幼なじみの大工がくる。
以前頼んでおいた研修施設の図面を持って。
今日はそれの打ち合わせだった。

作業小屋の一部改築と小屋の並びにある庭を1つつぶして、研修受け入れのスペースを作る予定。2階建てで、2階には研修生の居住空間になる10畳ほどの部屋とシャワールーム・トイレなどを作る。1階は近所のおばちゃんやうちの母が懇願している加工所を作る。そんな施設。

1階の加工所は直接僕は関わりは無い。2階はまさに僕の仕事。建物の打ち合わせはある程度済んで、図面はまた引きなおしてきてくれることになった。こちらがあまりにもあれこれと注文をつけたので、幼なじみの大工は苦笑い。それでも取れたてのブロッコリーとカリフラワーをあげたら、愛想良く帰っていった。

さて、研修。今晩の某国営放送の人気番組・クローズアップ現代でも取り上げられていたが、今外国人研修制度が問題になっている。研修とは名ばかりで、安い労働力確保のためにゆがめられた制度。僕の知り合いの農家数名も、外国人を研修生として雇っている。さらには、その中の農家の一人は、番組の中で指摘されていたような最低労働賃金よりも低い待遇で外国人を雇い、しかも残業代すらも出さず、労働監督所から指導を受けたこともある。

僕が今やろうとしているのも、外国人の研修生受け入れ。周りからは、それらの農家と同じように見られるのだろうか。インドネシアの人を受け入れよう、と思う反面、そもそも研修とは日常労働と生活とその中の技術の延長での研修で無ければならず、インドネシアの日常農作業と福井での日常農作業においてのあまりにも大きなギャップは、たかだか短い研修期間で埋め合わせられるのだろうか、という不安もある。それ以上に、そのギャップを通して、ただ単に農業近代化だけに焦点が当てられてしまうことになれば、そもそもやらない方がよい、とも思ってしまう。制度的な問題、そして個人的な関係においての農の問題。それらは考えれば考えるほど、やらない方がよいと思われるものばかり。だのに、動き出している。だのに、僕は止まらない。考えるよりも、動いてみようと今は思うから。
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11 28
2006

週末は東京にいた。
国際開発学会参加と友人の結婚式に参加するためである。
国際協力の分野からすでに遠のいてしまっている僕にとって、この学会が僕にとってどういう意味をもつのかを説明するのは難しいのだが、ようするに興味があるから参加している。ただそれだけ。

土と虫と野菜と雑草と近所のおばちゃんとばかり話をしている僕にとって、学会参加はとても刺激になる。本では得られない、生の刺激をだ。今回参加して勉強になったのは、言語が持つ抽象性について。ほっとけない、を合言葉に流行したホワイトバンドの考察をした発表があり、キャッチーな言葉が自己増殖する過程を垣間見た。言語が物事を抽象しているという特徴は、近代性の抽象性とも合致し、そのシステム内で大いに繁栄を続けている。新しい言葉や概念をメディア(なにもテレビラジオ新聞ばかりじゃない)を通して僕達は受け取るのだが、それらの多くは(いや、ほとんどか?)『解説されたもの』に過ぎない。さらにキャッチーな言葉になるとさらに、その解説さえもあやふやで、それぞれ受け手の持つその言葉に対するイメージに左右されていく。共有していそうで、実は何を共有しているのかあやふや。いつぞやの首相の言葉が常にそうだった・・・。

友人の結婚式はすばらしかった。結婚式はいつ出席してもたのしい。おめでたいことこの上ないから。やはり披露宴こそが結婚だと思う。当人2人の問題だと思うかもしれないし、だからこそ籍だけ入れて、結婚式はしない人も多いのだろう。しかしそもそも籍などというものは、国家が勝手に管理しているものに過ぎない。国家に『結婚しています』などと報告することが結婚なのかどうか、僕にはよく解らない。それとも入籍ということが儀式化されていて、それで結婚を当人たちが自覚するのだろうか。結婚式ともなれば、親族友人一同が介して、皆が直に顔をあわせることになる。当人と垂直な関係しか持たなかった親族友人達がそれぞれに平行な関係をもつ場でもある。結婚は当人を介して、多くの人たちの間で関係が生まれ強化されることだと思っている。だから結婚式に呼ばれるのは嬉しい。大きな家族というか当人中心としたコミュニティに入れてもらった気がするからである。
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渡植 彦太郎 著 『技術が労働をこわす』:技能の復権.1987年.農山漁村文化協会.

