保育園の体験田んぼ。
今日は田植えの日。
主宰は、若手農業者クラブである
高志みどりクラブの面々とゆきんこ共同保育園の保育士さんたち。
クラブ員の田んぼの一部を借りての体験田植え。

当初予定していた参加者は140人以上だったのだが
先週の日曜日が雨で、この時期に開催される地区の体育祭が
今週の日曜日に延期になった地区もあり、
田植えに参加できない家族も少しあった。それでも
100人前後の人が集まった。

小さい子は2歳の子までも田んぼに入って
その初めての感触に不安な面持ちではあったが、
それでも少しずつ苗を植えていた。
主力はやはり年長さんと小学生のOB達。
こちらから植え方をある程度指示すると、
あとは自分たちのペースで黙々と植えてくれた。
やんちゃな男の子たちは、途中から泥を投げ合ったり
相手を田んぼに押し倒したりと、思い存分田んぼを楽しんでいた。
ある子は、途中から田んぼに座り込み、
黙々と掘り始めたので、さすがにそれは止めてもらった。

感動的だったのは、少しハンディを負った子。
母親に連れられて田んぼに入って、ゆっくりとだが植えていく。
とても最後までは植えきれないだろうと思って見ていたのだが、
何度か立ち止りはしたものの、
最後まで植えきった姿は、すばらしかった。

総じてそうだったのだが、
素足で入る田んぼは、小さい子供にとっては
なかなか大変だったようなのだが、
どこの家庭も、途中で投げ出させず、
ある程度、最後まで植えるように子供を激励していた。
何でも最後までやり遂げる。
その力と素晴らしさを子供に教えているようにも思えた。

我が子も参加していたのだが、
農家の子であるにもかかわらず、田んぼの泥の感触が嫌で
田んぼに入って10分としないうちにドロップアウト。
保育士さんは、
大丈夫だよ~、と何度も声をかけてくれたのだが、
一度くじけてしまった気持ちは、なかなか回復はしない。
出来ないと思い込むことは、
それだけで可能性の芽を摘んでしまうこともあるようだ。
それだけに、子供に何かをやり遂げさせることの大切さを
親として学んだ。

田んぼの体験は、子供たちや親にいろんなことを教えてくれる。
田んぼの作り方や稲が実際に育っていく様はもちろんのこと、
それ以外にも、それを通じて五感をフルに働かせて
自然と土と感じ取る力を養ってくれる。
そして、手植えの体験なんて現代の農業とは切り離されてしまった
いわゆるイベント的な農作業だと批判することは簡単だが
その少々厳しい作業の中に、
やり遂げる力と自信と満足感を与えてくれるのだ。
それらは、子供や親の成長には欠かせない
とても大切な要素なんだろうと思えた。
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父がずっと以前に始めたことなのだが
鉢植えのトマトをうちの農園では販売している。
といっても、一般向けじゃなく、保育園からの注文に応じての販売。

いつからだったかは定かではないが、
僕が青年海外協力隊に行く以前から、
このトマトを販売していたように思う。
近くの保育園で、母の日のプレゼントとして
何か無いか、と相談されたのがきっかけだった。

このトマト、普通の品種ではない。
もともとガーデナーが鉢植えで楽しむ、
観賞用に作られたミニトマトの品種。
なので、味は?と問われると、他のトマトに比べて
特別おいしいわけではない。
ただ、矮性で鉢植えで栽培できるトマトは
現代の生活にとてもよくマッチする。

アパートに住んでいたり
一戸建てでも、あまり庭のスペースが無いという家庭でも
何かを育てて、そして収穫する喜びを味わえるのだ。
キッチンの日当たりのよい窓辺に、この鉢トマトを置いて育て
子供のお弁当の日や普段の食卓に、その場で摘んで飾る。
ほんのちょっとしたことかもしれないが、
自分の生活の中に、収穫してそれを食する、という
幸せを感じることができるのだ。

生活の質や幸せ、豊かさの一つに、
自然と自分の食卓が繋がっていることを感じること、があるように思う。
それを少しだけお手伝いするのが、
この鉢トマト。

今年、この鉢トマトが意外に余ってしまったので、
娘が通う保育園でも、
鉢代だけを頂いて、少し販売することにした。
それは、
それぞれの家庭で
それぞれの食卓で
自然と繋がっていることを実感できる幸せのおすそ分け。

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本日、田植え開始。
そして、本日終了。
田んぼの面積が1町2反(1.2ha)しかないので
田植えと言っても、がんばれば1日で終わる。

うちの田植え機は、5条植えの機械。
決して足が速いわけでもなく、
肥料の量をコントロールする機能が
少々利かなくなってきている、
どこにでもあるような少し古ぼけた機械。
それも個人で所有ではなく、仲間で所有。
田んぼがそれくらいしかないと、そんなものだろう。

そんな機械でも、順調に動き、段取り良く植えれば
1日で1町2反は植え終わる。
なんとも贅沢。


田植えの作業をすると、いつものことだが
かつて住んでいたインドネシアの田舎を思い出す。
機械植えは一切なく、すべてが手植え。
苗も、苗代から手作業でとっていく。
それを運んで、隣近所・親戚まで動員して手で植えまくる。
そんな農業だった。
当時、集落長の家に間借りをしていた僕も
外国人だからと言って例外視されず動員され、
しばらく田植えに駆り出されたことがあったが
熱射病に倒れ、過労もあってかその晩に熱を出してからは、
それ以来田植えには動員されなくなった。

手植えの田植えは、まさにヒューマンドラマだった。
田植えが始まるころに合わせて、親戚たちの帰省があり
近所への振る舞いや炊き出しの手伝い、
とにかく家の中が、朝から晩まで
笑い声と怒声でごった返していた。

朝早くから起きて、田植えが始まり、
その日の作業が終わるころには、炊き出しをして
手間がしをしてくれた人に、飯を振る舞う。
主宰する側は、とても大変な労力と出費をかけて
田植えを乗り切っていた。
たった1町植えるのにも、何日も何日もかかっていた。
なんとも大変な農業なのだろうか。
でも、生きているんだ!という変な実感はそこかしこにあった。


僕が受け入れているインドネシアの研修生が、
田植えの風景を珍しそうに見ていた。
まずはその機械。
手の動きのように滑らかに植えていく田植え機。
その動きに、ほとんどの研修生は魅せられる。
しかし、しばらくするとその動きにも飽きてきて
周りが見えてくる。
何か変だ、と。
なんだかものさみしい圃場の風景。
そう、人が少ない、と気がつく。

