今年から始めた露地の畑に、
害虫防除用のフェロモン剤を設置した。
コナガ、オオタバコガ、ヨトウガ、シロイチモンジヨトウ、
ハスモンヨトウ、タマナギンウワバ、などに効果があるらしい。
虫が発するフェロモンを利用して
害虫とされる虫の交尾阻害を目的とした農薬。

P6280011.jpg


上記以外の虫に影響がほとんどないため
天敵やただの虫に害を与えることがない。
殺虫効果のある農薬の散布の回数も減らせるのだ。

麦やソルゴーをバンカープランツとして露地の畑に導入して
天敵であるアブラバチやヒラタアブ、ヒメハナカメムシなどが多く生息し、
また蛙や蛇もそれなりに棲みついている。
生物多様性をキーワードに作り上げていく畑は
見ていても面白いし、何よりそれが、人の手で作り出されていく自然の一部として
周りの自然との調和を感じられて、とても心地がいいのである。

フェロモン剤の設置を手伝ったインドネシア研修生も
生物多様性の視点で見た畑に関心を持っていた。
インドネシアでもPHT(Pengendalian hama terpadu:害虫総合防除)は
もう20年も前から、随分と議論され、また普及されてきている。
研修生の通っていた農業高校でも
そのための授業があるのだとか。
ただ、その実践はほとんど行われていない。
だからこの畑の取り組みが、とても面白いのだと思う。

かくいう僕も
本格的に取り組むのは今年が初めてなので
手探り状態ではあるのだが。

そんな畑では、今、ズッキーニが収穫最盛期。
そして、徐々にだが、福井の伝統野菜である吉川ナスやイタリアのナス、
加賀野菜の打木甘栗赤かぼちゃ、
フルーツホオズキ、ルバーブ、オクラなどが取れ始めるのだ。

関連記事
真夏のように暑い毎日。
こうなってくると、園芸は忙しい。
そう、害虫防除に追われるのである。

P6250003.jpg

今日の夕方。
いつものようにタンクいっぱいにすると30キロはあろうかと思うほどの
噴霧器を担いで、西日がまだまだきついハウスに入る。
害虫防除のための農薬散布のために。

農薬は、食べる人の健康も心配されるのだが
それ以上に、それをまく側の健康も心配されるのである。
農薬がかかった野菜を食べるまでには
それなりに日数もかかっており、
その間に、圃場において、降雨や灌水などで流れることもあるし
太陽光などによって分解される物質がほとんどである。
さらに各家庭で調理される過程で
洗われたり、煮たり、焼いたり、皮を向かれたりして
基準どおりに散布された農薬は、
ほとんど人体に無害なものになる、と農薬の専門家はいう。
なるほど、そのメカニズムをそれら専門家の言う化学式と論理に基づいて思考すると
たしかにそう理解できる。
では、まさに今圃場で散布しようとしている農薬そのものは
どうなのだろうか。

その農薬は、太陽光も降雨も灌水も当たっていない状況で
まさに今、殺虫や忌避のためにまかれるのであるからして
当然、それなりに毒素を持っていないといけない。
だとしたら、その場に散布という行為で居合わせないといけない農家の健康はどうなのだろうか。

だから、僕はカッパを着て、マスクを着用して農薬を散布することにしている。

しかし、今日、3人の人から同じ質問をされ
かつ、自分でもどちらの行為が安全なのかわからなくなったので
それを日記に書こうと思う。

その質問はとても単純なものだった。
「真夏のハウスで農薬散布をするのに、カッパを着て散布する方が安全なのか、それとも涼しい恰好で散布する方が安全なのか?」という質問。
農薬の毒素から身を守るためのカッパであるが、
夕方でも気温30度を軽く超えているハウスの中で
30キロの噴霧器を背負って1時間以上かかる防除作業を
カッパを着てやることが本当に安全なのであろうか。
カッパを着ていると、熱中症で倒れそうになるくらい熱く、そして脱水するのである。
心臓への負担も相当なもので
散布が終わるころには、他の人としばらく話せないほど疲労するのだ。
この散布作業が本格化したこの1か月間で、僕は5キロやせた。

