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昨年の1月31日に仕込んだ味噌樽を開ける。
今年で3回目の味噌作り。
カビもほとんど出ていなくて、出来は上々、色もきれい。
味も香りも良い。

樽や蓋などに良い味噌麹菌が付いているからだろうか
年々良くなっていく気がする。

こういう作業の中に、円環の時間にある安堵を感じ、
さらには、その中で毎年の積み重ねの中で見える、
決してハウツーでは
表現できないものを感じることがある。

味噌の時間。
それを明日食べて楽しむつもりだ。
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こんな大根も出荷してます。
中まで緑の青大根。
表皮は黒いが、中は白色の黒大根2種(丸型と長型)。

青大根は、甘くて色がきれいなので、おろし大根やスライスして
サラダで食べるとGood。

黒大根は表皮がピリッと辛く、中はほんのりと甘いので
皮ごと切って、ソテーやグリルで食べると美味い。

黒大根は、ラディッシュのようでもあり、
みずみずしくないので、おろし大根にはあまり向かないが
繊維質がきめ細やかギュッとしまった実なので、
煮崩れしない特徴があり、焼いたり揚げたりすると
とにかくうまい。
ちょっとした皮の苦味がアクセントになって
ワインがいくらでも飲めてしまう一品。

うちではさっそく揚げて食べてみた。
その夜は、少しワインを飲み過ぎた。

これはAコープ堀の宮店・やしろ店・愛菜館きねや、などの
直売コーナーで販売しているだけです。
見かけたら、食べてみてください。


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今年最後の講義。
インドネシア研修生の座学の話。

最近書いていなかったが、資金的要因の後
政治・政策的要因を2回にわたって考察し
そして今回最後の世界的要因(グローバルな要因)についての授業。
実は、このあたりになってくると、
僕の苦手分野で、政治や世界経済なんて言われても
ほとんどわからないのだが、
それでも、この要因に大きく自分たちの農業が左右されるのは事実で、
これまで勉強し、そして体験してきたことを
少しでも伝えようと、今日の講義となった。

さて、
こういうことを議論しようとすると、まず避けて通れないのが
グローバリゼーション。
その言葉だけでも、考えるだけで頭が痛くなる。
僕の理解の範疇で言えば、
グローバリゼーションというと
世界経済や各国の文化の単一化・平準化などと言われ
最もわかりやすく、また最も攻撃されやすい対象が
マクドナルドと近年ではスターバックスじゃないかと思う。
マクドナルドとスターバックスが
彼ら研修生の農業がどうつながっているかを考えるわけではなく、
グローバルな影響というものをイメージしてもらうために
マクドナルドを題材に少し議論してみた。

アメリカナイズされていく文化の代表として
良くこのマクドナルドが取り上げられる。
はたして、マクドナルドは文化の平準化のプロセスなのだろうか。
H君もイル君もインドネシアでも、日本でもマクドナルドを食べたことがある
と話してくれた。
なので、さっそく、何を食べたか聞いてみた。

両者とも
「日本ではエビのハンバーガー、インドネシアではフライドチキンとご飯 」
と言う答え。
ははは、すでに答えが出ているじゃないか。

僕の記憶違いでなければ、エビのハンバーガーはインドネシアのマクドナルドにはない。
日本のオリジナルメニューだろうと思う。
そして、インドネシアのマクドナルドでは(僕が良く通っていたボゴール店では)、
最も売れるメニューが、フライドチキンとご飯のセット。
ハンバーガーを売らずに、ご飯とチキンを売るマクドナルドが面白くて
その光景を見たさに、良く通っていたのを思い出す。
二人とも、マクドナルドはハンバーガーの店、だと良く分かっているが
注文するとなると、
「パンではなくご飯」
なのだそうだ。

