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2日間、取材を受けました。
家の光協会が発行する『地上』12月号に
5ページにわたって紹介されます。
関心のある方はどうぞ。
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あああ、今日は水曜日!
若手有志の勉強会の日!
先週の記録を忘れていた!
ということで、先週の記録。

先週は同じ集落の超新星☆小西くんの発表。
選んだ記事はこれ。
現代農業 2007年7月号から、
青木恒男 『一人経営、売り上げ1000万、経費半分のヒミツ』。

こういう短い時間の勉強会の場合、
こういう短い記事モノを題材にした方が議論が深まるような気もする。
結構、面白議論ができたし、
こちらも考えが改めてまとめることができた。

さて、この記事で議論になったのは、
経費削減の考え方だろうか。

青木氏は、100万円かかっていた経費を90万円に下げるような
引き算のコストダウンという常識を捨て
栽培に必要な経費だけを積み上げていく足し算の
発想でかんがえるべし!と説いている。

なるほどとは思うが
これでは、あまり伝わらないかもしれないです、青木さん。

ここから先は、勉強会での議論をもとに
僕なりに考えたことを少し書こう。

青木氏のコストダウン術には、
まず、どの市場に出すべきか、どんな商品を創り上げるか、という
イメージが必要だろう。
JA出荷の場合、秀品率がどれくらいなのかによって
収入が大きく異なるので
コストダウンをしてもどれくらい秀品率を保てるのか
そこがポイントとなってくる。
秀品率がやや下がっても、
それ以上にコストがダウンするのであれば、
計算上は、売り上げアップだろう。
まぁ、秀品じゃないモノばかり出す農家は
肩身狭いけど。

しかし、この記事でのコストダウンはそんな引き算じゃない。
たぶんだが、青木氏は、取引先に大きな変化があり
そのことで、秀品・優品などというクラス分けが必要なくなり
今まで必要だったコストが必要なくなった、ということじゃないだろうか。

たぶん、売り先をJAから直売所に換えると
この変化は起こりやすい。
JAや市場の価値で決められていた秀品に必要だったコストが
(この価値決定は、段ボールの大きさや袋の大きさなど流通の都合の場合が多い!)
直売所の場合、意味を持たない。
規格外に大きいブロッコリは、市場では一文にもならないが
直売所では、その見た目のインパクトから
超人気の売れっ子ブロッコリに早変わりする。
秀品という呪縛から解き放たれれば、
その価値を決めていた構造に自覚的にもなるはず。
お客が求めるのが超巨大なブロッコリだったり
小さくて調理しやすいブロッコリだったら、
植えつけ方や肥料量など自然と変わってくるだろう。
そこが足し算の経営、という事なんだと思う。

“経費削減ありき”ではない。
まずアンテナ高く張って、市場に敏感になれ。
そこから受ける刺激にしたがって
必要なものを必要なだけ投入できる農家。
それが青木恒男なんだろう。


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若者チャレンジ応援プロジェクトに参加。
福井県が、今年から始めたプロジェクトで
若者の地域活性の活動に
30万円の予算をつけるというもの。
今日はそのコンペ大会があった。

参加と書いたが、僕がコンペでプレゼンしたわけじゃない。
今までだったら、そうなのだが、
年齢制限があって、『若者』の枠に入れなかった。
今になってだが、誰か『若者』を代役に立て
発表してもらっても良かったのかな、とふと思わないこともない。

で、僕の参加だが、なんと審査員として参加した。
なんとも人選ミスな感じもしないでもないが、
一体、『若者』がどんなプレゼンをするのか
楽しみで参加した。

堅実な感じのプレゼンから
少々破天荒な感じのプレゼンまでいろいろだったが
そのどれからも、未熟ながらも若い力を感じた。
あああ、やる気のある奴は、どこにでも居て
そしていろんなことにチャレンジしているんだなぁ。

自分が福井に帰郷したころは
『仲間』と何かをやることに飢えていた。
何かをやろうと思っても、それに同調する『仲間』が少ないと
感じることが多かった。
また、そういったものを形成する「場」も少なかった。
既存の組織は、たいていやや形骸化して
ルーティンな活動を続けていただけだったし
そこに集まる連中も、その「場」を活かして
何かをやってやろう、という気概がすくなかった。
そんな中で、周りから煙たがられながら
1人悶々としていたのを
今回のプレゼンを見ていて
久しぶりに思い出した。