機械での田植えでは、
田植え機で作業をする人と
それを補佐する人。
基本的に2人いれば、田植えの事は足りる。
(1人でも、十分できるけど)
それに慣れてしまった人には、そうでもないだろうが
そうでない世界から来た人には
とても異様な光景に映る。

手植えのつらさや、そこから派生するジェンダー的な虐げを
考えると、とても手植えの文化には諸手を挙げて
賛成は出来ないが、
だからといって、この侘しい作業風景も
あまり好きにはなれない。

田植えだけではなく、
僕らの農家の作業が、さまざまなシーンで
効率的な作業だけに変わってきてしまっている。
農業を営む中で
その作業をこなすことに注意が行き過ぎて、
それをすることで生み出される実感が少ないように感じる。
特に、僕にとっては、昨年から今年にかけて
その差が大きくなってきたようにも思う。
人を雇い、借金を負い、面積を拡大させる中で、
効率と合理性ばかりを求める視点に徐々に変わってきたように思う。
実はそんなことは、
僕がやりたかったことではないのに。

田植えをしながら、
かつて居たインドネシアを思い出し、
そして研修生からの言葉で、
僕もすこし考えさせられた。

だからといって、
あの辛い手植えに戻れ
というわけじゃないので、あしからず。
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楽しい会議が昨晩あった。
それは、体験田んぼの打ち合わせ。
若手農業者クラブ(4Hクラブ)で行っている食農活動で、
一昨年の2008年から活動をしている。

週末に予定している田植え体験なのだが、
保育園側の参加者が、田植えだけで140人以上とのことで
なかなかの盛況ぶり。
小さい子供たちが、好き勝手に植えまくる田植えで
一番気をつけないといけないのは、何であろうか?
きちんと植えるよう指導をすること?
いえいえ、それはあまり関係ない。
一番大切なのは、みんなが安心して楽しめるよう
安全の確認をすることであろう。
クラブ員で田んぼの周りの安全をどう確保するかを
中心にこの会議では話し合われた。

食農体験は何も田植えだけではない。
これから収穫、いや米を食べるまでの間、
様々な田んぼの姿と、約4カ月間の時間と共に
付き合っていくことが食農体験の醍醐味だろう。

そこで、如何にして園児たちや父母・保育士たちに
その素敵な時間を共有してもらえるかを
みんなでアイディアを出し合った。
そういう作業が、僕には一番楽しい。

天気予報を見ると、日曜日は曇り。
楽しい時間になるのではないかと、今から楽しみである。
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こんな記事を発見。
英文記事
和文記事

小児科学会に提出された論文の原文を読んでいないし
たとえ読んでも、ここまでの専門的なことは
自分では判断しかねる。

これもまた、なんとかが危ないと同じような
人々の恐怖心を煽るだけの「トンデモ」なのだろうか。
それともこれは科学による新しい発見なのだろうか。

ただ言えることは
有機リン系の殺虫剤の使用は
ずいぶんと減っているという事。
周りの農家を見てもそうだし
うちの農園では、すでに使用していない。
有機リン系からネオニコチノイド系へと
農薬の主流が変わってきている。
そのネオニコチノイド系も最近では攻撃の対象になっているのだが。

こういうやり取りを農家として見ていると
いったい現場では何をすればいいのか、解らなくなってくる。
科学の発見は、いつも物事の先を予言するよりも、
物事が起きた後の説明に多く使われていることが、
科学を良く象徴しているようにも思える。
まったなしの田んぼや畑では
そんな後付けの「説明」はあまり必要ではないのだ。

ただ、こうした批判の存在が
農薬の新しい道を切り開いているようにも思う。
よく、
「農薬が効かなくなっていて、どんどん強い農薬が使われている」
といった発言を見聞きするのだが
それは間違い。
人間にとっては、と言う断りを入れたうえで
どんどん低毒性になっているのだ。
批判的な眼差しは、それ自体、無意味ではなく
むしろ積極的な農薬の新しい道を切り開くモティベーションにも
なっているようにも思える。
ただその真っ当なやり取りのすみっこで
人々の恐怖心を煽りながら、金儲けをする輩がいるのが嘆かわしい。

この記事はどうなのだろう。
それが解るのは、もう少し先のことになるのだろう。
それが後付けの説明が得意な「科学」の特性なのだから。
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金時草に導入した天敵農薬アブラバチの中間報告。
以前のエントリーでも書いたが、
金時草のように茎頂部を収穫するようなタイプの野菜には
アブラバチの持ち出しがおおくなり
結果として、それほど効果が無いのではないかと考えられた。
結局、天敵、天敵と騒いでいても
それは所詮、気休めに過ぎないのだろうか。
そんな不安を持ちつつも、ぐっと我慢をして
経過を観察し続けた。

5月に入り、ハウス内の気温がずいぶんと上がった。
そのこともあってか、アブラバチの活動も活発になり
かつ、孵化までのスピードも速くなってきた。
当初、アブラムシの増殖スピードの方が速かったのだが
5月10日を過ぎるころには、アブラバチに寄生された
アブラムシ(マミー)が多数観察でき、
現在では、その多くが孵化して、
さらにアブラムシに卵を産みつけている状況になった。

こうなったのは、やはりハウス内に植えた麦の役割が大きい。
金時草は、茎頂部を収穫で持ちだすため
アブラバチの寄生したアブラムシ(マミー)も一緒に
ハウス外に持ち出すことが多かった。
これではハウス内のアブラバチの数が一向に増えず
結局はアブラムシのハウス外侵入とハウス内増殖の
スピードにはかなわないように見えたのだが、
ハウス内に植えた麦の間で増殖したアブラバチが
結果として、ハウス内全てにいきわたり
たとえ、孵化前のマミーを収穫物と一緒に
ハウス外に持ち出したとしても
ハウス内のアブラバチの密度を一定に保つことができるようになった。
今回の麦のような役割をしてくれる植物を
バンカープランツと呼ぶ。

ムギクビレアブラムシのマミー


バンカープランツは、いわゆる天敵の住処。
それ自体は収穫しないので、ハウスの利用効率は
若干悪くなるようにも思われるが
農薬散布の労力や危険性からある程度開放されることを考えれば
利用しない手はない。
今回は麦を利用したのだが、麦にはムギクビレアブラムシがつく。
このアブラムシは主に麦ばかりを害するもので
金時草には害がない。
このムギクビレアブラムシを餌にして
アブラバチが増殖し、ハウス内にとどまっていてくれるため
今では、外から入ってくるモモアカアブラムシや
ワタアブラムシが、決定的な害を及ぼす密度になる前に
天敵(アブラバチ)の餌食となっている。

