12 27
2006

仕事納め。
かぶらを洗いきり、仕事納め。
といっても、種だけは播いていかないといけないので、正月だろうがなんだろうが、関係なく畑には出るのだが。

1年、とりあえず無事に過ごせた。そんな安堵感と充実感がある日。
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黙々とかぶらを収穫する日々。
畑でかぶらを扱いで、それを籠に詰め持ち帰り、作業小屋の外で延々とかぶらを水であらう。そして、きれいになったかぶらを袋に詰める。これがここ5日間、僕の動作のすべて。

昨日、中卸の幼なじみがやってくる。正月用のかぶらの出荷状況を見るためと、かぶらの運び出しのためにである。あれこれとかぶらについて話していると、『かぶらの葉っぱ、無くてもいいざ』とのこと。大量に扱う正月用のかぶらの場合、流通の途中でかぶらの葉っぱは使い物にならないくらい痛んでしまうとか。ならば、初めからかぶらの玉だけを出荷してもかまわないと言う。

葉っぱが有るか無いかは、とても重要だ。農作業効率を考えたときには、葉っぱが無ければ、畑から作業小屋へ運ぶ労力が軽減できるし、かぶらの扱いも楽になる。葉っぱがあったから袋詰めしていたが、無いのであれば、玉だけをダンボールにつめるだけなので、とても楽。実際、今日は玉だけを収穫して、詰めてみたところ、いつもよりも1時間早く仕事が終わった。しかも出荷できたかぶらの量は昨日に比べて1.5倍。値段も変わらない、というから、これは素晴らしい改善だ!と初めは喜んだ。

だが、ちょっと待てよ。買う側にはどううつるのだろうか。かぶらの葉っぱは、無駄についているわけじゃない。美味しく食べられる部分なのだ。菜飯にもなるし、かぶの吸い物にいれても味がぐっと引き立つ。かぶらは葉っぱも入れて、かぶらなのだ。僕が消費者だったなら、葉っぱつきを選んで買うだろう。

かぶらを大量に扱うこの時期。流通経路のその仕組みの狭間で、かぶらの葉っぱは消費者には届かない。うちは経済的には量がはけるし、仕事面でも楽になるのでうれしいのだが、釈然としないものが残る。畑に置きざりになっているかぶらの葉っぱのように。
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大熊 孝 著 『技術にも自治がある』:治水技術の伝統と近代.2004.農山漁村文化協会.

本書は、『三人委員会』(内山節・鬼頭秀一・大熊孝)で書くローカルな思想を創るシリーズの第一弾。河川工学の専門家でもある著者が、人と川の関わりから近代的技術を批判的に考察し、『技術の自治』を提案する。本書は技術的専門書にあわせ思想書としての面も持ち合わしている。

川において技術の自治とは何かを語るために、大熊は技術について、それ自体をつくられる過程とその技術の担い手に分け、それぞれを『技術の三段階分類』をもちいて説明する。

技術をつくられる過程では、思想的段階・普遍的認識の段階・手段的段階に分けている。川をどう開発・保全するかという大局的観点は、その観点の持ち主の自然観や社会観に大きく関係している。川をどう見るのか、という思想的段階がまずある。次に、川の流水現象を科学的にまた普遍的に理解する普遍的認識の段階がある。そして、それら思想や普遍的認識を現実にするために、手段的段階とつながる。

技術の担い手では、私的段階・共同体的段階・公共的段階に分けている。川の水害対策として私的段階では、高床式の水屋や避難用の舟の準備などがあげられ、共同体的段階では地域住民の協力でどのように対応するのかの事例が紹介されている(江浚い・水害防備林・水防活動など)。公共的段階は、為政者や計画者が河川をどう扱うかという立場で発想され、かつ実行される段階である。

さて、このように整理された中で、技術の自治を考察している。近代化の中で、『「私的段階」と「共同体的段階」の技術を崩壊させ、「技術の自治」を失わせ忘れさられるということは、象徴的にいえば川の維持管理を“ゼロ”とするということである』と指摘する。これまでの為政者や計画者のみによる川の維持管理という思想は、それこそがモダニティであるといえよう。本書でも、大熊は『国家そして企業と個人を、それらの間の束縛となるような地縁・血縁の中間的組織を排除してストレートに結びつけ、もしくは契約を介在させて、国家と企業の命令だけが人間を自由に動かし得る制度を、換言すれば市場経済制度を確立することであった』と述べている。そしてそのことは『可能なかぎり自然と人間との結び付きを弱めること、自然の束縛から人間を解放することにあった』と指摘している。こうして我々は、川との関わりを弱められ、豊かな関係と恵みを与えてくれた川から、コンクリートで護岸された近づくと危険というイメージの川に変わっていった。多様であるはずの川が、どこにいっても同じような画一的な川に開発されていった。

