インドネシア研修生の話もたまにはしよう。
今学期(4月~7月)に開講した座学に
「地域開発論」というのがある。
社会的起業の要素を含みつつ、
農業分野で起業しようという授業。
研修2年生の授業。

毎回同じような事例を取り上げているのだが、
今回は、すこし切り口を変えてみた。
これまで社会的起業というのが曖昧だったので、
そちらの視点から、事例を比べてみた。
事例は、
上勝町の「いろどり」、
内子町の「からり」、
そして、「和郷園」。
この3つの内、いろどり以外は
その関係者から話を直接聞いたことが無いので、
資料(主にDVDや本)を元に分析をしたので、
実際のそれと当てはまらない部分もあるかもしれない。

さて、
僕らは常に何かの問題を抱え、
そしてその問題の解決法を探している。
かつて、協力隊としてインドネシアに赴任していた時に
インドネシアの農民の語りの中で良く出会ったのが、
「行政が悪いから」という政府依存型のセリフ。
問題が解決しないのは、行政がそれを行わないからだ、という意見。
まぁ、ある程度それは当てはまっているのだが、
動かないものを待っていてもしょうがない。
その後、大学院に留学した時は、少し事情が変わって、
NGOが無数に出現し、行政サービスの一部を大なり小なり
担い出していた。
社会の問題を、NGOが代わりに解決し始めていたのである。
それでも多くのNGOの友人たちは
資金確保に苦しみ、
ドナーの意向に左右されながら活動をしていた。

社会的起業は、NGO寄りなんだろうけど、
よりビジネスを意識させる。
ある特定のビジネスが成り立つことで、
それに関わる社会問題が解決されるという特徴を持ち、
そのビジネスを対象に銀行から融資を受けるだろうが、
どこかに政治色&宗教色を帯びたドナーが居るわけでもない。
(そういう場合もあるだろうけど、この場合は考察に入れない)
より自由な立ち位置だと感じる。

こういった考察の場合、
インドネシアやその近隣の方が事例が多いのだろうが、
僕の能力不足もあって、今回も日本の事例で
考察をしてみた。

さて、いろどり・からり・和郷園の分析だが、
ざっくり行うことにしよう。

いろどりは、地元JA職員だったカリスマ代表(横石氏)が、
高齢者でも参加できる新しい市場を求め、
つまもの市場のニッチを開拓した話。
関係者の多くが、始めからその市場の可能性は信用せず、
この代表のリーダーシップに成否がかかっていた。
現在(資料の現在)では2億円を超える売り上げあり、
多くの高齢者(特におばあちゃん)が参加し、
老いを活き活きと過ごす場の提供にもなっている。
「高齢者が5割いるというのであれば、その5割の人の出番を作ってやればいいんですよ」と語る横石氏の言葉は重い。

からりは、内子町の行政が開いた農家との勉強会の中で、
直売所の開設へと向かった事例だが、
直売の開設に、農家自身が出資者となったのが、
括目に値する。
いわゆる行政主導の参加型開発のような事例。
ただ実際に農家自身も出資することで、
直売所経営に直接かかわり、自分の出荷する野菜だけでなく、
直売所を含めた内子町の農業環境すべてを見渡せるような
機会を創り上げられたのが素晴らしい。
自分の作物だけでなく、
直売所をどうすれば盛り上がっていくかの視点も
各農家の語りに随所に見られた。
出荷農家同士の争いやいざこざが絶えない
行政主導もしくはJA主導の直売所とは、
やや趣が違うように感じた。

そして、和郷園。
木内博一氏が、トラック1台で始めた都内スーパーとの産直。
そこに周りの農家も巻き込みながら徐々に大きく商売をしていく。
流通の問題を、自分で運び、自分で売ることで解決しようとした。
その経験から、野菜の栽培現場と販売現場のギャップを感じ取り、
カット野菜などの加工業に力を入れ、
無駄なく野菜を食べてもらえるような提案をしている。
この場合、和郷園は株式会社にすれば、
より儲かるのだろうが、そこを農事法人組合のままにしているところが、
木内氏の参加農家に対する哲学を感じた。
「誰も脱落者を出さない」と話していた彼には、
金儲けというよりも、この地域に必要なビジネスとは何かを
考える姿勢があった。

