ここ数週間、うちの食卓はトマトであふれかえっている。
自家菜園以外にも、収穫体験できるようにと
9種類のトマトを40本ほど植えてある。
が、しかし、なかなか梅雨があけない。
だから収穫体験もできないままで、どんどん我が家の食卓で
消費する羽目に・・・。

なかなかすっかり晴れないのだが、今日は天気が良かった。
なので、鈴なりになっているトマトの収穫体験をようやく行えた。
数組の知り合いの親子が来て、自由にトマトを食べたり採ったり。
しかしどの家族も遠慮してか、あまりトマトが減らなかった・・・。
まだまだうちの食卓で消費せねばならないようだ。

みなさーん!遠慮しないで、持って行って良いんですよー!
なんなら、トマトの株ごと持って行っても良いですよー!
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松永 和紀 著 『踊る「食の安全」』:農薬から見える日本の食卓.2006年.家の光協会.

農薬から見る食の安全を考察した本。
盲目的に農薬の危険性を訴えるのではなく、農薬の安全性について科学的に判断をし、そのリスクとベネフィットを紹介している。本書の立場としては、農薬を悪と捉えるのではなく、正確にそのリスクを知り、使用することで『効率のよく生産性の高い農業を実現』できる(p214)とある。農薬に対する偏見や間違った知識を、科学的に正している。『私たちはここで三十年前の農薬のイメージをわきに置き、改めて現在の農薬の意義と問題点を知るべきです。本当のことを知らないと、良いとも悪いとも判断できず、日本の農業の再興を目指す一歩も踏み出せません』(p13)。

農薬の効果や力点、またその安全性について、平易な文章で紹介されている。自然農薬いについても自然物であるから安全という分けではなく、発がん物質を含んでいるものもあり、リスクが高いものもあると紹介している。『農家が農薬でない資材に走る背景にあるのは、「農薬は使いたくない」という気持ちと、「天然ならばよい」という思い込みでしょう』(p111)。

また無農薬栽培を無条件に良しとすることにも疑問を投げかけている。作物は病害虫に襲われた時、体内で自ら撃退物質を作る場合がある。これが人に有害である場合もある。りんごを使った実験の紹介では、無農薬・農薬使用とのりんごからたんぱく質を抽出して調べた結果、無農薬のりんごにはアレルゲンと見られるたんぱく質が多く、農薬使用のりんごには少なかったという結果が紹介されている。『「残留農薬を心配する人が多いようですが、農薬は洗い、皮をむくことで、かなり取り除けます。しかし、アレルゲンは取り除けない。よく考えて選ぶ必要があります」』(p85)。

これらの指摘は、生産の現場でも情報が錯綜していることであり、なかなか興味深い記述でもある。農薬がまったく安全であるとは言いがたいが、食の安全を農薬に限定してしまうことに問題があると本書は指摘している。豊富な取材と誠意ある態度で書かれた文章には好感が持てる。現在の農業の現場がどうなっているのかをよくあらわしてもいる。

ただし、たとえ農薬自体が科学的に安全であっても、ポジティブリストが作られる背景にある社会的ジレンマの問題や、あまりにも専門的な知識が必要になってきているがために、一般の農家が農薬を正しく使いきれていないという問題はやはり残っている。本書は行き過ぎた感がある農薬危険論にたいするアンチテーゼなのかもしれないが、薬剤の安全性を述べるだけにとどまらず、流通によって分断される情報と喪失する実感の中で、普遍化された言葉(特定の栽培法)に、その実感をよりどころとしなければいけない生産者と消費者の現状にも触れてほしかった。

『消費者が農業の難しさを知り、虫食いを防ぐために農家がどんな苦労を強いられているのかを考えることができるようになれば、多少の傷やアオムシなどを気にせずに農作物を食べるようになるでしょう。そうなれば、農家の健康によく、環境にも良い真の減農薬農業が始まります』(p224)。まさにそうなのだ。だがこれらのことは、薬剤の科学的な検証を経てわかる安全性から発することはない。生産者と消費者のお互いの気持ちが直接的に接しあえいるような関係作りこそが、今まさに求めれられているのではないだろうか。
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仕事中は、よくラジオを聴いている。
いつもは何気なく聴いていて、内容などほとんど覚えていない。
が、しかし、今日の知事の話は、聞き捨てならなかった。

知事のマニフェストとして『新元気宣言』というのがある。
その中で女性活躍社会を目指している。
その実現のために県のある施設に女性の支援室を作るとかで、
ラジオ広報番組の中で紹介していた。

我が県は、共働き率全国第1位。
女性の就業率、全国第2位。
と華々しい。
しかし、
管理的職業従事者に閉める女性の割合、全国第23位。
地方議会における女性議員の割合、全国第42位。
と就業率が高い割りに、職場で、社会で、
女性の地位は決して高くない。

そこで知事が提案する支援室では
自分にあった仕事につくために転職を勧めたり、
キャリアアップ講座を開いたりするそうだ。
全国で活躍している女性企業家にも講演に来てもらうらしい。

ふむふむ、とラジオを聴いていたのだが
知事の支援室の活動は、そこで終わってしまった。
女性の社会的地位向上を目指しているのに
政策の対象者が女性だけなのだ。
これじゃまるで、女性の社会的地位の低さは
その女性の能力の低さからくる、と言っている様なものではないか。
そうじゃないだろう!