僕も停滞しているわけにはいかない。
自分の今やっている活動を
さらに加速させていこう、そう思った。


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研修生の月間レポートをもう少し記録しよう。
この『月間レポート』はその名の通り、
毎月書いてもらうものだが
ただの報告書じゃない。
これを書いていけば、自分の目標と課題がはっきりし、
自己学習が加速するという仕掛け付き(詳しくはこちら)。
さらに、マンネリ化する異文化での生活を
刺激的に捉えてもらう仕掛けもある(詳しくはこちら)。

これについては、いずれまとめて書く必要が出てくるだろうが
今回も、やはり日々吹いている風を記録することに
意識的になろう。

今回は、クスワント。
今年(2011年)の4月に来日。
日本に来て、半年が経ち、
先輩研修生の議論や夢に刺激を受け
彼の月間レポートもようやく充実してきた。

月間レポートで必ず明記しなくてはいけないのは
帰国後の夢、つまり帰国後の営農のカタチだ。
彼の目指す農業は、トウガラシ栽培である。
どこにでもありそうな、いや実際、多くのインドネシアの農家が
このトウガラシ栽培を、口にする。
そのロジックは様々だが、
インドネシアの日常では欠かせない野菜で
価格変動もそれなりにあるが
他の野菜にくらべて(高原野菜は別)
価格が比較的高い。らしい。

僕が協力隊の時も
そして大学院時代も
関わった農家の多くが、このトウガラシ栽培を口にしていた。
収穫できるとなると、一時に収量が増え、
そしてその収量を持続させることが難しく、
仕事の分散も市場の分散も難しく
一度、病気や虫が出ると手に負えなくなる野菜というのが
僕の正直な感想ではある。
そんなトウガラシをクスワントは取り組もうというのである。

先月のレポートで、彼はこの栽培をすることを明記したが
やはり先輩研修生との議論で
収穫物の一時性とそれに伴う市場価格の暴落を
どう回避するのかを突っ込まれていた。

そこで彼は、今月のレポートでは
トウガラシ栽培を年3回のリレー栽培とし、
大量に取れる時期のトウガラシは、乾燥させて貯蔵するプランを
創り上げてきた。
乾燥させたトウガラシと生のトウガラシの価格差は
ほとんどないので、乾燥させても付加価値はないのだが
売る側としては相場を見ながら
トウガラシを販売できるので、魅力的だろう。
しかし、さっそくこのプランも先輩研修生から突っ込みが入る。
それは乾燥技術。
天日干しだけでは、年3回のリレー栽培の場合
雨季の収穫物を乾燥させることは至極難しい。
生乾きで、トウガラシにカビが発生すれば
それすべてが商品価値を失う。
また貯蔵もしかり、だ。
貯蔵施設をどうするかで、しっかり乾燥させても
その後にカビや虫がわくことを回避できない。

そこで、クスワントの今月の課題は
乾燥技術について調べることになった。
丁度、数か月前の現代農業という農業雑誌に
ドライフルーツの作り方を紹介していたので
それを彼に渡した。
日本語はまだまだ読めないが、
読めない個所は僕が訳してやることになった。
それとは別に、彼もWebなどで乾燥技術について
調べることになった。

一つずつ、少しずつだが、夢を具体化させるこうした過程は
とても楽しい。

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インドネシア研修事業の座学「地域開発論」。
今回が最後の授業。
取り上げたのは木次牛乳のお話。

早くから牛の飼料にこだわり
低温殺菌処理の先駆的な存在。
低温殺菌を始めたころは
安全性へのイメージから消費者に
はなかなか受け入れられなかったらしい。

この座学。
今回のスメスターでは、農業の起業にこだわって
そこにフォーカスを当ててみたのだが、
研修生と一緒にこの木次の牛乳とこれまでの事例を
総括してみた。
農業ビジネスで成功している人や地域は、
何が成功のカギになっているのだろうか?

