周回遅れを取り戻すために、勉強会の記録。
先週の発表してくれたのは小西くん。
読んだ本はこれ。

浅川 芳裕 著 『日本は世界5位の農業大国』:大嘘だらけの食料自給率

この本は実は以前も
勉強会で扱ったことがあったのだが(2011年3月下旬)、
記録を残して置かなかったせいか、
その事実すら忘れてしまっていた。
反省・・・。

さて、小西くんは、
この本で、
食料自給率がカロリーベースと言うことを知り、
著者の言う生産額ベースでの自給率にすれば、
自給率が上がることに驚いたようだ。
農水省関連や他の農業団体が、活動資金を得るために
食料自給率の低さを前面に押し出して話をしているとも指摘。
国からの補助金を目当てにせず、
自分のやりたい強い農業を見つけていきたい、と
締めくくってくれた。

確かに、カロリーベースの自給率だと
飼料を海外に頼っている畜産は、自給率から外れる。
さらに野菜などはカロリーが高くないので、
(こんにゃくなんてゼロにひとしい)
100%時給できている品目があっても、
カロリーが低ければ貢献はできない。

では、生産額ベースはどうか。
一見納得できそうだが、
途上国から買ってくる農産物はどうしても安し、
国内産はどうしてもコスト高が響いて
価格も高くなる。
そうなると、量は海外の安い農産物が多いのに、
価格が高い国産が少しあるだけで、
生産額のシェアが国産が多くなるような逆転現象もありうる。
なので、浅川氏の提案は、あまりぱっとしない。

そもそも自給率なんてどうして出しているのか、
僕にはそれ自体が理解できない。
品目ごとの国産のシェア率ならばわかるが、
皆が食べている物を画一的に計算して、
どこまでが国産なんて出す意味があるのか???
小麦はそもそも日本での栽培にあまり向かないし、
僕にとって、無いと落ち着かなくなるくらい
飲みすぎているコーヒーも栽培は無理。
僕が毎昼食べるバナナも無理。
サラダで重宝するアボガドも出来ない。
お気に入りの紅茶は海外産だし、
我が家の食卓を豊かにしてくれている
香辛料のほとんども海外産。

野菜の種だって、
日本メーカーだとしても、
ほとんどが海外の農場で生産されている。

世界の分業は思いっきり進んでいて、
世界との関係なしに、僕らの生活は成り立たない。
そもそも他分野の自給率なんて聞いたことが無いよ。
車の自給率なんて聞いたことが無いし、
農業と同じくらい人が生きていくうえで大切な
医療分野の自給率も聞いたことが無い。
国産の薬のシェア率が高くないと危機だ!なんて
聞いたことが無いぞ!
なんで農業だけ、
そんな変な指標を使うんだろうか?

それに、自給率がのさばっているときは影を潜めているが、
国内廃棄の食料は毎年2000万トンもあり、
海外への食糧援助の10倍もあるのだ。
先進国は、潤沢な資金で食べ物や資源を買い漁り、
そして無駄にしているだけ。
世界の食糧危機が起きるならば、それは、
貧困層といった資源にアクセスできない人たちの悲劇に他ならない。
食料自給率というロジックは、
いろんなものから目をそらさせるだけの
まやかしの数字に過ぎない。

僕らは、悔い(食い)改めなければならない。
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うちでやっているインドネシア農民研修の
第5期生が来日。

今回は、2名の受け入れ。
僕の右にいる子がイラ君。
そして左にいるのがカダルスマン君。

イラ君は、2008年に福井農林高校に
交換留学していた子。
その時に、うちは第1期生を受け入れたのだが、
「僕も絶対に来ます!」と言い残して
帰って行ったイラ君は、
その言葉通り、第5期生としてやってきた。

今回の候補者セレクションは
ずいぶん優秀な子が多かったようで、
選考が大変だった様子。
それぞれの学年の主席の子が
何人も応募したとのこと。
その中で選ばれたこの二人。
彼らと共に考えながら歩めることが
とても幸せに思う。

