一昨日まで、義父が遊びに来ていた。
その間、娘は大はしゃぎ。
イヤイヤ期真っ只中で、「魔の2歳」と呼ばれる意味が
この頃、よくよく身にしみて解ってきたのだが、
義父がいる間、ほとんどぐずらなかった。
たまにしか来ないからなのか?
よくよく義父と娘のやり取りを観察していたら
あることに気がついた。

義父に対しても娘はイヤイヤを言っているが、
それに対して、義父は普段のトーンで、
やさしく接しているのである。
決して荒立てた声を出さず、
言うこと聞かせようと言葉で押さえつけることもない。
イニシアチブを独占することもない。
決して対等なわけじゃないが、義父なりの力関係の妙が
そこにはあった。
その姿勢に学ぶことが多かった。

そして、義父が帰ってから、ここ2日ばかり義父の態度を実践している。
すぐに出来るもんじゃないのだが、
それでも面白いことに、娘のイヤイヤが減ったし、
苦にならなくなった。
つまり、イヤイヤがひどい、と思っていたのは
僕の態度がひどかった、ということだろう。
試されていたのは、娘の成長ではなく、僕の成長だったのだ。
子育てとは、子に育てられる、と悟った。
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今年の3月は暖かすぎる。
平年よりも少しばかり気温が高い。
そのあおりを受けてベビーリーフが良く育つ。
育ちすぎて、「ベビー」とは呼べない物になってしまっている。
当然、そういうものは「廃棄」となる。
なんだかベビーリーフの廃棄は、
毎年、この時期の恒例になりつつあるなぁ。

この前の日曜日。
娘の通う保育園でベビーリーフの収穫体験を企画した。
参加したのは、8家族。20人以上。
ベビーリーフの廃棄が決まった圃場に来てもらい、
好きなだけ収穫して持ち帰ってもらった。
(子供たちは、大はしゃぎで葉っぱを食べたり、走り回ったり)
山のように、みんな袋につめていたが、それでも全体の1/4も取りきれない。
残ったベビーリーフは、今日廃棄となった。

参加した家族からは
「もったいないですね。どうにか売れないんですか?」
と質問が相次いだが、売れないものは売れないのだ。
春になってベビーリーフの注文は延びている。
が、それ以上にベビーリーフの生育も早くなっている。
無理して収穫しても、売り先はすでにベビーリーフで満杯なのだ。
この時期だけ、県外に向けて売ってもいいのだが、
ポリシーがそれを許さない。
それに、アラブ商法みたいにその場その場の商売だと、
必ず後でしっぺ返しがくるってもんだ。
なので、注文量以上は「廃棄」となる。

なんとか売る工夫はしている。
特売企画や新規格での販売、県内での販路拡大などなど。
まぁ、1品目にこだわってあれこれ工夫を重ねても、
できることはその内部に向かって細分化するしかなく、
インボリューション的であまり健全ではないので、
僕は好きじゃないのだけど。
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いよいよこの日が今年もやってきた。
農薬散布の開始日。
暖冬と言われた昨年よりも20日以上も早い。
(昨年は4月17日散布開始)
今年の3月のあまりの暖かさに
虫はよく反応しているようだ。

ベビーリーフについた無数の穴。
キスジノミハムシの仕業。
一般的に10度前後が、虫が活動を開始する気温。
夜温が下がりにくく、昼間の換気もスムーズじゃない
鉄骨H鋼の間口18mのハウスに、一番先に虫が発生する。
散布するのは、ネオニコチノイド系のモスピラン4000倍。
先日読んだ「作物の健康」では、
チッソや塩素を含む農薬の散布が、作物の微量要素摂取を阻害し、
そのことで作物内内でのタンパク質合成が阻害され、
害虫に対する感受性を高める(害虫の栄養改善)ことにつながる、
と指摘していた。
まさにモスピランもその1つだろう。
薬剤のすばやい浸透移行により、多くの害虫から作物を守ってくれるのだが、
同時に、作物に対しても大きな影響を与えているのだろう。
これまで、本薬剤は天敵類(クモなど)やただの虫(作物を直接食べない虫)には
あまり影響がないということで、ダーウィン主義的な発想から
本薬剤を使ってきた。
が、作物に対しての影響を考えると、あまり妥当ではないのかもしれない。
ただ、この時点では、次の薬剤候補がないので、
本剤を散布した。
↑そもそも、こういう考え方が、毒物で害虫を徹底的にたたく、という消毒思想であり、作物の健康を書いたフランシス・シャブスーの批判するところなんだろうけど・・・。

