たまには研修生のネタでも。
今月の月間レポートの指導を今週、
集中して行った。

まずはダニ君。
彼はまだ、
なんだか地に足がついていない感じ。
将来のビジネスプランは
ありきたりな野菜栽培とお茶と
伝統品種のトウガラシ栽培。
で、今月の勉強は
キャベツの病害虫について。
月間レポートを書くための学習って
まさにこんな風だよね。

何でキャベツなのか?との問いに
「キャベツ作ったことあるから」だって。
答えになってない!
何かその野菜を栽培したいというモティベーションは
いったい何から生まれたのか、
それは誰にもわからない。
なんとなく思いついたといった答えだった。
こういうなんとなくこんな感じで書けば
月間レポートもやり過ごせるだろう的なものは
僕は断固許さない。
来月までに
その理由を理路整然と説明することを
指導した。
ただそのままだと
キャベツについてだけ延々と
てきとーに理由づけをするだろうから、
自分の畑で作付け可能な作物(市場から見てね)の
栽培費の計算をして
利益が一番高くなるような
もしくは回転で勝負するような
もしくは出荷量を稼げるような
そんな理由で答えるようにと指導。

1年目なんてこんなもんだ。
毎年の事だからか、ちょっと疲れるね。



このエントリーをデデのカテゴリで
書くのが妥当かどうか、
ちょっと迷うところではあるが
ま、今、デデともこういう話をしているので
それはそれで良いだろう。

有機農業と聞いて
皆さんはどんなことをイメージするだろうか?
環境に優しい?
自然的でよい?
健康的?
これを推進する法律もあるしね。
概ね、良いイメージなんだろうと思う。
正義は有機農業にあり!と声高な
青年にたまに出会うのも
無理はないか。

僕も若いころは斜に構えつつも
有機農業自体を
真正面から否定することは出来ず
それよりも
どこかで大いに賛美する自分が
いたことも事実だった。
工業的な農業の
エンカウンターとして
現代のエネルギー問題や
環境問題の解決策として
キューバの事例などを
まるで見てきたように語っていたこともある。
1期生のヘンドラには
土壌の持続的利用の視点から
有機農業の重要性をずいぶんと説いた気がする。
だから彼の3年生の卒業研究は
「有機肥料の有効性」だった。

ただ、その時から
僕らはある疑問にぶち当たっていた。
それは有機肥料が
どの社会的文脈でも
本当に有効なのかどうかということだった。
それはまだ
化学合成肥料や農薬が
環境を破壊するというその思想の本丸に
直接切り込む勇気がなく
というかそれだけの視点もなかったので
その周りにある事実として
可能なのかどうか
有効なのかどうか
を恐る恐る考えて調べて発言するにとどまっていた。
この「恐る恐る」の心情を
生み出しているのは
有機農業の持つ破壊力と言っても良いだろう。
なんせ、有機農業には正義が
あるって叫ぶ人たちもいるんだから。

ヘンドラと有機肥料の
有効性について調べていた時には
気が付かなかったのだが
来る子がみんな有機農業をしたいと言うので
(デデもその一人だった)
いろいろとシュミレーションしてみた結果
今は、僕たちはそれほどそれを
重要視していない。
来る子たちが皆有機農業と口をそろえるのも
その農法に対する情報を
自分たちなりに解釈して
ある意味神話化しているところから来ている。
だから実際に
みんなでそれが可能かどうかを
絵にかいてみると、つまり事実に即して
シュミレーションしてみると
あまりそぐわない結果になることが多かった。

たとえば
有機肥料はどうしてもボリュームが
化学合成肥料よりも多い。
堆肥の指南本には、
反当り数トンは入れましょうって書いてあったりもする。
それだけの有機物を集めるのも
車両の無い農家がほとんどだと難しいし、
しかもそれを運ぶ農道もない。
畑には畦道を行かねばらなず
農業資材だけでなく
農産物を畑から運び出すのも
一苦労するのだ。
よしんば、なんとか有機肥料を運んで
それを畑に投入したとしても
今度はそれだけの苦労の対価を
市場が評価しないということだ。
多くの農家は収穫後の調整作業をしない。
この作業がないので、農産物の価格に
グレードもなければ、インセンティブもない。
なぜなら、収穫物はそのまま
ブローカーに販売してしまうからだ。
収穫すらせず、青田買いよろしく
ブローカーに販売することも珍しくない。
ブローカーが連れてきた収穫人が
その収穫物を収穫して持って行く。
それが事実だ。
なぜなら農家には車が無い。
人手を雇って大通りまで収穫物を
運んだとしても、
結局車で買い付けに来るブローカーに
販売するんだから
初めから青田ごと売ってしまう方が
合理的な選択となる場合もある。
で、
そのブローカーは
他の人の収穫物と一緒に運搬し
自分の作業場で調整し
それぞれの品質に農産物を分け
市場や加工場などに
損が出ないように売り切って利ざやを稼ぐってわけ。
このシステムのどこにも
有機農産物を評価する市場はない。

もちろん、インドネシアの農業雑誌などでも
有機農業特集はけっこうやっている。
それが欲しいという声も
あるのも事実だ。
だが、分散しているその声の主に
農産物を届ける手立てが少なすぎる。
日本のような宅配便はなく、
自らで運び、販路を開拓するしかない。
ま、これは今、3年生のイマンが
公務員対象に個別産直の計画を立てているので
それが上手くいけば、
ビジネスチャンスとなるけどね。
ただそれにもいろいろと問題はあるのだが
それはイマンのカテゴリーで説明することにして
ここでは割愛しよう。

ある農法もしくはある品目の栽培を
進めようという場合、
その利点を強く説明する場合が多い。
だが、そこには実際の農家である彼ら彼女らの
リアリティが含まれていない場合が多々ある。
緑の革命だろうが
SRIだろうが
有機農業だろうが
それらはその文脈で行われている限り
やはり破壊力を持って
農家に襲い掛かっている事には
違いない。
それに無批判でいられてしまうのも
ある農法を信じてやまないその人の
エゴなのである。

といっても気がつかない人も
いるかもしれない。
有機農業は
環境保全だという人もいるだろうか。
自然に手を加え
なんとか飼いならしながら
自分たちに都合の良い物だけを提供してくれるように
することが僕らの理想の環境だ。
不都合な真実でもあったが
僕らの日々の暮らしのスタイルこそが
環境を大きく損ねている。
松永和紀氏の指摘にもあるように
直売所へ小農が出荷するスタイルと
海外から輸入して販売するのとでは
CO2排出量は直売所の方が多くなるのだ。
大きな産業の工場や大規模農業だけが
環境を壊すのではない。
僕らの人口圧が、
一人一人の行動が積み重なって壊れていく。
すべての農業が有機農業に代われば、
などという青い夢はもう見ない。
それよりも低投入の効率性の高い農業の方が
環境負荷は少ないだろう。
それを科学的に判断しようとすると
その対抗として
切り取り方の問題だという風に
瑣末な議論に入り込むのは
生産的じゃない。
この議論こそが
すでに農家たちの
そこに暮らす人々のリアリティから
離れてしまっていることに
気が付くべきだ。

そう、破壊力はなぜ生まれるのか。
それは、自分の信じるものだけを見て
それを推し進めようとする場の
人々のリアリティを
低俗・野蛮・未開という
無意識に見下している偏見という視点から
生まれてくるのである。

デデは
2年に入り、有機農業の勉強をしたいと言い出した。
化学肥料は土壌を破壊するというのだ。
その事例はいったい彼のどこにあるのだろう。
そこで時間を少しかけて、
実際に破壊された土壌を現地の友人に探してもらった。
現地では化学肥料しか使っていないので
すぐに見つかるはずだった。
30年も化学肥料しか使っていない農地が
ここそこにあったからだ。
しかし
実際に探してみると、
化学肥料に破壊された畑はどこにもなかった。
やや肥沃度に欠ける畑もあったが
それはどちらかといえば、というか
それが答えだと思うけど
斜面の畑を耕起しすぎて
表土が流れてしまった畑だった。
4か月ほどかけて
彼は地元の農家や友人に依頼して
化学肥料で壊された農地を探したが
見つけられなかったのだ。
たぶん、この世界のどこかでは
化学肥料の不適切な使用により
塩類集積してしまった畑もあるんだろう。
だが、それほど投入する財力もなく
また大量投入するほどの機械力もない
少なくともインドネシアのデデの村では
化学肥料による不毛の大地は
妄想でしかなかった。
それを知った上で
デデは今、肥料について勉強を始めた。
化学肥料の投入と収量の関係で
最善となる投入量と
それを支える土壌の腐植との関係も
理性的に学ぶことが可能になり始めている。
事実を確認し
その事実から出発し
偏見から解放され
自分たちに必要な情報を
自分たちで集め始める。
そこから生まれてくる
自分たちの手の中にある農法。
それが彼ら彼女ら、そして僕にもだが
必要な農業のカタチだと
今は強く思っている。




前回の月間レポートで
コピペを怒られたダニ。
今回の提出した月間レポートといえば、
そりゃ、もう、あんた、
フォントも行間もばらばらで、
さらにはリンク表示の青線や赤線付きの
月間レポートを出してきたのでアリマス。
ここまでやってくれれば
もはや彼は天才か阿呆かのどちらかだろう。
それか怖いもの知らずなのか
それとも僕がなめられているってことなのか。

コピペして
それをただ読み上げるという報告。
彼はここの作業に何を見出そうとしているのだろうか?
それに何の意味があるのだろうか?
僕らみんなの時間を使って
その彼が作ったコピペの資料で
何を議論しようっていうのだろうか?
自分の言葉で書けよ!
情報を自分に引き寄せて、
自分のリアリティを記せよ!
どこかにありそうな
なんとかく議論できそうな
なんとなくレポートっぽくね感満載の
そんなものを僕らは
議論したくない!
僕は、君のリアリティが知りたい。
君が見ている世界を
肩越しでのぞきたい。
そこから夢想する
君の未来を
君と一緒に追いかけてみたい。
だから、コピペはすんな!

インドネシア研修生で
今年が最終年のイマンくん。
帰国後のビジネスをより具体化するために
必要な資材や機材の見積もりを
本国の業者から
ここ最近取り寄せている。
それを月間レポートにまとめて
発表してくれた。

彼は帰国後
地域の富裕層に野菜の直販を
しようと計画している。
主には県や郡、村などの行政事務所や
病院、学校と言った場所を巡り
公務員相手に野菜の注文と販売を
行っていきたいと考えているようだ。
そこで必要となってくるのが
次の3つの機材。
「トラック」「予冷庫」「トラクター」。
農業の近代化の三種の神器ってか。

トラックは、
行政事務所や学校まで野菜を売るための足。
予冷庫は、
これが無ければ公務員の仕事後の
買い物時間までに収穫と調整を朝一から
やって間に合わせないといけない。
予冷庫があれば、前日収穫したものを
翌日は販売に専念できたりもする。
トラクターは
耕作効率を上げるためには必須。
乗用ではなくハンドトラクターを考えている。
というのも
田畑に向かう農道がほとんどなく
田越しにトラクターを移動させなければならない。
そんなこともあってか
乗用のトラクターは
インドネシアの特に研修生たちの故郷である
スマランなどの中山間地では
ほとんど見かけない。
というかハンドトラクターも見かけないけど。

問題は、
これらがすべてを初めから
そろえられないということ。
トラックは100万くらいするし
冷蔵庫も100万。
トラクターは20万程度。
で、研修生たちが貯められるお金は
大体150万程度。
他に農地購入にもお金を使うので、
思ったよりもお金はたまらないのが
現状。
なので、ビジネスを進めながら順次
これら機材を買うというのだが、
その順番はどうするのか。

2年生のデデは、
トラクターだという。
生産を安定させないと販売は難しいと
考えているようだ。
うーん、まだまだ勉強が足りないね。
僕だったらトラックだな。
足が無ければ販売は出来ない。
直販は機動力が成功の鍵。
そしてトラクターは生産効率は上がっても
それで単価は保証しないし
農業以外には使えない機材。
でもトラックはならば輸送業もできるし
便利屋的な仕事も請け負える。
直販の帰りに
魚や肉や日用品を買い込んで
地元の村々で販売することも可能だしね。
儲けを一番出すのはトラックでしょう。
で、次が予冷庫。
これが手に入れば、完全に他の農家との
差を決定的にできる。
魚や肉も鮮度が持つので
地元商店としてもずいぶんと有利になるしね。
成功したビジネスの上がりで
トラクターはそのうち買えばいい。
人件費が相対的に安いので
耕起の人手に困ることはないから
今はあわてなくても良いかな。
ただ、安定供給は必須なので
どこかで生産体制は見直さないといけないだろうけど
それはもう少し先だ。
生産から考えがちの農家は
この辺りを良く間違える。
だから、スタートが切れなかったりもするんだけど
イマン君はどうだろうか?