彼らの来日前に、
インドネシアの大学院で同期だった友人に
彼らの農村ポテンシャル調査をやってもらっている。
それぞれが苦労してここまでやってきたようで、
その友人のレポートの結びは、
「彼らは自分の運命を変えるべく、あなたのプログラムに参加することを決めた」
と綴られていた。
ここで3年、彼らと共に僕も学びながら、
彼らの運命を少しでも
良い方向に変えていけたら、
と願う。





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勉強会の記録、もういっちょ!
次は、大和の発表。
本はこれ。
ジェーンケルシー 著 『異常な契約』:TPPの仮面を剥ぐ

農業界のホットトピックであるTPP。
これを外国人(ニュージーランドの人)の論で読みたいということで
大和はこの本を手に取る。

ニュージーランドがアメリカとのFTAに失敗し
多くの不利益を被った経験から、
今回ニュージーランドも参加しているTPPに対して
著者は警鐘を鳴らしている。

人と物と金が動くことで経済が回るのだが、
それに大きな労力をかけてまで、
また国内産業を犠牲にしてまで、
TPPに参加する価値があるのだろうかと
大和は言う。

国で考えるとちょっとややこしくなるんだけど、
人で考えると、時に、この広域のフリートレードは
実現するとちょっと面白いかもと思うことが
ないわけでもない。

個人的には、TPPには反対しているが、
現状のEPAやFTAはどうなんだろうか。
たとえば、EPAでインドネシアやフィリピンの人に
医療や介護の分野で少し門戸を広げたが、
それは、その国のライセンスを取得することが
前提となっている。
そして周知の通り、
そのライセンス取得は言葉の壁にぶつかって
うまくいっていない。

広域フリートレードが実現し、
国家権力の上位に広域のルールが優先されるようになれば、
その域内で作ったライセンスを取得すれば、
どの国に行っても仕事にありつけるというわけ。
頑張った人間が、頑張っただけ活躍できるという仕組み。

途上国の貧困層と関わりながら活動している者の立場で言えば、
いろんなチャンスが生まれながらにしてある僕らは、
彼ら彼女らの立場から見れば、やはり不公平な気がする。
自分で人生を選びとれる、
その選択肢が目の前に多くある、
それを増やすことに苦心してきた立場から見れば、
たまたま先進国に生まれたから、というのは、
なんだかとても特権的な気がしてならない。

そんなものも外してしまえるのであれば、
広域でフェアかつフリーな経済協力は、
僕はあっても良いと思うのだが。


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気がつけば、勉強会の記録していなかった・・・。
しかも、3回分も・・・。

ということで、駆け足で記録しようか。

まず1月下旬にあった勉強会。
大西君が選んだ本はこれ。
松永和紀 著 『踊る「食の安全」』:農薬から見る日本の食卓

農薬散布作業で気分を悪くし、
農薬に対するイメージが悪くなったので手に取った本とのこと。

この本の中身については、
僕自身が以前に書いた書評があるので
そちらを参照していただきたい。

農薬を議論するときに、
危険か安全かをゼロリスクで議論するのは
たぶん的外れなんだろう。
急性や慢性を含めた毒性の設定や、しきい値の設定などを
議論しても、多くの農薬反対論者には届かない気もする。
科学をどう用いて判断するのか、ばかりだけでなく、
科学そのものが自然を正しく記述できるのか、
の議論まで広がってしまう。
僕ら農家には、お手上げの世界。

農薬には天敵といった昆虫や菌の製剤も含まれている。
それは一見安全そうに思えるが、
大量にみんなが使いだせば、
当然、生態系に大きな影響を与え始める。

そもそも農業は自然を少し攪乱し、
その中に不自然な状況を作り出し、
僕らに有益な植物だけを育てようというのだから、
自然が均衡バランスを取るプロセスの一環で、
害虫と僕らが名付ける虫が発生するのも
いたしかないのだ。
その被害程度を、どこまでどの方法で抑えられるかで、
慣行農法、有機農法、自然農法それぞれに
やり方は違うが、その方向にあまり変わりはない。