渡植彦太郎の晩年の著書3部作の1つ。前著『仕事が暮らしをこわす』では、使用価値と価値(貨幣化できる)について踏み込んだ議論をおこなっていたが、本書では近代経済機構と科学技術が如何に使用価値を低下させてきているかをするどく指摘している。さらに本書では、文化レベルにおいての近代経済機構と科学技術批判の中から、実際の生活において、技能の回復をかかげている点で、我々の生き方の指針を示してもいる。

本書では、渡植は必ずしも科学技術を否定する立場をとってはいない。科学技術の優位を認めつつも、その中で技能と科学技術が持ち場を分担し、それぞれの長所を活かすことは出来ないかを思索する。

まず渡植は、価値について考察をする。前作では使用価値から限界効用説へと近代性によって価値をはかる基準が変わっていったことを鋭く指摘していたが、本書では貨幣の価値や等価性について考察をしている。そもそも異質のもの同士が等価性を持ち、交換されるということはどういうことなのであろうか。渡植はジンメル、ウェーバー、マルクス、左右田を行き来しながら、最終的にポランニイにその答えを見出す。等価という考え自体、前近代においては、交換の関係の中で作られるものではなく、その地域の文化などのその関係外によって規定されていた。しかし近代に入ると、そのもの自体を抽象化・数値化することが可能になり、交換の関係の中で質的ものが量化された中で等価が生まれている。

さらに渡植は、貨幣を通して物事を抽象化する能力が、科学技術の繁栄に大きく寄与したと指摘する。「近代経済機構と科学技術には独特の抽象的普遍性がある。(中略)科学技術にはその取り扱う対象を量的規定下に置くことでその機能上の能率を高めている。近代経済機構は貨幣を介することで、その対象をやはり量的規定の下におくことでその機能を高めている。この量的規定をその共通項として、科学技術と近代経済機構とは見事にドッキングしている」。

本書の卓越している視点は、渡植が知識を技術知と技能知をに分け、それらは仕事知と生活知に密接につながっていると指摘している点である。仕事において技能の部分が科学技術(技術知)によってその場所を失っていく中、生活の場においても科学技術に染まった仕事によって、技能が失われつつあると批判する。渡植は技能を熟練の職人の技だけではなく、日々の生活の中でそれぞれ個人が自発性をもって取り組む労働をも含める。それらは仕事知から見れば、無駄で意味の無いことかもしれないが、それこそがその地域の文化やそれぞれ個人の生活に密接に関連し、生活に豊かさを与えてくれるものである。そもそも仕事知なるものが近代性からスタートしたものであるとすれば、それ自体が西洋的な文化の中で作られた1つの視点に過ぎない。渡植は、それぞれの労働の中で(仕事と生活)、自発性を取り戻すことを提案する。普遍的な視点に主導権を与えず、それらの利点を自らに取り込みつつも自らの労働に自発性を持つこと、自分なりの取り組みを行うこと、これこそが生活を、そして仕事・労働を豊かにするだろう。

本書前半部分は理論的議論が続き、やや難解。最終章である第5章では必読。仕事知と生活知をわかりやすく説明している。解説では、内山節氏が彼独自の視点から渡植の思想を説明している。87年に書かれたものであるが、一読の価値あり。良書。
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雨のため、仕事がない。
この時期、安い白菜やら大根やらカブやらが、そこいらじゅう出回っていて、うちが出荷している葉物野菜が売れない。どうしても割高感があるからだろうが。だからというわけでもないのだが、仕事がない。やらなきゃいけないことはある。たとえば、ごんぼ掘り。でも雨。雨が降ると、ごんぼは掘れない。

こんな日は、『遊ぶ』に限る。合羽を着て、自家菜園の敷き藁ならぬ敷きモロヘイヤの整理をしつつ、たまねぎを植える場所(今週中に定植予定)をあれこれ考えたりしていた。お金にならない、いやお金にしない労働(主体的にお金にしない事を選択)をこの辺の年寄りは『遊び』と表現する。今日は雨の中さんざん遊んだ。こんなふうに、日々の労働にもっともっと『遊び』の割合が増えていければなぁ、と思った冷たい雨の日であった。
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11 18
2006

