インドネシア農民子弟に対する
農業研修事業をサポートしている
任意団体「Yayasan Kuncup Harapan Tani 耕志の会」の
ニューズレター第2号を編集。

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ニューズレター 第2号

少しずつ、本当に少しずつだが、
僕らの関係が、インドネシアとここを変えていく。
そんな小さなことの記録の積み重ね。

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またまた有志による勉強会の記録。
とその前に、少しCM。
この勉強会は、
水曜日の12時45分から、
農園の施設内のミーティングルームでやっているので、
農業に志のある人や
農業に興味のある人は誰でもどうぞ。

さて、
今回はちょっとした行き違いがあり、
発表する人がいなかった。
そこで急遽、僕がプレゼンすることに。
以前よんだ本を、ブログの記録からプリントアウトして使用。
その記録はこちら

本はこれ。
内山節 著 「貨幣の思想史」:お金について考えた人々

貨幣にまつわる哲学の本なので、
これについてまともに議論しようとなると、
ちょっと眠い議論になってしまうので、
その中でも今回は価値について、その議論を絞った。

僕らは一般的に値段が価値を表していると
ついつい思いがちである。
実は、このちょっとした「勘違い」が、
社会に大きな歪みを与えてしまっている。

貨幣の思想がすみずみまでいきわたった社会では、
あらゆるものが交換できるようになった。
そしてそれらが貨幣で交換できるようになったイコール、
全てを計算式でも表せられるようにもなり、
著しい経済学の発展にもつながった。
環境問題のCO₂でさえも、
交換できる対象なのである。

さて、
価値には、実はもう一つある。
それは使用価値。
使い手の利便性を表した価値で、
交換できる価値とはまた違う価値。
たとえば、それはこんな価値。
他愛もない話だが、僕には愛用の孫の手があった。
インドネシアで買ったココナッツの孫の手で、
その柄のカーブ具合が僕の背骨の形状に合っており、
非常に使い勝手が良かった。
それが、僕の不注意で落として割れてしまってから、
日本産であれこれと孫の手を試しているが、
どんなに値段の高いものでも、あのココナッツの孫の手のような
背中へのフィット感は得られない。

僕らが使用しているあらゆるものが
値段で良し悪しが決まるわけではないことは、
僕らはある程度経験して知っているのに、
概ね値段の評価で良し悪ししようという
解りやすい評価基準が独り歩きするから
社会にゆがみが出るのだろうと、僕は考える。

グローバルな社会になり、
バリューチェーンが僕らの想像もつかない長さになっている。
地球の裏側のモノも、どんどん僕らの日常品に入り込み、
それがどんな形で作られているか、なんて、
想像もつかない世の中になっている。
これは貨幣の思想によって、
価値を一元化することに成功したためで、
その交換価値を高めることで、
簡単に経済的にも豊かになれる仕組みを
みんなで作ったからだ。
この仕組みはとても良くできていて、
大抵のことは、この仕組みに任せて、
目の前の交換価値を如何にして高くするかに
人々は腐心していればよかった。

でも、社会が成熟してくると、
人々は気付き始めた。
目の前の交換価値を高める作業だけでは、
社会的には発展していかない事に。

だから僕は、今回の勉強会で、
これからの社会は、使用価値を高める作業がとても大切になる、
ことを伝えたかった。
使用価値が高まるのは、
グローバルに伸びきった今のバリューチェーンのままでは
少し苦しい。
そこは、それぞれの想いはコマーシャル的には
活用されたとしても、それぞれが刺激を受けて、
みんなの利便性を高める動きにはつながりにくい。
それらを排除して交換価値だけを高められるように、
合理的に作られた仕組みなのだから。
ストーリーのあるモノが売れる、とたまに、
周回遅れに気が付かないマーケティングの講師さんが、
口から泡を飛ばしながら言っているが、
それでは、まだ交換価値を一方的なストーリーに乗せて
無理やり突きつけているにすぎず、
使用価値の向上を生み出す関係ではない。
ハイパー消費社会を築き上げた市場システムでは、
この使用価値を高める関係性は創り上げるのは、
とても難しいのだ。

