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本日から2020年の新採用の募集を
正式に開始する。
この人材は、2022年にインドネシアに
青年海外協力隊としてタンジュンサリ農業高校へ
派遣することが前提で、
農園から派遣する3代目の隊員となる予定。

農業と国際協力を
現実として力強く推し進める意思のある人を
採用しようと思っている。
将来は自分が農園たやの社長をするんだという
気概がある人を望む。

エントリーしたい方は、
農園のメール宛にその意志を伝えてほしい。
こちらから2020年採用専用の
エントリーシートを別途送る予定。

エントリーシートを返信してもらったら
そこから試験開始。
小論文による試験で
決まった字数で論理展開が出来ているかどうかを見る。
農業の経験や知識のあるなしは
そりゃ、あればプラスだけど
無くても特に問題ない。
あとインドネシア語も出来るに越したことはないけど
出来なくても全然大丈夫。
コミュニケーション能力高くて、
自分の伝えたい事を
しっかりと持っている、
そんな人を採用したいと思ってる。

気になる方は、ぜひぜひ問い合わせてほしい。







農園を法人化しようか、と
前回書いた。
どこかのだれかが
コメントで主義思想と違うのでは?と
書いてくれたので、それに反応してのエントリー。

まず、なぜ法人化なのか。
常々農業の問題の一つに
一子相伝形の家族経営体だと
感じてきた。
もちろんコミュニティについて考えると
農家世帯が集まる農村という意味では
この「農家」は重要になってくるが
現実はもうその理想郷には戻らない。
毎日185の家族経営が
全国で消滅しているのが、現実だ。
青壮年部の部長を2年半務め、
農家子弟も見てきた。
新規就農者の数は統計的に増えているが、
法人への就職の割合も多くなっている。
農家世帯を生み出すより
農家世帯が減少が激しいのは
統計から見て明らかだ。
だから185経営体が消えているんだけどね。

もちろん定年帰農はあるだろうけど
それが農家世帯を増やす力には
もはやならない。
期待の星だった
団塊世代の定年は過ぎての
統計データがこれだからね。
僕ら団塊ジュニアはどうか?
それは僕らが良く知っている。
青壮年部の集まりで農業での熱い話題は
ほとんどないし、
江掘りなどの共同作業していても
農家子弟が40歳超えていても
自分の家の田んぼがどこにあるのかも
解らない人も多い。
中央会が今、躍起になって
事業継承を唱えるのもその一つだろう。
関心もない方が
親が亡くなった時点で
帰農を志しても
技術も資金も土地の管理も
そのどの方法も知りえないから
上手くいかない経営体が増え
そして消えていく。

農業で暮らす僕らは
満たされる日々の労働の充実感は
もちろんのそのモティベーションになるが
それだけじゃ暮らしてはいけない。
結婚もするだろうし、子供もできるだろうし、
そんな身の回りのことでお金も結構必要だ。
牧歌的な、もしくは達観した仙人のような
個人はそれで良いかもしれないが
生活を創るには
金銭的にも余裕が必要になる。
この部分が、農業は弱いと感じる。

では、なぜ弱いのか。
ま、これを書き出すと
かなり長文になるので
ここではその経営体について書くか。
一子相伝の家族経営の場合、
雇用の条件がどうしても弱い。
家長の意識も家族内の事なので
労働条件についてはそれほど強くなく、
その反面、意思決定の
権力のヒエラルキーは堅固。
この中に入り込んで仕事をする場合、
この条件で結構大変になる。
ま、時としてアットホームにはなるだろうけど。
朝ドラ「ひよっこ」の米屋の三男みたいなもんか。

地域づくりにおいて
大事なのは、外部の人間(外国人も含めて)が
たくさん入ってくることだと
僕は信じて実践中だ。
固定的な関係で突き進む家族経営は
どうも好かんし、
家の中はそれでいいかもしれないけど
農業の産業的構造と後継が現状のままだと
地域はそれでは衰退する。
新しい風の人を受け止める
その度量のある経営体が必要になる。
そのために
僕は法人化をしようと思っている。

で、農事法人組合では
なぜだめなのか。
それは業務が限定されるから。
農業全般は良いんだけど、
行政から規定された農業外の業務が
できなくなる。
今後僕らがどんな業務をするかは
まだ明確ではないけど
今やっている事の多くは
農業の枠で当てはまらないこともあるのは事実だ。
制度はその使い方だと思っているので
株式会社にしたらしたで
地域づくりや人づくりが出来なくなるわけでもあるまい。
組織が古くなり、また僕の頭がぼやけ
チャレンジを怖がるようになれば、
またそんな経営者が次に跡を継げば
認知学でいう制度や社会的規範を
受け止めるリアリティ次第では
株式会社という性格が
農園の志向する方向性を変える可能性はあるが
今はそんな心配よりも
外からの風をどんどん
ここに埋めていく作業を
185経営体が消えていくことへの抵抗として
進めていきたい。

今年、
農園のスタッフをインドネシアに派遣する。
これはこれで最終形じゃない。
これは、はじめの一歩なのだ。
法人化した農園は、
もしかしたらJICAなどの団体と業務提携して
独自のノウハウを活かして
インドネシアの農村発展に寄与できるかもしれない。
個人経営はできなかった業務が
株式会社としてなら
業務提携という形で業務になりえるという
想像はとても楽しいし、刺激的だと思わないかい?
フェアトレードだっていいし、
それ関係の加工だっていい。
毎年増加していくインドネシア旅行者の
受け入れだって面白い。

農業ってもともと作物を育てるだけじゃなかった。
それはあくまでも一部で
専業なんて考えもなかった。
それが農村を形成し
そのはみ出た部分や荒い部分が
コミュニティとしての活気だった。
同質化した農業をさらに同質化して
組織に押し付ける集落営農が
発展性を欠いでいるのは、
そういうことだろうと思う。
いろんな人や業務があって
そのコミュニティは伸びるし
そこに暮らす人々の福祉は向上する。

僕は農業が好きだから農業をしているわけじゃない。
農業の本来持っている荒い部分が
人づくり、地域づくりに良く合うから
僕は農業と言う手段を用いているだけだ。
その延長上で
雇用を考えながら
荒い部分、遊びの部分を
業務として盛り込んでしまうには
やはり株式会社しかないと
ここに来て確信している。




法人化へ向けて
動き出す。
これまでちょっとねじまがった
経営体で
本領を100%発揮できずにいた。
父と自分の経営体を分けて
2006年に
実は2度目の就農をしたわけだが
一度目の失敗を教訓に、
また、技能実習制度を利用した
まさにその中身を埋めるプログラムを
誰に頼まれたわけでもない
そのプログラムを進めるために
経営を分けて出発した。
よく父もあんな無謀で
また失礼な条件を飲んでくれたと思う。
いくら感謝してもしきれないことも
ここに記しておこう。

で、その時は
その目的に沿った
たとえ力が分散されるとしても
スタートを切ることが大事だったから
経営を分けて進んだ。
だが、やはりねじれはどこかで解消すべきだ。
社員も増え、研修事業でも成果を出しつつあり
さらにいろんな意味で責任と
更なる発展を求められているようになり
ここら辺で父と僕とで新しい会社を
作ることにした。
かなりお金もかかる作業だし
本当にこれで良いのかとの疑問はあるが
ねじれが成長を妨げるような
そんなことを感じるようになった今だからこそ
次のステージに向かって進みたい。



田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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