保育園の増改築。
「クラス毎に60万集める」
というノルマが決められた今回のキャンペーン(12月~2月)。
わがクラスでは、10万そこそこしか集まっていない。
そこでクラスの役員と職員とで作戦会議あり。

ことあるごとに、みんなが楽しく参加できるイベントで募金
を掲げてきた僕だが、今回の数字は余りにも厳しかった。
60万という金額もそうなのだが、
集まった10万の中身も、また問題があった。
クラスには15家族いるが、募金を集めたのは役員の僕ともう1人だけ。
他の13家族からは、今のところ募金が集められていない、とのこと。
2,3家族くらいは集めることに関して抵抗があるだろう、と思っていたのだが、
まさか、役員以外はみんなそうだったなんて・・・。

楽しく集めよう、ということで、
12月にベビーリーフ収穫体験をしたのだが
それで集まったのは1万円。
他にも、全体会議などでコーヒーやクッキーを販売して
それのあがりが1万円。

金額からも解るとおり、
イベントで集めようというのは、募金活動において副であって主にはなりえない。
結局、作戦会議で「1家族3万集めるように」という
ノルマを作ることになってしまった。
「収穫体験やコーヒー販売など、いろんなイベントをみんなでやったので、なんだかクラス全体として、すでに何かやった、という感じになってしまったのが、個人の募金集めに響いているのかもしれませんね」とある保育士がさらりと言っていた。
それも然り。

自分の無力さと敗北感に浸った夜だった。
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ねずみの食害がひどい。
河川敷の畑の話。
ダイコン、カブ、ニンジン、なんでも食べてしまう。
子年だから、というわけでもあるまい。

ここ3年ばかり、
農家組合でねずみ毒の配布をしていないことも大きな要因だろう。
環境に配慮しているわけではなく、ねずみ毒を配布しても
それぞれの家庭用としか使われないケースが目立ってきたため
配布を一時中断しているのである。
昨年末から今年にかけて特にねずみの食害がひどいため、
農家組合では、今年はねずみ毒の配布を行うことに、
年末の総会ですでに決まっている。
「そんでも」
と近所の年寄りは言う。
「ねずみ毒というより、畑が水につからんさけや」。

うちの集落の河川敷の畑。
大水が出れば、畑が水没してしまう。
そして畑が水没してしまえば、
そこを住処にしていたネズミやモグラは、溺れるかどこかへ逃げるかして
数がずいぶんと減るのである。
一昨年は夏に1度大水が出て、畑が水没したために
ネズミやモグラの害は殆んど無かった。
しかし昨年は、1度も大水が出なかった。
それでネズミの害がひどいのであろう。

大水が出て畑が水没するのは、せいぜい半日程度。
治水が良くなってからは、何日も水に浸かった状態は無くなった。
だが、それでも畑が水没すれば、作物も大きなダメージを受ける。

収穫時期に大水が来なければ、作物は大抵耐えられるので、
その時期に大水が軽く1回だけ出てくれれば良いのだが。
などと、年寄り相手に軽口をたたいていたら、
「梅雨の時期に大水が出りゃ、ジャガイモがやられ、
夏の時期に大水が出りゃ、ウリがやられ、
秋の長雨の頃に大水が出りゃ、ニンジン・ダイコンがやられる。
そんで大水が出なけりゃ、冬の野菜がネズミにやられる。
どっちもどっちや。」
と年寄りが言う。

万事塞翁が馬、ということか。
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柴田 明夫 著 『食糧争奪』:日本の食が世界から取り残される日.2007年.日本経済新聞出版社.

グローバル化する農業の風景を経済の立場から眺めて書いた本。
本書は、日本の自給率の低さから(他国依存度が高い)、人口大国(中国・インド・ロシア・ブラジル等)の先進国へのキャッチアップにより、深刻な食糧争奪の危機にさらされていると警告している。世界の穀物取引に関する統計から、穀物市場の脆弱性を指摘し(p30-32)、(旱魃などの影響もあるが)現に在庫を切り崩す形で消費が進んでいる状況を示している。

また人口大国で世界の食糧市場に大きなインパクトを持つ中国の食生活の変化や農業構造と食料供給構造についても言及している。中国では自給率を上げる方策がとられおり、ある程度成果が見られるものの、著者は今後も穀物輸入は拡大傾向にあり市場へのインパクトはこれまで以上になるであろうと予測している。その他、水資源の争奪や、食料に異物が混入するとして遺伝子組み換え作物やBSE・鳥インフルエンザなどの問題にも言及している。
また自給率の低い日本の農業の現状にも言及している。著者は、その解決の鍵として「農地」の利用促進を上げている。担い手に土地が集積し、効率良い生産を行い、また団塊の世代やセミプロ農家なども取り込み、生産性の向上ばかりだけでなく、農業の多面的機能(環境問題)の発揮も促している。最終章では、EUのように日本も東アジアにおける共同体構築が必要と説き、中国に対する技術的支援のみならず、中国農産品の受け入れなどを促している(p252-254)。