性別で労働の能力が決まるわけじゃない。
家事や育児をせず、生活に関わる労働を軽視し、
職業的労働が優れていると思い込んでいる
世の中の男性にこそ、研修を受けさせる必要があるんじゃないだろうか。
生活に関わる労働を重視し、職業的労働の中でうける制約を
取っ払っていけば、女性の地位向上につながると思うのだが。

女性が職場で地位を得るようになれば、
帰宅も遅くなろう。
そんな妻を持つお父さんのために
知事よ、
お料理教室、家事講座などを支援室で開いてはどうだろうか?
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スーパーの売り場で、生産者の名前があるのは、もう馴染みのことだ。
うちの野菜もそれにもれず、生産者名が出ている。
しかし、ちょっとけったいなことがあった。

大叔父は、うちの野菜がスーパーに並んでいるのを、
チェックして歩くのが生き甲斐になっている。
それが、農の営みから仕方なく外れて、街に出て、
一代で財を成した大叔父のささやかな喜びになっている。
その大叔父が、
あるスーパーでうちの野菜に出ていた生産者名が間違っていた、
と教えてくれた。

うちの親父の名前で無ければならないところが、なんと曽祖父の
名前になっていたという。
亡くなってからすでに40年以上経っている人の名前になっていたのだ。
今ではうちの一族でも無いかぎり、解らないはずの名前なのに。
大叔父は
『野菜の生産者が自分の父親の名前になっていて、真昼間から幽霊に出くわした気分や』と言っていた。

もうすぐお盆。
少し早くに、曽祖父は戻ってきたのかもしれない。
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財務部会合があった。
来年の8月ごろまでに、1000万集めるために作られた部。
こんな部がある保育園は、やっぱり珍しい。

会合では、寄付金を如何にして集めるか、を中心に議論した。
手法的にどう集めるか、ということよりも、今保育園にかかわっている
父母のみなさんに、どうすれば気持ちよく集めてもらえるのか、
それを話し合った。

この保育園では、アレルギーの子供の受け入れや乳児保育、
時間外保育など、行政がまだそのサービスの必要性を感じていなかったころから
いろんなことを率先してやってきている歴史がある。
『私たちががんばってやってきたから、今では他の保育園でもやるようになってきているんです。がんばってきたという自負が、うちの保育園にはあります』
と熱く職員の方が語ってくれた。

ただ単に、
増改築するからお金を寄付してください、というのではなく、
地域の保育を牽引してきた保育理念に賛同する人から
寄付をお願いするようにしましょう、という話になる。
ある役員のお母さんからは、
『この保育園が何かをするときは、保育運動する時でしょう』
という発言がでる。
保育に無関心な政治の現状と中身が低下していく保育の実情を訴え、
軍隊式に合理的な管理するだけの保育(その方が経費がかからない)よりも
一人一人ときちんと付き合うことを掲げているうちの保育園の
保育理念を前面に出して、募金活動をしよう、ということになった。
なかなか熱い集まりだ。

しかし不安もある。
この部会の熱さが、はたして他の父母とうまく共有できるのだろうか。
実際に募金を頼んで回るのは、このその他大勢の父母の方なのだ。
会合に参加していたある役員のお母さんは
『どうして他のみんなは、この良さをわかってくれないんだろう』
と反対意見を言う人たちにぼやいていた。

『保育園』という響きの中に、一般の人が認識するものはなんだろうか。
少なくとも、園舎の増改築やら募金活動は、普通は入っていないだろう。
そもそも忙しく自分で面倒を見ることが困難なため
子供を保育園に預けるのである。
保育理念に賛同したとしても、物理的に保育園の活動に参加することが
難しい場合も多々あるだろう。
また職員がいう『自負』はまさに長い活動の歴史の中で培われたもので
子供の成長に合わせてしかかかわらない父母には、
なかなか共有できないことなのかもしれない。
その自負に対して大いに賛同もし尊敬もするだろうが。
以前も書いたが、保育園に関わる時間軸のズレ(保育士と父母)が
やはり認識されていないのが問題なのだと思う。

募金以外にも収益を得る活動をすることになった。
アルミ缶集め
裁縫(指人形)
などなど。

みんなで一丸となってやろう!とよく言うのだが、
熱くなって、みんなで辛いことも乗り越えよう、という活動が
どうも多い。
そういうのはどちらかといえば、苦手だ。
『参加』の仕方まで強制されているような気がして、
躊躇してしまう。
がんばりたい人はがんばれば良い。
がんばれない人は無理しない。
そんな関わり方でも、関わり方で優劣のつかない活動。
がんばれない人が負い目を感じない活動。
そういう風にはならないものなのだろうか。

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07 23
2007

来客あり。
うちのベビーリーフを使いたい、と見学に来た。
なんでもその業者は、有機野菜のフェアを考えていて、
それであちこち見回っているとか。
そのフェアの中に、うちのベビーリーフも入れたいとのことだった。

