まぁ、いまさら驚くことでもないし、書いても仕方がないのだが、
とりあえず毎年、このことが問題になり、まったく改善が見られないので
記録と来年のために記しておこう。

来年の研修生候補の選考を
インドネシアのタンジュンサリ農業高校に頼んでいたのが
先月(9月)の終わりだった。
担当の方に2度も国際電話もして、
インドネシア語で書いた選考基準もe-mailで送る際に
わざわざまた国際電話をして、念を押したにもかかわらず
期日であった今日、先方に電話をすると
副校長から回答があり
「選考基準がまだ届いていないので、選考できない」
とのことだった。
担当者にe-mailで送ったことを伝えると、
その夜、その担当者からe-mailで返信があり
「今までメールをチェックしていなかった」とのこと。
9月に送ったe-mailをチェックしていなかったのか????
そんなにe-mailを使わないのなら、名刺の連絡先として
Mailアドレスをデカデカと書くんじゃない!!!

確か、昨年も同じようなことでもめたような気がした。
そういう意味では、僕も同じようなものか・・・。

こうして、今頃になって大慌てで選考していることだろう。
今まで来ている子を見ていると、
そうしたやっつけ選考でも、良い子が来ることは解っているのだが
出来れば広く公募して多くの子から選んでほしいものだ。

来年までに、こちらで募集ポスターでも作ろうか。
そう言えば、わざわざ夏の忙しい時期に作った
研修のリーフレットインドネシア語版は、あっちで活用されているのだろうか。
なんだかすべてが不安である。
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10 28
2009

ぼちぼちとだが、セロリを出荷している。
直売やレストラン向けに、
今年は5種類のセロリを選んだ。
去年は作付けの遅れから、年を越えてからの出荷だったのだが
今年は、狙った通り、
この時期から12月半ばまでの期間で出荷出来そう。

作っているセロリは、
葉や茎を食する普通のものが3種、
根を食するセロリラブが2種。
普通のセロリは、スーパーに一般的に販売している白っぽいセロリと、
それ以外に、茎が真緑の品種と茎が赤く染まる品種を栽培。
緑と赤のセロリは、香りが強く、味も濃いのが特徴。
露地で作った緑や赤のセロリは、妻に言わせると
「セロリ好きがセロリ嫌いになるセロリ」
だそうだ。
それくらい、常識を打ち破るようなセロリの味。
妻の友人にこのセロリを送ったのだが
その友人の親族がルーマニア人と結婚していて
そのルーマニア人が、そのセロリを食べて、
母国にもあった野菜だ、と絶賛だったらしい。
それらの種を買う時にも
ヨーロッパでポピュラーだと聞いて購入したのだが
はたしてそうだった。

現在はまだ一般のスーパーで食べられるような白っぽいセロリのみを
直売所でほそぼそと販売しているのだが
もう少し経てば、緑と赤のセロリも直売所で販売する予定でいる。

次に根セロリ。
これはなかなかの人気で、すでに業者から問い合わせが多い。
個数が限られているので、
レストランへの分配で頭を悩ましている業者もいる。
前回は、出荷開始から1週間で完売してしまったので
その倍を栽培したのだが、注文・予約数が
すでに栽培数を上回ってしまっている状況である。
見た目が良くない野菜なので、これは直売には向かない。
認知度が高くなれば、美味しいので売れること間違いなしだろうけど。

ちなみに、
今年サツマイモで主力品種として安納芋を作った。
認知されていなかった販売当初は、直売所で売れない芋だった。
なぜなら、見た目が悪いから(芋肌がきたないから)。
しかし、妻のアイディアで、
シールに美味しそうなふかした芋の写真を貼り付けたところ
ぼちぼちと売れ始めた。
今ではリピーターがいるようで、
直売所に何十個持っていっても、その日のうちに姿を消す人気の芋になった。
根セロリも味はすこぶる良いので、買い手に認知されれば
直売所で人気の野菜になるだろうけど、それはまだ先の話。

2007年に屈辱を味わったセロリだが、
あれからなんとか業者からも認められ
消費者からも求められるような野菜の形になりつつある。
セロリもいろいろな品種があるようなので
まだまだ美味しいセロリを追求していきたい。
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仕事中にセネガル人のI君が、
「これ」と言って突き出してきたものがあった。
英語で書かれた書類で、I君のにこやかに笑う顔写真付き。
よくよくみると、
インターナショナルドライバーズライセンス
と書かれているではないか。

以前からI君には1つ宿題を出していた。
それは日本で運転可能な「運転免許」を取得すること。
I君は母国セネガルでは、バスの運転手をしていた。
なので、運転は得意。のはず。
そしてセネガルの運転免許を見ると、
フランス語で書かれているので良くは解らないのだが
大型・牽引・大型2種とほとんどすべての車種を運転できる免許だった。
農作業に免許は必須で
彼が運転できれば、配達や収穫物の運搬と幅広く活躍できるのである。
だが、問題があった。
その母国セネガルの免許では、日本では運転できないのだ。

そこで以前、I君は福井の春江にある免許センターへ
セネガルの免許から日本の免許への書き換え手続きに行ったことがあった。
免許センターでは、セネガル人が来ることを想定していなかったため
書き換えに必要な簡単な交通ルールのテストを
英語、フランス語、スペイン語、タイ語、中国語などの
主要な言語でのテストは用意されているにもかかわらず、
I君の話す言語であるウォロフ語で用意はしてなかった。
そりゃそーだ。