ただ一つ、アンフェアだなと思うことが一つ。
無農薬や有機農業が無批判で安全と認識されている事だ。
虫が野菜につけば、野菜は食べられないために
アレルゲン物質を体内に作り対抗する。
その物質は、時に人にも有害であったりもする。
その有害度合いと農薬(天敵昆虫や菌も含めた)の危険性とを
きちんと比較してみてほしい。

キャベツのアレルゲンやコーヒー、お茶などは
発がん性で言えば、一部の農薬の原体よりもかなり危険なのだが
それは周知されていないまま。

僕らはもっとフェアにリスクと向かい合いたい。

虫や病気に常にさらされている
待ったなしの農業の現場は、
食べる側の“気分のリスク”には付き合いきれないのだ。


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僕の講演が、地元の新聞に小さく載った。
前回のJOCAオープンカレッジのものだった。
小さな記事だったのだが、
多くの方から、「載ってたね!」と声をかけられた。
素直にうれしい。

だが、許せないこともある。
それは、その記事の内容。
今回のオープンカレッジは、
僕にとっても大切な機会だった。
だから、これまで話したことのない話を
しようという覚悟で臨んでいた。

協力隊時代の苦労話や
活動時の現地の人との協働は、
もう僕の話す事じゃないと思っている。
僕は協力隊OBとして、その次の話をしたかった。
つまりは、経験を活かした社会貢献の話。

だから、講演の時間の半分以上が、
帰国後の話をしたつもりだった。
特に、隊員経験を活かしての
インドネシア研修生受け入れの話や
その研修内容やシステムには、
多くの説明の時間を費やし、
僕自身も多くのメッセージを込めたつもりだった。

だのに、新聞の記事は、
協力隊の苦労話が書かれていた。
最初に、導入として話した15分ほどの話が、
記事全体になっていた。
肝心の研修の話はたった2行で、
「2008年から同国の研修生を受け入れている」だけだった。
これから先の活動の未来の話は、書かれてなかった。

僕の話し方がまずかったのかもしれない。
だが、
実際、その場に居合わせた方からは、
新しい話が聴けた、や、
帰国後の活動が素晴らしい、などのコメントいただき、
好評だった。
僕も少し大きな次の未来を見据えて
話が出来て満足していた。
では、なんであんな記事になったのか。

講演前に記者は、
「今日は時間が無くて最後までいられないのですが、今日の話の要点を教えてください」と言ってきた。
確かに、小さな記事のために
50分の話なんて聞いていられなかったのだろう。
新聞記者が激務なのはわかる。
でも、あんな記事なら
書いてもらわない方が良かった。

新聞は書いたことが、「真実」になってしまう。
でも毎日毎日、あれだけの分量を書こうと言うと
至極大変なんだろう。
もちろん、特集やスクープには力を入れているのかもしれない。
それは「真実」のことを書いているのかもしれない。
でも、たとえ小さな記事だったとしても
こちらとしてもずいぶん想いを込めた
オープンカレッジだっただけに、
とても残念だった。


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今年度で、高志ミドリクラブ(4Hクラブ)を抜ける。
今日は、その最後の総会。

僕は協力隊終了後、25歳で同クラブに入った。
初めて入ったときは、
なんて生産性のないクラブだ、と正直思った。

何かをみんなで作り上げていこうという機運はなく、
(と僕が勝手に感じていただけかもしれないが)
ただの飲み会の集まりのように見えた。
今思えば、それはそれでとても大切だと思うが、
しかし、やはり、
それじゃ、時代に取り残されていくだけだ。

僕自身、このクラブに入ったり抜けたりと
紆余曲折はあったが、
最後の何年間は、いろんなことをさせてもらった。
同クラブで行った保育園の体験田んぼは、
本当の仲間を見つけたという意味で
今でもとても大切なターニングポイントになっている。