これには困惑をした。
うちのベビーリーフは『有機野菜』ではないのだ。
肥料は有機肥料オンリーなのだが、農薬は使っている。
その農薬も自分なりに厳選に厳選して、現在使用の3種類のうち
2種は自然物に由来する非選択性の農薬を使用している。
しかし、どうしても1種類だけ化学合成の農薬を使わざるを得ない。
まぁ、自然物に由来するから安全で化学合成だから危険、
ということに対しては議論が必要なところでもあるのだが。

見に来てくれた業者に正直に伝える。
『僕のベビーリーフは有機野菜としては販売できません』。
どうも業者のほうは、有機農産物の定義がよくわかっていなかったようで
『農薬を使っていたら、有機野菜じゃないんですか?』などと
ちょっと耳を疑うようなことを聞いてきた。
さらに一緒に来ていた他の業者が
『どうせ消費者にはわかんないよ、そんなことは』
などと言っていた。
こういうフリーライダーがいるから、どんどん規制が厳しくなるのだ。
なので、
『僕の野菜は、有機野菜としては販売しないでください』
と釘を刺す。

『有機』という言葉は、もうそれだけでブランドになってしまっているのだろう。
それを欲するという状況は人それぞれ違えど、
『生活の実感が自分の手の中にある』
という素朴な満足感や期待感から来るのではないか。
最近はそんな風に思う。

有機という響きは、生産の現場から遠く離れてしまった人には
その満足感や期待感を満たしてくれる響きなのだろう。
人々がそう望む社会だからこそ、僕もまた農薬や害虫との付き合い方を
常に問われ続けている。
実際には『有機』なるものは制度化してしまって、
その言葉に認識するような期待感や満足感がそこになくなってしまって
いたとしてもだ。
ある事象に人々の多様な期待感が高まりすぎて、それが制度になり、そしてただ乗りをする輩がでる。だから規制が厳しくなる。
なんだかこの繰り返しの世の中だ。

本当に必要なことは、無味乾燥な制度化にすることじゃなく、もっともっと人と人(または物・自然・概念)が個々につながることなのじゃないだろうか。

最後に業者には
『地場野菜フェアでいいじゃないですか』
と提案しておいた。
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07 20
2007

ミニトマトを出荷する。
といっても、『普通のトマト』ではない。
熟すると茶色になるトマトと、熟しても緑のままのトマトである。

味は、甘くない。
特に茶色のトマトは。
その代わりというのも変だが、味は濃い。
緑のトマトは、どう見たって熟す前に採ったとしか思えないトマトなのだが
味は悪くない。そこそこ甘くなるのである。
ただ収穫期を見定めるのが、難しい。

これらはどれも外国のトマト。
緑のトマトはブッシュトマトで、棚ではなく地面に這って繁茂している。
茶色のトマトは、草丈があまり大きくならずに、実を沢山つけるようだ。
自分の中にあったトマトの常識が覆るようで、楽しい。
常識が覆るから、そこから新しい発想が生まれたりもする。

直売所で売ろうか、とも考えていたのだが、
『未熟なトマトや悪くなって腐りかけのトマトにしか見えない』
と、近所のおばちゃん達がはっきり言うので、止めにした。
そこでレストランに野菜を出している八百屋に出荷した。

さてさて、反応はどうだろうか。
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07 19
2007

というコードがある。
携帯電話などで読み取って、インターネットのサイトへ
アクセスすることのできるコード。
他にも流通部門などで、荷物の管理などにも使われている。

このQRコード。
うちの商品につけないか、と話があった。
野菜を包装している袋に、このQRコードをつけて
携帯用のサイトを作ってはどうだろうか?との提案だった。

提案してきたのは、印刷業者。
野菜の製袋もしていて、当然その袋に印刷もしている。
袋にただ印刷しているだけじゃ、他には勝てない。
そこでQRコードのデザインと携帯用のサイトのデザインも
手がけている。

聞けば、携帯用のサイトは無料で更新を続けてくれるそうだ。
意地悪に『その分、袋の値段が高いんじゃないですか?』と
聞こうと思っていたら、向こうから
『袋の値段にその分が入っているんじゃないか?とよく聞かれますが、うちの袋は、他社と比べてもほとんど変わりませんよ』
と見透かされたように言われてしまった。

とりあえず見積もりを出してもらうことになる。
食の安全が声高に叫ばれる昨今。
現在ある流通を超えてどうやって消費者とつながるべきかに
頭を悩ませていたが、
あるいは、こういうものが、垣根を取っ払ってくれるのかもしれない。

しかし少し疑問も残る。
QRコードって、そんなにみんな使っているんだろうか?
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インドネシア語で、『誤解する』という意味。
意思疎通がうまく行かないときに、良く使う言葉。
今日はまさにsalah paham だった。

昼前、東京のインドネシア大使館から電話がある。
以前、仕事で一緒になった方で、久しぶりの電話だった。
『タヤさん、今度バンドゥンの農林高校の一行が来ますが、向こうの校長によると、その時にタヤさんのところで研修を受ける研修生も連れてくるって言っていますよ!』

この方にとっては寝耳に水で、
研修事業やビザのことがどうなっているのか、
という問い合わせだった。
そして僕にとっても、今回の農林高校の一行来日の時に、
研修生が来るなんて寝耳に水だった。

