02 28
2007

弁当屋が来る。
鯖寿司を作っている弁当屋なのだが、地元産品を使って新商品開発をしたいとのこと。県の助成をにらんでのことなのだろうが、そういうことは、まぁ、僕にはあまり関係ない。

うちで栽培している野菜を一通り説明し、それらをお土産で持ってかえってもらった。それに一言添えて。『うちに栽培して欲しい野菜があれば、何でも言ってください。なんでも栽培してみますよ』と。今あるものが、そのまま弁当屋の気に入るものとはなりにくい。弁当屋のことをこちらからあれこれ考えて、作物の提案をするのもひとつだろうが、こういう場合、向こうから提案してもらう方が良い。畑ばかりをみて考えても、弁当屋がみている視点にはなかなかなれないものだ。ここは『待つ』の場面。

もしあちらから提案があれば、それが商談の始まり。さて、食いついてくるかどうか。
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急に冬に逆戻りのような天気。
なのだが、それでも『暖冬』。

この暖冬について、よく他人から言われることがある。
『暖冬で農業が楽でしょう』や『暖冬で農業が大変ですよね』などなど。
これらの言っていることは、まったく反対のことのように思うが、実は一緒のことなのだ。暖冬だと農業に大きな影響があるだろう、という点では。

確かに天気に大きく左右されるのが農業。だから暖冬の年だと、その影響もちゃんと受ける。でも、それで大変なのか楽なのか、よくわからない。

楽だと思うことは、雪かき(雪すかし)がないということ。それなりに暖かいから、外での作業が多分いつもの年よりも楽なのだろう。でも、暖冬だといっても冬は寒い。だから農作業が楽なのかどうかはよくわからない。

大変だと思うこと。葉物野菜が予想以上にぐんぐん生長してしまうこと。それって良いことのように思われるかもしれないが、自分の畑だけぐんぐん生長するのなら、そういえるかもしれない。どこの畑でも野菜がぐんぐん生長すれば、市場にどんどん出荷してくる。地元の卸売市場に顔を出せば、今どういう状況かよくわかるだろう。高く積み上げられたほうれん草のダンボールの山が、お城のように幾つもそびえたっているから。大量に出荷されれば、当然値は下がる。うちでは、収穫期を逃したベビーリーフが、もはやベビーリーフと呼べない姿にいて、近所のおばちゃんに頼んで廃棄してもらっている。これも『もったいない』になるのだろうか。

うちはこの時期、ハウスでの葉物野菜栽培が主流となる。しかし、今年は暖冬。昨年の秋作で、露地で作っていたスティックブロッコリが、なんと商品になるほど良いものがとれる。注文出荷のため年末に急いで始末できなかった露地のレッドキャベツも、雪がないため健在。娘のために始めた自家菜園(露地)に至っては、昨年に播く時期が遅すぎた春菊が今頃になって食べられるようになってきた。遊びで植えていたビーツも大きくなってきた。雪で消えてしまうと思われたロメインレタスもまだ残っている。

ハウス栽培でも、すべてが廃棄するわけじゃない。ハウスではこの時期、大根葉・ルッコラ・ベビーリーフ・サラダホウレン草・水菜・つまみな(大根葉の小さいもの)などを作っているが、播く時期が遅れていた野菜や、播いた時期に寒波が来て発芽がいまいちだった野菜は、この暖冬のおかげで順調に育ってくれている。暖冬で大変だ、とか、暖冬なので良かった、というのは、ある作物だけを眺めては言えるが、露地やハウスの中にあるすべての作物をみて、それを語ることは出来ない。良いのもあれば、悪いのもある。

本来、農業にとって『害』や『障害』といわれていることなんてそんなものなのだ。何かに特化して、それだけを大量に栽培するから、せっかく本来農業が備えている柔軟さを失うことになる。僕の主力作物であるベビーリーフは、確かに暖冬でダメージは大きい。これはとても良い教訓になる。所得だけを見据えて、ベビーリーフだけを大量に生産すれば、こうなることは当たり前なのだ。こんなことを考えていると、先日読んだ守田志郎の言葉が、浮かんでは消える。農業とは、自然の営みの大小のうねりの中で、生産と生活が何れともつかない関係の中で営まれるものなのである。

春に向けて種をまくこの時期、僕は自然といろいろな種を播く。西洋野菜から伝統野菜まで。多品目栽培の中で、僕は混乱なく呼吸できるであろうか。僕の中に農家としての生産と生活のリズムが存在しているだろうか。それを今年は確かめたい。
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守田 志郎 著 『農法』:豊かな農業への接近.1972年.農文協.