内山節は、
「私たちが創造しなければならないものは、使用価値を実体化しうる関係」であると
言っている。
あらゆる情報を捨てていくことで、
巨大な消費活動を創り上げてきたシステムではなく、
そこで捨てられていっていた僕らの想いが、
ダイレクトに繋がりを見せる新しいシステムが
僕らの使用価値を高めていく。
それは時に、「シェア」と呼ばれたり、
「産直」と呼ばれたり、
「フェアトレード」と呼ばれたりする関係。
(ただし、フェアトレードという言葉がこれまでのシステムに乗っかっている場合は除く)。
もともとモノには、固有の価値などなく、
それを作り使用する人々の間の、
それらの関係が、そのモノの価値を決め、
そして高めていく。

消費のスタイルで、社会が歪んだのなら、
消費のスタイルが変われば、社会も変わることになる。
僕らは、交換できる価値、つまりは、
それ自体はかけがえのないものではなく、
何か別のモノと取り換えたとしても、
別段、価値の劣るものではないモノの価値ばかりに
気を捕らわれすぎたのだ。

僕らはこんな時代だから、
特に3.11を経験したからこそ、
かけがえのない、交換なんてできない価値に
もっと真摯に目を向けて、
その価値、つまりは使用価値が高まっていく関係の中を
生きていきたいと強く想う。




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勉強会の記録、もう一丁!
今度は、カルナの店長である大和。

「ここが違う女が買うモノ 買わないモノ?」という本。

非常に興味深かった。
僕らの商売は、その流通の末端では、
ほとんどが女性が買っているので、
その女性諸君が何を買って、何を買わないかは
とても重要だ。

まず社会の変容について
成長する時代は男性型社会で、
その後の成熟した社会では女性型社会になり、
インフラなどが整備されてくると
そこに文化が花咲くといった感じで説明されていた。
つまりはハードからソフトへってことか。
そのソフトの時代が女性型社会。

女性の購買心理では、
3Kが重要らしい。
カワイイ、カッコイイ、キモチイイだとか。
そして販売の手法は5K。
近距離・感動・簡単・環境・健康。
この3Kと5Kがミックスされているモノが
女性から支持されるとのこと。

ジェラートを販売しているカルナでは、
買ったジェラート以外に、おまけの一口がサービスされる。
そのお得感が、成功の一翼を担っているらしい。
この場合は、カワイイや近距離や感動や健康なんかが
絡んでくるんだろうか。

3Kと5Kは、たぶん分析すれば、
どの商品にも当てはまるだろう。
要は、その商品がその3Kと5Kをしっかりとお客さんに
プレゼンしているかどうかが肝心なんだと思う。

うちの野菜はどうなんだろうか。

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気が付けば、勉強会の記録がたまっていた・・・。
さっさと記録してしまおう。

今回記録するのは、4月4日に発表してくれた大西君のプレゼン。
選んだ本は、これ。

加藤 義松 著 「プロに教わる野菜づくり成功の法則」

昨年の7月からうちの農園で働いている大西君は、
農業の基本に詳しくないということで
この本を選んだのだとか。

パラパラとめくってみた感じでは、
農業の初心者が犯しやすい失敗を4コマ漫画も含めて
平易に書かれていた。

各作物にもそれぞれに作業や管理のポイントが書かれており、
良くまとまっているように感じた。

ただ、プレゼンで大西が
「これで成功するならみんな成功している」
と言ったように、栽培のポイントはあくまでも基礎的な部分で
それが出来たからと言って成功ではない。
それどころか基礎的な部分と真逆のことをして
成功する場合もある。

農業は、作物を生産することだけが仕事じゃない。
作物を売るところまでが、仕事なのだ。
一般的な認識としての野菜として
「良いもの」が取れたとしても、
それが販売につながるわけではない。
顧客のニーズをつかみ取り、
もしくは新しいニーズを想像できるようなプレゼン力のある
商品を生み出すことが、成功の秘訣なんだと思う。
その場合、
時には、園芸の教科書では落第しかねない
栽培法でなければならないことも多々あったりもする。