大熊は、川とそこに暮らす人々との関係が『蓄積される時間』から『消費される時間』へと変わっていったと指摘する。農業用水のために地域住民が堰き上げをする事例を紹介しながら、この作業を煩わしい作業として捉えることで永久に維持管理の負担を負わなくても良いようにするために可動堰へと移行してきた経緯を述べている。しかし、そこでは川との時間はただ単に消費されてきた時間としか考えられていない。しかし、果たしてそうだろうか。毎年毎年の堰き上げ作業は確かに苦痛でもあろう。だが、地元住民の手で守られてきた堰の維持管理は無意味ではない。この時間こそが創造的な時間であり、コミュニティで共有する充実した時間であると大熊は述べている。この地元住民の創造的な時間こそが、川に対する住民のわざの蓄積であり、これが地域の作法、そして文化につながっている。大熊はこれを蓄積された時間とよぶ。

蓄積された時間を取り戻し、技術の自治を確立するには、川に対する担い手として私的段階と共同体的段階に、イニシアティブを戻すことだと考えられる。大熊の凄みは、川は氾濫するものだと捉え、どこまでの氾濫なら許容範囲であるかを流域で考える必要があると説くところにある。それは近代的『平等』という思想とは一見相反するものでもある。流域すべてを氾濫させないという考えは、ある意味、平等な思想から来るものであろう。だが、自然は我々に対して常に平等であろうか。否。不平等な存在であり、つねに矛盾を含むものでしかない。川は、どこかは氾濫するのである。それを受け入れながら、壊滅的な打撃を受ける氾濫を出来るかぎり避け、急激に氾濫させずにゆっくりと溢れさせる技術を流域全体で考え、それらの住民に受け入れられていくことこそ、実は本当の平等がそこにあるのかもしれない。大熊は、霞堤や水害防備林などの事例を考察しつつ、氾濫受容型のモデルを探し続ける。

大熊の技術論について、内山節の解説からすこし引用しよう。『近代技術の欠陥は、技術自体の欠陥として論じるものではなく、技術の成立と選択、実行のプロセスに普通の人々が関与できないことから生じる欠陥である事を大熊は河川をとおして論じたのである。(中略)国家は地域の人々に検証される仕組みをもたないかぎり、健全な姿を保ちえないこと、そして、専門家は素人の検証を受ける仕組みをもたなければ、専門家として健全な仕事をなしえないこと、である』。この批判はすべての為政者・技術者が受け止めなければならない。

近代の技術にたいして素晴らしい考察をした良書。開発関係者は必読。参加型開発などとよく解らない議論をするよりも、本書を読む事をおすすめする。
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買わないか、と持ちかけられている。
うちの集落の傍を流れる1級河川の漁業権である。うちの集落では、昔から漁業で生計を立てていた家が多い。僕が小さい頃はまだ部落内に、川魚ばかりを扱った魚屋だってあった。なまずの蒲焼がうまかったのを覚えている。

20軒ほどは、漁業に携わっていたという。だが大水が出ると、田んぼに川魚が大量に入り込み、それを楽しんでいた農民までを数えると、村人のほとんどが川とはなんらかの関係をもっていた。昔は、うちの川にも砂浜があり、そこで地引網をしたという。5軒1組になって引いたという。いまでは高級料理になってしまったモクズガニもたくさん取れたとか。しかし、昨今、川と人との関係は分断され、砂浜だった浜は取り除かれ、河川敷はコンクリートで覆われてしまった。急斜面で川に落ち込むコンクリート護岸は、とてもじゃないが、川に近づこうという意思を殺ぐ。そして川の惠も薄くなってしまった。うちの村の名物だったモクズガニも、しばらくお目にかかったことが無い。そんなこともあってか、漁業権を手放したい、という人が出ているらしい。