涼しい恰好で散布すれば、体力の消耗や熱中症の心配はない。
だが、農薬の毒素を浴びることになる。
長期的に見て、はたして、どちらが体には安全なのだろうか。

その質問を、今日、
近所のおばちゃん、若手農業者クラブの仲間、そしてインドネシア研修生から
尋ねられた(まったく同じ質問だった)。

僕は答えに詰まったままである。
関連記事
大阪のレストランから電話がある。
実は、この春から大阪のあるレストランにも
野菜を出荷していて、そのことでシェフから感想を頂いた。
それは
「田谷さんのズッキーニ美味いですね!」
だった。

ズッキーニは3年前くらいから少し作っていたのだが、
あまり手をかけていなかったので、
そんなに良いものは取れていなかった。
今年、休耕田を借りて、そこで露地野菜を2反4畝ほど作ることになって
その一部にズッキーニを栽培することにしたのだ。
それなりに手間をかければ、それなりの物がとれるようになるようで
今年の出来は上々だった。
そこで、春から野菜の注文を受けるようになった大阪のレストランへ
見本でズッキーニを入れておいたのである。

その感想が、今日かえってきた。

こうやって直接感想を言われることが
生産者にとってどれだけ大事なことか。
つながっているんだという実感が
僕をまともな農業の方向へと向かわせ続けてくれる。
現代の農産物市場は、物の規格と値段だけが行き来をしており
直接、収穫物の感想やそれにまつわるエピソードは
お互いに行き来しなくても、十分取引は成り立つのである。
そんな市場だからこそ、逆に、
収穫物に対するエピソードがついているものは良く売れる、
と、マーケティングのアドバイザーは言ったりもするのだろうけど。
だが、それは売るための方策でしかないし、買うための理由でしかない。
それが買い手と作り手の間を行き来するという
つながりの実感はほとんどないのである。
この実感の喪失が、今の市場の歪みとして、社会にマイナスの影響を与えているように
僕には感じられる。

シェフからの電話は、数分間だったが
そのたった数分間が、この歪みの一部を一瞬にして消し去ってくれることに
もっともっと僕たちは意識しないといけないように思う。

「美味しかったので、追加注文しましたのでお願いします。」
そういって電話が切れた。
僕は明日、シェフのその言葉を何度も何度も思い出しながら
ズッキーニを収穫することだろう。
関連記事
夏至が過ぎ、いよいよ夏の暑さになった感じがするこの頃。
春先に猛威をふるったカブラハバチも、一段落したように思える。
今年は、僕の農園では例年よりもカブラハバチの害が
ひどかったようにも思えたが、みなさんのところではどうだろうか。

カブラハバチ、と聞いてもよく分からない方もいるかもしれないが
春先に出てくるオレンジ色の体に黒い羽根と頭をした2cmほどの虫。
この幼虫、まっくろの芋虫で、これも2cmほど。
問題となるのは、この幼虫。
食欲旺盛で、放って置くとで葉脈を残してすべての葉が食べつくされてしまう。
防除もなかなか厄介で、
アブラナ科の葉野菜が出荷時期を迎える春から初夏に向けて
大量発生するのだが
このアブラナ科の葉野菜で、カブラハバチの名で登録が取れている農薬が
ほとんどないのである。
だから、アブラムシやキスジノミハムシ、ハモグリバエ、コナガなどに
効き目のある農薬を散布することで、同時防除を狙うのが基本。

ただこの同時防除、少々難しい。
キスジノミハムシは、子葉がでるころから作物に着くので
本葉が少し出てきたときには、この虫に対しての農薬を散布しないといけないのである。
しかし、この頃は、まだカブラハバチはつかないので
キスジノミハムシと同時防除は難しい。

本葉が大きくなりだしたころにつくのは、コナガ。
このコナガとカブラハバチを同時防除出来ればいいのだが、
コナガはりんし目で、BT剤で防除出来るため
出荷前日まで農薬散布が可能になる。
(*注:出荷前日まで農薬をかけるのか!と思われる方は、BT剤について調べてもらえば、その理由が納得できるはず。解らない方は連絡をいただければ、農家の立場から説明します。)
しかし、カブラハバチは膜翅目なので、BT剤の効果はない。
アブラナ科の葉野菜が出荷を迎える頃に、
このカブラハバチが旺盛に食べ始めるのだが
出荷を数日後に控えた頃になると、カブラハバチに対して散布できる農薬はない。

そこで、僕は、ここ数年アファーム乳剤を使用することにしている。
カブラハバチの発生が旺盛になり、しかも葉野菜の生育期間が
比較的長期間になる春と秋だけ限定で。
夏は、生育期間も短くなり、食害を受ける前に収穫することが可能なのと
キスジノミハムシ対策として散布するネオニコチノイド系殺虫剤で
初期の防除さえできていれば、なんとか収穫まで
コナガ以外の虫の繁殖を抑えることが可能であるため
アファーム乳剤は使用していない。