以前も書いたことだが、
非選択性の農薬散布をこの圃場ではやめたことで
他の虫たちもずいぶんと増えた。
ヒラタアブやナナホシテントウムシなどの
アブラムシを餌にしている捕食性昆虫も
容易に観察できるようになった。
人の手がずいぶんと入り込んで作り上げた生態系のバランスなので
これを維持するのは容易ではないのは想像できるが
なんとかこのバランスを維持していきたい。

ちなみに、
5月に入ってから暑い日が続き、いよいよアザミウマ類も
活発に金時草に害を与え始めた。
これを防除するためには、
タイリクヒメハナカメムシかカブリダニといった天敵を
新たに導入する予定でいるのだが
25度以上の気温で安定するとのことなので
今回は、ボーベリア菌というアザミウマ類に寄生する菌を
主成分とした農薬(ボタニガードES)を散布した。
2年前にもずいぶんと試した農薬だったのだが
その時は使い方を熟知しておらず、結果を得られなかったのだが
今回は、ハウス内の湿度が一定期間高くなるように
気をつけた結果、
アザミウマに寄生するボーベリア菌を観察できた。

天敵昆虫や菌類は、たしかに化学合成農薬に比べたら
使い方にコツがあり、容易に結果は得られない感じだが
それでもそれは、気休めではなく
しっかりとした効果あるものだと確信できた。
今後、他の野菜栽培でも積極的にこの技術を取り入れていこう。


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来日3年目のインドネシア研修生のH君。
最終年度は、卒業研究をせよ、と言われて
彼自身、有機肥料の有効性について研究することにしたのは
以前のエントリーでも書いたとおり。
(卒業研究2008年度生を参照されたい。あまりにも整理されていなかったので、カテゴリは少し整理してみた)

さて、その研究だが、
H君は自分で堆肥を作り、それも試験栽培区に入れたい、と
現代農業などの雑誌をゼミで取り上げるようになってから
言うようになっていた。
しかも、ここの土着菌を使って。

僕がこれまで関わりを持ってきたインドネシアの農家のほとんどが
自作堆肥には、EM菌を購入して、それを使わないとできないと
思っている節があった。
青年海外協力隊で赴任していた農村でも
堆肥づくりの講習会は開いていたのだが、
土着菌で堆肥を作る僕に、みんなが
「EM菌使わないと堆肥にならない」と
口をそろえて異を唱えたことが今でも懐かしく思い出せる。
その後、インドネシアのボゴール農科大学院に留学した時、
そこでも様々な有機肥料に関するインドネシアの書籍を読む機会があったが
全ての本がというわけではないが、
堆肥の発酵に必要な菌を「特別な菌」と称して正体を明かさない
なんだか秘伝の菌のように書かれている本が多かった。
ボゴール農科大の有機肥料の先生なんぞは
その菌のパテントでずいぶん儲けているという噂もあった。
が、それは悪いように語られているわけじゃなく
その技術に対する賛美として人口に膾炙していた。
まぁ、そういう優良な善玉菌を安値で販売するのは良いが
それが先行してしまうと、
その菌を使わなければ、あたかも肥料にはならない、という
新しい偏見も人々の間で生みかねない。
僕が協力隊時代から今まで、そういった資材を批判し続けているのは
そういう偏見に対するものである。

僕の薫陶(???)を受ける前は
H君も、肥料発酵菌の資材を利用しないと堆肥は出来ないと思っていた。
だが、菌はどこにでも存在する。
そして、特に特別な資材を使わなくても
菌は簡単に手に入り、さらに最も大事なことは
その菌が繁殖しやすいような環境下にすることなのである。

ということで、今日は研修生をひきつれて
河川敷の林の中へ。
竹と柳の林で、落ち葉がずいぶんと積っており
それをすこしめくっていくと、葉が分解されている層がある。
そこに多くの菌がいる。
幾枚かの葉が白く固まっている塊をすぐに見つけることができるだろう。
それが、菌のコロニー。
それを拾い集めて、発酵のスターターとする。
資材を買う必要もない。
パテントのかかった菌を使う必要もない。
身の回りのある、土着の菌。
その菌こそ、自分の住む地域の菌であり
自分の住む地域の風土にあった菌なのである。

H君はそれを大事に持ち帰り、
明日にでも炊いた米を媒体として、その土着の菌をすこし培養する予定。
その後に、近くの農家から分けてもらった米糠と混ぜ合わせて
堆肥づくりに入る。
H君はこのプロセスから、
何を感じて、そして何をインドネシアに持ち帰るのだろうか。
土着菌を見つけ、少し高揚している彼の横顔をみて
ふとそんなことを思った。
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この前の火曜日に、
水曜日から雨が降ると聞いて
急いで麦とソルゴーを畑にまく。
手押しの播種機を使って、1条ずつ播く。
圃場を往復すること15回。
距離にして、2.7km。
ちかくで農作業をしていたおっさんが、
そんな僕を不思議そうに見ていた。

この作業は何のためか。
もちろん麦やソルゴーを収穫するわけじゃない。
これらは、バンカープランツと呼ばれるもので
害虫を食べる天敵の住処になるという消極的な意味だけでなく
名前も知らない「ただの虫」や
バクテリアや小動物たちの住処になる。
自分の農をもっと積極的に
自然の摂理の中に置きたいと思って
やっている取り組み。

そういう意味では、
本当ならば麦やソルゴーだけでなく
クローバー・アルアルファや他のイネ科の牧草なども
混播したいのだが、
人から1年期限で借りている田んぼでは
さすがに思いきれない。
すでに地主さんからは昨年、草がひどかった、とクレームを頂いている。
あれは麦やソルゴーです、と説明して
なんとか納得してもらったのだが
それが混播となると、どう見ても草むらにしか見えなくなるだろう。
その状況を地主さんに納得してもらうのは難しいだろう。

草を生やさない。
それが農の基本的な共通認識。
それをもう一段階引き上げて
生えてくる植生を管理する、草に対する総合的なマネージメントが
僕は必要だと思う。
生えてきては困る草。
それが生えてくることで圃場の多様性を保てる草。
雑草だなんて言葉で十把一絡げしないで
そこに生えている草と虫と菌の関係を良く観察していくべきだ、と
僕は思うのだが、
それはなかなか他人には伝わらない。
草は生やさない。
そういう常識(共通認識)というステレオタイプがある限り。