化学肥料を止めて、
堆肥を大量に投入して、
毎年の土壌検査でもまずまずの結果を得ている、うちの農園なのだが
それでもシャブスーのいう
作物につく細菌や虫がもはや目障りになることはない、
といった状況には、なかなか達しない。
露地で、何十種類もの作物が混在している自家菜園では
そういう状況を作り上げられるのだが。
換金目的の作物の集約的栽培の場合、
家庭菜園のようにはいかないのである。
(経営上の合理的な選択として)

環境や人に対しての低毒性は当たり前なのだが、
今後、作物への影響(タンパク質合成阻害という意味で)をも考慮せねばなるまい。
タンパク質合成が促進されるような栽培法(微量要素との関係)を
取り入れていかないといけないだろう。
だが、とりあえず現時点で農薬散布を止めることは出来ないだろう。
僕ら農民は、立ち止まって考えてなんていられない。
なんせ目の前で、作物が害虫に食されている事象が起きているのだから。
だから走りながら(散布しながら)考えていくしかない。

そんなことを考えながら、
農薬の散布を今年も開始した。
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僕の好きなラジオ番組がある。
永禄輔と遠藤泰子の「誰かとどこかで」がそうだ。
その番組で、連日田舎のヒロインネットワークの話が流れている。
永禄輔の話だから、本当にそこで正確にそうやり取りされていたかは
かなり怪しいのだが、ちょっと聞き捨てならない話になっていた。

早稲田大学で、日本中の生産者が集まり、学生や消費者との連携を図っているらしい。
街と村との交流だとか。それは結構。
その議論の中で、誰が言ったか、
「どこでも栽培できるように品種改良などをするのは、自然に逆らっている。そんなことは止めて、その地域で作れる作物だけを作って、あとは流通によって交換すれば良い」
のような発言があったとか。
それを永禄輔は、なるほど、と思ったらしい。

早稲田の学生にしちゃ、勉強不足の発言だし、
永禄輔も、そんなことになるほどなんて思っちゃいけない。
さらに公共の電波でそんなことを全国に流してもいけない。

品種改良の是非はその技術(とその裏にある思想)ごとに判断が違うだろう。
遺伝子操作なのか、
交雑による品種改良なのか、
農家が圃場で栽培しながら観察し、群の中から耐性を見つけ出す選抜式なのか、
によって、判断は違うだろう。
次に自然に逆らっているかどうかの判断は、
「自然」とは何か、が決まらないと判断できない。
人の手が入らない原生のままを自然と呼ぶのであれば、
すでに地球上どこにも自然はない。
人も生き物で、その干渉を互いに与え合いながら、
その関係の中で今の自然が存在していることを忘れちゃならない。
自然と対立した人間像の描き方と、
関係を考えず、個として独立した存在として物を捉えず思考法こそ
そこの奥底に潜む近代性の負の問題なのだ。
さらに流通(貿易)による交換だが、
世の中がグローバル化し、そういったメガ潮流をなんとなく良いものと
認める風潮があるが、とんでもない。
自由化の中身は、それぞれの地域の利益追求であり
それ自体、非協力ゲームにすぎないのだ。
そんな不安定な構造の中で「街」があるのだ。
学生の発言には、そんなことにまったく危機感もない様子。
モノカルチャー的近代化農業への賛美でしかなく、
地域を考えていない。
伝統などという言葉で、それぞれの地域が固定化されるのも間違いだろう。
人々の暮らしは、もっとダイナミックで、
つねに新しいものを取り入れていく力があって
その中で新品種が伝統に変わり
そして、捨ててしまう伝統もあるのだ。
それはそれでいい。
ある一時期だけを取り、外部からかってに「伝統」などと
位をつけられて、それにしがみ付かなきゃいけなくなったとき
それは、その地域が滅ぶときだろう。

宮本常一が師匠だったという永禄輔が、
ラジオでそんなことを言っちゃいけない。
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フランシス・シャブスー 著 中村 英司 訳 『作物の健康』:農薬の害から植物をまもる.2003年.八坂書房.