さてこのアファーム乳剤。
有効成分はエマメクチン安息香酸塩。
この有効成分は自然物に由来し、
放線菌(Streptomyces avermitilis)から単離された殺虫活性をもつ薬剤とのこと。
接触毒もあるが、食害作用に重点をおかれた農薬であるため、
アブラナ科の葉野菜を食べないただの虫や益虫に対しては、
他の非選択性農薬に比べて影響が少ないと考えられる。

僕の防除の基本は、すべての虫の死滅ではなく、
人が耕作する畑という、非自然的な場所において
その非自然なるがゆえに、ある種の虫のみが繁栄してしまうという
狂ってしまった自然の均衡を
すこしだけ戻してやろうというものである。
そのため防除は、薬剤散布だけでなく
混作や輪作などの技術を用いて、天敵や益虫、ただの虫などの
生物多様性の畑作りを目指している。

ただそれでも防除しきれない虫がいるので、
その場合は、上記のように、時期を限って
自分なりに厳選した農薬を散布することもある。

今年は、ブログのワード検索でもカブラハバチで検索して
僕のブログを見に来る人が多かったように思う。
どこの畑でも苦慮しているようなので、
カブラハバチの防除が一段落した今、自分なりに総括として書いてみた。
他に、もっと良い方法をしっているぞ!という方は
ぜひ、教えてください。
関連記事
世界の農業を学ぼう!
第3弾は、マダガスカル。
青年海外協力隊でマダガスカルへ野菜隊員として行っていたKさんを
講師として招いて、勉強会を開いた。

マダガスカルといえば、アニメ映画のやつ(踊るの好き好き!ってやつ)しか
知らなかったのだが、あのイメージとはまったく違って、
森林が随分と減ってしまっている状況らしい。
さて、そのマダガスカルの農業。
思ったよりも色とりどりのハイカラな野菜を栽培していた。
レッドキャベツや各種チリ、ベリー類、変わった葉物野菜などなど。

Kさんの話で印象に残ったのは、
マダガスカルの農具の改良という、彼の行った活動の一つだった。
どこにでも鍬というシンプルな農具はあるかと思っていたのだが
マダガスカルには無いらしい。
柄の長いスコップだけがあり、それで耕起・除草・土寄せまですべてを行うとのこと。
Kさんは、その農具での土寄せがあまりにも非効率なのを見て
鍛冶屋に頼んで、鍬を作ってもらったという。
その鍬を使えば、豆の土寄せ作業が3日かかっていたのを
半日で終えることができたとか。
ただ、
「鍬を使うようになったことで、農家が自分で土寄せをするようになったんです。その作業を委託されていた土地なし農民の仕事がなくなってしまったんです」
とのことだった。
なるほど。
作業効率が上がった分、自分で作業を行えるようになり
作業委託が無くなったという話である。
Kさんは
「確かに仕事がなくなってしまうことは問題だと思いましたが、それでも非効率な作業を続けていくのはどうかと思いました。それを犠牲にするわけではないのですが、マダガスカルの農業が発展していくためには、そういった改良も必要だと感じました」
と答えてくれた。
現場で悩み考えたからこそ出てくる言葉だと感じた。

インドネシア研修生もそれぞれ感ずるところがあったようで、
H君は、
「Kさんの活動の中で、農家を外国人が行くスーパーマーケットに連れて行き、そこで高値で売られているような野菜を作るというモティベーションを農家につけさせた、という活動が面白いと思いました」
と感想を述べていた。
まさに、僕も同意見だった。
協力隊活動において、対象となる人々のモティベーションをいかにして上げていくか
ということが、最大の課題とも言えよう。
その意味で、Kさんの活動は面白かった。

さてもう一人の研修生イル君だが、
彼は、
「田んぼの収量コンテストが面白いです」
と言っていた。
マダガスカルでは、田圃の収量を競うコンテストがあるようで
1位になった農家は、日本円で100万円くらいもらえるのだとか。
日本でも以前あったように思ったのだが
イル君が言うにはインドネシアにはないのだとか。

二人の研修生が「面白い」と感じたのは
どちらも農家の耕作意欲をあげる活動や政策についてだった。
彼らなりに、自国の農業の発展に必要なものは何かが、
それなりに感じているのだろう。