さて、麦とソルゴー。
昨年の実績はと問われると、数値的なものはほとんどない。
あるのは観察した実績だけである。
アザミウマがひどく発生した頃には、ヒメハナカメムシ類が多数観察でき
ほとんどアザミウマの被害はなかった。
アブラムシには多数のアブラバチの他
ナナホシテントウムシ
ヒラタアブ
クサバカゲロウ
などのメジャーな天敵も多数確認。
クモ類やカエル・ヘビも多数確認できたし
ミツバチを始めハチ類も多く飛来した。

農薬を無散布、と言うわけにはいかないし
他の生物に影響の少ない選択性農薬はそれなりに使ったので
この麦とソルゴーで、コストと言う意味で
どれほどの意味があったのかは、僕にも不明だ。
実は僕にとっては、それはあまり関心事ではないのだが
他人にも解ってもらうには、
今年はもう少しそのあたりもデータとして取れれば思っている。
ただ、これだけ農薬が減らせます、などという
消極的な意味で語るのは、自分としても不本意なのだが。

自然の摂理を利用した畑。
今年はどうなるのか、楽しみである。
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地元テレビ局が取材に来る。
取り上げていただいたのは、金時草。
5月28日金曜日の
「イケてる福井」で放映予定。

伝統野菜の特集の中で取り上げてくれるだが
福井で金時草は伝統野菜のくくりに入れていいのかどうか
少々微妙なところではある。
でもまぁ、美味しいものを広く周知してくれるというのだから
そういう意味では、どんどん取り上げてもらって
各家庭で、この野菜を楽しんでもらえればと思う。

サラダでも
炒めても
天ぷらでも
お浸しでも
スープでも
美味しく食べられるこの野菜。
キッチンで調理していて楽しくなるような
そんな遊び心いっぱいの野菜の一つ。

見かけたら食べてみてくださいませ。
TV放送もよろしく。
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娘が生まれた時に、
出来るだけ安全なものを食べさせてやりたい、
そんな思いで始めた自家菜園がある。
そこでは、かつてはさまざまな品種を栽培し
食卓のほとんどをその畑の収穫物だけで賄おうとした時期もあった。
そしてその畑は、肥料は少し加えるものの、
農薬は使わず、というよりも
農薬登録されていないいかなる薬剤も無散布で、
何も手を加えないという意味で、より自然に任せた畑でもあった。
そしてそれは今も続いている。

ただ、娘が生まれた当時よりも
僕の農に対する考え方がずいぶんと変化しており、
この菜園だけで自給することもないし、
農薬に対する考えもずいぶんと変わってきている。
必ずしも無農薬でなければならない、とは
すでに思っていないものの、この菜園を無散布で耕し続けるのは
無散布に対しては、ほぼ個人的な関心ごとで
その実験と観察をするためものである。
というのは余談。

さて、その畑。
今年からそのほとんどを研修生(インドネシア人・日本人)と
セネガル人スタッフのイブライに開放した。
収穫物を4家族で分ける予定で
みんなが植えたいものを植えていいことにした。

昨年もインドネシア研修生に一部開放したのだが
収穫物をすべて持っていってしまうという
認識上のルールの相違があって、うまくいかなかった。
なので今年は、
収穫物はすべて4家族で平等に分ける、
ということにした。

作付計画は、研修生とイブライに任せて
僕はとにかくインドネシアのトウガラシと
トマトがあれば、それだけで十分だったので
その数量だけ、増やしてほしいという希望を出した以外に
特に口出しはしなかった。
苗代も4家族で折半となっているので
それぞれが食べたい野菜を植える段取りになっていた。
そして本日、野菜苗の定植をみんなでした。

ただ、僕がインドネシアのトウガラシを増やしてほしいと
希望を出すと、思いもしない奴から横やりが入った。
それはセネガル人スタッフのイブライ。
「それ増やしても食べない。去年、たくさん捨てた」
と普段はそれほどの記憶力も発揮しないくせに
昨年のことを持ちだして、数量は少なくて良いというのである。
確かに昨年は、収穫する時間がなくて
またそのトウガラシは、
インドネシアのチリソースに加工するために作っているのだが
その加工する時間がなかなか用意できなかったこともあり
結局、収穫適期を逃してしまったのである。
食べたくないわけじゃない。
至極食べたいけど、あわただしく過ごしていたら
忘れてしまった、というだけなのだ。
研修生とイブライだけで立てた計画を見せてもらったら
トウガラシはたった5本だけにされていたので
ここは強引に、トップダウンで22本に増やさせてもらった。
イブライは不満顔だった。

そのイブライ。
トウモロコシが好きということで、
40本のトウモロコシを定植した。
イブライは解っていないだろうけど
この菜園は、普通の畑よりも過酷な条件。
なんせ、無散布の菜園で
雉やカラスのえさ場でもある。
僕はこの畑で、娘や妻が大好物のトウモロコシを
4年間作り続けて、
ほとんどまともには食べられなかった。
嬉しそうにトウモロコシをイブライが植えていたが
その実が彼の口に入ることはほとんどあるまい。
まぁ、それも勉強だろう。

インドネシア研修生は、
バヤムという葉野菜を一畝もらって播種していた。
「これ、とてもおいしい」
と日本人研修生やイブライに説明していたが
ごめん、正直言ってそれ
僕はあまりおいしいと思ったことはない・・・。


それぞれが、それぞれに
美味しいと思うもの、食べたいと思うもの、を
その先の楽しみを想像しながら植えた。
それぞれに嗜好の違いはあるものの、
それはとても素敵な時間の始まりのように見えた。
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ここ最近、露地の畑の準備に追われている。
といっても、夕方にしかその準備は出来ないのではあるが。
1日の大半を業者や市場からの野菜の注文をこなすのに
費やしてしまい、またそれと同時並行で
栽培中の野菜の管理、切らさず出荷できるようにと播種作業が
入ってきて、座る間もなく1日を過ごしている。
(余談だが、昼は昼でインドネシアの研修生への座学が週に3回もあるので、ほとんど休んだ気がしない・・・)