話がちょっとややこしいので、少し戻すことにしよう。
地元の農林高校とバンドゥンの農林高校との間に友好協定が結ばれている。
毎年9月から11月までの3ヶ月間、バンドゥンの農林高校生を
地元の農林高校であずかるのである。
いわば短期留学。
そして今年もやってくることになった。
僕も通訳として、日程調整の国際電話をここ数日かけまくっていた。
それと同時並行して、インドネシア人研修生受け入れの話も
あちらの校長先生にしていたのである。
地元の農林高校との関係もあり、どうせ受け入れるのなら
向こうの農林高校卒業生にしたい、と考えていたかである。

実際に研修生の受け入れは来年になりそうだ。
先日の電話でも、あちらの校長にそう伝えたのだが。
何がどう間違ったのか、今回短期留学の生徒と一緒に
研修生も引率してくることになるなんて。

それにしても、先月に研修受け入れの話を
副校長を通してしたばかりなのに、すでに人選も済ませて
しかも9月に連れてくるつもりだなんて・・・。
大使館の方は事情が解ると笑って言った。
『あちらの校長先生はそろそろ退官ですので、その前の業績作りで必死なのでしょうね』。

とにかく、あちらの校長に国際電話をする。
しかし何度かけてもつながらない。
こちらも急いでいる。
仕方なく、副校長に電話を入れ、事情を説明する。
『OK!OK!そのことは校長に伝えておくよ!』と副校長。
僕は知っている。この手の言葉ほど信頼がおけないものはない事を。
電話をしてから、後悔。
あああ、これってもしかしたら、さらなるsalah pahamを生み出しはしないだろうか。
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ヴァンダナ・シヴァ 著 浦本 昌紀 監訳 竹内 誠也、金井 塚務 訳『食糧テロリズム』:多国籍企業はいかにして第三世界を飢えさせているか.2006年.明石書店.

副題に上げられている通り、第三世界が一部の多国籍企業の餌食になっていることを科学的に立証している本。その問題のキーワードを大まかに分ければ、次の5点になるであろう。
『構造的従属』
『知的所有権と共有財産』
『生命に対する倫理問題』
『生物多様性の破壊』
『遺伝子汚染の危険性』

パテントで固めた遺伝子組み換え種子(GM種子)を使い、モノカルチュア(単一種大面積栽培)を推し進め、それに伴う化学薬品(農薬・肥料)の大量投入。これらのことはすべて、『世界を食べさせる』というバイオテクノロジー産業のスローガンの下に行われている。しかしこのことこそ、農民や消費者を構造的従属下に置き、食の多様なあり方を否定し、そして生物多様性破壊、交雑による他種の遺伝子汚染へとつながっていく。
また、補助金をかけてダンピングをゆるす今のゆがんだ貿易構造の中において、食糧生産量と世界人口との数字の間に、健全な関係を求めることは難しい。『世界を食べさせる』ということが、如何に一方的な思想であるか、本書は明かしている。

種子は本来、人類にとって共有の財産であり、人々の暮らしの中で品種改良され受け継がれてきたものであった。しかし現在、それらの種子は一部の企業によりパテントを取得され、驚くほどのスピードで多様性を失い、我々農民の手から離れていきつつある。『世界貿易機関の知的所有権の貿易関連の側面に関する協定によって普遍化されつつある新たな知的所有権制度は、企業に対して、種子について蓄積された知識を強奪し、それが彼らの私的所有物であると主張して、それを独占することを許すのである。そしてついには種子そのものが企業の独占物となってしまう』(p22-23)。

これらの問題に対し、シヴァのメッセージは明快である。
『モノカルチュアの精神から生物多様性へ、工学的パラダイムから生態学的パラダイムへ転換すること、それが生物多様性を保存し、食糧と栄養に対する私たちの必要を満たし、遺伝子汚染のリスクを回避させるのである』(p169)。
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保育園のクラス会があった。
父母会の役員なので、絶対参加。
というより、クラス会の進行役なので、みんなの参加を願う方。
思えば、そういう立場に身をおくのは、久方ぶりだった。

来週、保育園で夏祭りがある。
クラス会での話し合いの半分はそれだった。
模擬店の担当時間の割り振りなど。

そして残り半分は、保育園増築の話だった。
増築の資金集めや設計に携わる人を各クラス1名出て欲しい、とのこと。
これははっきり言って、しんどい役回りになる。
先月にあった総会でももめにもめていて、いわゆる矢面に立たないと
いけない役回り。
しかも、人よりも率先して資金を集める側になるのだ。
この辺りから進行役が、理事長に代わる。
『誰かお願いできませんか?』と理事長。

解っている。
昨日の晩に、増築委員会の役員さんから電話で
『タヤさん、増築委員会の財務部役員、引き受けてください』
と言われていたのだ。
しかし、もし誰か他にやりたい人がいれば、その人でもかまわないはず。
息をひそめて、周りをみてみる。

当然なのだが、誰も彼も黙り込んだまま。
そして理事長が、笑顔で僕の顔を見ている。

『僕がやります』。
こうして財務部役員になってしまった・・・。
これから1年間で、1000万円集めないといけない。
クラス会後に、早速財務部の部会があり、
募金以外の集金法について話し合う。