今年も3年生は苦戦中だ。
研修生は3年目に
卒業研究を行うのだが、
それは帰国後のビジネスと
直結するような研究であること、
ロジカルに物事を捉えること、
などが最低条件となっている。

研究方法論をそれほどしっかりと
教えているわけでもないので
プロポーザルを作る作業をしつつ
科学的に思考することを
一緒に身につけてもらう作業となるので
研修生にはかなりストレスの多い作業となる。

さて、今年はイマンがその作業を進めている。
例年であれば3月にはプロポーザルができあがっているが
今年はこの時期までずれこんでしまっている。
昨年のレンディもそうだったかな。
野菜の直販をしている農家に
インタビューをして
その内容をまとめたいというのが
彼の研究の骨子。

彼の地域は米とタバコ加工で
生計を立てているが
米価格が低値安定していて
農地拡大をしなければ収入増は得られない。
だのに、経済成長著しいインドネシアでは
農地価格がインフレを起こしていて
農地拡大は難しい。
農外転用の期待が高いからだ。
土地利用型よりも労働集約型の
野菜栽培で付加価値をつけたいというのが
イマンの考え。
ここまでは良かった。
だからそのままOKを出してしまおうかと思っていた。
最後の仕上げに
インドネシアの卒業生たちと
Web会議をしてその意見を聞いたら
OKを出そうと思っていた。
こんなもんかな、とどこかで考えていたのだろう。

Web会議で研修卒業生たちは
かなり厳しかった。
イマンの直売をしたいという発想からの
研究テーマの設定自体を否定するような
意見が多く寄せられた。
また研究背景にイマンの地域の野菜栽培の
問題点がリンクしていないという厳しい意見から
そもそも
その問題(土地利用型農業)が
野菜の直売でしか解決できないのか?という
意見まであった。
僕は卒業生たちの卒業研究時に
かつては
彼らが涙目になるくらい
厳しく指導したこともあった。
その度に
彼らから恨まれることも多かった。
しっかりした現状把握から
グランデッドに生み出された問題提起と
その解決に向けての行動、
それが卒業研究を通じて
彼らに教えておくべき
地域リーダーのスタイルだと思っていた。
その厳しさが
僕は年を重ねるごとに
擦り減ってしまっていた。
何の得にもならないのに
彼らから恨まれるような指導をして
何がおもしろいんだろう。
なんて考えも最近は頭をもたげ
そうして指導の手も緩んでいた。
人に嫌われるのは
想った以上にエネルギーを奪われることなので
それが怖くなったんだと今は思う。

だが、
そんな卒業研究の指導を
していても
彼らのためにはやはりならない。
卒業生たちが
かつての僕の指導を
Web会議を通じてイマンに投げつけてきたのだ。
それでいい。
そういう視点を卒業生たちが持っている事、
そういう考えで卒業生たちが今を開拓している事、
その事実が
僕の恐怖感を取り除いてくれた。

ちょっと時間がかかるだろうけど
イマン君、覚悟したまえ。
君のポテンシャルは高いので
それに合わせて、
僕は指導の厳しさを
トップギアに入れて
君をしごこうと思う。
とりあえず、
君の出したプロポーサルは
最初から作り直しだな。


そういえば、
10期生の研修生が
もうここにいる。
2008年から始めたこの事業も
これでようやく10期生が来たというわけだ。
10期生というのは何とも感慨深いが
またそれは別にエントリーに残そうか。

さてそのダニ。
先日1回目の月間レポートを提出してきた。
記念すべき1回目。
その内容は、
さんざんなものだった。
というか初めなので、いつもそう。
ただいつも以上にひどかったかな。

月間レポートでは
毎月の自己学習の目標と
その学習で得た知識を
自分の将来の営農の夢に近づけて
発表してもらっているのだけど
ダニは来たばっかりなので
そもそも夢もかけらもない。
本当はそれではだめなんだけどね。
それを少しでも回避するために
研修に応募するときに
プロポーサルを提出してもらっているんだけど
ま、インドネシアのプロポーサルなんて
情熱で感動しそうなくらいの感情は
これっぽっちもないので
ブループリントのように
判で押したようなプロポーザルが
毎回提出されるのが現状。
もしかしたらだけど、
タンジュンサリ農業高校でプロポーザルの
指導をしていてそれがいつも一緒って
ことなのかもしれないけど、
日本に居ては良くわからん。
ま、協力隊ですーちゃんが
向こうに行ったらそのプロセスも
教えてもらおうっと。

さて、
出稼ぎ+αのつもりでやってくる彼らの
将来の夢は、始めはとてもチープ。
ダニも何か野菜を作りたいってくらいしかない。
ま、それはそれでいいんだ。
だから研修をする意味があるんだから。
そんな夢しかないから
レポートもお粗末。
トウガラシの形態学的情報を
Web上からコピペして
それを張り付けて提出するってありさま。
もしこれを読んでいる学生諸君がいたら
忠告するけど
先生って結構コピペわかるよってこと。
フォントや行間をいつもの書式に合わせても
文体が違うからすぐわかるんだよ。
ただダニの場合は
フォントも行間もコピペ原本のままだったので
本当にお粗末なレポートだった。
それを延々と読むもんだから
途中でプレゼンを中止させた。
形態学が悪いわけじゃないけど
それを知って、
自分の営農にどう近づけて話をするかが大事。
種の数や葉の形態なんて
知っていようが知らないでいようが
野菜の値段はかわらんでしょ。

ダニ君、
僕らはなんか野菜を作りたいと言うだけの
夢に付き合う時間はないんだよ。
ここにいる連中の最低条件は、
地域リーダーとして
自分のビジネスがその社会の解決策に
つながるような活動をすることなんだ。

さ、これから3年
ビシバシ鍛えるから覚悟しろよ!



レンディが帰国した。
来た当初、彼の営農規模に驚き、
その地域のポテンシャルの大きさにも
驚いた。
ジャワにもまだこんな地域があったのかって。

バンドゥンの南のパガレガン地区は
ジャワの水田文化によって
作られた村ではなかった。
調べていないからわからないが
おそらくオランダ植民地時代のエステート事業で
入植した場所なんだろう。
だから、この地区の彼らは米食ではあるが
水田を持たず、
エステートで得た所得で米を買う。
本当の意味でのプロレタリアートで
農民という言葉よりも
農業労働者もしくは農業経営者という方が
しっくりくるのかもしれない。
この生態的違いは、その思考も志向も
大きく変える。

レンディは3年間鍛えられるだけ鍛えたが
やはりバカだと思う。
でもたぶん彼は農業所得という意味では
成功するだろう。
個人的な資質ではなく
この地域の農業の生態と
それを相互補完し合う彼ら彼女らの
文化と思考がそれを可能にするだろう。

卒業研究での機械化への挑戦は
ジャガイモの土寄せだけという限定的な
視点で行われたが
それがすべての耕起に
トラクターを利用した場合
彼らの生産性は格段に向上するだろう。
その向上した成果は
より効率的な農業の志向に寄与するだろう。
1つの小さな成功と見えるものが
彼ら彼女らの運命を決定していくだろう。
その生態を下地にしながら。

ただ同時にその変化や変容にも
恐れる自分がいることに気が付いているのだろう。
科目の最終試験で
彼は機械化が進むことや新し技術によって
効率性は上がるが
それによって『本当の文化』が壊されると
プレゼンしてくれた。
なにをいまさらそこで立ち止まる?
本当の文化なんてものは
どこにもないのに。
変化への恐れは
僕にもある。
今やっていることは
僕の想像の範疇にあったこともあれば
全くなかった部分もある。
だから、時に立ち止まって後ろを向くと
とてつもない恐怖心に襲われる時もある。
でもそれが何を生むんだ?
ノスタルジックな感情は
他者と共有することで
その関係性を深めるかもしれないが、
変化と変容にブレーキをかけるような
ノスタルジーは百害あって一利なし。
本当の文化なんてものは
どこにもなく、
僕らはグローバルとローカルなさまざまな要因の変容に
つねにレスポンスを求められているんだ。
そのレスポンスを文化と呼べば
そうなんだろうと思う。

レンディさん。
君は良い意味でバカだと思う。
だからあまり考えず
目の前の小さな成功の続きを
追いかけなさい。
その先に何年も何十年も経ったら
君が今思うような、もしくは思ってもみなかった
答えのようなものが
たぶん後付けで
生まれているんだろうと思う。
それはポジティブなのかネガティブなのかは
僕には解らないけどね。
ただ、これだけは守れ。
立ち止まるな。
変化せよ。
つねに時代にレスポンスをせよ。
では、成功を祈る。


農園のインドネシア実習生たちの
将来の夢に少し変化が生まれ始めたので
記録しようかな。

まずはイマン。
今年が3年生になる年。
これまでの紆余曲折は
また記録するとして、
今回は彼の計画に面白い変化があった。

彼との帰国後のビジネスプラン作りは
雇用を考える農業から始まり、
野菜栽培を中心の置く農業のカタチ、
そして販路として上中間層にターゲットを置いた
公務員の事務所での移動販売と
いろいろと議論を重ねてきた。

彼とはちょっとしたことでの関係悪化から
こちらのアドバイスに耳を貸さない時期も
けっこう長かったのだが、
最近、それも氷解し
勉学も意欲もいよいよ進む時期に入ってきた。

さて、今回の大きな変化は
彼が「米作をやめる」と言い出したことだ。
彼が1年の時に
僕は「米作をやめれば」とアドバイスをしたことがあった。
エントリー:それじゃ、搾取だぜ、イマンよ

その時は冗談だと思われて
流されてしまったが
それが1年くらいかかって
ようやく彼の中に浸透したように思う。
彼の計画では
上中間層への販売として公務員事務所への
野菜の移動販売を考えており
通年で安定した供給を目指すために
地域で野菜作りのグループ化を進める。
その核として仲間を引っ張っていくためにも
自分は米作を捨て、野菜専一の農家になるのだという。
この計画に当然
3年のレンディや1年のデデは噛みついた。
米作を捨てるのはリスクが大きいのじゃないかって。
野菜作りのメンバーは米作をしながらの野菜作りで
かまわないが
自分は野菜だけにして特化することで
儲けを大きくさせたいと答えてくれた。

米作をやめるというのは
米食のスンダ人農家にとっては
かなり勇気のいることで
その生態的また文化的に
また農業経営思想的に米作は重要かつ
中心的な存在だ。
それを全部やめてしまおうっていうのだから
この変化は大きい。
ギアツのいう「文化コア」をその生産様式をもってして
大きく変容させようというのだからね。
たぶん、彼がこの場に来なければ
きっとこんな視点は持ちえなかっただろう。
またそれをして食糧自給の観点よりも
資本の蓄積と再投資のより
資本主義的な視点を得るだけの
時代にインドネシアがあるということでもあるのだろう。

他産業が伸びていく中で
近隣の都市を市場として
上中間層の健康志向や
多様になる食文化の変化を受けて
彼らの農業は
自給的なリスク回避の農業から
より冒険的な換金作物中心の
農業へと変化していこうとしている。

これらのどちらがいいのかは
その技術をその時代の文脈から切り離して語ることは出来ず、
それは社会や文化と切り離して
純粋に技術進歩をもってして
その社会の問題を解決できると思っていることと同じくらい
近視眼的な思考と言えるだろう。
ただ時代の変化に合わせて
自らを変化させていけることができることが
この場合は重要なのである。

僕が彼らの教育の目標としている
「考える農民」とは
まさに今回のイマンのような
その姿勢をいうのだ。

イマンよ、米作なんて捨てちまおうぜ!


JICA基金から助成をいただき、
インドネシアとの活動により一段と弾みがついた。
そんな様子を毎日新聞に取り上げていただいた。

インドネシアの農業支援 福井の農家、指導者育成 JICA基金を活用 /福井

こんなことが
いつかできたらいいな。
そんな風に思っていたことが
目の前に現れてくると、
なんだか気恥ずかしいというか
緊張するというか。

テレビ電話で講義をしたり
ディスカッションをすること自体は
ま、それほど重要ではなく
それはただのツールでしかないので。
大事なのは
こういう発想を展開できる『場』が
作れたということ。
実習卒業生たちがただ漠然と集まるのではなく、
何かを生み出そうという気持ちを持って集まる場所。
そんな場所を創り上げることが
地域開発の一番の鍵だと
僕は留学中から考えてきたが
それを実践に移すとなると
なかなかタフで根気のいる作業だった。
ここまでに仕込みに10年かかったが
場ができあがってしまえば
一気に物事は動き出す。
と、僕の学問は言う。
本当か?とまだ僕自身は疑い深いけど
それはこれからのお楽しみ。

「これから先の夢を教えてください?」

ここを訪れる学生や記者や消費者や友人は
いつもそんな風に聞かれるが、
とても答えにくい。
僕は場を作るだけなので
あとはその場が夢見る夢を
一緒に僕もみたい。
それだけだ。




気がつけば師走。
なのに、ブログは全く更新されず。
こんなこと今まであったかいな。

さて気を取り直して、記録しようか。
12月はビッグイベントがあった。
インドネシア在大阪領事館の
総領事御一行様が中旬ごろ
農園を訪問してくれたのだ。
国際交流協会のインドネシアセミナーに先立って
来福した御一行様の
見学先として農園が選ばれたためだった。
もともと技能実習生の現場を見たいというのが
あちらの意図であり
その優良事例として紹介されていたようだ。
で、翌日のインドネシアセミナーでも
総領事のインドネシア投資の話と
インドネシア進出をしている企業の社長の間に挟まって
僕も技能実習制度について話をしてきたってわけだ。
ま、なんとも場違いな感ではあったけど。

なぜ場違いだったかというと、
総領事は投資を呼び込むためのプレゼンで、
また進出している企業は、
インドネシア進出の難しさをある意味国民性に
置き換えて面白おかしく話していたからだ。
たぶん僕の役回りとしては
「技能実習生を活用して中小の地場産業を盛り上げています」と
いった感じだったのだろう。
そうすれば、
全体としては違和感はなかったのかな、とも思う。