前々から、漁業権が売りに出たら欲しいです、と村の半漁半大工の棟梁に話をしていた。気難しい人で、自分の気にいった奴しか仲間に入れようとしない。漁業権の売り買いも、このおっさんが半分しきっているほどだ。漁業権を買わないか、と持ちかけられたと言うことは、どうやら気に入られたらしい。釣りをしたり漁をしたりもしたいのだが、一番の目的は川のいろんなことに関わること。今すぐではないが、ずっと先まで見通すと、川について発言権が必要な時がくるに違いない。高い買い物なので、まだまだ迷っているが、またとないチャンス。さて、どうするか。
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今日は、『かわおこさま』の日。
それは『講』のことである。うちの部落の川にかかわって生きている人たちのための『講』である。今となれば、漁業で生計を立てている人などいないし、漁業権も形ばかりで、川にほとんど足を運ばない人ばかりなのだが、それでも『かわおこさま』には参加するらしい。

部落の中のお寺で、その講は行われる。かわおこさまだからといって何か特別な事をすることは無い。他の講と同じで、お説教を聴いて、念仏唱えておしまい。形ばかりになってはいるが、それでもまだうちの部落に川とかかわって生きているという認識があることが大事なのだ。日常では表面化しない、そういう意識は、こういう時に首をもたげてきたりもする。

今月は、かわおこさま以外にも、『あまこう』の日もあった。だが残念ながら、今はやらない。あまこうは僕の父世代までは毎年、12月16日に部落のお寺でやったという。部落中の女や子供が夕方集まって、ご飯を作って、お説教聴いて、みんなで飯を食ったと言う。父の同級生で、今、うちで農作業の手伝いをしてくれている近所のおばちゃんは、『その日が楽しみで楽しみで。あの日だけは夜更けまでお寺で遊んでいても怒られんかったから、祭りみたいやったわ』と目を細めて懐かしがる。今はその講は無いが、その講の時に作ったというお菓子がこの集落には伝わっている。ポン菓子とピーナッツ、それにかき餅を混ぜて作ったお菓子だが、この時期になるとあちらこちらの家庭で作っている。

信仰と生活の形が生み出してきたむらの行事。平素みえないものばかりだが、こういう時に、村人の意識が少しだが垣間見られるものである。
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12 20
2006

かぶらの収穫始まる。
これが今年最後の大仕事。これが始まると年の瀬を感じる。

このあたりでは、正月の雑煮にかぶらを使う。青かぶを薄く切って、もちを煮るときに下にひくのである。だから青かぶは、正月のときにしか高値では売れない。そのときを狙っての出荷。今から1週間ばかりは、冷たい水でかぶらを洗う日々が続く。
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ジュールス・プレティ著 吉田太郎訳『百姓仕事で世界は変わる』:持続可能な農業とコモンズ再生.2006年.築地書館.

エセックス大学環境社会学教授が、世界52カ国の事例をもとに、現代の農のあり方をグローバルイシュー(特に環境問題)とともに考察した本。

著者は、世界各地で営まれてきた伝統的な農業は、環境を破壊するのではなく、それどころか自然を生み出してきた要素でもあるという。原生自然についての議論においても、なんらかの人的な操作が介在しているとし、自然と対置して人類を考える愚かしさを説く。それを踏まえたうえで、近代的農業を鋭く批判する。モノカルチャーと生産重視の農業が、如何に自然に、そして我々の生活環境に大きな脅威になっていることを指摘する。

大量生産大量破棄のなかでは、農家自身の経営コストと流通価格のみで、コストについて考えられているが、大量に同じものを生産することで環境に負荷をかけたコストは常に表に出てくることは無い。奇しくも白菜の大量廃棄の年でもあり、この記述には興味深く読めた。メディアでは廃棄する農家の悲痛な映像が流れていたが、それら農家がこのコストを考えることは無いのだ。全体の積み重なったコストを考えれば、空恐ろしい。

本書では、途上国で進む有機農業革命も紹介されている。近代的農業から有機農業や伝統的農業へのパラダイム転換を促している。特に、立場の弱い農民(小作・土地なし農民・近代的農業において競争力の無い農民)などは、このパラダイム転換によって大きな利益を得るだろうと指摘する。日々の物資にも事欠く農民こそが、有機農業や伝統的農法によって自らの手で食糧を確保できるのであると。

