2011年を振り返って、
僕の周りの出来事の10大ニュース。
ちなみに、まったく時事問題は
反映していませんのであしからず。

10位 お野菜おまかせ便スタート
知り合いの女性からもらった一本の電話。
その電話から、野菜の詰め合わせを個人宅配する
おまかせ便が始まった。
Facebookのみでの紹介だったのだが、
回を重ねるごとに、注文数が徐々に増えて行き、
新しい農業の可能性とその地平を僕に教えてくれた。
売るという行為じゃなく、
つながるという行為。
そこに僕らがまっとうに農を営んでいく世界が
広がっているように今は見える。
来年も、続けていきたい。


9位 テレビに出る
テレビの対談番組に2度出演。
その他、テレビ1回、講演6回、パネルディスカッション1回。
新聞や雑誌でも何度か取り上げてもらう年になった。
果てには、福井の選挙のポスターにまで登場。
自分でも少し出すぎた年のようにも思う。
まぁ、来年はこんなことはないだろうけどね。


8位 勉強会スタート
若手の有志で勉強会をスタート。
林君が研修でうちに来た時に、
彼と二人で始めた勉強会だったのだが、
今年から、いろんな人を加えて再スタートした。
多い時で10名以上が参加。
来年も続けていきたいので、
参加希望の方、お待ちしております!


7位 良く作って、良く調理し、良く食べた
今年はいろんなものを良く栽培し、
そして、それを妻と一緒に良く調理し、
そしてそして、家族みんなで良く食べた。
満たされた生活とは、たぶん、こういうことだと思う。
グルメや美食、B級グルメもみんなそのものの味だけを
フォーカスしているが、本当は食事はそんなもんじゃない。
栄養や効能を意識するのも、
どこか少しずれている気がする。
要は「食べごと」なんじゃなかろうか。
食べるという行為を通じて、
僕らは情緒を豊かにし、
自然や人とのつながりを意識する。
その場に流れる空気と
一緒に食べる人との関係や、
そこにはいないけど、
その食事を通じて意識する人との関係までをも、
丸ごと食す。
「美味しい」ってたぶん、そういうことだと思う。
来年も、たくさん作って、
たくさん料理して、
たくさん一緒に食べようと思う。
おまかせ便もここに通じるようにも思う。


6位 初の研修卒業生
2008年から始めた農業研修プログラムで、
初めて卒業生がインドネシアに帰国した。
研修第一期生だった彼。
有機肥料の研究をし、
インドネシアでも実践したいと語ってくれた。
インドネシアとの関係もいよいよ深まっていくだろう。
来年はもっと加速していきたい。


5位 NGOの立ち上げ
初の研修卒業生が出たということもあって、
研修卒業生を支援する団体を3月に立ち上げる。
Yayasan Kuncup Harapan Tani(耕志の会)という団体。
農園たやでの実習や研修事業もこの会が担当し、
さまざまな方から支援を頂いている。
卒業生を支援する活動を通じて、
インドネシアの農村・農業支援にも力を入れていきたい!
サポーターの方は随時募集中ですので、
興味のある方はご連絡くださいませ。


4位 人で泣き、人で笑う
今年の農園は、まさにこれだった。
いろんな人が農園で働いてくれたが、
人と一緒に仕事をする大変さと、
そして一緒に仕事をする楽しさを
良く味わった1年だった。
辞めていった人も、
これから一緒に頑張ろうという人も、
それらの人たちのおかげで、僕も経営者として、
一つ成長できたようにも思う。
そして、そんないろんな人々が通り過ぎていく中で、
一人面白い若者が飛び込んできた。
僕はここ数年、自分の農業を一緒に盛り上げてくれる
パートナーを探していた。
見学に行く先進農家のほとんどから、
「よきパートナーを見つけなさい」と助言されてきた。
そして、この人か、この人か、とこれまで探し続けてきたが、
今年舞い込んできた彼が、
もしかしたら、そのパートナーになるのかもしれない、と
思うことが良くある。
いずれにせよ、人に泣き、人に笑った1年だった。


3位 娘の運動会
娘の保育園の運動会。
ただの運動会じゃない。
年長組の娘の出番は多く、さらに、その競技も難しいものばかり。
運動神経が抜群というわけじゃなく、
どちらかといえば、怖がりの彼女は、
運動が苦手な方だろう。
そして、僕や妻の軽薄な性格に似たのだと思うが、
真面目にやらなければいけない時に
真面目にできないおちゃらけキャラ。
出来ない競技を前にして、たぶん悪ふざけばっかりを
しでかすんじゃないかと心配していたのだが、
全く反対だった。
僕や妻が見たこともない娘が運動会はいた。
真面目に真剣に、始めから終わりまで取り組んでいた。
練習では失敗ばかりしていた竹馬を上手に乗りこなし、
周りが軒並み失敗する跳び箱では、上手に飛び、
大差をつけられた紅白リレーでは、まじめに走らない子が
続出する中で、彼女は真剣に走っていた。
本当にびっくりの運動会だった。
この1年で、娘の成長には本当に驚く。
精神的にもしっかりしてきて、
言葉や考え方も安定してきた。
成長を眺めることほど、幸せなことはない。
子育ては本当に楽しい。
大変なことも多いけど。


2位 妻1年間に3冊本を出す
妻が編者になって本が出版された。
「支援のフィールドワーク」。
それ以外に、共著で2冊。
「フィールドワーカーズハンドブック」。
「開発援助と人類学」。
編者になって書いた本を題材に、学会ではセッションを組み、
初座長も務めていた。
本当に精力的な女性だと頭が下がる。
不在中にたまっている家事を一気にこなし、
遠距離の通勤をものともせず、
それらのハンディがあっても、
こうしてその分野で活躍している。
さらに料理もセミプロ並み。
本当に素晴らしい人だと思う。
彼女を見ていると、
自分がどんなに小さいかを実感する。
僕も負けてはいられない。