いろどりは行政主導であり、
からりは行政型参加型開発。
そして和郷園は、完全なる民間の活力。
これらは、その地域とその経緯の違いであって、
どれがいいというわけではない。
ただ、どれにも共通していることは、
それぞれのビジネスがうまく回り出すと、
それに関わっている人たちの持つ問題を解決していくという事。
それはただ単に金銭面でというわけじゃない。
社会的起業と呼ぶには、若干、適切じゃないケースも
見られるが、少なくとも何かの問題解決のために
起こしたアクションが、そのビジネスにつながっているという点で、
考察に値する事例といえよう。

これらの3つの事例を研修2年生は、
DVDなどで見て、レジュメを作り、プレゼンをしてもらった。
これらの事例の成功のカギを分析し、
そこにあった問題をどう解決するビジネスにつなげたを
一緒に考えてきた。
この講座の最終試験では、2年生にプレゼンをしてもらった。
彼の故郷で、彼が帰国後の夢として持っているビジネスが、
どう地域開発につながっていくかのプレゼン。
次回は、その2年生の最終試験を記録しよう。

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「ギャルウリ」というウリがある。
なんとも夏向きな名前をしたウリだが、
実は、この辺りでは、「ギャル」は方言で
「カエル(蛙)」を意味する。
最近ではあまり聞かないが、
悪口に、「このギャルッペ」などと言うことがあるが、
それは「この蛙野郎」という意味。

さて、そのギャルウリ。
いわゆる、ガワズウリのこと。
縞模様が蛙のようだということで付いた名前。
ガワズウリは、一般の種苗店で簡単に手に入るが、
実はここ高屋集落にしかない品種のギャルウリが、
かつてはあった。
うちの祖父世代にたくさん作ったギャルウリは、
種を種苗会社から買うことなく、
自分たちで種取りを行っていた。
夏場は、あまり葉菜類がとれないのだが、
その代わりに、しこたまギャルウリを作っていたそうだ。
高屋にしかないギャルウリは、
普通のガワズウリと違って、
そして赤みがかった色の果肉で甘い。
さらに表面の模様も連続した縞模様ではなく、
点々とした縞模様。
ウリ肌もごつごつして見栄えも良くない。
調理は、漬物オンリー。
果肉が軟らかすぎて、しかも若干甘いので、
僕が子供の頃に、この漬物が机の上に山盛りになっていたが、
あまり美味しかった記憶はない。
しかし、祖父はこのウリの漬物が大好きで、
毎年、夏になると大量にこのウリを栽培していた。

そのウリ、種苗会社から肌のきれいで
実のしまりが良く、歯ごたえの良いカワズウリが発売されると、
徐々に人々はそちらを好んで作るようになった。
さらに黒ウリなど他にもっと漬物に向いているウリが
出回り出すと、皆、高屋にしかないギャルウリには、
目を向けることもなくなった。

僕は、その間に成人し、
ギャルウリという単語自体をどこかに忘れ去っていた。
それを作っていた祖父も、農業の一線から退き、
いつしか作らなくなり、
今では、要介護になり昔の記憶すら曖昧になってしまっている。
誰からも完全に忘れ去られてしまったウリだった。

それが、数年前にある業者から、
「高屋に昔からあるギャルウリってまだある?」と
聞かれたことが、僕に再びギャルウリを意識させた。
それが無ければ、たぶん、僕は死ぬまでそのウリを
忘れていただろう。
業者は、伝統野菜なので探している、と言っていた。
あの甘ったるい、いつも食卓の端に
皿に山盛りなっていた
美味しくない漬物ウリをか?
伝統がブームになり、最近ではご当地の伝統野菜が
あちこちの直売所をにぎやかにしている。
このブログでも、何度も書いたが、
過度なノスタルジーに乗っかった、
再生産し消費されるだけのため伝統種は
たとえそれが復活しても、
やはり美味しくないモノは、美味しくない。
いつかはまた、同じ理由で廃れるのだ。
吉川なすのように、
新しい文脈による新しい関係と
作り手が新しく伝統を築いていく場合においては、
また別の話だが。

だから、業者から言われた時は、
それほど僕は熱心ではなく、
とりあえず探すだけ探してみた。
高屋の集落でかつて作っていた人に尋ねたが、
誰もその種を持っていなかったし、
その評価もポジティブでもなかった。

