01 31
2011

P1000443.jpg

20数年ぶりの大雪。
すべてが雪に埋もれていく。。。
今日は一日、ひたすら雪かきの日。

他の地区で園芸用のハウスがつぶれたらしい。
うちのハウスもつぶれないように
屋根に乗っかったままの雪を降ろす作業を
1日中やっていた。
みんなぼろ雑巾のように
くたくたになるまで、雪かきをした。

本当に
雪国はそれだけでも損だ。
僕が根無し草の身分なら
ぜったい、雪国で就農したりしないな。

まぁ、情緒はあるんだけどね。

関連記事
少し前、農家組合の班長会があった。
今年からは副組合長で、職責も軽くなり、
昨年とはずいぶん気軽に出席した。

第1回目の班長会は、例年だと
今年一年の活動予定を役員から班長に通達するだけのもので
特に大した議題もない。
班長さんに、今年一年いろいろとご苦労をかけますが
どうかひとつよろしくお願いいたします、という意味で
集まって食事をしながら一杯やれれば、
この班長会は大成功なのだ。
そういうこともあり、ずいぶんと気楽に参加した。

ところがだ。
その会議、順調に進んでいたのだが、
ある班長さんが遅れてやってきたころから、
少しにぎやかになりだした。
その班長さん、まず、
班長さんの労をねぎらう意味で行く、
年末の温泉旅行にクレームをつけてきた。
「こんなご時世だから、お金を使ってまで温泉に行かなくてもいいじゃないか」
というのが、その主張。
以前もそういうことをいう人が他にもいたのだが
総会の場で、全員一致で否決されている。
この班長さんの主張は、この班長会で取り上げるわけにもいかず
それは、今年の総会で言ってください、ということでなった。
ただ話を聞いていると、
温泉に行けば、組合長がずいぶんとお金を負担するのでは?
という心配からの意見であり、
そういう負担はほとんどないことを説明すると
この温泉の一件はうやむやになった。

ただこの班長さん、
それでは終わらず、今度は、
「若い人が組合長するなんて大変やろ」
という言葉を皮切りに、
もっと年寄がするべきや、と言い出した。
これは、他の班長さんにも火をつけた形になり、
議論がどんどん盛り上がりを見せてきた。
この時点で、すでにこちらに議論を収束させる能力はなかった。

農家組合長をやっていない人が
年配の中にたくさんいるので、そういう人にもやってもらわないと、
と議論になったのだが、
そもそもこの言い出しっぺの班長さん自体が
農家組合長をやっていない。
さらに、この会合に出てきている班長さんの中でも
何人かは、農家組合長をやっていないのだ。
そんなこともお構いなく
その言い出しっぺの班長さんは、どんどん議論をけしかけていく。
「農家組合長を班ごとに回して、各班から順番に組合長を出してはどうか」
などとも言っていた。

こちらとしては、農家組合長のなり手がいない昨今、
そうやって強制的に組合長を出せるのは良いかもしれない。
ただ、また年寄に戻してしまうのは、どうかとも思う。
職責を考えれば、年寄のほうがふさわしいのかもしれないが、
むらのことに若者が関わる「場」が一切なくなるというのも
賛成しかねる。
年寄りに任せてしまえば、むらにかかわる若者がいなくなり
ひいてはむらの活力がなくなることにもなる。
30代半ばで、農家組合長をするのは、たしかに仕事面、家庭面で
とても大変だ。
でも、そのころにむらにかかわることで
村の中がよく見えてくるのも事実。
村の自治を担っている組織に
若い力がそそがれ続けることが
その地域の自治力と福祉力を上げることになるのだと思う。
定年までは、「むら」を「くうねるところ」にしてしまってはいけない。
むらはそんな定年後の余暇うめるために
かかわるところではないのだ!