1位 日比谷公会堂での発表
今年の一番はやはりこれだろう。
JA青年部の青年の主張部門で全国大会に出場した。
全国の予選を勝ち抜いた6人だけが、
その場で発表する栄誉が与えられる。
その一人として、日比谷公会堂という大きな会場で、
発表できたことを誇りに思う。
いろんな人が応援に駆け付けてくれた。
その応援に後押しされるように、
1500名以上いた会場では、
自分が思っていた以上に熱く発表することが出来た。
10分4秒という、あと1秒でも過ぎると減点になるという、
時間いっぱいいっぱいの発表。
もうあんなテンションで話をすることはないだろう。
とても良い経験になりました。

2011年は、本当にいろんなことがありました。
ひどく忙しい年で、昼休みや休日もあまりありませんでした。
そのためか、随分と老け込んだ気もします。
ですが、とても充実した1年でもありました。
大変だったからこそ、後になって振り返れば、
きっと自分が大きく成長した1年だったと、
いつか思える時が来るんじゃないかと思っています。

来年もたぶん、きつく辛い1年になるんだろうと思います。
そういう道を好き好んで歩いているので、
しょうがないのでしょうが。

今年1年、このブログに付き合っていただき、
ありがとうございます。
来年もまた、よろしくお付き合いのほどお願いいたします。
では、良いお年をお迎えください。


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今年はいろいろな大根を栽培した。
中が赤い大根だけでなく(紅芯大根)、
中が緑(ビタミン大根)、紫色の大根、
そして外側が黒い大根も。

辛み大根も作った。
カラフルな色が好きなので、紫と緑の2つの辛み大根。

その辛み大根がたくさんハネ品が出たので、
近所でそばを打っている知り合いの方に、
おすそ分けした。

そうしたら、お礼にとおそばを持ってきてくれた。
その方たちは、自分でそばを育て、自分たちで製粉し、
そして自分たちで打つ。
とても美味しいそばを作る人たち。

そのそばを昼に食べた。
そのまま食べるんじゃ、何かもったいないので、
自分の栽培している紫大根(甘い大根)を使って、
おろしそばに。

大根の紫色がとてもきれいで、
こだわりのそばに花を添えてくれた。
今度は、赤い大根(紅芯大根)や
緑の大根(ビタミン大根)でもやってみようっと。
きっと、色とりどりできれいで楽しいに違いない。

皆さんも
いつもとちょっと違う、ちょっと贅沢な
年越しそばはいかがでしょうか?

(調理のコツは、コメント欄へ)


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12月7日にあった有志の勉強会を
今更ながらに記録しよう。

この日の勉強会は、僕の発表の番。
読んだ本はこれ。
斎藤 潔 著 「アメリカ農業を読む」. 2009. 農林統計出版

TPPで日本を食い物にしようとしていると、
激しく喧伝されているアメリカのおひざ元の農業は、
一体どうなっているんだろう?
ざぞや、TPPでアメリカファーマー達は、
ウハウハになるに違いない。
そんな疑問から、本書を取り上げる。

本書の構成は2部で、
1部では、現代のアメリカの農業を統計データを使って解説している。
2部では、アメリカの過去の政策に遡って、
今の生産様式が生まれてきた背景を統計と政策史から読み解いている。

今回勉強会で取り上げたのは1部のみ。
全体を取り上げるとテーマが大きくなりすぎて、
勉強会の議論も良くわからないままになりがちなので。

さて、この本は、統計データで
アメリカ農業の一体何を見ようとしているのだろうか。
それは、戦後から80年代にかけて1/3に農家数を激減させながら、
大規模化一直線と小規模兼業の2極化を際立たせ、
規模が多いほど、政府による補助金にまみれ、
遺伝子組み換え作物の導入で農民としての創意工夫を失い、
余り続ける穀類を無理やり加工して、廉価で高カロリーの食べ物で
貧困層に肥満が蔓延するというアメリカを創り上げてきた、
というのが著者の主張の中心だろう。

補助金の統計(2005年のデータ)では、
農業所得が100,000ドル以上の大規模農場が、
全体の補助金受給農場の11%程度だが、
補助金のシェアは44%もあり、
平均で52,624ドルも貰っているのである。
補助金の受給額が150,000ドル以上の農場では、
補助金が農業所得の49.7%を占めているという。
何も考えず、ただただ耕作面積を増やせば、
それで儲かるという農業の図式がここでは浮き彫りになっている。

補助金が社会福祉なのか、
それとも産業活性へのカンフル剤なのか、
いろいろと政治学の中では議論があるんだろうけど、
この統計で浮き彫りになっている生産様式には、
そのどちらも当てはまらない。
ただ単に補助金が既得権益化し、
作りすぎているにもかかわらず、
(それによって肥満による重大な疾患者を大量に再生産しながら)、
さらに作り続けることで、
その疾患で苦しむ人々を含む国民の税金から利益を得られるという、
ねずみ講やマルチ商法もびっくりな構造がそこにはある。
良く破綻しないもんだ。

ただオルタナティブが無いわけでもない。
それがオーガニック農業の台頭だろう。
日本の提携に学んだCSA(Community Supported Agriculture)も
近年盛んになっている。
作りすぎから生まれた、低投入農業をその原型としつつも、
独自にIPMを発展させ、
その中で産声を上げたアメリカのオーガニック農業。
著者は半官制の匂いが残るとやや批判的ではあるが、
上記のような作りすぎの構造から
持続可能な農業構造へのシフトは必要だろう。
日本のように、瑣末な「有機」への定義や方法論、
また正統性の主張合戦にならなければ、
この地平には、まだまだ可能性を感じる。