立て続けに、守田志郎を読む。
自らの手で農業を切り盛りすることになってから、何かと『所得向上』という言葉がついてまわるようになってきた。そういう音頭に何も考えず踊り狂うもの1つの人生なのだろうが、どうもそうなれない。そこで、守田志郎の肩越しに彼が見ている農業の地平を見つめてみようと思う。

前作『農業は農業である』では、農業の工業化について批判的考察をいれている。本書では、農業は農業であると言い切った農業の中身にさらにつっこんだ議論を展開している。
前作でも論じてはいたことだが、本書でも守田は、農業は企業化するか・農業に競争があるか・農民層は分解するか、などの行き過ぎた近代化の中で培われた常識を逆行していくことで、本来の農業の姿を浮き彫りにしようと試みている。

まず守田は、農業は企業化しないし競争もない、という。これは現在の農業に従事している人が聞けば、失笑をかいかねない。なぜなら現在の農業界は、農業の株式会社化が可能となり、それに伴う国内産地間競争の激化が想像され、それどころかWTOによる自由貿易への圧力から海外産地との競争激化は必至の状況なのである。これらを見て、『守田の見ていた農業とは時代が違う』と切り捨ててしまうことも出来るだろう。だが、はたしてそうだろうか。
守田のいう『農業に競争がない』というのは、農業には『競る争うの原動力がない』ということなのである。守田は『新工夫で他のむらや農家の先を行っても(新しい作物を人よりも早く栽培することに成功したとしても)、暫くすると、同じ仲間が沢山出来てくる。(それで値は下がり)競争は終わりだ』という。守田の時代にはなかったことだが、現在は農業でも特許がとれる。そのことで暫くは人よりも先にいけるだろうが、それでもやがては結果は同じなのだ。大量生産をし他人よりも沢山売ろうとしても、結局は値が下がるだけである。農産物価格がセリの影響を大きく受ける中、どこぞの業界のようにメーカー希望価格などはないのだ。
僕は、農業に競争がない、ということに関して、まったく異論がないわけではない。ただ、守田はその先にどういう農業があるのかを見つめている。少し長いが引用しよう。
『少し作って少し売っているとする。そこに沢山作った農家がどかんと荷を出して来れば、やはり打撃は受ける。しかし、沢山作って売りに出した人に比べれば、受ける痛恨ははるかに浅いというものである。沢山作って沢山売って儲けようとすれば、禍は自分に戻ってくる。それが農業の摂理だという気がしてならないのである』。これは考察に値する言葉だと思う。

農業に競争はない、から出発し、そのことで儲けるためのモノカルチャー的農業を批判する。『少ない品目を大量に生産することの利益についての主張は、生活の組み立て、日々の農家の人たちの暮らし方には余り配慮しないことで可能になるようである。その場合の配慮に生活にむけられるものがあるとすれば、それは所得がふえればよい、の一点に限られるようである』と批判している。では、農家の人たちの暮らし方に沿った農業とはなんであろう。守田はそれは、多作目多品種多作型で混乱なく通年でまわっていく農業と指摘する。

次に守田は、多品目多品種多作型の農業という文脈の中で、地力について考える。守田は『いや地』を『連作障害』とよぶことの裏側にひそむある意識を読者に明示する。連作障害とは、単一の作物を作り続けることに障害があるという意味である。そして、それはそれぞれの作物が持つそれぞれの癖(ある特定の養分を大量に摂取する・毒素をだす・病害虫等々)がもたらすものである。それを克服するための肥料などの大量投入に、疑問を投げかけている。守田は『連作障害というが、いや地は障害ではない』といい、『作物のもつひとくせ、ふたくせは、農業にとっては障害というようなものではないのです』という。『いや地、それを農家の人は自分達の生産と生活のリズムにとけ込ますことによって、害どころか有益な結果をさえもたらしているといえるのではないかと思う。農家の人たちは自分と土の関係、そこにおける自然の営みとのかねあいの中でそこまで深く自分自身の根を据え込ませて来たものなのである』。ここで守田が主張したい農法、多品目多品種多作型そして多年型輪作の考えに読者は到達する。