また地産地消やスローフード、遺伝子組み換え農産物、さらにはソーシャルキャピタルとコモンズの再生まで、幅広く農業に関する問題を取り扱っている。コンパクトによく1冊にまとめたものだ、と思うのだが、それが本書を曖昧なものにしてしまっている。一つ一つの事例を検証することは、僕には不可能だが、インドネシアのケースにおいては、著者の記述は正しくない。総合病害虫防除(通称IPM)のプログラムでは、農民のムーブメントがあるかのような記述があるが、実際には行政によるトップダウン型の押し付け農法でしかない。バリの事例(Jha, Nitish 2002 “Barriers to the Diffusion of Agricultural Knowledge: A Balinese Case Study”) では、IPMという外部から権威付けられた農法と現地の伝統的リーダーによって支えられた農法との間に確執を生み、その間で苦悩する農民などが紹介されている。本ケースでは、普及員がIPMこそ正しいと思い込みを強めることで、現地の多様な価値に気がつかないまま、現地の農法を否定していく。このようなケースが、果たして近代的農業と対置させて語られるに足る農業のあり方なのであろうか。

本書をよく読み勉強すればするほど、実は同じような失敗をする可能性がある。農業自体に目をむけ、それがどこへ行っても同じ意味を持つものだと勘違いをし、本書で紹介されている農法が正しいのだと思ってしまえば、その人と関わる現地の人は不幸だ。実はこの普遍性こそがモダニティなのであって、近代的農業がモダニティではないのである。普遍性あるものとして農業を捉え、有機農業や伝統的農業と呼ばれているものこそ正しいと、逆にそれに普遍性を求めれば、実はそれこそがまさにモダニティの問題なのである。52カ国の事例を横断的に考察するという暴挙は、まさにその事例に普遍性を捜し求める著者の姿勢がうかがえる。それこそ批判されるべきではないだろうか。

52カ国の事例は必要ない。その代わり、厚みのある記述で、1つの事例についてのしっかりとしたケーススタディを求めたい。その視点と調査方法論こそ、我々に新しい農業の可能性を示してくれるに違いない。

余談だが、農村開発関連の良書をすべて引用しているが、なぜかチェンバースのみがないのが不可解。仲が悪いのか?
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むらの総会に参加。
農家組合と町内会の2つの総会に参加。まず、農家組合が先で、次に人が増えて町内会の総会だった。こういう総会に参加するのは、今年が初めてになる。

農家組合は、以前にも書いたが、田んぼもしくは畑を所有している家が参加している。たとえ非農家であってもだ。総会では、非農家の人数が多いからかもしれないが、農家組合の雑務の多さに反論の声が大きかった。農家組合長ともなれば、多いときで、月10日にほどは農業関係の会合、それに町内会関連の会合に参加しなければならない。非農家で勤めている人には、これがずいぶん苦痛になる。

だから中には、作見といった米の品質を見る会には、農家だけが参加すれば良い、という意見が出たりもする。作見では農家組合長のハンコが必要ということもあり、非農家組合員からは暗に農家が組合長をすれば良い、という考えをしている人もいるようだった。

余談だが、席どりも面白くて、非農家と農家できっちりわかれて座っているのが印象的だった。

総会での一番の議論は、『温泉』と『役員報酬』、そして『パソコン』だった。慰労の意味を含めて、農家組合の役員や班長をされた方々で、年末、温泉にいく。もちろん会計は、農家組合。コンパニオンのおねえちゃんを呼んでの宴会だ。だが、これに待ったをかける人が出てきている。その人(非農家)が言うには、『こんなご時世ですから、組合の金でどんちゃんやるのはおかしい。改革を求めます』とのこと。その人のいうことはもっともなのだが、非農家が役員をやらないようにと暗に言い続けているのもその人。いろんな意味で、布石を打っておきたいのだろうか。結局、温泉行きは非農家賛成多数で無くなった。

次に、役員報酬。またまたその人。『こんなご時世ですから、報酬が多いのはおかしい。改革を求めます』。まぁ、これにはさすがに農家側が反論。その人はずいぶん組合にいるのに、一度も役員をやっていないこともあり、周りから『役員をやってから言え』と言われ、この件はうやむやになる。