そこで免許センターは一旦は、通訳をつけての受験を許可していたのだが
ウォロフ語の話せる人が福井にはI君の妻であるAさんしか居なかった。
身内が通訳というのはまずいと免許センターは判断したようで
別の人を連れてきてください、とのことだった。
だが、ウォロフ語を話せる日本人や
日本語の堪能なセネガル人なんてそう多くはない。
少なくとも福井には居ないのだ。

そうこうしているうちに免許センターでも方針が固まり
通訳付きの受験も認めないと言ってきた。
通訳が答えを教えても、試験をする側が解りえないというのが理由だった。
だったら、ウォロフ語でも試験を用意しておけよ!と
I君の周りの人間は思っていたのだが、こればかりはどうにもならなかった。

周囲がやきもきするなか
当の本人であるI君は、
「日本語で試験を受けても大丈夫」と言って
一度試験を受けに行った。
試験と言っても簡易的なもので、10問の交通ルールの問題が出題され
それに9問正解すれば良いというもの。
しかも回答を選択する形式。
試験内容もそれほど難しくないのだとか。
I君は自信満々にその試験を受けに行ったのだが、
結果は、10問中5問しか正解せず、受からなかった。
試験代に4000円もかかることもあってか、
その後、I君は軽々しく試験を受けようとはしなかった。
I君は「右に曲がる」と言われれば解るのだが
それが「右折」と言葉が変わってしまえば、解らなくなってしまうのである。
そしてこういう試験に限って、難しい言葉で作られているのである。
試験に通らないのも無理はない。

こちらとしては、半ば免許はあきらめていたのだが
I君とその家族はあきらめていなかった。
セネガル本国に問い合わせて、I君の持っているセネガルの免許を
本国でインターナショナルの免許に書き換えるという技を使って
日本でも使える免許に更新してしまったのである。
こうして手に入れたのが、
冒頭で紹介したI君がにっこり笑っている写真のついた免許なのだ。
有効期限は1年間で
とりあえずこれで1年間は日本で運転ができるのだとか。

I君の妻であるAさんによると
その1年間のうちに日本語を鍛えて、来年には日本語で試験を受けて
日本の免許をとりたいとのこと。
ただI君に聞くと
もし来年、試験に通らなくても、
またセネガルに問い合わせて、国際免許の更新をすれば良い
と、ニコニコしながら言っていた。

僕としては、日本語が上手になって
日本語での試験に合格して、ここの免許をとってほしいのだが・・・。
兎にも角にも、これでI君は車の運転が可能になった。
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そうえいば。
新政権になって凍結されていた
新規就農定着促進事業の予算がおりることになった。
どたばたしたが、これは削られなくて済んだようだ。

これまでご心配してくださった皆様、
どうもありがとうございました。

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ごんぼ(ごぼう)の収穫が始まる。
今年はちょっとしたわけがあって、例年よりも早めの収穫。

ごんぼは連作ができないので、
うちの農園では、ごんぼの輪作は5年としているので
今年の畑は5年ぶりにごんぼを作っていることになる。
5年で一回りのリズムが、ごんぼとそれに関わる人々の中にはある。

前回のこの畑は、
僕はインドネシアの大学院在学中で良く知らないのだが
父は、この畑に戻ってくるのを待ちわびていたようだった。
ここの畑は良いごんぼがとれるんや、と父は言う。
九頭竜川の河川敷で、川が運んだ沖積土で出来たここら一帯の畑でも
一筆一筆性格が違う。
水が抜けやすい畑、抜けにくい畑。
肥えている畑、肥えていない畑。
砂地がきつい畑、粘土質が多い畑。
数十メートルしか離れていないのに、その性格は大きく違うのだ。
だから、畑によって毎年毎年、ごんぼの収量と品質が違ってくる。
(天候も、もちろん大きく作用する)

ごんぼは、連作ができない。
5年の輪作を守ろうとすると、それだけで作付けの5倍の畑が必要になってくる。
画一的な、毎年同じようなごんぼは取れやしない。
だからこそ、円環の時間の中で
ごんぼとそれに関わる人々に、5年で一回りのリズムが築き上げられる。

そういえば先日、あるスーパーから品質管理体制について問い合わせのFAXがきたが
僕はこれにどう答えていいものか迷った。
良いものを作る努力はしているが、
問い合わせの件と僕らが持つリズムが
どうもしっくりと合わさらない。
そのずれが、僕ら農民と消費者や業者とのずれなのかもしれない。

今年は父が待ちわびたごんぼの畑。
まだ収穫は始まったばかりだが、期待以上の良いごんぼが取れている。
品評会に出せる品物ばかりやな、と喜ぶ僕ら農民のこの気持ちが
品質管理体制を問うスーパーや消費者を通して
どうやって共有し共感していけるのか、僕には解らないが、
直売所やスーパーで見かけたら、
そういうことも想いを馳せながら食べてほしい。
5年に一度のその味と風景を想いながら。
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薪ストーブに火が入った。
6月に引っ越してから、
今か今かと待ちわびたこの日。
ストーブを入れてくれた業者が来て、まずはならし運転。

着火剤に火をつけ、
焚きつけ用の細木に火をつける。
その上に、広葉樹の薪をどんどんくべていく。
ヨツール社のF118CBは、最長60cmの薪が入るとあって
奥行きがずいぶんとあり、炉内も広い。
なので業者が持ってきた薪量が、
あっという間にストーブに入ってしまった。