Kさんのマダガスカルの農業講座は、まだまだ続く。
次回は、マダガスカルで生まれたSRI(The System of Rice Intensification)について
学ぶ予定でいる。
インドネシアでもブームになっている、稲の一本植えの技術。
本場マダガスカルのやり方を学んでみようというものである。
次回も楽しみだ。
関連記事
近くのスーパーの企画での料理教室。
今年も数回、担当することになり、今日がその1日目。
料理教室と言っても、それほど大層な料理なんて出来ないので
今回は、自分のフィールドで収穫体験をしてもらい、
それを料理教室へ持ち帰って、みんなで料理をしようという企画だった。

参加家族は6家族+米国人女性1名。
総勢15名の参加者だった。
収穫体験は、ベビーリーフとこの時期から収穫可能になるモロヘイヤ。
それと収穫は僕がしたのだが、ズッキーニも持ち帰ってもらい
それをみんなで調理した。

ベビーリーフの圃場では、みんながベビーリーフを試食しながらの収穫で
米国人女性が、ベビーリーフのマスタードリーフを食べると
「こんな美味しい野菜は食べた事がない!」と感嘆していたのが印象的だった。
彼女はベジタリアンとのことで
そういう人に、野菜の味をほめられるというのは
とても名誉なことだと思う。

収穫体験以外には、生ゴミ堆肥の生産場や
今年から力を入れているIPM(Integrated Pest Management)実践の畑も
見学してもらった。

さて料理教室では、
採ってきたばかりのベビーリーフを
胡麻ドレッシングやオリーブオイルと岩塩・粉チーズで味付けしたものを
ライスペーパーで巻いて生春巻きを作った。
また前回同様、モロヘイヤスープも作り
ズッキーニは、天ぷら粉に粉チーズと岩塩を入れて天ぷらにして食べた。
どの料理も好評で、ズッキーニの天ぷらが特に子供たちに人気があったように思えた。

ブログ用 調理出来上がり


参加者からは消費者の立場から様々な質問もしてもらえた。
やはりこんなご時世なので、農薬や肥料について聞いてくる人もいた。

IPMの畑が不思議だったようで、
草を取り除くのではなく、コントロールできる草を生やすというのが
印象に残った人もいて、そういう農業の在り方について聞いてくる人もいた。

こう言う機会が、僕に新しい視点をもたらしてくれる。
農業は、作って終わりではないのだ。
それを食べてくれる人がいるから成り立つ生業として、
現在の世の中では存在している。
だとしたら、こうした食べてくれる人たちに僕の農の在り方を見せていくのは
ある意味、使命であるし、
そしてこうした意見の交換はとても意義のあることだと思う。

次回は9月下旬か10月上旬予定。
関連記事
P6180001.jpg

この箱は、魔法の箱である。
さて、中身は何でしょうか?

P6180003.jpg

正解は、生ゴミ。

実はこれ、生ゴミを堆肥にする箱である。
といっても、なにやら特別な箱ではない。
引越しの時に大量に出た段ボールを使用したもの。
中身は、土と米ぬか、そしてゴミを堆肥へと発酵させる菌として
うちの圃場で使っている堆肥を少々いれてあるだけのもの。

今年、若手農業者クラブで食農体験として
クラブ員の子供が通う保育園でも実践したもの。
さらには、僕の娘が通う保育園にも置いてある。

そういう取り組みをやっていることをインドネシア研修生に話したところ
「やってみたい」というので、
うちでもやってみることにした。

以前から書いていることだが、
僕とインドネシア研修生とで自給のための菜園を作っている。
出荷する畑とは別に、である。
その菜園では、これまで3年間無農薬無化学肥料で栽培を続けてきたのだが
今年から、この生ゴミ堆肥をやるにあたって
肥料は、この生ゴミ堆肥のみにしようかと考えている。
自家菜園で採れる野菜を調理し、あまった切れ端や食べ残しを
生ゴミ堆肥として、畑に戻してやろうというもの。

インドネシア研修生の話では、
研修生が通っていた農業高校でも、生ゴミをたい肥にする実習はあったのだが
実際にそれを使用して通年で作物を作ることはしたことがないとのことだった。
また、使用する器具もプラスチック製の大きな容器を使用するため
それが高価であることもあってか、他の農家でやっているところは見たことがないらしい。
それ以外にも、土中に穴を掘って埋め込む堆肥づくりもしたことがあるらしいが
それも持ち運びが大変ということであまり普及はしていない。