本書は、
肥満への考察も鋭い。
肥満の指標とされているBMIの値が30以上の人の比率は、
1960年代で全人口の13.3%だったのだが
1994年頃から急激に上昇し、
2002年で31.1%まで上昇している。
またその予備軍としてBMI値が25以上は、
2002年で全人口の65.2%という驚異的な数値。
人口の7割近い人が、肥満かその予備軍というわけだ。
子供の肥満も1994年ごろから急上昇しており、
2004年の肥満率は1980年に比べて3倍以上となっている。

では、何を食べて太ったのか。
1960年から2000年の食品群の1人当たりの供給量をみると、
ダントツに増えているのが、穀類と脂肪・オイル、そして野菜である。
意外に肉はそれほど増えてはいない。
中でも急増しているのが穀類で、4割近くアップしている。
トウモロコシのカスから作られる甘味料や
コーンスターチなどで作り上げられる廉価な食べ物を
大量に食べることで、アメリカ人は人類史に類を見ないほど
太っていっている。
太りすぎをストップさせるために2006年に連邦政府は、
全米の小中高において、加糖飲料および牛乳の販売を禁止したらしい。
コカコーラやペプシなどの大手飲料メーカーは、
カロリーオフのダイエット飲料に移行しているため、
この決定には全面的に賛成だったとか。
こうして、良質の牛乳は子供たちから遠ざけられ、
飲料メーカーの穀類甘味料で太った子供たちは、
そのメーカーのダイエット飲料を
必要以上に摂取する構造のなかであがくことになってしまった。
なんと素晴らしい世界!

作りすぎを助長する補助金と、
栽培管理が遺伝子組み換え作物でさらに簡便化され、
作りすぎるほど儲かる図式を抱えながら
(それは、立ち止まることも考えることも許されない)、
余りすぎる食べ物を砕いて絞って加工して、
廉価な食品に換え、
もうおなか一杯にもかかわらず、
さらにそれをねじ込もうという販売戦略。
著者の肩越しから見えるアメリカの農業は、
暴走列車のごとく、悲鳴ともとれる享楽の笑いを上げながら、
真っ黒な闇に向かって突き進んでいるようにも見える。

これが、TPPを推し進めようという国の農業なのだ。
その暴走列車が、まもなく日本にもやってくる。
バスに乗り遅れないように、と言っている政府関係者のいう「バス」は、
この暴走列車のことなのだろうか。

実は、もう日本もこの列車に乗っているのかもしれない。
作っても儲からない大麦を補助でなんとか黒字にし、
米は砕いて粉にして使い、
飼料として家畜にまで食わす。
戸別補償は、まだ減反の箍が外れていないが、
作っただけでもらえる補助であることは間違いない。
必要なものを必要なだけ作るんじゃなく、
効率と大規模化を刺激する政策にもなりうる。
まるで、アメリカの農業そのものじゃないか。

この列車には、勝者なんて乗っていない、と僕は思う。
乗っているのは、行き先もわからず、悲鳴をあげている人々だけだ。

ほら、列車の汽笛が聞こえてきましたよ。
貴方は、その列車に乗るための心の準備はもう出来ていますか?



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正月に向けて、かぶを出荷中。
外気が寒すぎて、洗浄する水が
逆に温かく感じたりもする。

かぶの畑は、とてもぬかるんでいる。
かぶ自体も大きくて重い。
なので、ずいぶんと体力は消耗する。
年末まで、この作業は続く。

でも、あまり辛さを感じない。
この作業の先にある正月を感じるからなのか、
作業中のみんなの声は、
やけに明るい。

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「座・タイムリーふくい」に出演する。
“若手農業者が大いに語る!:農村のこれからのために・・”
というお題だった。
出演したのは、サツマイモ農家の吉村夫妻と、
大野を中心に県内の農産物流通に携わる
笑人堂農業部門代表の中川氏。

若手農業者が大いに語る、と題されているが、
もう37歳になる僕は果たして若手に入るのだろうか?と
見ておられた方々は、疑問に思ったのではないか。
だが、この業界では、
80歳代のJA青年部部員もいるという噂(四国の話)なので、
気持ちさえ若ければ、若手ということで勘弁していただきたい。

テレビでは、議論はまとまりを見せず、
最後には、なんだかやる気のある若手と流通がしっかり手を結んで、
儲かる形での農業を作って行こう!という落としどころに
落ち着いてしまったが、
出演した各々は、たぶん消化不良ではなかったのだろうかと思う。

番組の流れとしては、
TPPへの参入で、農業者人口がさらに減り、
それがひいては限界集落を増やし、
国土保全すらむずかしくなるんじゃないか、という
方向の議論だったのかもしれない。
打ち合わせの段階で、僕は、
日本の人口が減少に向かっている今、
日本と言うマーケットを維持させていくには、
TPPのようなフリートレード(2国間じゃなく域内の)が
必要になってくるんだと思う、と話した。
ただ僕は、何もフリートレード推進者というわけではないので、
それだけはきちんと断っておきたい。

戦後、村から街へと人の流れを構造的に作り上げていったように、
今度は途上国から先進国へ人と財の流れを作る必要があるんだろう。
大きなマーケットを維持するには、
そこには、循環するべき大量の資源が必要になる。
人もお金も自然資源も技術も知的財産も、すべてが、
滞りなく流れる必要がある。
その流れの中で、サービスとチャンスを準備できた地域が、
大きなマーケットとして成長する。
なので、人口の減少で内需の拡大ではやっていけないし、
金融(つまりお金がお金を生み出す方法)で増えたお金は
そもそもバブルでしかないとなると、
この自然資源の乏しい日本の場合、
実質的に流れる資源が今後減っていく中で、
単純な富を求めるのではなく、生活の質を高めるための、
(本当の豊かさという意味での)
経済の停滞もしくは後退の哲学を練り上げていけばいいのだが、
そうはならないだろう。
たぶん、次の新ステージとして(もしくは最後のあがきとして)、
域内のフリートレードに目を向けているんだろうと思う。