ならし運転は、太い薪を数本燃やすだけだと思っていたのだが
業者が言うには、ストーブの出荷時に全面に塗ってある油が燃えきるほど
ストーブを運転させないとストーブの色むらが出てしまうらしく
また僕のストーブは大型でもあるので、
大量の薪を入れてのならし運転となった。

確かにストーブからは大量の煙が出てきて
それは塗ってあった油が燃焼しているとのことだったのだが
一時は部屋の中が見えにくくなるほどのひどさだった。

炉内の炎は、筆舌し難い美しさだった。
弧を描いたように燃え上がり、それが上部で再び強く燃え上がるような独特の燃焼。
吸気口を絞ると、シガーストーブと言われているように
煙草の火のように、薪が先端から奥へゆっくりと燃えるさまが
なんともいえず美しかった。
業者が持ってきた薪は2時間ほどで燃え尽きてしまった。
ストーブに入れる前に見た時は、
その薪量で一晩もつ量のでは?と思っていたのだが
なんてことはない、あっけなく2時間で燃え尽きてしまった。
シガータイプは燃焼率が悪いと聞いていたが、
確かにそうであった。

しかしF118の鋳鉄量の多さか、火が消えてからも
ストーブそのものは、その後日没過ぎまで熱く、熱を放ち続けていた。

薪ストーブは、なんとも気持ちが和むような温かさだった。
輻射熱で体がほっこりと芯からじわ~っと温まる。
ストーブの前にいると、とろりと溶けていきそうな体と心。
すべてが丸く丸くなってしまいそうな、そんな空間を生み出す。
時間までゆっくり流れているような、
そんな、なんともいえない贅沢な時間。

冬中焚こうと思ったら、今まで考えていた以上に薪量が必要だと直感した。
そうだ、祖父の山をもっと手入れしに行こう。
夏の農作業の忙しさを引きずったまま秋に入り、
せわしなく多品目を栽培・出荷し続け、とにかく走り続けて
その勢いで年を越してしまいそうだったのだが、
薪ストーブが僕の心のスイッチを切り替えてくれたようにも思えた。

数時間のならし運転だったが、僕は労働の喜びとその在り方を
ほんの少しだが、思い直すことができた。
薪ストーブの贅沢な時間は、僕の農の在り方、生活の在り方まで
贅沢な方向へと導いてくれるような気がした。

この気持ちを大切にしたい。

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今、農園のスタッフを募集しようかと考えている。

この春に、うちの農園で働いていた若者1人が
独立するにあたって、1人スタッフが欲しいと思っている。
それは単純な労働力の補てんというわけではなく、
この先をずーっと見渡してみると、
このあたりで、僕の農園を一緒に切り盛りしてくれる
信頼できるパートナーが必要だと感じることが多い。

インドネシアの農家子弟に対する研修事業や
この地域の農業を盛り上げてやろうという意気込みのある(そして忍耐力と体力のある)
若い人をスタッフとして募集したい。

ここまで来ると国籍は特に問わないのだが、
日本語は上手な人の方がいい。

農を志し、
このブログに共感できる方は、ご一報ください。
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先週、火曜日から金曜日まで
インドネシアの留学生2名を農園で預かった。
地元の農林高校に交換留学出来ている留学生。
日本語がまだまだ上手ではないので、
なかなか日本の農業がどういうものなのかが見えてこないと言っていたが
今回の4日間の農園ステイで、実体験をもって解ったのではないのだろうか。
百聞は一見に如かず。
百見は体験に如かず。

最終日の金曜日に向けて、留学生に宿題を出していた。
それは、
「4日間を通じて、地元の農業とここの農業を比べて、良い点と悪い点を書きなさい」
というもの。
昨年の留学生を預かった時にも出したこの宿題。
なかなか、僕の農園の欠点というか悪い点を探し出すのは難しいようで
1人の発表は、昨年の子と同様、
「日本の農業や技術は、生産性も高くて素晴らしいです。」
この前の授業をさっぱり理解していない様子だった。
妻の心配が当たったわけなのだが、
それでももう1人の子は、
「畑で仕事をしている人が少なくて、お年寄りの方ばかり」
と答えてくれた。
きれいに整備された農地と機械が揃っているのに
農業をする若い人がいない、ことにその子は驚いたらしい。

インドネシアでも、若者の農業離れがあるという。
それは厳しい労働環境と生産性の低さからくるんだと
その子は言っていた。
だから、その子は
「機械化が進んで高い農業技術で農業をすれば、若い人が農業に戻ってくる」
と信じていたようだった。
だが、その進んだ技術と高度に機械化された日本の農業は
ある意味、彼ら彼女らの目指すべき1つの農業の形だと思っていた日本の農業は
同じように、いや、より年寄りだけによる農業になっていたのである。
僕はこれに対して答えを提供はしない。
後は、その子がその子なりに地元で考えればいい。

こうして留学生の4日間の農村実習は終わった。
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10 15
2009

「芋の墓場」と呼ばれている場所がある。
それは、近くのスーパーの直売コーナーにある
山積みになったサツマイモのスペースのこと。
僕の農園ではスタッフ間で、その場所を芋の墓場と呼んでいる。
その山に埋もれてしまえば、いつ消費者の手に取られるか解らない場所。
積まれてしまえば、二度と日の目をみることはないように感じられる場所。
だから、僕ら生産者はそこを「芋の墓場」と呼んでいる。