週末に年末出荷用のベビーリーフの種を播く。
この種まきがくると、あああ、今年の終わりだなぁ、と感慨深くなる。年末までまだ1月半もあるのだけど。
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夏場の主力野菜モロヘイヤの残渣を、自家菜園に敷き藁がわりとして敷く。
草を押さえる役割があるとともに、むき出しになっている地肌に敷き藁ならぬ敷きモロヘイヤをすることで、地力低下を防いでくれる。敷きモロヘイヤの下では、菌や虫も増え多様化するだろう。

普通このあたりでは、草が出ればトラクターをかけたり、管理機で除草したり、除草剤を散布したりして、とにかくきれいな地肌を評価する。ばあさん連中に言わせると、『草のある畑はダワモン(方言:うつけ者の意味)や』と酷評する。

最近、僕の畑の草がずいぶんとのびてきていて、直接ではないが、僕の耳に届くようにそんなことが口にされている。草はある程度あったほうが、天敵のすみかにもなるし、肥料の流出も避けられるのだが、そんなことをばあさん達は評価しない。きれいな畑かどうか、それが大事なのである。肥料がいまよりも高価で、なおかつ自給できないもの(化学肥料)で、さらには近代化することに大きな価値が認められていた時代を過ごしてきたばあさん達には、雑草は大事な肥料を横取りする最悪なもの、としか認識が無い。また今のように便利な道具もなく、除草剤もない時代では、一度うっそうと雑草が茂ってしまえば、その畑を使えるようにするためには、かなりの労力が必要だったに違いない。そういう経験を経て、今のような価値観があるもかもしれない。

そう理解はすれど、僕自身、畑に除草剤を使う気はさらさらない。だからといって、草むしりもせず、ダワモンといわれ続けることが平気なほど厚顔でもない。では草むしりをするかと言えば、そんな余裕もないわけで。

そこで、収穫し終わって、その役目を終わったモロヘイヤの残渣を、敷き藁代わりに畑にひいた。除草するより手間はかからず、しかも畑の生物資源の多様性は守られる。

農法の中には、除草をせず、わざとうっそうと雑草を生やしたままの農法がある。そういう農法を試している人も全国あちらこちらに散見されるが、僕はそれをよしとはしない。個人と畑の関係では、そういう農法もあるだろう。だが、僕はそれ以上にこの村の人々と関係を結んでいる。それら包括的な関係の中で、受け入れられる形で新しい取り組みをする。実はそういうことが今、やっていて一番面白く感ずるのだ。
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11 13
2006

晴れ間をにらんでひたすらごんぼを掘る。
その横で、まるで僕らの墓標のようにこの杭は立っている。
9月の頭に立てられた1つの杭。来年以降、もうここではごんぼは作れない。
墓標

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今日もごんぼを収穫。
すこぶるはかどる。なぜなら、新しい道具を手に入れたから。

なんてことは無い鉄の棒なのだが、先端部分に鉄の刃がついている。これをごんぼの脇に差し込むことで、土の圧力を和らげ、いとも簡単にごんぼを扱ぐことが出来るのだ。言われてみれば、至極当たり前の道具であり、使ってみれば、これが無ければ始まらない感じがする。しかし、これまでこの道具を使わず、わざわざスコップで脇を掘り、ごんぼを扱いでいた。

うちはごんぼをトレンチャーという穴掘り機で掘る。といっても、ごんぼの畝の脇をこの機械で掘るだけで、そこからは手掘りになる。今までこの手掘りの部分をスコップで行ってきた。

というもの、トレンチャーが導入される前までは(今から12、3年ほど前)、ごんぼはスコップだけで収穫していたからだ。スコップで一から扱ぐ作業を、トレンチャーが大部分をやってくれることで仕事がずいぶんと軽減されたが、それでもスコップで扱ぐという部分は依然として仕事の中に組み込まれたままだった。それの作業がどれだけ大変で、膝に水がたまる原因になったり、おおごし(ぎっくり腰)の原因になったりしても、それは『そういうものなんだ』という共通認識(固定観念)の下、仕事をしていた。