この本は衝撃である。
本書は1985年にフランス語で書かれた。それが約20年の歳月を経て、ようやく日本語に訳されたのだ。日本語訳と同時期の2005年には、英訳でも刊行されている。

この書を手に取ったのは、2005年のインドネシアだった。英訳されたばかりの本を、ボゴール農科大学大学院で担当教官から紹介され、「これから農業をする人は、必読です」とプレゼントされた。その先生も、学位をとったフロリダ大学から、出版されるや否や本書が送られてきたとのことだった。それほど本書は衝撃的なのである。

英訳本は、僕の能力のなさから数ページで断念したが、どうにか和訳を探し当て読む。
本書では、農薬と作物内の代謝の変化、それと病害虫の増加の関係を、「栄養関係説」という新たな視点から解読している。農薬の散布後に、害虫や作物の病気が大発生したという経験はないだろうか。僕はある。そしてそれはこれまで、農薬散布によるリサージェンスであり、農薬散布により天敵が減少し、そのために害虫や病気が大発生したと、説明されてきた(その他に、害虫の抵抗性獲得、抵抗性をもった害虫が農薬の刺激をうけて異常繁殖、などと説明付けられてきた)。しかし本書では、そのようなダーウィン主義の見解による説明のみに反対している。「私たちの見解によると、「生物界の均衡の破れ」は結果的に天敵がいなくなるといったことだけではなく、生物界での栄養摂取環境が乱されることである。つまり、作物体内の生化学的状態が新しい合成農薬の導入によって変化を受けるということである」(p3)。著者は、合成農薬によって、作物でのタンパク質合成が抑制され、そのことによって作物の病害に対する感受性が増大し、害を受けるとしている。「寄生者を殺そうとして使われた農薬の毒性は宿主である植物に対しても同じように働き、植物を保護する代わりに寄生者に対する感受性を強めるという事態がおこりうる」(p65)のである。
本書では科学的データをもとに、農薬散布をすることで、微量要素欠乏が起き、それによって作物内のタンパク質合成が抑制され、可溶性養分が体内に蓄積され、そのことで寄生者の栄養が改善され、寄生者の増殖と活力の増大へと繋がっている、と説明している。85年に書かれた本のため、農薬の種類などがどうしても古いのだが、合成農薬が含む窒素や塩素が作物に必要な微量要素摂取の均衡に影響を与えるくだりは、現在でも通用するだろう。自分たちが現在使っている農薬の成分を調べてみるといいだろう。現在でも多く農薬に窒素や塩素がふくまれているはずだ。
また本書では、リサージェンス現象が抵抗性の獲得と農薬による病害に対する栄養条件の改善が混同さ強調文れていると指摘している。

著者は、「農家の裁量に任されているのは施肥、接木、そして作物の健康を考えたそのほかのあらゆる栽培管理技術の三つである。この三つはともにタンパク質合成を高めるという意図をもって行うべきで、寄生者を毒物をつかって絶滅させようとしてはならない」(p202:太字傍線は書評者によるもの)と衝撃的な指摘している。

作物体内のタンパク質合成が抑制されるか高められるか、そこに新しい病害虫防除の鍵があるように思えた。農業を志す者は、是非とも本書を読まれたい。
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とても良い陽気。
久しぶりに畑に出る。
河川敷の自家菜園だ。
ここ数日の陽気で、雑草も元気にのびていた。
ハコベ、カラスノエンドウ、ノボロギク、スズメノカタビラなどなど。
どれも手ごわい雑草たち。
(ただしカラスノエンドウだけは、土を肥やすので、すこしは残しておく。)

手で除草した後、
たまねぎとニンニクに肥やしをやる。
たまねぎはマルチをしてあるので、除草作業はほとんどない。
こんなことなら、全部マルチしておけばよかった、と少し後悔。
そんな話を近所のおばあちゃん(家庭菜園暦50年以上)に話した。
すると、
「たまねぎは、全部マルチせん方が、良いかもしれんざ」
とのこと。
はてな?
雑草防除になるし、早く大きくなるから、マルチは必須だと思っていたのだが。
そのおばあちゃんが言うには、
マルチをすると、たまねぎが肉厚でみずみずしくなる、とのこと。
それはそれで美味いので良いことなのだが、
6月に収穫したたまねぎを、軒下に吊って1年間楽しもうと思うと
みずみずしく肉厚なたまねぎではだめだ、とのこと。
そういったたまねぎは、腐りやすく、
夏の暑さで腐ってしまう、とそのおばあちゃんは言う。
マルチなしで、寒さにしっかりと当たったたまねぎは
肉が薄く、水分も少ないが、夏の暑さに耐えて、
秋冬にその味を楽しませてくれるらしい。
「夏までに食べきれる分だけマルチにして、あとはマルチなしで栽培したほうが良いざ。一所懸命に草取りしたもん(者)だけが、つぎの春までたまねぎを楽しめるんやで」。
そう、おばあちゃんは言っていた。