守田の基本的な考えである『農業で稼ぐというのは、まず自分で食べる物を、できるだけ自分で作ることなのだ』から出発し、作付けする作物の種類(青果・穀類・飼料)は200を超えるだろう、としている。これらを混乱なくできるのが農家だという。そこには守田の農業に対するある考え方がみられる。端的に言い表せば『農業は生活そのものだからなのです』となろう。『農業をやれるかどうかということは、農薬の名前や使い方を知っているかどうかとか、コンバインの操作が上手かどうかとか、自動給餌機の機械が修理ができるかどうかとか、そういうことできまるもでもないし、栽培技術や家畜の生理にくわしいかどうかといったことできまるものでもない。農業をやれるかどうかということは、農業という生活の中で呼吸できるような体質をそなえているかどうかできまるように思われて仕方ないのです』。農業の生産だけに目を向け、それを論じ、所得増加や規模拡大と叱咤激励し、はてには企業化・株式会社化といった現代の農業に対する認識が、如何に歪んだものなのかに読者は気がつくはずである。農業は生産ではない。農業とは、自然の営みの大小のうねりの中で、生産と生活が何れともつかない関係の中で営まれるものなのである。
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若手農業者クラブでセミナーがあり、参加した。内容は、『一戸一法人を目指して』。県の農業支援課の職員が講師となり、農業経営の法人化について説明を受けた。

法人化のメリットとしては、当然のようだが節税や借入金額の大幅アップなどがある。雇用している農園の場合(うちの農園もそう)、雇用人の待遇も良くなろう。また県の講師が特に強調していたのは、経営者としての自覚であった。法人化することで経営責任に対する自覚を促し、経営者としての意識改革を促進、とのことだった。営利を求め、規模を拡大するための意識改革。その裏側では、何かが失われているにもかかわらず、それに対する意識は遠のく。

農業とは何だろう。純粋に経営体なのだろうか。そこがしっくりこない。そんなもやもやとしたものを抱えながら、座学はおしまい。その後、事例として2年前に法人化した農家を訪ねる。

その農家、実は良く知っている近所の農家。12人も雇用して、葉物野菜を生産している。そしてその農家が語ってくれたことこそが、僕にはしっくりくるものだった。

法人にするきっかけとしては、節税の目的が大きかったとのこと。その後の規模拡大は、ほんの少しのみ。法人化して、経理上こまごまとした利点はあったらしいが、その人が一番強調していたのは、パートで来てくれている近所のおばちゃん達の意識が変わったとか。これまでのパートさんの意識としては、少し忙しい農家に手間貸しに行く、だったのが、その手間貸しの場が会社に変わった。つまり、他人の農場から、自分が所属する働く場に変わったのだ。この変化が大きい、と話してくれた。ちょっとしたことだがいろんな仕事に積極的になった気がする、と。帰属意識などと書いてしまうと、なんとも味気のないものなのだが、そういう意識が生まれたことは間違いない。

以前、山口の農事法人を訪れた時とよくにた感覚をうける。経営メリットよりも、その場で働く人たちが、何か大切なものを共有するために法人化を選んでいる。県の講師が話してくれた法人化の成功事例では、年商○億で耕作面積○十ヘクタールで、などが強調され、あたかも法人化=営利向上・所得向上優先、のような印象を受ける。しかし、山口の農事法人も訪問した近所の農家も、それとは別の点を強調していた。何か大切なものを共有するための法人化。この考えをもうすこし延長させていけば、農業にとって株式会社の意味もはっきりとしてこよう。投資目的の株式は、何か大切なものを共有することは難しい。法人化は、営利目的もあろうが、農地を場としてそこに参加するもの皆が何かを共有するという目的もある。手法は同じでも、その二つの目的の間には、志向する方向に大きな差を感じる。

法人化に対する考察の幅が広がり、とても有意義な1日だった。
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02 19
2007

朝市に行き、うちのベビーリーフを買ってくれている中卸やスーパーのバイヤーに挨拶をする。今年から僕が独立して経営者になりますのでよろしく、と。

さっそく、大口のスーパーのバイヤーさんと、ベビーリーフの特売の商談が成立。毎月1回特売をかけようという話になる。実は今月、すでに1回試しで特売をかけている。それの数字が良かったようで、スーパーとしてはどんどんやりたいとのこと。