フリートレードはフェアであるという側面もある。
だが、どの国も同じスタートラインに立っているわけじゃないので、
その意味で、すでにアンフェアとしか言いようがない。
基盤整備や法整備&人材に多額の資金と時間がかかる国も多いのだ。
100m走でいえば、アメリカや日本といった先進国は、
すでに60mくらいまで走っている状態で、
他はスタートするようなものでもある。
グローバルスタンダードは、画一的な正義と物の見方で
迫ってくるので、対応できない地域や国は、
やはり食い物にされてしまう可能性もある。

そういう意味では、TPP自体も別として、
またTPPで農業がどうのこうのは別にして、
またまた、今日本に住んでいる人たちがどうなるかも別にして、
日本に出来上がっている
巨大なマーケット(そんなもんに意志なんてないだろうけど)には、
フリートレードは、
ある意味それなりに旨みがある話なんだろうとは思う。
人と金と自然資源を吸い上げるシステムが
不平等な状況でさらに加速する可能性を含んでいるのだから。

今回の議論は、僕にとっては、
その中での農村問題でもあった。
減りゆく人々を、株式会社や外国人でまかなえるのか、というのが、
実は吉村氏&中川氏との論点でもあったんだと思う。
中川氏が、
「個人的な興味で農業をしてみたいという人が、地域に群がってきても、それはコミュニティと呼べるのか」と言う発言や、
「関わってくれる人たちが、僕らのように地域に愛着を持ってくれるのかどうか」
という吉村氏の発言は、
これから農村コミュニティをどう維持していくか、について、
とても重要な指摘をしてくれていた。
これを受けて、僕なりに意見を話したつもりだが、
それらは一つの議論として収斂されず、
テレビでは散発的でもあった。

僕は、農村コミュニティに外部の人間(肌の色・国籍を問わず)が
大いにかかわってもらうことは別段、悪い事とは思わない。
確かに中川氏が言うように、個人的な興味で、
市民農園のように週末に少しだけ土いじりをしたいという人が、
野菜作りの土地目的に近郊もしくは山間地の集落に
群がるように来たとしても、
たぶん、その人たちは別に集落コミュニティに
興味があってくるわけでもないので、
それで集落が維持できるのかどうかの疑問はある。
それどころか、たぶん中川氏が言いたかったのは、
それで外部の人間に乗っ取られるとは言わないまでも、
イニシアティブが内部ではなく外部になってしまうんじゃないか、
という危惧も、その言葉の中にはあったんじゃないだろうか。
そこに住む人よりも、外部からの利用者が増えれば、
外部の人の便宜が優先してしまうことは火を見るよりも明らかである。
さらには、我が師匠が常々懸念していることとして、
農家主体(つまりその集落の居住者)の市民農園ではなく、
外部からマッチング会社による市民農園が増えることで、
業主としての主体性を失われるという問題と、
生産の現場と居住空間も同時に包含する農村において、
ビジネスしての外部利用者のサービス優先が、
居住者へのサービスの低下を招きかねないのである。
もちろん、居住者が業主であっても、
農村にはいろんな人々が住んでいるので、
業主が自分のビジネス優先になれば、
当然、他の人が不利益を被ることにもなるだろうけど。

また中川氏は、震災や災害後に、
その外から群がってきていた人たちは、また本当に戻ってきて
復興に力を注いでくれるんだろうか、とも言っていた。

テレビでの議論では、
僕は「そうなってみないとわからない」とあやふやに答えるのみだった。
ここではもう少し落ち着いて書いてみよう。
災害に直面した場合、たとえ内部の人間であっても、
離農したり、他の地域に移っていく人は少なくない。
だから、内部なのか外部なのかの議論はいまいち当てはまらない。
たぶん僕も家族の事情などがあれば、
この地で被災した場合、離農もありうるだろうと思っている。
個人的な理由も多く、出て行ったとしても、
それは誰も咎められないし、
それで愛着が無かったかどうかなどとは考えられないはずだ。

株式会社が農業に参入してきた場合も言えるだろう。
農地の資源を食い尽くすだけ食い尽くし、消耗したら別へ、
という意見だったが、
株式会社すべてがそうではないことは事例をあげたらきりがない。
これは会社かどうかに限らずだが、
その生業が儲からない時は、たぶん撤退もあるんだろう。
以前、石川の六星について書いたエントリーで、
株式会社が村になれるのかについて記録したが、
たぶん、それは今でもなれないと思っている。
農業の利益を追求することと、
村の構成員が、そこに住む人々の全体の福祉向上を目指す事は、
そもそもベクトルが違うのだから。
ただそこに居住しない人々が、
農村という場で、農業という業を行う場合、
農村と切り離して、農業だけの付き合いになるのか、
それとも、なんらかの相互作用が生まれるのか、
僕の関心はそこにある。

コミュニティを考える時に、僕はひとつ気を付けたいことがある。
それは、どの時点でそのコミュニティを評価するのか、と言う事。
コミュニティは、そこに集う人たちで作られ、そして変化していく。
ドラスティスな変化だけを注目して話をしても、
全体像はわからない。
僕の農園には、集落外の人間がたくさん関わっている。
肌の色も国籍も違う。
それでも村の行事には積極的にかかわってくれている。
JA青年部がやっている集落の江堀(用水掃除)には、
セネガル人のイブライが参加し盛り上げてくれる。
今年の村の祭りには、
インドネシアの研修生が、
フィナーレを飾るの民謡(踊り)に参加して、
場を沸かしてくれた(僕は酔いつぶれていたけど)。
今年から農園にかかわってくれている大西君は、
農業外の業種から飛び込んできた珍しい若者で、
集落内の土地を買い、家を建てる計画中だ。
農業というベースも無く、国籍も違い、肌の色も違う。
でも、それでもみんなここでの農業仕事に精を出し、
そしてここにそれぞれの愛着を感じながら、関わってくれている。
そして災害が起きたり、それぞれの事情が変われば、
たぶん、僕も含めてだが、ここに留まれないかもしれない。
その留まれなかった時点を評価するのではなく、
今関わっているプロセスを僕は注目したいと思っている。
終わりなく変化続けるものを、
結果に答えを求めるのではなく、そのプロセスに。