最後はパソコン。農家組合の書類を今までは手書きで提出してきたのだが、昨今は電子データーで提出してくれとお役所から言われるようになっている。特に助成金などをとって活動しようとすると、手書きの申請書では、役所の受付で受け取ってもらえない事態も起きてきている。そこで、組合で専用のパソコンを購入しようと言うものだった。僕らの世代ならばパソコン操作はある程度できて当たり前なのだが、農家組合は大半が60代のじいさんばかり。勤めていた人ならばパソコンは出来るかもしれないが、農業一筋50年なんていう爺さんには無理な話。パソコンを買っても、農家組合長がパソコンを使えなかったら意味が無い。現に総会では、今年の組合長さんが、フロッピーディスクとインターネットの違いが解らないまま会議を混乱させていた。それでも助成金がとれないと困るので、パソコンは買うことに。しかし、一体誰がそれを使いこなすのだ?

町内会の総会は特にもめることなく終了。会計報告をして、次年度役員さんの選挙と役員さんの退任挨拶があり、無事に終わる。ただ、町内会総会中、県議会議員さんと市会議員さんそれぞれ1名ずつが挨拶に回ってきていた。こんな村にまでごくろうなことだ。

総会を通して、『改革』という言葉が飛び交っていたのが印象的だった。いつぞやのいいかげんな首相が良く使っていた言葉なのだが、こんなところにも増殖していたかと思うと空恐ろしい。変更を求めるだけなのに、みな『改革』という。改革とはなんであろか。表現が大げさな分、滑稽さも増す。意味が曖昧な分、狂気じみても来る。

総会では次年度の役員を選挙で決めていた。形ばかりの選挙で、事前につぎは誰かは決まっている。ただ僕のような若いもんが来ていると、おっさん達は投票用紙記入時に面白がって『おい!田谷のせがれの名前なんちゅーんや(なんていうんや)?』と言ったりもしていた。町内会の総会でも40人ほど参加するのだが、僕が一番の若者。そして以前にも書いたが、僕が兄貴と慕う彼も初参加。どうやら年寄り連中には、僕とその彼とを呼び水にして、むらの若いもんを引き込もうという腹らしい。なので兄貴は農家組合の役員に選ばれ、僕は来年、むらの農協青年部の役員をやることになった。

インドネシアでは、よくムシャワラ(musyawarah:インドネシア語で会議の意味。村の会合では良く使う)に参加していた。なんだかこうやって、村人が集まって話をすることが懐かしく思えた。あの時は根無し草。だが、今はすこしずつだがしっかりと根がはってきている。今になって思えば、こういうことがわずらわしいことではなくなっている自分がいることに驚きだ。

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地元の農林高校が、インドネシアの農林高校と交流事業をしている。これは以前も書いた。
先月まで、インドネシアから2人、高校生が留学に来ていたことも書いた。
で、今回。こちらの農林高校の学生が、インドネシアを訪問することになった。10名ほど。ただし、1週間。つまりは、旅行だ。

そして、僕にインドネシアについてのレクチャー依頼が来た。今日はそのレクチャーの日。

農林高校の学生は素直な子が多い。あちこちで講演してきたから、そう思うのだが、地元の進学校になるほど、学生のたちがわるい。何を話しても反応がほとんど無いからだ。教育現場で正解のみを言い当てる訓練に慣れ親しんでいる度合いが高いほど、学生は無口になる。正解を慎重に探り当てているかのように。だが、ある意味そういう訓練にはなじめなかった農林高校の学生は、すこぶる反応が良い。突拍子も無い方向に話がいってしまう事もあるのだが、こちらの話にいちいち反応してくれるのはうれしい次第。

さて、その農林高校生。インドネシア訪問で何が一番心配か?との問いに、『トイレ』と真っ先に皆が答えた。ほほう、よく知っているじゃないか。トイレ。まさにこれが一番の難関かもしれない。

インドネシアの一般的なトイレには、紙がない。その代わりに、桶がある。水をすくって、それでお尻を流すのだ。しかも左手を添えて。この話をしたとき、学生さん達は一斉に引いた。特に女性は。みなの反応は、ごく自然なものだった。きたない!と。

昔、協力隊で山奥の村に住んでいたとき、僕はトイレの話を村人集めてした事があった。紙で拭いた方が衛生的じゃないか、と。だが、その話を聞いた村人は、農林高校の学生と同じ反応だった。きたない!と。
村人がいうには、『紙で拭くと言うのは、汚物を紙になすりつけているだけできれいになっていない』というものだった。水で洗い流す方が、きれいになる、と言っていた。確かにそうかもしれない。