さて、ここまで本の構造が読めない本も珍しい。全般的には食糧危機を示すデータを集めたかったのだろうが、それぞれの問題の構造を指摘してはいるものの、表面的にしか考察されておらず、議論がチグハグな感じを受ける。穀物市場の構造と現状については、解りやすくまた論理的にも受け入れられるのは、たぶん、著者の十八番なのであろう。しかし、BSEやGMO、鳥インフルエンザは、同様な食糧危機の問題ではなく、それぞれまったく違った性格を持っていることに言及されていない。たとえば、鳥インフルエンザは現代の問題ではなく、これまで長きに渡り人類とウイルスとの格闘でもあったし、BSEは生産構造上の近代化の問題を含んでおり、GMOはそもそも食に対する思想が近代性の負の面に犯されている問題である。さらに日本の農業問題では、「農地」が鍵だとするが、そもそもなぜ現在の農地利用になってしまったか対する考察・言及がまったく無い。そのため、現在だけを切り取り、乱暴な農地改革を振りかざしているように読めてしまう。一方では担い手による大規模農業を押しつつ、農業の多面的機能の部分で、アマチュア農業やセミプロ農業など小農的発想になっているが、市場においてその2つの農業が並存するために必要なインセンティブの説明が無い。中国農産物の受け入れを進めれば、国内農業は中国農産物との間でさらなる分業化を進めることになりかねないし、農地問題で構造上の問題としてあげている兼業農家と、多面的機能で上げているアマチュア農業・セミプロ農業の違いなどもあやふやなまま。一方は問題なのに、一方は解決策のひとつにあげられており、明らかに論理展開の失敗としか言えない。

何でもかんでも盛り込んでしまって、自分の手には負えなくなってしまった、という感じを受ける本。
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ある人からある提案があった。
ぜんぜん具体的でもないのだが、とても魅力的な話。
体験学習の形をとって、農場とレストランをつなぐ取り組み。
まだまだ、「そうなったらいいねぇ」の域を超えない話でしかないのだが、
ずーっと先を見据えた時に、自分の農の中に、
体験の要素を入れていきたいとは、以前から考えていた。
(沖縄の農家も東京の白石さんも同じことを言っていたし)

「そうなったらいいねぇ」から、
もう少し具体的になるかどうか
考えてみよう。
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県内のある高校で、講演をする。
県内では珍しく、その高校には国際科があり、
毎年、この時期に国際理解セミナーと銘打って、協力隊OB・OGたちが
1時間ほど授業をするのである。
その授業を今年も担当することになった。

内容は「異文化と国際貢献」。
と、この通り真面目に授業を行えば、10分もしない内に
通常、高校生たちは見事に寝てしまう。
ので、大抵は僕が経験してきた異文化の面白話が中心となる。
新聞も郵便も届かない山村で、粗放栽培というか焼畑をしつつ、
携帯電話の国際メールで、今朝見たMTVのアメリカヒットチャートについて
僕に連絡をしてくる友人など、その手の話題は尽きない。
ただ馬鹿話では、授業にならないので
面白おかしく笑える話をしつつ、それを笑っている自分の常識こそが
相手には異文化なのだという「落ち」にもっていかないといけない。

普段、質問の時間をとっても、学生からの質問はほとんど無い。
だが今日は違っていた。
質問の時間(約15分)まるまる質問してくれたのだ。
その中で、1つ面白い質問があった。

「田谷さんの協力隊の体験は、今現在、何の役に立っているのですか?」

何の役に立っているのか解らないくらい馬鹿話をし過ぎたかな、と
一瞬反省をしたのだが、
これに対しての答えは明快だ。
「僕がそれまで常識だと思っていたことを、そのまま常識だと思わなくなりました。その常識だと思っていたものが、どうして常識として思っていたのか、それを考えるようになりました。そうしたら、ほんの少しですが、世の中のことが違って見えるようになりました」が僕の回答。

この回答の意味が、学生に届いたかどうか。
まぁ、覚えていれば、異文化の中で暮らす時が来れば解るだろう。
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設計士さんと家作りの打ち合わせ。
今日は、設計士さんから外観の提案があった。

前回の打ち合わせの時、
どんな外観にしたいか希望があったら言ってください、
と言われていたのだが、
その時は考えがまとまらず、ほとんど希望らしい希望も
伝えられなかった。
間取りとキッチンと薪ストーブばかりに目がいっていて
外観についてはほとんど考えていなかったのが正直なところ。
それから慌てて、外観集などを買って、あれこれと写真を
夫婦で眺めていた。
そこで出た結論が、「古民家風」「和モダン」だった。
ただ、古民家風の外観は高くつくのでは
という懸念もあった。