ただ、僕の主張は
それとは違っていた。
技能実習生を受け入れる時に
実習生の帰国後の事まで視野に入れて、
いやそれどころか
インドネシアのその受け入れ地域のソリューションに
なるような実習にしていますか?
というのが
僕の主張だった。

企業の社会貢献はもはや当たり前。
このいびつな資本主義の少しましな未来形として
ソーシャルビジネスが喧伝され
お金の使い方も自分の欲求を満たすだけためではなく、
何かこの社会(想像の共同体)に対して支援するといった
意味合いで使われることも多くなった。
クラウドファンディングやふるさと納税&ふるさと投資なんかも
そんなシステムの仲間なんだろう。
そして時代のもう一つのベクトルが
グローバリゼーション。
負のイメージも多いが
この現象が僕らを地球市民に昇華させる時が来るかもしれない。
もちろん、それぞれのエリアの共同体を引きずりながらだけど。
で、僕らの問題である人口減少。
もっと真剣に取り組んだ方が良いと思うのだけど
どこか牧歌的に
移民も議論せず、EPAなどで介護士と看護師に
一部を開放しつつ、その先にあったのは日本人化して
僕らと一緒に少子化の問題にぶち当たる姿だったのに
政府の対応は、もはや絶望的に鈍く、
技能実習制度の延長や
その焼き増し的な外国人労働特区に終始する有様。
その特区も年数が制限されていて意味がないのは余談。

こういう文脈だからこそ
僕らは、グローバルに受け入れている
その社会にも想像された共同体を一緒に作り上げる日が
くるんじゃないかって僕は呑気に思っている。
そしてそのための行動として
受け入れている実習生の地域の問題解決も
僕らの取り組みやビジネスが真っ当な姿であればこそ
なにか与えられるインパクト、
もしくはそれを創り上げられるようマネジメント
出来るのではないかと、これまた呑気に思っている。
だから、「数年でどうせ帰るどこか知らない地域の人たち」の
カッコ付きの言葉にしてしまって、
受け入れる実習生を使い捨ての人材にしてはいけない。
このグローバルな世界に僕らはお互いに共同体を築き上げられる
主体なのだよ!というのが僕の主張だ。

はっきり言って僕らの凸凹の世の中は
技能実習生も投資も進出も
どれも南北問題に乗っかっている。
ピケティよろしく
投資側の金持ちが特権階級化し
その維持にこれらのシステムが利用されている。
援助ってなんだったっけ?と
自分の学問と信念と経験からそれらを思い出すのに
少し時間がかかるくらい
最近は、資本の増大がそれほど正当化されてしまっていて、
僕らが勉強したような学問の影響力は薄くなってしまっている。
ような気がする。
さらに、この南北問題は
当然、国家間だけではなく国内での格差も
目に余るようになってきている。
日本国内もそうだし、
それ以上にインドネシアではひどいものになっている。

今回の訪問とセミナーで
僕の主張を伝える時間と場を得たことは
素晴らしい成果だったと思う。
プレゼンは、自分ではやや不発だった。
その言い訳をするとすれば
同時通訳の方が僕のプレゼンを総領事の耳元で
訳していたのだが、
その訳が僕の耳まで届き、
あああ、この単語はそんな風に訳すのね、と
インドネシア語のテクニックが気になってしまったのが
敗因だと思っている。
乗りに乗ってくると、思ってもいないような
そんなプレゼンになるのだが
今回は乗れなかった。とほほ。
さて、そのプレゼンの出来がどうだろうが
多分、今回はこれまで書いてきた文脈の中で
やはりメッセージが伝わらなかったのではないかと思っている。
総領事たちインドネシアのエリートにとって
地方の農民たちのソリューションがどうなっていようが
たぶんそれほど関心があるとは思えないし
実際に農園やセミナー、そしてその後の懇親会で
僕の話した内容に刺さった言葉があれば
あんな社交辞令的に終わるわけはないだろう。

進出をした方の話は
やはりそれは経済格差の中での儲け話なので
僕の話とは水と油。
インドネシアへの投資や進出を促すセミナーに
僕が登壇すること自体、
やっぱり無理があったのだろうな。
そんな場でも、空気を読まず、
カラオケのマイク独占のごと
しゃべくりまくったのもダメだったんだろう。
でも、
とりあえず、僕の主張は伝えた。
福井の田舎で
このアジェンダはどこまで響くのだろうか。
と、やたらと疲れた二日間だった。

でも、またこういう機会があれば
またこの主張を展開したいね。

そういえば今年は中央会や
農協の役員と語る会でも
同じ話をしたような気がする。
あんまり刺さらないな。なんでかな。



夏に受け入れた大学生から
質問票が来た。
技能実習制度に関心のある大学生で、
毎年こういう学生を受け入れている。
外国人っていろんな意味で
もうはずせないキーワードなんだねぇ。

さてさて、
この質問にインドネシアの子たちの
答えが面白かった。
とうぜん僕が訳すことが前提になっていることを
知っているので、ある程度というか
かなりのバイアスがかかっているのは
解っている。
もっと言いたいことあったと思うし。
農園のスタッフからちらほらと聞く
僕への文句は、
かなりおだやかじゃないのも知っている。
ま、人間が真剣勝負でぶつかり合うんだから
当たり前だと思うけどね。
あっそれは法令違反ってわけじゃないよ。
それは論外。
僕のエキセントリックな性格が
彼らとぶつかるだけの話。

以下彼らへの質問と答え

質問票 レンディ 実習3年生

1.農園たやの労働環境や待遇は良いと感じますか。理由もあわせて教えてください。
Untuk kondisi dan situasi tempat tinggal sangat baik dibandingkan dengan tempat yang lain, alasanya karena tingkat kebersihan yang bisa selalu dijaga kemudian lingkungan yang sangat jauh dari keramaian sehingga selalu merasa aman dalam beraktivitas. Selain itu juga yang paling penting adalah bisa makan sayuran jepang setiap hari.
他の実習生に比べて住居環境はとても良いです。理由はいつもきれいに保たれていることと、にぎやかな場所から遠く離れている環境のため安全です。それ以外にも、一番大切なのは、ここだと毎日野菜が食べられるということです。

2.なぜ日本で農業を学ぼうと考えたのですか。
Karena ingin mengetahui dasar-dasar pertanian jepang yang ber image kan sebagai pertanian maju. Dan jika mendapatkan banyak ilmunya bisa bermanfaat untuk pertanian sendiri dan pertanian Indonesia.
なぜなら先進的なイメージのある日本の農業の基礎を勉強したかったからです。
インドネシアの農業と自分の農業にとって有益な勉強が出来ると思ったからです。

3.三年間の実習で様々なことを学ぶと思いますが、どういったことが今後、自分たちの役に立つと思いますか。
Manfaatnya yang didapat adalah :
 Bisa mendapatkan banyak ilmu pertanian
 Bisa mengetahui system pemasaran sayuran di jepang
 Bisa mengetahui cara budidaya tanaman sayuran jepang
有益だと思うことは;
□ 農業の知識をたくさん得られました。
□ 日本の野菜の市場システムを知ることができました。
□ 日本の野菜の栽培法を知ることができました。

4.あなたが現在考えている「帰国後のプラン」を教えてください。
Untuk planning bisnis yang akan dilakukan adalah :
 Usaha budidaya tanaman Teh
 Usaha budidaya tanaman Kentang, Kubis, Tomat, Dan Cabai Gendot
実行予定のビジネスプランは:
□ お茶栽培
□ 伝統品種のトウガラシ、トマト、キャベツ、ジャガイモの栽培

5.日本の「技能実習制度」はまだまだ改善すべき点も多くあります。実習生として、もっとこうなったらいいのに!というような要望はありますか。
Untuk perbaikannya kalau menurut saya sampai sejauh ini tidak ada yang perlu di perbaiki karena masih bisa dilakukan dengan baik dan tanpa ada masalah
改善点は特にないように思います。問題もないし、十分良く実行されていると思います。

6.実習期間が終了した後も日本で働きたい、生活したいと思うことはありますか。理由もあわせて教えてください。
Tidak, karena akan terfokus untuk membangun perkembangan wilayah sendiri, dan bisnis yang akan di tekuni.
いいえ。なぜなら自分の地域の発展のために、予定しているビジネスに集中したいからです。


質問票 イマン 実習2年生

1.農園たやの労働環境や待遇は良いと感じますか。理由もあわせて教えてください。
Setelah bekerja selama 2 tahun saya merasa cukup dengan fasilitas yang disediakan oleh Bapak Taya Toru. Jika dibandingkan dengan perusahaan lain saya merasa beruntung karena apa yang dibutuhkan ada. Untuk masalah gaji saya harap sedikit ditingkatkan lagi karena biaya hidup di Jepang sangat mahal.
ここで仕事をして2年になりますが、田谷さんが揃えてくれた住居環境に満足しています。他の会社の実習生と比べても、自分はとても運が良かったと思います。なぜなら、必要なものはすべてそろっているからです。もし問題点を挙げるとしたら、もう少し賃金が高くなるといいなと思っています。なぜなら、日本は物価が高いからです。

2.なぜ日本で農業を学ぼうと考えたのですか。
Karena pertanian Jepang lebih modern yang kemungkinan ada beberapa ilmu yang bisa diterapkan di Indonesia.
なぜなら先進的な日本の農業の知識のいくつかはインドネシアでも実践できると思ったからです。

3.三年間の実習で様々なことを学ぶと思いますが、どういったことが今後、自分たちの役に立つと思いますか。
Banyak sekali yang bermanfaat untuk saya misalnya
a) Belajar tentang budidaya dan pemasaran
b) Belajar berfikir untuk menciptakan inovasi baru
c) Mengetahui budaya Jepang dan bisa berkunjung ke tempat-tempat menyenangkan di Jepang
d) Bisa menabung
とてもたくさんのことが有益だと思います。たとえば:
a) 栽培やマーケティングのことが学べます。
b) 新しイノベーションを生み出す考え方を勉強できます。
c) 日本の文化を知ったり、観光地に行くことができます。
d) お金を貯めることができます。

4.あなたが現在考えている「帰国後のプラン」を教えてください。
Bisnis yang akan saya jalankan setelah pulang ke Indonesia yaitu
- Membuat kelompok tani
- Menanam sayuran secara kontinyu (Sosin, kangkung dan bawang daun)
- Membuat toko sayuran
帰国後のビジネスは:
- 農家グループを作ります。
- ネギ、空芯菜、ソシン(小松菜のような野菜)などを継続的に栽培します。
- 野菜のお店を開きます。

5.日本の「技能実習制度」はまだまだ改善すべき点も多くあります。実習生として、もっとこうなったらいいのに!というような要望はありますか。
Untuk sistem diperusahaan lain supaya bisa meniru sistem yang ada di Nouen Taya. Diharapkan orang yang magang di Jepang bukan hanya bekerja saja tetapi ada kuliah sesuai pekerjaan yang dilakukannya. Harus dihilangkan kekerasan yang biasa dilakukan oleh orang Jepang terhadap orang Indonesia
農園たやの実習システムを他の会社でもまねをしたらいいと思います。インドネシアからくる実習生はただ仕事がしたくて来るわけではなく、業種にあった学習も必要だと思っています。日本人からインドネシア実習生への暴力も無くすべきです。

6.実習期間が終了した後も日本で働きたい、生活したいと思うことはありますか。理由もあわせて教えてください。
Tidak mau. Kecuali untuk jalan-jalan saja.
望みません。旅行ならしたいです。


質問票 デデ 実習1年生

1.農園たやの労働環境や待遇は良いと感じますか。理由もあわせて教えてください。
Dengan system kerja dan gaji yang ada sekarang saya merasa baik bekerja di lingkungan Nouen Taya walau harus banyak menyesuaikan diri karena adat dan lingkungan yang berbeda dengan di Indonesia.
労働環境と報酬に私は大変満足しています。たとえインドネシアの環境や習慣とかけ離れていて、そのために自分自身をここの環境に合わせていく必要があってもです。

2.なぜ日本で農業を学ぼうと考えたのですか。
Kenapa saya ingin belajar pertanian karena saya merasa ilmu dan pengalaman bertani saya masih kurang. jepang adalah Negara yang tepat untuk menjadi tempat belajar pertanian dengan teknologi yang sudah maju.
私自身の農業に対する経験がまだまだ足りないと思ったからです。
日本は先進的な技術や農業の勉強をするにふさわしいと思ったからです。

3.三年間の実習で様々なことを学ぶと思いますが、どういったことが今後、自分たちの役に立つと思いますか。
Manfaat yang didapat selama magang:
a. Bisa memperoleh ilmu dan pengalaman baru dalam bertani
b. Dapat mengetahui system pemasaran pertanian di jepang
c. Bisa mempersiapkan diri untuk menjalankan usaha di Indonesia nati setelah pulang.
実習で有益なことは:
a. 農業に関しての経験と知識を得ることができることです。
b. 日本のマーケティングのシステムを知ることができるからです。
c. 帰国後のインドネシアでの事業を行う準備が出来ることです。