それは、僕個人の意見だが、
常識を疑うこと、なんじゃないだろうか。

徳島上勝町のいろどりのケースは
どこにでもある葉っぱを売ることだったし、
直売所からりは、生産者が売れると思うものと
売れないと思うものの間にある、ある偏見と価値を
壊していく過程だった。
秋川牧園の事例は、安全性を徹底追及してみた結果だった。
そして木次牛乳は、低温殺菌という
その当時では受け入れがたい殺菌方法への取り組みだった。

このいずれもが、自分たちの生産の効率性向上や
自分たち生産者の価値から出発していない。
つまり、自分たちの常識の延長上に
その成功のカギを求めていない、ということだろう。

まずは、常識を疑え。
周りから、「狂人」のように見えられていたような
価値や考え方が
その次世代のスタンダードになっているという事実。
「KY」などという罵り言葉が出現してくるくらい
周りの空気ばかりを読むことが良いことのように
言われるようになった社会では、少し辛いかもしれないが、
空気を読まない、狂人だ、と今思われている奴が
たぶん、次の時代を築く。

研修生よ、だから、常識を疑え。

この授業は、最後に試験を課した。
このスメスターに行っていた農業構造論と一緒に
最終試験をする予定。
課題は、他の研修生の地域ポテンシャルレポートを読んで
(レポートはこの事業を一緒に支えてくれているインドネシアの友人が作成)
その地域での農業ビジネスプランを作ること。
そしてそのプランは、出来る限り常識を疑うこと。
3週間後までにレポートを作成し、
その後にビジネスプランのプレゼンを順に行ってもらう予定。
ねむたいプランは、不合格。

さて、何が出てくるか楽しみだ。


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今年は、このナスがとても美味かった。
それは、「吉川ナス」。
調理による崩れの無い締まった実と
口の中に残らない柔らかい果皮。

あるシェフが、吉川ナスを圃場で(僕の圃場ではない)
直接生のまま齧ったら、青リンゴの味がした、
と言っていたが、
今年の僕の吉川ナスは、収穫したすぐは、
その青リンゴの香りがしっかりとあった。

そんなナスだが、
妻がついにナス料理を開眼したようで
ナス収穫シーズン後半は、彼女のナス料理は
何を食べても最高に美味かった。

写真はサンマのかば焼きと吉川ナス。
ナスがサンマのうまみとあぶらをしっかりと受け止めて
ジューシーでとても美味かった。
秋茄子、とりわけ吉川ナスとサンマは最強タッグだね♪

レシピは、妻がブログのコメント欄に書くといっているので
おまかせします。


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水曜日の勉強会。
今回の発表はクラトモ君。
取り上げてくれた本は、
田中 優 著 「地宝論」。

この本を読んでクラトモ君のプレゼンの焦点は3つ。
一つ目は、ネオニコニノイド系農薬の問題、
二つ目は、牛乳の脂肪成分と酪農技術の問題、
三つ目は、金融のグローバル化による間接的な問題。
このなかでも、一番議論になったのが
一つ目のネオニコチノイド系農薬の問題だった。
ミツバチの失踪の原因となり、
人間の神経細胞に影響を及ぼし、
現代のうつ病の一因にもなっている、と
この田中優さんは言っているらしい。

よく似た本が、他にもある(リンク参照のこと)。

僕自身、この本をしっかりと精査したわけじゃないので
あまり強気には書けないが、
彼のプレゼンとその本の記述箇所を見た限り
科学的なデータによる裏付けがなく、
その出典すらも明記されていない。
できれば、そのデータを公表し、
(実験の方法論までもしっかりと公表すること)
関心がある人間に、
そのデータの信ぴょう性を精査できるようにしてもらいたい。

僕は食を預かる立場上、
農薬の安全性を誰よりもしっかりとした科学的論理と見識で
理解しなければいけないと考えている。
ただ、「○○が危ない」などと煽る本の多くは
煽るだけ煽って、その論のもとになるデータを
公表してくれないことが多い。
また公表していても、実験手法や方法論までを
しっかりと公表しているものは少ない、と感じている。

僕らの意識はとても曖昧で、
このような論が出版物として形づけられると、
それだけで、それを信じてしまうこともある。
またその人の経歴や権威などから
その人の論の中身を精査できずに
信頼してしまうことがある。
それは社会心理学の信頼で言う
『周辺ルートによる処理』(中谷内一也著 「リスクのモノサシ」より)に
あたるのだろう。
論の本当の中身が、個人的な能力や関心の薄さから精査できない場合
その論を支持している人を信頼するかどうかで
その論を支持するかどうか、という僕らの信頼の判断基準が
まさにこの場合、当てはまるのではないだろうか。

分業化され、システマティックになった現代において
短時間に大量の情報を処理することが命題化され
その中で生きる僕らは、
関心が高くても、一つ一つの問題を
中心のデータまであたって、精査する時間や余裕は少ない。
その場合、それを言っている人間の
信頼度が、そのデータの信ぴょう性を創り上げていく。

田中優さん、あなたが信じている
ネオニコチノイド系の農薬の弊害、
どうか、データを出してください。
僕は、その農薬を使うか使わないかを
しっかりと自分で判断する責任があるのです。
データなしで、煽るだけでは、何事も進みません。
批判は、より良い明日を創るためにあるのだと
僕は信じたいし、
それは、
あなたの本で、あなた自身が他章で述べていることでも
ありませんか?