しかし先日。某国営放送の番組で、山梨県の大塚という地方で栽培されている大塚にんじんの放送があった。その収穫風景の中で、1mほどの棒で先端に刃物がついている道具をつかって、にんじんを収穫していた。そのにんじんは1mもある伝統野菜の1つで、うちのごんぼと長さといい、太さといい、そっくりだった。そこではトレンチャーなどの機械を使わず、その棒だけでいとも簡単に大塚にんじんを収穫していた。

その時は『ふ~ん』といった程度で、特に感心したわけでもなく、その事はすぐさま記憶の中に埋没してしまったのだが、昨日ごんぼを扱いでいて、膝と腰とが痛くなるごとに、その事を思い出していた。『そういえば、あの道具、簡単そうににんじんを収穫していたなぁ』と。

しかし、その道具。だんだん鮮明になる記憶では、番組の中で『この道具は特注で作ってもらっているんです』と自慢げにアナウンサーが語っていた。となると、ちかくのホームセンターに売っているはずも無い。諦め半分で、そんな道具があった事を無駄話にしながら(半ばやけくそで)ごんぼを扱いでいた。しかし、父の反応は違っていた。

『それなら、あいつなら作れるかもしれん』というと農協に即電話。この地域の機械担当で、もうすぐ定年を迎えるT氏が慌ててうちのごんぼの畑までやって来たかと思うと、僕の話をすこし聞いただけで、『あああ、それなら作れるわ』というなりすぐさま帰っていった。このT氏、ちょっとした伝説のおっさんである。農業機械(重機も含む)のトラブルで、このおっさんに直せなかったものは無いのだ。エンジンのトラブルは、大抵その音を聞いただけで原因が解るという。50代になった時に、役職が上がって現場に出なくてもよくなったのだが、その役職が体質に合わず、給料安くてもかまわないから現場で機械いじりをさせてください、と強く要望して安月給で現場に戻ってきた経緯の持ち主である。

さて翌日。T氏がさっそくその道具を造って持ってきてくれた。鉄を削り、溶接をし、使いやすいように刃にすこし角度までつけてくれていた。ごんぼの脇に、その道具を差し込むだけで、ごんぼはいとも簡単に扱ぐことが出来た。腰も膝も痛くならない。刃についている角度のおかげで、ごんぼを傷つけることもない。この道具を手にしてみると、スコップで扱ぐことが如何に異質な作業かというのが解る。

全体の中ではたいしたことのない話なのかもしれない。ただ単にちょっとした道具が加わっただけのことなのかもしれない。それで飛躍的に収量がアップするわけでもないし、作業効率が倍になるわけでもない。取るに足りない話だ、と言われれば、そりゃそうかも、とは思う。

でもこうして、まったく当たり前だと思ってきた作業が、一変するのだ。見た目にはあまり変わらないかもしれないが、意識の中ではずいぶんと変化する。ニュースを通じて新しい情報を得、それの情報とそれを体現できる人物という情報がつながり、その人物が実際に使う立場で加工をしたのが今回の道具なのだ。こうやって、本当に少しずつではあるが、いろいろな関係の中から、僕を取り巻く農は変容していく。そうした変容に、どんな小さなことでもいいから、自覚的でありたい。最近、つよくそう思うようになっている。
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河野 和男 著 『自殺する種子』:遺伝資源は誰のもの?.2001年.新思索社.

本書はキャッサバの育種を長年行ってきた研究者が書いたもの。副題にもあるが、遺伝資源は誰のものなのか、インドネシア留学中はよく議論されたことでもあり、この本を読むことに。

筆者は遺伝資源を人類共通の資源と考えている。ゲノムなどで一部の企業や研究者が、特許をとることに対して反対の立場をとるあたりは共感を覚えるが、遺伝資源は果たして人類共通の資源なのであろうか、という疑問は残った(人類はそもそも同じような価値観で地球上に生きているわけではない)。技術の立場から物事を論じようとすると、考察の幅がないと感じられたりもする。本書もその例外ではない。