4.あなたが現在考えている「帰国後のプラン」を教えてください。
Busines Plan: Mendirikan perusahaan DEYUS NO YASAI
Untuk usaha ini sendiri nantinya akan bergerak dibidang sayuran seperti cabai, kentang, kubis dan lain lain. Kemudian saya juga berencana untuk berusaha di tanaman teh. Yang nantinya kan mencabang ke pemasaran dan pembukaan pembibitan supaya dapat memberikan solusi kepada petani yg butuh bibit sayuran.
ビジネスプラン:『デユスの野菜』事業を立ち上げる。
この事業では、トウガラシ・ジャガイモ・キャベツなどの野菜栽培を予定しています。
またお茶の栽培も予定しています。またマーケティング事業や野菜の育苗所などの事業もしたいです。それらのことが野菜の苗を必要としている地元農家のソリューションビジネスになると思うからです。

5.日本の「技能実習制度」はまだまだ改善すべき点も多くあります。実習生として、もっとこうなったらいいのに!というような要望はありますか。
Untuk di noen taya sendiri, saya rasa system pemagangan ini cukup baik jadi belum ada saran untuk perbaikan. Nnamun kurang tahu untuk di tempat lain.
農園たや自身の実習制度はとても良いと思います。なので改善点はありません。他の場所の実習制度は良くわかりません。

6.実習期間が終了した後も日本で働きたい、生活したいと思うことはありますか。理由もあわせて教えてください。
Setelah saya selesai magang mungkin untuk tinggal dijepang cukup 3 tahun saja, namun kalau ada kesempatan ingin tinggal tapi untuk jalan-jalan
実習期間は3年で十分だと思います。もちろん機会があればまた滞在したいですが、それはあくまでも旅行者としてです。



これを訳していて
僕は嬉しかった。
なにがって?
実習が終わったら帰国して、
旅行者とならやってきたい、という彼らの姿勢がだよ。
なんだか対等じゃないか、立場が。
そうなんだよ、出稼ぎなんかじゃないんだ、これは。
僕らは勉強をするためにやっているんだ。
もちろん、これらは南北問題が
可能にさせている制度だ。
だから、その南北問題を埋めるために
僕らは前進するんだ。
無くなったその先に、彼らは自分のポケットマネーで
日本を旅行するのさ。
いいじゃないか、その姿勢が。

いろいろあって凹む毎日だけど、
この訳を作って学生に送る作業は
僕にまた前進するための推進力を
与えてくれた。


3年生のレンディ。
迷走だと思っていた彼は
政治家を目指すというGoing my wayぶりで
もはや僕には理解不能な道を歩み出している。
さて、
その彼の卒業研究。
迷走を書いたところでブログの記録は終わっていたが、
一応、迷走しながら今も続いている。
なんとか最終のめどが立ちそうなので
そろそろ記録しようか。

実は彼。
卒業研究開始の4月に入っても
プロポーサルを提出できなかった。
その前後にかなり指導もしたし
話し合いもしたけど
僕が彼の思考を理解しきれず、
また彼の思考から僕が見えなかったためか、
5月に入っても研究テーマが絞れ切れない状況だった。
双方にとって、本当に辛い時期だった。

そして決まったのが、
『農作業の機械化:ジャガイモ栽培の土寄せについて』
である。
彼の地域では、西ジャワ州内では比較的広大な土地を
耕作できる地域である。
緑化政策によるアグロフォレストリー的な
条件をクリアーすれば、
それなりの土地を耕作することが可能になる。
しかも高地。
だから熱帯でも、涼しい。
年間通して30度に行くことがまれで
15度から22度程度の気温。
まさに馬鈴薯には持って来いの場所だ。
事実、多くの農家が馬鈴薯栽培をしていて
お茶と共にこの地域の農業資源となっている。

そのジャガイモだが、
作業のほとんどが手作業だ。
広大に作るくせに、なんと除草の簡素化として
マルチ栽培まで地元の農業試験場や大学と一緒に
研究しているくらいで、
倒伏を防ぐために支柱まで立てての
ジャガイモ栽培ときたもんだ。
いやいやびっくり。
ところ変われば、だね。

彼のインタビューを繰り返している中で
どうして機械化できないのか?それが疑問だった。
それを書くと長くなるので
僕の感覚から一言でいえば
(現地を見ないで、彼の肩越しに彼の現実を考えると)
トラクターの導入金額というのもあるが
それが実際にどう自分たちの農業に
役に立つのかというイメージの無さなんだろうと
認識している。
ということならば、
それを研究課題として
実際にどれくらいコストがかかり
どのくらいメリットがあるのかを検証しようとなった。
ここまでが5月の話。

これを延々とやっていくわけにはいかないので
すぐに結論に行きたいね。
農園のジャガイモ栽培に
近くの農家の土寄せ用のハンドトラクターを借りてきて
2度の作業を鍬作業と共に行い比較。
スピードを測定したりした。
で、現地で買えるトラクターの価格を調べたりして
鍬作業でかかる人件費と比較した。

その結果。
減価償却でトラクター価値を考えると
ジャガイモ栽培の場合4.2ha栽培しないと
人力による土寄せのコストよりも安くならない。
結構ショックなデータで、
やはり人件費が安い国は、こうなるんだね~。
ただ、ここには数字のマジックがあって、
インドネシアの場合は4年で償却されるので、
トラクターの寿命と考えるとあまり当てはまらない。
これを現地感覚で
レンディは10年として計算しなおした。
ま、10年というのもちょっと無理な話だけどね。
せいぜい6~7年だろうな。というのは余談。

この数字で計算すると
2.1haで人力とトラクターとのコストが同じになった。
西ジャワ州の一般的な農家は
30a程度なので、中山間地の多いこの地区では
機械化はちょっと難しい。
ただレンディの地域は緑化政策のため、1人当たりの耕作面積は
かなり広い。
レンディも自分の父親との面積を合わせると
2.1haをクリアーできるのだ。

トラクター耕の利点はそれだけじゃない。
時短こそが最大の利点で、
2.1haをトラクターで作業する場合、
最大で144時間も時短出来る。
インドネシアの一般的な農作業労働時間は
1日6時間。
なので、24日分の余白をトラクターは生み出すことに
レンディは気が付いた。
この時間を何に充てるかは
彼がこれから結果を編集し発表に向けて
考えていくことになるのだが、
こういう余裕が農業経営を強くするということを
計算の中でもいいので、ある程度のリアリティをもって
実感してほしい。

僕はこれまでインドネシアで多くの農家と
ディスカッションをしてきた。
その中で、機械化の話は良くしたが
そのほとんどは一笑に付せられてきた。
もちろん、機械は壊れやすいし
使える場所は限られるし、
盗まれやすいし、
恨みつらみで壊されやすいし、
変な関係性を生み出すし
今までの関係性も壊すし
と言ったらきりがない。
でもさ、それもわかる。
もちろん、解っている。
嫌っていうほど。
僕も人類学や社会学の視点で
それらを眺めてきたし、そのことに対して
愛情もあった。
でもね、そんなことを言っていると
どんどん都市との
他産業との
ホワイトカラーワーカーとの
所得格差がどんどん広がっていってしまって
日本のように農への関心が
つねにノスタルジーな、
なんだか優しい目つきでみんなが見るような
そんな社会的地位に陥ってしまうのだ!
そんなバカなことがあってはいけない。
僕らは産業として独り立ちしているんだ。
その気概をもって、
農村の関係性を大事にするのは解るが
農村だから、それをことさら強調するのは
なんだか過保護というか絶滅危惧種を守るような
いわゆるダイナミックな変化の中に
身をさらさないことになる。

レンディの気付きは
きっと多くのインドネシアの農家に
前へ進む、つよい勇気になってくれると
僕は信じている。
だから頼むよ、レンディ。
ここまで調べて分かったのだから、
しっかりとした提言までまとめてね。



今日は気分がいい。
だからもう一つ書こうか。
技能実習生の座学の前期最終試験。
今回は3年生のレンディだ。

正直、
彼のプレゼン前に出してきた
レポートは最悪だった。
農業構造論的には
現状の分析が断片的というか
有機的に物事につながっていないというか
デデでも指摘したけど
分析のための分析というか。
つまり、僕が教えた項目を
埋めるだけの作業を彼はしていた。
もちろん1年生にはよく見られる現象だけど
それを3年の今になっても
やっていることに腹立たしかった。
だからこれまでも
彼はずーっと僕の中では評価が低かった。
その彼のレポートが
そういう具合でも
僕にはため息しか出ない。
そんな状況で彼のプレゼンを聞いた。

彼の現状把握のプレゼンでは、
森林政策の中での農業の継続が問題点として
挙げられていた。
緑化に務めるのであれば、
国有地を三セクが貸して
そこを農地として利用できる政策がある。
彼の地域はその恩恵のために
大規模路地園芸農業が可能で
その優位性を活かして
他の地域では出来ない
別次元のお茶栽培や
ジャガイモ栽培、さらには
コーヒー栽培に特化していた。
ま、そこはいいだろう。

で、その問題点として
その森林政策が打ち切られたら
農業が継続できないというところに着眼した。
また壮大な、解決できそうもない点に
着眼したなぁ~(センスないね)というのが、
僕の感想だった。
その解決策がまた失笑もので、
彼はコーヒー栽培を例に
それを大規模栽培しつつも、
村のお母さんたちの家庭菜園としてとりくむことを
ビジネスプランとして提案した。
おいおい、そんなもの家庭菜園でやっても
全体量を賄えなし、代替え案にもならんぜ。
キューバの夢を見すぎじゃね??
とそのプレゼンを聞きながら
僕は、もう溜息しかでなかった。

ところがだ。
彼はそれが代替え案ではないと言い、
それは大衆化させることで
自分の認知度を高める活動にすぎないという。
つまり自分が政治の世界に打って出るための
布石としてのビジネスプランだとさ。
おったまげたねー!もう!
椅子からずり落ちるかと思ったよ。
正統的な理由を付けて
それを社会運動化させて
それで儲けるわけでも問題解決するわけでもなく
自分が政治家となり
政策としてその森林政策や
その代替え案を考えだすんだというのが
レンディのビジネスプランの真の目的だという。

ああ、レンディよ。
僕は君を勘違いしていた。
君は論理的に考えられない小馬鹿だと思っていた。
この3年間、ずーっと思ってきた。
でもそれは違った。
君は大馬鹿だった。
3年生の大事な前期最後の試験に
そんな博打みたいなプレゼンを
してくるなんて。
僕が今まで君を叱ってきたそのすべてが
全く君を委縮させず
こうして広く羽ばたくその姿が
とても僕には美しく見えた。

君の分析や書いたものは幼稚だ。
ぜんぜん丸はあげれない。
でもそれは、僕の尺度での話で
君のような政治家は
僕は評価できないだけの話だ。
君は大きい。
そのまま大馬鹿を徹して進め。

こういう自由な発想と
根拠のない自信と
人を真顔で喰うような思考。
それが僕がこの研修で
君らに求めていたことだとすれば
君は僕の授業の試験という意味では
期待を大きく裏切って、
そして僕の想像以上の人間になろうとしている。

質問タイムでは
優等生タイプのデデとイマンが
穴だらけのレンディのプランに
ガンガン噛みついたが、
もともと同一の思考上に立てないのだから
君らがどう正統な質問をしても
通用しなかった。あたりまえか。
それだけ彼は大きかった。

3年になれば皆
それぞれに成長した姿を見せる。
レンディはレンディとして
その姿を見せてくれた
前期の最終試験だった。

レンディよ、僕は君のような人間を愛す。





インドネシア実習生の
前期最終試験の記録を
続けてしようか。
今回はイマン。

イマンは地元は稲作地域。
棚田の広がる中山間地。
水源に恵まれ
年に2~3回米が収穫できる。
で、彼女ら彼らが直面している問題は
土が固くなること。
緑の革命以来
化成肥料に頼った
稲作が続き、
それがために土が固くなってしまっているという。
有機物を投入しない土は
やがて滅びる。
そんなもんだろう。

で、それを分析したのちに
有機物を投入する彼のビジネスプランがあった。
彼の村では、
農耕用や食肉用の家畜が、
小規模でそれぞれの家で飼われているが、
その糞はたいていそのまま捨てられているという。
また近くの市場では
大量の野菜くずのゴミが出るが
それも再利用されていないという。
それらを資源化して
有機肥料を作るというのが彼のプラン。
ま、ありきたりと言えばありきたり。
すべての面積を有機に変えることは
不可能ということで
化成肥料との両立を彼は考えていた。

ふむ。
ただ有機農産物としてマーケティングするという
意とは無いようで
それだと手軽に投入できる
化成肥料の方がインセンティブが
あるのじゃないか?と疑問に思う。
彼の優秀な頭脳は
現実にかなり寄り添って考えるために
そのビジネスのプランとしては
夢の余白があまりない。
そこが不満だし
その壁を打ち破ってほしいね。

久しぶりにブログをアップしようか。
インドネシア実習生ネタで。

今週は、インドネシア実習生への座学前期の
最終試験をしている。
農業構造比較論と地域発展論の二つの座学で
それらを一つの試験として行っている。

試験内容は
自分たちの地域を農業構造的に読み解き
そこから浮かぶ上がった新たな問題について
それを解決する社会的ビジネスを考えて
提案しなさい、というもの。

これまでも月間レポートで
自分たちの将来のビジネスモデルを検証してきたけど
試験ではそのモデル以外のものを
実現可能か不可能化はあまり問わず
とにかく問題を鋭く浮き彫りにして
面白いイノベーションを
リアリティたっぷりに考えてみるというもの。
どう?わくわくしない?

