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今年は暑い。
異常に暑い。
なんでも記録的な猛暑の年なんだとか。

そんな暑さではあるが、
そろそろ冬の野菜に向けて準備をしないといけない。
大根・キャベツ・白菜・ブロッコリ・セロリなどなど。
すでに畑に定植を終えているものもあれば
これから種を播くものもある。

この暑さにやられはしないだろうか、
もう少し雨がふらないものだろうか、
などと、冬野菜にあれこれと想いを馳せ、
小手先で、潅水したり遮光したりするものの
それが決定的に生育を進めることはあまりない。
所詮僕ができることは、
ただただ雨や秋を待つことだけしかない。

どんなに技術が進もうとも、
どんなに学問が深まろうとも、
自然の流れには、
人はほとんど為すすべはない。

ただただ待つことだけしかないのだ。

(写真:オクラの葉の上で、雨を待つ蛙)
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08 29
2010

来客あり。
若者が2人。
どちらも24歳。
それぞれ思う事があって、うちの農園に来る。

1人は野菜栽培の勉強がしたいのだとか。
もう1人は青年海外協力隊に行きたいのだとか。
話を聞いていると、この歳の若者らしく
あれこれとやりたいことも盛りだくさんで
尚且つ、そのどれもまだまだ考えているだけのものばかり。
懐かしいなぁ。

僕は彼らと同じ歳の頃は、青年海外協力隊に参加していた。
協力隊が終わったら、いろんな事がしたくて
あれこれと考えていたのを思い出した。
そのどれもが、実現不可能に見えて
不安になることもしばしばあった。

「若い」ことは良いことのように言うが
僕はそうは思わない。
若いことは、辛く、そして不安だらけ。
もし魔法使いか何かが現れて、若い日に戻してやると言われても
僕はまっぴらごめんだ。
もう、あんなに辛い日々は送りたくない。
だからと言って、今が楽なわけじゃないけど。
ただ言えることは、年をとると
自分が選択できるものが少なくなってくる、ということ。
だから迷う幅が狭くなってくる。
まぁ、だからといって迷わなくなるわけじゃない。
逆に迷いの深度は、深くなっていく感じだな。

野菜栽培を勉強したい子は、9月の稲刈りが終わったら
うちで研修する方向で考えたい、とのことだった。
協力隊に行きたい子は、
他にもやりたいことがありそうで、どうかは解らないが
縁があれば、経験を積むために、うちの農園に来るかもしれない。

「教える自信が無くて」
と協力隊に行きたい子は話していた。
そうか、教える自信ね。
それだったら、うちに来ると、教える自信から
学ぶ大切さに考えが変わっていくだろう。
その中で何かを作り上げていく面白さも
もしかしたら気が付くかも知れない。
青年海外協力隊は、教える自信は要らない。
相手から学ぶということが大事なのだ。

若者二人の訪問は、
10数年前の自分を思い出して、懐かしくなった。
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来客あり。
8組の親子で総勢18名の収穫体験。
以前に料理教室などを一緒にやった知り合いの人との企画。

この時期は、夏野菜も終わりになりつつあり、
正直、収穫出来る野菜も少ない。
そんな中でも、比較的まだとれている
金時草とフルーツホオズキの
収穫体験&お持ち帰りをしてもらった。

どちらももっと普及させたい野菜(果物?)でもあるので
収穫体験でこれらの作物を知ってもらうのは
僕としても悪くはない。
またちょうど我が娘と同じような世代の子が多く
見ていても楽しかった。

ホオズキ収穫


やはりフルーツホオズキは、収穫体験でその価値が発揮されるようだ。
フルーツホオズキは出荷するには手間がかかり、
なかなかそこまで手が回らないため、なかなか市場に出せない。
でも収穫体験ならば、実が子供の目線上にあるため
3歳~5歳くらいの子供でも収穫が出来、
かつ、食べたことのない美味しさなので
皆、夢中で収穫していた。
フルーツホオズキは数種栽培しており
味もいろいろと違うので、
これらで収穫体験を企画できないか、
少し考えてみても面白いかもしれない。

ただ、こういう企画をしていていつも思うのだが
生産の現場は収穫体験には不向きなところが多いということ。
手洗い場はないし、トイレもない。
圃場もあちらこちらに分散しているし、
暑さをしのぐ影もなければ
ちょっと休む椅子もない。
これが生産の現場だ!といって、それを見てもらうのも
また体験なんだろうけど、
長いできない居心地の悪さも
参加されている方々は感じるかもしれない。
せっかく来てくれたのだから
もう少し意見交換がしたかった。
これは今後の課題か。