そんな話をしていたら、
県職だった叔母が、
「農業試験場にならあるかもしれんざ」と言い、
問い合わせてくれた。
去年のことだった。
そして奇しくも、試験場では高屋からもらってきた種を保存しており、
その年が種の更新のために栽培をしていた年だった。
5年に1回の種の更新らしく、
沢山種ができたので、高屋集落ならその種を分けても良い、と
言ってもらえた。

種が来てからも、
僕の周りの人は、
「美味しくないざ」「売れんざ」と言っていた。
僕も高屋にしかない品種だったということと、
祖父がやけに好きだったという記憶だけで、
その勢いで種を貰い受けたが、
売ることなんてあまり考えていなかった。
このウリの風景を見てみたい。
たぶん、それが僕がこのウリを作ろうと思った理由なんだろう。

ウリは、どうしても古臭いイメージがあった。
だから、何十品目も作っていても、ウリなんて作らなかった。
なので、どう作ればいいのかも、あまり知らなかった。
父から、ひどく久しぶりに
野菜の栽培法を教えてもらったのも、なんだか新鮮だった。
「芽かきは怠るな」「孫づるでとるんや」などと
話が聴けると、ギャルウリとここらの人の風景が、
その話の肩越しに見えてくる。
「あの頃は、夏はウリしかなかったんや」と父と祖母。
水もあまり入らない土地と砂地が強い畑。
調理法も漬物が主流だった、父と祖母のいう「あの頃」。
だから、食卓にギャルウリが山盛りになっていたのか。
そして、子供の僕には、
その漬物が美味しくなった、という記憶。
ゆっくりゆっくり、ウリがつるを伸ばしていくように、
記憶と風景が読み解かれていく。

出来上がったギャルウリは、みんなが言うように「ぐでぐで」だった。
つるっとしておらず、ぼこぼこしたような様を言うらしいのだが、
みんなが言う「ぐでぐで」という方言も、
僕の中で、蘇った。

しかし、このウリは漬物で食べようとは、
僕は思わなかった。
そこは幼少の記憶が邪魔するのだろう。
それに、これはギャルウリとの新しい関係の取り組みなのだ。
今の文脈に合わせて、ギャルウリが復活しなければ、
やはり同じ理由で廃れていく。
風景は見えてきても、そこから先には派生しない。

そこで、妻と一緒に食べ方を考えてみる。
赤みで柔らかくてやや甘い。
まるで駄目なメロンみたいなこの味は、
デザートなら美味しいけど、調理としては甘すぎていまいちの
メロンの逆バージョンじゃないか、と妻が気付く。
そこで、ハムで挟んで食べることに。
メロンの生ハムまきはあるが、あれは甘すぎるので
いまいち好きになれないのだが、
ギャルウリならば、ちょうど良い甘さでおかずになった。

さらに冷たいスープにしてみる。
皮をむいて、ミキサーにかけるだけの単純スープ。
味付けはコンソメの粉と塩と、ミントを一緒にミキサーにかけてみた。
ギャルウリの口当たりの良い甘さと味と、
ミントの香りとの、なんとも言えないハーモニー。
これは絶品だった。

昔ながらのギャルウリとの付き合い方と
その風景を僕は見ながら、
このウリを今の文脈で新しい食べ方で復活させたい。
今は、その味とその全体像から、そう強く思う。
また新しい品目が一つ、僕らの農の営みに加わった瞬間だった。

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東京での用事がいくつかで来たので、
週末は休みを取って、東京へ。

まずは、ここ。国連大学前で行われている
ファーマーズマーケット。
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うちの農園が出店するわけじゃないが、
知り合いがここに出店する予定があり、
しかもうちの野菜を扱いたい、とのことで偵察に。
最近、○○マルシェとかいうイベントに
うちの野菜も使われることが多くなってきたので、
実際には、どんな感じなのかを見てみたかった。

野菜の品質は、良い物から、
「?」は物までいろいろだった。
そんなになっていたら美味しくないでしょう、
というような野菜でも、英字新聞などに包まれて
販売されていると、ついつい買いたくなってしまうから
不思議だ。
まさに包装の妙とはこのことか。
ただ、買ったお客さんは、
後で食べて残念だろうけど。

暑い中での販売なので、
葉菜類はちょっと厳しい感じ。

次はここ。

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南青山の福井のアンテナショップ。
どんなところかと思って覗いてみたが、
伝統工芸品とメガネと加工品のお店。

昔、福井駅の2階にあった土産物屋が
ちょっとおしゃれになったような感じ。

大通りからかなり離れていることもあり、
休日なのに、店内は閑散。

そして、夕方はメインイベント。

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うちの野菜を毎週のように買ってくれる
芝大門のフレンチ「とげまる」へ。

友人と義姉夫婦と一緒に。

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まずはフェンネルのキッシュ。
香りも良く、娘も完食。

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ロマネスコズッキーニのクスクス詰め。
ミントが効いていて、とても美味しかった!