農家組合長をやっていないフリーライダーを許すな!
という論調は、その職責の大変さから、僕も賛成だ。
だが、だからといって、この職を
年寄りに持って行ってしまうのは、
僕は諸手を挙げて賛成できない。
やっていない人を咎めるよりも
その人の子供、孫を取りこぼしなく
農家組合にかかわらせるような仕組みづくりが
必要なんではないかと、僕は思うのだが。

この問題は、今年一年かけて
班長会で議論されることになった。


関連記事
来年、研修3年生になるイルファン君。
今、来年の課題研究(卒業研究)に向けて
プロポーサル作りに励んでもらっている。

1年先輩のヘンドラ君は、昨年、有機肥料の有効性を
実証実験し、福井農林高校の課題研究発表会で
日本語プレゼンもした。
さて、イルファン君は課題を何に設定するのだろうか。

今年に入ってから、実は、
すでに3度プロポーサルを提出してもらっている。
初めは、「パプリカの有機栽培」という話だったのだが、
妻から教えてもらった事実確認という手法を取り入れて
彼の事実確認を進めてみると
いろいろなことが見えてきた。

パプリカは、彼の地元で栽培が盛んというよりは、
彼が今後、この作物に期待するところが大きい。
バンドゥン近郊で、パプリカ栽培の熱があるらしく
2009年の12月に、スメダンを訪問した時に、
あちらの高校の先生や普及員が
口をそろえて「パプリカ」と言っていたのを思い出す。
さて、そのパプリカ。
有機栽培しても、市場で得られるインセンティブは
ほとんどない(らしい)。
有機農産物の取扱量が少ないこと、
それを購入したいと思っている消費者層が
まだ潜在的にしか存在しないこと、などが考えられる。
それにこれが一番大きな理由なのだが、
イルファン君の地域は、市場から非常に遠い。
そのため、運搬を兼ねた買い取り商人の存在が強く、
ほとんどの農産物は、買い取り商人に売らなければいけない構造が
資金の貸し借りからも明らかなのだ。
その買い取り商人が、有機農産物を
積極的に高値で買ってくれない限り、
彼にとって、有機農業自体、あまり魅力はない。
その辺りの事は、ヘンドラ君とは、同じ西ジャワ地域でも
大きく事情が異なるのである。

イルファン君から事実確認という方法で話を聞いていくと
どうやらパプリカの品質向上がポイントらしい。
それもダニの防除。
彼の地元では、トウガラシの栽培が盛んで
そのトウガラシにつくダニの防除に苦慮しているのだとか。
そして同じ科であるパプリカも
そのダニの影響を受け、品質の良いものがとれにくいのだという。
彼の話によると
普及員の指導などで、いろんな農薬を使いすぎて
抵抗性が出ているのか、農薬があまり効かなくなっている
のだそうだ。

事実確認というのは、あくまでも「相手が認識している事実」
であるので、科学的に普遍的に正しい情報かどうかは
全く意味をなさない。
本当にダニに抵抗性がついているかどうかは
この場合、あまり重要でもない。
もしかすると、品質を貶めているのがダニではなく
他の害虫、もしくは病気かもしれないのだが
それもこの場合、意味はない。
ので、あしからず。

ということで、イルファン君の来年の課題は、
パプリカ栽培による
化学合成農薬に頼らないダニの防除
ということになった。
総合防除の考え方を取り入れて、
化学合成農薬もピンポイントで使用しつつ
抵抗性が生まれにくい、物理的な防除法の研究と
天敵利用をやっていこうとなった。

何をどう計測していけばいいのか、
そこに課題はあるが、
課題研究開始の4月まで、
その議論は進めていこうと思っている。
どうやら今年も忙しくなりそうだ。



関連記事
冬は何と言っても根菜類。
とくに雪が降ってからの大根は格別うまい。
ただ、畑で採れるものが限られてくるので
毎日大根ばかりを食べており
旨いといっても、飽きてくる頃でもある。

そうしたら妻が
ワインのあてに
紅芯大根のバーニャカウダーを作ってくれた。

P1000435.jpg

色が何ともきれいで、
見て楽しく、食べて楽しい。


そして、もう一品がこれ。

P1000424.jpg

妻の創作料理で、まだ命名されてないが
根セロリとフェンネル、ジャガイモ、エビのサラダ。
チリソース入りで、ピリッと辛く、
エビの味とフェンネルと根セロリの組み合わせが抜群で
ココナッツのような風味がする一品。
フェンネルは雪の下になり、出荷できないくらい凍みてしまったのだが
実は、そのおかげで食べるとすごく甘い。
こういった美味しいものが、
流通の価値で、みんなに食べてもらえないのが、ちょっと悔しいな。