そして今日。
焼杉板とガルバリウム鋼板(シルバー色)の外観を提案される。
うちの集落は、古い家も多く、杉材を外壁に使用している家も多い。
だから以前から、外観に杉板を使用したいと思っていたのだが、値段が高くて
とても手が出ないと思っていた。
だが、設計士さんは、現実可能な値段の杉材を探しだしてくれた。
道路に面している外壁は、一面、焼杉板を使用するプランになっていた。

外観


提案された外観を、とても気に入ったのだが、
焼杉板の黒とガルバリウム鋼板のシルバーの組み合わせが
あまりにもシャープな感じで、
夫婦共々、この家に住むのか、と思うと
気恥ずかしくもあり、なんとも複雑だった。

外観はこれを叩き台にして、これからもう少し考えてみることにしよう。
次は、いよいよ内装である。
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多目的農舎の建設が着々と進んでいる。
といってもすでに予定より遅れてはいるのだが。

今日、内装のクロスをはる業者が来る。
なんと!中学校の同級生(同じクラス)のやつ。
18年ぶりの再会だ。
大工は同じ集落の幼馴染みだし、
瓦屋も配管工も、小中学校と一緒だった同級生。
地元で、地元の職人にお願いして、何かを建てようすると
こういうことになるらしい。

何かを建てる場合、
業者は赤の他人の方がやり易いともいう。

たしかに、今回の農舎建設をみていると
同級生たちの甘い面も見えてくる。
素人にわかり難い見積もりを持ってくる大工に、
基礎の配水管とユニットバスの配水管が5cmずれて往生していた配管工、
そして、いつまでもあまった瓦を積んだまま片付けない瓦屋などなど。
どこかに同級生だから、という甘えがあるのかもしれない。

それでも、最近は「それでいい」と思うようになってきている。
といっても、彼らの「甘え」を許しているわけではない。

良い物を建てようとして、
良い建築家を全国から探す人もいる。
いろんな工法を全国から精査して、工務店やハウスメーカーを決める人もいる。
情報へのアクセスに凸凹が無くなり、
誰でもどこへでも繋がっていけるような時代になったからだろう。
価値が平準化し、それがスタンダードとなっていく。

だから僕は、
出来るだけ、僕の持つローカルな人との繋がりの中で、建てようと思う。
工法的に見てそれはベストじゃなくても、
建築物そのものからみてそれはベストじゃなくても、
僕は、何かを建てるのなら、ローカルに建てようと思う。

今回の農舎建設で、強くそう思うようになった。
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また一つ問題が解決する。
インドネシア研修生の件。
諸費用の負担で、今度来ることになっている候補生(H君としておこう)と
インドネシアの教育省との間でトラブルが起きていた。
候補生が負担しなきゃいけない諸費用は、

パスポート代
ビザ代
ジャカルタの空港までの旅費
健康診断代
日本語研修費

である。
まぁ、妥当な諸費用なのだが、最後の「日本語研修費」について
払え払えないで揉めていた。
日本に来るために、現地では3ヶ月ほどの日本語研修があるのだとか。
それの主催が、インドネシアの教育省。
そしてその値段が、450万ルピア。

これが高いのか安いのか、それぞれの立場によっては変わるだろう。
しかし、少なくともインドネシアでは、かなりの高額だろう。
大学の先生の給料で、1ヶ月に120万ルピア程度(教授は200万ルピア)。
さらにH君は、農林高校で技官として働いているが、
正式な公務員ではなく、学校が雇っているという立場。
その立場から見ると、日本語の研修費用は、彼の1.5年分の年収に
匹敵するのだ。

前回の日記では、日本語研修費が不明だったこともあり、
H君とその家族が負担できる金額だと判断していたのだが、
さすがに450万は払えない。

今回の協同組合でお世話になっているY氏は以前、
「農林高校のインドネシア留学生とは違って、うちの農業研修生は、本当に貧困な方が来ているんですよ。」と言っていたが、どうやら違うようだ。
450万ルピアの日本語研修費を工面できるのは、
金持ちかそれともそれなりに政治力を持つ人間だろう。

改めて、学友から送られてきたH君の家計や村のレポートを見る。
H君のお父さんは、貧困な農家では無いにしても、
それでもとても裕福とは呼べない。
なんとかかんとか自作農家を維持している状況なのだ。
(本当に貧困な農家の場合、小作の環に陥ってしまっている)

さて、そんな中、
今日、あちらの農林高校から電話がある。
日本語研修費についての相談だった。
さすがに払えない、と言う。
そう言ってくるだろうと思い、前日に協同組合のY氏と交渉を重ね、
「日本語が出来るようになるんだったら、教育省の日本語研修に参加しなくても良い」という回答を得ていた。
それをあちらの農林高校に伝え、自前の日本語研修と
近くの街で行っている日本語教室に通わせることになった。
その後、Y氏を通じて教育省に連絡をお願いし、
これで、とりあえず落着。