他のバイヤーや中卸の担当の感触もまずまず。一時よく通った朝市なのだが、最近はとんとご無沙汰している。とにかく顔をださないことには、どんなにうまく話をしても話はすすまない場所。もうすこし顔を出すようにしようか。
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うちの部落の中を集金に回る。
農協青年部の会費集めのために。今年からうちの部落の農協青年部の会計をすることになり、会長・副会長共々会費集め。

青年部とはよく言ったもので、実際には50歳を超える人も入っている。ほとんどが40歳台。農業の世界の青年は、そんなものだ。たまたま今年の会長と副会長は、僕よりも3つや5つ上の人で、とても若い執行部となった。そんなこともあり、ここぞとばかりに村の若いもんを勧誘して歩く。江堀と飲み会くらいしか活動のない会とあって、誰も良い顔はしなかったが、それでも新規加入2名確保。

今年、うちの部落は環境関係の活動助成金をとることができた。なので、農協青年部も考え方一つで、いろんな活動(はさがけ復活プロジェクトなど)ができるはずなのだが、まぁ、とりあえずは若返りをはかることに力をいれようか。
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02 16
2007

春に向けて、種を播く。
枠を組んで、電熱線を敷き、土壌を焼いて消毒した種苗床に、種を播く。
今日は、ナスにピーマンにシシトウ。

今日播いた種は、大半は苗で販売してしまうものばかりなのだが、一部はうちでも栽培する。売るために栽培するのもあれば、自家用で楽しむ分もある。さらには僕の『もたすび』(方言:遊び)用のもある。

種を播く作業は実に楽しい。その年の夏野菜をどうするのかを話しながら、家族で播くからだ。今年は、加熱用の西洋トマトをもたすびにしようか、とか、八丈オクラを播いてみるか、とか、今年の農の構想は尽きない。
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普段、あまりテレビを見たりはしないのだが、何気なくつけたら、廃棄野菜についての報道があった。どうやら、『もったいない』ということで、野菜を廃棄するよりも無料で配れと言ってみたり、加工して保存が利くようにと主張していたり、はたまた、食べ物が不足している途上国に送ってはどうか、とまであった。もうなんでもありだ。

農村が都市の生活安定供給源と成り果ててしまってから、それでも律儀に作物の供給に日々汗水をながしている。大型化し機械化したといっても、根本はあまり変わらない。農業は自然との格闘である、ということは。
大量にあまるかもしれない野菜作りは、作り手にも問題があるだろう。が、それを超えてみてみると、構造的な問題がないわけでもない。モノカルチャー的な農業を続ける限り、天気が良い年には、作物が食べきれないほどあまるが当たり前のこと。しかし、だれもそれには触れない。

どういう文脈で、余った野菜を途上国に、と言うのか皆目けんとうもつかないのだが、僕にはあの忌まわしき体験:インドネシアで普及に力を入れていた野菜の市場価格大暴落が頭をよぎる。浅はかな『もったいない』は、あっちの人にも受け入れてもらえない気がする。災害などによる緊急援助の場合は、それも可ではあろう。だが、慢性的に食糧に対するアクセス力が弱い場合、少なくとも僕が見てきた場所では、それは食糧の援助は逆効果であったりもするのだ。

そもそも白菜ごとトラクターをかけてしまう光景をみて、『もったいない』と思うこと自体、すでに自然の円環の世界からわが身を脱してしまっていることでもある。白菜は、白菜ゆえにもったいないと思うのだろうが、土や虫たちにはそうともかぎらない。次作を考えれば、それは肥やしともなろう。真の『もったいない』は、毎日のように循環できない場所で廃棄される都市の食べ残しのほうではないだろうか。
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02 14
2007

が吹いたらしい。
少し体調も良くなったので、ベビーリーフの播種のため畑に出る。これだけは、代わりに誰もやってくれないので、僕がやるしかない。僕の農業の儲ける部分。

春一番が吹いたということは、そろそろ食うための菜園の準備も始めなければ。なんとなく気持ちが忙しなくなる。
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02 13
2007

妻の友人が、カメルーンから一時帰国して、こちらまで遊びに来てくれていた。他の友人も合流して、妻と妻の友人達は温泉へ。そして今日、みんなそれぞれの場所に帰って行った。

その間、僕はと言えば、

扁桃腺の風邪でダウン。40度近い熱を出し、点滴をうち、今日も医者に行き、追加で薬をもらう。子供のときに切りそびれた扁桃腺。今、切ろうかどうか悩んでいる。
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守田 志郎 著 『農業は農業である』:近代化論の策略.1971年.農文協.