暖かい薪ストーブに当たりながら、
料理に意匠を凝らし、ワインを飲む。
冬は楽しい。


関連記事
むらの若者が1人、
農業をしたいと言っている。
なので、うちに来ている日本人研修生やスタッフとの
飲み会の時に、彼も呼んでみた。

僕は彼の父には随分と世話になっている。
解らないことがあると、
時には父よりも先に、その人に頼ることもある。
そしてその人も、僕の父にずいぶん世話になったらしい。
僕の父とその人は、年が干支ひと回りほど違い、
その人と僕は、干支ひと回りとちょっと違い、
僕と彼は、これまた干支ひと回りとちょっと違う。
互い違いに、世話をしたり、お世話になったりの
間柄の家。
むらにはそういう関係もある。

さて、その彼、
農業をしたいというが、まだまだ若く
どういった農業をしたいのかは具体的ではない。
「とにかくでっかいことをやりたいです」
と言っていた。
なんだか若者らしくて、いいじゃないか。
仕事も退職願をすでに出してしまっているようで、
もう後には引けないらしい。
しかし、実家が、それなりに大作りの農家なのだが
それをそのままやるのはいやだ、とも言っていた。
なんだか、昔の自分を見ているような感覚だった。

経験豊富な父との農業は
その息子には、大きなプレッシャーとなる。
そして、その経験の差から、
小間使い程度にしか扱ってもらえない腹立たしさが
どうしても付きまとう。
相手が赤の他人で、上司や先輩なら、
こちらに謙虚さもあろうが
親である場合、生な感情がぶつかり合うこともよくある。
というか、日常茶飯事だろう。
たぶん、このことが
農家の長男が農業を継がない理由の
ベスト3に入るんじゃないかと思う時もある。
農業が儲からない、なんて辞める理由を言うのは
親と喧嘩した、なんて言えないから
そういう理由をつけているんじゃないか?と
昔、若いころは思ったこともある。

はたして彼は、どうなんだろうか。
僕は、なんども父と衝突したが、
彼の父が、
それを随分と緩和してくれたこともあった。
今度は僕がその恩返しをする時らしい。

こうしてつながっていく農の営みもある。


関連記事
福井農林高校で
3年生の課題研究発表会があった。
その発表会に、
インドネシア農業研修プログラムの3年生である
ヘンドラ君も発表させてもらう機会を得たことは
前にも書いた通りだ。
昨年1年間取り組んだ、有機肥料の有効性について
日本語で発表した。
いわば、僕らにとっては
研修プログラムの卒業論文発表会だった。

P1000361.jpg


発表は、少し緊張もあったためか
パワーポイントの写真と説明が合わないところもあったが
ゆっくりと話すように心がけており
概ね、内容については伝わったのではないかと思う。

以前も書いたが、発表内容自体は
やや稚拙で、データ取りを徹底できなかったことからくる
むりくりな結論まであるのだが、
彼自身、有機肥料を自然界にごくありふれたものだけで
自分の手で作れるという体験は、とても貴重だったようだ。
結論の後の提言では、
「インドネシアでの有機肥料の普及に力を入れたい」
と締めくくった。

発表終了後、
インドネシアへのスタディツアーに参加したことのある学生から
「どうやって普及させていこうと思っていますか?」
と質問を受けた。
こうしたやり取りが実現していること自体に
僕は感動を覚えた。

ヘンドラ君は、質問の内容を理解すると日本語で
「まず、自分で使ってみて、そして周りの農家も使います」
と、やや、はしょりすぎの説明をしていた。
ここで代弁させてもらえれば
それは、自分で堆肥を作り、それを使って良い農作物を作り
その結果を持って、周りの農家に普及させていきたい
ということなのだろう。
だが、まぁ、もうすこし普及法は考えておいた方が良いだろう。