インドネシアでは、有名な地元資本のフライドチキン屋さんがあり
それ以外にも、
ケンタッキーフライドチキン(KFC)
カリフォルニアフライドチキン(CFC:これはKFCのパクリか?)
などのファーストフード店も多く、
一般の家庭でもフライドチキンは良く食べられている。
そんな文化に合わせてなのか、
インドネシアのマクドナルドでは
フライドチキンとご飯を提供しているようだ。
そしてそれが人気のメニューだったりもする。

そして、日本でのエビバーガー。
日本人とエビじゃないが、これもなんだか
インドネシアのケースと同じような匂いがする。

つまり、マクドナルドをグローバリゼーションと呼ぶならば
それはアメリカナイズされて、みんなアメリカのメニューの
ハンバーガーをほおばっていなければならない。
だが、現実には、ローカル化されていくプロセスに
その価値の変容が生まれ
それぞれの国で、それぞれのハンバーガー、
もしくは全く別のメニューを生み出している。
ちなみに、90年代前半、タイでは豚肉のハンバーガーがサムライバーガーとして
売られていたのを僕は記憶している。
牛100%という売りすら、この場合、捨ててしまっていた。
それが、僕はこの世界で起こっているグローバリゼーションの一端だと
理解している。

では、こういうことがどう彼らの農業に影響してくるのか。
少し話は変わるのだが、事例として
僕が99年に行った「アカワケギ栽培普及事業」を例に出して
今年も説明した(詳しくはリンク先で)。

この講義で言いたかったことは、
要は、圧倒的な力として存在しているグローバルな要因に
常に巻き込まれていくわけではあるが、その中で必ずしもその基準は
平準化・単一化されていくわけではなく、
つねに変容のプロセスにあるということ。
アカワケギは、市場開放の生贄となったが
実は、その経験が、次年度の多種多様な野菜の栽培と直売活動に
つながっており、断片的には語れない農業のカタチが
そこにはある。
と、僕は勝手に思っている。

僕ら農民は、目の前の事象を分析するだけで終わるわけじゃない。
僕ら農民は、その次を紡いでいく、その次を創出していく、その次を生み出していく、
存在なのだ。
グローバルな要因であろうが、
そこから受ける影響を、ローカルに翻訳し
それに巻かれながらも、それを根っこで変えてしまえる力が
僕らにはあると信じている。
一方的に搾取されるような関係に見えても
それをどう捉えなおすかによって、
見えてくる光があるように。

こうして農業の構造の授業は終わった。
今年の座学はこれでおしまい。

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この前の日曜日、むらの総会があった。
農家組合、環境保全隊、そして町内会の3つの総会が
1日で行われた。
その農家組合の総会で、僕は来年の農家組合長に選ばれた。
何か偉くなったわけではない。
うちの村では、
村にすむ者で、田んぼが5反以上あれば、
誰もがいつかは務めなければいけないむらの役職の1つ。

まず基本的な情報として、
農家組合はJAとは違う。
各村の任意団体であり、現在うちのむらの農家組合の大きな仕事は
政府からお達しのある減反の各戸への割り振りや
むらの農家でJAへ出荷する米の倉前検査(等級を決める)の手伝いなどである。
また各戸にお願いする用排水路の清掃のチェックや
共同地の除草・清掃等もある。
まぁ、要はむらの農家の皆さんのための雑用係と言ったところだろうか。
などと軽口調に書くと、年寄りから怒られそうではあるが。

うちの村では、今のところ、僕が一番若い農家。
次に若い人は、40代後半、というかほとんど50歳に近い人。
上は、80代までいるが、50代から下がほとんどいなくて
僕一人30代といった農業構造。
そういう状況ではあるが、
うちの村では、農家組合長は30代から40代前半にやることが多い。
つまり、自分の親が農業をしているが本人は全く農業をしていない、もしくは
田んぼを持ってはいるが自分で耕作していない人が
農家組合長をやっていることが多い。
ここ5年くらい見渡しても、そんな感じ。
たまに、定年になったからと言ってやる人もいるが
基本的には若いうちにやる仕事、とむらの中では考えられている。
年寄りに言わせると
「若いうちの勉強だ」だそうだ。
若いうちに、こういうお金の流れやむらの田んぼについて関わることを
やっていおくことが大事だそうだ。
確かに、今まで解らなかったことが、役をやると良く分かるものである。