アルミ缶収集(㎏70円になる)
冬の屋根の雪下ろし
手作り品の販売(クッキー、ジャム&裁縫)
タイヤ交換(冬用タイヤ⇔夏用タイヤ)
農産物販売 ←僕の意見
などなど。

どれもこれも普通の保育園じゃありえない活動だ。
まぁ、園舎を自分達で建てよう、
という発想自体、奇異なものなのだろう。

うちのアパートに遊びに来ている義父も
『なんでそんなことを親がせなあかんのや?』
としきりに言っていた。
そうだろう。
僕もそう思う。
が、とにかく動き出していて、僕はその役員になってしまったのだ。

そういえば今日は13日の金曜日。
とてつもない『魔物』に出くわしてしまった気分だ。
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いよいよ夏野菜も収穫真っ盛り。
自家菜園『はるちゃん畑』も食べきれないほどの野菜が採れる。
今日の収穫

坊ちゃんナンキン 2個
丸ズッキーニ 9個
万願寺シシトウ 4本
ピーマン 2個
キュウリ 2本
トマト 大量

これらすべて無農薬。
ほとんど虫がつかない。
アブラムシはずいぶんと気になったが、
今ではカゲロウが出てきてからは、
その発生もずいぶんと止まっている。

さてどうやって食べようか。
トマトは、色が面白い西洋トマト。
ブラウンとグリーンのトマトは、甘くならない。
酸味と風味が強いので、週末はこれでラタトゥュを作ろう。

ルバーブも赤みがからないが、大量に採れだした。
ジャムにしたり、先月大量に採れた玉葱と一緒にチャツネにしたりしよう。

週末はいいワインを開けよう。
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07 11
2007

むらの作見会がある。
農協の指導員が来て、稲の生育状況をみる。
病気の発生は無いか、穂肥えをどのくらいやるのか、
などをみんなで話し合う会。

今年は梅雨のこの時期、日照が極端に不足しており
秋の収穫の頃、稲の倒伏のおそれがある、と指導員がしきりに言っていた。
穂肥えも控えた方がいい、と指導が出ているらしいが
その指導員は、『大きく実らせるには穂肥えは要る』とのこと。

そんなやり取りを見ていて思うこと。
稲作の栽培レベルが高い、ということ。
技術としても、意識としても。
病気はもちろんのこと、害虫の知識も皆持っている。
たとえ栽培面積が少ない人でも、稲への関心の高さには驚く。
指導員が田んぼに入る前から、生育診断の1つである葉の色を
専用のチャートを使わずにどんどん当てていくおっさんがいたりする。

15人ほど集まったのだが、どの人も稲作に哲学を持っていた。
仕方なく作っているという人はいない。
農業の衰退ばかりが語られ、むらの若い者で集まれば
土地が幾らで売れるか、ばかりが話題になる。
しかし、彼らの父や祖父は、『仕方なく作っている』のではない。
稲作に対する躍動的な感動を失った世代の意識が
農業を衰退させるのだろう。

この会に来た若者(30代)は、僕1人。
出来れば、むらの若者にもこの会にでている人たちの
語り様をみてほしかった。
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先日、熱水土壌消毒機の実演会があった。
ネポンの製品で、近くの農家が見守る中、
その機械は、物々しく動いていた。

機械内にあるボイラーで、毎秒100リットルの熱水(85度)を作り出すことが出来る。その熱水を専用のシートを通して、土壌に直接ぶっかけて消毒するというしろもの。

2時間ほど動かすと、深さ30cmのところが、50度から60度にまで達するとのこと。作土層の菌や虫は、大抵死ぬことになる。

1シートを2時間消毒するのに、約100リットルの重油もしくは灯油を使うとのこと。うちのH鋼のハウス1つをまるまる消毒すると、1000リットルもの燃料が必要らしい。燃料代だけで9万円ほどか。

この機械を生み出した思想は、僕のまったく対極にある感じがする。
非選択での土壌消毒。
生きているものすべてを否定するやり方。
消毒をするためにならば、手段を選ばない(資源の無駄遣い)その考え。

しかし現実的に、ハウス内の土壌消毒は、
ハウスを持って、単作で野菜を作る人にとっては
一度は考えたくなる事でもある。

『9万円の燃料がかかっても、それでいい物が取れれば、安いもんや』。
見学していたある農家は、そう言う。
それもまた、その農家にとっては真実なんだろう。

この機械のようなものは、世の中にごまんとある。
何を選ぶかは、僕らの良心にかかっているのだろう。
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自家菜園のトマトがカラスに食べられている。
そこで今日、雨の中ではあったが、トマトに鳥除けのネットをつけた。
しかし、すでに鳥除けネットをつけているはずの近所の叔母ちゃんの畑では
カラスがネットを掻い潜り、トマトを食べていた。

この時期、カラスは子育て真っ最中。
奴らも子どものために必死なのだろう。

ネットの掻い潜り方も、1羽がみんなのためにネットを持ち上げるという
アシスト役に徹するなど、人間に失われつつあるものを身に付け出している。

そのうち人はカラスに、カラスは人になってしまうのかも知れない。
ただ単に食い荒らすのではなく、子ガラスに獲ってきたトマトを
与えている様子をみて、なんとなく想った。
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渡部 忠世 著 『百年の食』:食べる、働く、命をつなぐ.2006年.小学館.