しかし、今回のことでいろいろと考えてしまう。
研修生が日本で貰える月給は、450万ルピアの倍近いのだ。
この格差を乗り越えて、僕はH君に何か伝えられるのだろうか。
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「原油高騰につき、資材(パック)を値上げします」
と通達がある。
ベビーリーフの包装材として使用しているパックが
今月から1割、値段を上げるとの通達。
突然の値上げの通達は、
この業界の常識。

パックが高くなった分、卸値を高くしたのだが、
農家にそんな交渉権はほとんど無い。
経費が高くなっても、農家の野菜の売値は上がらないのが、
この業界の常識。

「原油の値段が下がったら、また値下げしますので、それまで我慢してください」
と担当者は言う。
今まで、一度値上げしたものが、
原価が下がったからと言って、値下げしたことが無いのが、
この業界の常識。

こういう場合、いつでも農家がぐっと我慢をするのが、
この業界の常識。

だから、農家が減る。
それが、この業界の常識。
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事が動く時は、いろんなことが重なってくる。
今日は、インドネシアの研修事業がらみで連絡が続いた日。

まず、大学院時代の学友(インドネシア人)に
頼んでおいた農村調査のレポートが送られて来た。
今度研修で来る予定になっている人の農業状況や
それを取り巻く環境(自然気候・市場・資金・人的資源などなど)を
調べて欲しいと依頼していた。
ただ単に日本に連れてきて、日本が歩んだ農業の近代化の歴史をふっ飛ばし、
現在の農業だけを見せても、それは近代化への賛美とそれに対する憧憬しか生まない。
と、僕は思う。
しっかり議論するのなら、向こうの状況もわからないといけない。
そこで、学友の中で一番優秀だった彼女に、調査を依頼していたのだ。
そのレポート。
25ページに渡って詳細に村の記述がなされている。
今年から大学の講師になる彼女だが、あちらの大学の先生にしては珍しく
村に泊り込んでの調査をしてくれたのだった。
おかげで、土地の広さはもちろんだが、その資産的評価まで
事細かに記されていた。
近接のアクセスできる市場の調査(価格や商人)も綿密で、
このレポートを元に、研修生の実情にあった研修事業のプログラムを
組むことが出来るだろう。
ただ驚いたのが、研修生でくる人の村。
車が入れる道が無く、バイクや自転車のみが通れる山道しかない。
それも雨が降ればぬかるんで、車両は一切入れないとか。
相当、田舎からやってくるようだ。

さて、次に連絡があったのが
研修生の受け入れについてお願いしている協同組合からだった。
研修生は3月に来る予定なのだが、それまで語学訓練がある。
1月の2日から語学訓練が始まっているのだが、
僕の選んだ候補生だけが来ないのだという。
協同組合のほうで、現地に問い合わせたところ、
パスポートやビザなどの研修生が負担しなければいけない諸費用で
もめているとのこと。
僕が研修生を選定するときに、共同で行ったのがあちらの農林高校。
その農林高校は、日本の他県にも研修生を送っていて、
研修生の費用については詳しい。
実は、僕が加盟した協同組合では、研修生負担の諸費用が
他県の協同組合よりも多いのだ。それでもめているらしい。
協同組合のほうでは、
「研修生負担の諸費用は、日本人にしてみれば安いので、こちらで負担も出来るのですが、丸抱えして来てもらった研修生は、モチベーションが低いんです。あちらの人にとっては、高いと思われる諸費用を払ってでも来るんだ!という強い意志とモチベーションがある人の方が、研修はうまくいきます」
と考えているようで、それについては僕も納得。
協力隊時代の経験からも、同じようなことはあったから。

ちょうど学友のレポートがあったので、それを見ながら、
研修生の金銭的状況を考えてみるに、
パスポートやビザなどの諸費用を出せないことは無い環境と判断した。
ただ少し無理(かなり?)はしないといけないだろうが。
協同組合のほうで、諸費用に関わるレターを出してもらい、
それに僕の解説を付けて、メールと郵送でインドネシアに送った。

さて、どうなるだろうか。
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役員会があった。
といっても、今度は村の青年会の役員会。
今年、村の青年会の役員(書記)になることになった。
引継ぎのため、旧役員と新役員の役員会があった。
なぜか「役員」が自分に回ってくる。
そういう歳になったということか。

この青年会。
以前にも書いたと思うが、村の祭りを取り仕切るのが主な役割。
あと、地区の祭りや運動会にも協力する。
そのほかには、集落の清掃や注連縄作りなどなど。
毎月何かしら行事がある。
役員会も月に2~3回はあるらしい。

さて、書記。
いわゆる記録係。
そのため、大きな旅行カバンを1つ、引き継いだ。
中を見ると、20年以上前から付け続けた記録がぎっしりと詰まっていた。
なんだか面白そう。