そして、今日の総会。
茶々を入れる人間はおらず、
前向きに議論し、
何かをやっていこうという活気に満ち溢れていた。
そんな時に抜ける自分が、
とても悔しいが、
それは、その年なのだから
潔く抜けよう。

25歳でミドリクラブに入った時に、
上の人たちを見て、
「早く抜けてくれればいいのに」
と僕は思い続けていた。
そして僕は今、その邪魔者になりつつある。

これまでお世話になった関係者の皆様に
この場を借りてお礼を申し上げたい。
生意気な僕にお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。

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先月末にインドネシアに行った。
というのは、以前書いた通り。

その時に、珍しくキャセパシフィックを利用して
香港経由でインドネシアに行った。
インドネシア行きの飛行機は、直行便やシンガポール経由だと
どうしても、帰路が夜行便になってしまう。

子連れで、夜行便に乗るのが
だんだんと億劫になってきたので、
今回は、行きも帰りも昼便になるキャセを利用した。

乗り継ぎの関係で、香港の空港に
2時間ほど滞在したのだが、
ぼーっとしているのも、もったいないので
ここぞとばかりに点心で飲茶をしていた。
その時に食べた大根餅がとても美味しかった。

これ、うちの紅芯大根や紫大根で作ったら、
もっときれいで、もっと美味しくなるんじゃない?
そんなことを妻と話して盛り上がっていた。
食い意地が張っている夫婦は、
どこへいっても、こんな調子。

そして、先日、妻が思い出したかのように、
紅芯大根と紫大根で、大根餅を作ってくれた。

色はピンク色になり、
大根も甘い時期だったので、すこぶる美味だった。
余りに美味しかったので、
明日分まで全部平らげてしまった。

我が家の定番が一つ増えた夜だった。

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JOCAオープンカレッジ

JOCAオープンカレッジで話をする。
「インドネシア農民と共に歩む」~地域開発に向けて~
と題打って、話をする。

今回は、研修事業の内容やその軌跡、
そしてこの取り組みがどう地域に還元されていくのかを
少し大きな話も交えてしてみた。

今回の講演で自分なりに考えてみたかった
テーマは3つ。
・国際協力と地元活性化の関係
・インドネシア農民と共に歩むの「共に歩む」って何?
・今の活動の先の未来は?

言いたいことは、ぼんやりとは解っていたが、
こうして話す機会を得られたことで、
僕なりに、この答えを探すことができた。

国際協力と地元活性の関係は、
どちらも「風」(よそ者)と「土」(地元の人)が
しっかりと関わることで織りなす
イノベーションだということ。
外の考え方に触れることで、
自分たちの常識が揺らぎ、壊れ、そして再構築するが
それは前と同じものではない。
研修生として日本に来ている彼らは、
日本の農村越しに、インドネシアを見る。
そして受け入れている僕らは、彼ら越しに
自分たちの地域を見る。
その視線が、イノベーションを生む。

共に歩むのは、
僕らは相互補完的にやっていけるのではないかと
良く考えるようになったからだ。
研修は、インドネシア人の出稼ぎで、
日本人にとっても安価な労働力という
イメージが付きまとうが、
その程度の関係では、イノベーションは生まれない。
しっかりと関係を持ち、
彼らを理解し、そして自分たちを理解する関係が生まれれば、
長期的には、僕らの新しい「風土」が生まれてくるに違いない。

そしてこれらの活動の先の未来は、
彼らの起業するビジネスを応援することで、
退廃した資本主義ではなく、
新しい支援の地平が見えてくるのではないかという
期待がある。
こちらの若者や消費者を引き連れての
スタディーツアーなどを行い、
BOPビジネスやフェアトレードといった
新しい関係が構築できないかを夢想する。

そこには支援という枠の中で、
彼らだけでなく、僕らまでもが変化していける関係が
あるんじゃないかと思っている。

よりフェアに、そしてより開放的に、
このつながりを得て、お互いの農業と農村は変わり続ける。
僕は、講演中に、
その未来を眺めていた。


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東京のインドネシア大使館から、農業担当官アルマン氏が来園。
実は昨年、来園していただく予定だったのだが、
東日本大震災の影響で、その予定はいったん消滅していた。