農業は工業化(企業化)するのだろうか。筆者はその問いに答えるべく、日本各地のみならずヨーロッパ旅行での見聞をもとに書き綴っている。

まず守田は、工業と農業の本質を探るべく、それぞれの生活基盤となっている都市と農村の生活原理のちがいに目をむける。そして農村の生活原理を守田は、『生産の中に生活が、あるいは生活の中に生産が、何れともつかない関係で生産と生活が組み合っており、それが自然とのかねあいにおいていとなまれているということ』と特徴付けている。それを踏まえたうえで、近年(執筆当時)進行しつつある農業近代化の流れを、ロボット農業と批判する。ここでいうロボット農業とは、役所や農協による営農指導と流通の形態によって、農民自らが考え選択し実行する力を失っていく自己そう失農民の製造のことを示している。ロボット農業では、営農指導の情報化(マニュアル化)と大量生産大量出荷を実現させるための共選・共販により、効率化がすすむことに大きな価値を置いている。しかしそのような規格と品質の統一こそが、篤農の個人的試みをかえってじゃまする結果が生まれている。たとえ営農指導そのものが善意であったとしても、○○品種の普及率が○%だ、と普及率向上が語られる背景には、価値観の固定化が見え隠れする。

またこの指摘は現在にも通ずる。0.5反や1反の田んぼが2.5反や3反の田んぼに変えられてしまった土地区画整理やライスセンターによる協同出荷は、現在、僕に古代米の栽培やもち米の栽培といった選択肢をなくさせるのに十分な環境なのである。米ならばハナエチゼンとコシヒカリの中で自由に選択してください、といった具合なのだ。

守田は、品種は農民がみずから決めれば良い、とし、栽培の画一化をやめ、大小による規格化などもやめ、農民の自由な気持ちで自然との取り組みがはじまり、みんなが篤農になる、そういう時代がほしい、と述べている。それはまさしく農業が農民個人の手の中に存在し、しっかりとそれを実感できる時代を求むものと言えよう。これらの指摘は、現代にも十分通じる重要な考えといえよう。

守田は、農業は工業化しない、と言い切る。その根拠としては、どんなに人間が機械を駆使したとしても、米は機械が生産するのではなく、稲自体が育ち、米を作るという事実があるからである。どんなに化学物質を投入しても、機械化をしても、ブロイラーは1日に1個しか産卵しないからである。この論理は、現在の農業を知る者には反論したくなる者もあろう。事実、僕が生産しているベビーリーフは、利益や安全を無視して機械化を進めに進め、化学物質漬けにすれば、年間の生産回数は倍にでも増やせるだろう。そういう意味では、守田がこの著書を書いた時代から見れば、当時では乗り越えられなかった自然的制約を現在は克服し、自然をより征服することが可能になっている。しかし、たとえ現在がそうだとしても、守田の論理はすこしも揺るがない。守田は、『(農業の)主人公は常に農作物であり、家畜である。大小様々な機械は彼ら彼女らの自然のいとなみを邪魔しないかぎりにおいて人間の手や足の代わりをなすのであり、その仕組みの中で人間は、偉大なる経済学者が100年前に世に明らかに説いたように、人間がそれらの機械のしもべとなってこづきまわされることになるとしても、農作物や家畜は決してそのように気位の高さを傷つけられることなしにすむことができるのである。』と述べている。ハウス施設の作付け回転数が如何に上がろうとも、作物が育つことで農作物として収穫が成るという、農業の大前提は決して変わることはない。そしてこの大前提こそ、都市と農村の生活原理の違いなのである。