僕にはもう、どちらがきれいでどちらがきたないのかもよく解らない。ただ、その場所のやり方に自分を合わせるだけなのだ。農林高校の学生さん達は、まさにこれから、自分達の価値観とは明らかに違う場所にゆく。そこではあらゆる価値感が壊されていくはずだ。その中で、自分の価値観のみを強化するのではなく、摂取する柔軟さがほしいと願う。進学校の学生さんよりは、その柔軟さがあるように僕には見えるのだが、さてどうだろうか。
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昨日、部落の若いもんが集まって、鮟鱇鍋をする。場所は幼なじみの大工の家。
こういうのをやらせたらすこぶるうまい人がいて、彼が鮟鱇をまるまる2匹さばいてくれた。若いもんの集まりといっても、僕は一番年下。そういうこともあり、もっぱら僕は調理助手兼皿洗い。

男ばかり集まっての鍋パーティーなので、準備はすごくアバウト。足りないものがあると順次買いに行くか、村のほかの若いもんに電話して持ってこさせるというやり方。そんな調子なので、昼の1時からの予定が、鍋にありつけたのは3時だった。

誰が呼んだのか、コンパニオンのお姉さんも3人来る。鍋をかこんでの話といえば、パチンコ・競艇が主。田舎の宴会なんてそんなものだ。まだ賭け事が始まらなかっただけでもよしとしよう。しかし、鍋は美味かった。なんせ皆、家にある材料を持ち寄っての鍋なので、野菜でもなんでも美味かった。

で、宴たけなわの頃。最近、懸案になってきている『農家組合』の話が出る。うちの部落の任意組合で、70戸が組合員になっている。そのうち農業をしているのは、20戸。あとは田んぼや畑を持ってはいるけど、人に貸していて農業をしていない家である。組合の主な仕事は、行政との間に入って、村の中での減反政策の調整やら水稲共済の集金などなど。組合の仕事は主に役員のみがしている。役所に提出する減反の報告書や共済金の書類などを作成する。この仕事、書類関係はまだ良いのだが、面倒なのが組合員すべてのハンコを集めること。減反などの合意をすべての組合員から取らないといけないので、夜な夜な役員さんが一軒一軒回ってハンコを押してもらわないといけない。なので、役員の負担はかなりのものだ。役員は3年任期。1度やったら回ってこない、という約束。ただ、新しい人が入らなければ、ゆくゆくは何度もその役が回ってくることになる。

ここ数年、組合に入る若者が1人もいない。村の年寄りからは、はいれ、はいれ、と圧力がかけられているらしい。鍋を囲んで、そんな話になる。僕は、農民で農業を営みにしている以上、避けられない話。しかし、他の若いもんは誰一人、農業をしていない。それどころか、チャンスさえあれば、自分の家の田んぼを売ってしまいたい、と思っているくらいなのだ。そんな中、僕が兄貴と慕っている人が、組合に入れと言われている。

彼自身は田んぼを売る気はないのだが、だからといって農業をする気もほとんどない。彼が言うには、『農家でもないのになんでそんな作業をしないといけないんや。そんなの農業している家だけでやったら良い!』と組合員になる気はまったくない。他の若いもんも大体は同じ考えだ。確かに、減反政策で大きな影響を受けるのは、農業を生業にしている家かもしれない。彼らのいう事も一理ある。

だが、こういう状況が続けば、村で農業を続けていくことがだんだん難しくなってくる。行政の政策はある程度村単位で発せられるもの。なのに、村の中身はどんどんそのまとまりの単位としての意味を失いつつある。村は、なにも田舎のそこにあれば村というわけではない。コミュニティとして成り立つには、そこに参加しようという意思と参加者によるコミットメントが反映されていないといけない。

部落の若いもんは、地縁として、また幼なじみとして仲間意識があり、こうした会をたびたび開くが、そこから先に1歩さらに踏み込めるかは、これからなのだろう。みんなにとって『村』がどうあってほしいのか、そこが今問われている。
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12 10
2006