福井農林高校の校長先生からは
実際のインドネシアの農民の実情から湧き上った動機が素晴らしく
とても力強く思えた、とコメントを頂いた。
だが、研究内容がやはりすこし稚拙なのと
パワーポイントの作り方が、
人の興味を引き付けるものじゃない、
とも指摘を受けた。
ありがたいコメント共に
あああ、この方は本当に教育者なんだなぁ、と敬服した。
校長先生のおかげで、ヘンドラ君が
多くの人の前で発表する機会を得られたのだ。
いくら感謝してもしきれない。

その夜は、インドネシア研修生たちを家に呼んで
みんなでお好み焼きパーティーをした。
終始にこやかなヘンドラ君。
発表までは平坦な道のりではなかった。
僕に絞られて、ずいぶんとへこんだこともあったろう。
しかし、発表が終わって、
気分が楽になったようだった。
僕も一つ肩の荷がおりた気分だった。

ただ、発表の中で何度練習しても
「環境」を「かんきゅう」と読んでしまうのだけは
最後まで直らなかった。
この日も、発表の最後の締めくくりで
「健康やかんきゅう(環境)に良い有機肥料を普及させていきたい」
と言っていた。
「かんきょう」って外国人には言い難いのか???


追記(1月20日)
今日の毎日新聞に載りました!
Web記事には写真は載ってませんが
新聞記事には、ヘンドラ君の雄姿が!
もしよかったらご覧ください。
web記事はこちら
関連記事
昔からの友人が来る。
彼とは、お互い、未来が見えずあがいている時に出会い、
そして、勢いでベトナムを自転車で走り回ったりした
仲間である。

あれから10数年が経ち、
今では、わりと近くにいるのに、
なかなか会えないくらいお互い忙しくなってしまった。

そんな彼が、
何年振りかに、宿泊込みで遊びに来てくれた。

さっそく、農園を駆け回り
何かうまいものはないかと探し回ると、

P1000349.jpg

これ。
紅芯大根だったのだが、
なかがなんと紫色。
あまりにきれいだったので、
妻がほかの変わりダイコンと一緒に
スティックのサラダにしてくれた。

P1000354.jpg

大根は
雪の下になり、収穫は大変になったが
その分、甘みが増し、何もつけなくても
それだけで十分ごちそうだった。

P1000355.jpg

その晩は、
お互いがこれからどうしていきたいかを
時が過ぎるのも忘れて、昔のように語り合った。

ただ、昔のような途方もない夢は
あまり見なくなり、
お互い、具体的になった分だけ
その間から、ある種のあきらめもちらほらと
見えるようになっていた。

年を重ねるとは、そういうことなのだろうか。

ただ、昔を知る友人と話をするのは楽しい。
僕がまだ僕のままだということを
彼がまだ彼のままだということを
確認できるから。


関連記事
インドネシア農業研修の3年生であるヘンドラ君。
3年生のこの1年、彼は有機肥料の有効性について
課題研究を行ってきた。
いわば、卒業研究と言ってもいいだろう。

その卒業研究、最終的には卒論として
まとめてもらう予定なのだが、
卒論ならば、その発表の場がないといけない。
ということで、福井農林高校にお願いをして
同校の3年生が課題発表をする場をお借りして
ヘンドラ君も発表させてもらうことになった。
つまり、その場が、
インドネシア農業研修プログラムの卒論発表の場ということだ。

そして、今週19日、
10時半から福井農林高校でその発表が行われる予定だ。
もちろん、日本語で。
準備は、先月から行っているが、
ヘンドラ君の日本語能力の問題と
僕の論文指導の経験不足から
その準備は平坦な道のりではなかった。

またヘンドラ君の書いてきた発表原稿も
インドネシア語では、文法もロジックも
正しいように思えたものでも、日本語に直してみると
結構、ずれている文も多く、その構成にも悩んだ。
他人の論文指導は、
自分が書く以上に、労力のいることだともわかった。