さてさて、
そんな田んぼはあるが、
農業に携わっていない若者は、よろこんでこの役をやるのか、といえば
答えは、当然NO。
なんでそんなものをやらなきゃいけないんだ、といった反応ばかり。
それを飲ませて、食わして、なだめすかして、説得して、
おだてて、説教して、褒めまわして、
じゃぁ、やるよ、と言ってくれるまでアプローチをかけているのが現状。

僕の仲の良い人が農家組合長をやった時は、
やはり褒めまわされて、さんざん飲まされて、それで気を良くして
「やる」と言ってしまったらしい。
ちなみに僕は、誰の目からもやることが明白だったので
この接待は受けていない。
なんか損した気分。

やりたがらない理由の最も多いものが
「田んぼなんて関係ない」と言うのが多いだろう。
確かに、爺さんや親は田んぼを作っていても、自分は全く作っていないのだから
そういう気持ちが強いのも解る。
戦後、むらが解体されて、
地縁で結ばれた生業が力を失い、
「自由」の解釈が変わり、
人はより強くなって、
なんにでもひとりで立ち向かっていけるようになったと錯覚した現代では
むらは、
「ただ寝るところ」
なんだと思う。
だから時には、
「むらの役は損ばかりで、あんなのをやるやつなんて、馬鹿じゃなかろうか」と
吹いてまわる連中が出てきたりもする。
(これは今もいる)

『地縁』が完全に力を失ってしまっているのである。
『コミュニティー』なんて言葉がちゃんと市民権を得ているのに。


農家組合の仕事は、ずいぶんと休日にできるようになったが、
それでも減反の検査や米の倉前検査などは平日ばかりなので
勤め人は、年に3日ほどは会社を休まないといけない。
ある組合長を務めた人は、
「会社を休む理由を農家組合で出ないといけない、と言ったら、周りから『あいつはあんな変な役を受けて、会社を休むけしからん奴 』と言われた。だから後からは、農家組合で休まないといけない時は、適当な理由をつけて休むようにしていた」
と言っていた。
社会的にも、あまり褒められたことでもないらしい。
まぁ、むらを解体して、今の社会を作り上げた面があるのだから
その反応は、当然と言えば当然か。

合理的に考えれば、農家をやっているやつだけでやれば良い、と言う意見も
解らんでもない。
でも、田んぼを持っているのだから、
それがどういうことなのかは知っているべきだろう。
農地と言う、地縁を基礎とした生業の場は、
今はまったく力を失ってしまっているが、
その場が取り持つことのできる力は、みんなが想像する以上に大きい。
だからこそ、
年寄りの言う
むらの役は「勉強」なのだろう。

今後、どうなっていくのか解らないが
僕は、もう少し地縁が力を持っても良いようにも思っている。
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そうそう、そういえば、
先日来た鯖江市の方々、
根セロリの話で盛り上がった後
やはり、吉川なすの話にもなった。

せっかく鯖江の伝統ナスということなので、
行政も応援して復活させようという動きもあるらしい。
その職員の方の話では、すでに鯖江の農家何名かに
吉川なすの栽培をお願いしているとのこと。
それはそれで良いことだと思う。
とても美味しいナスなので、どんどん広まれば良いんじゃなかろうか。

その職員の考え方は
作りにくい分、高く売れるように、付加価値が付くように
やっていくしかない、とのことだった。
出来るだけ伝統を前面に出して、その付加価値で
作りにくい分を補おうという考え方。
経営的に考えれば、ある意味、それは正しいのだろう。
ただ、僕が作るのが下手なのか、
吉川なすの手間や作りにくさは、他のナスと単純に比較しても2倍くらいは大変なのだ。
だからといって、そのナスは、ナスである限り、
特別甘かったり、特別良いにおいがしたり、するわけではない。
やはり美味くても、ナスはナスの範疇で美味いだけのこと。
だから、いくら美味いからと言って、他のナスの2倍の値段で売れるわけがない。
廃れていくには、それなりの理由があるということなのだ。
僕もこの夏、何度、
“来年は絶対作らない!”と思ったことだろう。