もちろん、そのプロセスは良い事ばかりじゃない。
集落の田圃を作りにやってくる他所の法人は、
集落の農家組合からお願いしている草刈りや泥揚げをしなかったりするが、
それはそれで組合の中で問題にしながら、
口うるさく通達をしていくことになる。
それも含めてのプロセスなのだ。

吉村君が言った「愛着」は、
テレビでも言ったが、僕らの愛着と外から来た人の愛着は、
たぶん違う。
僕らが良いと思うことを、良いとは思わないかもしれない。
そしてその反対も然り。
僕らが変化できるのは、その違いが混在するからなのだ。
スタッフブログで、大西君が高屋町の良い所を写真に撮っていたが、
僕はそのどれもが当たり前の風景過ぎて、
ぜんぜん良いとは思えなかった。
彼のブログを見て、
あんなにつまらないモノが、そんな風にも見えるんだなぁ、
と感心したくらいだ。
その想いの違いが、僕らに新しい気付きを与えてくれ、
そして、僕らが変わっていく萌芽があるように思える。
だとすると、フリートレードで世界がどんなふうに変わっていくとしても、
その中で、関わり続けるプレイヤー(アクター)の参加機会が、
増大するのであれば、その増大する機会は、
僕は積極的に取り込んでいきたいと思っている。
廉価な労働という安易な考えではなく。
そして、もっとフェアな関係を含み、かつ構築しながら。
これは何かのモデルになるわけでもないが、
こうした事例を積み上げていく作業の中で、
僕らは何に関心を向けなければいけないのかが
少しでも見えてくることを願っている。

もう一度書こう。
終わりなく変わり続けるものに、
どの時点かを区切って結果と見るのは正しくない。
コミュニティの在り方は、
結果ではなく、受動と能動・内と外のはざまから、
生み出される変化のプロセスなんだと僕は思う。




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前回の続き

では、次に販路はどうなのだろう。
販路は、ほぼ一つだけ。
それは買い取り商人への販売のみだとか。
彼の地域では、それぞれの果樹の季節になると、
買い取り商人が村にやってくる。
毎年くる商人もいるが、一見さんの商人もいる。
その商人は血縁者や同じ村の人だったりもするが、
多くは村外の赤の他人。

彼らは、ぶらりと村に立ち寄り、農家と軒先で交渉する。
値段のつけ方は、日本とはかなり異なる。
個数やキロ単位で交渉はしない(ヤシの実は個数単位)。
普通は、その果樹の木1本幾らで交渉になる。
ここからは買い取り商人の腕の見せ所だ。
ざっと見て、何本の果樹トータルで幾ら、とそろばんをはじく。
その木にどれくらい実がなっているのかは、
目視による見当となる。
見当を誤れば、損になるのだ。
だが、タタン曰く
「彼らが損をすることは絶対ないです」だそうだ。
実に虫が入り込んでいたり、
なかが腐っていたりというイレギュラーが
たとえあっても、一度交渉が成立してしまうと
その損は買い取り商人が負うことになる。
だとしたら、防除を怠っても
見えない虫食い程度であれば、良いというわけか?
でもそうでもないらしい。
一度そういう木をかまされると買い取り商人は
その家を敬遠するらしい。
買い取り商人のネットワークがあるのか、
その家には買い取り商人そのものが寄り付かなくなるか、
次年度は安く買いたたかれるもとになるらしい。

では、木の収穫物を木になっている状態で買った商人は、
その収穫物をどうするのか。
それは簡単。交渉が成立すれば、
一緒に連れてきた、もしくは後から収穫人と呼ばれる人たちが
やってきて、
その収穫物を収穫して持っていくのである。
木の持ち主である農家は、監督すらしなくても良い。
もし、持ち主も一緒に収穫したければしてもかまわないという。
その場合は、買い取り商人から収穫の手間賃金をもらえるという。

収穫人が収穫するのは楽だとは思うが、
問題もある。
当然、自分で収穫するよりも実1個の単価は、
安く買いたたかれることになる。
さらに、収穫人は、雇われなので、
その木を大切に思って
収穫することは稀で、
枝が折れたり、木が傷ついたりと大変らしい。
その場合の弁償はない。

では、そもそも買い取り商人と交渉が決裂してしまったら
どうなるのだろうか?
自分で収穫して、近くの市場に持っていくのだろうか?
答えは「否」だった。
「マンゴーのように鈴なりになる果物の場合、商人からの提示額があまりに安すぎて、交渉が決裂することがあります。その場合は、そのマンゴーは近所や親族に配られるだけで、それを市場には持っていきません」。
それはなかなか興味深い意識じゃないか。

市場になぜ持っていかないのか。
「収穫物を市場に持っていくなんて、したことが無いので、どの商人と話をしていいのかもわかりません。たぶんだけど、収穫して市場に持っていけば、売れなければ生モノですから、全部ゴミになってしまいます。市場の商人もそれを良く知っていると思うので、買いたたかれてしまうんじゃないかと思います」。
つまりは、市場で販売するという精神的習慣が無いという事か。
なるほど、それならば自分で収穫して持っていこうという気にはならない。
買い取り商人の提示額が安ければ、
自分たちで食べてしまおうってことになる。

研修生3年生のイルファンの地域もそれはない。
そもそも彼の村は山奥なので、市場までがとても遠い。
だから買い取り商人が幅を利かせている。
研修生1年生のワントの地域でも、
やはり買い取り商人に売るのがほとんどらしい。
ただ、ワントとタタンが言うには、
買い取り商人もまた農民だったりするので、
その場合、近隣の農家から買い取った収穫物に
自分の収穫物を合わせて市場に運ぶケースもあるのだとか。
つまりは、市場との関係性があるかないか、と、
運搬手段を持っているかどうか、が下支えになって、
それらが「市場で売る」という精神的習慣を育むのだろう。