さらに、農園ではさまざまな作業が同時進行しているので、
必要な作業にも優先順位をつけてる必要がある。
それどころか、その作業は時には行わないことだってある。
園芸書では必要な栽培管理だとしても、
それを行う手間や時間・投資と販売価格との関係で、
行わないのだ。
加工品用の野菜を作る場合、
外見はあまり重視されない。
そんな時は、価格をできるだけ下げられるような、
また量をたくさん取れるような栽培法をしなければ、
経営的には合わなくなってくる。

基本を知るのは大切だが、
基本を熟知した後は、
それを出来る限り捨ててしまわなければ、
その基本の持つ「スキーム」に囚われてしまい、
そこから大胆にはみ出せなくなる場合がある。
たぶん、成功のカギはその辺りに落ちているような気がするのだが、
どうだろうか。

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冬の間とれなかった、
金時草の収穫が再び始まる。

妻が待ちわびたように、
その葉をちぎって、チーズと生ハムと一緒に
サラダにしてくれた。

独特の風味は、やもすると敬遠されがちだし、
どうしても和食のイメージが強いため、
その範疇を超えて、食べられることは少なかった。

でもこの独特の風味は、
くせの強いチーズをしっかりと受け止めて、
その個性を失うのではなく、
お互いがお互いを高め合う。

ここにも心地よい調和(ハーモニー)を見つけた。

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2009年に来日した
農園たや農業研修プログラム第2期生の
イルファン君が、帰国した。

この3年間、
彼は素晴らしい成長を見せた。
人が、ここまで自主的に育っていくケースを見る機会は、
なかなか無い。
帰国後にやりたいと思い続けていた農業を
見据えながらの研修は、
人を大きく育てる。

自己研究では、帰国後に有利に販売できる
パプリカの栽培を想定し、
その主害虫であるハダニの生態に迫った。
学術的にも学び、
フィールドでも天敵がハダニを捕食する姿を
ビデオにとらえた。
日本語の理解力もつき、
卒業発表会の日本語プレゼンも素晴らしかった。

その彼が、日本を発った。
帰国後は、国有地と行政から使用制限を受ける山間の畑の間に
ほんの少し点在する私有地を買い集め、
そこで野菜栽培にチャレンジしたいと話してくれた。
資金も十分に準備できた。
販路も、月間レポートで課題にしていた流通面で、
すでに叔父が経営する商店を通じて
市場出荷することを確約済みである。

でも、さらに彼は言う。
「スタートとして叔父の力は必要ですが、ゆくゆくは自分で販路を広げていくつもりです。農家が生産だけで終わってしまってはダメだってここで学びました。だから、販売に力を入れて、グループも作って、野菜で有名な産地づくりを目指します」と。

ここから先、僕が彼にできることは少ない。
支援団体を立ち上げて、
資金面でマイクロクレジットを、
そして技術面でWebを通じた営農相談を
出来る体制を作っているが、そんなものはどうしても限定的だ。
後は、彼が、
ここで学んだ3年間の経験と学問で
乗り切っていくしかない。

夢物語のような彼の話を
僕はバカにはしない。
なぜなら、ここで見せたような成長を
彼が今後も遂げていけるのであれば、
それはまったく夢物語ではないからだ。

期待しているよ、イルファン。

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新聞を読んでいて、最近違和感があるもの、
それは大飯原発の「安全性」。
安全性が確保できたから稼働させる、という一方で、
いやいやまだまだ安全性が確保できていない、と反論する。
なんだかまるで「安全性」が焦点になっている。
その議論の方向性がナンセンス。

安全性の議論が先行するのは、とても危ない。
なぜならこの議論の応酬は、
あたかも安全性を高めていけば、
リスクは無くなるという「ゼロリスク」が
存在しているような、
そんなイメージを人々に与えるからである。

たぶん、原発を稼働させたい側は、
議論を安全性に収斂させることで、
半ば、その目的を達成できたのだろう。
そして、本当は稼働した方が良いと考える人も、
それぞれの立場上、もろ手を挙げて賛成できない人も、
安心して反対の議論が出来るようになるのである。
なぜなら、「安全性」という議論を積み重ねることで、
ゼロリスク神話を再び社会的に築き上げて、
どこかの時点で稼働に賛成できるから。