今回の記録はデデだ。
初めての試験で緊張していたけど
プレゼンもペーパーの出来も上々だね。
さすがは学年トップの学力で
元生徒会長だけあるね。
実践力もあり、企画力もある。

彼が考えたのは
野菜の移動販売システム。
トラックを改造して
電話やネットで出前を受ければ駆けつける。
また繁華街や住宅地を回り
店舗経営のリスクを低くしつつ
市場暴落や商人に買いたたかれるリスクも
低くしようというビジネスだった。
脆弱な流通網にニッチを見つけようという
人口密集地であるジャワなら
こういうのも面白いかもね。
コールドチェーンへのコストも
それほどかからないし
ゲリラ的に美味しいところを持っていけるかもな。
センス良いね。

でもね、デデ。
君の分析はダメだね。
農業構造の分析は一つ一つは
その通りかもしれないけど
それぞれが全体を説明しているに過ぎない。
で出来上がった全体は、
その一つ一つに必ずしもよってないってことかな。
人的資源で君は住民たちの低学歴を
統計データから問題視して
そして社会的認識から
農業をするのに学歴はいらないという
具体的な住民の話も入れてくれたけど
それがどうしてネガティブな分析結果になるのだろうか?
問題点として
それを取り上げる君の価値観こそが
僕には問題に見えたりもする。
デデのビジネスプランは
そもそもその低学歴化を解消するものでもない。
質疑と議論の応酬の結果
(イマンの質問が鋭くてよかった)、
住民が低学歴なのは、
経済的な問題も多くあるが
その中には住民が
求める農業の技術と経験を
学校教育の中で担保されないことに対する
経験知から来るのではないかと思う。
まさに農学栄えて農業滅ぶ。

そのあたりにも切り込んでいけるような
ビジネスプランだったら
及第点だったけどね。
今回は不合格ってことで
来年、頑張ってね、デデ。



インドネシアの技能実習生たちには
週に3回授業を用意している。
前期と後期に分けて、
3年間で6学期の座学。
その中心と言っても良いのが
この農業構造比較論。
なんて書くと、難しいことをやっているように
思えるかもしれないが
中身はいたって簡単。

どうしてその農業という表象が
僕らの目の前にあるのかを
いろんな要因によって絡み合っている現状(構造)を
理解するというもの。
自然・農地・人的資源・市場・資金・技術・インフラ・政策・グローバリゼーション。
これらの要因をバラバラに検証し、
比較することで、その差異に気が付く。
そうすれば
目の前にある農法を
そのままインドネシアに移設すればいい、という
愚かな考えに陥らなくて済む。
さらに、それを実現するには
どの要因を整えるべきかも
その整えたつもりの要因も
それがそれで確固たるものなのかどうかも
一気に分析でいるはず。
大学院で学んだことから
僕のオリジナルで作った座学。

さて、
この要因の中で
どれか一つでも変えると、生産様式が変わる。
あたりまえじゃん、って思うでしょ。
でもそれって結構見えにくいんだよね。
この要因をそれぞれの地域で整理して
意図的に変えれば、少なくとも現状は変わる。
つまり社会変容の力もこの座学にはあるはずで、
インドネシアの子たちにも
それは口を酸っぱくして言っている。

自然条件はなかなか変わらないけど
(温暖化でずいぶんと違う景色になりつつあるけど)
人的資源はどうか。
自分で勉強して、学位を取るや、資格を取れば
それだけでその個人の生産、
いや運命も変わる。
インフラもそう。
研修卒業生の村々では
今、田んぼの真ん中に道を作ろうという動きが活発だ。
政府の資金も入るが、
基本ゴトンロヨン(共同作業)で
住民たちの資金も使って
田んぼに車両が入るように整備しつつある。
この動きが進めば
トラクターなどの機械化の勢いは一気に加速するだろう。
何か一つの要因が変われば
それぞれの生産のカタチが変わる。
つまり決められていたかもしれない運命も
変わるってことだ。

そういう要因を俯瞰していると
自分で変えられそうなものは何かが
だんだんと見えてくる。
地位を得られれば、
政策は村レベルからであればある程度は
手を付けられる要因になるが
卒業生のほとんどはまだそのレベルにはなっていない。
人的資源と技術がまずは
比較的簡単に変化を付けられる、
つまり運命を変えることのできる要因ってとこだろうか。
だからといって安易に先進技術を
導入しても
悪い方にしか運命が変わらなかったりもする。
そのほかの要因が
その変化でどのように変わるかも
予測してこそなんだろうね。

しっかりと勉強すれば
やみくもな儲け話につられることもなく
君らは君らの運命と社会を変えていく力を
ここに来ることで得られるはずだ。
何も勉強しなくても
社会的には「日本に行った」というだけで
君らが思っている以上に
君らの社会はそれを評価していることにも
もっと自覚的になるべきだ
(それも人的資源に入るね)。
そこを起点にして勝負も打てるんだから。

今期の農業構造比較論は
終了した。
さ、君ならどこから自分の運命を変える?


今年もこの時期がやってきた。
来年の研修候補生の
募集を始める時期だ。
募集を始めるにあたって
研修候補生の条件等を
みんなで話し合う。
これは毎回やっている作業で
条件は、今、研修している
インドネシア技能実習生が
そのたたき台を作るのが
毎回の恒例。

こちらの条件で言えば
ついつい
「よく働く子」と
なりがちの技能実習制度だが
それじゃ搾取だ。
研修制度というのだから
ちゃんと帰ってからのビジョンがある
また地域の農業へ貢献できるような
リーダーシップを持った人間で
あることがその最低条件になる。
実習生が持ってきたたたき台は
概ね昨年同様であったが
毎年、その内容を再考することに
その意味のある作業だと思っている。

選考も
僕らはかかわらない。
現地の農業高校が
そのイニシアティブをもち
中間マージンなしに
本当に未来の地域農業のリーダーだと
思う人材が送られてくる。
だからここ2年は
高校時代に生徒会長だった
人材が送られてきている。
それが本来の姿だ。
お金がほしいから
興味の薄い農業でも良いから
日本に行けるのなら
と、そんな理由でやってくる子も多いのが
技能実習制度。
来てからどんだけ動機づけしても
僕の経験からいえば
あまり意味がない。
研修の成功は、
研修派遣前の動機づけが
その8割だ!
(詳しくは1999年にJICAに提出した「アカワケギ栽培普及事業」を参照されたい)

だから
そのための仕掛けに
僕らは一所懸命になる。

候補者が決まれば
次は外部の大学教員による
ポテンシャル調査が待っている。
その人の判断も仰ぎながら
最終的に候補者が決まり
その候補者や
その候補者が住む地域に必要な技術やスキルを
僕らがどう提供していくかを
考えていく作業に入る。

地味な作業だが
来年で10年になる。
いろんな意味で
10年目の幕が今上がっている感じだ。




デデの記念すべき第一回目の
月間レポートが提出され、
それについてディスカッションをした。
僕にとって10人目になる彼は
いろんな意味で特別だ。
だから、ちょっと気合も入る。

彼が帰国後に描いた夢は、
ありがちな夢だった。
お茶栽培をして、特産の伝統種のトウガラシを作って、
余裕があれば畜産もする。
そんな計画。
眠いね、それ。

彼は、レポートに課されている
僕への質問として、
日本の農業は若い世代や社会にとってどのように映っているのか?
という質問をしてきた。
なるほど。
その質問の意図と裏にある君の思考は
どんなんだろうね。
と問うと
「日本の農業は先進的なので社会的地位も高く、若い人も多いように思います。インドネシアもそんな風になったらいいと思っています。」
だってさ。
ははは、それはうちを見ているから
そう見えるんであって
農業界全体の話で行けば
インドネシアよりも沈没は進んでいるんだよね。

農業が農業生産だけに力を入れても
それが魅力的にはならない。
魅力のない産業は、やはり斜陽さ。
農業の魅力はどう醸成し、
それを社会にどうプレゼンしていくか、
は、それぞれ問題があるところでもあるけど
僕が思うに、
マニュアル化された生産だけを
がむしゃらにやっていても
多分、どんどん沈没が進むんだと思う。
今の若い人みんなが一定以上の稼ぎを求めているのであれば
たぶん給与をあげていけばいいのだけど
そっちの道だとしても
やはり低コスト化のぎりぎりを狙った生産体制を
創り上げても維持は難しいよね。
価値創出の一つに
僕はそのビジネスが社会問題の一つでも
解決するような提案のできるものであれば
そこに魅力が派生すると思っている。
そういう魅力を携えているから
若い世代の人がそこに夢を見ることができるってわけだ。
僕もずいぶん
そういう風に若いころは思ったもの。

だから、デデ。
君がどうにかしたいと思っている
社会問題としての農業のあり方は
間違いじゃないけど、
その解が君の農業ビジネスだとは
僕は思えないな。
大規模プランテーションの一部として
お茶を栽培して
空いた土地でトウガラシを栽培して、
畜産もする。
それって若い人が夢を見るような
ビジネスだと君は思うか?
僕に答えはないけど、
僕はそれがそう見えないとだけは解る。
ま、これが僕らのスタートラインってわけだ。

クスワント以来になるけど
社会的起業の要素を含んだ
農業のビジネスプランについて
一緒に頭を悩まそうじゃないか。
なぁ、デデよ。




これなら記録できるか。
先月末に、中二日でインドネシアに出張した。
ま、その目的は置いといて。
その時に
ついでなので2月に帰ったジャジャンの畑を
見学してきた。

話には聞いていたが、ジャジャンの村は、
街から近い割に山に分け入っていくところにあり
それより先に人の住む場所がないだけあって
急激に街から田舎へとグラデーションしていく、
そんな風景だった。

彼の畑は
まさに山の頂上にあった。
その場所に行くにしても
ちょっとした登山さながら。
随行したメンバーでも
タンジュンサリ農業高校の先生たちは
途中で脱落するほどである。
研修卒業生たちは
まったく苦にもしない感じだったので
僕も「農民」を冠にいただいている人間として
意地でついていった次第である。

さて、その畑。
トウガラシが2000本ほど植わっていた。
収穫はまだだが、順調な生育で
良く手が入っている畑だけあって
とてもきれいだった。
人の所作が素晴らしい風景を生む。
そんな代表的な畑だった。

そのトウガラシだが
車両で運び出せるわけではなく
僕らが登ってきた登山道を担いで降りるという
偉業ぶり。
もうそれだけで脱帽だし
僕は絶対インドネシアで農民としては
生きていけないな、なんて思ったりもした。

ジャジャンと言えば
過去のエントリーを見てもらえればわかると思うが
帰国後はソシンというアブラナ科の葉菜を
周年出荷することに情熱を燃やしていた。
だが帰ってみれば、
誰もが作るトウガラシ栽培をしていた。
これはジャジャンの父親の意向である。
ジャジャンの計画は
父親には「危うい」と見えているらしく
賛同が得られないとジャジャンは言う。
そこで相場が上下して
結局この栽培だけで頭を抜け出せない
農家ばかりの仲間入りをしているってわけだ。

ジャジャンの父はまだ若い。
だからまだやりたいこともあるのだろう。
あと自分の知らないことを判断する力も
それに任せてみる勇気もないのだろう。
と書くと、やや自分に投影しすぎて
感情移入が強すぎて判断が鈍っているかな。

まぁ、そんなこんなで
ジャジャンは自分の思い描いたようには
進めていない。
また周りの親戚の声も
ジャジャンに追い風でもない。
農業は日本でもインドネシアでも逆風だ。
「日本まで行って、出稼ぎで成功して、土地を買ったのに、なぜ農業をやるというのかわからない。」
とジャジャンの叔母や祖母から聞いた。
この言葉が横にいたジャジャンの顔を固くする。
ジャジャンは確認するように
僕を意識しながら叔母と祖母に
「僕らがやろうと話していた農業は今までのような農業じゃないんです」
と語っていた。
その言葉はたぶん彼女たちには届かないよ。

技術移転や経営手法
マーケティングなんて言葉がいくら飛び交っても
やはり社会認識だな、って僕は思うよ。
これを変えるのが
僕の次の10年だと思っている。
ジャジャンの悔しさは、僕らの推進力に。
そう思って、ここからスタートを切りたい。




今年もインドネシア研修生の
3年生であるレンディは迷走中だ。
3年になると卒業研究をするのだが
その計画書をこの4月までに提出しないといけない。
毎年のことなので、10月くらいから準備をするようにと
言ってあるのだが、
どうしても卒業研究をすること自体が
目的化されていて
必要のない、それなりに研究に見える、
そんな計画書を出してくるから
ちょっとウンザリ。
特にここ数年はその傾向が強い。
1期生から4期生までの
あのクオリティが懐かしい・・・。

さてレンディ。
ジャガイモの産地ということで、
ジャガイモの栽培について研究することになっている。
で、大変なのはアブラムシによる
ウイルス病だという。
その防除方法の勉強をするとのことだった。
ま、そこまでは良かったんだけど、
アブラムシの被害は全体の5%程度だっていうから
それなら防除しなくてもいいんじゃないか?
とそもそもの前提が崩れてしまった。
アブラムシの防除はなかなか厄介で
レンディは
「天敵防除をしたい」と
言っていたが
正直露地栽培で、まったく農薬をかけていなかった
ジャガイモ畑は、
たぶんもうそれだけで十分天敵は生息しているはずで
その天敵がいるから5%の被害なんじゃないかって思う。