そういうこともあってか、研修生にとって、
段ボールでのたい肥作りには興味があったようである。
インドネシアでも廉価で段ボールは手に入る(ただし強度的に少々不安のある段ボールだが)。
こまめに作れば、持ち運びも楽。
インドネシアの時は、発酵菌としてEM菌を購入して投入していたらしいのだが
今回の方法では、生ゴミ堆肥の一部を次の段ボールに入れていけば
良いだけなので、ほとんど投入費用はかからないのである。
これを通年で試して見て、自家菜園での結果が良好であれば
各自、研修生が地元に戻った時に、実践すればいいのである。

今回投入したものは、1か月も経てば生ゴミの姿かたちはきれいに消え去り
完熟した堆肥になるであろう。
自家菜園の秋作の元肥として使用したいので、
もう少しばかり段ボールを増やそうと思っている。

ただ、研修生が生ゴミだと言って持ってきた中に、お菓子の柿の種があった。
そういったものを投入し続けると
塩分が畑にたまっていくのではないかと少々心配ではある。
関連記事
P6150003.jpg

早朝に、ズッキーニ畑で収穫をしていると

ミツバチたちに出会った。

それも一匹や二匹ではなく、

すべてのズッキーニの株にいるのではないかと思うくらい

たくさんのミツバチ達だった。



ここのところ、ミツバチの話題が尽きない。

北米では、ミツバチが謎の失踪を続けており

日本では、知り合いの養蜂家で、ダニの影響のためか蜂の数が半数以下になったと聞く。

だが、こうして畑に出ていると、そういった話題が、

どこか遠くの話のように聞こえてくる。



ミツバチは、環境生物だという。

環境の変化にとても敏感なのだとか。

農薬や携帯の電波、ダニ、ストレス

そういったものが、ミツバチを狂わせるとか。

だとしたら、僕の住むこの地域はどうなのだろうか。

人の目ではわからないことがミツバチには見えているのなら

僕はミツバチの目を介して

ここはどうなのかを見てみたい。


やはり、ミツバチを飼ってみようかと考えている。
関連記事
新居 新居 新居

ついに、新居に引っ越した。
といっても、荷物はまだ引っ越し屋のトラックの中だけど。
昨日なんとかアパートから荷物を運び出し、
今日、搬入される予定。

近くにお越しの際は、是非お立ち寄りくださいませ。
関連記事
P6110024.jpg

ズッキーニが収穫最盛期を迎えている。
一般的に出回っているズッキーニは、キュウリのように長細いのだが
僕が作っているのは、ボール型。
あまり売れないのだが、かわいい形に魅かれて、
ついついこの種を栽培してしまうのである。

長細いものにはできなかった調理法ができるので
ボール型も面白いとは思うのだが、
農民が圃場で考えることなど、スーパーの陳列棚や消費者の台所までは
届かないものだから、やっぱり普通のズッキーニの方が売れるみたい。

さて、そのズッキーニ。
色は、深い緑、黄緑、黄色の3色。
その内の黄色に、スリップス(アザミウマ)を確認できるようになってきた。
スリップスは、アザミウマ目に属する昆虫で
作物の害虫として名高い生き物である。
数ミリ程度の生き物なのだが、これがなかなかに侮れない。
うちで栽培しているトマトやナス、モロヘイヤなどなどを害し
虫の種類によっては少々防除がことなるので
なかなか手こずる相手でもある。

このスリップス、なぜか黄色が好きで、
黄色いものに寄ってくる習性がある。
で、ここ数日、黄色のズッキーニにその存在が確認できた。
今のところズッキーニに対して害を及ぼしていないようなのだが、
今後も観察が必要であろう。
圃場内にかなりの量の麦やソルゴーといったバンカープランツを入れているので
スリップスの天敵であるヒメハナカメムシ等は
すでに観察できているのだが、
要はその生態数の密度の問題なので、
天敵がいれば完全に大丈夫というわけでもない。

スリップスだけに忌避もしくは影響のある農薬というのも
ざっと見渡したところないようにも思えるので、
農薬散布をするかしないかは、もう少し悩むところでもある。
(ヒメハナカメムシを殺してしまっては、意味がないので・・・。)