僕は農業を営みにし、
その中で、食の安心安全について考えてきた。
そこでの議論では、ゼロリスクなど存在しないことを学び、
そしてその議論の目的は、
僕らがどのリスクだったら付き合っていけるのかを
話し合う場だということを学んだ。

だから、農薬のリスクは
急性毒性や慢性毒性、環境への影響も含めて
議論されており、その中でどのようなリスクなら
付き合っていけるかも含まれている。
しきい値の設定をどう扱うかなどで
やや賛成できない点もあるのだが、
おおむねそのリスクは受け入れられると
僕は思っている。

リスクがゼロなんてものはどこにもない。
必ず、リスクがある。
もちろん、安全性を高めていけば、
リスクは低減する。
だが、絶対にゼロにはならない。
農薬の場合、その種類は多種多様になっており、
一概にすべてがとても危険なモノとは言い難い。
天敵昆虫も農薬登録されているので、
それ自体も「農薬」に入るし、
デンプン糊や重曹と同じ成分のモノも
農薬登録されていて、その安全性は非常に高いといえる。
(といっても、重曹やデンプン糊を大量に食べれば死んでしまうけど)。

つまり農薬の場合は、安全性を高めることは、
人間や環境への毒性を低くすることになる。
この議論の場合、安全性を高くすればするほど
僕らへのリスクは低減していく。
では原発はどうか。

リスクは必ずある。
最悪の事態がフクシマだ、って僕らは経験した。
絶対壊れない、絶対安定して停止できるなんて議論の
「絶対」はゼロリスクの考え方で、
そういう方向ではダメなんだ。
いつかは必ず起こる自然災害に対して、
あるいは壊れてしまうであろう原発のリスクに
僕らは向き合えるのかどうかの議論が先であるべきだ。

電気が足りない、だからしょうがない。
こんなインタビューの声も新聞に紹介されていた。
電気と広大な廃墟のリスクは、並列して対峙させて
考えることができるリスク&ベネフィットなのか?

僕の農のスタイルは、この宇宙でも至極珍しい
「土」を資源として活用するところにある。
スプーン一杯に何億もの生命を含み育み、
崩壊と形成のダイナミズムを繰り返す「土」。
その偉大な土の性質を利用させてもらいながら、
その生き物である土を育みながら、
僕は農業をしている。
有機物をふんだんに投入し、
しっかりとした土づくりをして、その土が作物を育てる。
そんな自然のサイクルに合わせた農業は
放射能物質(セシウムなど)の餌食になりやすい。
自然の循環にセシウムが入り込んで来たら、
次から次へのその循環の中で汚染していってしまうからだ。

たとえ、実際の数値がどうであれ、
原発のリスクが実際に起これば、
社会的な差別を受けることは、
僕らはフクシマの件で良く解った。
それもこの場合のリスクの一つなのだ。
動かさないとしょうがない、と言っている人たちは、
原発のリスクが実際に起こった場合、
社会的な差別を絶対しないという信念を
はたして持っているのだろうか。

それらのリスクの議論はどこかに置いてきぼりなまま、
そのリスクをみんなが真正面から受け止めて
「しょうがない」とも思っていないのに、
「安全性」に特化して、
そして電力不足という脅し文句を前面に出し、
僕らの思考を奪い取る議論をみんながやっているように、
僕には思えてならない。

あなたは、原発のリスクにきちんと目を向けていますか?
そのリスクに付き合っていけますか?
あなたの家族や子供や孫にまで、
そのリスクに付き合わせても良いと思っていますか?