その大前提を出発点に、守田は農業における近代化の罠を批判していく。多投入による多収。そしてそれに耐えられる品種の育成。耐肥性という不可思議な言葉もその中から生まれてきている。都市生活安定のための供給源としての農村、という静的な捉え方により、農業の姿がいびつに変えられてきてしまっている現状を、守田一流の論理が明らかにしている。このことは現代に至っては、そのいびつさがより一層増して、一般的な農業の認識が麻痺してしまっている中、重要な批判となろう。

『自然のいとなみの複雑な組み合わせと兼ねあいの中で精一杯自分の頭を働かせる苦しみが、農業という世界の中でのもっとも人間らしい生き方なのではないか』。僕もそうありたい。

本書は、農業の近代化とは何か、を考えさせてくれる重要な本の1つ。ただし、守田の論理には弱点がないわけではない。農業近代化の中で、生活と経営の分離では、モダニティによって女性の地位向上という面があるが、それを守田は『ウーマンリブ』と卑下し、まともに取り合おうとしない。農業にとって近代化の負の面ばかりにとらわれてしまうあまり、守田の農業論が、『農家のおっさんが語る農業論』の域をでていないような印象をうける。それがたとえ時代性によるものだとしても、守田の農業論は、農村を『コミュニティを構成するすべての人々や自然との関係による動態』としては、読み込むことはできない。
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冬から一転して、春の陽気。
2月に入ったばかりだというのに、4月上旬から中旬の陽気。
なので、作物が育つ育つ。注文量は伸びないのに、作物だけがどんどん伸びていく。とくにベビーリーフ。この野菜は、幼葉のうちに収穫しないと、ベビーリーフなんて言えやしない。また廃棄することになりそうだ。

先週、父が上京していた。東京の市場を巡ったらしく、その話をシェアする。どうも父は大市場を志向する傾向があるようだ。ベビーリーフやルッコラなど、うちで栽培している野菜の将来性と市場傾向についての父の話を聞いているとそう思えてくる。

今、税申告のため昨年の野菜出荷量を計算しているのだが、どうも傾向としては、下り気味。ベビーリーフに関して言えば、一時期の勢いはまったくなく、今後もその回復は見込めそうもない。僕は、ベビーリーフはこのままでは、この先10年もうちの主力作物となり得ない、と考えている。この事に関しては父とも意見が一致している。

先日、レストランに野菜を卸している小売の専務と話をした。専務曰く、これからは多品目少量作付けじゃないか、とのこと。

僕が目指すのは多品目少量ではある。しかし『儲ける』農業という部分で多品目少量を目指すとなると、作業が煩雑になるし売り方も手間がかかる。だからといって、ベビーリーフをもっと規模拡大して競争力をつけて大きな市場に出すようになると、確かに儲かるかもしれないが、あまりの忙しさに、それに自分の生活を巻き取られてしまう。これこそ本末転倒。

年度末で、税申告の計算をしていると、人間不思議なもので、ついつい出荷量の低下が気になるし、販路拡大や作物の差別化などなど、普段あまり考えないことが頭をもたげてくる。これでは、いかん。なので、計算を放り出し、堤防に自生している芥子菜の芽を摘む。夜はその芽を菜飯にして食す。先日の寒さのおかげで、辛いながらも甘みのある芥子菜に感動。

その菜飯を食べながら、『儲けない』農業、つまり『遊び』と呼ばれる農業と『儲ける』農業とのバランスをなんとかうまくとりながら、交換価値よりも使用価値がもうすこし偉そうにしている農業にならないだろうか、などと考えた。

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02 01
2007

今月から経営の一部を父から切り離し、自分がきりもりすることになった。
そのことを関係業者や農協の職員などに話して回る。これからは僕の名前で納品書や請求書をかいてください、と。そうやって話をしにいくと、必ず、経営を2本立てにすると税金増えませんか?や経理が煩雑になりませんか?と言われる。実際には、まさにその通り。効率的じゃないし、税金だってたくさん払わなきゃいけない。でも。

これは僕の志向の問題なのかもしれない。どうせやるなら、面倒な方がいい。その方が勉強になる。そして何よりも僕が経営者になることで、僕はそこに自由な意思を感じることができる。生産体系はなにも変わらない。出荷体系も変わらない。でも自分できりもりするという意思。その感覚が何よりも好きだ。そして、その感覚があるからこそ、新しい何かが生まれたりもする。僕はそう信じている。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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