味覚だけで言えば、断然マルチしたたまねぎのほうが美味い。
美味い物を消費者に早く提供しようという農業においては、マルチ栽培は必須だ。
そしてその文脈においては、おばあちゃんのたまねぎは硬くて肉薄で
後れた技術によって栽培された物でしかないのだろう。

新しい技術が導入されんとするまさにその時に立ち会っていれば、
おばあちゃんのたまねぎ栽培もまた、技の1つとして、認識できたかもしれない。
それらは、どちらかに優劣があるわけではなく、ただ単に目的が違うのだ。
しかし、僕は今になってそのことに気づかされている。
新しい技術が当たり前になってしまっている世の中にどっぷりと浸かって
育った僕は、いろんなバイアスがかかってしまっていて、
目の前で起こっている事象なのに、それがうまく読み解けないのだ。

だから来年は、一部マルチなしでたまねぎを栽培しよう。
そう思った。
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自分ややろうとしていることが、また一歩前進した。
それは研修の受け入れ。
インドネシア人の研修生は、バンドゥンの農林高校と連絡を取り合い、
なんとかこの4月から来ることになっている。
インドネシアの農業に、これでようやくがっぷりと四つになって
関わることができるのだ。
そして、それと同時に自分の構想の中では
もう1つの研修の受け入れも考えていた。
それは、
青年海外協力隊に行きたいという人の研修の受け入れ、
である。

農業の職種で協力隊の試験に合格した人でも、
農業の経験が十分な人は、それほど多くはない。
そういった人を対象に協力隊事務局では、
補完訓練というものを実施している。
この補完訓練の受け入れ先になろう、とひそかに考えていた。

昨年の秋ごろからあちこちにそういった話をしてきたのだが、
その種が今になって芽をだした。
今すぐ受け入れられるわけではなさそうだが、
補完訓練の受け入れ先として、
事務局のほうに登録してもらったとのこと。

僕の圃場から世界で活躍する青年が誕生する日も近い!?
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内山 節 著 『農村文化運動 No.186』:「むらの思想」と地域自治.2007年.農山漁村文化協会.

むらとまちを行き来する哲学者が、国家が作り上げてきた思想ではなく、民衆の中に続く思想(絶え消えそうになっている思想)を読み解いた本。九州熊本での講演をもとに編集した本。

本書は3部の構成になっている。第1部では、貨幣の思想と流通の形成、そしてそれらとともに形付けられていった農村を解説している。地域内流通では基本的に使用価値を流通させている(p14)のだが、「地域内で消費できないほどの余剰生産を可能にしたのは(貨幣の思想に支えられた)流通の成立なんだとこうことは認めておくしかないでしょう」(p20)と指摘している。そしてそれらの流通は、農民の自発的な行為で始まったわけではなく、租税(米など)や売買といった行為から生まれている、と解いている。また第1部のなかで流通によって生まれた家業について、継承されるべきは労働の継承なのか家の資産なのかを議論している。「いつの時代からか、農村でありながら、労働よりも、農地とか田畑、家屋敷の不動産的価値をみるようになった。実際にいくらで売れるかは別だけれども、自分の家の資産というようなとらえ方で、それを他人に譲るなんてバカらしいという感じになってしまった。だから、自分の子どもは農業を継ぐ気がないのに、跡をとらせる人を探そうともしない。それは家業ではなくなってきた証拠で、日本の農業を解体させている要因ではないかという気がしています」(p22)。この指摘は大変重要で、農地をどう考えるべきかに対しての答えになるのではないだろうか。