うちの農園でも新規就農希望者を受け入れているが、
彼らのほとんどが市場との関係性が無い。
独立しても市場には売らない、と言うが、
それは市場価格が安いということもあるだろうけど、
そもそも関係性が無く、持って行ったところで二束三文で
買い叩かれるんじゃないかっていう思考もあるんだろう。
と言うのは余談。

かつて修士論文を書くために調査をした、
あるインドネシアの農村では、
ササゲをたくさん作っていた。
そのササゲがいつから作られたかを調べていると、
ある農家に行きついた。
その農家は、ちょっと変わった人で、
人とは違ったことばかりしていると、
その村では評判だった。

彼は若いころ、ふと思い立ち、
車で1時間ほどかかる市場へ、
自転車で収穫物を持っていくことにした。
朝の3時には家を出て、収穫物を市場にせっせと運んだらしい。
詳しい内容は割愛するが、
徐々にだが、市場の商人とも関係が出来たらしい。
その関係の中からササゲが派生し(商人からの依頼)、
彼が作るようになり、また周囲にも勧め、
そして彼がその周囲の収穫物を買い取り、
修論の調査時ではバイクで収穫物を運んでいた。
そして、売り先が出来たことで、
その村の他の農家もササゲを作るようになり、
外部からもそのササゲを買い取りに、商人が来るようになった。
彼は、他の買い取り商人と同じように、
農家に種子と肥料と農薬の補助をし、
その収穫物の囲い込み戦略も行っていた。
ここでは、
農家が買い取り商人化する事例と、
産地の形成のプロセスがそこには見て取れる。

当たり前と思っていることが、
実はとても不安定な精神的な習慣によって、
(またそれを担保する物的要因によって)
形成されているというのは、これまでもブログで随分と書いてきた。
たぶん、これからも書くんだろうと思うが、
タタンの果樹の販売意識もまた、
異国の僕の目から見れば、とても不安定な精神的習慣に見える。
だが、それが習慣である以上、
本人にはとても堅固で、そこから抜け出すことも難しいように
感じてしまうのだろう。

では、君が作ろうとしている果樹の販路は買い取り商人頼みなの?
と尋ねると、
彼は、やや恥ずかしそうに
「自分でレストランを開きたいので、そこでお土産用に販売したい」
と話してくれた。

ここにいる間に、君が思いもつかないような販路があることを、
一緒に見学しよう。
そして、それらを通して、
君のもつ精神的習慣を一緒に見つめ直してみようじゃないか。


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2年生のタタンは、
来年の卒業論文を何にしようか、
悩んでいる。
前回のプレゼンは、完全に失敗だったことは、
以前に記録した通り。
それは、
自分がやりたいことではなく、
無難にできそうなことを安易に選んでしまったためだった。

そこで今回は、彼は自分の関心があることを
とりあえずみんなの前で発表することにした。

彼の関心はやはり「果樹」。
果樹をやりたい、と月間レポートでも散々言ってきた。
だが、僕の農園では果樹が無い。
自家消費用で申し訳ないほどの柿とイチジクはあるが、
(一部は販売してもいる)
彼に果樹が何たるかを説くほど、
僕に知識も経験もない。
それに彼がやりたい果樹も熱帯のものばかりで、
それを題材にしたところで、
栽培が不可能どころか、
栽培技術&経験そのものが日本にはほとんど無いのだ。

そういう背景もあって、
彼は、ここで出来そうなことをと、
ある意味それは彼の優しさなのだろうけど、
前回のサツマイモという答えになったのだろう。

今回のプレゼンでは、やはり「果樹」をやりたいという。
ただ、実際の栽培技術ではなく、
日本の果樹農家の販売や市場を学びたい、とのことだった。
テーマは大きいが、彼の本音がやっと聞けた気がする。

では、
そもそも彼の地域はどんな果樹経営なのだろうか。

果樹経営と言っても、大規模果樹園というほどではない。
様々な果樹を場合によっては数本単位ずつ所有していることも
少なくない。
多い人でも数十本単位の果樹。
主となる作物は、「米」だと彼は言う。

ということは、米の方が売り上げは上か?
でも、どうやらそうではないらしい。
売り上げから見れば、米よりも果樹が多いとか。
なぜなら、
米はどちらかと言えば食用で、余れば販売するとのこと。
一般のインドネシアの農家の戦略と言って良い。
果樹は、換金目的で現金収入のためだとか。
では、どうして主となる作物は米なのか。
食べることを度外視して、
生産した米を全部売ったとしたら、
果樹よりも多くなるのだろうか。
タタンの答えは「否」だった。
やはり果樹の売り上げの方が上だという。

じゃぁ、どうして主となる作物が米なんだ?
その意識はどうなってるんだ?
ここまで来ると、そもそもの彼の卒論からずれて
僕の興味に突っ走っているようにも見えるが、
主体に寄り添いながら、その主体が見る風景を
一緒に眺めることを旨にしている僕には、
彼の卒論とこのやりとりは全然ずれてはいない。

彼の意識に近づくために、
ちょっと意地悪な質問をしてみる。
「じゃぁ、米を作っている田んぼ全部に果樹を植えたら?果樹の売り上げで、食べる米を買えばいいじゃん。もっと儲かるぜ」と僕。
するとタタンは、少し迷いながら、
そして言葉を選びながら答えてくれた。
「う~ん、でもやっぱり米を作ります。自分で作る方が美味しいし、安心だし。他人から買うと、その米が今年のじゃなくて去年やそのもっと前の米が混ざっているかもしれないし。それと作り手がどんな農薬を使っているかわからないじゃないですか」。
そうか、米の流通上の問題もあるのか。
そして、安心なものを食べたい、という意識も萌芽している。
インドネシアでも頻繁に食品偽装や
認可を受けない添加物騒ぎがあるので、
そういう意識は当然か。