最後は、突然の大雨で
質問や感想などを聞く機会を失ってしまったのだが
後から知り合いから送られてきたメールでは
みんな満足していた様子がうかがえ
ひと安心。

参加された方、暑い中ごくろうさまでした。
フルーツホオズキや金時草は
JAの直売所に出していますので、
見かけたら買ってくださいねー。
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今回は研修生の座学から。
研修生は毎月、体験・実習・学習したことを
レポートにまとめてもらっている。
そして座学の中で、それを元にディスカッションもしている。
ちょっと前の話になるのだが、
7月の月間レポートを元にディスカッションをしていたら
今年来たばかりのタン君のレポートに面白いことが書いてあった。
それは、

「日本は自然を愛している人が多いようです。なぜならどこへ行っても山は緑で、木々が生い茂っているからです。私の住む地域は、山のてっぺんまで耕作され、木々が生い茂っている山はありません」

というもの。

なるほど。
日本の山は、はげ山と言うものが少ない。
皆、青々としており、木々が生い茂っている。
だが、それは自然を愛しているのとは
まったく逆のこと。
日本の山は放置されているだけなのだ。
僕は、家の暖房を薪ストーブに頼る関係上
薪を集めるために、冬場山に入らないといけない。
母方の祖父が山をもっているので
山仕事をする場には困らない。
そこで山仕事をすれば、誰でもわかることだが
山は、荒れ放題なのだ。
ではなぜ荒れ放題になるのか。
それは簡単。
林業で生計が立てられないから。

インドネシアの木を買ってきた方が
自国の木を伐採して材木として使うよりも
安くなるのだ。
そんな変な話があるものかと
思わないでもないが
幾つもの搾取が折り重なり
それが可能になっているのが現代の社会。

前期の座学が終われば
後期には「農業とグローバリゼーション」という授業を用意している。
僕らが住むこの現代に共通する問題。
環境問題とは限らない。
それにその中にも、目を覆いたくなるような
多くの搾取でまみれている。
タン君の疑問はそこで解けるだろう。

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今日は研修3年目のH君のゼミの日。
彼は最終年の個人研究の課題を
有機肥料の有効性について、に焦点をおいて
様々な雑誌や本を読んでもらっている。
今日は、雑誌「現代農業」から3つの記事を取り上げて
ゼミの課題とした。

ここ何回かにわたって、彼は肥料の熟度と菌の関係に注目している。
今回もそんな感じの記事を探してきての発表だった。
一つは根菜類の連作を可能にしたというもみ殻堆肥について。
10a当たり60ℓの施肥のみで、ごぼうの連作を可能にしたという記事。
菌を培養した水槽にもみ殻を浸し、そこにポンプで空気を送り込む。
そうやって熟したもみ殻を機械で細かくカットして
乾燥させたものを施肥するというもの。
作り手の話では、
施肥量が少なくても、土壌中で良い菌が繁殖するので
それが連作を可能にしているという。
僕としては突っ込みどころ満載の記事。
好気性菌を増やして堆肥を作り、
それをトレンチャーで1メートル近くも土壌中に入れれば
その菌の繁殖はあまり期待できないようにも思うのだが・・・。
堆肥づくりにどういう資材を利用したのかは解らないが
トレンチャーで掘って鋤きこむことを考えると
投入量が少なすぎる点も不審に思う。

2つ目も、もみ殻堆肥の話。
全体施肥よりも部分施肥の方が効果があるというもの。
部分施肥は僕も実践中で、かなり面白い取り組みだと思う。

3つ目は、不耕起栽培と落ち葉堆肥の組み合わせの話。
これが一番おもしろかった。
定植する場所だけトレンチャーで掘り起こし、
そこへ落ち葉の未熟堆肥を入れて畝作りをするというもの。
畑すべてを耕起しないので、その分省力的であり
かつ機械に頼ることも少ない。
さらには、耕起しないところは雑草を生やしたままになるので
そこが天敵やただの虫の住処になるので
害虫の発生も抑えられるというもの。
研修生たちもこのトピックでは議論がもっとも活発だった。
実際のところ、研修生の地元でも
畝を立てるところだけを鍬でおこし、草をその畝にすきこむような形で
畝立てすることもあるという。
一見、粗放な栽培法にも見えるが、草がそのまま肥料となり
また余計に耕起しないので、
土壌生物の撹乱もなく、肥えた土を維持できるのだとか。
なかなか面白い取り組みで、
今後、インドネシアの文脈において、
実践の可能性が高いようにも思えた。