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バターナッツとアボガドって
クリーミー同士で良く合う、良く合う。

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ジャガイモとチーズ。
色がきれいで楽しくなる。

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イタリアの縞茄子はクリーミーさを活かして
グラタン風に。

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そして伝統品種の吉川なす。
口の中で解けるようなナスのハーモニー。

お腹も心もいっぱいになりました。

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一昨年から、
近くの直売所でこの野菜を見かけるようになった。
この野菜とは、バターナッツのこと。
かぼちゃの一種。
昨年は、さらに増えて、
結構な人が作っているのを見かけ、
さてはこれ、美味しいな、と目をつけ
自分も作ってみることに。

その名の通り、
クリーミーな果肉が売りのかぼちゃ。
ポタージュが断然うまいらしいが、
それじゃ、面白くない。

てんで、妻が薄く切ってソテーして
ミントと一緒に食べた。

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油分をたっぷり含んだような食感の
バターナッツは、ミントの爽快な香りと
よく調和していた。
とくに、ミントもパイナップルの香りのような
クールミントを使ったので、
よりその調和を感じることができた。

ナッツとパルメジャーノをふりかけたのが
アクセントになっていて、
これだけでごちそう料理。

もちろん、定番ポタージュも
ミントをのせて、食す。

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いろんな食べ方が楽しいバターナッツ。
もう少しいろんな食べ方を追求してみたくなる
食材だった。

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6月27日の勉強会の記録。
今回の発表は、山本君。
選んだ本は、これ。

野口 勲 著 「タネが危ない」

固定種ばかりを販売している野口種苗の社長が、
タネの未来を危惧して書いた本。
農家にとって大切な技術の一つに、
「品種選び」がある。
「品種に勝る技術無し」と言われるほど、
品種選びがその後の作物の出来に大きく影響する。
自分の地域・自分の畑に合った、
良い品種を選びぬくことこそ、
僕ら農家にもっとも必要な技術とも言えよう。

さて、品種の形成には、
さまざまな育種技術がある。
おおきく、おおざっぱに分けると、次の4つ。
畑や自然の中から、形式の良いものを選抜し、
その品種の特性を固定していく昔ながらの育種で
作られた品種を固定種と呼ぶ。
形質の違う遠縁の品種を掛け合わせ、
雑種強勢を利用して、
優れた特性(人間にとって“優れた”)を
一代限り発現させるF1種。
遺伝子を作為的に操作して、
ある種の特性を埋め込む遺伝子組換え作物。
そして、放射線を浴びさせて、
突然変異を起こして新しい品種を作る
放射線育種によって作られた品種。

山本君がプレゼンで使った本の著者は、
この固定種ばかりを扱っている種苗会社。
当然、本の内容は、そのほかの方法で育種された
品種への批判が大半。
中でも、F1種への警鐘を鳴らしているのが、
本書の特徴だろうか。
放射線育種については、
ほとんど触れられていないのは、余談。

さて、
固定種が、遺伝的多様性を維持していることは、
僕も大いに賛成である。
うちの農園でも吉川なす・妙金ナスなどの
福井の伝統品種は自家採取し続けているし、
固定種で言えば、
大根・ウリ・ズッキーニ・ホオズキ・イモ類・豆類・セロリなどなど、
例を挙げたらきりがないほど利用している。
別段、僕は固定種とF1種とを区別しているわけではなく、
面白そうな品種で、かつ、うちの畑やこの地域の風土に
合いそうなものをいくつかピックアップしていると、
いくつかは固定種になったりもする。
F1種は、なんといってもその揃いの良さだろう。
形質の揃っている野菜ができ、一斉に収穫できる。
圃場を効率よく使うことも可能だ。
それに比べて、固定種はやはり不揃い。
大きさだけでなく、その特性までもが不揃い。
数年前に作った紅芯大根(中が赤くなる大根)のある固定種では、
中が赤くならない大根ができ、
割るまで解らないので、レストランの調理場で、
初めて赤くないことが分かり、
返品率が5割を超えたモノまであった。
あの時は、返品のあらしで、その対応に追われて、
最終的には契約をしていた取引先と、
その年の契約を打ち切られてしまい、
圃場に大量に残った大根をトラクターで潰す羽目になった。