さて、野菜の出荷作業、管理作業(灌水・農薬散布)、播種作業等が終わって
なんとか夕方に時間を作って、
今日は、とにかく「なす」の定植をした。
各地の伝統ナスを始め(3種)
ヨーロッパの品種(4種)を定植。
新規就農定着促進事業で購入したマルチがけの機械を使って
マルチをかけて回った場所に、ナスを定植した。
昨年まで数人必要だったこれらの作業が
マルチの機械のおかげで、最悪一人でも可能になった。
むらの高齢化が進んで、その人たちが耕作できなくなっても
これならばなんとか僕の方で受けられそうである、というのは余談。

さて、今年は試験栽培として
伝統ナスを1品種足しただけにした。
例年であれば、数本ずつ約3~4種類ほど、
畑の脇で試験栽培するのだが
今年は、やめた。
目ぼしい品種に出会わなかった、こともあるが
気忙しく過ごしていたら、その準備を忘れていたことに
最近気がついた次第。
こういうこともあるらしい。

昨年の試験栽培の中から
本栽培に格上げになったのが2品種。
ヨーロッパの品種で緑の米ナスと
縞のすじ模様が入る西洋ナス。
本栽培といっても、その中で二つの格付けを僕は勝手に決めている。

一つは、業者向けでガンガン作ってガンガン売るタイプ。
これは県外の市場にも意識がいっていて、
大量生産を目指している(といってもたかが知れているが)。
これを僕はBクラスとしている。

もう一つは、味は申し分ないが(場合によってはBよりも上)
大量に扱ってくれる業者がいなかったりするもので
販路は、直売に限られる。
直売所や直接取引のあるレストランなどへ細々と販売する予定。
これを僕はAクラスとしている。

あれ?AとBがなんとなく逆じゃない?と思う方もいるかもしれない。
どちらかといえば、大量に生産してバンバン売る方をAクラス、
引き取り手がなくて、直売で細々をBクラスというのが
一般的には解りやすいかもしれないが、
実は、そうでもない。
バンバン売る品種は、僕が美味いと感じる品種かどうかは二の次で
(当然、クオリティーという意味では最上のものを出荷する)
業者や市場が欲しているので、経営的に栽培するだけなのだ。
それに比べて、Aクラスに属するナスは
市場では売れないのに、僕が勝手に惚れ込んで
これはうまい、と思って作るナスなのだ。
だから、それを解ってくれるレストランや直売所、果ては一部の消費者に
直接販売している。
経営的にはあまり合理的ではないかもしれないが、
僕の中では、これらのナスは、まさにAクラス!
Bクラスの中では、業者がいらないと言えば
作るのをやめてしまおうと思うナスもあるが、
Aクラスのナスは、誰が何と言おうとも栽培は
その味に飽きるまではやめない。
最終的には自家菜園に逆戻りしても作り続けるようなナスが
Aクラス。

今回、昨年までBクラスでバンバン売っていた2品種が
業者から
「あまり売れないから、今年はいらない」と言われたので
めでたく昇格し、Aクラス入りを果たした。
嗜好は、人それぞれだし、食べ方にもさまざまな文化がある。
だから僕が美味いと思うものを、他人が美味いと思わないことも多々ある。
だからといって、それらのナスの価値が
僕の中で下がるわけじゃない。
そういったナスは、さらに上のクラスに格上げされるべきなのだ。
経営的なしがらみを無視して作られる特別なナスとして。

めでたくAクラス入りを果たした2品種は
コアなファン(僕と妻と直売で買ってくれる人)だけで楽しむ、
まさに特別なナスとなったのである。

さて、今年から新しく始めた品種は、1種類だけ。
伝統ナスで、これを栽培しようかどうか、ずいぶんと悩んだのだが、

やはり食べてみたい!

という思いが先行して、栽培することに決めた。
このナスは、はたして、来年どのクラスに入るのだろうか。
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体験田んぼの打ち合わせ。
若手農業者クラブの役員と担当保育士が集まって
園児たちの田植え体験イベントについて話し合う。

イベントの流れや準備物は一昨年とほとんど変わらず、
田植えのイベントは特に趣向を凝らさなくても
泥の中に足を入れる、ただそれだけでとてもエキサイティングな
体験なので、怪我しないような配慮とトイレや洗い場の確認が
できれば、特に問題はない行事。

ただ圃場が一昨年とは変わり、
街の中の圃場となったので、駐車場をどうするか
その課題が残ったが、圃場の周りの農道に
分散して駐車することになるだろう。

今回の打ち合わせ時に、大きく役に立ったのは
一昨年の実行委員会のファイル。
一昨年前は、はじめての取り組みで
役員を始め保育士の面々も手探りでイベントを進めていたのを
ファイルをめくると思い出す。
一昨年は、田んぼに大きな穴を園児たちがあけてしまい
若手農業者クラブ員で、田んぼをならして回った。
田んぼの真ん中で動けなくなる子もいた。
そんな時間を共有している仲間たちとやる今年の田んぼ体験。
どんなハプニングがあるのか、楽しみである。

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P5110088.jpg
金時草を定植。
昨年植えた金時草は、この1年、枯れずに、
今でも十分収穫できるのだが、
木を更新するために、新たに定植。
昨年の4倍を植える。

福井ではまだまだ認知されておらず、
市場もあまり無いのだが、
もっと食べてほしい野菜でもあり、増やすことにした。

独特の風味とぬめりがあって
野菜嫌いの我が娘も喜んで食べる金時草。
スープにすると、ほんのりとだが、うすピンクの色が出る。
炒めても美味いし、お浸しにしても美味い。
天ぷらでもいける(らしい)。
知り合いのレストランでは、お肉の付け合わせで出すとか。
肉との相性がいい、と教えてくれた。

この野菜と出会ったのは、
数年前に国際開発学会で訪れた沖縄。
そこでは、ハンダマと呼ばれていた。
知人に連れられて行ったお洒落なカフェで食べたランチに
千切りになったハンダマ(金時草)の葉のサラダがあった。
この時、はじめて口にしたのだが、
美味しさよりも、その色合いに魅かれた。
葉の表が濃い緑。裏が濃い赤紫。
そのコントラストが美しくて、
食べるのがとても楽しくなるような野菜だった。

帰ってからいろいろと調べてみると、
栽培法によっては、ここ福井でも春に採れることも不可能じゃないと解った。
春は意外に地元の野菜が無い。
その時期にとれて、
モロヘイヤやツルムラサキなどの夏野菜よりも先取りで
夏を感じることのできる野菜で、
サラダにもできる見た目の美しい、食べるのが楽しくなる野菜。
僕はこの野菜の虜になった。