その直売コーナーは、農家が気軽に直売できるスペースとして、
入口付近に設けられている。
自分で値段を決めて、自分で商品を並べる。
スーパーは販売額の15%を手数料として取る仕組み。
誰でも気軽に商品が出せて、値段も自分で決められる。
そんなこともあってから、直売コーナーはいつもにぎやかだ。
農家だけでなく消費者にとっても安く手に入るし、
それに何より近くで生産されているから、
なんだかエコ、なんだか安心、という根拠のない世相も反映して
消費者もよろこんで直売コーナーで買い物をしてくれる。
そして僕も、この直売コーナーで荒稼ぎさせてもらっている。

ただ問題点がないわけでもない。
なんどもこのブログでも書いたが、
年金を十分貰って、生き甲斐で農業をしてます、というお年寄りの方々が
びっくりするくらい安値で野菜を出してきたり
これはごみではないかと思われるものを並べる生産者がいたりもする。
まぁ、何が商品であるかは
直売コーナーに限って言えば、お金を払う側にその決定権があるので
僕はそういう状況でも粛々と自分の納得のいく野菜だけを出すだけのことなのだが。

一番の利点が実は一番の問題点だったりもする。
それは、直売コーナーは地元農家しか出せない、ということ。
ということは、収穫時期がすべて重なるということ。
今は10月。
この時期になると、直売コーナーは
どんな荒れ地でも取れるというサツマイモであふれかえるのである。
このあふれかえったサツマイモは、
生産した各々がそれなりにディスプレイしながら
直売コーナーにきれいに並べられるのだが
手に取る消費者が入れば、それだけ整然と並べられている商品は乱れる。
その乱れた商品を、ある一定の時期が来ると
お店の担当者が、直売スペースを空ける目的で
生産者ごとに並べられていた野菜は
野菜の種類ごとに一か所にまとめられてしまうのである。
そうやってできるのが、芋の墓場である。
一か所に集められてしまえば、一番下になっている芋は
いつ日の目を見られるかは解らない。
また乱雑に積まれている芋の山は、消費意欲を削いでしまうのか
あまり手を出す消費者がいないのも事実。
また消費者の中には、直売バーコードには生産者名が明記されているので
好みの生産者の物だけを買う方もいるのだが
芋の墓場に積まれてしまえば、その中から名前を探し出すことも
困難になってしまうのである。

まったくビジネスチャンスのない場所。
農産物は、まさに死に体。
それが芋の墓場なのだ。

この芋の墓場から、自分の芋を探し出し、平場に並べなおすのが
去年の僕の日課だったのだが、
今年は、店が出すバーコードシール以外に
自分でシールを作成し、そのシールに芋の蒸かした写真をつけたら
それだけで飛ぶように芋が売れるようになった。
シールに文言をあれこれ書くよりも、
少しインクがもったいないけど、写真を貼り付けるほうが
随分と効果があるようである。

今年は芋の墓場とは無縁でいられるかもしれない。
皆さん見かけたら買ってください。
今年はサツマイモとしては、
安納芋と紫芋だけを出荷していますので、よろしく。
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座学の時間。
インドネシア研修生+農林高校に来ている留学生。

農林高校が中間試験と言うこともあって
ちょうど交換留学出来ているインドネシアの学生を
4日間預かることになった。
前回の流れもあり
留学生の「目に映っている日本の農業技術崇拝」が
果たして、インドネシアの文脈の中で妥当なものなのかどうか
それを検証するにはちょうどいい時間がもらえたというわけである。
といっても、それほど大層な授業はできるわけではないのだが、
僕なりに考えていることを少しでも共有できればと思い、
今回の授業は、技術的要因というタイトルで
現在、我々の目に映って見える表象としての農業を支えている技術について
フォーカスを当ててみよう。

授業の流れとしては、
昨年とは違い、
先日読んだ村田純一氏の「技術の哲学」からヒントを得て
大幅に改めることにした。
技術決定論と社会決定論の事例を探し出し
その中で現在確立されている技術というものがどういうプロセスを経て
安定化しているのかを見ようというもの。
社会構成主義的な見地に立てれば、言うことはないが
少なくともあるプロセスを経て、そのプロセスがブラックボックス化する中で
表象として技術・農業が安定して見えている、ということが
理解できれば、もう言うことはない。

今回の授業に当たって研修生2名には宿題を出していた。
それは、技術が社会を変化させた事例を探し出す、ことと
もう1つは、社会が技術を変化させた事例を探し出す、ことの二つ。

この宿題がなかなか難しかったようで
二人の研修生は、
技術が社会を変化させた事例は山のように見つけられるのに、
社会が技術を変化させた事例は見つけられなかった。
みなさんはどうですか?
すぐに思い付きますか?