あなたの本において、
ネオニコチノイド系農薬に対する論理性と正当性、
そしてそれらに対するあなたの態度は、
周辺ルート処理をもってしても、僕は信頼できない。


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僕が大学生の時に、お世話になった農家が来福。
体と夢ばかりが大きくなり
自分のポテンシャルだけを過信し
やみくもな「行動」を実行力と信じ、
それらが連続していないこと、
それらが関連していないことに
そして、それらがまとまった成果でも経験でもないことに
鬱屈していた大学時代。
何から始めても、何にもつながっていないような
喪失感があった僕に、
チャレンジ精神と、これからの農業の新しいスタイルを
その姿で示してくれたのは、練馬の農家・白石好孝さんだった。
いわば、僕の師匠。
その方が、僕の農園まで足を運んでくれた。

来てくれたことだけに
感激してしまい、伝えたいことや話したいことは
ほとんど話せないままだった。
こちらの携帯電話が、何度も鳴り、
スタッフからも作業指示が何度かはいり、
それに気を遣ったのか、白石さんは小1時間ほどで
農園を後にされた。

彼は、都市農業の中で市民農園の分野を開拓した農家で、
その道の第一人者でもある。
僕が彼と出会ったころは、まだ、
その市民農園自体もアイディアでしかなく、
僕はよく、そんなことが上手くいくのかな、と懐疑的だった。
しかし、将来を見渡せる人は
良く見えているようで、その後の市民農園のブームは
まさに彼に先見の明があったことを示していた。

僕は、市民農園という分野ではないが、
彼や、その仲間たちと一緒に参加した
アジアの農業スタディーツアーで、
特にベトナムのバーで、語り明かしたあの夢を
いまだに抱えて走り続けている。
その一部が、ようやく具体的なものとなって
僕の目の前にあるようになったが、
それらが師匠にはどう映ったのか、どう見えるのか、
それがとても気になったが、
今回の来福は、とてもそこまでを話す余裕はなかった。

とりあえず、見てもらえてよかった。
今度は僕が東京に行こう。
今、迷っている多くのことを師匠に話してみたい、と
今回の来福で、師匠に再開し、その気持ちがさらに強まった。



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若手有志の勉強会。
今回は、ジェラートカルナの店長・大和の発表。
本は、これ。
野原由香利 著 「牛乳の未来」
普段、酪農には目が向きにくい環境ではあるが、
こうしてプレゼンして議論してみると
なかなか興味深くもある。
新しい興味を喚起してくれた大和のプレゼンに
大いに感謝!

さて、本書とプレゼンの中身。
本では、酪農の神様と名高い斉藤晶氏の山路酪農に
フォーカスを当てて、
そんなに素晴らしい酪農法がどうして周りに広まらないのか
それを不思議に思った著者が、関係者をインタビューして回り
酪農が置かれた状況を浮き彫りにしていくというもの。

本書を読んでいないので詳しくはわからないが
農業の工業化について批判がやや入っているのだろうか、
と想像する。

大和のプレゼンでは、
山路酪農は、牛を舎飼いせず、放牧して牧草で育てる方式をとっている。
山際を切り開くが、完全に森を無くさず、
牧草を牛が踏み埋めていくという「蹄耕法」で牧草地を作っていく。
これでは、僕の完全なる予想だが、
牛乳量は減りそうだし、放牧と乳搾りの手間は半端じゃないだろう。
しかし、工業的な循環に陥ってしまっている酪農が
再び自然の循環の中に戻そうというと
こういう方法になるのかもしれない。