しかし、ご縁はまたつながり、
こうして、1年越しに来園が実現した。

アルマン氏は、僕の農園で実践している総合防除に
とても関心があったようだ。
彼の専門も、天敵防除ということで、
インドネシアにおける天敵防除についても
話を聞くことができた。

現時点では、天敵防除はやや難しいかもしれないが、
多雨な気候を活かして、菌による防除の可能性は高いと
氏も話してくれた。

また、インドネシアからの研修生の現状についても
意見交換できた。
出稼ぎ目的でくる場合、逃亡する人も少なくないという。
もちろん日本の受け入れ農園側にも大きな問題があるのだとか。
また帰国後も、日本で得た資金を活かしきれず、
浪費してしまうケースが多いのだとか。

そのため、氏は研修生の預金や日本で得た資金を
どうにかコントロールできないかと話していた。
研修制度を批判ししている団体の多くは、
そのコントロールを批判しているが、
インドネシア側からも、コントロールが必要という意見には、
少し驚いた。

僕のプログラムでは、コントロールはしないが、
帰国後に起業する場合、
少額ではあるが融資を受けられる制度を設けている。
そのマイクロファイナンスが、
彼らの資金を起業に向けさせ、
浪費することがないようになればと思っている。
氏の情報では、
インドネシア農業省でも、そうしたクレジットは行っているようで、
今後、そちらへのアプライも
支援していきたい。

インドネシアの有機農業の可能性では、
化成肥料を作る会社には、インドネシア政府から
一定の割合で有機肥料も作るように義務付けられているとのこと。
ただ、有機肥料を作るプラントを持っていないために
多くが外注に出されているのだとか。
うちの農園でやってるような大量の有機肥料生産のノウハウは
それだけで十分ビックビジネスになるらしい。
その辺りも研修生に講義しておく必要がある。

フリートレードの話にもなる。
インドネシアと中国はAFTAを結んでいるが、
初年度こそ黒字だったものの、あとは貿易赤字を抱えている。
そういうこともあってか、農業分野では
広域貿易圏に打って出ようという機運はまだまだ少ないのだとか。
農産物関税自体も、98年にIMFがやってきた時の混乱の傷跡があるので、
あまり乗り気でもなかった。
ただ、現状のように、
難しい国家試験を用意して、それに合格できなければ
日本で仕事ができないような制度には疑問を呈していた。
人の行き来という意味では、
広域のフリートレードエリアが実現し、
フェアーな国際ライセンスの実現があれば、
もっとチャンスを掴める人たちが増えるのだと思うのだが。

多岐にわたる意見交換ができ、
とても充実した1日だった。
インドネシア語で難しい話をするとやはり疲れる。
語学力の低下も感じた。

いろんな意味で勉強になった1日だった。

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種をまく。
まだまだ冬の空気だが、
農の営みは、すでに春や夏の準備を始めている。

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種をまくのは楽しい。
昨年の出来を語りながら、
今年はどうなるだろうかと思いを馳せながら種をまく。
今年もたくさん美味しい野菜が育ちますように。
それぞれの想いをこめて、種をまく。
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立春がすぎても、雪は降るし、気温も低い。
農作業がてらに聞いているラジオでも、
「立春が過ぎても、ぜんぜん春らしくないですね」
などと言っているパーソナリティがいた。

しかし、本当にそうか?