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お盆明けから、早稲田の大学生が再び農園に来ている。
8月の上旬に、大学のある授業の実習として
2泊3日でやってきた大学生。
さんざんこき使ったのだが
帰り際に、また来たいです、というので
いつでもおいで、と冗談半分で答えていたら、
本当にやってきた。
懲りない奴、とは彼のことを言うのだろう。

インドネシアの研修生たちが暮らす研修棟に
寝泊まりしてもらい、寝食を共にしてもらっているのだが
どうやらそれが面白いらしい。
ちょうど今、インドネシアの子たちは断食の真っ最中。
大学生は断食には参加していないようだが
一緒に早起きしたり、
断食の時に食べる食べ物を楽しんだりしているようだ。
彼にとっては、ちょっとした合宿気分なんだろうか。

農園の作業はルーティンなものが多いのだが、
それも楽しいと彼は言う。
うちの農園は若者が多い。
国籍も多彩。
そういうのも「楽しい」の一つなのかもしれない。

冬も時間があったら来ても良いですか?と
その学生は言う。
商社に就職が決まっている彼だが、
農村に来て、そんなことを言うやつは、先が危うい。
今年、外資系企業を脱サラしてうちの農園で研修している奴が
「5年後くらいには、君はここに居るな」
などと冗談を言っていたのだが、
そういうことは良くあるこの時代。

なんでも良い。
気に入ってくれたのなら、いつでもおいで。
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こういう項目を作っておいて
これまで一つもエントリーを書けていなかった。
日々忙しいというのもあるが、
それ以上に、どういう研修をすればいいのか
僕自身、かなり迷っている部分もあるということである。
走りながら考える、といえば聞こえはいいが
どういう研修をすべきなのか明確でない部分もかなりある。

だから
カリキュラムと言っても
かなり流動的。
180度方向転換もありうるのだ。

研修カリキュラムを定めるからには
研修の目的が無ければならない。

目的は一つ。
研修生がそれぞれの地域で、農業主体の地域発展に貢献できる人材に育成すること。

ではその目的に即して
必要な授業は何だろう。
現在用意しているのは、
農業構造比較論
地域開発論
農業とグローバリゼーション
生物多様性と総合的作物管理(ICM)論
の4つ。

一つ一つ簡単に説明しよう。

「農業構造比較論」
うちで学ぶ研修生が最初に受ける授業。
もっとも基礎的な授業。
授業の目的は、農業に対する相対主義的なパースペクティブを獲得すること。
農業という我々の目に見えている現象は、
表象にすぎない。
その表象同士をそのまま比較しても
たとえばインドネシアと日本の場合、その多くが
機械化された近代的農業の賛美に終わるだろう。
または有機農業の文脈においても同じで、
それら農業は揃った資材と機材によって支えられており
同じように近代的農業でしかない。
だから、表面だけ見比べれば
僕らは、先進‐後進の枠を乗り越えられず、
いつかは日本のような農業を夢見る研修生を排出し
単線的な近代化論的発展論に陥ってしまいがちになる。
それでは意味がない。

僕らは同時代を生きている。
そしてそれぞれに発展の道は異なる。
ここの農業が先進的に見えるのは、それを支えている要因が違うからである。
先進的じゃなく、それはユニークなんだ、という視点が必要なのだ。
ではその視点を得るにはどうすればいいのか。
その表象を支える要因を腑分けしていけば良い。
その要因の中で、それぞれの農業を比較していけば良い。
ミクロな要因からマクロな要因まで
その地域の農業を作り上げている要因はたくさんある。
それらに自覚的になることで、
自分の地域の、また他の地域の農業を
読み解くことができる。


「地域開発論」
この辺が僕の専門領域。と勝手に思っている。
研修生は日本語を読み解く力が、弱いので
農業ビジネスの成功事例のまんがなどをテキストにして
地域開発の鍵は何なのかを一緒に考える講座。
農業構造比較論で出てきた要因なども
ここで用いて分析してみることで、より理解も深まる。
最終テストには、
研修生の農村ポテンシャル調査のレポートを元に
自分の地域では無い地域のレポートを読んで
その地域の農業ビジネスプランを立てるというものを用意している。
そのレポートは、
大学院で同窓だったインドネシア人の友人に依頼しているものを使用。
ビジネスプランの重要事項に
社会的企業の要素を盛り込むことが絶対条件となっている。