いや、たとえ2倍で売れたとしても、
そんなことをしちゃいけない気がする。
“伝統”を交換価値に変えてしまい、
その上に胡坐をかくようにして、
鰯の頭も信心から、といったような商売にしちゃあいけない。

吉川なすは、美味いといっても
僕が思うに、それは煮る料理に限る。
皮が薄くて煮崩れしないのが最大の特徴で、
天ぷらや田楽や焼きナスといった調理法なら
他に美味いナスはいくらでもあるのだ。
“煮て食べる”こと以外に多様なナスの楽しみ方が増えた現代では
美味いと評価される吉川なすも
すべてに当てはまるわけでもない。

せっかく鯖江の伝統ナスというのであれば、
鯖江の人がたくさん食べるような、そんな仕掛けにできないものか。
そもそも伝統だから高く売るんじゃなくて
その食べ方から入る方が、よほど真っ当じゃなかろうか。
そういう意味では、家庭菜園がブームなので、その中で広めていっても良いし
同時に、昔の食べ方も学べたら良いように思う(これは僕も参加したいな)。

たぶんなのだが、
経済的な思考のベクトル上では、吉川なすは一度廃れたのだろう。
だからそのベクトル上で、“伝統”を武器に復活を試みても
やはり同じ理由で廃れるような気がする。
そうじゃなくて、伝統を勝手に感じながら、
食べて楽しむという方から入ってみると
案外、残っていくナスではないか、と僕には思われる。
それか、伝統を受け継ぐという勝手な勘違いの中で
経営的に大変でも作り続けることに意義を感じてしまえば
続いていくのだろう。


僕の場合は、
一緒に食べる妻が
“飽きた”と言うか、
付き合いのある業者が、
“もう要らない”と言うまで、
僕はもうしばらく吉川なすに付き合うつもりでいたのだが、
不覚にも、最後の最後まで吉川なすを育て受け継いできた方から
最後の種なすをもらってしまい、
どうやら、妻や業者だけでなく、もう1つ僕が作らないといけない理由が
僕の中で生まれてしまったので、
当分の間、吉川なすを作り続けるだろう。

だから、高く売れるかどうかよりも(市場価格的には2割増程度が妥当)、
作り手それぞれが、伝統を自分なりに解釈して(勘違いして!?)
その理由と美味さの間で、吉川なすは生き続けていくのじゃないかと思っている。
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ちょっと前の話。
忙しく、出荷物を箱詰めしていたら、
鯖江市の車が、作業小屋の前に止まった。
二人の職員が降りてきて、どうやら僕に用事があるらしい。

先月の新聞で、鯖江市の吉川地区の伝統ナスを
僕が栽培しているというのを取り上げてもらったことがあったので、
それに関しての訪問かと思いきや、
「根セロリってありますか?」とのことだった。

なんでもその職員二人は、鯖江のあるレストランで根セロリを食したのだとか。
そして、その美味しさに驚いて、わざわざここまでやってきたというわけ。

しきりに根セロリの写真をとり、
栽培や調理法について聞かれた後、その二人は帰っていったのだが
生産者として、これほどうれしい訪問はないだろう。
実際、根セロリは飛ぶように売れているので
人気はあるとは思っていたのだが、
わざわざこの野菜のために、農園まで来てくれる人が
後を絶えない。
今年1年だけを見ても、レストランのシェフから業者、消費者といろんな方から
いろんな意見を頂いた。
僕個人としては、売買価格や注文量よりも、そういう意見は貴重で、
1つの野菜をめぐって、その美味しさを共有できる喜びは
何物にもかえがたいのだ。
こういう価値の共有を実感できる野菜を
僕はこれからも作り続けていきたい。
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16日、インドネシアより帰国。
今回は、長くかかわっている高校間交流のお手伝いとして
高校生と引率の先生の一団についていって
あちらの農業高校で、交流活動を仕切ってきた。
実は、僕自身もタンジュンサリ農業高校へ行くのは初めてだった。
農業高校に滞在したのは2日間。
その2日間と西ジャワ州の州知事表敬通訳が、僕の今回のお仕事。