碩学の農学者が、『不耕貪食』(自らは耕すことなく、もっぱら食を貪ぼる者)を恥じ、食と農について物申そうとした本。

『私たち消費者がまったく安全な食品を求めようとすることは、今日の社会・経済的な状況のもとで現実的に可能なのだろうかという、基本的な疑問について考えてみようと思う。結論を先にいってしまうと、これに対する私の答えはノーに近い。少なくともそのような期待を過剰にもつことは間違っている。本当に安全な食料・食品をというのならば、自分の納得する方法で作物や家畜を育て、それを食べる以外に方法はないと基本的には信じているからである』(p55)。

『農業の役割、その存在理由が問われなければならないような社会・国家とはどういうところなのか、また時代とはどういう場面なのか。気がつくのは、そこがほとんど無秩序に近く、病的にといい換えてもよいが、工業の肥大化している「富裕な」社会と時代、一見するかぎりでは、飢餓とも食料不足とも無縁な人々の生きる社会と時代の特徴的現象ではないかと思われることである』(p165)。

食に関心に関心があれども土を耕す文化から遠くはなれて暮らし、飽食の時代にあって農業の多面的役割を叫ばなければいけない状況を鋭く批判している。著者は老いていく自分そして死を見つめながら、老病に逆らわず暮らしていける思想をも内包している小農的農業に羨望を向けている。老いと死から見つめる農のあり方という視点は、なかなか興味深い。また本書は松井浄蓮の「浄蓮のことば」を採録している(p93-146)。農耕から発意する思想的な彼の文章は一読の価値あり。

ただ、せめて米を自給せよ、と叫ぶ筆者に違和感がある。食糧自給率の問題になってしまえば、結局は工業的な大量生産・モノカルチャー農業の是にもつながってしまうのである。農耕の文化やそのあり方、生活までを含んだ農の営みには、本書ではほとんど触れてはいない。農の何を見つめているのか、その視点が定まっていない。本書はどこかちぐはぐな印象を受ける。
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安部 司 著 『食品の裏側』:みんな大好きな食品添加物.2005年.東洋経済新報社.

我々が日常に摂取する食品に、どのくらい添加物が入っているかを明かす書。とても食べられないくず肉を30種ほどの添加物でミートボールに仕上げていく様や、一切牛乳成分を含まずサラダ油と何種類もの添加物で作り上げるコーヒーフレッシュ等々、読めば以後とても口には出来ない話ばかり。
明太子の無着色という表示には、合成着色料を使っていないので添加物の使用が少なく安全だと、実は僕も思っていた1人。そもそも明太子に使われる添加物は10種以上。合成着色料の2~3種外したところで、添加物の大量摂取には変わりがない。

本書では、添加物そのものの安全性にも少し触れている。厚生労働省が一つ一つの添加物について安全性の基準を定めている(ねずみによるテスト)。しかし、筆者は言う。『Aという添加物があるとすると、Aのみで摂取した場合の毒性や人体への影響などは検査していますが、AとBとCの添加物を同時にとった場合はどうなのか-その「複合摂取」についてはまだきちんと研究されていないのです』。
そのような状況で、本書では1日の食生活の例として、コンビニやスーパーでの弁当に頼るあるサラリーマンの添加物摂取について記述がある。1日で延べ60種以上の食品添加物を摂取しているらしい。このような複合摂取は、安全性が解らないにもかかわらず、日常茶飯事なのである。

また表示についても興味深い説明がある。食品添加物は一括表示されているものが多いのだ。「調味料(アミノ酸等)」の裏側には、アミノ酸系の添加物以外にも核酸なども入り、何種類何十種類の添加物が一括表示されているのである。筆者は、食品業界に情報公開を求め、消費者が知らず知らずのうちに食品添加物の大量摂取させられている現状から、消費者が知って選んで摂取できるように啓発している。

筆者は、添加物は害悪ばかりではなく恩恵も受けているという。『自分で作れば2時間もかかるものが、加工食品を使えば5分でできる。スーパーやコンビニでは、いつでもどこでも簡単にそれほど高くない値段で食品が買える。本来ならすぐに腐ってしまうはずのものが、長持ちして美味しく食べられる。(中略)そんな「安さ」「手軽さ」「便利さ」-それは食品添加物があってこそのものです』。これは果たして『恩恵』なのだろうか。添加物について語る筆者の立ち位置に疑問を感じる。またこれを恩恵と呼べてしまう現代社会の構造にも問題があろう。

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梅雨の合間の晴天。
半夏生も終わったので、ジャガイモを掘る。
久しぶりに外で汗をかく。
真夏ではないので、風もどこか心地よい。

仕事をしながら、昔話を聞くことが多い。
ジャガイモを黙々と掘っていると、
こいつはいつ頃からこの辺で作られていたんだろうか。
そんな疑問が湧いてくる。
作物との付き合いが、そのまま生活史になっていたりもする。

父が答えてくれた。
まだ卸売市場が田原町にあった頃(70年代以前)
うちの集落は、ジャガイモの産地だったそうだ。
『高屋(集落名)のジャガイモは美味い、と評判だった』とのこと。
巨大な流通網がまだ無い時代。
県外産のジャガイモはほとんど入ってこなかった時代。
そんな時代の中で、
田原町の市場にアクセスできる地域範囲の中での産地。
むらの河川敷の砂地の畑が、その味を作り出していた。