そんな話をしていると
レンディは
ジャガイモのウイルス被害は全体の70%くらいがやられます
だってさ。
だとすると、えっとレンディ君、
それってアブラムシじゃなくて
アザミウマがウイルスの媒介者なんじゃないの?
アザミウマの防除だと、
ジャガイモで登録とれているとしたら
合成ピレスロイドのアグロスリンかな。
有効成分はシペルメトリンだね。
たぶんインドネシアにもあるよ、これなら。
ま、散布するしかないね、アザミウマなら。

で、銀マルチでジャガイモ作っているっていうから
たぶん、アザミウマの防除のつもりなのかもね。
ただ株が繁茂すると
太陽光の反射効果は得られないから
マルチする手間の方が大変そう・・・。
栽培法が若干違うので
その違いをまずは精査してもらって
自分でその意味に気が付いてもらえたらって思う。
僕がその答えをすぐに言っても良いんだけど、
それじゃ、勉強にならないからね。

こうしてレンディ君も
ぎりぎりになって
迷走することになりました。



デデユスフという男がやって来た。
2008年から受け入れを行ってきた
インドネシア農業研修もこれで9年目になる。
デデは、ちょうど10人目にあたる。
どんな結果になろうとも
目をつぶって10年は走り続ける。
そう決めての9年目。

デデは今回が来日初回ではない。
3年前に、福農とタンジュンサリ農業高校の
交換留学生として、福井に来ている。
僕もその時は通訳としてお世話した。
彼はその時から
「田谷さんの農業研修プログラムに期待です」と
異常なほどにアプローチを受けた記憶がある。
出稼ぎじゃないよ、勉強だよ、と
何度も言って聞かせた記憶も
まだ僕の中に残っている。
その彼が、来ることに決まった時、
正直、あまり嬉しくなかった。
高校生の時の彼の猛アプローチに
僕は辟易していたからだった。

ただ僕にどの子かを選ぶ権利はないので、
学校側が地域のリーダーになる人間だと思えば
僕はその子を受け入れるだけだ。
だから辟易しながらも
事務的に物事を進めた。

空港で久しぶりに合った彼は
やや長旅で疲れている様子だった。
笑顔は素敵だったが口数も少なく
僕と福井に向かう車の旅は
少し緊張もしている様子で
あまり話もしてくれなかった。

もうすぐ福井に着こうかという時に
彼はぽつぽつと身の上話を始めた。
彼が中学生の時、
同郷の人間が日本に研修に行くという話を聞いた。
それが2期生のイルファンの事だった。
苦労をして学校を進んだイルファンが
日本に農業研修に行くという話は
デデを魅了した。
彼の家もイルファン同様
とても貧しかった。
そして大抵貧しい家庭には
兄妹が多いのだが
彼の家もその例外ではなかった。
中学校が終了すると
彼の父親は高校に行くこと反対した。
すぐにお茶畑で働くことを強制した。
しかし彼は、どうしてもタンジュンサリ農業高校に行って
農園たやの農業研修プログラムに参加したい、
と意志を固めていた。
父や兄妹を説得し、
彼はタンジュンサリ農業高校に合格し
入学した。
成績優秀者でなければ研修参加資格はない。
彼は猛勉強をした。
生徒会長にもなり、
成績もトップクラスになった。
それもこれもすべて農業研修に
参加したい一心だった。
そして、念願かなって、
彼は僕の横に座って
福井を目指している。
もうすぐ福井に着く、
その高揚感が重い彼の口を開かせていた。
僕はただただ呆然とその話を
聞いていた。
長くやればいろんなことがある。
そんなことは想定内だったが、
こんなことは想定していただろうか。
僕らがやっていることは
それほどの事なのだろうか。
鳥肌が立った。

これから3年、
デデと一緒に僕も勉強をする。
彼の強い強い想いに
僕はどこまで応えられるのか
不安はあるが、
鍛えれば鍛えるだけ楽しみな若者かもしれない。
さあ、デデ、
君がその気なら、
僕も全力で行くよ。
覚悟しろよ。


ちょっと前の事だけど
記録しようか。
忙しすぎて、記録が追い付かないのは
申し訳ない。

さて
ジャジャンが帰った。
送別会は、彼が来てから演奏した
農園のバンドの映像を流した。
これを編集していて気が付いたのだけど、
農園のバンドは
ジャジャンが来る前からあったけど
彼が来ることで花開いたんだなってこと。
農園開放のBBQや大学生の合宿での交流会、
村のお祭りのステージ。
それらを沸かせたのは、
ジャジャンの歌声だった。
そのジャジャンが帰った。
たぶん、バンドはこれでお終いだろうね。
次に誰かジャジャンのような奴が来たら
またやればいいさ。

彼が何を学んだのか、と
言われると
やや自信はない。
正直、研修の内容よりも
音楽のイメージが残っていて
そちらを一所懸命やっていたようにも見えた。
事実、彼を空港まで送っていったのだけど、
彼も
「最初の1年と2年目までは、どうしてこんな勉強をさせられるのだろうかって分かりませんでした」と言っていた。
だろうね。
君の眼、授業中、死んでたもの。
伸びる子の眼ってどんなんかは
僕みたいな鈍い人間でも良くわかるんだよ。
でも3年生になってからは変わった。
彼も
「3年目にはその意味がようやく解りました」
だってさ。
僕が授業でやっていることは
技術的なことはほとんどやらない。
技術を軽視するわけじゃないけど
多様で柔軟な視点を獲得すれば
その視点で技術は切り取っていけるからだ。
こうあるべきだっていう固い頭が
その産業をダメにする。
だから授業では、
多様な視点を確保するために
自分たちの常識を壊していくような座学をするから
それを受講する研修生たちには
かなりストレスになる。
自分の常識という安全地帯が
一番批判される場所だからね。

だからジャジャンは、
1年生の終わりに
「もう帰りたい。研修は続けたくない。お金が欲しかったから来ただけだ」
と言って、僕も彼を帰国させようとしていた。
当時の3年生のクスワントが
それをどうにか止めて、
ジャジャンは研修を続けた。
ま、それでも研修の意味が解るまで
1年以上時間を費やしたって事か。

さて
ジャジャンは帰り間際に
彼の帰国後のビジネス案について
少し実現が難しいことを話してくれた。
彼自身がこっちに来てから
ここでためた費用で購入した土地があり
そこでアブラナ科の周年栽培ビジネスを予定していたが、
その土地は彼の父が他の作物に使っていて
どうも自由には使えないようなのだ。
そう、そう、そう。
家族経営ってそうなるよな。
農家の子弟として、良くわかるよ、それ。
家族のヒエラルキーが
職場でも反映されて
全く身動きが取れないってやつだね。
これについては、日本であれこれ
議論してもしょうがない。
戻ってからの話だね。

彼は帰国したけど、
それで僕らは途切れるわけじゃない。
別れは、そりゃ、ちょっとは悲しいけど、
それどころじゃないのさ。
僕にはそれ以上に帰国後から始まる
彼との係り方への準備に忙しいのだ。
だから、
しみじみお別れなんて言わなかった。
さ、ジャジャン。
ここから僕らの真価を見せる時だ。
僕は君を僕から諦めることはないから、
君がやりたいっていう所まで
僕の力が及ぶ限り
君の背中を押し続けるよ。



今学期の最終テストを行った。
というのもインドネシア農業研修の話。
今学期は2つの授業があった。
「グローバリゼーションと農業」
「総合防除IPM」
の2つだったのだけど、
総合防除は最後まで行きつけず
テストはグローバリゼーションと農業のみとなった。
いろんな団体の役があって
会議や出張が多すぎたね。
とほほ。

さてその最終テストだが
お題はいたって簡単。
自分の地域で、グローバルな問題を取り上げ
それを分析し解決策を考えるというもの。
単純なだけに
1年生、2年生、3年生とその出来に
面白いほど差が出た。

まず1年生のイマン。
彼が取り上げたトピックは
彼の地域での巨大ダム建設。
その内容深くはここでは記述を割愛するが
彼の場合
情報は良く集めてきたと思うけど
それらの情報がお互いに矛盾を生み出していて
ロジックとして一本になっていなかった。
CO2が少ないはずのダム発電に対し、
水没した地域の有機物が出すCO2の総体が
温暖化につながるという話は、
地表でのサイクルの中でのCO2の総量に
変化が生まれないものなので
それをグローバルな問題として
フォーカス当てるのは如何なものか、と
ちょっと疑問が多い発表だった。
水没した地域の人たちの混乱や
生活の苦労は問題だと思うが
9万haの水利を得るために
3000haの農地が失われる点では
その損失にフォーカス当てるイマンの発表は
やや異質に映った。
情報の海でおぼれてしまったイマンは
及第点がもらえなかった。
ま、1年生だし、そんなもんか。

2年生のレンディは、
地元の地熱発電だった。
一所懸命調べたのは分かったが、
彼の前提は、
地熱発電所が地震を助長している、
という地元の都市伝説を信じ切っていて
それを裏付けるトンデモデータを
ネットで一所懸命調べて発表してしまっていた。
最終的には
地熱発電所はCO2をたくさん排出するから
地球温暖化につながっているという結論で
もう何もかも納得できないプレゼンだった。
科学って何なのか、そこから彼は勉強し直しだ。
ギター触っている暇があったら
もっと本を読んでほしい・・・。
もう残り1年しかないっていうのが
頭が痛いところだけど
今はこの発表をしっかり記録して
3年の最後にしてくれるであろう
素晴らしいプレゼンを、
つまりは彼の成長を楽しみたいね。
もちろん落第。

で、このままじゃ僕の心は穏やかじゃなかったけど
それを救ってくれたのは3年生のジャジャンだった。
彼のチョイスは中国とアセアンとの
域内自由貿易のACFTA。
中国からの農産物がなぜ安いのかを
構造的に説明することを試み
(その試み自体は、まぁ、成功とはいえないかな)
そのグローバルな要因と
では地元で何ができるのかの分析は
その深さというよりも
それらの手法が
授業で僕が最も伝えたいことを
踏襲してのプレゼンだった。
最終的には農協のような組織の立ち上げと
サプライチェーンを如何に短くするのか
といった議論に収斂され
3年生らしい
最後のプレゼンだった。
農業構造論で
事象を構造的に分析する方法を教え、
グローバリゼーションと農業では
グローバルの考えて
ローカルに行動するその視点を
身につけてほしいと願って
やって来たのだが、
そのどちらも
まだまだ粗削りだけど
しっかりとジャジャンには伝わっていた。
「もう研修を辞めて帰国したい」と
1年生の時にもめたジャジャンが
ここまでしっかりと成長してくれるのが
とてもうれしかった。
こういう瞬間を見せつけられるから
とてもストレスフルな研修で
いつももう辞めた!って投げ出したくなるんだけど、
やめられないんだな。

人が育つって
本当に面白い。
これにはまるとやめられなくなるね。




ジャジャンはもうすぐ帰国する。
インドネシア実習生の彼は、
今年度が3年目だった。
農園たやの研修プログラムは
3年目に卒業研究を行う。
で、最後にそれをまとめて
福井農林高校で発表する機会を
毎回用意してもらっている。
もちろん日本語でのプレゼンだ。
今回もその機会を得て、
ジャジャンはプレゼンをした。

彼の卒業研究は
ソシンというアブラナ科の野菜に発生する
根こぶ病の防除方法だった。
薬剤による防除が難しいとのことで
それに頼らない他の防除方法を探すのが
彼の卒業研究のテーマだった。
あれこれと文献を調べ、
そこで出会ったのが太陽熱処理と
土壌のph調整による防除方法だった。
ということで透明マルチと石灰施肥の実験を
彼はこの1年行った。

結果から言えば、ま、失敗といえるだろう。
石灰施肥でphは上昇したので、
そちらは良かったのだが
太陽熱処理はうまくいかなかった。
透明マルチで土壌を被覆したが、
熱がうまくこもらず、
地温が45℃程度しか上がらなかった。
その結果、透明マルチ内は雑草だらけになり
たとえ根こぶ病が防除できていたとしても
とても作付けできるような状況ではなかった。
雑草が生えないようにするには
50度以上の温度が必要だという。
普及員に聞いたら
マルチの厚みが足りなかったようで、
それで熱がこもらなかったというわけだ。
インドネシアには
透明のマルチがそもそもなく
使用するとしたらビニール資材になるので
どのみち厚みはあるようなので
その資材の使用で熱はこもるから
雑草の発生もなく
根こぶ病の防除はできるだろうね。

発表はとても良かった。
かなり緊張していたようだが、
原稿を棒読みするのではなく
すべて覚えて発表していたのが良かった。
先輩たちが出来なかった発表スタイルだったので
とても評価に値する。

さて
そもそもこういう実験を行ったのは
ジャジャンが帰国後のビジネスとして描いていたのが
ソシンの周年栽培だったからだ。
毎日種を播いて毎日収穫する
僕らには当たり前のライフサイクルが
まだまだインドネシアでは珍しい。
脆弱な圃場の設備も影響しているのだろうけど
(特に給排水)
彼ら彼女らの農業は一時に作業が集中し、
一気に播種して一気に収穫して
そして当然だが、価格は下落する。
流通も脆弱だから、収穫物を遠くへ運べない。
だから近隣で採れる野菜がその季節になれば
その市場にあふれかえる。