育種の分野では避けては通れない、『緑の革命』については、その問題点を明確に書き出してはいるが最終的には、筆者は低価格で米の安定出荷が出来るようになり、それがひいては低・中所得者の福利厚生につながったと評価している。しかしそれこそがコストをかけて低価格の米を作らなくてはいけなくなった小農が、土地なし農民となっていく過程にほかならない。自給できない都市の論理で、農業を語れば、筆者の言うこともあるいは正当かもしれないが、むらの論理で考えれば、それこそが農の崩壊でもあるといえるだろう。

筆者は人類の農耕の始まりから育種について説明を行っているが、近代(モダニティ)の浸透の中で、農業自体の意味が変わってきていることには全く触れられていない。筆者が言わんとしている農業の論理は、あくまでもモダニティにどっぷりと浸かった固定観念であり(多収=貨幣収入向上を目指すと言う意味で:たとえある程度食味などの価値に気を使っていたとしても)、農業が生活のスタイルとして存在していることに気がついていない。もし農業が多種多様な価値をもち、その地域の文化と生活とともにあるということに思いを馳せるならば、育種のあり方も自然と変わってくるものと考えられる。が、そのことに対する記述は無い。また筆者が育種を行った地域(海外)での農業文化や生活・価値観についての記述はない。育種の方向性を決めるはずの農業の価値観が常に一本調子。残念。
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農業経営セミナーに参加。内容は複式簿記の講座。
といっても、ソリマチの農業簿記のソフトの使い方の説明。このソフトが6万もする。
しかたないので買って、パソコンを持ってセミナーに参加した。
参加者の中には、これを機会にパソコンを買ったおじいちゃんがいたが(参加者のほとんどが60才以上)、電気屋からパソコンをそのまま持ってきたので、初期設定が自分では出来ず、往生していた。

当然、講師の人はその人のパソコンの初期設定から始める。そんなわけで、経営セミナーがパソコン入門教室と化していた。しかも個人レッスン状態。僕の前に座っていたおっさんは、暇だったのか、すこしパソコンを知っているようでソリティアを開き遊んでいた。が、それにも厭きたのか、しばらくすると周りのおっさんにもソリティアの遊び方を伝授して回っていた。

この講座、来年の1月まで続き、最後には青色申告書を作成するという予定なのだ。パソコンの初期設定から始まっているのに、はたしてそこまでたどり着けるのだろうか。
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近くの野菜産地に、野菜の出荷場ができることになった。というか、もう出来つつある。
そこに住む若手農業者から、バターのペットボトルを振りつつ、先日聞いた話だ。彼の家では、現在一束60円のほうれん草を出荷している。この時期、露地でも姿のよいほうれん草が作れるため、市場価格はどうしても低くなる。消費者にはうれしい話だろうが、ハウスまで建ててほうれん草を作っている農家には、頭の痛い話なのだ。

さて、その出荷場。彼の話によると、収穫物はそのまま出荷場にだすだけでよいとの事。普通は各農家で収穫物の修理(汚れた葉や虫食いの葉などを取り除く作業)をし、それらを袋に詰めるまでの作業をする。しかし出荷場では収穫物の修理と袋詰めをしてくれるそうだ。そして手間賃として一束20円かかるらしい。つまり一束60円のほうれん草だと、農家に入るお金は一束40円ということになる。しかし収穫物の修理と袋詰めの作業から解放されることで、さらに大量にほうれん草を生産できるようになるかもしれない。それであるいは儲けが増えるのかもしれない。

しかし、僕にはそんな単純には考えられない。

まず収穫物の修理と袋詰めだが、それらは農家の年寄りの大事な仕事でもある。年寄りまで仕事させるなんて、と思う方もいるかもしれない。しかし普通、農業には定年はない。年をとったからといって、農の営みから離れ、悠々自適(なのかどうか疑問だが)に第2の人生というわけにはならない。農業を産業として捉えている人ならば、定年という考えはあるだろう。だから年をとったら仕事をやめ、趣味に没頭したいという人もあろう。だが、農業が産業と言うよりも生活のスタイルとして色濃く残る農村では、年寄りが農の営みから離れることは、考えられない。とすれば、出荷場は年寄りが農の営みに関わる機会をうばうことにもなりかねない。その若手農業者の話では、出荷場ではパートを雇うらしいが、それは在所の年寄り連中ではないと言っていた。