僕の農園の日本人スタッフや日本人研修生にも
発表を聞いてもらって、多くのアドバイスを得た。
そんなこんなで、なんとか準備は整いつつある。

さて、その卒業研究。
発表内容は、有機肥料と化成肥料を利用しての比較栽培試験。
有機肥料は、市販の肥料と僕の農園で作って使用している堆肥、
そして、ヘンドラ君自身が作った生ごみたい肥と
自然界から発酵菌を見つけてきて作った米ぬか堆肥の4種類。

僕らの社会では、すでに有機肥料の有効性なんて
自明の理で、特段今更調べても、と思われるかもしれないが、
ヘンドラ君の社会の文脈では、
またその風景が、少し違っていたりもするのだ。
インドネシアでは、化成肥料の神話がいまだ根強く、
さらに原油価格高騰と需要の集中による価格高騰が
毎年、小農を苦しめている。
多くの農家が、農業資金を潤沢に用意することが出来ず
商人などから資金提供を受けており
その従属的な関係の中で、青田買いも日常茶飯事。
緑の革命としてもてはやされた
高収量米も、そのシーンによっては、
ただ単に村内社会に従属的な関係を
創り上げたにすぎない場合もある。
その農業資金として農家の首を絞めている
化成肥料を、ヘンドラ君はなんとか自給できる
永続可能な有機肥料に切り替えられないかと
考えている。
有機野菜で、安全安心志向を刺激して
プレミアムを付けて売るような日本の文脈からは
とても想像できない農業の社会が
世界には存在するのだ。

彼の実験は、その内容からいえば、
まだまだ幼稚なものなのかもしれない。
でも、彼が自分で作った堆肥で得た手ごたえは嘘じゃない。
彼はその手ごたえを胸に
19日、福井農林高校で発表する。
どこまでその想いが伝わるかはわからないが
僕は精一杯、その手伝いをしたい。

関連記事
01 14
2011

今年からスタッフに昇格した太田君と
この1年の作付け計画を作成した。

P1000347.jpg

種子保存用の冷蔵庫から種を引っ張り出し
テーブルに並べて、どの品目を
どの時期に栽培するかの作戦会議。

これで全部ではないのだが、
並べてみると、なかなか壮観。

さて、普段は
栽培計画なんてあまり立てないのだが
昨年は、
業者からいろいろと栽培依頼を受けておきながら
自分の出荷品目が多すぎて
種は買っておいたのに、
播くのを忘れていたことも多々あった。
なので
作付け計画をしっかりやって
そんな取りこぼしをなくそうという試み。
ま、今さらって感じがしないわけでもないけど。

さて、
昨年の栽培履歴と照らし合わせて
栽培時期を決めたり、
改善したりするのだが、
この場合、園芸書などに載っている
栽培時期などは全くあてにならない。
多くが家庭菜園用でプロ用でないし
寒冷地と温暖地の分け方では
ここ福井の風土とは当てはまらないことも多いのだ。
その野菜の特徴を考え
また畑の特徴も考えて
独自の栽培計画を立てるしかない。

だから、園芸書では栽培できない時期でも
実は栽培できたりもするのだ。

さて、その栽培計画、
福井ではあまり作られていない
セロリやフェンネル、コリアンダーなどの野菜を
通常は1回しか収穫できないのだが、それを
なんとか1年間に数回収穫できるように
計画を練った。

また昨年取りこぼした
西洋大根・にんじん・西洋ナスなどの
栽培計画も記載。

そんな中
太田君は、スイートコーンと西洋いんげんに
魅かれたようで、
それらの品目に関して、企画書を書くことになった。
栽培計画書と予定販売先などを考えてもらって
いけそうなら
それをたたき台にして、
さっそく今年の彼の担当品目としてやってみるのも良い。

昨年の反省からいえば、今年は
露地ナス(西洋・伝統)とズッキーニのリレー栽培、
そして大根・セロリの栽培を
すこし修正して
良いものを大量に出荷できるようにしたいと思っている。