著者は、
固定種は味が素晴らしいと言うが、それも「?」。
耐病性を活かした育種の場合、味が2の次になることもあるし
貯蔵性を発展させた育種の場合もそうだろう。
でも、どんどん甘くなっていく今の野菜は、
多くがF1種であることは、どう評価するんだ?
人の嗜好に合わせて育種されていく野菜も多い。
日本に入ってきた当初は、
酸っぱくてとても食べられなかった観賞用だったトマトは、
今じゃ、高濃度トマトとしてその甘さが売りになっているが、
そのほとんどがF1種じゃないか。
ちなみに、僕は今、
うちの集落にしかなかった『高屋本ガワズウリ』を
試験栽培している。
20年ほど前に、うちの集落では
種が途絶えてしまったウリの固定種なのだが、
それが県の試験場で保管してあることが分かり、
今年栽培している(近日、エントリーに公開予定)。
そのウリは、品種改良されたガワズウリが世の中に出てきて、
さらには漬物にもっと良く合う黒ウリが
出てくるようになってからは、
その味の悪さから淘汰されて消えてしまった品種。
僕も幼少の記憶ながら、そのウリの甘ったるさが、
いまいち好きになれなかったのを覚えている。
「固定種が美味い」というのは、
過度なノスタルジーによる偏見であり、
必ずしも正当な評価とは言えない。

雄性不稔を利用した現在のF1種の大量生産を
著者は懸念している。
ミトコンドリアの異常によって生じる雄性不稔を
親株として選定し、それを大量に作り出し、
自家受粉できないメカニズムを利用して、
かけ合わせたい品種同士を大量にかけ合わせて
作り出すF1種。
その異常ミトコンドリアを大量に摂取することで、
ミツバチだけでなく、
現代人の生殖に影響していると、著者は訴える。
しかし、摂取された異常なミトコンドリアがそのまま、
僕らのミトコンドリアに異常をきたすのだろうか。
バナナは雄性不稔だが、
食用バナナを主食にしている民族は、
子孫が残せないのだろうか?
バナナを良く食べる人は、そうじゃない人に比べて
精子の量が少ないとでもいうのだろうか?
著者は、遺伝子組換え作物の危険性と合わせて、
そのロジックを狂牛病のプリオンを事例に、
分解されずに取り込まれるロジックとして紹介しているが、
もし、そうであるのであれば、すでに僕らには異変が出ているだろう。
摂取されるミトコンドリアが、
ミトコンドリアとして僕らの細胞に取り込まれるのであれば、
そういうこともあるだろうが、
そんな話は聞いたこともないし、
とても正当な科学の評価でもない。
これらの論理展開は、
「トンデモ」だと言われてもしょうがない。

ちなみに厳しいアレルギーテストを受けている
遺伝子組み換え作物の場合、
通常の育種法(固定種も含めて)より、
安全性が高いという意見もある(『有機農業と遺伝子組換え食品』より)。

僕は、たとえ著者のちょっといい加減な主張が目立つにせよ、
固定種が、遺伝的多様性を生み出していることと
その価値は、大いに認めたい。
ただ、固定種が素晴らしいからといって、
ある野菜だけを大規模にモノカルチャーで栽培することには、
やはり抵抗を感じる。
たとえ、その中に何種類も品種があるとしてもだ。

経済的に考えるのであれば、
固定種が流通と食べる側を説得するだけのプレゼンが
必要になるだろう。
固定種(伝統種)がもてはやされるようになってきており、
うちの農園もそれに合わせていろいろな伝統種を
栽培しているが、
その良さを解ってくれる業者であっても、
「でも揃いの良い物を出荷してくださいね」と
付け加えられるので、ちょっと辟易している。
固定種だから、選果レベルをどんなにあげても、
通常の野菜より揃いが悪いと説明しても、
そこはなかなか解ってもらえないのだ。