体が欲しがっているものに
耳を澄ましてみると、気が付かないかい?
春の苦味を食べたがっている自分に。

僕が年を取ったからなのだろうか、
それとも、自然と接する仕事をしているからなのだろうか、
暦のサイクルが、とてもしっくりくるようになっている。

そしてそれに合わせて、自然も応えてくれる。
上の写真は、なばな。
この時期、まだまだ寒いので甘いのだが、
真冬の甘ったるさはなく、春の苦みを
その味に感じられるようになってきている。
季節は、もう春なのだ。

このなばなは、西洋カブのなばなで
独特の風味と苦味がある。
茎もやわらかくておいしく、
妻がその味を味わうべく、
ペペロンチーノにしてくれた。

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甘い根菜類に別れを告げるのは
もう少し先だが、
すでに食卓には、春がのぼっている。

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根セロリの収穫が始まった。
一般の家庭向けではないので、スーパーには全然売れない野菜。
だからと言っても、業務向けでもあまり使われない。
でも、これがすこぶる美味しいから、
僕は栽培している。
いつかこの野菜が、一般家庭でも普通に使ってもらえたら、
と思っている。

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この時期の根セロリは、マイルドで甘く、
そして柔らかい。
生でも美味しい。
生なら、リンゴとナッツとの相性がいい。

今回は、
その根セロリを妻が、温サラダにしてくれた。
エビとアボガドと根セロリのサラダ。

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エビの香りとセロリの香りは良く合う。
本当に相性ばっちり。
ほろほろと口の中で
溶けるような根セロリの食感も手伝ってか、
この晩も、少し食べすぎてしまった。


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インドネシア研修生の座学の話。
今回は、IPM(総合防除)の授業で、
その中でも行動的防除について。

行動的防除とは、害虫&害獣の行動をコントロールすることで、
防除とする考え方。
では、それらの行動とは何があるのだろうか。

たぶん、動物学的昆虫学的に詳しく見ると、
害虫も害獣も複雑な社会を持っていたりするのだろうが、
ここでは簡単にコントロールできる次の4つの行動に目を向けたい。

交尾と生殖
食べ物の探索
捕食者からの防衛&逃亡
隠れ家への避難

害虫&害獣のこれらの行動を制御することが出来れば、
圃場での害虫密度をコントロールできる。
では、これらの行動を害虫&害獣はどう知覚して行っているのか。
それは、視覚・聴覚・嗅覚の3つ。

彼女ら彼らの上記の行動中に、
3つの感覚いずれかにうったえることが出来れば、
彼ら彼女らは危険だと誤解したり、メスと間違えたり、混乱したりし、
圃場への侵入を防ぐことができるというのものである。

何か難しく書いたが、
これらはごくありふれたやり方で、
通常、多く農家が取り入れている。
田んぼの「かかし」は、鳥の視覚に危険だと訴えているし、
ネズミ取りのかごの設置は、捕食行動を利用している。
圃場の周りを除草するのは、
避難場所を取り除くためでもある。

もう少し専門的なものとしては、
黄色蛍光灯を利用して、オオタバコガの視覚に訴え、
産卵場所を知覚できなくする方法や、
銀マルチや銀シートを利用して、
アブラムシの視覚に訴え、どこに作物があるのか解らなくして、
飛来を防ぐ方法などもある。

うちの農園でも、
ハスモンヨトウやコナガ等は、
フェロモントラップを利用して、メスの出すフェロモンを利用して、
オスを生け捕りにしたり、
逆に、メスの出すフェロモンを邪魔する匂いを圃場にぶら下げ、
オスとメスが出会えなくしたりもしている。

インドネシアだけでなく、
日本でも誤解している人たちがいるのだが、
行動的防除は、その対象となる作物において、
主たる防除標的をはっきりさせないと効果は無い。
そしてその防除標的の行動をしっかりと把握し、
その行動にあった設置を心がけないと、
ただ「効くから」といって、圃場にそれらの資材を設置しても
ほとんど効果は無いのだ。
そして、主たる防除標的は、地域差もあることを
忘れてはならない。
防除標的を決定し、彼女ら彼らの4つ行動を把握し、
それがどの知覚(3つの知覚)で判断されいるかを知り、
その行動に合わせて、その知覚にあった資材を設置すれば、
かなりの効果を得られるだろう。

インドネシアの研修生の子たちには、
次のような宿題を出した。
帰国後に植えたいと思っている作物を一つ決め、
その作物の主たる防除標的を決めなさい。
そしてその防除標的の4つの行動と知覚を説明し、
それに合わせた資材を選択し、圃場にどう設置するのかを
デザインしてみなさい、という宿題。