関連記事
北陸気象台が、梅雨入りを発表した。
数日前に、にんにくを収穫しておいたので
今日はそれを乾かす作業をし、
プラグに胡麻の種をまいた。
出荷するためのにんにく・胡麻ではなく、
どちらも食べるためのもの(自家消費用)。

自家菜園では作りまわす技術を磨いている。
一切の農薬を使わずに、畑をやろうとすると、
単一作物の栽培は至極難しくなる。
現代は、様々な資材があるので、かなりコストと労力をかければ
無農薬でも単一作物栽培がある程度可能だとは思うが
そんなことにどれほどの意味があるのか、僕にはわからない。
それなら、いっそ自分で納得できる農薬を散布する方がいい。

そういった資材を使わないのであれば
方法はただ一つ。
昔からの作りまわす技術を磨くしかない。
つまりは輪作と混作のこと。
そして適期通りに作るということ。
ただそれだけである。
しかしその「それだけ」が、やけに難しい。

にんにくの後作には、ごまがいいと聞いたので
今年は、にんにくの後に胡麻を栽培しようと思っている。
今日はそのための作業をした。

今年のにんにくはあまりにも大きく育ったので
みているだけで食欲がそそられる。
じめじめした梅雨にも入ったことだし
にんにくを素揚げにして、ビールの友として、梅雨の憂鬱でも晴らそうか。
関連記事
日曜日は、座学の日。
インドネシア研修生のための座学。

今日の座学は
前回のボリビアの農業のおさらい、と
シリーズで行っている「農業の構造」の授業で
その構造を支える一つの要素である「人的資源」(インドネシア語でSDM)の授業。

まず、前回のボリビアの農業について。
感想を書いたペーパーをH君とイル君に事前に提出してもらった。
どちらも、ボリビアの農業の粗放さについて書かれており
特にイル君は、それを「伝統的」と読み込んでいた。
僕もボリビアには直接行っていないので、その農業がどういうものなのかは
協力隊OGであるWさんの話の域を出ないのだが、
彼女の話から推察するに、
あちらの農業は、別に伝統的でもあるまい、と思っている。
「粗放」と表現される農業は、
一つには土地所有の違いによるのではないだろうか。
前回も書いたが、数十、数百ヘクタールも農地を所有すると
作業効率的に粗放になっていくのは当たり前なのである。

H君もイル君もボリビアの農民が「malas」(怠け者)だというが
果たしてそうだろうか。
どちらかといえば、近代的な合理主義に基づいて、
コスト-ベネフィットの計算の中で、
「粗放」と表現される農業を実践しているのではないだろうか。
(それはちょっと言い過ぎか???)

話題がちょうど良かったので、そのまま人的資源の授業に入った。
人的資源の要素を自分なりに考えてみたのだが
教育(学校教育だけではない)
経験(農業だけではない)
モティベーション(やる気)
の3つが重要のようにみえる。
コミュニケーション能力とかも入るのだろうけど、ここでは割愛。

その中でもこのモティベーションに特化して、話をした。
やる気というのはそもそもどこから生まれるのか。
一つには、個人の社会的価値の認識からそれにそって生まれてくるのであろう。
それから外れた「やる気」は、社会にとって至極迷惑なことでしかないので
やはり、人的資源として有効なのは、社会規範や社会価値の個人認識から
派生してくるものだと思う。
ボリビアの農業は詳しくは解らないのだが、
たとえば日本の農業において、
田植えの後、「うせ」という作業がかつてはあった。
いや、今でもあるが、あまり見かけなくなってきている。
「うせ」とは以前も書いたが、補植のことで、
田植え後に欠株が生じたところを植え直す作業のことである。
祖父の時代やそれ以前は、
「田んぼはきれいに作らないかん」
と思われていた。
だから欠株が生じていれば、何度も何度もうせをしたのである。
土地所有が少なく、そこから最大限の収量を得ようという考えとも
みられるのだが、それ以上に、
「よそ様がみたらはずかしい」
とかつて語っていた祖父の言葉が今も思い出される。
つまり、欠株の多い田んぼは恥ずかしいという社会的価値・規範に則って
うせをしていたとも見られるのである。
では、今はどうか。
稲作にかける時間をいかに短縮するか、の方が
単位面積当たりの最大の収量を追求するよりも勝っているこの時代において
(兼業化や高齢化の影響)
うせに時間を費やす人は少なくなったように思える。
すくなくとも、うちの村では、うせに出ている人は以前よりも少ないと
年寄りが話している。
うせをしなくなったのは、
それだけ今の若者が怠け者になったから、ではない。
農業構造の変化でうせ自体の意味が失せ、
それをやる気は、社会的規範や価値に合わないものになりつつある
ということにしかすぎない。