実はこれがすぐに思い付かない、ということが
すでに社会に存在している技術をそれ単体だけで安定しているもの
という理解をしている証拠だと僕には思える。
それはその技術が発展してきた、
つまりは現場や技術者・科学者のやり取りのプロセスが
すでにブラックボックス化してしまっていて、
僕たちの目の前に現れている技術があたかも初めから
そうであったように思えてしまうからでもあろう。
そして、その技術をしようすることで、その技術を持つ論理に
自分たちがマージナル化されたり、
選択の余地をなくしてしまっていることだけに気付かされるから
技術が社会を変化させる事例だけが、山のように見つかるのである。

技術者であるか、科学者であるか、それともそういった歴史に詳しいか
もしくは長く現場で技術の変遷を見てきたものであれば
ブラックボックス化されたプロセスを見ることができるのかもしれないが
そうでなければ、そうそう簡単には見えてこないのかもしれない。

そこで授業では、とりあえず日本の水田稲作が如何に機械化されていったかを
歴史的経緯と背景を見ながら説明していった。
この説明の仕方に、技術をどうとらえたらいいのかを
僕としては盛り込んだつもりでもあった。
水田稲作の歴史的経緯と背景は、
暉峻衆三 著 「日本の農業150年」を引用した。

1950年以降、朝鮮戦争の軍事需要の高まりもあって
日本は工業化への速度を速めることになった。
工場への人的流動を支えるためにも、農業の機械化・効率化は重要であり
また工場製品の国際競争力を支えるためにも
食料価格を低い水準で抑えることも重要だった。
こうして工業化と農業の効率化は一心同体に進んでいくこととなった。
農業分野とそれ以外の分野との賃金の格差是正も
食料価格の維持ではなく、より一層効率化と機械化を持って
大規模農家の育成と機械化による兼業化の可能性により
是正を図るような方向へと農業が発展していくことになる。
また戦後の食料による借款の受け入れや
選択的な農業補助により、
米作に特化した兼業農家による
機械化の進んだ農業を作り上げていった。

技術が社会を規定しているようにも見えるが
その実、社会の価値観が技術の論理に引きずられるような形ではあれ
それが再びいびつな形での農業社会を支える技術の開発へと
そのベクトルを特徴づけているのである。
技術の出発点で、その背景にある政治的な要因や市場的要因、
そして国際的な流れも、その技術の方向性に大きく影響を与えてもいるのだ。

そう言った見地から、現在の日本の農業技術を見れば
それは果たして、ただ単に、
日本は先進的で、インドネシアは後発的、というようなロジックには
収まらないことが理解できるかと思っている。
高校生である留学生には少し荷の重い授業かもしれないが
それでも、無批判に技術崇拝することに意味がないことを
少しでも伝えたかった。

この授業をした後、妻に今回の授業について話したのだが
妻が
「その授業、留学生だけでなく、研修生の子もどれだけ理解できたかしら?」
と言っていた。
授業の後、宿題を出したので、そのレポートを読めば、
彼らがどのくらい今回の授業を理解できたかが解るはずだ。
宿題は、インドネシアで行われた「緑の革命」の功罪について
インドネシア語で書かれた文章(10ページ程度)のものを読み
それについて、技術に対する考察をするというもの。
自分の村で、緑の革命の影響としてどういうものがあるかを
想像して書き出すとともに
日本の農業技術の中で、自分の村にも導入できそうなものを選び出し
それを導入することの功罪について、自分なりにシュミレーションするというもの。
さて、どういうレポートを出してくるだろうか。
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突然の来客。
といっても、ずいぶん以前から
「遊びに来ませんか?」
と、こちらから誘っていた。
ただ、返答があったのが、金曜日の夜。
やっぱり明日行きます、との返答だった。

その人は
協力隊の時、インドネシアで随分とお世話になった人で
5年ぶりにあったのだが
昔とちっとも変っていなかった。
12月からまた海外らしく、その人が妻にも僕にも
「もう海外では仕事しないの?」と聞いていた。
妻はこれから先、そういう可能性は大きいと思うのだが
僕はもうそういう可能性はほとんどないだろう。
逆に僕は、ここに海外から人を集めるつもりでいる。

突然の来客ということもあり
ほとんど買物らしいこともできず、だったのだが、
夕飯に使える野菜はないかと、
農園をぐるっと回ってみると、
ベビーリーフ
キンジソウ
にんにく
さつまいも(安納いも・紫イモ)
アイコトマト
オクラ
インドネシアのトウガラシ
ズッキーニ
ジャガイモ
ごんぼ(ごぼう)
貰い物のなめこに大根
などなどの野菜が、1時間ほどでかき集めることができた。
こういう時、農家はやっぱり豊かだなぁ、と思う。

僕がその地へゆくのではなく、
ここのこの豊かさを大切に、
僕はここにその地から人を招こう。
たぶん、それが僕の仕事なのだろう。

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村田 純一 著 『技術の哲学』.2009年.岩波書店.

妻が面白い本を図書館で借りてきた。
それが本書。
これまで読書はしてきたのだが、どうにも評を書く気が起らず、読みっぱなしにしていたのだが、今回は書こう。ただ、本書は自分の専門外も良いところで、ほとんど読みこなせていない。そんな状況だが、この本から受けた感銘は記しておこうか。

技術とは何だろうか?
当たり前だが、それが本書の問い。
本書は、ギリシャ神話やソクラテス・プラトン・アリストテレスなどの哲学の巨人から出発し、現代へ向けて技術哲学の変遷を取り上げている。が、ここでは割愛しよう。特に自分にとって記すに値することだけを書きたい。

技術は、単に人々の持つ「既成の目的に新たなひとつの手段として加わっているものではなく、むしろ新たな目的を含んだ新たな目的‐手段連関が形成され、それによって新たな行為の仕方、新しい生活様式がうまれた」(p7)とし、その相互作用的な関係により現在の生活が作り上げられている。そしてその現状から、技術が自動的に社会の在り方を決定しているという技術決定論と、社会の方がどのような技術を導入するかを決定しているという社会決定論の論争が長く続いてきた。
技術決定論では、技術が社会を決定する過程を肯定的に見る(近代主義)か、あるいは、否定的に見る(反近代主義)か、で大きく見解が分かれているが、新たな技術が導入されることで、それは人々にとって新しい選択肢を一つ増やすことではなく、その技術の持つ価値論理によって選択の思考や幅を限定されることを意味する点で、この論は刮目に値する。
「とりわけエリュールやハイデガーの議論のなかでは、現代の社会のなかでの技術はたんなる中立的手段には還元できない働きをすること、また技術的論理が社会の至るところに浸透していること、などに光が当てられており、これらの点に関しては、どのような技術観をとる場合でも無視することはできないだろう」(p118)。