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インドネシア研修生の座学の話。
今期最後の試験。
「総合防除」講座の最終試験を行う。

総合防除は、IPM(Integrated pest management)の日本語。
病害に対して、農薬だけでなく
総合的に防除しようというのが、
この防除の思想。

もともと低投入による生産コストの低減という意味で
アメリカで発祥した考え方。
補助金漬けで作れば作るだけ儲かるシステムを創り上げた
アメリカが、焼け石に水程度に、作りすぎを抑制するために
低投入のキャンペーンを行ったのが
きっかけだった。

だが、この総合防除は有機農業などの思想も取り入れながら、
今日では大きく発展している。
とは言っても、有機農業や自然農法などとは、
一線を画している。
それは、特別な農法というよりも、
慣行農法の新しい地平という方が相応しいだろう。
そしてこの総合防除の中身を知れば知るほど、
農民の自然を攪乱するすべての行動に、
意味と文化を見出すことができるのである。

なぜ、畝を高くたてるのか?
なぜ、溝に種を播くのか?
なぜ、マルチをするのか?
なぜ、混播するのか?
なぜ、野を焼くのか?
なぜ、深く耕すのか?
なぜ、浅く耕すのか?
なぜ、有機物を土に鋤き込むのか?
なぜ、なぜ、なぜ?

その問いのすべては、作物の健康と
何を持って価値のある農なのかという
文化的行動と深くつながっている。

そして、そのすべてに答えを用意できるのが、
総合防除の次のステージである、
総合作物管理とも言えよう。

タタンは、果樹の防除を文化的にも物理的にも
市場的にも化学的にも取り上げ、
その実証性を高めた。

イルファンは、個々の害虫の天敵を探し当て、
その防除を環境的に考えた。

クスワントは、種の持つ力まで考察し
農耕の意味まで深めて独自の総合管理理論を
発表してくれた。

いずれもユニークかつ文化的かつ科学的な
プレゼンだった。
いろいろと技術的な穴はあるものの、
総合的な農業の風景を描きながら、
自分たちの営農の姿を総合防除の文脈に
埋め込んでいく作業は、
彼らにイノベーションを与えたように思う。

実に面白い講座が出来たことに満足。

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インドネシア研修プログラムの3年生は、
卒業研究を課している。
今年、3年生のタタンくんもその例外ではない。

彼の卒業研究テーマは、
「日本の(福井の)果樹流通事情」。
彼の地域では、果樹栽培が盛んだが、
中間の買い取り商人に買い叩かれてしまうのが現状。
自分たちで市場に出荷することもない。
というか、市場自体もそういう個人の出荷物を
荷受けするシステムになっていないので、
“つて”が無い限り、有利な価格での取引は無理な状況。
彼は日本に来てから、日本の農家が
市場だけでなく、直売所やインターネットで販売する姿を見て
すっかり感銘してしまっていた。
そこで、卒業研究は、
果樹農家の販売戦略や
市場のシステム、
果てには、消費者の嗜好動向までを調査したいと
言い出していた。

長くのびきって全貌が見えなくなっている
バリューチェーンを明らかにすることで、
市場からの刺激をきちんと受け止めて、
ショートカットや価値喪失&創出がどの機会で
生まれているのかを
この1年をかけて探る予定。

いろいろな方にインタビューの協力をお願いすると思いますが、
その時は、よろしくご協力いただけるよう、お願い申し上げます。


関連記事
そうだ、
インドネシア研修生の座学の記録をしよう。
今週と来週にかけて、
今期の座学の最終試験ラッシュ。
まずは、「農業とグローバリゼーション」という講座から。

このやや小難しいような講座は、
Think Globally Act Locallyの考え方・行動力を
身に着けてほしいために行っている。
農業を取り巻く地球規模の環境問題や
生産様式の方向性、長くのびきったバリューチェーンの中で
どう生きていくのか、
そんなことを考えられる力を身に付け、
そしてローカルに行動していける、
そんな農民になってほしいと思っている。

今期、講座で使用したテキストやDVDは次の通り。

・共有地の悲劇 by ハーディン
環境問題や耕作の有限性を考える時の古典中の古典。
限りある資源に対し、
個人の利益を最大にすれば、
すべてが崩壊してしまう。

・キングコーン
歪み切ったアメリカの大規模生産と食の裏側。
助成金によって、赤字を黒字にし、生産余剰を加工し、
むりくり消費者の口に突っ込むビジネス。
その結果、蔓延する肥満とその生活習慣病。
明日の僕らの世界像。

・食の未来
遺伝子組み換えビジネスの裏側。
普通では超えないと思われる種の壁を乗り越えて、
人に都合の良い作物を作り出す。
キングコーンで見た生産様式のなれの果て。
これの副読本として、
インドネシアの遺伝子組み換えに肯定的な
論文を数本追加。
安全性などへの答えよりも、僕らが進む世界の
生産様式はどうなのかを検証。