最近、業者との話の中から栽培を始める品目が減り
自分が惚れた品目を作ることが多くなってきた。
そういう野菜は、売るのが大層困難で、
ほとんど相手にしてもらえないことも多いのだが、
金時草もその例外ではない。
ほそぼそとだが、買い手もついてなんとか販売しているが
右肩上がりでのびては行かない。
だのに、昨年の4倍を定植。
自分でもどうかしていると思うのだが、
これは美味いと惚れてしまっているのだから
しょうがない。

まぁ、正気じゃないってことか。
そういうのも僕の農のカタチ。
そういうのがあることが、また楽しかったりもする。


夕方から天気予報通り小雨。
4月終わりからずーっと多忙で
体に疲れがたまっていたので、
雨を理由に、早々に仕事を切り上げようとしていた。
露地野菜の定植はまだまだやらないといけなかったのだけど。

そしたら、うちの農園のスタッフである
セネガル人のイブライ(I君改め)が、
「カッパ着てでもやる」
と言いだすので、
それじゃ、お前一人でやれ、とは言えず、
一緒にカッパを着て、雨の中、露地野菜の定植をする。
定植したのは、フルーツホオズキ2種と
打木赤栗かぼちゃと雪化粧という白カボチャ。
そこまで仕事しなくてもいいのだけど、
イブライがやるというのだから、しょうがない。

今年度に入る前に
イブライとは彼の奥さんも含めて家族で食事をした。
その時に、僕がイブライに対して抱いている期待を
隠さず話してみた。
言葉がなかなか上達せず、指示も通じなかったり間違いもまだまだ多いが
それでも、彼がここにいたいと思っている間は
僕は彼に、この農園を動かしていく力になってほしいと期待している、と。
それがどう彼の心に伝わったかは解らないが
彼のやる気だけは日々感じるようになった。

だから、体が疲れていて、雨が降っていて、
そんなにあわてない野菜の定植であっても
イブライが「やる」というのなら、僕は付き合おう。
彼は他の研修生(インドネシア人・日本人)と違って、
ここで、この農園でずーっとやっていくつもりでいるのだから。
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ゴールデンウィークは野菜の出荷に追われながらも
合間を見ては露地野菜の圃場準備をした。
他の農家さんから減反の田んぼを借りて、
夏野菜を作る露地の圃場。
今年は4反5畝(45a)。
もう1反貸してやる、という人もいたのだが、
とても手が回らないので、それは断った。
4反5畝もあれば、もうそれだけで十分すぎるくらいだ。

僕の作る畑は、他とはちょっと違っている。
使い方がもったいないというか、荒いというか
とにかく他の農家から見たらもったいない使い方をしている。
3反田に70センチの畝幅のマルチを
10本かけただけで、畝と畝の間には、麦やソルゴーなどの植物を植える予定でいる。
一見すると、草だらけの畑。
この麦やソルゴーがバンカープランツとして
多様な生き物の住処となる(害虫と呼ばれる虫も含めて)。

先週の水曜日と木曜日の強風で
きれいにかかっていたマルチの一部が飛ぶというアクシデントもあったが
なんとか今週、野菜を定植できそうである。

ナス(伝統ナス・西洋ナスなど6種ほど)
唐辛子(インドネシアの唐辛子3種)
フルーツホオズキ(2種)
ルバーブ(2種)
オクラ(6種)
サツマイモ(2種)
ズッキーニ(8種)
ナンキン(2種)
白キュウリ
etc.

今年も露地は賑やかで忙しくなりそうである。
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農協から米の出荷契約書と一緒に
戸別所得補償制度の加入申請書が来た。
一反当たり15,000円もらえるという
民主党が選挙で大々的に掲げていた例の政策。
ばらまきだと批判を受けていたが、
どうもそんな生やさしいものではない様相なのである。

米の出荷契約書とは、これこれだけの米をJAに出荷しますよ、と
事前に契約するもので、7月だったか、そのくらいに
契約に基づいて、前渡し金がもらえるのである。
前渡し金は秋の出荷金の約半分ほどで
資材費が多くかさむ農家には、大変助かる制度。

この制度がインドネシアには皆無に近いから
多くの小農が、資材費(種子、肥料、農薬など)を先行投資する農業で
一旦、何かの事情で資金が回らなくなり始めると
青田買いを狙っている商人に
田んぼを安く買いたたかれてしまうのである。
それを防ぐために、小農は近くの比較的信頼できる商人から
資材費を借りて農業を営む者も多いのだが、
それは販路がその商人に固定化され、価格に対するネゴの余地は小農にはない。
それを従属的とみるか、
ソーシャルセーフティーネットと見るかは、
それぞれだし、そこで生きている人がどう感じるかでもあろう。
出荷契約と前渡し金の在り様は、
その経緯はよくわからないが、
インドネシアの小農という文脈からみれば
青田買い防止に大きく役立つものでもある。

なので、僕自身はJAとの出荷契約自体はそれほど問題とは思わない。
ただちょっと引っかかったのが
前渡し金の金額が、昨年よりも1000円低かったことである。

いろいろな方に話を聞いてみると
どうやら今年は米の買い取り価格が下がるらしい。
昨年より2000円近く下がるという人もいる。
どうしてか?
それは戸別所得補償制度が施行されるからだ、と
皆、口をそろえて言う。

農家に1反当たり15,000円配ります!
と大々的に政府が宣伝するものだから
米の卸業者が、
「農家がそんだけ貰っているんだったら、その分米代金下げてもいいよね。」
というわけのわからんロジックで、
1俵あたり2000円ほど安くなりそうなのだとか。

1反で8俵の米がとれたとして、
米の卸業者の買い取り価格が昨年のケースでいけば
1俵14,000円くらいだった。
だとすれば、農家には合計で112,000円が入る。
だが、個別所得補償で15,000円もらえるので、
価格が昨年並みであれば、それに上乗せで
127,000円の収入となるはずだったのに、
卸側の勝手なロジックで、
補償分を値下げして12,000円という買い取り価格になれば
全部で111,000円という収入になる。
これじゃぁ、あんた!戸別補償が施行されても、農家の収入は変わらんじゃないか!