蹄耕法ではなかったが、
僕がかつて協力隊員の任地(バルー県)で見たものは
まさに、こうした放牧の酪農だった。
その時は、農業のビジネス化と所得向上を目指して
日本のように牛を舎飼いすることを指導しようとしたのだが、
様々な要因により(それは技術的な問題だけでもなかった)
実現しなかった。
余談続きだが、その後、僕らが行ったバルー県の調査では
日本の酪農(福井県)に研修に行っていた若者が
日本式の舎飼いを試行錯誤で導入し、
牛の肥育事業を成功させていた。
それまで放牧していた牛よりも
早く太らせることができることで、
農業を事業化することに成功した。
辛いと思う作業も軽減し
経営的にも安定する。
それが自然の循環と違うなどと
僕は軽率に批判することはない。

農業の効率化をめざして、海外の酪農法を取り入れる若者には
斉藤さんの飼い方は周りあまり浸透していない。
効率よく作業をし、経営的に安定し、
農業であっても、他産業と同じだけの収入を担保し
プライベートも充実させたい。
そんな気持ちを僕はよくわかる。
そして、斉藤さんのやり方が
一緒に働く者に、大きな負担を強いるのもよくわかる。

農業の工業化を批判・非難するとき、
その自分の置かれた立ち位置に自覚的でない人々が多い。
食べ物がどうあるべきか
「倫理的」といえば、なんだか道理があるようだが
それが農業に対しての「ステレオタイプ」や「偏見」だったり
自分の食べ物にあまり自覚的でないまま
その責任を他人にゆだねてしまっている人が
気分的な批判をするのを、僕はあまり気持ちよく見られない。

大和のプレゼンに触発されて、
この週末、
一つのビデオを見た。
「キングコーン」。
補助と工業化の道をひたすら突き進み
増産がゴールだ、という命題に
ごみを作っているんだよ、と語る農家。
余ってだぶついているコーンを
無理やり化学の力で甘味料に換え
すべての加工品を廉価に変える魔法。
飽食と糖尿病の社会を生み出す魔法。
完全に手詰まり農業の方程式を生きる
トウモロコシ農家と酪農家が印象的なビデオだった。
(日本の大規模米農家もそんな方程式に突き進みつつある・・・)

大和は飼料コストの削減と搾乳時間以外は放牧することで
作業時間の短縮として、この方法に魅力を感じているようだった。
それぞれが、どういう想いを描いて
その技術を採用し、発展させ、
そして農を創り上げていくのか、とても面白い。
ただ、それを採用することで、
そのずーっと先に待っているものはなんなのかに
僕らはもっと敏感になる必要もある。
目の前の労働軽減と効率化だけでは
僕らは、道を誤ることもあるのかもしれない。

斎藤氏の酪農法を、
「哲学は素晴らしいが、酪農としては無理」と
大和がプレゼンしてくれたが、
その言葉が、いろんな意味で、
僕の中でぐるぐるとまわり続けている。


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インドネシア研修生の座学、「農業の構造論」。
この座学では、農業を構成している様々な要素が
その農業の生産様式を大きく特徴づけており
ただ単に、「技術」を移転しただけでは、
その生産様式を変えることは困難、もしくは、
当初予想していたような成果が無いことを
理解してもらうための講座。

つまりは、日本の農業そのものを
インドネシアに移転できたとしても、
それがインドネシアの農業発展には
ほとんどつながらない、ということを理解するための座学。

今回は、3回に分けて「資金」について授業をした。
農業の資金がどこから出るのかによって、
その後の生産に大きく響いてくるというお話。
銀行や共同組合などからの融資の場合と
地主による融資、
そして買い取り商人による融資、
さらには隣人との頼母子講の資金、
などなど様々な場合があり、
それぞれの場合に、どのような生産行動をとるのか
みんなで考えてみた。

地主や買い取り商人からの融資の場合、
やはり、どうしても儲けも少ないし
生産に対するモティベーションも
それほど上がってこない。

地主などの他人との収穫物の分配システム(Bagi hasil)も
多くの場合に、リスク回避と評価されているが
最近は、僕は、これはとてもあこぎなシステムだと
個人的に考えるようになってきている。
が、詳しいことは、また次の機会に。

さて、授業の3回目に
研修生それぞれが描いている事業に
かかる費用を計算してもらい、
それらを買い取り商人から融資を受けた場合と
銀行から融資を受けた場合の
2通りを計算してもらい
それらを比較し合った。

イルファン君は地元の標高を活かしたジャガイモ栽培。
タタン君はレストランまで夢見るヤシの実栽培
そしてクスワント君は年3回のトウガラシ・リレー栽培。
いずれもユニークで面白いプレゼンだった。
そしていずれの場合も、10aの土地を購入すると仮定してもらった。