しかし、古米や古々米を混ぜて安価な米や利ざやを増やそうというのは、
どこの国の米業者も同じというわけか。
ブレンダ―達の腕の見せ所は、
くず米や古米を混ぜても、
味品質をあまり落さないところにあるんだろう。
技術のベクトル自体が、
何か大きく間違っているように
感じる、というのは余談。

さて彼の話に戻ろう。
「それに田んぼ全部で果樹をすると集落から遠い田んぼでは、泥棒が多発します。それに集落の近くでなければ収穫物の運搬の問題もあり、やはり難しいですね」と彼。
然も有らん。
果樹の盗難は、日本以上だし、
日本のように農道がほとんど整備されていないので、
(土地改良がまったく行われていない)
収穫物の運搬が非常に大変なのだ。
村にも車は増えているが、
畦を歩いてしか運搬できないケースがほとんどなので、
農民の労働は想像を絶するほど過酷なのだ。

ちょうど彼の所有する畑で、集落に近くて、
水も豊富にある場所があるらしい。
だから、彼は、そこを果樹園にしようと
考えている。

つづく
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有志でやっている勉強会の記録をしよう。
先週は、吉田郡農業から研修できている小林君。
彼が選んだ本は、これ。
北川太一 著 『いま、JAの存在価値を考える』:「農協批判」を問う.家の光協会.

JA職員である彼が読むにはぴったりの本。
だったのだが、どうやらちょっと難しかったようだ。
彼自身、プレゼンでも言っていたのだが、
言葉や用語でわからないことが多くて、理解できなかったのだとか。

この本のタイトルで行けば、
たぶん往来の農協批判そのものを批判しようというものなんだろうけど、
どういう批判があったのかも、その点もあやふやなままだった。

本を読むというのは、
僕も常々感じるが、本当に難しい。
著者の肩越しに、その人が見ている世界を一緒に見ようというのが
読書なんだろうと思うが、
その人の世界観や人生観・思想なんていうものが、
どこかに明記されていないことの方が多くて、
どんな人かもわからないまま、
その人の主張する論に振り回される。
まるで暗闇のジェットコースター。
読書は、僕にとっては、そんな感じのもの。

一文一文の些細な記述が、
受け手にとっては大きくなったり、
書き手にとっては重要な主張が、受け手には響かなかったり。
まるで恋愛のようでもある。

読書にコツはないけど、
ここに僕なりの本の読み方を書いておこう。
目次は熟読。
序章で全体の説明をしている場合は、そこも熟読。
全体の本の構成をまずしっかりと頭に入れる。

本の論理展開の全体像が、ある程度あれば、
各論で主張されていることと全体の論理が合致する重要箇所に
付箋を貼りながら、読み進める。
解りにくい箇所は、別色の付箋を貼っておくと良い。
とにかく一度すべて通して読み、
それから、付箋を貼った箇所を中心に読み直し。
著者の論理が頭に入っているので、
2回目に読むときは、随分とスムーズに理解が進む。

重要な本ならば、その2回目の読書でさらに付箋を貼り直し、
重要な箇所を絞り込む。
最後に、貼り直した箇所を中心に自分でサマリーを書いてみると
だいたい著者の見ている視点が、僕らにも見えてくるだろう。

小林君は、
「この本を読んで、JAのことで解らないことが多いことが分かった」
と言っていた。
知らなかったという事が分かる。
それもまた勉強会の意義だと僕は思う。
次回に期待!


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P1010869.jpg

急激に寒くなるこの時期。
この野菜が美味しい。
それは、僕の祖母が作るニンジン。

妻と娘は大のニンジン嫌い。

娘は
ちょっと前までは何でも食べたのだが、
少し成長して偏食をし始めたと思ったら、
ニンジンは一切食べてくれなくなった。

妻は、ステーキなどに付け合せてついている
ニンジンが嫌いで、それがもとで
ニンジンが嫌いになったという。
だから僕は、
これまでニンジンをあまり栽培してこなかった。

それがどうしたことだろうか、
祖母の作るニンジンは食べるのだ。
しかも、生で。

祖母は、丁寧に畑を作る。
もう何十年も何十年も手順は同じだ。
たまに失敗もするようだが、
猫の額ほどの小さな畑で、
ずーっとニンジンを作り続けている。
祖母が若いころから続いている
住宅団地での年末の振り売りに向けて。

「お客さんが待ってるでの」
という祖母。
80才を超えても、百姓現役。
そのニンジンは、なぜかとても美味い。

ニンジンは祖母から少し分けてもらって、
今週の野菜おまかせ便に入れます。
お楽しみに。

妻よ、写真のレシピをコメントに書いてください。

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今年の4月に来日した研修生のクスワントは
まだ雪を知らない。

配達の車の中での話。
車道の真ん中から融雪の水が、出ており、
それを見た彼は、
「雨が多すぎて、道路から水が噴き出しています。洪水です」
と騒いでいた。
たしかに排水能力をオーバーした場合、
そこここで水があふれ出ることはある。
インドネシアでは、そう珍しくない光景だ。
でもそれは排水機能がマヒしたわけじゃなく、融雪のための放水だった。
まだ雪は降っていないので、たぶん点検だったのだろう。
その話をすると、彼は興味深そうにその水を眺めていた。

その彼、突然、
「あの水って飲めます?」
と聞いてきた。
飲み水じゃないだろう。それに飲めるとしても、
車道に流れる水を一体彼はどうするつもりなのか。
さらに彼。
「雪を解かすわけだから、温泉?」
そんなことはない。冷たい水だよ、と答える僕。
水が冷たくても、雪は解けるもんだよ、ワント君。