「よそ者」として、村に関わっていた経験を持つ者にとって
(協力隊や調査者として)
こういった内部の話はたまらない。
意思決定の場や長年受け継がれていく物になかなかアクセスできないからだ。
ちょっとマニアックかもしれないが、
内側から見ることの出来る喜び、そういうもの感じる。
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財務部の役員会あり。
毎度のことなのだが、その方針に疑問を感じる。

園舎増築のために、お金を1年間で1000万円集めないといけない。
そのために寄付を募ったり、自分たちの少ない稼ぎの中から協力したりしている。
それはOK。
だが、園に通わせている父母みんなが協力するように「仕向ける」必要は無い。

事あるごとに、保育園側は「運動」という言葉を使う。
つまり積極的な保育の変革に向けて行動を起こす、ということで、
その意味で保育園は、運動体なのだろう。
もちろん共産色も強い。
それは悪いことじゃない。
むしろ、僕としては、歓迎すべき環境でもある。

ただ、なんだろう。
こういった運動体が持つある種の感覚に、違和感をおぼえる時がある。
それは『「みんな一律の協力」を押し付けられる』ことである。
寄付金集めもそうだ。

会議ののっけから、
父母の中で一口の寄付も集めていない人の名前が、読み上げられるのである。
それぞれのクラス担当の父母に、
重点的にその人にアプローチをかけてください、
と、通達される。
この議論だけで、会議の1時間は費やしてしまうのだ。
はたして、それにどれほどの意味があるのだろうか?
増改築に対して徹底的に反対する人は、わずかだ。
それもポリシーを持って反対している人もいる。
その人たちに、1口でも出させようとして、あれこれ労力をかけても
幾らも集まらないじゃないか。
それに、溝も深まるばかりじゃないのか、と思ってしまう。

もちろん反対している人に、耳を貸し、その意見を取り入れながらも
それでも増改築はすすめていくべきだろう。
だが、「みんな一律の協力」はあり得ないし、目指すべきでもない。
僕はそう思う。

会議で、米作りプロジェクトを行うことが正式に決定した。
うちの田んぼで、園児らが田植えから稲刈りまで行い、
作った米を売り、利益を増改築の費用にしようという取り組み。
利益としては微々たるものなのだが、
子供や親たちが稲作の体験を通して、増改築を進めていこうという取り組み。
寄付金を他人に頼むが苦手な人も、これならば参加しやすいだろう。

財務部の役員の仕事は、誰が寄付を出していないかを管理するよりも、
こういう参加しやすい・参加したいと思われる活動を
作ることこそ仕事としないといけない。
僕はそう思う。
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日本農業新聞に面白い記事が出ていた。
「2008年野菜の売れ筋ランキング」というもの。
ランキングの1位が、高糖度トマト。
次いで、ブロッコリー、パプリカ、アスパラガス、と続く。
僕が栽培する、ベビーリーフは13位。
手軽で、いかにも栄養を取った気で居られる野菜たち。
こういうのが人気になるのはご時勢というもの。
生活の中で調理の占める割合が低くなっているのもあるだろう。
食の関心が高まっている、と言われても
やはりこういうのを見ると、そうでもない、と思わざるを得ない。

さて、一方苦戦をしているのが、煮炊き野菜。
ダイコン、白菜、ゴボウ、シュンギクなどは低迷。
まぁ、妥当な評価か。
ただし、これらが売れなくなると言うことはない。
ただ単に安定している、という捉え方で良いだろう。

1つ意外だったのが、加熱用トマト。
ベビーリーフよりも1つ上の順位で、12位。
調理用のトマトは知名度も低く、
生食することになれてしまっている消費者には、
受け入れてもらえないのではないか、と考えていた。
実際、昨年、加熱用の西洋トマトを作ったが、まったく売れなかった。
加熱用トマト。
もう少し、考えてみるか。

また野菜の品種以外にも
売れる野菜の要素もあった。
その調査では、鮮度・食味・安全性などが
価格・新品種・調理の簡便性などよりも高く評価されていた。
が、結局はランキングを見る限り、
簡単に調理できる野菜が、ランクの上位を占めている。
メディアで危機感を煽られているので、要素のアンケートではその影響が見られるが
ランキングでは、結局簡便性が有利なのではないか、と読めてしまう。
食の危機というのは、物理的なものじゃなく、こういう意識の方ではないか。

ただ、これらのデータ。
農業新聞が独自に調査をしたようだが、対象者や回答数などが不明。
せめて、対象者くらいは明らかになっていないと、考察しようが無い。
まさか、残飯をあさる野良猫や野良犬、カラスの類に聞いたわけではないだろうが・・・。

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パートさんの1人が、
「今年から仕事を減らして欲しい」
と申し出ている。
家族のことで精神的に疲れていることや、
配偶者控除を受けたい、
というのがその理由。