田植えはまだ手植えの頃だ。
5月下旬から6月上旬頃から始まる田植えを前に、
ジャガイモは植えつけられる。
忙しい田起こしの合間に。
そして半夏生が済み、田植えが終わったこの時期、
今度はうちの集落では、ジャガイモの収穫時期になったという。
田植え後の重要な収入源だったそうだ。

そして巨大な流通網が発達し、北海道などから安いジャガイモが
大量に流れ込むようになると、うちの集落は『産地』の座を他に
ゆずるようになった。
それでも、この時期ジャガイモを作る。
祖父母世代の老人にはまだ
『高屋のジャガイモは美味しいさけ』
と好まれている。もちろん、みんな箱買い。

その世代も徐々に減り、作る人もどんどん減っている。
うちもいつまでジャガイモを売るために作るのだろうか。

田仕事を中心に広がる農耕の生活のあり方。
今では失われつつあるが、そんな価値に触れた心地よい晴れの日だった。
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深谷 克己 著 『百姓成立』.1993年.壇書房.

近世の農民が持続的な生活を成り立たせていく実態(百姓成立)を、あらゆる角度から考察を入れた良書。
持続的な生活とあると、農耕のあり方または方法などと思われるかもしれないが、それらは本書の射程ではない。本書では、『農耕専一』を理想とかかげながらも、実際にはそれだけでは生活できない、諸稼ぎに依存する農民の実態とのずれが、その時代の『百姓成立』(の意識も含めて)を求めてのせめぎ合いに着目することで、近世の農民像に接近している。

本書の優れている点は、当時の農民や権力者側(公儀・大名)のそれぞれの意識、そしてそこから派生する制度や常識的考え方、さらにそれらのズレから生まれてくる争いが、百姓成立の像を作り上げているとするところである。そのため研究方法としては、農耕の実際ではなく、農民と権力者側とで作り上げていく認識のされ様に焦点を当てている。現象学的な視点であり、内山節のいう『精神の習慣』を明らかにする手法に似ている。

負債や御救、土地といった社会的要素を通じて、権力者側と被治者側との関係から、『天下の民』としての百姓像を作り上げていった社会認識を検討している。幕藩体制において、農民はただ単に搾取され続けられていた存在ではない。『中世百姓がなお「去留」のじゆうの感覚を持続させながら貢納するたみであったのに対し、その地に「有付」いて家産の観念を強めつつ営農の成果の一部を封建的地代として支払う農業者の自覚を成熟させていった。これまで「百姓土地緊縛」と言われてきたのは、そのような近世百姓の生活基盤の獲得を、支配体制の側から一方的に表現したものに他ならない』(p24-25)。

なかでも興味深いのは第4章百姓の人格である。近世の百姓の価値観を掘り下げ、当時の農民が持っていただろう『常識』を明らかにしている。それがまさに当時の精神の習慣であり、当時の農民の行動様式なのであろう。

本書を通じて、近世の農民についてのただ単に知識を得ることは出来るが、本書の真価はその研究方法論にある。当時の農民や支配層の認識がどうであったかに迫ることで、当時の百姓像をより鮮明に浮かび上がらせている。
ただ本書は専門的な用語が多く(江戸時代の用語)、またそれに対する説明が一切無いため、近世を専門にしない人には、読み進めるのが困難な書。
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『半夏生は祭りやったんやざ』
と嬉しそうに懐かしそうに語る祖母の話し方が気になり
何かまだ聞き逃しているのではないか、と今日も続けて話を聞いてみる。

ある一定の年齢以下になると(父や母世代)、
半夏生をあまり特別な日だと認識していない様子でもあり
それも気になっていた。
世代間に生まれる認識のギャップこそ、着目しなければいけない点なのだ。

たまたま今日は、作業小屋に祖母以外に近所の老婆2人が
仕事を手伝いに来ており、半夏生の話題で盛り上がる。
すると、昨日では出てこなかった話が、幾つも出てきた。

なかでも半夏生の日を特別な日に仕立て上げているものとしては
賃金の支払い日だったという話である。
『田んぼ仕事の手間賃は、半夏生に』払ったとのこと。
田起こし、田ならし、田植え、除草などの手間貸しは、持田の少ない村人には
重要な収入源だった。
それの賃金は、日払いではなく、半夏生に支払われたとのこと。
手間貸しに行ったその日は、呼んだ方が飯を振舞うなどしなくてはならないが
賃金は、その日には支払わない。
1年間に3回、手間貸しの支払日が決まっていたそうだ。
それは、半夏生・お盆前・暮れ、の3回。
つまり、手間貸しをしていた時代には、
手間貸しをする方としては、半夏生はお盆と正月同様の
意味合いがあったようである。

うちはもともと小作の家で、祖父や曽祖父が他の富農の家に手間貸しに行っていた。
『祭りやったんやざ』という祖母の言葉の意味がようやくわかった。
父母世代は、すでに農地解放が行われていて、
半夏生は『祭り』ではなくなっていたのだ。
そしてむらの外のカレンダー(学校教育)が幅を利かせる中で育った僕は、
半夏生すら良くわからなくなっていた。