関連記事
P1000254.jpg

先週末、叡福寺に参拝。
聖徳太子が眠るお寺と知られているところで
凛とした空気と
それぞれの伽藍の配置が雅で
とても気持ちのいいお寺だった。

P1000256.jpg

今年はどんな年になるのか。
少々、自分自身にも気負うところがあり、
こんなお寺に正月から参拝してみたのである。

関連記事
01 03
2011

今年の正月は、例年になく、のんびり。
インドネシアから来客があったが
気を使うこともあまりなく
久しぶりに、ゆっくりした時間を
家族で過ごした。


P1000232.jpg

そののんびりついでに、
昨年の3月に仕込んだ味噌の封をあけてみた。
今回仕込んだものは、今までの2倍の量。
うまくできるかどうか、
やや不安もあったが、
あけてみると、きれいで、香りも良い。

娘が
「味見~!」というので
少し食べさせると、にんまり顔。
僕もつられて味見すると、思わずにんまり。
良い味噌ができると、本当にぜいたくな気分になる。

関連記事
昨年の晩秋に、祖父から干し柿をもらった。
家の中では、薪ストーブを使っていて
乾燥しているため、家の中で干していた。
その干し柿、そのまま食べるのも良いのだが
僕以外の家族はそれほど好きではないので
このままの状態では、なかなか減らない。
そこで少し手を加えてやることに。

P1000225.jpg

ヘタと種を取り、
適当な大きさに切る。

P1000224.jpg

それを
ブランデーにしばらく浸す。

P1000227.jpg

浸したものを、瓶などの容器に入れて
冷蔵庫で保存する。
お酒が苦手な人は、そのままで良いが
そうじゃない人は、しばらく保存した後で
何度かブランデーに浸す作業を繰り返すとよい。
アルコールがとんだら出来上がり。
数か月か半年くらい経つと
栗のような風味が加わった
干し柿とは思えないものが出来上がる。
そのまま食べても美味しいが、
お菓子やパンに入れてもうまい。
チーズやワインにもよく合う。

うしし、
出来上がったら、これで旨いワインを飲もうっと。



関連記事
一年の計は元旦にあり。
ということで、さっそく今年の目標を立てよう。

まず、農業分野。

農園経営として、今年から新しく日本人スタッフを
迎えることになる。
研修生主体だったが、今後はスタッフの充実を目指す。
それに伴って、販路もいままでの路線は維持しつつも
新たな顧客の開拓も視野に入れている。
多品目栽培を強みに
今までは力を入れなかった分野の顧客にも
アプローチしていきたい。
簡単にいえば、直売分野をもう少し伸ばしたい、ということか。

栽培技術では、
天敵防除の確立と、昨年失敗してきた野菜の
技術を確立させること。
ズッキーニ、根セロリ、青ナス、セロリ、ニンジンなど。
あとハーブ類も。

他にも、スタッフのやる気次第だが
料理教室や体験農園なども
企画としては、面白いかもしれない。

人事面では、
さらにスタッフを募集する予定。
インドネシア研修にも力を入れてくれそうな
人材が来てくれると、面白くなりそう。


次に研修分野。

いよいよインドネシア農業研修生第一期生が
帰国する。
3年間のプログラムの見直しと
授業科目がこれでいいのかを再検討したい。
それらの資料化も進めたい。
研修生の帰国後の支援の体制も
同時に考えなければ。

日本人研修生の方も
受け入れを継続していきたいので
とりあえずは勉強会の定期的開催でも
目指そうか。


最後に生活分野。

もう少し、余裕ある生活を目指したい。
特に、美味しいと思う野菜しか作らないという
自分なりの野菜栽培コンセプトを
もっと実生活でも反映させたいと思う。
つまり、今年は、今まで以上にもっともっと
美味い物を作って(栽培して・調理して)食べようという魂胆。

子育ては、もう少し楽しんでやりたい。
どうしても昨年は、忙しさのあまりに
娘の世話が負担に感じることが多すぎた。
知り合いの農家から、
子育ては今しか楽しめない贅沢、と教えられたので
その贅沢を、もっと感じたいと思う。

楽しい1年になりますように。

関連記事

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
12 ≪│2011/01│≫ 02
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