物事をすぐに精神論にすり替えてしまう癖が
どうしても僕たちにはついているのだが、
実は、そういう問題ではないことに気がつく。

僕らはより「怠け者」になったわけではないし、
たぶんボリビアの農民も「怠け者」ではないのだろう。
そのやる気は、合理的な判断のもとで、社会規範と社会価値を敏感に感じ取った
われわれの心理の中にあるのだと思う。
それは人間が、人間として進化してきたとても大切な部分だと
僕は思っている。

授業の最後に、宿題を出した。
インドネシア人が日本に来ると必ず
「日本人はきれい好きで、ゴミが街にあふれていない。それに比べて、インドネシアはどこもゴミだらけで汚い。日本人はまじめだけど、インドネシア人は怠け者だ」
と言う。
H君も来た当初、そういうことを言っていたのを思い出す。
では問題です。
ゴミ問題において、本当にインドネシア人は日本人よりも「怠け者」なのでしょうか?
今日の授業を踏まえて、考察しなさい。

はたして、どういう答えを書いてくるだろうか。
それは来週までのお楽しみ。
関連記事
家づくりもいよいよ終わりに近づいてきた。

ウッドデッキ

ウッドデッキも完成。
設計士さんのこだわりで、手すりは大和張り。
さらに、板と板を重ねないで、10ミリの透かしをいれている。
自然と視線を遮りつつ、閉そく感を与えない設計。

薪ストーブ

薪ストーブも入った。
炉台には、笏谷(しゃくだに)石を使用。
炎はあまり見えないタイプなのだが、
どうしてもシガータイプの薪ストーブがほしくて、これに決定していた。
冬が楽しみだ。

表札

ガラスの作家さんにお願いしていた表札。
外に飾るのがもったいないくらい。

手すりのガラス

吹き抜けの手すりにも、ガラスの作家さんの作品を飾ってみた。
もともとここは普通のガラスブロックにする予定だったのだが
ステンドクラスを頼みに、作家さんのところへ行くと
その作品の素晴らしさに惚れ込み
ガラスブロックから、作家さんの作品へと変更した経緯があった。
構造上、ずいぶんと設計士さんと工務店さん、大工さん、内装屋さんには
迷惑をかけてしまったが、
とても素敵におさまったので、大変感謝している。

工事はほとんど終了した。
引き渡しの日が、待ち遠しい。

関連記事
SRIの実践として一本植えのポット栽培を
インドネシア研修生と始めたことはすでに書いた。
それを見ていた祖母や母、近所のおばちゃんが昔の稲にまつわる話をしてくれた。

もち米を植える時は、細く植えろ
と言われていたらしい。
もち米は分げつが多いのがその理由らしいが、
それでも2本から3本植えだったという。
1本植えは
「消えてしまえば、『うせ』して歩く回数が増えるさけ」
と祖母は語ってくれた。
『うせ』とは補植のこと。
苗の活着が悪いと、植え直しで何度も田んぼに入ったという。
1本植えは、その経験から、仕事が増えるという不安もあるようだ。

活着が悪いといえば、と祖母と近所のおばちゃんの話が脱線し始めた。
「田植え機が初めて来た頃は、ただただ田んぼをかき回すだけで、ぜんぜん苗を植えていかんかったんやざ」
と教えてくれた。
村で一番最初に導入した農家は、
その年、うせにでる日数が一番長かったと話してくれた。
だから田植えの手間貸しが多く得られる家は、機械なんて導入しなかったという。
うせをする頃は、手間貸しの人足はいないわけなので、
自分たちですべてうせをして歩かないといけないのだ。
機械の導入の当初は、
「手間貸しを得られず仕方なく」
と認識されていたらしい。

手間貸しの話が出ると、今度は母の祖父の話になった。
祖父は近くの村出身で、若いころは青年団を組織して
近隣の田んぼを植えて回ったという。
牛一頭と十数名を組織して、手間貸しをして稼いだらしい。
そんな祖父も、戦前は大地主の家で、
普段は村の人との付き合いは普通に行われていたのだが
小作料を持ってくるときだけは、
小作の農家は、祖父の家の敷地の前で草履を脱ぎ
裸足で腰を低くして、小作料を払いに来たという。
「今思えば、変な光景やった」と良く語っていたと母が教えてくれた。