開発途上国での援助の文脈で、この技術決定論的な事例は日常茶飯事で起きており、また現場で関わり合う人々(援助する側される側双方)にとっても苦悩となるのは、新たに導入された技術が現地にとって一つの新たな選択肢となることはなく、それによって人々の価値や社会構造が大きく揺さぶられるからであろう。その面からも、本書は興味深い。

しかし、そのような決定論的な論争が、技術とは何かをはっきりと映し出せるのであろうか。著者は、技術があたかも社会的要因から独立して存在し、独自の論理を備えているかのように見る決定論的見方を否定し、技術と社会が密接不可分な関係であり、技術と社会の関係を解明する社会構成主義の立場を支持している。
著者は自転車と大陸間弾道ミサイルが開発されるプロセスを事例にとり、
「何が自転車であるか、何が大陸間弾道ミサイルに関する成功した実験事実であるか、といったこと、つまり、技術的製品の意味、技術的事実の意味そのものが社会的・政治的要因によって規定される」(p122)と述べている。
その中で、ラトゥールのアクターネットワーク論も取り上げている。
「多くの人間がさまざまな意図と欲求をもって行為しているにもかかわらず、社会はなぜ安定した仕方で成立しうるのかを説明しようとすると、法律、道徳、あるいは、慣習などの規則の存在と、そうした規則が個々人へ内面化されているといった要因をあげるのみでは、明示しうる規則の少なさからみても、明らかに不十分だからである。(中略)そのなかで重要な役割を果たしているのが、規則を事物の形で内在化した人工物の働きだと考えられる」(p124)。
技術によって派生した人工物をアクターとしてとらえることで、人間にとっての「共同行為者」という役割を可能にしたラトゥールの視点は面白い。
その意味で、社会的なものによって技術が構成されたり、技術的なものによって社会が構成されるというのは、その両者が別々のものがあって、相互に構成しあうというのではなく、技術と社会はそれぞれが二重に決定されているということを意味していると、著者は言う。

技術が形成されていく過程で、社会と技術がお互いに作用しあい、ある一定の妥協が成立し、ネットワークの安定性が生み出される。すなわちその技術と社会的価値の「解釈の柔軟性」は閉じられ、人工物の起源やもともとの意味は「ブラックボックス化」することになる。安定的に表面的に機能する技術が、その論理思考によって安定し支えられた社会の中に存在するのを我々が見るのである。そのためその確立したネットワークの見地に立ってはじめて、それはあたかも確定的な論理にしたがった過程であるかのように見えてくるのである。
多分、ここの部分での思い違いが、援助の技術移転の中で起きている大きな問題点にも僕には感じられる。

著者は、自転車と大陸間弾道ミサイルの事例を説明しながら、「技術の解釈学」の重要性を説く。
「現在の型をもつ自転車は、女性解放という政治的流れを支持し、またその流れに支持されることによって実現したのであり、合衆国の大陸間弾道ミサイルに関する技術的な実験事実は、国際政治の状況を構成すると同時に、その状況によって構成されたのである。技術的製品が設計され製作された社会・技術ネットワークが安定し、正常な環境の一部となると、それらが持っていた政治的性質は隠され、沈殿し、暗黙的なものとなる。しかし、このことは技術が本来持っていた政治的性質が消滅したことを意味するわけではなく、むしろその政治的役割が自明になるほどうまく機能するようになったことを意味している」(p132)。

僕は本書をインドネシア研修生との技術観の祖語や、開発現場での苦悩の経験から興味深く読めた。そこにあったのは、技術と言うものが、我々の社会である程度機能し安定している場合、その状態から見えているものがあたかもそれ自体が独立した存在として見えており、その導入が新しい手段であるかのように見えていたことによるある種の勘違いでしかなかったのである。その技術を作り上げてきたプロセスに解釈を求めるならば、それを共有する文化的な価値と、またその変遷によって常に意味付けが変化している技術という姿が見えてくるのである。

ちなみに本書ではさらに非決定性を考慮に入れた技術の設計原理にまで触れ、潜在的知性は大きいが顕在的知性は小さくなるような人工物の設計についても述べている。またフェミニズムの視点と技術に関しても1章を割いて説明しているが、ここでは割愛する。
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10 08
2009

PA080001.jpg

朝から暴風雨。
台風の直撃は久しぶり。
心配していたハウスには被害はなかったが、
露地のオクラはこの通り。

この夏、なかなか売れなかった赤いオクラも
収穫がもうすぐ終わるこの時期になってきてから、
なぜだか、ようやく人気が出てきていた。
台風が来る前日である昨日などは、
ある業者から
「台風明けに、赤オクラでますか?」
などとわざわざ問い合わせまであった。