ジャジャンは毎日少しずつでも良いので
ソシンを出し続けて
取引先から信頼を得たいと思っている。
ま、それは1つの真実だ。
「美味しい」や「特別な栽培」、「特別な野菜」よりも
「毎日切らすことなく出荷する」は
もっとも必要なスキルで
市場でもっとも信頼を獲得できるからね。
それを評価する市場が君の近くにあれば、だけど。
市場の聞こえざる声に反応できるような
敏感な感性が
君に備わっていることを
僕はただただ祈るのみだ。




久しぶりに、
夜にインドネシア実習生への授業をする。
夜は時間もたっぷりあるので
議論はもちろんあっち行ったりこっち行ったり。
こういううねうねと議論するの
僕は大好きだ。

今回の教材はこれ。
DVD
『お米が食べられなくなる日』

DVDの内容を簡略化すれば、
米の供給不足時代から過剰時代に入り
減反政策が敷かれ
米の消費は年々減っているのに
ガットウルグアイラウンドなどで
MA米の受け入れを決めたり
食管法で自由化し、価格下落を招き
今じゃ、米生産を時給にすると179円というありさま
というお話。
ちょっと針小棒大なところもありやすが、
ま、的は外れていないかな。

経済成長のけん引役である
輸出向け工業製品の関税と引き換えに
農産物の関税も下がる。
これは今のTPPにもそのまま当てはまるね。
ま、国内の製造業がそれで盛り上がることは
もうそんなにないかもしれないけど。

アメリカの占領下で
余っていた小麦によるパン給食は
よく語られる事象だけど、
どうなんだろうって最近思う。
インドネシアはそういう歴史的事件はないけど
年々パンの消費は伸びていて、
米の消費も徐々に落ちていくように見える。
美味しいから、とか
食べやすいから、とか
実習生はそんな理由を並べ立てていたけど、
多分それが『近代的』だからじゃないかな。
価値的な意味で、
その食べ物がみんなにとっての
富の象徴とまでは言わないけど、
それに近いものがあると思う。
だから近くの民族で
サゴヤシのでんぷんを主食にしていても
経済成長の恩恵を受けて
食べ物のバリエーションが広がる中で
それが選択肢に入ることはないと思う。
同等かそれ以下かと見ている価値を
拾い上げることはない。
だから1993年の米騒動で
タイ米を輸入した際に
みんなが『美味しくない』と言ったのは
そこにも近代的なものへの価値観は
あったようにも思える。

このDVDを受けて
インドネシアではこれから
経済成長を武器に
食の多様化がどんどん進むだろう。
その反面、それをけん引する工業部門を
支えるために
もしくは農業でも工業化された
もしくは換金作物たとえばパームオイルといった
産業としての大規模プランテーションを軸とした
分野を支えるためにも
一般的農作物の関税は引き下げられるだろうね。
山間の多い西ジャワでは
米の生産をしている場合じゃなくなる。
これは間違いない。
大規模化も機械化も進まないから。
その一方で、ピケティが言うように
資本の膨張よりも経済成長が低いという面と
経済をけん引する産業が国外に出ていかないためにも
チープレイバーは国策的に維持されるかも。
そして、それを食わしていくために
安い食糧への要求もまだまだ強くなるだろうね。
それが輸入で賄われるのか
インドネシアお得意の二重経済化で
行われるのかは、インドネシア実習生の肩越しに
注意深く見ていきたい。

で、インドネシア実習生。
今までの彼ら彼女らの農業モデルが
そのまま発展していって
いずれは裕福なるという幻想は
すぐに捨てた方が良い。
それが裕福になる発展を含んでいるのは、
そこに経済成長することで
選択してもらえる
『近代的』な価値やシステムを
含んでいるかどうかだ。
量を作るのならより安く提供し、
寡占的でないといけない。
価値あるモノにするのなら、
買い手が納得するだけの
説明力が無ければいけない。
そういったどれかが含まれていない
モデルなら、
このDVDにあったように
時代の流れの中で消えゆく農業に
なっていくだろう。



インドネシア実習生への授業が
僕のオアシス。
僕が僕であり続けられる場所。
それは
現実から乖離した事象に
悩む毎日に疲れているからか、
それとも僕は自分のアクセルを踏み続けて
加速しているからか、
最近よくそう思う。
さて今日は、
グローバリゼーションと農業の授業。

TPP大筋合意し、
それに伴い青壮年部を束ねる立場にあり
何かと意識と議論を持っていかれる日々と、
なぜだかこのタイミングで
幕末にはまっている新人すーちゃんに
尊王攘夷を説きながら
開国に無理やり回天させてしまうという
荒業続きの
幕末の歴史を仕事しながら語っている日常と、
そして目の前にいるインドネシア実習生の
その存在そのものがグローバリゼーションだという現実の
すべてがクロスオーバーして、
最近、この授業が自分でも好きだ。

前置きが長くなったが、
今回のお題は、久しぶりにこれを取り上げた。
「おいしいコーヒーの真実」。
ちょうど前回まで従属論を
軽くおさらいしたところだったので、
この映画が一番面白いだろう、と思って
お題にした。
詳しい内容にはここでは触れない。
昔書いたリンクを参照してほしい
さてさて
従属下に置かれたエチオピア農民の
生きる道はどこにあるのだろうか?
長く伸びたサプライチェーンを断ち切ることか?
農家たちにコーヒーの技術を引き寄せることか?
フェアなトレードに望みをつなぐのか?
こんなコーヒー産業から抜け出して
他の仕事を探すか?
まず、こういう疑問が沸く。
従属下に置かれた状況に
僕ら
(こういう映画を自国語で自由に見られる状況)は
従属の構造を易々と見つけることができるが
そもそもあちらの農家はそのような
構造をしっかりと従属として認識できているのだろうか、
ということ。
これに立ち向かおうとした実習生もいた。
4期生のクスワントだ。
彼の発表はこちらのリンクを参照してほしい
彼は卒業研究を通じて、
途上国の農民が日本で売買されている自分の栽培品目が
どのようなサプライチェーンの中で
価格と価値を上昇させていくかを体験した。
これ自体はとても大きな成果で
今でも彼の発表が卒業研究発表の中で
一番だと評価している。
だが、
大きな構造はたとえ認識できたとしても
それを変える力は到底ひとりじゃ無理さ。
みんなの力を合わせて!と月並みなセリフを吐いたとしても、
社会的ジレンマの問題で
そうそう社会も民衆も動きはしない。
コーヒー農家が安くてもすぐに現金化できるほうが
良かったりもするのは
なにも途上国に限った心情でもない。
サービスの全体を農家全員が知ることができれば
そういう力も生まれるかもしれない。

話はちょっと違うかもしれないが、
安保法案だって国会を通過したけど
あれだけのデモの経験は僕らの中にしっかりと沈殿した。
だから、「次」が楽しみだと僕らは今思えるのも
全員があれを経験したからだろう。
でもそういう力が
マージナルに置かれた農家に持ちえるだろうか。
みんながタデッセと同じ視点で
世界をのぞけるだろうか?
クスワントのように
丁寧にサプライチェーンを先進国の
最終消費者まで追えるだろうか?
それと同等の刺激を
僕ら農民が受けて、
社会運動につなげられるのだろうか?
いつものことだが
議論を重ねても答えは見いだせない。
でも、仕組みは分かる。
そのチェーンから
つまりは市場から刺激を受けることが
出来る立場と場所が必要だということだ。
情報が偏って存在する中で生まれる従属構造を
平準化するグローバリゼーションは
それも見逃さないのだろうか?
通信手段とネットワークが
徐々にそれを追いつめることができるのかどうかは
分からないが、
僕らがこう考えることに
意味はあるんだと思いたい。

昔の仲間だった
高橋和志が編者を務めた
『国際協力ってなんだろう』という本に
貿易自由化で競争力のない産業は不利益を被るため
所得減少や失業などを緩和する措置を設け、
そうした人々が競争力ある産業への転職を促す必要があると
書かれていたが、
それ自体は僕も間違っているとは思わない。
それが小規模の家族的農業だってことも良くわかっているさ。
先進国や途上国という経済の違いによって
その波の大小とその破壊される力の構造的な違いはあるが
ほぼすべてのそういう農業経営体がやられていくのも分かる。
価格競争で負けるか、従属関係に置かれるか。
長くグローバルに伸びていくサプライチェーンの中で
僕ら農民はガルトゥンがかつて従属論のモデルとした
グローバルな世界のつながりは
途上国と先進国の農家の衝突を生み出すとしたが、
実はそれぞれが直接的に衝突するのではなく、
それぞれが構造的に衝突下に置かれるように見えるだけで
それぞれが戦っているモノはそれぞれに別であるというのが
僕の意見だ。
だから、僕はインドネシアの農民とつながる。
その構造下でも、僕らが協同できるように。

授業では答えは、いつも出ない。
でも考える方向だけは一緒に確認する。
どうにもならない構造だとしても
こうした小さいつながりが
少なくとも僕らの周りだけでも変わらないかなぁという
期待を込めて。




なんだか最近は多産だね。
忙しくなればなるほど、
他にやらなきゃいけないことが
増えれば増えるほど
僕は書く。

ということで、
今回もインドネシアの研修エントリー。
月間レポートの発表はレンディの番だった。
ここで特別に記録したことは二つ。
一つ目は
ジャガイモの普及種イモを使った
優良品種の栽培について。
二つ目は
男女の格差について。

まずは一つ目についてだ。
レンディの地方はお茶栽培が有名だが
ジャガイモの産地でもある。
ただ病気の発生が多くて
それが頭を悩ましている。
レンディはその発生は品質の良い種イモが
手に入らないからだと考えていて、
それで原種農場等が生産している普及種子(ラベルあり)を
購入して、それを生産しようという計画だった。
で、種子も自分で生産して
品質が落ちるまでは普及種子の子や孫で
栽培をしたいというのがレンディさんの考え。

ふむ。
一見真っ当に見えるけど
これってやってみると結構大変だぜ。
17年前、南スラウェシ州バルー県で
僕が右顔面の神経が止まるくらい
苦労した経験から言えば、
その計画だけだと穴だらけだね。
まず、種子と青果物の生産は、
その方法やポストハーベストで違いが大きすぎる。
だから生産した青果物がそのまま
種子にはならない。
そしてそれがたとえ区別できたとしても
次に次作までの間の管理でも問題が発生する。
大抵は季節の巡りもあって
すぐに次作に移らない。
その間の保存がいい加減であれば種子は
その品質を低下させてしまう。
それ専用の施設が必要になる。
さらにこれが一番の問題だが、
普及種子で栽培された優良品種が
他のジャガイモと差別化されて
販売する市場があるのか?ということ。
大抵は、ジャガイモはジャガイモとしか
売買されない。
市場には専門業者だけでなく一般消費者も混在する。
専門的な評価をしてくれる業者も市場もそこにはいない。
これらすべて
17年前に僕が行った活動である
『平成10年度ラッカセイ優良品種普及事業』の
報告書の結論に書いてあることさ。
レンディのレポートは
机上の空論さ。
もう一回良く考えるんだね。
って、偉そうに言う僕も
その机上の空論を壮大なプロジェクトに落とし込み
実際に300人近い農家を巻き込んで動かしてみるまでは
ぜんぜん分からなかったけどね。
ということで、
この件は来月までの宿題になった。

さて、二つ目。
レンディにもイマンと同じように
人件費を計算するように宿題を出していた。
そして彼が計算したモノは
イマンと同じように全然
地域最低賃金に達していなかった。
批判はイマンと同じになるので
ここには記録しないが、
それよりもこの時に気になったのは
男女の格差だった。
日給が男だと25,000ルピア。
でも女だと20,000ルピア。
なんで男女差があるんだ???

