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インドネシアからやってくる実習生は
一体どういうプロセスを経て
日本に来ているのだろうか。
皆さんはそういう疑問を持ったことはないだろうか?

僕は長年、そのプロセスを
制度という四角四面なものではなく
そこにかかわってきた人たちから
つかみ取ろうとしてきた。
ただ、なかなか現場の人たちの声は聞こえなかったが
8期生のイマンが
送り出し機関へ人材を派遣する日本語学校の
教師を務めるようになり
ようやくその一角について
現場での声を集めることが可能になった。
そこから見えてきたのは
人材派遣として現地送り出し機関の暴走だろう。

人材派遣を担うので
ある程度のマージンはついて回るし
正当な報酬ともいえるが
その金額が年々高くなりつつあることは
看過できない。
それは実習制度への参加に対する
不明瞭さも関係している。

実習生として日本にやってくる人材の
資格や資質は
実はかなり不明瞭で
それを細かく規定するものは
政府間で統一されたものはない。
日本語のレベルもあいまいで
技能の深度も特に触れていない。
そこに
訓練と称して高い料金の授業を
実習候補生に課している送り出し機関もある。
送り出し機関でもその金額はまちまちで
安くて良い授業を提供する送り出し機関が
人気となるような市場原理は
ブラックボックス化したサービス内容と
どうせ日本に行けば大金が手に入るという
実習生の思惑も加わり
健全に働かず
年々送り出し機関の授業料は
高くなっていっている。
さらには、送り出し機関を中心に
そこへ紹介する団体や
そこへ入るための日本語学校などがクラスターを形成して
何重にも実習候補者からお金をとる構造が
出来上がっている。
送り出し機関に”入学”するには
日本語の学習を6か月以上していることなどと
条件もあり、それがそのビジネスのすそ野を広げている。
これが日本に行くときにすでに
大きな借金を背負っている原因となっている。

ただ単に人材派遣のマージンを吊り上げているようにも
見えないこともないが
もしかしたら
送り出し機関の政府認可制の中の
どこかで申請や継続に係る点で
高額請求が政府やその付近からある可能性もあるが
話を聞いていても
日本語教師だけのイマンの情報は憶測の域を出ない。

さて、
その一方で話はがらりと変わるが、
タンジュンサリ農業高校は
もう7年ほど交流相手である福井農林高校を
訪問できないでいる。
訪問できていた時は
タンジュンサリ農業高校は農業省の管轄で
国内の農業教育の重点校として位置づけられており
潤沢な予算が特別につけられていた。
その予算で2年に1回
先生と生徒合わせて4名が日本に来ることができた。
しかし、インドネシアの教育制度が変わり
タンジュンサリ農業高校は
他の職業系高校と一緒に
州政府の教育省の管轄となった。
特別な予算はなく、
他の高校と同じ予算となり
福井農林高校を訪問することは不可能になっている。

そこで昨年の10月。
インドネシア出張時に
この送り出し機関をタンジュンサリ農業高校と
一緒に立ち上げて
このマージンで得たお金で
学生と先生を福井農林高校との交流訪問の
予算に当てられないかと提案をした。
自ら送り出し機関を作ってみれば
高止まりする中間マージンの理由も見えてくるだろうし。
やってみなければ見えてこない地平もある。
この提案は
タンジュンサリ農業高校側に受け入れられ
その後、タンジュンサリ農業高校で
そうした団体登録ができないかと動き出す。

現地法律では
送り出し機関は協会登録をした団体のみ
持つことが許されていることもあり
まず学校の先生と農園の実習修了生とで
協会を立ち上げた。
つぎに学校の施設を訓練に利用できないかを検討。
生涯学習の側面から
成人に対する農業教育も行っているタンジュンサリ校だが
それを送り出し機関の行う授業と絡めることは
制度上無理があった。
また送り出し機関は
特定の所在地を持つ必要があり、
賃貸では許可が下りにくく
しかも高校は高校としての住所を持っていて
2重に住所を取得できないことから
どこかに建物を建てて
そこを送り出し機関の住所とする必要があった。
このあたりから
僕の財布のみではややつらい状況になる。

コロナ禍に飲み込まれて
ここ数か月は動きが見えなかったが
先日、タンジュンサリ校の副校長とテレビ電話で会議をした。
住所となる建物は副校長のプライベートな持ち物を
使わせてもらえることになりそうなのだが
手続き費用が意外に高く
そのお金をどこから出すかで
今協議中である。
加えて農園の経営がコロナ禍で悪化する中、
来年度の実習生の受け入れも見通せず
受け入れられても来年は1名だけになってしまうことに
送り出し機関の経費が賄えるのかどうかも
みえてこない。
いろんな課題を抱えているが
それはそれだけ僕らが動いた証拠だろう。
やってみることで見えてくることも多い。

見えない中でも
次々と計画を立ててくるタンジュンサリ校側に
背中を押されるように
僕らもコロナ禍を理由に立ち止まることなく
前進していきたい。

送り出し機関立ち上げの
プロセスの記録として。









田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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