「農業とグローバリゼーション」
ビデオを使っての授業。
遺伝子組み換えの現状や
ヤシ油やコーヒーなどの大規模プランテーションの現状、
キューバの有機農業のビデオなどを見ながら討論。
環境保護・市場自由化・労働搾取などの問題も議論する。
同時代性を強調し、僕らが持つ世界的な問題点を共有し、
ミクロに実践していこうという授業。
協力隊OVの体験談などもこの講座で話してもらっている。

「生物多様性と総合的作物管理(ICM)論」
化学合成農薬や化成肥料に頼らない新しい農業の地平を探る
理論的な農学の授業。
ただそれでいて、単なる有機農業信奉にも陥らないように気をつけている。
人間の健康から農を読み解くのではなく
エコロジカルシステムの一員として
永続可能な農業の視点から農を読み解く授業。
天敵の利用とただの虫に対する眼差しと
雑草の知識、作物の全体風景、輪作、混作などの
技術的な議論をするのが目的。
こういったものが
市場的に有利に販売できるかどうかは
この授業の範疇でもなければ
僕のポリシーでもないのであしからず。

上記の授業以外に
3年目になる研修生には
それぞれ自分の課題を設けて、研究を行ってもらっている。
毎週1回、その研修生がゼミの課題を作り、
皆でそれについて討論する講座も用意している。

また、毎月1回、
研修生それぞれが月間レポートを作成し、
その月の経験や疑問などを討論する時間も設けている。

半期に1講座(予定)。
2年で4講座の計算。
3年目は自己研究のゼミ。
なんとも少ない講座数なのだが
現状では、これで目一杯。
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これまで
特に考えたこともなかったのだが、
あるナスを作るようになってから、
伝統という言葉について考えることが多くなった。

そのナスとは、言わずも知れた「吉川ナス」。

美味いから作っていたナスが、
たまたま伝統なすと呼ばれるもので、
そしてたまたま突然作り手が僕以外に居なくなり、
一時的ではあるが、伝統を受け継ぐ者のように
取り上げられたことがあった。
それについては以前書いたエントリーに譲ろう。

ただその後、そのナスが栽培されていた地元で
栽培を復活させようというグループが出来、
今年は、それなりに盛んに作っているようである。
それはそれでとても良いことだと思う。

ただ、「伝統」についての扱われ方にやや疑問を感じることが多い。
そのグループというわけではないのだろう。
それを取材する側の問題なのかもしれないし
その取材された物を読む側の意識的な問題なのかもしれないのだが、
「伝統を守る」という言葉が
頻繁に出てくることに違和感を覚えるのである。

僕のように、その地方でない場所で
吉川なすを栽培している者にとって
伝統というものが付きまとうことはない。
僕は亜流であって、マージナルな位置にいるにすぎない。
それは「伝統を守る」という文脈での話。
その伝統の中では、
正統性と権威が存在している。
それを有さない者は、とうぜんその資格がない。

また同時に、
「伝統」は守られるべきの物なのだろうか、という疑問である。
伝統は、人々との受け継いできた技や価値や精神や
またそれらを有した物質であろう。
だとすれば、それは保護を受ける対象の物なのだろうか。
保護を受ける対象として、その地位を固定化し
貶める必要があるものなのだろうか。
自然保護のように、ある種高慢的で恩着せがましい態度が
見え隠れするのは、僕があまりにも素直じゃないからだろうか。

伝統は、保護されるべきではなく、
それは築くものである。
伝統は、その中身を固定化するべきではなく、
それは新しく積み上げていくべきものである。
伝統は、同質的なまま継続されるべきではなく、
新しく変容を秘めたダイナミックな存在であるべきである。

だから、伝統に「守る」という言葉を使わないでほしい。
僕はそう思っている。
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08 13
2010

うちの農園のお盆商戦が終わる。
今年は、青果物が8月に入ってからも高値が続き
その影響もあってか例年以上の注文が入っていた。
農園の経営方針として雇用の拡大を図っており
そのため今年から拡大した野菜の品目もあり、
そんなこんなで、全体として昨年よりも忙しい年となった。

さらには、
7月に突然ベテランのパートさんが
家庭の事情で辞めていたので、
その代わりが見つからないまま
お盆商戦に入り、注文をこなせるかどうか、
それすら分からない状況になっていた。