第2部では、国家の思想によって形作られた歴史ではなく、民衆の歴史の中から、我々が本当に大切にしなければいけない伝統思想について解説している。日本の伝統的精神と思われがちなものとして武士道や靖国神社や天皇家の宗教行事などがあるが、それらは実際に伝統的精神でも民衆の思想でもなく、国家が民衆を管理するために利用した儒教的精神であると指摘している。内山は、自分が住む上野村を例に、村の持つ土着的な信仰と結びついた仏教の世界を解説している。村人の魂が死後、穢れを取り除きながら自然(じねん)へと戻っていくという思想を紹介し、それを共有している村の持つ霊的世界の重要性を指摘している。共同体を生きている人間だけの利便だけで説明するのはでは「不都合だ」と言い、「生と死の両方をもっているのが本来の共同体で、この視点を、いま、共同体肯定派の人たちも忘れているのではないかと思います」(p57)と批判している。

第3部は、歴史に対するまなざしについて説明している。儒教的な国家観による歴史の解読ではなく、民衆の思想から見える歴史が重要だと指摘している。歴史は事実ではなく、それを眺めている我々側にその動機があり、我々のそのときの精神に裏打ちされた認識によって、歴史の解釈は変わることを指摘している(この辺りのくだりは、同氏の『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(2007年.講談社.)の方が詳しく解説されている)。
100ページに満たない小冊子なのだが、内容は濃い。共同体や家業と市場と労働の関係を考える人は、必読の本。特に農業的資産が実際に計算されている資産価値ではなく、労働の継承にあるとする氏の論理的展開には、興奮を覚えた。
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先週の土曜日。
うちの集落で「江堀」があった。
むらの農協青年部の行事の一つ。
江堀とは、用水路の清掃(泥上げ)のこと。
3月20日から用水が入ってくるというので
その前に用水が流れやすくなるように
清掃するのである。

これが、なかなかの力仕事。
やらなきゃいけない用水路は決まっているので
人足が多いほど、仕事は楽になる。
うちのむらの農協青年部は、会員が20名。
この日は、他にむらの役員さんも出て、大勢での清掃だった。

うちのむらの青年部は、毎年、新人の勧誘をしているので、
となりの村に比べたら、30代20代の人数はだんぜん多い。
(ここ数年、僕と同年代数名で勧誘しまくっている)
のだが、今年入る予定だった新人の1人は
江堀のその日になってから突然、「出られない」と連絡があった。
諸事情あって出られないとの事だったのだが、
江堀の途中で、その人の母親と話す機会があった。
その母親曰く、
「江堀に協力をするのは良いんやけど、その後でわけなし(分別も無く)に飲むのには参加させたくない」とのことだった。
確かに、江堀では、朝から飲み、昼も飲み、
そして夜は、店を借り切って、コンパニオンも入れて飲みまくるのだ。
まさに「わけなし」の体相。
江堀の助成金が出るのだが、大抵、そんなものは1晩で飲みきってしまう。
(というか、去年も今年も赤字だった・・・)
それがうちのむらの慣わし。
ドタキャンした新人は、そんな付き合いが嫌だ、と言うことらしい。

確かに、わけなしに飲むのは、僕も賛成ではない。
だが、江堀という実質的な活動の効果(用水がスムーズに流れる等)もさることながら、それ以上に、むらの人たちで集まって何かをする、ということを大事にしたい、と僕は思うのである。
それがわけなしに飲むだけでは少し寂しい気もするのだが
さしあたって、それがむらの人たちの間では共有できる楽しみの一つだとすれば
僕は、それはそれでとても大事なことだと思う。
(実際に、僕はわけなしに飲むのは嫌いではない)

僕たちが、利便性だけを追求した結果、
結局むらが個人に対して働く力を弱めてしまった。
それは1人1人が幸せになる過程で、あるいは弱まって当然だった、
と言う人もいるだろう。
なぜなら、むらが約束するものは、最大多数の最大幸福ではなく、全員の中位の幸福なのだ(by 守田志郎)。
しかし、そのむらの持つ力によって
かつては農業やそれぞれの生業、そしてその地の暮らしが
守られてきたのも事実なのだ。
そして現在、
市民社会(civil society)などという名の一員として、
その社会の中に、自由という名のもとに、
責任と義務だけを負わされて、放り出されてしまい、
そして、それを管理されるだけの個の存在としての
虚無感がただよう社会が出来上がってしまった。
なにもそんなものと真っ向からやり合おうとは思わないが、
少なくとも、自分が暮らしている場所には
そういった虚無が流れる時間を少なくしたい、
ただそう思うだけなのである。
それには「むらの自治」が少しばかり強くなる必要がある。
その一助に江堀の活動がなれば、と僕は願いのだが。
(今は、わけなしで飲む、だけなのだが・・・)
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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