が、しかし、
こうなってしまっては、赤オクラの収穫を明日からもできるかどうか。
いつもそうなのだが、なくなった頃に限って
売れ始めたりもする。

話は変わって、
今日は台風なので、
誰も直売所なんて行かないだろうと思っていたのだが、
父の野菜を持っていくと母が言うので
ついでに僕のサツマイモも、今朝の暴風雨の中、持って行ってもらった。

この直売所は、
売れればメールで販売数を教えてくれるシステムとなっていて
お昼にチェックしたら、今日に限ってサツマイモが14袋も売れていた。
今までは、天気の良くてお客さんが多い休日でも
1日に10袋くらいしか売れたことがないのに・・・。

消費者の消費動向は本当に不思議だ。
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台風が来ているからではなかったのだが、
忙中暇ありで、山で乾燥させていた薪を取りに行く。

朝晩、少し寒くなってきたこの頃
今まではインテリア(邪魔物?)だった
薪ストーブの存在を少しずつ意識するようになってきた。

焚き始める前に、薪を少しでも移動させようと
祖父の山まで薪を取りに行くことにした。
相棒にはセネガル人スタッフのI君を連れていくことに。
こういう力仕事は、彼と一緒だと心強い。

PA060011.jpg

2トントラック一杯に積んだが
昨年の冬に切った木の半分も運べなかった。

山では、この冬、どの木を切るかを祖父と相談した。
崖になっているところにクヌギが3本生えており、
とりあえずそれを始末しようと話し合った。
そのすぐ隣に、とても良いコナラがあったのだが
「そこはよその山や」と祖父。
山の境界は、何度聞いても解り難い。

さて、運んだ薪は
ハウスの中の脇に積むことにした。
こうしておけば、焚くまでの間にさらに薪は乾燥するだろう。
薪を積み始めると
セネガルのI君から
「ダメ、ダメ」と積み方に指導を頻繁に受けた。
薪積みをほとんど経験したことのない僕は、何が悪いのかさっぱりわからないのだが
I君は形と重さを見ながら、どんどん薪を積んでいった。
I君は、セネガルで子供のころから薪積みをずいぶんやったことがあるらしい。

こうして積んだ薪がこれ。

PA060014.jpg

このような簡易の薪棚がハウスの両側にできた。
山にはまだトラック一杯分の薪が放置されている。
それはどこに置こうか。
そして、はたしてこの薪の量で、この冬、どのくらいもつのだろうか?
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天高く、人肥ゆる秋。
ということで、最近食べたもの。


P9290005.jpg

セロリの間引きをしたので、やわらかいセロリをスライスして
リンゴとシナモンのサラダを妻が作ってくれた。
フェンネルシードが硬くなる前の実を散らした、すっきりとしたサラダ。



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ハウスのわきに植えてある柿がとれたので、
初夏に収穫した赤玉ねぎと一緒に、マリネ。
海産物以外は、うちの畑で採れたものばかり。
柿はマリネ、と妻がワインを飲みながら、しきりに言っていた一品。


PA030008.jpg

紫芋のてんぷら。
芋は先日収穫して、少し干したもの。
娘が、
「あー、中身があんこになっているよー!」と驚いていて
いくつも食べてくれた。

秋は美味しいものばかりで良いねぇ。
今日は何を収穫して、何を食べようかなぁ。
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前回の座学の続き。
宿題をこなせなかったイル君は、
今回、自分の地域で実現可能な「直売所」についてプレゼンをしなければいけなかった。
提出されたレポートを読むと、彼の苦悩が見て取れるようだった。
彼のレポートの結論は、
「私が学んだ直売所のどのモデルも、私の地域では実現不可能です」
と書かれていた。
一瞬、彼はたとえ机上の空論であっても
思考することをやめてしまったように見えたのだが
彼のプレゼンを聞くに、そのおかれている複雑な農業構造が見えてきた。
それはまさに、貧困の輪と言っても良いだろう。
またそのような思考に限定されざるを得ない状況こそが
貧困の輪だとも思う。

彼の地域は以前書いた以下の日記を見てもらえれば解るだろう。
運命と貧困の輪を抜けるために 農業研修で僕ら日本人が背負うもの

まず、販売ルートが限定されている。
栽培に必要な資金を持たない小農が多く、
栽培を開始するために、買い取り商人から資金を借りる。
その関係から、生産物のほとんどをその商人に売り渡さないといけない。
ものすごく収奪されているわけではないが
それても、市場価格より安いのは、調査をしてくれたA女史や
イル君の話から解った。
また、大規模プランテーションに伴って開拓された地域でもあるので
近くに町がない。
小さな村々が企業のプランテーションのまわりにへばりつくように点在しており
直売のターゲットになるような消費者が少ない、と、イル君は言う。
生産者から直接消費者へという直売の考え方は
小さな振り売りを除けば(それもほとんど成立しない)、
ほとんど実現不可能のようにも見えた。
大規模プランテーションと買い取り商人に牛耳られている市場に
僕ら農民は作りたいものを作り、売りたいところに売って、
その市場の刺激を大いに受けながら、自立感のある農民にはなれないのだろうか。

そんな思考自体をやめたくなるような状況下で、
(実際、彼のこの話を聞いていた僕は、ほとんど思考が停止してしまった・・・)
イル君は、こういう答えを出してきた。
買い取り商人による販売のまとまりではなく、
栽培レベルで農民をグループ化をして、農民による協同組合作り
そこを通じて販路を築くというもの。
資金は、買い取り商人からは借りないようにするため、
銀行の農業融資から借りる指導をしたいとも言っていた。
事実、銀行は農民に対する栽培資金の少額貸し付けを行っている。
信用いう意味で、なかなか借りにくい面もあるが
農民のグループや協同組合が出来てくれば、
借りられないこともあるまい。
イル君が夢想する協同組合を通じて、新しいマーケットへの販路も彼は考えている。