別段、著者のように
F1種が危険だ、だから固定種を!と煽る必要はないが、
固定種を楽しむ余裕(揃いが悪くても気にしない!)と
それを正当に評価できる知識(食べ方と歴史を知ろう!)を
食べる側に持ってもらいたいと切に願う。

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インドネシア研修生の勉強として、
ホームページ作成のビデオを見る。
先日、朝倉さんの果樹園を訪ねた時に、
朝倉さんの好意で、ホームページ作成のビデオを貸してもらっていた。
せっかくなので、
スタッフも含めてみんなで見ることに。

懐かしい方が講師をしているそのビデオでは、
3つのことを強調していた。

半径5m範囲の情報をアップすること。
頻繁な更新。
そして、写真の撮り方。

どこにでもある、僕らにはすでに日常になってしまった
そんな情報をホーム―ページに訪れてくれる人には
とても新鮮だという。
なぜ半径が5mなのかは謎だが、
身近な情報を載せていくのは、賛成だ。

頻繁な更新は、検索上位になるためには必要なことだし、
多くの人が何度も足を運んでくれるWebサイトにするには
もっとも必要なことだろう。
もちろん、写真の出来も。

ただ、このビデオは今から何年も前に出されたものなので、
その論点も古いようには感じられた。
検索上位に来る必要が必ずしもあるのだろうかと、
SNSをやっていると思う時がある。
更新は頻繁な方が良いだろうけど。

僕らのネット環境は急激に変わる。
速度も速くなれば、情報量も増えた。
ホームページを除くこと自体も減った。
流れゆく情報の波を、ぼんやりとしたつながりで実感できる
SNSに身をゆだねることが多くなった。
何かを得るわけでも、何かを探すわけでもなく、
僕らは、日々、SNSを覗く。

しかもその情報はたまっていかない。
ただただ流れていく。
思い返そうとしても、思い返せない流れを
眺めているだけのネット。
そこに何とも言えない心地よさを感じたりもする。
そんなネット生活の中で、
個々のホームページの役割ってなんだろうか?
少し疑問に思わないでもないが、
無い頭をひねっても答えは出てこない。

そんな中で、研修生3年生のタタンの答えは、
ある意味、的を得ていた。
そのビデオを見て、
「ホームページでの販売は、商品を売るんじゃなくて、そのプロセスを含めた全部を売るんですね」
と、彼は僕に話してくれた。

誰にどんな情報をなんて、
僕らが考えてどうにかなるようなものじゃないのかもしれない。
ただ、僕らの日常のプロセスを
真摯に伝えていく。
ただそれだけなのかもしれない。
どんどん更新されていき、
緩やかな、曖昧なつながりの中で、
たまっていかずに流れていく
心地よい情報とは対象に、
そんなキャッチーな情報ではなく、
四つにしっかり組んで、向き合ってくれる人達が、
僕たちのお客さんなのかもしれない。

どんな人にどんなサービスを提供するか、じゃなくて、
僕らは、どう生きたいか、
それが、たぶん、問われているような気がする。

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P1030507.jpg

先日、中身もピンク色のジャガイモを収穫。
本当は、もう少し後で収穫を予定していたのだが、
暖かい南風が吹いた6月上旬に、
案の定、ジャガイモの株が病気にかかり、
枯れ始めてしまった。
そのため、急遽、先週に収穫。

IMGP0434.jpg

小さなイモばかりだったが、
それでも美味しそうで、
色の綺麗なピンクジャガイモを沢山収穫できた。

そのイモを持ち帰ると、妻が、
その綺麗な色を活かして、
ソラマメと一緒にスペイン風オムレツを
作ってくれた。

ジャガイモとソラマメをオリーブオイルで
揚げ焼きにして、余分な水分を取ってから、
オムレツにしたもの。
揚げ焼きによって凝縮された野菜の味には、
他に味付けなんていらない。
塩だけで十分甘く、
そして深い味わいだった。

綺麗な緑とピンクと黄色のオムレツは、
味だけでなく、食べるその食卓も
楽しくしてくれる。

取ってきてすぐに食べる喜びと、
ひと手間を加えてくれた妻の愛情と、
そして野菜の持つ味の素晴らしさ。
また一つ、調和を見つけた夜だった。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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です。
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