効果の派手な防除法じゃないが、
この防除法のロジックをしっかりと理解し実践することが、
総合防除の成功のカギでもあるのだ。


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インドネシアに行く。
今回の目的地は、スラウェシ島のゴア県。
スラウェシ島は、
インドネシアの地図で、
真ん中あたりにある「K」のような形をした島。
協力隊の時に居た島であり、
大学院時代に修士論文の調査をした島でもある。

さて、今回の旅行は、
ゴア県の水利組合を調査するのが目的だった。
妻が参加している研究会の調査で、
僕は妻の「鞄持ち」と言ったところだろうか。

ビリビリダムという円借款で整備し直した大きな灌漑がある。
JICA専門家のプロジェクトや
現地NGOや青年海外協力隊などが入り、
その灌漑の利用や建設に力を注いできた。
そしてその灌漑を村レベルで運営しているのが、水利組合。
だが、上手くいっている水利組合とそうじゃない組合とがあり、
まぁ、ざっくりといえば、
どうしてそんな差が出てくるのかを
予備調査に行ったというわけである。

その水利組合に関する調査は、
妻たちの研究に任せるとしよう。
さて、お気軽な身分の「鞄持ち」は、
6歳の幼子を子守しつつ、
妻たちの調査結果や
関係機関との打ち合わせをつまみ食いしながら、
村の中をぶらぶらと歩き回るのである。
これが一番、美味しい役どころ。

今回、ぶらぶらとした村は、
修士論文で調査した村から、
そう遠くない場所でもあったので、
調査結果のつまみ食いとぶらぶら歩きだけでも
それなりに村人の生計が見えてきた。

水田稲作が中心の村で、
灌漑のおかげで年に2回の米作が出来る。
しかも、その米作の間に、トウモロコシや野菜などの
短期の作物も1回作れるという。
水に困らない地域は、やはり比較的に裕福だ。
家も立派なレンガ造りが多い。
田んぼも見たが、
稲作の一部に深刻ないもち病が出ていたこと以外は、
特に問題もなく、
良く仕事された田んぼが広がっていた。

妻の調査結果をつまみ食いしていて
驚いたのは、皆、大きな農外収入を持っていたことだった。
そしてそれは、
特別な技術は必要なく、
特別な資産も必要なく、
学歴もいらない。
そんな就業機会がその村にあったのだ。
それは「レンガ」。
粘土を固めて、乾燥させ、
積み上げて、軽く焼くだけの、
粗いレンガ。
この村一帯の土が、そのレンガ造りに向いていた。

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農家の生計戦略の調査でも、
レンガ造りが大きなウエイトを占めており、
米は食っていくために必要として
高く認識されていたが、
レンガ造りのような収入としての期待は低かった。

調査した村では、
所有農地は、平均的に50aを切っており
(調査した農家では25a程度だった)、
たとえ灌漑で2、3回作付出来たとしても、
何か特別な差別化が出来なければ、
通常の作物では、ちょっと食っていけない面積なのに、
みんなレンガ造りのやや裕福な家に住んでいた理由は、
これで解けた。

修士論文の調査をしたのは2005年のこと。
その時も、確かに調査村で、今後期待が持てる産業として、
村の中のレンガ造りを調査した。
だが、その時は、数件の事業者が、
やや大きな規模で、専業でその仕事をしていた。
今回の調査した村は、その村とは違うが、
それでも各家庭レベルで小さな家内工業として、
レンガ造りに取り組んでいたのは、
僕にはとても特異に映った。