毎年のことなのだが
今年も永遠に続くかと思う収穫作業をしながら、
こんな疑問がわいてくる。
お盆時期に合わせて野菜の注文が2倍も3倍にもなるのだが
一体、誰がそれだけ食べているのだろうか。
帰郷してくる人たちがそんなにいるのだろうか。
この時期だけ、福井は人口が2倍にも3倍にもなるのだろうか。
何でも売れる。
とにかく何でも売れる。
高い値段をつけても売れる。
いや、高い値段をつけたものから売れる。
盆と正月は、とても不思議だ。
帰郷という行為は、
それほど消費活動を活発にするものなのだろうか。
それとも中間業者が、
この時期は品物を切らしたくない、という心理から
商品を大量に抱え込んでいるのだろうか。
生産の現場からは、良く見えないけど
とにかく、目の前のものがどんどん売れていくのは
間違いない。

労働人数が1人足らない状況で
発注が例年以上。
しかたがないので、この時期に限って朝早くから働き始め
残業も1時間から2時間ほどみんなにはしてもらった。
本当にぼろぼろになるまで働いた。
多分、1人退場になり10人でサッカーをするのって
こんな気分なのかもしれない。

4月から来ているルーキー2人が
予想以上に頑張ってくれたので、
今年のお盆商戦は、発注の断りを入れずに済んだ。
そういえば、
発注してくる業者の担当者も、
僕らと同じようにぼろぼろになっていた。

兎にも角にも
お盆商戦は終わった。
疲れた。休もう。
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知り合いのシェフに
「うちの野菜のコース作ってくれませんか?」
と無謀なお願いをしたら、
気軽に
「いいよ」
と言ってもらえた。
だから、金曜日は贅沢ディナー。
その日限りの
自分が栽培した野菜を使ったコース料理。

毎年来ている早稲田の大学生が今年も来ることになり
ちょうどその日が、妻の大学の出勤日。
そういうこともあって、その日は外食をしようと端から決めていた。
ただ貴重な外食なので
なんでもいいわけじゃない。
どうせ食べるなら、美味しいものが良い。
だから知り合いのシェフに
ちょっとした思いつきで、
僕が作った野菜でコースを作ってほしい、とお願いしてみた。
たぶん断られるだろう、と思っていたのだが、
思いがけず、快諾してくれた。

ちょっとした思いつきというのは、
うちで働いてくれている研修生やスタッフの事。
常々、野菜の味が解らん奴に美味しい野菜は作れん!と
言っているのだが、
美味しく料理された物を食べる機会はあまりない。
インドネシアの研修生は、
ものすごく保守的で、もう2年半も福井にいるのに
いまだにレストランで食事をしたことすらない。
(ちなみに、お給料はしっかりと与えているのであしからず)

うちの野菜を分けてあげているので、
研修生たちは、
それをスープにするか、炒めるか、揚げるかの
三択の食事をひたすら続けているのみなのだ。
これでは、うまいものがなんたるかは解らない。
舌の経験値をためることもまた、
素晴らしい生産者になることの条件なのだ。
ということで、彼らも無理やり連れていくことに。

どんな食事だったかは、
詳しいことは妻のブログに譲ろう。
とにかく驚きの連続だった。
初っ端の西洋ナスのグリーンカレー風スープで
僕は完全にノックアウトされてしまった。
最後に出てきたフルーツホオズキのブリュレは
本当に見事だった。
あまりに楽しくて、僕はこの日も飲みすぎてしまった。

それから数日後、
妻と娘が、フルーツホオズキのプリンを作ってくれた。
今まで味わったことのない味と食感。
自分が手をかけた作物が、
まったく想像もしない形に姿を変えて
僕の目の前に現れる。
栽培して、それを自ら食べるという、とても単純な行為なのに、
それは、なんて楽しいのだろうか。
それを支えてくれる、シェフと妻や娘に感謝。
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今までで一番いい出来の吉川なす。
それが今、収穫最盛期を迎えている。
毎日100個以上収穫できる。
だが、付き合いのある業者たちは、困惑気味。
そんなに要らないようなのだ。

鯖江の加藤さんが亡くなった時、
周りの業者からは、
「加藤さんの分も作らないといけないし、市場でも評価は伸びてきているから、来年は3倍は作ってね」
と頼まれていた。
だから素直に3倍作ったのだが、
どうもそれが良くないらしい。
ここに来て、レストランや料亭では
ナスの使用量が減ってきているようで
(もしくは客が減っている)
吉川なすの注文が減ってきているのだとか。