一本植えの試験栽培を見て、
それぞれがそれぞれなりにかつての稲作へ思いをはせたらしい。
まとまりのない話から見えてきたのは
稲作は技術だけで成り立っているのではなく、
それらは社会的関係のなかで成り立っているということだった。
技術的にSRIを解明しても
それだけでは不十分ということなのだろう。
これを忘れずに、試験栽培をしてゆこう。
実際に実践していく時に、これらの思い出話から見えた稲作の社会性への視点は
大きな示唆を与えてくれるはずである。
関連記事
保育園のポット田圃じゃないが、
インドネシア研修生もポットで稲を育てることになった。
それは、SRIの実践と研究の第一歩として。

インドネシアでも最近流行りだしている農法の一つにSRIというものがある。
稲の一本植えの技術で、多収量が見込めるというもの。
機械植えになっている現在の日本では、
一本植えそのものが機械では困難なため、
あまり知られていないのだが、
インドネシアの報告を見ると、10a当たりの収量が1.5トンというものあるのだ。
うちの田んぼでは、せいぜい500キロ程度なので
その3倍の収量があるということになる。

農学的にみれば、一本植えは無効分げつを無くすことにより
収量を上げるという技術なのであろうと簡単にだが理解することは出来る。
稲は、環境に対応するのが得意な植物で、
同じ品種でも、様々な環境条件下に置くと
それに合わせて異なった成長をするという特性をもっている。

だから肥やしを大量にやれば、それに反応して草丈も随分と伸びて
分けつも多くなるのである。
保育園のポット栽培もその特性を生かそうというわけなのである。
ただ、一般の田んぼでそれをすると、日当たりの関係上、
稲が倒伏してしまうだろうから、あまり思わしくはない。
ポット栽培は、日光がまんべんなく当たるように
稲の向きをかえられるので、多肥栽培でも有効分けつが多くなり
倒伏もなく育てられるのである。

インドネシアの研修生も最近SRIに興味を持っている。
そこで、保育園とは別にポットを用意して
研修生の実験として稲のポット栽培をすることにした。
ここでは研究ノートとして、ポットに稲を一本だけ植えて
分げつの出方や、肥やしにどれくらい反応するのかを見て
SRIの基礎的な部分である、稲の栽培学上の特質を知ろうというものである。

この作業を研修生とおこなっていたら、
それを見ていた父が、
「昔、福井の東郷地区は、稲を一本植えしていた」
と教えてくれた。

これはぜひとも機会を見つけて、
東郷地区の年寄りに話を聞きに行こう。

こうして研修生とのSRI研究がスタートした。
関連記事
娘の通う保育園で、田植えをする。
田植えといっても田圃ではなく、ポットに。

昨年、保育園と若手農業者クラブと一緒に、
体験田んぼを半年通して行った。
今年は、別の保育園で野菜の体験畑をしているのだが、
娘の通う保育園でも、
「またやらないの?」と父母からよく言われていた。
僕もやりたいのは山々なのだが、
僕ひとりで、体験田んぼを主宰することは不可能に近い。
なんせ一回の行事に100人以上の参加者がいるのだ。

そこで今年は、稲のポット栽培を保育園でやってみようということに。
今日はその仕込みに行ったというわけである。

ただのポット栽培じゃ面白くないので、
大型のポット(20ℓ)に、稲を一本だけ植えるというやり方で
栽培することにした。
肥料も、普通の田圃の50倍程度を与えようと思っている。
ある雑誌で紹介されていたやり方なのだが
うまくいけば、一株から2万から3万粒も収穫できるのだとか。

昼前の保育園で、仕込み(田植え)をしたのだが、
園庭に出ていた子供たちがみんなやってきて、にぎやかに田植えをした。
一粒から何粒できるのだろうか、とそれぞれが思いをはせながら
田植えを見守っていた。

夕方、娘を保育園に迎えに行くと
子供達から
「お昼は有難う」
「また来てね」
などと声をかけられる。
そして、ポット田圃を何度も何度も見ている子供の姿を見つけ
何か自然を感じられるものを身近に置き、その変化を感じることは
とても大切なことなのだろう、と思った。

収穫はうまくいけば運動会の頃だろうか。
順調に成長するにしても、しないにしても
ここから子供たちが感じ取ることは多い気がしている。
関連記事

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
05 ≪│2009/06│≫ 07
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