たった3代しか隔てていないのに、半夏生から見えてくる意識のギャップに
愕然となる。それだけ農村は大きく変化していっているということだ。
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昨日、7月2日は半夏生。
ラジオなどでは盛んに
『昔から焼き鯖を食べて、農作業の疲れを癒した日』
などと言っていた。
江戸時代の福井大野藩城主が、農民の夏バテ防止のために
この時期に焼き鯖を食べるように奨励した、というのが始まりらしい
とラジオでは言う。
そこで半夏生について、年寄りに聞いてみることにした。

梅雨の時期で、そろそろ田植えも終わるこの時期、うちの村でも
昔から(少なくともインタビューをした年寄りの子どもの頃から)
半夏生の日は、野止め(農作業を休む)をしたという。
うちの祖母は、
『半夏生は、野止めをして、うちで安倍川餅を作って、近所や縁者に配って歩いた』という。
『まるで祭りやったんやざ』とも。
祭りといっても、神輿がでたり、山車がでたり、出店が出るわけではない。
普段ではぜったいしない野止めをして、家で餅をつくり、それを配り歩くという、非日常的なありようを『祭り』といっているようであった。

どの年寄りも、野止めをして安倍川餅を作った、と答えるのだが、
現在、半夏生でも皆、普通に仕事をしている。
しかも、安倍川餅も食べない。
それどころか、半夏生だ、といって近くのスーパーなどで大安売りする
焼き鯖を皆で食べている。
いつ頃からすりかわってしまったのだろうか。

何人の年寄りに聞いても、それは定かではない。
最近までどうやらやっていたようでもある。
僕の記憶を遡ってみると、小学生の頃までは、
よく大量の安倍川餅を食べた記憶がある。
うちの村では、安倍川餅を作るのは半夏生の時だけ。
とすると、大量の安倍川餅にありつけるのは半夏生だけらしい。
父や母、近所の叔母ちゃんの記憶をたどっても、
どうやら20年前までは半夏生の日をしていたようである。
当時の僕としては、野止めをしていても小学校という
むらとはまったく別のカレンダーで動いている中で
育っているため、どうやら記憶にうすいようだ。
野止めの習慣は、やはりむら以外のカレンダーでは、
半夏生は休みではないので
徐々に失われたようである。

このあたりで半夏生に鯖を食べるようになったのは、
ずっと以前かららしい。
ただ、それでもむらの中では、安倍川餅の方が主流だったようだ。
それが焼き鯖だけが残り、安倍川餅は消えた。
その理由は定かではないが、
すくなくともスーパーなどの小売店では、
半夏生の日は鯖を安売りしているが、安倍川餅を安売りしていることは無い。
またラジオ(テレビも)でも大野藩の風習を連呼して
あたかも伝統的行事への回帰を装っているが、
それも焼き鯖定着に一役買っているのかもしれない。

風習は、人の手で受け継がれていくものなので、
それはどんどん変化し、新しい意味付けが行われていくものである。
なので、安倍川餅から鯖に変わったとしても、
なんの不思議もないのだが、その変わり様が少し気になる。
一見、伝統への回帰をみせているようなものでも、
その中に近代性を感じることもある。

そういうものに出来るだけ眼差しを向けてゆきたい。
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妻が1泊で出張中。
日曜日は保育園もお休み。
というわけで、今日は娘を連れて畑に出る。

1歳8ヶ月の子どもと畑に出ても、たいした仕事はできやしない。
砂遊びを楽しめるために、まず砂遊びのやり方から教え込む。
お団子を作ったり、スコップでバケツに土をもったり、
それを大げさに喜びながら娘に見せる。
すると娘は、僕の手からスコップを奪い取り、砂遊び開始。
そして僕も仕事を開始。

それでも10分おきくらいに、娘の呼び出しがある。
お団子が壊れてしまったり、バケツが土で一杯になってしまったりすると
それを『どうにかせい!』と言わんばかりに、呼び出される。
なんとかそれを直したり、土をひっくり返したり、
はたまた抱っこしてあやしたりしながら、また再び仕事に戻る。

自家菜園のキュウリもずいぶんと沢山さがっていたので
一本むいで、口に運ぶ。
それを目ざとく見ていた娘は、『うー!うー!』と叫びながら所望。
最近保育園の日誌に、『野菜を食べなくなりました』と書かれていた娘だが
もぎたてのキュウリをそのまま丸かじりしていた。

『野菜を食べなくなりました』と言われた時に、
思わず『そちらの野菜が美味しくないのでしょう』
と言いそうになったのだが、そこは、ぐっと飲み込んだ。
しかし、キュウリを丸かじりしている娘を見ていると
やはりそう思えてしまう。

キュウリをひとしきり食べると、しばらくはおとなしく1人遊び。
あまりに静かなので、気になって見に行くと、
なんと!
スコップですくった土をそのまま口に運んでいた・・・。

ここで今日の畑仕事はタイムアップ。
梅雨の合間の貴重な晴れの日。
山のようにある畑仕事は、ちっとも片付かなかったのだが、
それでも娘と一緒に出た畑の仕事は、充実したものだった。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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