、
良く考えたら、僕が第一号なわけで、
その後もここで研修した子で合格した子が二人いたので、
北野君は農園からでた協力隊合格者では、
第四号というわけだ。
僕が直接かかわったという意味では、第一号だけどね。

農園ではどんどん協力隊に行きたい若者を
受け入れていこうと思う。
これからも知識だけでなく、
それぞれの任国で、
自分で思考し、
現状を打破していける視点を
身に付ける研修をしていこうと思う。

北野君、合格おめでとう!


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この夏、ようやく農園の生産出荷体制が
整いつつある。
昨年に比べて2名少ない状況で夏を迎えていたが、
あちこちに募集をかけたところ
先月から今月にかけて
アルバイトやパートの方が
ようやくそろった感じだ。

で、その面々を見てみると、
最近の傾向としては、学生アルバイトの場合、
必ずしも賃金や待遇重視ではないということ。
大事なのは、
どうも「経験」のようにも思える。
この職場でアルバイトをしたら
どんな経験を得られるか、そんな基準で
アルバイトを選んでいるようにも見えるのだ。

農園では若いスタッフも多く、
青年海外協力隊参加者や
それに行きたい若者もいる。
広告代理店勤務経験を持つ面白いスタッフもいる。
さらにインドネシアからの農業研修生。
どこの誰に言われたのか忘れてしまったが、
「農園たやさんて、合宿みたいですね」
と言われたことがある。
まさにその表現が、ぴたりとくるそんな職場だろう。

こんな職場に来るアルバイトの多くは、
やはり海外志向が高い。
今回も、海外に興味のある学生が2名。
まだ決まっていないけどアルバイト志望の学生も
国際協力に興味のある子が1名いる。
これから短期で農園に体験に来る方は、
青年海外協力隊参加希望者だし、
日曜日だけバイトに来てくれる若者も、
海外や農業に興味があるという人。

待遇で言えば他のところでアルバイトした方が、
絶対稼げるだろうし、体力的にも楽だろう。
でも「経験」を重視し、うちへ来る子もいる。
それはある意味、僕らにとってもプレッシャーなのだが、
海外志向がここでさらに高まってくれれば、と
僕らも希望している。

昨年アルバイトに来た学生は、
卒業の時に
「2、3年社会人をやって協力隊に行きたいです」と
言って故郷へ帰って行った。
2年前に体験としてやってきた学生は、
「海外に興味ないです」と言っていたが、
今、農園で自主研修をしながら青年海外協力隊を目指している。

もちろん、アルバイト募集は
僕らの仕事で不足する人員を確保するためなのだけど、
どうも他のベクトルに力が向かってしまうようで、
ここに来る人を海外志向に仕立てあげてしまおうと
目論んでしまう。

今年も沢山の学生や社会人が
ここにアルバイトに来てくれることになったが、
さて何人が海外に飛び出していくだろうか。
ここに根を張り、
外に飛び出しにくくなった僕としては、
僕の代わりにどんどん外に出ていく人が増えてくれること、
そしてその経験をそれぞれの地域で活かすこと、
それをすすめて行くいくことが
最近の僕の道楽の一つでもある。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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