タンジュンサリ農業高校では、
到着直後から歓迎式典があり、
伝統的な舞踊で我ら一団を出迎えてくれた。

式典では、インドネシアらしいなぁ、と思うのだが、
延々と続く挨拶の応酬があり、
僕はそれを延々と日本語に訳していった。
この作業はなかなか困難で、
その中に、文化的に、また文脈的に全く伝わらないジョークなどが入っていると
みんな何に笑っているんだ?日本側が気になっていても
それをいちいち説明している時間もなく、到底伝えきれない。
こういう時、格好良く、言葉短く通訳できるといいなぁ、と思うのだが
僕の語学力では、どうしても野暮ったくなってしまうのが残念だった。

懇親会では、
福井の学生とタンジュンサリの学生と、交互に出し物があった。
どちらも相手側の歌を用意していたので、
自然と、のっけから大合唱団になって、みんなで歌えたのは良かった。
福井の学生が用意していた出し物に
「アルゴリズム体操」などがあり、
実は出発前から僕はこの面白さは伝わらないのでは、と
危惧していた。
しかし、こういうものは、挨拶のジョークと違って
僕の野暮ったい通訳なんて必要なく、
面白さが伝わるまで、笑ってくれるまで、
若さと度胸と体を張って、ただただ、ひたすらやれば、
相手も面白さが解るようで、
結構、盛り上がっていた。
オトナの考える「ブンカテキ」文脈なんて
子供たちの勢いの中では、なんだかかすんだ思考でしかないようだ。
こういった一見伝わらなさそうな出し物の応酬が
最後には、大きなうねりになって
タンジュンサリ側の最後の舞踊に、両校の生徒と先生全員が
飛び入り参加しての踊りへとなっていった。
こうして夜更けまで、延々と皆で踊り続けたのである。

翌日は、ワークショップ。
福井の学生とタンジュンサリの学生でグループを作り
地域の伝統的な市場や
ショッピングモールのスーパーなど
目的地もバラバラで散策をしてもらった。
現地で食材を買い集めて、
グループごとに日本食とインドネシア食の調理実習体験。
ワークショップでは、これまで福農が受け入れてきた
短期留学生経験者が手伝いに駆けつけてくれ
それぞれのグループに入って、簡単な通訳代わりしてもらった。
前夜の交流会があったためか、
言葉を超えての交流があったように思う。

これまで福井側では、現在の2名の短期留学生受け入れが適当かどうか
議論されることが多かった。
それらの成果も良くわからないまま、
負担と多額の資金を費やすのはどうかという意見が多かった。
だが、今回、タンジュンサリ農業高校に尋ねていって初めて
前夜の交流会から次の日のワークショップまで
多くの短期留学経験者が駆け付けてくれて、
通訳のみならず、文化的な通訳も果たしてくれていた。
タンジュンサリ農業高校の校長は、
「交流が始まった当初に、日本人の一団を受け入れるのは、実は大変だった。どういうことが喜ばれるのか、どういうことが不愉快なのか、それが全く分からないままの交流だった。でも今では、短期留学生の多くが、日本について話してくれるようになっているので、我々の受け入れも、当初よりもスムーズにできているように思う」
と話してくれたのが印象的だった。