この反応に向きになって反論したのは
イマンだった。
イマンは
「男と女とでは能力に差があるから給与に差があるのは当然。女は能力的に劣るから給与は安い」
とノタマフ。
まさか!性別で能力差があるなんてことはないだろう。
個人での差はあるかもしれないけど。
イマン、それ差別だぜ。
ジェンダー的差別だ!
法律的にそういう差を
つけていけないことも確認した後で
論理的にジェンダー的な差別は良くないと説明したが、
イマンもレンディも今一つ納得は
していなかった。
ただジャジャンだけは
僕の批判は真っ当だと理解を示してくれた。
農業も他産業と同じように
男女隔てなく雇用を考えていかないといけない。
日本の農業が衰退した原因の一つが
僕は家族農業のまま突き進んでしまったことだと思う。
その形態が悪いわけじゃないけど、
なあなあになりやすい関係性のままの業種体が
関係性を変容させていくようなイノベーションを
受け入れたり、自ら生み出すことはできないだろうね。
農場主のお父ちゃんが自分の妻や
長男の嫁にきちんとした給与を
払ってきたのか?と言えば、かなり怪しいね。
自分の家族という殻にこもって経営をするから
それが許されたけど
それを許してきたのが敗因ともいえるだろうね。
女性は力がない、そう言い張るイマンを見ていると
力がないのに農機乗るのはいつも男性という
訳のわからん構図もその後ろに浮かんでくるようだ。
僕の先輩で偉い人がいて
その人はそれがきちんとわかっているようで
「機械は妻がいつも乗るよ。俺はその補助で力仕事。それが一番合理的だから」
といつも言っている。
偉いよなぁ~。イマン、その先輩の言葉を
お前は理解できるか?
こうならないと君らの農業も
日本と同じように沈没するぜ。
で、レンディには宿題を出した。
作業内容に賃金格差はあっても良いけど、
性別による格差は無しにして、
しかも地域最低賃金を守って
それでも農業で儲かるようなビジネスプランを
立てること。
イマンと同じで
プランと実際は違うさ。
でもプランでも儲からないことは
実際では実現不可能だ。
意識の変化も必要だね。
彼ら技能実習生たちの
ジェンダーバイアスをまずは
取り除く作業にかかろうかと思う。
まだまだ道は遠いなぁ~。






イマン君のその後。
結構将来の夢で悩んでいる。
それは月間レポートでの話。
タバコ生産を中心に
米と野菜の複合経営という
とりあえず無難な路線を維持しているが
それぞれそれをする理由が弱い。

前回の僕らの指摘を受けて
経営の計算もやり直してきた。
人件費もかなりねん出し
1人当たり1日の給与で
男性35,000ルピア
女性25,000ルピアで計算してきた。
だが、スメダンの最低賃金は
男女隔てなく1日48,000ルピア程度(月額を日割りて四捨五入した金額)。
全然足りないじゃないか。
君らというわけじゃないが、実習生の多くが
給与を低いことを問題視する。
それはそれでまっとうな権利だと思う。
だから毎年僕の農園では
実習生との賃金の交渉テーブルを用意し
ここ数年、毎年賃金の上昇を合意してきた。
たぶん来年もベアに合意することになるだろう。
だのに、君らが地元で搾取するような
労働構図を受け入れちゃいけないじゃないか!

イマンは
「その賃金だと、人件費が高すぎて儲からない」という。
そう、儲からないさ。
それはそのビジネスプランがダメだからだ。
プランと実際は違うという人も多いだろう。
僕もそう思う。
でもプランからして、儲からない計算では
到底実際で儲けることはできないし
そういう方向にも考えが向いていないことを証明している。
タバコと野菜とコメの複合栽培を観ていて思ったが、
一層、コメやめれば、と本気でアドバイスしたが、
彼らはそれが冗談のように聞こえたようで
笑って流された。

米食べなきゃ飯食った気がしない、
というインドネシア人は多い。
副食少しでご飯いっぱい。
だから何はともあれ、お米を作らないと
というのがインドネシア農民。
ま、日本の兼業の方々もそれに近い人もいるね。
でも計算すれば経費ばかり食って
ぜんぜん儲けが見えない米作。
これやめて、もっと儲かる品目で勝負して
しっかりと家族やスタッフに給与払う方が
よほどまっとうだと僕は最近強く思う。

来月までに
もう少し詳しいビジネスプランを作るのが
彼への宿題。
お父さんの土地じゃなくて
自分で購入するであろう土地で
どんな経営をするのかを計算してくるはずだ。
人件費の計算、搾取なしでお願いしますね、イマン君。


海外技能実習生のレンディは
来年が最後の年。
ということで、農園たやの特別プログラムとして
この研修の卒業研究が待ち構えている。
いわば、大学の卒論みたいなものだ。

帰国後の夢が
ずいぶんと固まってきているこの時期から、
最後の年の卒業研究のプロポーザル作りが始まる。
昨日は、そのレンディの1回目のゼミだった。
彼の夢はシンプルだ。
広い農地と高地気候を武器に
鉄板価格のお茶を中心とした
高原野菜との複合経営だ。
もうこれだけで、
ほかに何の説明も要らない。
僕にも彼の成功は見えているくらいだ。
では、何を卒業研究にするのか?

彼は、彼の地域では手に入りにくいとしている
有機肥料について研究したいと発表した。
畜産が近隣にない地域であることと
彼の地域の農家は常に農地を広げている現状から
有機肥料の獲得は年々難しくなっているという。
また化学肥料も価格が上昇していて
経営を圧迫する場面もあるという。
そこで彼は、
どうしても栽培上で余ってしまう野菜や
その残渣を利用して有機肥料を作って
それで経費を浮かしたいと言い、
研究では自分で野菜残渣の肥料を作り
それを実際に使って野菜の比較栽培を行いたい
と発表してくれた。

なるほどね。
なんとなく、研究ぽくしてきたね。
レンディらしいと言えばレンディらしいかな。
では、ここから滅多切り開始だね。

まずは3年生のジャジャンがその批判の口火を切った。
「レンディが自分で肥料を作るっていうけど、そんな時間あるの?」
とジャジャン。
レンディは比較的規模の大きい経営を目指している。
そんな彼が肥料作りまでやっていられるのか?
というのがジャジャンの批判だ。
その批判にレンディは、
「労働者を雇うので大丈夫」との答え。
日雇いの労働者の賃金はずいぶんと安いらしい。
1年生のイマンは
まだまだ全体を見る力は出来ていないので、
彼のちょっと頓珍漢な質問を間に挟んだが、
僕も批判を緩めない。

ジャジャンと同じ方向で
やはり規模の大きい経営ですべてを有機肥料は無理だ。
あとその有機肥料にしたとしても
それを市場は評価してくれるのか?って辺りも疑問だ。
そもそも有機肥料をそんなに使っているの?
多くが化学肥料じゃないの?
で、化学肥料は高くなっているかもしれないけど
農産物の価格って昔のままか?
という前提から批判した。
レンディの答えでは、
農道がほとんど整備されていないので
鶏糞などの有機肥料では運ぶ量が多くなり
人力ではかなり無理があるという。
だから化学肥料の使用の方が多いらしい。

だとしたら、残渣を集めるのも難しいんじゃないの?
ってことも言えるね。
それに残渣は一定にならないので
肥料として必要量を確保しようと思ったら
そのために栽培しないといけなくなるよね。
そういう手もあるし
僕の農園ではある程度の堆肥を確保するために
そういう施設も仲間と一緒に持っているのは事実だ。
でもそこで作る有機肥料の資材は
畜産農家から買ったり
カントリーや米農家で出るもみ殻を買い取って
いわば自給というよりも資材を買って作っているのが現状だ。
自分で何から何まで準備することはない。
なんだかレンディのプランは
研究をするためのプランじゃないか?
それっぽく見せかけているだけで
現状を全く反映しない研究。
小手先だけの研究をする意味なんてないよな。
で、もう一つ注文を付けるなら
安い労働力って辺りも気になる。
規模を大きく経営するのなら
そこで働く人たちのことにも
もっともっと意識的になるべきだ。
高い賃金をしっかり払えるような経営のプランを
立ててこそ経営者なんだ。
辛い農作業を
安く請け負ってくれる人をこき使って、
その上に胡坐をかく。
そんなことをやっていちゃ
農業という産業が
インドネシアで他の産業から置いていかれちゃう。
家族の労働力を経営に反映させず、
満足に賃金も払ってこなかった日本のように。
もちろん僕も無批判ではいられない。
インドネシアの君らを受け入れている現状で
「安い海外の労働力を使っているじゃないか!」
という批判は甘んじて受けよう。
もっともっと賃金を払えるような
日本人のスタッフと同等くらいを払えるように
僕ももっともっと精進しないといけない。
そしてこの感覚が
僕の経営をここまで伸ばしてくれたのも事実だ。
売れないモノは売れる工夫をする。
でも売れなきゃやめる。
手を抜かず、でも質を落とさない方法も探す。
優秀なスタッフには全権委任する。
ま、自分の経営についてはまた今度書こうか。
閑話休題。

ということで、
レンディの1回目の発表は
サンドバッグのようになって潰れ去った。
研究をするようにみせるための研究なんて
時間の無駄をやっている暇はないのだ。
彼がどんな経営をやりたいのか、
その方向に寄り添っていく研究を
やるべきだ。
少し落ち込み気味だったが、
きっとこういう時間が
彼の意識を鍛えてくれると信じている。
次の発表が楽しみだね。
でも予告しておくけど、
次もきっとサンドバッグだよ、うん。
この作業は手を抜けないからね。
覚悟していてね。




研修生のイマンについて記録しようか。
今月の月間レポートでは、
彼の帰国後のビジネスを中心に議論した。
来日して約半年。
彼のビジネスプランはこれまでほとんど
議論してこなかったが、
前期の授業(農業構造論・地域開発論)を
終了した今、
その視点を活かして彼自身のビジネスプランを
みんなで考えてみることにした。

彼のプランは
帰国前に出してもらっていたプロポーサルトは
全く違うモノになっていた。
来日前は
淡水魚の養殖用エサの栽培といった
事業を目指していた彼だったが、
それはどこかへ消え失せていた。
彼の持っている土地は3か所に集約されている。
水が良く入る土地では
水田での水稲とタバコの二毛作をめざし、
川沿いの2つの畑では
空心菜とソシン(しろ菜みたいな野菜)の
輪作を考えている。

なぜこうなったのか。
まず農業構造論で農業が存在しえる構造を
彼の社会の文脈で考えた時に
彼がポテンシャルとして挙げたのは
野菜栽培だった。
彼の住む場所は
それなりに人口がいる地域であるが
大きな市場に囲まれたいわゆる空白地で
どこの市場にもアクセスが若干悪い。
以前はそれを逆手にとって
市場で買ってきた野菜を近隣の村々で移動販売する
といったビジネスも考えていたようだが
多分その視点はそのままで
自分で栽培した野菜を
近隣の村々で直接販売しようというのが
このアイディアの骨子なんだろう。
村で野菜が売れるのか?
という素朴な疑問が無いわけでもないが
彼の地区は稲作が盛んで、野菜がほとんどない。
換金作物はタバコで、
毎日食べるような野菜は
ちょっと離れた市場で購入するか、
村までやってくる野菜売りから買うのが通常らしい。
なので、野菜を栽培して
それを村で売ることは可能だと彼はいう。

ただ市場規模については疑問も残る。
彼の計画だと合計70aの畑で野菜栽培とあったが、
それだけ空心菜とソシンを栽培すると
たとえ一気に栽培しないとしても
時期をずらして栽培したとしても
とんでもない量の野菜が出来上がるぞ。
いくら村で食べる口があったとしても
それを個別に販売することはかなりの手間だし
現実的じゃない。
やはり市場に運ぶ必要は出てくるね。
で、そうなるとどうやって運送するか。
そしてこれがインドネシアで
結構問題になるのだけど、
どうやって畑から車両が通れるくらいの大きい道まで
運び出すか?が問題だ。
農地に農道が通っている日本では
何のこと?と思うことも多いだろうけど、
インドネシアでは、畑や田んぼに車両が入れる道が
皆無なのさ。
だから農作物を運び出す作業が
いつもボトルネックになったりする。
イマンは
「村の中に土地なし農民がたくさんいるので、その人たちに頼みます」
とその解決策を話してくれた。
土地なし農民。
そう、田んぼを遺産で平等に分け与えてしまう
ジャワのスンダ民族には
代を隔てるごとに
生計に十分な田んぼの面積がなくなっていくという
ジレンマがある。
そういう人たちは、Gadaikanといった質などを
利用して農地の担保に借金をしたりして
最終的には土地なしになってしまうことも多い。
ちなみにスラウェシの僕が協力隊でいた村は
Gadaikanは村人同士で行われるため、
金額によって数年から十数年ほど
自分の土地で耕作しながら、農業労働者扱いとして
借金をした相手の経営の中で働くシステムで
土地なしに陥ることはない。
ま、かなり生活は苦しくなるけどね。

で、彼の話だと
その土地なし農民の労働力は
非正規雇用で、つまりは短期アルバイト。
あるミッションのために集められ、
それが終われば雇用は打ち切られる。
たとえば田んぼから収穫したコメを出すためだと
道まで運ぶのに1袋50キロの米袋を1回運べば
5000ルピア(日本円で50円)ほどだという。
道までの距離にもよるが、
道らしい道のない通路を
50キロの米俵を持って
1日に10回も往復すると
体力的にはかなりきついね。
そういうある意味雇用主にとっては
都合のいい労働者が結構農村には
居たりもする。

協力隊の時から僕は
ここをどうにかしたいと思っていた。
農村の中の格差を。
雇用に対する意識を。
べらぼうに高い小作料や
非人道的なローカルな質システムや
簡単に打ち切られる雇用の在り方や
あこぎな高利貸しや
貧困の環から抜け出せないシステムと
それを補完し合う村の中の習慣。
村の中にあるそんなもろもろの
手を出すと一発で火傷するような
システムと習慣の改善を
どうにかしたいと思ってきた。
僕が声を上げてどうにかなるものでもない。
そうあきらめもあったが、
村のリーダーになる連中が
ここにやってきてからは
こういう話も徐々にだがしている。
そして家族経営から組織としての経営に
(完全に移行できてはいないけど)
変化してから僕自身も8年が過ぎ、
インドネシアの研修生も8期生が来た今、
もう少し踏み込んで議論しようかと思っている。
もちろんジェンダーも含めて。

だからイマンには
正規雇用のスタッフを
君の農場に雇い入れることを前提に
君の農業ビジネスを描いてほしいと
僕から宿題を出した。
すぐに答えは出ないかもしれない。
それに
スタッフはただの小間使いじゃないという意識も
経営者として必要な意識も
シミュレーションで生まれるわけではないからね。

少しずつ。
一歩ずつ。
焦らないでいこう。




田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
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