・バイオディーゼル
ヤシ油やトウモロコシで生産されるバイオディーゼルを
批判的に検証したビデオ。
環境にやさしいなどと隠れ蓑をかぶりつつ、
工業的な生産により破壊されている森林や労働状態を考察。

・パームオイル
文化的に食用でないオイルヤシを大規模プランテーションで
栽培続けるインドネシアとマレーシア。
オイルヤシのプランテーションを取り巻く環境問題と労働問題を考察。
モノカルチャー的生産の効率化が独り歩きしだすと
何が起こるかを
キングコーン、バイオディーゼル、パームオイル、食の未来を
通じて学んだ。

・Salud(サルー)!ハバナ ~キューバ都市農業リポート
アメリカの経済制裁とソビエト連邦を含む社会主義の崩壊により、
工業的農業から180度舵を切り、
有機農業による自給型農業になったキューバのレポート。
原油危機に対する答えや
加速する工業的生産に対する未来の答えは、これなんだろうか?

・おいしいコーヒーの真実
長くのびきったバリューチェーンの中で、
喘ぐ農家を映し出した傑作。
330円のコーヒーの農家手取りが3円。
それは、従属的な問題ではなく、
生産物そのものにはそれだけの価値しかないという事。
付加価値を生み出したくても、
市場から遠く離れてしまっていては、その刺激も受けられない。
そのマージナルに置かれた状況が悲劇である。

さて、これらのテキストやDVDを通して、
彼ら自身がそれぞれにどんな取り組みを
自分の目指す農業の中で実際の行動としてやっていけるかが
テストの課題。

クスワント君は、チョコレート栽培を目指している。
世界で第3位の生産高を誇るインドネシアだが、
収穫後の選別加工が不良で、低価格で取引されている。
元普及員だった彼は、収穫後の選別と加工を農民に徹底させることで
高単価を狙う、とプレゼンしてくれたが、
その刺激は、農民はどこから受けるのだろうか?
加工をしようがしまいが、買い取り商人の価格に変化はない現状で、
世界市場での価格が低価格なのだ。
バリューチェーンの中で埋もれてしまっている価値を
どう農家にわかるようにするのだろうか。
その点には全く言及されていなかったので、及第点には及ばず。

もうすぐ帰国のイルファン君。
彼はお茶栽培の産地から来ている。
大規模プランテーションだが、一部小規模の工場で
お茶生産もしている。
その小規模で生産されるお茶は、大抵の場合が大規模工場に
販売されるのだが、
それを地元向けに(バンドンが市場)生産しては?というのが
彼の意見。
有機のお茶生産をし、身近な市場を狙うというもの。
まぁ、まずまずでしょう。

3人目はタタン君。
彼は果樹栽培を目指している。
海外からの輸入に押されて、ローカル果樹の市場は厳しい。
そこで、ローカル果樹を専門で扱う店を構え、
有機肥料と果実の品質にこだわった商品を取り扱うことで、
地元中心に、輸入の方が優れているという意識を
変えていきたいと話してくれた。
結構、面白いだろうが、その意識を変えるのが
なかなかに難しかったりもする。
加工まで見据えてみたら、あるいは・・と思える話。

なかなか難しい課題だったようだが、
それぞれがそれぞれに考えることが大事。
正解は無いが、グローバルに考え続けて行動する大切さが
解ってもらえれば、やった甲斐があるというものだが、
さて、どうだろうか。


関連記事
勉強会の記録を忘れていた・・・。
3月28日に発表してくれたのは酒井君。
選んだ本はこれ。

根本久著 「天敵利用で農薬半減」

IPMの基礎的資料で、データは少し古いものの、
解りやすく説明されている好著。
現在では、資材や農薬がもう少し進み、
ここで言われているような難点もいくつか解決されているので、
IPMをさらに学びたい人は、最新刊を探すとよいだろう。