2002年に、僕が通訳として両校の交流に関わり
その時の会合で、短期留学生を受け入れる約束事を決めてから
はや7年。
すでに14名の短期留学生を受け入れた。
そして、今回、短期留学の意味の一端を見ることができ、
再び、次の交流のステップとして短期留学制度をポジティブに見直す話し合いも持てた。
どんな交流の形になっていっても
両校が、文化的に交わることの意味は、やはり大きいと感じる2日間だった。


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明日からインドネシア。
早朝に出発。
高校生12名と先生2名と一緒に。
中三日で、あっちの農業高校とのワークショップおよび、
これからの両校の交流の在り方などを話し合うために
通訳兼コーディネーターとして
インドネシアに行く。

とにかく、学生さん達が、ただの観光旅行でなかったという充実感を得られれば
僕がついて言った意味があったと思っている。

明日からインドネシア。
ではまた。
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紅芯大根の収穫が始まる。

根菜類は、九頭竜川の河川敷の畑で作るのが、僕らの定番。
何万年とかけて川によって運ばれた沖積土の肥沃な砂地の畑に
僕ら人間は、ただただ乗っかりながら、野菜を作っている。
ここの畑で作ると、根菜類の肌がきれいにできるのだ。

ただ近年、コメツキムシの幼虫の食害に悩まされている。
今年も、ぽつぽつとみかける。

冬の寒さに十分あたって甘くなっています。
市場の業者と直売所に出荷しますので、
お近くで見かけたら、一度食べてみてください。
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インドネシアの研修生H君が、
日本語検定試験3級を受けに、金沢へ行った。
帰るまでに2級くらいは取らないとだめだよ、
と常々研修生には発破を掛けていた。
だから、試験に対しては随分と積極的に取り組んでいる様子だった。

さて、H君は試験に行くのだが、
もう1人のイル君とセネガルのI君は、どこ吹く風で、
我関せずの体。
これじゃいかんということで、残った二人は、
僕が作成した日本語検定試験4級相当の試験を受けることに。
ちなみに、I君は研修生ではなくスタッフなので
この僕が作る試験が、そのまま昇給試験となっている。

4級といってもなかなか難しい。
助詞の使い方や形容詞・動詞の変換など、なかなかの難問揃い。
そんな中で、I君は予想通り、まったく問題が解けなかった。
1年3カ月も日本にいて、週に2回も日本語学習を受けているにもかかわらずだ。
出された問題を問題として理解していない様子もあり
ペーパーでの検定では、彼の理解力は測れないのかもしれない、とも思った。
彼は、小学校を終えておらず、
問題の持つストラクチャー自体を
僕らのように学校教育を受けてきた人間とは、
同じような認識をしていないのではないのだろうか、とも思えた。

その一方、イル君。
4月に来て、まだ1年経たないし、I君より言葉は話せない感じだったのだが
彼は6割以上の正解率だった。
習っていない漢字も多くあったにも関わらず、
優秀な成績だった。

もちろんイル君の頑張りもあっただろうが、
イル君とI君とを比べてみると
イル君は、問題の意味を即座に理解して書きこんでいたのに対して
I君は、しばらく問題用紙を眺めるだけで、何を書きこんでいいのかを
理解できない様子だった。
試験に慣れているかどうかの差なのかもしれない、とも思う一方、
ペーパーの試験で日本語が上手かどうかは解らないものだとも思った。
なぜなら、間違いなくI君の方が、僕らが仕事で共有する事柄に対して
僕らが使う日本語で共有できているのだから。
言葉がその意味を伴わず、それ自体単独に存在はしていないし
たとえそうであったとしても、それを自在に使えることに何の意味もない。
意志や意味の伝達としての言葉が上手かどうか
それを測れればいいのだが、僕にはどうすればいいのか
今はまだ分からない。

ただ一つ言えること。
こうやって試験をすると、
試験問題を作成したり、それを添削したり、
または間違った箇所を、この後時間を設けて解説する予定でいるのだが
とにかく、僕の手間と時間がずいぶんとかかるということだけは解った。
最近、こういう忙しさばかりが増えたような気がする。
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地元の農林高校で説明会。
ん?何の説明会だって!?
それは、今月に予定されているインドネシア訪問の旅の説明会。