そのことで父と話になる。
「パートを増やさなあかん」。
これが父の意見だった。
今の経営規模を維持する、そう考えているようだった。
だが、僕はもう少し違う。
今の経営規模を、あと数年は維持しても良いが
近い将来的には、現在よりも小さい経営体にしたい、
と思っている。
僕が農業を経営するに当たって、
まずはじめに、ハウスを建てるのでもなく、
耕作面積を増やすでもなく、
多目的に使える農舎建設にお金をかけたのが
僕なりの意思表示でもあった。

なので、父には、
「人を増やすよりも作目を減らすか、手のかかる仕事を手放すか、で調整しよう」
と提案したが、どうもそれには乗り気じゃない様子だった。

僕は、自分がこの農場でやっていこうと考えたときに、
今の規模よりも30~25%減程度の経営体を
想定している。
その分楽をしよう、と浅はかに考えているわけではない。
自分がやりたいことをやるには、
今の仕事量では出来ないのだ。
パートを増やしても、僕らの仕事は決して減ることは無い。
それどころか、パートさんに滞りなく働いてもらうために
その段取りの仕事ばかりが増えて、
逆に忙しくもなるのだ。

経営体を弱体化させないで、規模を計画的に縮小する、
というのは、ずいぶんと難しい。
ある意味、経営規模を大きくするほうが、楽だろう。

これは塩梅の問題。
経済的に見て、妥当な経営規模とそれにかかる労働力。
そして、自分の目指す「農」との兼ね合い。
その加減がわからないことには、必ず失敗するだろう。
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圃場を片付けていたら、
ビーツ(砂糖ダイコン)を見つけた。
晩夏に種を播いたやつで、その存在自体をすっかり忘れていた。
なんせ、その畑では80種以上の野菜が混在していたからだ。

持って帰ると、妻が調理してくれた。
ビーツは甘くて美味しいのだが、
そのままでは土臭くて、あまり食欲も進まない。
だが、一緒に持ち帰った白の大蕪と一緒に、ポタージュにすると
臭さも消え、色も鮮やかで美しかった。

週間天気予報では、雪マークがちらほらするこの時期。
体も気持ちも温まる綺麗なピンクのスープだった。

ビーツとカブのスープ


レシピ
ビーツと蕪のスープ(2人分)

材料
ビーツ 1個
白蕪 1/2個 (ビーツと蕪の割合 1:3)
ニンニク 適量
白ワイン お好み
オリーブオイル 適量
胡椒 適量
固形スープ 1/2個
塩  少々
生クリーム 適量

作り方
① ビーツの皮を厚めにむいて、白蕪・ニンニクと一緒にひたひたの水とワインで煮る(約40分)。
② 滑らかになるまでフードプロセッサーにかける。
③ もう一度火にかけて、余分な水分を飛ばす(約20分)。スープストック投入。
④ 火を止めて、オリーブオイルを加える。
⑤ スープ皿に入れて、胡椒をお好みでかける。できあがり。

あああ、忘れてた。
追記! 最後に生クリームを入れて、出来上がり!!!
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最近、娘が
「おまえは~」と言って、僕の頭を叩く。
どうやら保育園で覚えたらしい。
妻が嫌がって、
「『おまえ』なんて汚い言葉はつかっちゃいけません!」
と叱り付けるが、効果なし。

そんな昨日の夕飯時。
娘が例の如く、魔の2歳の「いやいや」を始め、
フォークやスプーンを投げまくる。
そこで僕が
「おまえ!なにやってるんやー!」と叱ると
娘は
「あ~、おまえって言っちゃだめー!」
と逆に叱られてしまった・・・。

妻と義父とのように
娘と父とでは、常に娘が優位な立場なようだ。
しかし2歳にして、すでに父との立場関係がこうなろうとは・・。
娘ってやつは難しい。
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多目的農舎を建てている。
これは前から日記に書いてあるとおり(カテゴリーの研修事業を参照)。
その農舎を建てる場所に、柿とミカンの木があった。
ミカンは樹齢5年ほど。
柿は30年ちかいものだった。
それらの木は、そのまま引っこ抜いて捨ててしまうには
もったいないので、切り倒し、今年建てるであろう新築の家の
薪ストーブの薪にしようと、野積みしておいた。
今日は時間があったので、手斧で細枝を落とし、粗朶を作る。

約600gの手斧だが、1時間も振り続ければ、汗でびっしょりになり、
手もしびれてくる。
そんな姿を祖母がみつけ
「なつかしいのぉ」とつぶやいた。
父がまだ幼かったころまで、うちの村にはガスがなかった。
かまどで調理をしていたのだ。
祖母はその頃の話をしてくれた。