この比較でより明確になったことは
買い取り商人から融資を受ける場合、
買い取り価格が市場価格よりも安くなってしまう、ことである。

土地購入の借金をその作物の売り上げで返していこうとした場合
買い取り商人から融資を受けると
銀行の金利が2%であっても
その倍の期間かかってしまうこともわかった。

もし、これが
地主との収穫物分配のシステムだった場合
さらに状況は悲惨になり、
耕作者の手取りはほとんどない。
実際に汗水たらした耕作者にほとんど収入がないのだ。

研修生の多くが自分の農地をほとんど持たない。
そして農地取得にかかる費用は、なかなか高額だし
僕ら日本の農民が利用できるような長期融資なども見当たらない。
(もしあるのであれば、情報ください)。
ジャワ特有の財産分与のしきたりもあり、
なかなか農業をビジネスとして成功させることも
難しい。
さらに、買い取り商人も、親戚や村の有力者だったりして
そこを外して村内でやっていけるのかどうか、
などの社会関係上の問題もあるので
一概に、お金の問題でもないと言えよう。

ただ、それでも、農業を産業として
食べていこうというのであれば、
日本だろうがインドネシアだろうが
生産の「場」を持たないことには
話が始まらない。

土地購入代として、研修生たちの試算は
5000万ルピア~6000万ルピア。
これをインドネシアの給与だけで貯めようというと
なかなか時間がかかる金額。
この試算で、農業資金の重要性に
研修生たちが少しでも気が付いてくれるといいのだが。



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なんだかこのブログ、
週1回ペースの更新になってきてしまった。
なんでだろう???
やたらと雑務が多い。
連載の原稿の締め切りだったり、請求書を出したり。
来客も多ければ、
仕事のメールも最近多い。
だけど、別に売り上げは伸びているわけではない。
むしろ、やや減少。

という、言い訳はこれくらいにして、
勉強会の記録をしよう。
そうそう、今回から勉強会の参加者もまた増えた。
勝山で研修中の山本君。
参加希望者は、誰でも参加OKなので
お知らせください。

さて、先週の水曜日の勉強会。
今回は、うちのスタッフ・大西君の発表。
谷山 雅計 著 「広告コピーはこう書くんだ!読本」。

大西君は、なかなか面白い経歴の持ち主で
広告代理店にも勤務していたこともある。
その時の上司から読めと言われた本を
今回発表してくれた。
最近、直売所でのうちのPOPに関心のある彼は、
この本のコピーの理論を取り入れて
うちの野菜のPOPをいくつかプレゼンしてくれた。

その前に、
本書の肝を5つにまとめてくれたので、それを記しておこう。

①コピーの“書く”は、「散らかす→選ぶ→磨く」。
100ほどのイメージを出し散らかし、その中から選び、
そして言葉を磨く。

②コピーを書く心得「誰も広告を積極的に見ようとはしない」。
コピーを読みたいとも思わない人に読んでもらう、ということか。
それだけのインパクトとひきつける何かが
キャッチコピーの中にないと、
本当に読んでもらいたいボディコピー(説明文)までは
読んでもらえない。

③書き手のヨロコビ、受け手のヨロコビ。
そのコピーは書き手の自己満足で終わっていないだろうか?

④言ってあげるではなく、言わせてあげる。
これはちょっと理解が難しかった。
というか、言いたいことはわかるけど、
本書の説明の文がまだ洗練されていない感じだよ。
コピーの書き手がそのものをずばり言うのではなく、
読み手が自然に感じてしまうコピーのことか、と僕の理解。
行間に埋め込まれたイメージの共有、ということか。

⑤「そりゃそうだ=常識」「そういえばそうだね=コピー」「そんなの解らない=芸術」。
当たり前のことを書けば、常識。
理解されないことを書けば、芸術。
知っていることでも、気付いていないこと、
意識していないことを書くのが、コピー。

とまぁ、なかなか面白い。
で、これがその理論の集大成(?)


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直売所では今、
白ナスが売れない。
だからと言って美味しくないわけじゃない。
ただ、消費者にこのナスを選ぼうというきっかけを
僕らが作れていないだけ、と理解している。
このPOPが、白ナスを選ぼうというきっかけに
なってくれるとありがたいのだが。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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