地元の福井農林高校では、
インドネシアのタンジュンサリ農業高校と交流している、ことは
以前からも書いている通り。
毎年、あちらの高校から3カ月間学生を預かるのだが、
こちらからは、3年に1度、1週間ほどの日程で訪問団を派遣している。
今年がその3年に1度の年。
そして、今年は僕も通訳兼コーディネーターとして
参加する(させられる???)予定でいる。

今まで僕は、この訪問団にはついて行かなかった。
いろいろと理由はあったのだが、
強いて言えば、その必要性がなかった、からでもある。
旅行代理店の現地通訳が付くことと
大半が観光ということもあって、
農林高校側もあちらの農業高校側も、そして僕も
この僕自身が付いていく必要性を感じていなかった。
が、今回は、少し事情が変わってきた。

今の校長先生になってから
ただ訪問するだけじゃ、生徒もあまり勉強にならない、
という意見を今年の春に受けて、
それじゃあ、あっちへ行ったら、何かやりますか、などと
無責任に言っていたら、
なんと、僕が訪問団と一緒に行って、それをやってくれという話になってしまった。
まさにこれぞ、やぶへび。

というわけで、今回の説明会。
訪問団に参加する生徒の関心事を
僕自身が把握するためにも、
ちょっとしたゲーム感覚で、みんなの意見を書いてもらった。

一番の関心事は
「食」についてだった。
やはり時流なのだろうか。
あちらの食事に関心のある子が多かった。
以前から、先生たちとの打ち合わせで、
あちらで何かやるとしたら、
日本の学生とあちらの学生との混合グループをいくつか作って、
日本料理とインドネシア料理を1品ずつ作るのはどうか
とは話してきた。
近くの市場での買い出しから調理、そして食べるところまでを
あちらの学生と一緒にやることで、文化の差異と
同年代の学生だからこそ持ち得る、
いや同じ時代を生きている人間同士だから持ち得る、
国や民族や宗教を超えた共通の感覚を
体験できるんじゃないかと考えている。

説明会後に、今回参加する先生と生徒たちが
ワークショップでやりたいことを
話し合って、メールしてきてくれた。
異文化的文脈において、
その要望がそのままあちらには伝わらないものばかりだったのだが、
それも異文化体験なのだろう。
だから僕は、出来る限り、こちらの要望は要望通りに伝えようと
今、思っている。
伝わらない、上手く出来なかった、というと
なんだかネガティブに捉えがちだが、
それが異文化交流なのだ、と僕は思っている。
それに、すべてをお膳立てして、翻訳して、それなりに見えるものを、
すでに日本的もしくはインドネシア的に加工されたものを
提供されても、両者にとって面白くないだろう。

まぁ、そうなってくると僕にとっては、
なんだかとてもしんどそうな役になりそうではある。

兎にも角にも
今月、インドネシアに行きます。
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根セロリ(セロリラブ・セロリアック)出荷開始。

今季の根セロリは、塊根部も大きく太り、
寒さにあたっているので、甘くておいしいのが特徴。

我が家ではさっそく根セロリのカツで食べた。
これをあてに妻とワインを飲むと、いつも以上に飲み過ぎてしまうのがちと難点。

一般には販売しておりません。
希望が多いようでしたら、直売コーナーに並べてみるかもしれないが
新しい野菜は、なかなかお客がつかないので難しい。
食べてみたいという方は、お近くのレストランで
「田谷さんの根セロリはありますか?」
とお尋ねください。
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12 02
2009

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先週のことだが
ごんぼを掘りきった。

順次出荷していきますので、ご注文のほどよろしく。
Aコープの直売コーナーにも置いてあります。
値段が、スーパーの他県産よりも高い、と言われますが
一度食べてください。
その理由が解るかと思います。

今年は畑の土の状態も良く、良いごんぼばかりです。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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