うちの村は川沿いにあり、山は無い。
田んぼの真ん中に位置する村で、雑木林も昔からなかったとか。
では、どこで薪(木炭も)を手に入れたのか。
一つは川向にある山の村から購入していたとの事。
ただ全部を買おうとすると高くついた。
そこで、川沿いに生えている柳を薪代わりにしたとか。
今現在では護岸がされていて、川沿いの木は一掃されてしまったのだが
昔はずいぶんと林になっていたとか。
田んぼの収穫が終わった晩秋(11月半ばから終わり)。
しば刈りの仕事が始まったと祖母は言う。
柳の長く伸びた枝だけを刈り、それを束にして持ち帰る。
その束は雨の当たらないところで干しておく。
その束を「ほい」と呼んだとか。
「ほい」が山済みされる頃、
うちの村では、冬が本格的になる。
「それでも」と祖母は言う。
「それができるのは器用な人だけやった。器用じゃない人は、薪を買うしかなかった」。
なんだか、僕が見てきたインドネシアの田舎に似ている話だ。

うちは川沿いの村である。
だから漁師もかつては多くいた。
その人たちも、手が器用な人は、柳を刈っていたのだが、
そんなちまちましたことが性に合わない人は、
夏の大水を待ったとか。
うちの川は暴れ川である。
梅雨の頃になれば、1度は大水が出た。
そうすると、気性の太い漁師は、大水の頃に船を出し、
上流から流れてくる大木を探しに出たとか。
船には引き上げられないので、それを持って、岸まで引っ張ってくるのである。
そんな家が何軒かあったことを祖母は話してくれた。

最後に祖母は、
「昔は手が器用だったり、気性が太かったりすれば、それだけで生きていけたもんやった。今はなんでも金やね。世の中が進んで、良くなったのかどうか、さっぱりわからんね」と言っていた。
僕は、それを聞きながら、黙々と粗朶を作っていた。

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今年は、
あるカレンダーを作ろうと、試みている。
うちの農園の農事カレンダーを作ろうと、試みている。
4日の仕事始めのときに、祖父母・父母・パートさん達に
協力を依頼した。
どんな小さなことでもいいので、うちの農園内で起こった小さな変化を
そのカレンダーに書き留めて欲しい、と。

ある野菜の種まき
害虫の発生(どんな虫か)
野菜の病気
どんな雑草が生えてきたか
そして収穫はいつか
ツバメはいつ見たか
セミはいつ鳴いた?
花はいつ咲いたか
そしていつ葉が散ったか

どんな小さなことでもかまわない。
ちょっとした変化を、みんなが気がついたそのときに、
カレンダーに書き込むのである。

昔、協力隊の時、
ここまで厳密じゃなかったが、任地の村々で、こういうカレンダーを
村の人達と一緒につくった事があった。
当然、僕自身が村の事を把握するためだったのだが、
それ以上に面白かったのが、カレンダーとして一覧表で
可視的に季節を捉えたことが、村人も無かったので、
情報をくれた村人の方も、出来上がったカレンダーに
驚いていたことを思い出す。
あの時は、ある作物についての作業カレンダーでしかなかったのだが
今回は、うちの農園のすべての変化のカレンダーだ。
ローカルな情報をローカルに蓄積させる試みなのだ。

大きく言えば、これこそがグローバリゼーションや近代性が僕達の中に
越境してくることを防ぎ、
小さく言えば、このローカルな情報の蓄積こそが、
僕の生活が、僕の手中にあるという実感を大きくしてくれるのである。

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正月もすっかり過ぎた。
というのに、まだまだ去年のある時期のままのやつがいる。
それは娘。

2歳になり、世の中のいろいろなことが解り始めてきている。
そんな中で迎えた、昨年のクリスマス。
その日は朝から2度にわたり、サンタからプレゼントが届き
(爺からもプレゼントがあったので)
よほど嬉しかったようである。
それは良かったのだが、
それ以降、夕食時の乾杯の掛け声が
「メリークリスマス!」
を強要されるようになった。

そして正月の三箇日がすぎようという昨日の晩。
ご馳走ととっておきのシャンパンを用意して、
明日からの仕事始めを祝おうとしていたのに
結局、娘の強引な要求により
「メリークリスマス!」
と、クリスマスを祝わされてしまった。

いつまで続くことやら・・・・。
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内山 節 著 『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』.2007年.講談社.

本書で、内山は現象学的な立場から、その社会を覆っている精神(内山はそれを「精神の習慣」と呼ぶ)を明らかにしようと試みている。

内山は日本全国で聞かれたキツネにだまされた話が、1965年以降、なぜ突然として姿を消してしまうのか(新しく生産されない)を問うことで、近代性(合理的知性による思考とそれが望む物的精神的な実現)によって覆われてしまったこの社会の「精神の習慣」を明らかにし、その眼差しで現代を(そして「発展」)正当化しようとしている歴史や国民国家、社会システム等を批判する。