品質でいえば、今年のナスは最高級品。
どこに出しても恥ずかしくない出来。
天敵を利用し、物理的防除も徹底し、
有機肥料のみでの栽培で、
ほとんど化学合成農薬も使用していない、というおまけ付き。
今年の僕は、
他のナスの生産者と比べても、まったく負ける気はしない。
それなのに、消費は伸びない。
この暑さで、消費者の胃も疲れ
食欲も減退しているのだろうか。
景気がなかなか回復してこない中で、
高級ナスなんてそんなに売れないのだろうか。
それでもこれだけの暑さと日光量が毎日毎日降り注げば
ナスは嫌でも大量にできる。

自然との関係が希薄になった人間の体調のリズムと
蛇行する偏西風に翻弄される自然のリズムと
それに合わせて生きているナスのリズムと
それらと全く関係ない資本主義的経済リズム。
そんなものすべてがうまく合うわけがない。

だから今、
値段を下げて売るよりかは、廃棄の道を選んでいる。
なんとも切ない作業なんだろうか。
尋常じゃない暑さと忙しさの中で
まさに自分の魂を削って、作ったナスを捨てるなんて。

そんな愚痴を言っても始まらない。
さて、
そろそろ株を切り戻しして、秋ナスに向けて備えるか。
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この前の土曜日、
JA青壮年部の「青年の主張」に参加した。
地区ごとに持ち回りで、発表者をたてる順番があり、
今年はうちの地区が、何かしらの発表をしなければいけなかった。
そこで、僕に白羽の矢が立ったのである。

この手の発表は嫌いじゃない。
だからと言って、好きでもないが
あの緊張感が、たまらない時がある。
実は、大勢の人の前で話すのは苦手だった。
もともと緊張する性質で、大勢の人の前に立つと足や手は震えるし
小学校の頃はどもりもあったので
それがトラウマになってか、苦手だった。
ただいつごろからかは忘れたが、
がちがちに緊張している自分を、
自分で眺めるのが楽しくなってきてからは、
この手の発表は苦手ではなくなった。

青年の主張で話したことは、
地域を作る「場」の存在と
風土の話。
この日記にずーっと付き合ってくれている人ならば
それだけで何を話したかは、解ってもらえると思う。
僕が留学から戻り、
生産性をあげるよりも、
人が地域に埋め込まれていく場を作ろう、としていることや、
僕らの地域性を風土という言葉で
風の人と土の人の話から
僕が思うことを主張してきた。

普段、そんなことを考えていても、
そんな話をする機会なんてなかなかない。
そんな話を唐突もなくすれば、場が白むか皆引いてしまう。
だからこそ、こういう場で話せた機会は貴重だった。
発表コンペに勝ち上がることよりも
僕としては、
こんなバカげたことをくそまじめに話す、その機会が
とても大事だった。
僕にとっては、ある意味「所信表明」の場だった。

昨年は、ありがたいことに
東京でのシンポジウムに2回パネラーとして登壇し
こういう話をすることができた。
あれもある意味「所信表明」だったのだが、
それよりも今回の場の方が、ずっと意味があると思う。
なぜなら、普段、顔を合わせる仲間たちに
僕が思っている馬鹿げたことを
くそまじめに話す機会を得ることができたからである。

その日、発表コンペで最優秀賞というおまけまで頂いて
仲間で日時が変わるまで飲んだ。
農業の先輩から
「風土の風の土の話は面白かった。田谷くんは土だろうけど、風でもあるね」と
言ってもらえたのが、今でも僕の中でこだましている。
その言葉があまりに嬉しくて、
その日、僕はついつい飲みすぎて、どうやって帰って寝たのか
覚えていないほど、正体を失ってしまった。
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08 02
2010

P7290033.jpg

オクラが最盛期。

自然界が作り出すものは、本当にきれいだと
オクラをとっているとつくづく思う。

丸ざやのオクラは、大きくなっても硬くならないので
大きくして食べる方が、食べごたえもあって良い。
水と土壌養分によっては、小さくても硬くなりがちなので
状況を判断しながら、水やりと施肥を考えている。

見かけたら是非食べてみてください。
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P7290024.jpg

先月から、フルーツホオズキの収穫が始まった。
高糖度で、この品種は16度もある。
フルーツトマトなんて目じゃない甘さと香り。
これは美味い!と思って、3年間作り続けているが
なかなか皆さんに食べてもらう機会がなかった。
ほとんどがレストランに出荷されていたからである。

今年は少し多めに作ったので、
JAのAコープの直売コーナーに並べてみるつもりでいる。
見かけたら食べてみてください。
絶対、病みつきになりますから。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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