だがその一方で、出荷場は僕ら若者が抱える不安を解決してくれる面もある。どちらをむいても年寄りばかりのこの業界、労働人口はどんどん減る一方だ。今は体の動く年寄りが周りにいるが、自分が年寄りになったときには、一体どうなるのであろうか。曲がった腰でほうれん草を収穫して、修理して、袋詰めをして、翌朝早くに市場に出荷する。そんなことが可能なのだろうか。出荷場があれば、すくなくともそれらの労働の一部を軽減してくれるに違いない。

しかし出荷場へ野菜を出荷するということは、価格が安くなることを意味する。出荷場に出すことで余った時間をさらに生産に投入せねば、経営が立ち行かなくなる恐れもある。そのためには、より広いハウス面積が必要になることもあるだろう。さらなる投資を行い、安値の野菜を大量に生産する体制を作らないといけないのだ。もちろん生産コストもぎりぎりに削減して。そして、そのような農業は、それに従事する者が立ち止まる事を許さない。価格競争と産地間競争に巻き込まれて、ついには、農の本来の意味をいつの間にか失ってしまうことにもなりかねない。

農業にはこれまで、営みとしての農があり、さらには代々受け継がれてきた途切れのない円環の時間があった。しかし現在、それらのすべてが脅かされている。それが近代なのだ、と言われればそうなのかもしれない。だからといって、はいそうですか、というわけにはいかない。解らないことだらけだが、自分の農と生活が自分の手の中にあるという実感を求める限り、近代に対する追及はつづく。目まぐるしく変わりゆく農業を僕は営みにして生きているのだから。
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地元の特産市に手伝いにゆく。
普及所が毎年やっている特産市で、その所轄の農家グループや生活改善グループがとれたての野菜や加工品を持ち寄って販売している。もちろん、僕が所属している若手農業者グループも、場所が割り当てられて『何かしろ』と言われているので、何かをすることに。

さてその何かだが。以前は、焼きトウモロコシを販売していた。若手農家グループなので、自分たちで作ったトウモロコシだ、と言いたいところだが、北海道産のやつを買ってきて焼いて売っていた。その後一時期、僕の提案で、グループメンバーである米農家の米を使って、焼きおにぎりを販売していたが、僕がインドネシアに留学中に、それは取りやめられていた。理由は、『面倒だから』。

昨年からは、バター作り体験になった。今年もそれだった。昔メンバーだったおっさんが牧場をしているということで、その人から牛乳を買ってきてやっている。ペットボトルに150mlほど牛乳を入れてひたすら振ってもらうだけのシンプルなもの。それなりに反響はあるのだが、やっているほうとしては、あまり面白みは無い。

若手農家グループといっても、花農家もいれば米農家、野菜農家と多種多様。農家の規模もぜんぜん違うし、そもそも住んでいる地域が違いすぎる。農と若手というキーワードで一括りにしているが、それらの接点はほとんどないのが現状だろう。ただ、どっちを向いても年寄りばかりのこの業界。接点はほとんど無いが、若い者だけで集まりたいという欲求は常にある。牛乳のペットボトルを振らせるだけの出店も、その欲求がみたされるのなら、それもありなのかも。
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11 02
2006

ブロッコリーの畑をぐるりと囲むように燕麦が植えられている。アブラナ科のブロッコリーとイネ科の燕麦とでは、それらにつく害虫が違うため、同じ畑に植えてやると、その畑の虫の種類が多様化する。

虫の害を受ける時と言うのは、虫の種類が少ないときが多く、ある特定の虫だけが発生するときに見られたりもするのだ。だから虫の害を抑えるためには、虫を殺すのではなく、その逆で虫を増やせば良い。つまり虫の種類を多様にしてさえやればよいということになる。そんな考えから、ブロッコリーの畑には燕麦を植えてある。

さてその燕麦。当たり前なのだが穂が出てきた。穂が出てくれば、ゆくゆくは麦が実り、その実が大地にこぼれることになる。燕麦が雑草として今後もこの畑で繁栄していくのは、管理上少々やっかいなので、穂を刈り取ることに。そこで草刈機を新しく買った。

なかなか使い勝手のよい草刈機で、重さも軽く、ついつい関係の無い堤防の草まで遊びで刈ってしまった。次はどこの草を刈ってやろうか。すでの当初の目的を忘れつつある。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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