さらに続く融雪放水帯を眺めながら、彼は、
「あれがシロップだったら良いのに」とつぶやく。
雪をカキ氷かなにかと勘違いしているらしく、
融雪の水がシロップだったら、その雪がそのまま美味しく食べられる、と
勝手に想像したようである。
「美味しい雪になれば、みんなが食べて雪は無くなるから、まさに融雪ですね」
と彼は嬉しそうに冗談を言っていた。

常夏のインドネシアでは雪は降らない。
その雪がもうすぐ、降ってくる。
雪をまだ見ぬ彼はとても待ち遠しいようだが、
2年も3年もいるインドネシアの子たちからは、
雪が待ち遠しいどころか、
雪に対して呪いの言葉しか出てこない。

クスワント君、
今を楽しみなさい。
もうすぐ君も雪をそんな風には見られなくなるかもしれないから。


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勉強会の記録。
すでに周回遅れ。
2週前の記録をしておこう。

この回の発表者は小西くん。
うちの集落の若手のホープ。
彼が選んだ本はこれ。
尾崎零 著 『自立農力』 家の光協会

著者は、脱サラ後(卒サラと著者は言う)、
有機農業一筋でやってこられた方。
本の内容は、小西くんに言わせれば、
「著者は政治や運動に関心があって、そのことばかり書かれていてあまり面白くない」
とのこと。
有機農業がまだ産声をあげたかあげなかったかの頃から
有機農業を実践してきた著者は、
運動と政治は不可欠だったのだろう。
飼いなされてしまった今の「有機農業」じゃなく、
現状への強烈な批判として、
また実際のオルタナティブな社会の実現として
有機農業が存在した時代に、実践者としてやってきた著者の声が
現代の若者から「面白くない」と言われてしまうのは、
時代の違いだと切り捨ててしまうには、
なにか割り切れない感じがする。

著者は35aの小さな畑で80品目を栽培している。
少量多品目で直接食べてくれる側に届けている。
小規模でも、収穫できるものすべてを
お客さんに届けることが出来れば、
大量生産しなくても十分やっていける、
と小西くんのプレゼンを通して、
著者の考え方を理解できた。

この本を通して、
「僕の家では10品目しか生産していないので、自分で食べる野菜をすべて自分で作るくらいの気持ちでいろんな野菜をつくっていきたい」
と小西くんは自分の考えを語ってくれた。

ああ、僕もそう思っていた時があった。
たぶん、このブログをさかのぼって読めば、
そういう僕がそこここに散見できるはずだ。
では、今の僕はどうか?

小西くんはさらに、
「この著者は、有機に思入れを持って一筋でずーっとやってきたけど、自分はそういう頭のてっぺんに来るような思い入れがあやふやなんです」と言い、
僕らメンバーにそういう思い入れがあれば、
教えてほしいと言ってきた。

いわゆる農業を通して体現しようとしている
それぞれの「初心」というわけか。
それを答えていくのはなんとも気恥ずかしくもあるが、
そこは勉強会という場なので、
一人ずつ答えることになった。
忘備録として、簡単に記録しておこう。

まずは外資系企業を辞め、福井で新規就農をしようという林君。
「お客さんと共に感動したい」。
そういう想いがあって、農業を志したとか。
なるほどね。
直接的な共感を築こうというのは、わかるなぁ。

協力隊帰りの酒井君。
来年から施設を建てて、農業を始動させる準備中。
「自信をもって、自分の作った野菜を提供したい」。
自分がこうだと思って栽培した野菜が評価されるというのは
とにかくうれしいもんだよね。

インドネシアの研修生のイルファン(3年生)。
「田谷さんのような大規模化」。
うーん、イルファン、僕の規模じゃ、大規模とは言わないよ。
それに規模拡大路線は、僕が目指すところでもないんだよ、実は。
しょうがなく、この規模になってしまっているんだけどね。
目標とされるのは、うれしいけどね。

三国から来ているクラトモ君。
「自然農法を通じてお客さんと共感を生む」。
こだわりが食べてくれる側に通じる。
その中で、僕らの営農や生活のスタイルが維持できる。
それが出来れば、僕らは幸せだね。

JAから研修で来ている小林君。
「農家の支えになりたい」。
JA職員として、そういう意識をしっかり持った人は、
今、どれくらいいるんだろうか。
いつまでも持ち続けてほしい。

うちの農園の期待のスタッフ大西君。
「チームで農業がしたい」。
組織の強みで、農業を良くしていきたいらしい。
一人よりも二人、二人よりも三人。
チームプレイが力を発揮できれば、
僕らはより素晴らしい農業が出来るに違いない。
期待しているよ。

カルナの店長・ヤマト。
「料理を提供できる農家になりたい 」。
そういう想いがあって、帰農してきたらしい。
その想いはすでに達成できているんだとは思うけど、
さらなる発展を目指している様子。

この話の発端だった小西くん。
「自分にしかできない事としての農業」。
それまで働いていたところでは、自分の変わりはいくらでもいた、という。
自分でなければならない、という想いで農業。
オンリーワンってことか。
最近、そういう傾向があることはわかる。

最後に僕。
「アジア農民間の連帯」。
どっかの軍政のプロパガンダみたいだが、
僕が大学の頃、こういうことを主張していた人たちが
僕の周りには多くいた。
グローバリゼーションの波の中で、
僕ら農民はどう連帯していけるのか、
そんなことをぼんやりと考えながら、
ここに至る。
でもこれって、経営理念にもなりにくいし、
思想的にもこなれていなさすぎる。

まぁ、なんでもそうだが、
目標が明確にある人は少ないだろう。
毎日に追われながら、
自分が志向する物事をチョイスるしていく中で、
振り返ってみれば、
なんとなく自分の辿った道が続いている。
それを目標だと後付で言っているだけで、
もし、「揺らぎ無い信念だけで、やってきました!」という人が居れば、
逆に僕は危うさを感じてしまうな。

こんなことを
素直に話し合えるのも、
この勉強会の良さなんだろう。
こういう場は、やはり必要だと思う。

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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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です。
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