どうしてそんな勝手なロジックを
米の卸業者が持ち出してくるのかさっぱりわからんし
それがまかり通るということ自体、信じられないのだが
少なくとも、JAの出荷契約金は昨年よりも1000円安いのは事実。

そしてこの話はこれで終わりじゃない。
この秋に新米が出てきたとき、
僕らから2000円安く買い取った米は、消費者が買う小売りで
その分安くなっていれば、僕らも納得できるが、
たぶん、小売価格にはほとんど反映されないはずだ。
戸別補償で安くなった買い取り価格は、小売価格に反映されなければ
それは補償額丸々を流通が飲み込んだことを意味する。
巨大流通の化け物には何を言ってもしょうがないのかもしれないが
憤りで、頭がおかしくなりそうだ。
(それは、事故米不正転売事件なんて倫理的に考えても、普通あり得ないことが起こってしまうほど正気を失っている、誰にも全体が見えないほどの巨大流通なのだ!)

さらに化け物はまだ別の方にもいる。
それは「むら」のなか。
うちの集落ではまだ、その化け物がいるかどうかは解らないが
他の集落では、すでにそういう化け物が動き出しているとか。
それは、耕作をしていない地主。
つまりは土地持ち非農家。

ここら一帯では、大きな米農家たちは
1反当たり5000円の地代で、不耕作地主から土地を借りて
耕作している。
5000円の根拠はよくわからないが、
そういう申し合わせがあって、その金額にしたのだとか。
経営する側としては、その辺りが妥当な数字なのだろう。
(うちの集落では悪しき慣習が残っていて、15000円から2万円という地代を請求する地主もいるのは余談)。
これまで、その金額で問題はなかったのだが、
今回の戸別所得補償制度が、耕作者に支払われるということで
他所の集落の話なのだが、
不耕作地主側が、
「あんたらそんだけ、個別補償でお金もらえるんなら、その分、地代を上げてもええやろ」
と、わけのわからんロジックを持ちだして、ごねているとか。
つまり、不耕作地主側が、わしらにも金よこせ、と
言っているのである。

米の巨大流通や不耕作地主の身勝手なロジックがまかり通れば、
耕作者の耕作意欲を向上させるはずの政策は
現場で、市場で、完全に骨抜きになり、
米の買い取り価格が下落するのに、
地代が上がるという、わけのわからんことになりかねない。

その様相はまるでどこかの神話に出てくるような化け物のようで
それは戸別所得補償制度という胴体を持ち
米市場という巨大流通と、
土地の権利を握って放さない不耕作地主という二つの頭で
僕ら(農家も消費者も)を食いちぎろうとしているように見える。

戸別所得制度は、一体、誰が得をするのだろうか。
それは今年、終わってみれば答えははっきりするだろう。



余談
意識的にあまり天下・国家の政治的なことは書かないようにしていたのだが
(それは至極つまらないことで、僕らの自治の意識をマクロな政治の視点にすり替えられてしまうから)
今回は、こんなロジックがまかり通ってしまうことに
憤りを感じ、ここに記すことにした。
書いたところでどうなるものでもなく、
こういうことを考えれば考えるほど、
僕らの自治はどんどん弱まる。
自重せねば。
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3月30日に天敵農薬であるアブラバチを
金時草の圃場に放った。
それから1カ月ほど経ったので中間報告。

この間、圃場の内外ではアブラムシが大量発生し
園芸用ハウスの入口に植えてあるミントにも
大量にアブラムシがつき、それを目当てにテントウムシや
ヒラタアブを観察する。
ハウス内には、天敵を誘きこむために植えてある麦にも
ムギクビレアブラムシが大量発生し、一部の麦は
その甘露の汚れで枯れてしまったほどだった。

金時草の圃場にも麦が植えられており、
放ったアブラバチが寄生したアブラムシを
金時草だけでなく、麦でも確認できた。
ただアブラバチの寄生スピードは遅く、
次から次へと発生するアブラムシに追いつかない感じであった。
一つにはハウス内の温度が思ったほど上がらなかったことによるだろう。
4月の中旬まで夜の温度が低く、
アブラバチの活動がなかなか活発にならなかった。
寄生はしていても、ふ化のスピードが遅い感じがした。

放置すれば金時草がアブラムシにやられてしまいそうだったので
この間、2度ほど農薬散布を行う。
農薬と言っても、アブラバチに影響があってはいけないので
脂肪酸を主体とする物理的気門封鎖型の農薬を使用。
アブラムシの呼吸口を油(脂肪酸)で閉じて封殺するものである。

4月上旬過ぎから、アブラバチよりもヒラタアブの幼虫が
多数観察され、4月下旬には麦のアブラムシをほぼ全滅させてしまった。
金時草にも多数現れ、脂肪酸の農薬の難を逃れたアブラムシも
捕食していた。
この際、ヒラタアブの幼虫がアブラバチが寄生したアブラムシを
よけて捕食しているわけではなさそうで、
寄生されたアブラムシで、まだマミー化していないものも
一緒に食べられていると考えられる。
ヒラタアブとアブラバチの捕食者間の競合がおきていて
捕食スピードの勝るヒラタアブが
アブラバチごと食べている感じであった。

またアブラバチの発生が抑制される原因として、
金時草と言う野菜の特徴もあろう。
金時草は茎頂を収穫する野菜で、アブラムシの被害が集中するのも
茎頂部である。
そこに寄生するアブラバチは、
収穫と一緒に圃場外に持ち出される確率が高くなる。
ヒラタアブの幼虫も同様の可能性があるが
常に移動を続けているので、持ち出しにあう可能性は
アブラバチに比べて低いと考えられる。
アブラバチは、寄生した宿主を食いつくすまでは
茎頂部にマミー化したアブラムシと一緒にとどまるため
収穫後の袋詰めの作業中に
何度となくこのマミーを発見した。

ナスやキュウリといった果菜類などであれば、
茎頂を収穫するのではなく実を持ちだすので
アブラバチなどの天敵を圃場外に持ち出してしまうケースは
少ないであろうが、金時草などの
茎頂部を収穫するような野菜においては
天敵の利用もよくよく考えなければいけないようだ。

また天敵の購入においても難がある。
注文してから手元に届くまで、1週間と言われるが
休みなどの休日をはさむと、10日以上かかり
その間のアブラムシの発生スピードを考えると
実情になかなか合わないのが現状だろう。

以上、アブラバチ利用の中間報告。
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露地の圃場や施設内で作業中に
カブラハバチの成虫を多数観察する。
昨日までは、まったく気がつかなかったのだが
今日になって大量発生。
昨年と時期もほぼ同じ。
カブラハバチの写真はこちら