本書では、キツネが実際に人をだますかどうかは問題にしない。論じられているのは、キツネが人をだますという事柄を、事実として受け入れる社会の精神である。近代化の課程(教育・メディア・インフラの整備・経済成長等の「発展」)において、人々は合理的な知性を身に付け、その思考をもって世の中を見るようになる。そして人々がキツネにだまされなくなっていく。キツネはこの場合、それを信じる人々の生活において、その精神的世界を投影したものである。そしてそれは、合理的な思考に基づく現在の我々の知性(自覚・理性・意識)では、汲み取れないと内山は指摘している。その中で、我々が振り返る歴史(歴史学)は、国家の歴史学であり、それは近代形成の「発展」を正当化するように作られており、その知性で見る限り、我々にはキツネにだまされた人々の精神を歴史的に見ることは出来ないのである。「その「知性」とは何か。それは現在の問題意識によって再創造された知性である。(中略)現在の問題意識によって再創造された知性だけが、私たちにとっては自覚された知性として存在する。自覚された知性に映し出された記憶だけが、私たちが記憶として知っているものである。」(p150)。
知性では解りえない精神的世界(内山は生命的世界という表現を用いている)を、内山は「直観」「霊」「魂」などという言葉に仮託されて表現されてきたと言う(p154)。「里の生命の世界と神としての生命の世界とが重なり合うかたちで仮託されたものとしては、村の人々の通過儀礼や里の儀式、作法などがあったのだと思う。(中略)生命性の歴史は、何かに仮託されることによってつかみとられていたのである。」(p176)。

至極もっともな近代性への批判であり、ポストモダニズム的立場の論調である。これまでの内山の著書に強調されてきた「精神の習慣」を具体的にどう捉えるのかを試みた書であり、その意味では、これまでの近代化批判とは違って、前進が見られる。ただ、この批判はそのまま受け入れることは出来ない。
内山が言う「仮託されたもの」とは、人々がその精神で世の中(社会や自然との関係)を読み解こうとする活動の表象だと考える。その意味では、現代の合理的知性を精神の習慣としている我々も、世の中を読み解こうという活動は、たえず行っている。それは多くの場合、科学(自然科学・社会科学)という活動である(トンデモ・疑似科学もまた世の中を読み解こうと言う活動だが、科学とは別)。世の中を読み解こうとする試みの中で、科学的思考(合理的思考と一致するのかどうかが、この場合、議論の争点)は、「キツネ」より汎用性が高く、世の中を説明することに成功してきたとは考えられないだろうか(帰納の問題)。ただその場合、内山のいう生命性の歴史が、科学によっては仮託されない、としているのは、科学がより汎用性が高く、普遍的であり、そのことで地域やその場その場の世の中の凹凸(ローカルの持つ特性・地域性)をフラットに変えてしまう力があるからであろうか。しかし、こうは考えられないか。科学が世の中を解説するときに、我々の中に土足で踏み込んでくるその普遍的な態度が、我々の日々の暮らしの中で直観や霊的な感性によって日々捉えられた「生命性の歴史」を踏みにじるのではないだろうか。では「キツネ」はそうならないのか。キツネの学問が進み、キツネ学なるものが成立し、どこか(場所や理論)が権威を持ち、日々の暮らしの現象をキツネで解説し始めれば、やはり我々は、我々の中に越境してくる何かの威圧感によって、手中にあった暮らしが、ただ単に解説された物に変えられてしまうのではないだろうか。

本書では、我々の意識によって、見えてくる歴史が変わってくる、という重要な批判をしている。精神の習慣を捉えることの重要性を明示している。しかしだからといって、我々が常に合理的知性によってとらわれているわけではなかろう。日々の村での暮らしでは、越境してくる普遍的で威圧的なもの(「キツネ」も含まれる)との戦いが常に個人なり社会(非常にローカルなエリア)なりで繰り広げられており、その越境してきた物は時にはローカライズされ意味や内容を変えて地域の中で再生し、時にはその物との出会いによって、地域の価値が変容していく。私はその「戦い」にこそ目を向けるべきだと考える。
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謹賀新年

1年の計は元旦にあり。
ということで、今年の目標を考える。

いよいよ4月から妻がプチ単身赴任(週の3日ほどはいない)。
僕たちの生活スタイルも大きく変わる。
妻はなれない仕事でストレスを抱え込むだろうし
僕も家事・育児に追われ、農業に割く時間は今年以上に減るだろう。
でもそれが、今、僕らがベターだと思って選択した道。

良い方向に考えれば、
妻は前々から願っていた後発の育成に取り組めるし、
そのことで僕もアカデミックな刺激を受けることが多くなるだろう。
学生との交流も深まるだろうし、
今以上に、生産の中に生活を、生活の中に生産をとりこんだ
ライフスタイルになるだろう。
その中での育児と家事。
昨年は経営者になった1年でもあったので
経営的な観点で農業を見ることが多かった。
だが、今年は、生活の視点から農を見ることが多くなるだろう。
料理や畑で子供が遊ぶことを通して、
僕は農の深みをさらに知ることが出来るだろう。


ということで、今年の目標。

『生活優位の立場から農を見るめること』

これを肝に銘じて、
家族なかよく過ごしたい。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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