この授業で大事なのは、なにも直売所を作ることじゃない。
ここの文脈では、直売という考え方では、その中間マージンを減らして、
少しでの農家の受け取りを多くするというのが大事なのだ。
そしてそのことは、農家が新しい販売チャンネルを持つことにもなる。
それが、他の商人や市場に対する交渉力UPにつながるのである。
個々の農家やグループの交渉力を上げること、
それは栽培上の問題を解決するよりも、大事なのだ。

3人での議論で、初めはイル君による買い取りグループを
形成していくのが妥当だろうとなった。
小さな取り組みから初めて行く方がいい。
そのためには資金と移動力をイル君が獲得する必要があるが
その議論は、またいずれやらないといけないだろう。

この協同組合の話は、面白かったのだが
そのことで、あるインドネシアの友人から忠告されたことがある。
「買い取り商人の力が強いところで、流通を無理に触ると後ろから刺されるよ」と。
イル君の話を聞いていると、僕もそんな気はしている。

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インドネシア研修生の座学。
先週からこの座学は、市場的要因の直売所を取り上げている。
その発生の経緯やそこにある利点・問題点を考察した。
内容としては、去年と同じ。
詳しくはここを参照のこと。

昨年の授業のブログ
交渉力=生産技術+市場の多様性+運搬力
直売所=経済的利点+交流としての場
直売所=信頼+差別化
直売所=時事問題+消費者の要求の方向性

さて、それらの授業を行いながら、
1つ宿題を研修生に出していた。
それは、
「さまざまなタイプの直売所があるが、どのようなタイプの直売所があなた達の地域でも可能か考察しなさい。もし、日本にあるようなタイプが実現不可能だと思うのであれば、それについても考察しなさい」
というもの。
新しい売り方を自分で考えることが目的だった。

これに対して1年目のイル君は
スーパーの一部にある直売コーナーのモデルを高く評価し、
それならば、実現可能だと数行だけ書いてきた。
なので、そのペーパーを受けて、僕はこう質問した。
では、君のいる地域では、皆がスーパーで買い物するんですか?と。
答えは、否だった。
彼の地域は、大規模お茶プランテーションに付随して
そのプランテーションで働く労働者が集まってできた村なのだ。
町からも遠いし、スーパーもない。
農家もスーパーまで農作物を持っていくのは遠くて出来ない、という。
彼曰く、日本のスーパーにある直売コーナーが
システマティックで綺麗だったので、ああいうのがインドネシアでもあればいいなぁ
と思ったらしい。
これを読んでいて、僕の性格を知る人は、
イル君は最もまずい答え方をしていると思っただろう。
そう、その通り。
僕は至極不機嫌だった。

自分の地域で実現可能なモデルを、たとえ机上の空論でもかまわないから
考え抜くことに、この座学の意味がある。
見た目がきれいだとかシステマティックだとか近代的だとか
そんな理由で、そのシステム自体を褒める行為自体、
何の意味もないのだ。
システムが先にあったのじゃない。
それをはぐくむ土壌があったから、それがそこにあるだけなのだ。
見えているものを称賛しても、意味がないのだ。
だからイル君には、自分の地域で実現可能なモデルを探しなさい!と
再度宿題にした。

次にH君。
彼は、もっと現実的だった。
彼が目をつけたのは、近くの町の市場。
インドネシアでは、市場の場所をそれぞれの商人や農家が
政府から使用権を認められれば、その期間中使用できるシステム。
日本の卸売市場と違って、消費者も直接市場で買い物ができるのである。
彼は、その使用権を買って、
自分が構想している農家グループの直売所をそこに作りたい、と話してくれた。
直売所の欠点として、並ぶ品目が農家同士で重なりやすいというのがあるが、
H君の考えている農家グループでは、主力栽培品目は
順番を決めて、みんなでまわり持ちで栽培しようというものだった。
野菜の値段が乱高下するなかで、その順番を皆が守れるのかどうかなどの
不安はあるものの、
販売だけのグループではなく、栽培からグループ化をすることで
グループでの技術に対する意見の交換や他のメンバーへの指導なども
より潤滑に行える、と彼は考えているようだ。
実は僕も協力隊の時に、それを一時夢想して
そしてグループを作り、販売も行ったことがある。
あの時は、様々な要因があって(遠距離・情報伝達の難しさなど)
グループ化を栽培レベルまで出来ず
結局、販売のグループになってしまったのだが
H君は、そのもう一歩を踏みこもうと意気込んでいた。
そしてそれは、産地組合的な発想ではない、篤農グループを考えているようだった。
市場での他の売り場との差別化としては
有機農法の実践や、海外の野菜など珍しいものを栽培することで図るらしい。

考えるために出した宿題だったのだが、
とんでもない答えを飛び出してきて、正直驚いた。
僕が鍵だと思っている要素をすべて取り込み、
そして彼なりにアレンジして僕の目の前に見せてくれた。
それは机上の空論かもしれないが、その思考と意志の素晴らしさに
僕は感心した。
1年前の彼かれは考えられないほどの成長だった。
イル君も今はまだ理解が足りないのだが、
いつかはH君のようになってくれることを信じて
座学を続けよう。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
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(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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