娘の保育園で、父母会があるというので、初参加。
僕も親になったんだなぁ、と実感。
しかし、その父母会、内容は『園舎増築について』の説明会であった。

娘が通っている保育園、一風変わっている。79年に有志で託児所のようなものから始まり、その後、寄付や募金で土地を購入し、園舎を建てている。90年代前半には、大運動を起こし、保育園の認可を取得。90年代後半にも8000万近くを借り入れして、土地を購入している。これらの借金返済には、毎年行われるバザーの売り上げや募金寄付で行っている。毎年11月に行われるバザーでは1日で100万以上は売り上げるというから、驚きだ。

こういう活動をしているから、娘をこの保育園にあずけたわけではない。たまたま近所で、ここしか受け入れてくれなかったからだ。

さて、今回の園舎増築についてだが、4000万ほどかかるらしい。しかも、自分たちで建てる資金を集めないといけない。父母が募金したり寄付したり、また他からも集めてこないといけないらしい。90年の前半に子供を預けていたOBの人も参加していて、『あのころは、すごい父母だと200万の寄付をしてくれた人がいました』とさらりと話していた。僕の通帳はどこをどうはたいても、その金はない・・・。

まぁ、お金のことはまたおいおい考えよう。ただここの保育園。すこぶる面白いと思った。自治を獲得し、保育園を中心にコミュニティが出来上がっている。親と保育園がただ子供を預けるだけの関係でない、というのが気に入った。そういうものが、『煩わしい』と思うこともあるだろうが、無味乾燥な人間関係でないことは確か。近代性の個人自由・個人主義がはびこる中で、こうやって夜な夜な父母会で、あーでもない、こーでもない、と議論をする『場』は貴重だ。たとえそれがネガティブな議論であったとしても。園舎が増築されるまでの間に行われる、父母たちの合意プロセスをしっかりと見ていこうと思う。これはまさにコミュニティ観察だ!
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寒くなり、作物の生育が止まった。特にベビーリーフ。
ハウスの中なので、枯れてしまうことはないのだが、まったく生育しない。したがって、注文どおり出荷もできない。市場の仲買や小売のバイヤーからは文句続出。その文句を押し切って、今週は出荷できません、と通達し続けている。いつ寒気がくるなんて、だれも想像できない。気象庁でさえ外れるのに、なんで僕がそれを察知して安定出荷が出来ると思うんだ?

寒くなれば、生育は止まる。バイヤーの先にいるはずの消費者には、こんなことも伝わらないんだろうなぁ。遠いなぁ。
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12 07
2006

晴天。
こんな日もある。
このときを逃すまいと、ごんぼを収穫。今年のごんぼをすべてほりあげることが出来た。例年ならば11月中にごんぼの収穫は終わっているのだが、今年は時間がとれなくて、結局12月。それでも獲り終えたので、一安心。

うちの祖母の時代には、年を越してからもごんぼを収穫していたらしい。そのころはトレンチャーという穴掘り機はなかったので、ひたすらスコップで掘ったという。北陸は雪国。なので、1月ごろには雪もしっかりと積もっている。祖父と祖母はまず畑に行くまでの道を雪かきし、つぎに畑の雪かきをし、そしてごんぼをスコップで掘ったと言う。なんとも大変な労働だろうか。

今はトレンチャーがあるから、年内には終わる。祖父の頃とは比べ物なら無いくらい、ごんぼの面積も広くても。ただ、懸念もある。土は、どこまで掘っても一緒、というわけではない。作物の生育を支えることの出来るは『作土層』とよばれる土だけ。熱帯ではその厚みが薄く、寒い国や人為的に有機物を投入したり深耕したりすれば、この厚みが少しずつ増す。しかし、トレンチャーという機械は、この作土層とその下の土を一気に混ぜて壊してしまう。もちろん、スコップで深く掘っても同じことなのだが、人が少しずつスコップで掘ったところで、掘れる面積などたかが知れている。しかしトレンチャーは違う。軽油がタンクにある限り、オペレーターが停止のレバーを上げない限り、土を延々と掘り続ける。

うちはトレンチャーを使い始めてすでに10年以上がたつ。始めにそれを使い始めた畑では、すでに良いごんぼは取れなくなってきている。僕は、それは作土層が壊れたからだ、と見ているのだが、本当のことが解ってくるのはもっと後になるんだろう。そしてその頃には、取り返しがつかなくなっているのかもしれない。ごんぼの収穫が終わり、充実した気持ち反面、来年の作付けに思いを馳せると、そんな考えが湧いてきて仕方が無かった。
トレンチャー

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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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