では、その粗雑なレンガの需要はあるのだろうか。
答えは、街にあった。
この村は、
マカッサルという地方の大都市から1時間と離れていない。
そしてそのマカッサルは、今、建設ラッシュ。
次から次へとショッピングモールやホテルが建ち、
東南アジア最大の遊園地まで出来ている。
車やバイクが喧しく行き交い、
昔馴染みだった店たちも、
すっかり新しく様変わりしていた。
隊員時代に、
良く行っていた簡素な郊外にあったプールは、
とっくに廃業になり、
周りは住宅やモールが立ち並び、
その跡地には、シェラトンホテルの建設計画があるらしい。
もう、別世界。
その好景気というか、建設ラッシュが、
村々の家内工業で作られたレンガを吸い上げているのである。

マカッサル建設現場


村の中に、無作為にできているため池は、
レンガのために土をとったからだという。
農村が、農業に必要な土を切り売りして生計を立てているなんて!
これじゃ、資源の食いつぶしで、再生産できない。
そんな危惧をしていたのだが、
NGOの職員は、
「最近は、村人は自分たちの土地の土を使わず、外から買ってくるみたい。レンガを燃やす木も外部から買ってくるようです」
と教えてくれた。
街を中心に建築資材の生産という形で
近辺の村で家内工業が発展し、
そしてさらにその外部では、資源を切り売りする構図というわけか。

一方、街のスーパーなどもぶらぶらと見学した。
相変わらず、そこにあったのは品質の悪い野菜たちだった。
市場ではいろんな野菜が手に入るようになったと、
マカッサルに住んでいる日本人から聞いたが、
品質はどうなんだろうか。
差別化可能な農作物の市場が、
急成長の街で生まれない限り、
その近辺の村は、農地やその資源を大切に扱わない。
村だけが、急成長から取り残されるのは、
まっぴらごめんだが、
消費され続けて、再生産できないのも、
農の営みのサイクルからは外れてしまう。

街のショッピングモールにあった野菜には、
堂々と「オーガニック」と記載されていたが、
黒ずんで見るに堪えないものばかりだった。
雑多に集まる既存の一般の市場では、差別化が難しい。
販売戦略と流通経路、そしてその価値が分かるような、
市場の仕組みが欲しいが、
今のところは、それは感じられなかった。
無ければ作ればいいのだが、
どこまで農家がマネジメントできるかというと
かなり難しいだろう。

帰りにマカッサルの大きな本屋に立ち寄った。
農業関連の本棚には、
「有機」「オーガニック」の文字をつけた表題の本が溢れていた。
機運はあるんだろう。
だが、家内工業に手を出す方が、
今はもっとも実現可能な「成功」なんだろうか。
街の成長は、どの方向にゆくのか解らないが、
近郊農業の行く末は、
その市場をこじ開けられるかどうかがカギになるのだろう。
そしてこれは、何もマカッサル近郊だけの話じゃない。
うちでやっている研修の卒業生たちと、
その市場をどうこじ開けていけるか、
農家主導でどこまでマネジメントができるか、
それが今後の課題だと思う。

喧噪の絶えないマカッサルの夜な夜な、
ビールを飲みながら、そんなことを考えていた。



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すっかり記録するのを忘れていた。
インドネシア行きの前に、
インドネシア農業研修生を支援する会
「Yayasan kuncup harapan tani 耕志の会」
の総会を
1月24日に開いた。

今回で、2回目となる総会。
昨年の活動報告と予算報告、
そして今年の活動計画と予算計画を話し合った。

昨年の総会は、
活動内容や計画を僕が主導して立てたが、
今回は違う。
1年やってきて、みんなそれぞれに「こうしたい!、
という想いも出てきた。
自分の地域発展にしっかりと目を向けて、
それに対して高いモティベーションを持っている証拠だろう。

全員の想いを盛り込んだ予算案は、
夢と同じくらい膨らんでいる。
自己学習に回す資金も増え、
小規模融資の資金も潤沢になった。

この日、うれしい知らせもメンバーからあった。
昨年、帰国したヘンドラ君が、
農業グループを立ち上げて、
現地のケチャップ会社と契約して、
トウガラシの有機栽培に乗り出そうとしているらしい。

新役員も決まり、
満場一致で賛成の拍手。
小さな取り組みに見えるかもしれないが、
僕にはとても大きな一歩に思えた。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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メールは
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