カブラハバチは膜翅目の昆虫で
この幼虫が、アブラナ科の植物を食害する。
自然界でも、食欲旺盛なこの虫は、イヌガラシなどの
いわゆる雑草も徹底的に食害する。
栽培種の中では、うちのラインナップからいえば
水菜が好みらしく、他のアブラナ科に比べて
比較的害を受けやすい。
防除としては、この虫の成虫を防虫ネットなどを利用して
圃場に入らないようにするのも一つの手なのだが、
露地ではそれは難しい。

カブラハバチは、
いわゆる「あおむし」の仲間である鱗翅目に効果がある
微生物農薬BT剤は効果がない。
収穫前日まで使用でき、かつ、特定の害虫だけを防除してくれる
BT剤は環境にも人体にも負荷が少ないので
うちの農園ではよく使うのだが、
この農薬では防除できない。

この虫が目的で散布するわけではないのだが、
ネオニコチノイド系の農薬やアファーム乳剤でも
副次的に効果はあるが、それは至極一時的で
次から次へと産卵された害虫ステージに悩まされることになる。

天敵としてこのカブラハバチだけにターゲットに置いた昆虫(スペシャリスト)は
今のところ、僕の勉強不足かもしれないが、確認できない。
ジェネラリストとしてはクモ類などの肉食系の昆虫・鳥類などが考えられるが
発生スピードを考えると、初期にはそれらのジェネラリストでは
効果があっても、徐々に食べられるスピードよりも
発生するスピードの方が上回ってしまう。
この虫は、触れれば死んだふりをしたように丸くなって落下するのが
特徴で、鳥などの天敵から身を守るためだとも言われている。

カブラハバチの大量発生と言う、この狂ってしまった均衡を
戻す方法として、現在は、
天敵(ジェネラリスト)やただの虫に害がすくない薬剤を選択して
散布するしか、いまのところ、解らないのが正直なところだ。

ただ、アファームやモスピランといった
登録が拡大し続け、どんな作物にも汎用性の高い農薬が
登場してきている現在、
その慢性毒性であるADI値(毎日摂取しても大丈夫な値)が
一つの野菜では大丈夫でも、登録が多い分、いろんな作物にかかっていることを
考えれば、1日の摂取量が加算的になり、
結果としてその数値を超えてしまうのではないか
という心配もある。
(ただADI値は、本来大丈夫とされる数値に100倍を掛けているので、その心配はほとんどない、という専門家もいる)
たとえIPMの中で実践的に使われている農薬でも
その使用に対して過信は出来ない。

カブラハバチの耕種的防除、生態的防除、物理的防除も
よくよく考えなければ、
生産現場という上流では、農薬の基準を満たしていても
食する側がいる下流では、その基準が加算的になり、
結果として基準値を超えることも考えられる(複合汚染とはまた別の考え)。

とにもかくにも
今日、
カブラハバチの大量発生を観察。
今年もこいつとの戦いが始まったというわけだ。
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インドネシアの研修生H君の卒業研究が動き出した。
課題は、「有機肥料の有効性」というもの。
実証実験として、圃場でオクラを栽培して
肥料の有効性を農家の視点で見ていくのだが、
同時に、文献も精査する。

文献と言ってもあんまり難しい日本語は読めないし
英語は出来ないし、
インドネシア語の書籍は少ないので、
日本語の農業雑誌を読んで、情報を集めることを主体としている。
1~2週間で1記事を読み
それをゼミでプレゼンしてもらっている。

今回、H君が選んだ記事は「現代農業」という雑誌の記事で
2010年1月号に書かれていた土着こうじ菌を用いての
有機肥料の作り方だった。
この雑誌の良いところは、使われている資材が
すぐ傍にあることが多く、誰でもすぐに
実践できそうなことばかりを取り上げていることであろう。
H君が選んだ記事も、そんな感じの記事で、
米ぬか、もみ殻を用いて
土着こうじ菌も竹やぶから探し培養するという方法で
ほとんどタダ同然の資材を利用しての有機肥料作りだった。
H君曰く
インドネシアでも、どの資材も比較的簡単に手に入り
作り方が簡単なのでやってみたい、とのこと。
さっそく彼の卒業研究でも
その肥料を作成して使用してみることにした。

さて、それとは別に
以前のゼミで議論になった生ごみを簡単に堆肥にする装置が
届いたので、それをさっそく使用することに。
有機肥料をインドネシアの社会的文脈で考えると
どうしても受け入れられない場面も多い。
その多くが社会的な偏見だったりもするのだが
有機肥料の資源となる「生ごみ」が、
放置されたり、回収したとしてもプラスティックごみと
混ざり合って捨てられるため、資源として利用することが難しい。
以前、Hくんに読んでもらったインドネシア語の生ごみを堆肥にする文献では
一度ゴミ全体を網の付いた装置にかけて
分別を徹底しないといけない、と記されていた。
簡単に有機物を手に入れることが、有機肥料の利用を促進するのだが
現状としては、至極難しい。
家畜の糞尿だけで有機肥料を作成しても良いのだが
価格的にも社会的にも考えれば、生ごみを有機肥料化できれば
一石二鳥なのである。
そして、それは同時に、ごみの分別に対する意識が高まることで
有機農業に対する意識も高まると考えている。
ごみを処分するものとして捉えるのではなく、
かけがえのない資源として捉える視点が
新しい持続的な農の形を生みだすのだ。
では、そのためには何が必要か。
それは家庭内で簡単に生ごみを処理できる器具が
その推進に一役買ってくれるのではないか、と
ゼミの議論の中で出てきたのである。
そこで、少々値が張ったのだが、
手回しハンドル式の家庭内生ごみ処理機を購入した。
それの性能を知ることと、
そこから生み出されたものが肥料としてどれだけ有効かを知るために。
そしてこれが肝心なのだが、
よく似たものをインドネシアで模倣できないかと考えて。
(容器や発酵資材がインドネシアで比較的手に入りやすいもので、かつクオリティが高い肥料が出来るかどうかが鍵)

こうした機器を各家庭に普及させることが
ごみに対する意識を高め
それが有機農産物に対する意識を高めることに
つながれば、と考えている。
(主は有機農産物の販売だが、機器の販売も当然ビジネスの対象)。
さっそく、研修生の炊事場で出るごみを入れて実験を開始した。
はたして、どういう結果になるのか、楽しみである。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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