さて、IPM。
総合防除と訳されることが多い。
農薬だけに頼る防除ではなく、虫や菌・植物の生態を詳しく理解し、
自然界のエコシステムを利用した防除法である。
自然農法や有機農法とはまた別の考え方で、
IPMは一般的な農薬の使用も含まれる。
ただ、益虫が死滅しない工夫や、
それらに影響のない農薬を選んで散布するなどの、
ちょっとしたテクニックがIPMのみそだろうか。

天敵防除が最近にぎやかになり、
IPMを実践する人たちが増えてきた。
うちの圃場でも、夏の露地はバンカープランツを多用し、
ハウス栽培のナスでは、天敵を放し飼いしている。
ただ、これを過信するわけにはいかない。
普段害虫だと思われていたものだけをターゲットにして、
それの天敵を大量に放てば、
それはまたエコシステムに狂いが生じることにもなる。
さらに、普段はほとんど被害が気にならなかった虫でも、
ある害虫が激減すると害虫化したりもするのだ。

天敵防除やIPMをこれまでの慣例防除と同じように
足し算引き算で考えるのは危険。
あくまで生態系のバランスを取り戻すなかでの
防除法の一つと考えなければならない。

IPMは奥が深い。
そして深く分け入っても、
資材のコスト高と手間がかかり、
売り上げにはなかなか直結しない
(それを評価する買い手が少なすぎる・・・)。

勉強会のメンバーにはとても刺激的だろうけど、
何のためにIPMを実践するのか、
それが明確でなければ、ちょっとやけどしそうな農法の一つ。

うちもこれを実践している割に、
まだまだ販売には活かせていない。
それが今後の課題の一つでもあろうか。



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キャベツの品種は本当に増えた。
以前だったら、良いキャベツをこの時期に栽培するのは、
ちょっと難しかった。
春はどうしても花が咲いてしまうからだ。

今でも直売所を見て回ると、
真ん中が盛り上がったキャベツを出荷している人が
見受けられる。
それは芯の部分に花芽が出来ていて、
ややとう立ち気味なのである。
ちょっと前までは、このあたりのキャベツは、
そんなのが当たり前だった。

でも、今は良い品種が出てきており、
しっかり品種選びが出来れば、
この時期でもしっかりした春キャベツを出荷できる。

厳しい冬を乗り越えて、
甘みを凝縮したその春キャベツを
妻が
「1年に1回」と言いながら、ロールキャベツにしてくれた。
けっこうな手間のかかるこの料理は、
忙しい妻にはなかなか面倒な料理らしいのだが、
僕はこの料理がすこぶる好きなのだ。

良い品種と妻の料理の腕と畑。
それがすべて繋がって生み出すハーモニー。
なんとも楽しい食卓。
これぞ贅沢!ってやつだろう。


関連記事
勉強会の記録。
今回記録するのは、福井の米作りのエース・安実くんの発表。
選んだ本は、これ。

松田学 著 「TPP興国論」

これまでもTPPを題材にして発表してくれる人はいたが、
そのほとんどが批判的な本ばかり。
今回安実くんは、個人的には反対とのことだが、
参加する場合の対策も考えて、
肯定的な本書を選んだのだとか。

本書では、これまでの日本は自由貿易の恩恵を受けて
発展してきた経緯が説明されており、
それをより世界的に加速させていこうとするには、
こうした広域の自由貿易圏への参加は不可避だという。

短期的にはさまざまな分野で影響を受けそうだが、
長期的な発展を目指してとの説明にはうなずけた。
たしかに、様々な分野で既得権益化して
効率が悪くなってしまったシステムがたくさんあり
(高度成長期時代にはそれがもっとも効率よかったのだが)、
それらを変えていくには、
こうした広域の貿易圏に身を置く必要があるのかもしれないと感じた。

安実くんも、これは日本を変えるチャンスになる可能性があり、
農業の構造改革のチャンスかもしれないと話してくれた。
それはアメリカ的な規模拡大ではなく、
より日本らしい細やかな営農スタイルの確立という意味で、とのこと。

自分の営農としては、
補助金漬けの体質から脱却し、
付加価値で勝負できる農家になる必要があると
締めくくってくれた。

ありふれた言葉でも、
米作りのエースが言うと意味が重い。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
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